億仗 全年齢


  冬の温もり


「康一ん家(ち)まで行って?」
「宿題は終わらせた」
「ほー……そりゃあ大変だったな」
 相槌を打ったは良いもののよくわかっていないだろうと返してくるかもしれない。しかしそう身構えた虹村億泰に、東方仗助は「そうなんだよ」とだけ返した。
「まあ何を言われても予想の範疇ってやつだけどな。いつもの事だよ、いつもの」
 億泰にはよくわからない小難しい事を「いつもの事」と流して良いのだろうか。本人が良ければ良いのだから深く追求しないでおくべきだろう。どうせよくわからない。
 冷え込み始めた先週から虹村家の2階の自室中央のコタツの中で、こうして下らない話をするのがほぼ日課になっている。
 互いに図体が大きく向かい合って入るのは厳しいので四角いコタツにL字型に座っている。右を向けばすぐ近くに仗助の顔。整ったそれがすんと鼻を鳴らした。
「寒くなると動くのも面倒臭くなるよなァー……俺こっからもう出られねぇ」
 異国の血が混ざっているのがわかる色素の薄い綺麗な瞳をしながら、考えている事も言い出す事も自分と大差無い。
「動きたくなくなる気持ちはよぉーくわかるぜ。親父も猫草も全然動かなくなっちまってるからよぉ、俺だって……そういや親父は昔っから、東京に居た頃から俺や兄貴以上に寒いの駄目だったな。毛布にくるまって動かなくなるんだよ」
 今も1階のリビングの、日当たりの良い――しかし暖かいとは決して言えない――場所を定位置にし、厚手の毛布にくるまりじっとしている。
 ぶるぶると震えるでも奇声を発するでもなく、まるで冬眠でもしたかのように。古い写真を取り戻したくて暴れ喚いていた頃を思えば嘘のようだ。
「親父さん寒いの駄目なのか。俺も駄目」
「俺も駄目」
 杜王町に引っ越して半年程経ち、今初めて後悔した。寒いし寒いと動けない。
「やっぱ東京のがあったかいのか?」
「ん? んー……どうだったかなァ……東京も寒かったしなァ……でもやっぱり外はこっちのが寒いんじゃねーか?」
 顎をコタツの天板に付けて考える。というより考えているフリをする。
 屋内もこちらの方が寒い気はしたが、どう考えても隙間風の入りやすいこの家が寒いだけだ。修繕しなければと晩夏の頃から言っているが結局何もしていない。
 こちらは雪が『積もる』という。降るだけではなく数日、あるいは数ヶ月は残る。屋根に積もった雪が天井を突き破らないかと顎を離して真上を見た。
「雪積もる前にもう1回兄貴の墓参り行っといた方が良いのかァ?」
「あの霊園なら寧ろ積もった後に雪かき行かなきゃヤバいんじゃあねーか?」
「墓の雪かき!?」急いで仗助の方を向き「そもそも雪かきと雪はねって何が違うんだ!?」
「違いは無いと思うぜ。強いて言うなら雪はねの方はじーちゃんみたいな年取った人が使う言葉っつーか」
 そうなのか、と返して反対側を向いて頬を天板に付ける。
 毎年している除雪作業を、そちらを手伝うからこちらも共にしようと声を掛けたとしたら――断られるだろうか。
 1人では出来ないというつもりは無いが、仗助が共に居る方が絶対に楽しい。
 何をするにおいても――しかしそう思っている事を知られたくない。まるで1人を寂しがる子供のようだ。否、実際に己は子供だと億泰は軽く目を閉じた。
 常に頼っていた兄が居なくなり、親しい友人を兄に見立てて頼ろうと、寄り掛かろうとしている。
「雪ってのは積もりきっちまった方が温かいからな」
「あ? 雪の温度が変わるのか?」
「雪自体は冷てーけどよ、何つーか雪が地面にすげー積もって壁みたいになって、そういう冬の晴れてる日ってのは意外と暖かく感じられるんだよ。こういう雪は降るけど未だ積もってねーって時が1番寒い」
 これから寒くなる今こそが寒く感じられるのは有るかもしれない。
「じーちゃんとコタツに入ってたのってこういう時期だったのかもしれねーな……熱出す前の事だし全然覚えてねぇけど」
 自分が兄を亡くすより少し前に仗助は祖父を亡くしている。物心付く前から父親の居なかった家庭であれば、祖父であり父親代わりでもあっただろう。
 億泰にとっても兄は頼れる兄からやがて父親代わりになった。人が聞いたら笑うかもしれないが母親も兼ねていた。
 君の気持ちがわかると慰め合うつもりは無いが。
「だから微妙にちっこいのか、このコタツ」
「小さくねーよ! 多分」
 暖房設備が整っていない話をした次の休みに仗助がぼろぼろのコタツを持ってきた。それを彼のスタンドのクレイジー・ダイヤモンドで『以前の状態に戻し』て自室に置かせてもらっている。
 一人用とは言わないが祖父が幼い孫と入る為に買った物なのだろう、高校生男子の平均身長を大きく上回る男が2人で使うとなると手狭としか言いようが無い。
 正方形を理由とせずとも並んで入る事は先ず不可能だし、向かい合って入ろうにも足が伸ばせない。結果L字型に入り足を伸ばすのは交代制となった。
 顔が近く照れ臭い、なんて話は2人の間には無い。恐らく。
「ったく、文句が有るなら東京からちゃんとコタツ持ってこいよ。結構急な引越しだったのかもしれねーけど」
 コタツ布団は無かったので新たに買ってきた。
 蓄熱機能と静電気防止機能が有り、嘘か本当か吸湿発熱効果まで有るらしい。見た目に拘りが無かったので部屋に似合わないポップな柄だがまあ気に入ってはいる。
 その時に見たコタツ自体の金額はかなりのもので――コタツ布団の5倍はする――気軽には買えない。
「でも東京じゃあコタツ使ってなかったからなァ」
「は? お前どうやって冬過ごしてたんだよ」
「ストーブ」
「ストーブ」
 同じ言葉を繰り返された。東京の家屋にはストーブが無いというイメージが先行しているのだろう。
 確かに友人――と呼ぶのか知人呼びが関の山か――の家には余り置いてなかった。
 それ以上に無かった物と言えば。
「俺や兄貴の部屋はパネルヒーター」
「家にパネルヒーター……いやそもそもお前兄貴と自分と別々の部屋だったのかよ、兄弟部屋とかじゃあなく」
「おう」
 友人――と呼ぶのに相応しい、親友と呼んでも良い――の広瀬康一も姉とは別々の部屋だが、それを言っては男女がどうのこうのと言われそうなので黙っておく。
 思えば康一は余り姉を頼りにはしていないように見える。きちんと仲は良いが、自分と兄との関係とは全く違うようだ。
「やっぱお前ん家(ち)金持ちだったんだな」
「そうでもねーよ、窓1枚だったし」
「窓1枚?」
 あっち、と部屋の窓を指す。だらけきって今にも溶けてしまいそうな仗助が背を伸ばしてカーテンを閉めてもいないのに余り日の差さない窓を見た。
「二重窓の事か。ありゃあ別に窓に金掛けてるとかじゃあない。単に寒さ対策っつーか、この辺りだったらどこの家も、古い家だって二重窓になってる。サッシとサッシの間が広けりゃあ広い程熱が逃げない仕組み、って聞いたぜ」
 それでも部屋はこんなにも冷え込む。
「もうコタツから出たくねー……俺冬乗り切れられんのか?」
「乗り切れよ」
「俺だって乗り切りてーけど無理だろこの寒さ! 乗り切りてーけど」
 無事に乗り切ってこの町で2度目の春を迎えたいけれども。
 誰も傷付かないまともな夏も迎えてみたいけれども。
 友達が傍に居るならば冬も春も夏も、多少小難しい事が起きても良いと思っている。


2018,11,10


此の2人にはこんな風に、友情超えてない?大丈夫??って関係を築いてもらいたい…
BLとは違うような、かといってブロマンスなんて単語は似合わない(笑)
ただ私自宅にはコタツが無い北海道民なんですわ。
<雪架>

【戻】


inserted by FC2 system