ミスジョル R15 モブ女による逆レ未遂有り


  笑顔の曲直は白日の下に


 ふと気付くと辺りは霧に覆われていた。先程までは見通すことが出来ていた通りが、突然全く見知らぬ場所になってしまったかのように見える。かよわい女子供なら、不安に押し潰され、泣き出していたかも知れない。
 だがもちろん、ミスタは女でもなければ子供でもない。それどころかギャングの一員である。部下達の中にも、任務の最中に突然泣き出すようなやつはいないだろう。
(いや、ナンバー5はいつも泣いてるか)
 己のスタンドの顔を思い浮かべて、ミスタは少し笑った。
 そんなことを考えている間にも、霧はどんどん濃くなってゆく。それにしても、誰の姿も見えないというのは奇妙だ。ミスタはこの任務に5人――本当はそんなには要らなかったのだが、3人だとちょっとばかり少ないように思えた。4人は論外だ――の部下を従えてきたはずなのに……。
(逸れたか?)
 それとも、まさか何かあったのだろうか。それにしては風が鳴るばかりで周囲は静かだ。この霧の所為か、あるいはまだ早朝と呼んでしまっても良いような時間帯である所為か、近隣の住人でも外に出ている者はほとんどいないようだ。
 今日の任務はパッショーネに歯向かう組織の殲滅だ。ミスタの部隊が正面から、ジョルノの部隊が裏門から侵入する手筈になっている。すでに正門近くへ辿り着き、ミスタの指示を待っている者がいるかも知れない。少し迷ってから、ミスタは先へ進むことに決めた。足音を立てることなく、ひやりとした霧の中を駆けた。
 周囲に注意を払いながらでも、数分も経たずに敵のアジトの正門が見える位置に辿り着いた。門の前に、見張りの姿はひとつ。それ以外に近くに誰かが潜んでいる気配はない――敵味方を問わず――。どうやらミスタが一番乗りらしい。少し待ってみたが、彼の部下は姿を見せない。
(あいつ等どこ行ったんだ?)
 霧の所為でミスタが見落とした脇道に、霧の所為で誤って入ってしまったのか?
 逸れた時のことは、実は全く打ち合わせていなかった。というよりも、それは出来なかった。そもそも数日前に苦労して突き止めた敵のアジトの周辺には、妨害電波が張り巡らされているようで、携帯電話での通話が不可能だったのだ。お陰で、アジト発見の報告にも余分な時間を要したくらいだ。
「なんかあったらテレパシーで呼んでくれ」
 二手に分かれる直前、ミスタはジョルノに冗談交じりにそんなことを言っていた。
「無茶を言わないでください」
「ドラマや映画なんかではよくあるだろ。愛する人のピンチに駆けつけるってやつ」
「そもそもぼくはピンチになんてなりませんから」
 ジョルノは呆れた顔をしつつも笑っていた。
 とりあえず、姿の見えない仲間達からテレパシーでの呼び掛けは今のところはないようだ。
 近くまで来ている者はいるかも知れないが、声に出して呼び掛ければ見張りに気付かれてしまうだろう。音を立てることは出来ない。
 再び正門の様子を伺う。視界は悪いが、ミスタなら狙撃は充分可能だ。が、銃を使えば、やはり音を立ててしまう。リボルバーはその構造上、消音機を付けることが出来ない――付けても意味がない――。
(サブの銃も持つべきかねぇ)
 だがそれも今更に思える。それにどっち道今ここにはない。
 ジョルノや他の者達の状況――すでに襲撃に適した位置についているのか、あるいはまだなのか――が分からない以上、自分ひとりの判断で声高らかに戦闘開始の宣言をするのはまずい。かと言って、誰か来るのを大人しく待っているのは性に合わない。銃が使えないと何も出来ないミスタではない。
 地面を蹴ると、彼は素早く塀の上に飛び乗った。普段ならすぐに見付かりそうなものだが、今は立ち込めた霧がその姿を隠してくれている。
 辺りを警戒しながら見張りの頭上へと移動する。霧に浮かぶシルエットから、それは中肉中背の男らしいと推測出来た。それ以上のことが分からないのは、俯き加減で顔が見えないのと、上下とも真っ白なスウェットのような服を着て霧に溶け込んでしまっている所為だ。ミスタから見ると、信じ難いファッションセンスだ。もしあれが組織に着用を義務付けられている制服のような物なのだとしたら、オレなら逃げ出すねと心の中だけで呟く。それとも、霧が出ることを予測して、目立たない服装を選んでいるのか? 天気予報は見たが、そんなことは言っていただろうか。
 見張りが武器を持っている様子はなかった。懐に小型の銃でも忍ばせているか、あるいは“ある特定の力を持つ者にしか見ることが出来ない『武器』”を隠しているのか……。
 改めて周囲を見廻す。誰もいない。風の中に混ざるにおいにも変化はない。見張りが背後を見上げる様子すら。ひょっとしたら立ったまま眠っているのではないかと思えるほどだ。自分の部下だったら、なんだその態度はやる気あるのかと怒鳴り付けていただろう――しかもあのファッションセンスである――。
 ミスタはふうと息を吐いた。
(よし)
 立ち上がり、ひらりと飛び降りる。
 背後から腕を廻し、有無を言わさずその首を絞めて意識を奪う……つもりだった。
 塀から足が離れた時に――ようやく――気付いた。何故この霧は、少しも風に流れることがないのだ?
 まずい。これは罠だと思った……いや、もっと直感的な感覚だ。ただ漠然と嫌な予感が体の中を走り抜けたその時には、すでに遅かった。
 着地と同時に、見張りの姿が掻き消えた。霧に溶けるように。いや、霧そのものであったかのように。直後に、後頭部に強い衝撃が。
(しまっ……)
 頭の中にまで霧が入り込んできたかのように、視界から色が消えた。

 目を覚ますと、冷たく硬い床に胡坐を崩したような体勢で座っていた。腕は背後にある柱らしき物――振り向くことが出来ないので、視覚での確認は不可能だ――に廻され、上半身毎ロープでぐるぐると縛られ、固定されているようだ。
 愛用のリボルバーは1メートルほど離れた床の上に無造作に置かれて――あるいは落ちて――いた。足を伸ばしても届かないことは試すまでもなく明らかである。
 辺りは薄暗い。が、物置部屋のような場所であるらしいことは分かった。木や段ボールの箱がそこかしこに法則性もなく積み上げられている。どこのアジトも似たようなものらしいと、ミスタは思わず笑った。
 部屋の隅の高い位置に、明かりを取るためのはめ殺しらしき小さな窓があった。その外は闇に包まれてはいない。まだ太陽は高い位置にあるようだ。その上、硬い物で殴られたと思われる後頭部はまだズキズキと痛む――治まっていない――。気を失っていた時間は、それほど長くないとみて良いだろう。
 なんとかして仲間達と連絡を取らねばならない。ジョルノや他の部下達は、もうアジトの中へと侵入しているのだろうか。
 ミスタの思考を遮るように、ドアが開く音がした。続いて、数人分の足音。入ってきたのは、5人の男女だった。ミスタの正面――リーダー格であると思われる位置――に立ったのは、黒いロングドレスを身に纏った女だった。敵のボスは女だという噂もあったが、どうやら本当だったようだ。年の頃はミスタより少し上くらい――20代前半――だろうか。ギャングのトップを務めるには少々若いと言いたいところだが、もっと若くして――今は16歳だ――その地位に就いている者を知っている彼に、驚きはない。
 その女は、広く開いた胸元にダイヤモンドらしき宝石が輝いている他は装飾品の類は身に付けておらず、ドレスそのものも広がりの少ないシンプルなシルエットをしている。が、白い素足を覗かせる裾のスリットは、男なら――あるいは女でさえも――思わず目を向けずにはいられないほどに深い。真っ直ぐ背まで伸びた血液を連想させるほどの毒々しい赤い髪――『赤毛』と呼ばれるような色ではなく、インクで着色したかのように不自然な赤――と相まって、受ける印象は女王様か、さもなくば魔女だ――あるいはそのどちらも――。ならば、彼女の後ろに控える部下らしき4人――縁起の悪い人数だ。自分なら誰か1人消えろ、もしくはもう1人連れて来いと命じているだろう――の男達は、色香か魔力かに囚われてしまった哀れな下僕といったところか。もっとも、彼等が苦しんでいるようには、全く見えない――むしろ彼女に使役されることを喜んでいそうな顔をしている――が。
 女はカツカツとヒールを鳴らしながら近付いてくると、髪の色に負けないほどに赤い唇を開いた。
「お目覚めかしら?」
 女は充分『美女』に分類されるような顔立ちをしていると言って良いだろう。だがその笑みはひたすら冷たい。彼女に温かい家庭を期待する者は、世界中のどこを――あるいはいつの時代を――探しても見付かりはしないだろう。
「あんたがここのボスか」
「その響きは無骨で好きじゃあないんだけれど、まあ、そういうことになるわね」
 ぱっと見る限り、女が武器を持っている様子はない。だが完全に丸腰であると判断するのは楽観的過ぎる。服――裾――の中に隠し持つことが出来そうな小型の武器は、いくらでもある。それでもミスタのスタンド、ピストルズ全員で力を合わせれば、隙を見て離れた場所に放置されている銃を回収することくらいは出来るかも知れない。
 だがミスタは、6人全員に「今は出てくるな」と心の中で命じた。正門で見たあの見張りの男は、生身の人間ではなかった。スタンド能力で作り出された存在であるとみて良いだろう――さもないといきなり消えたことの説明が付かない――。あの霧自体がスタンドであった可能性も高い。つまり、敵の中にスタンド使いが――少なくとも1人は――いる。誰がそうかは分からない。この女か――だから武器を携帯している様子がないのか――、それとも後ろに控えた男達の誰かか。もしかしたらこの場にいる人間全員がということも考えられる。まだミスタがスタンド使いであることはバレていないとすれば、こちらからそれを明かすのは得策とは言えない。しばらくは様子を伺うべきだ。
「目が覚めたばかりのところ悪いんだけど、質問させてもらうわね。貴方、わたしの“お城”に一体何の用? 偶然迷い込んだなんて、つまらない嘘はやめてちょうだいね?」
「“お城”……ねぇ?」
 そのメルヘンチックな響きに、妨害電波を発する装置は少々不釣合いではないか。むしろ『要塞』とでも呼んだ方が様になっている。
「オレがオヒメサマを迎えに来たオウジサマだとは思わないわけか」
 ミスタが言うと、女は意外そうな顔をした後、声を上げて笑い出した。
「あっと言う間に捕まっちゃうなんて、ずいぶん無様な王子様ね?」
「うるせー」
「貴方、どこかの組織に属しているでしょう? 一体誰の命令で来たのかしら。それに、たった独りで乗り込んでくるなんて、ちょっと無謀過ぎるんじゃあない? そんなことはしないわよね? 仲間がいるはずよ。お付の者はどうしたの、王子様?」
 よく喋る女だと思いながら、ミスタは肩を竦めるような仕草をした。
「それは簡単に教えてやるわけにはいかねーな」
「いいえ。吐いてもらうわ」
「女王様が拷問してくださるって? そいつは楽しみだ」
「いつまでそんな減らず口を利いていられるかしら?」
 女はミスタとの間にある距離を1歩縮めた。それまでは気付かなかった香水のにおいが鼻先を掠める。
「いくらでも方法はあるけど……」
 女の視線がミスタの頭の天辺から爪先までを往復する。
「せっかくだから、ちょっとは楽しませてもらおうかしら」
 妖艶な笑みを浮かべると、女は自分のドレスの裾を摘まんで膝の近くまで持ち上げた。部屋が薄暗い所為もあってか、服の“中”はぎりぎり見えない。丈の長さや照明の角度等を考え、全て計算尽くでの“演出”だとしたら、大したものだ。
 おかしなところで感心しているミスタの股間を、ドレスと同じ色のハイヒール――それともピンヒールと呼ぶのが正しいのだろうか――がやんわりと踏み付けた。その力加減は、巧みであると言っても良いだろう。強過ぎず、弱過ぎず、言うなれば“的確”。靴を履いた足で、器用なものだ。しかも手慣れて――それとも足慣れて?――いる。後ろにいる男達からは羨望の眼差しが向けられている。あるいは、激しい嫉妬。しかしミスタを“その気”にさせるにはまだまだ“足りない”――無反応でいるというのは少々難しいかも知れないが――。
「ずいぶん余裕の表情ね」
 女は眉をひそめながら「つまらないわ」と愚痴をこぼすように言った。
「もっと怯えてくれないと」
 女の顔がぐいっと近付けられる。香水のにおいが強くなる。ただしそれが何の香りなのかはミスタには分からない。
「貴方、不感症?」
 女は揶揄するように唇を歪ませて言った。対するミスタは、表情を変えることなく応じる。
「いやいや大したもんだと思ってるぜ? ただ残念ながら、昨夜シてきたばっかりなもんで」
「ふぅん? ひとりで?」
「いーえ、ふたりで」
 歯を見せるように笑ってみせると、女は不愉快そうに眉間にしわを寄せた。こう見えて案外潔癖なのだ。なんてことは、今更言わないだろう――言っても誰も信じない――。誰かと比較して劣っていると判断されたように感じて、憤慨したというのが正解だろう。苛立った表情を隠そうともしないまま、女がドレスのスリットに手を差し入れ、取り出したのは小さな折り畳み式のナイフだった。よく砥がれていることが分かる刃に、ミスタの顔――我ながら退屈そうな表情だ――が映り込んでいる。
 女は軽やかとでも言いたくなるような手付きで、ミスタのズボンのベルトを切断した。跪くように膝を折ると、スリットの中が今度こそ――本当にちらりとだが――見えた。細いレースのような下着は、ドレスと同じ黒色。意外性も何もなく、つまらないとミスタは思った。
(逆に白とか、いっそ穿いてないとかぁー)
 くだらないことを考えているのは、バレバレだったようだ。女の手が伸びてきて、胸倉を掴む。彼を柱に固定しているロープが軋んだ音を立てた。
 赤い唇が近付いてくる。同時に、足の付け根を這うような感触。いつの間にか女の背後には、白い霧が立ち込めていた。
(屋内で霧?)
 やはりこの女がスタンド使いか。そう思ったのと同時に、指先に軽い痺れを覚えた。スタンドの霧は、あまり吸い込まない方が良さそうだ。かと言って息を止めているのも数分が限界、つまり、無駄な努力にしかならないが。
「ところで」
 無駄な抵抗は早々と諦め、ミスタは世間話でもするかのように呑気な口調で言った。
「あんたの名前は?」
 言った途端に、女が更に苛立ってゆくのが手に取るように分かった――実際に“手に取られている”のはミスタの方だが――。
「時間稼ぎのつもり? 答えると思う?」
「駄目元で聞いてみるくらいいいだろ?」
「さあ? プリンチペッサか、それともレッジーナかしら?」
「それが本名なら、親を恨んでもいいと思うな」
「本当に口が減らない男」
 女は髪を揺らすように肩を竦めると、それ以上喋ろうとしなくなった。
 さて、そろそろこちらもスタンド能力を使うべきか。ミスタの銃は、女の体の陰になっていて今は見えないが、同じ場所にあることを祈ろう。
(いくぜ、ピストルズ。完全に動けなくなる前にな)
 だが、行動を開始しようとしたミスタの耳に、それまではなかったはずの音が届いた。何かが倒れるような音。それから人間の悲鳴。それはどんどんこちらへ近付いてくる。
「何事……ッ!?」
 女は慌てたようにドアへ目を向けた。その直後、一際派手な音を上げながら、ドアが外側から蹴破られた。外の様子を見に行こうとしていたひとりの男が、倒れたドアに見事に下敷きにされる。埃が舞い上がり、霧に混ざった。その向こうにいたのは、ジョルノ・ジョバァーナだった。
「誰ッ!? 見張りは何をしてるのよ!?」
 女の声を無視して、ジョルノはミスタへと視線を向けた。
「よう」
 ミスタは笑ってみせた。拘束されていなければ、手も振っていただろう。ジョルノは苛立ったような顔をしている。それを証明するように、彼は舌打ちをすると、床に倒れたドアをその下にいる男毎踏み越えてきた。男の呻き声を合図にしたように、残りの男達がジョルノに掴み掛かろうとする。が、その足はすでに長い植物の蔦に絡め取られていた。
「な、なんだこれはっ!」
「いつの間にッ!?」
 喚く口を、更に伸びた蔦が塞いだ。
「煩いな」
 すでに声を出せない男達に向かって、ジョルノが吐き捨てる。
「不機嫌そうだな」
「誰の所為だと思ってるんです」
 その苛立ちをぶつけるように、ジョルノは手近にいた男――なんとかして蔦を振り解こうともがく姿は下手糞なダンスを踊っているようでひどく滑稽だ――を殴り倒した。スタンドのヴィジョンを出さずに素手で殴ったのは、ぎりぎりまで能力を隠しておくためか、それとも単純に直接殴りたい気分だったのか。
「どうやってここに入ったの!?」
 まだミスタの足元にいる女――ただしその手はミスタから離れ、握ったナイフを背中へと隠している――は、低い姿勢のままジョルノを睨んだ。隙を見て襲い掛かろうとしているのだろうが、おそらく彼女に“実戦”の経験はほとんどないだろう。それは、部屋の中を覆っていたはずの霧が薄れてしまっていることからも明白だ。咄嗟のことに動揺し、能力を解除してしまうとは……。この女に出来るのは、精々霧で惑わせた敵の背後を取って鈍器のような物で殴り掛かることと、他に相手をしてくれる者のない哀れな男を慰め、従えることくらいか。
「どこから入ったの!?」
「ドアから」
 ジョルノは壊れたドアを指差した。
「ノックは忘れましたが」
 それは間違いだ。ドアノブを廻すのもしっかり忘れている。
「見張りがいたはずなのに!」
「倒しました。邪魔だったので」
「なっ……」
「貴女も邪魔です」
 そう言うなり、ジョルノは女の顎を容赦なく蹴り上げた。あまりにも素早い動きに、女は何が起こったのか理解出来なかったままに違いない。理解する間もなく、女は倒れ、動かなくなった。
「で?」
 倒れた女へは見向きもせずに、ジョルノはミスタへと冷たい視線を向けた。
「浮気者」
「何もしてねーよ」
「鼻の下伸ばしてたくせに」
「誤解だ」
「へぇ?」
 ジョルノの視線が下――少し前まで女の手が触れていた箇所、つまりはミスタの股間――へと向く。ベルトが切断された以外に衣服に乱れはない――まだズボンも下着もちゃんと穿いている――が、その下にいくらかの膨らみがあることを否定するのは不可能だろう。
「それは単純な生理現象」
「ふーん?」
 ジョルノは考え込むように腕を組むと、前振りもなくミスタの“そこ”を踏み付けた。
「ッ……おいッ!!」
 わりと容赦ない。正直今日一番の“ピンチ”だった。
「いっそのこと“最後まで”相手してもらえば良かったですね。すみませんね、助けに来るのが早過ぎて」
「怒るなって」
 更に何か言おうとジョルノが口を開きかけたところへ、ばたばたと足音が聞こえてきた。現れたのはミスタの部下達だった。
「ちょうどいいところへ。こいつ等を運び出してください」
 ジョルノは倒れた女達を顎で指した。ミスタの部下は、ジョルノの部下でもある。彼等はすぐに指示に従い、仕事を始めた。
 部下の1人が拘束を解こうと、ミスタに駆け寄ろうとする。が、すぐにジョルノが「それはいいです」と制した。
「『それ』って……」
 なかなかにひどい扱いだ。部下は戸惑いつつも、やはり従った。
「全員予定通りの場所へ運んでください。貴方達もそこで待機しててください。ぼく達もすぐに向かいます。ああ、ドアの下にいるのも、忘れないで」
 優秀な部下達はあっと言う間に作業を終えた。意識がある者ない者含め、ミスタとジョルノ以外の者は全て出て行った。
「とりあえずこれ解いてくれ」
 ミスタが言うと、ジョルノは淡々とした口調のまま返した。
「お似合いなのに?」
「いいから」
「仕方ないな」
 拘束が解かれると、ミスタは立ち上がった。手首にロープの跡がうっすらと残っているが、外傷は特にないようだ。簡単にそれだけ確認すると、手を伸ばして、まだ不機嫌そうな顔をしているジョルノの頬に触れた。そのまま自分の方を向かせ、口付ける。
「縛られたまんまじゃあ出来ねーだろ」
「それでぼくが誤魔化されると思っているんですか」
「思ってる」
「ったく……」
 ジョルノはミスタを睨むと、再び――今度はジョルノの方から――唇を重ねてきた。
「オレがここにいるって、どうして分かった?」
 事前に調べた限りでも、敵のアジトはかなり広いらしく、更に地下深くまでありそうだということだったが……。
「そんなの知りませんよ」
 ジョルノはふんと鼻を鳴らした。
「目に付いたドアを手当たり次第ブチ破ってきたんですから」
 ジョルノにしては、ずいぶんと荒っぽい。それだけ焦って――くれて――いたのだろうか。
「じゃあ、オレが“ピンチ”だってのはどうやって?」
「……なんとなく」
 自分でも腑に落ちないと言うように、ジョルノの視線は下を向いた。
「テレパシーか」
「馬鹿馬鹿しい」
 ジョルノが頭を振ると、金色の髪が揺れた。
「さっさと出ますよ、こんなところ」
「って、オレ“このまま”かよ」
 ミスタは自分の下腹部を指差した。“そもそも”は敵の女ボスの仕業だが、放っておけるレベルを超えさせたのは最後のジョルノの一撃である。
 ジョルノは“それ”とミスタの目を交互に睨んだ。その頬には、わずかに赤味が差している。
「本当に世話が焼ける人だな」
 言うや否や、彼はミスタの肩に腕を廻して抱き付いてきた。


2018,03,10


モブ女による攻めキャラへの逆レからの助けに来た受けキャラのお清めックス(だがあくまでもリバではない)が書きたかったのですが、わたしにはハードルが高かったようです。
でも冷静に考えたら逆レされて泣く攻めキャラとか別に見たくなかったし、そこでノリノリになられても嬉しくないことに気付いた。
このハードルは頑張って越えるべきものではなく、潜るのが正解だったんだと、今なら思えます(ただの言い訳)。
<利鳴>

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