モブナラ R18 フーナラ前提 流血、暴力描写有り


  涙の理非を夢にも知らず


「止めろ、離せっ! このッ!」
 小さい駅の裏はただでさえ人通りが少なく、更に路地裏に連れ込まれてしまえばどんなにナランチャがそのよく通る少年にしては高い声を張り上げても誰にも届かない。
 そもそもが誰も来ない。週に1度2人組の『売人』がこの時間に立つらしいと噂されている場所へわざわざ訪れるのはどのような人種か決まっている。
 今日は偶々『客』が居ない。居たとしても目当ての麻薬を手にすれば細身の子供が二の腕を掴まれて引き摺られようと関与してこない。
「俺達に話が有るんだろ?」
 掴んだ腕を振るえばそのまま投げ飛ばせそうな程体格の良い男が低い声で笑った。
 背丈だけならば仲間のアバッキオの方が幾分有るだろうが、筋肉の上に脂肪も乗せた体躯はとかく大きい。
「話、聞いてやるよ」
 目前に立ち理知的ぶった早口で話すもう1人の男は仲間のブチャラティやフーゴよりも小さい。認めたくはないが小柄な自分に近い位しか背が無い。
「離せよッ!」
 掴まれた腕ではなく体の方を無理に捻り動かしてナランチャは何とか大きな男の手から逃れたが、その拍子にどしんと音を立てて尻餅を付く。
「いってぇー……」それ以上に腹が立って仕方無いので睨み上げ「テメーら、それが人と話す態度かよッ!」
「なぁにが態度だよ、俺達はお前に話なんか無ぇんだよ」
「話してもらいたかったらお前がそれなりの態度を取らなきゃなんねぇの、わかるか?」
 大男は兎も角、小さな男の方もこちらが座り込んだままでは見上げる形になり尚更むしゃくしゃした。
 どうせ見下ろす事は出来ないが、それでもナランチャは立ち上がる。
「……『モトジメ』の事を話せば許してやる」
 そう言うように、そうして麻薬流通の『元締め』が誰でどこに居るのかを聞いてくるようにブチャラティに言われた。
「許して『やる』?」
 反復してから男は2人でげらげらと笑い出す。
 確かに路地裏に放り込まれた自分が許すも許さないも無い。だが他に何と言えば良いのかわからない。
 まさか教えて下さいと頭を下げるなんて事は有り得ない。
「……オレだって」
 確かに見た目は非力そうかもしれないし、スタンド能力もこんな民家とよくわからない商店との間の細い路地で使えるものではない。しかし、決して戦えないわけではない。
 そうだ。だから今回の一件を任されたのだ。情報を持ち帰り鼻高々に自慢してやらねば。
 金属音を立ててナイフを取り出す。それを見て2人はすぐに笑うのを止めた。
「おいおい、何のつもりだ?」
 子供のくせに、とでも続きそうな言葉を遮り。
「オレだって出来るんだからな!」
 啖呵を切り振り上げた右手はしかし、大きな男に再び掴まれた。
「何が出来るんだ?」
 手首をギリギリと締め上げられる。痛みで手に力が入らない。呆気無く手からナイフが落ちる。
 それを小さな方の男がひょいと拾い上げた。
「出来なくしておくか」
 大きな男はナランチャの右腕をさぁどうぞと言わんばかりに相棒の方に差し出した。声を出す間も無く右手の甲を、中指の付け根から手首の軟骨までをザクリと深く切り付けられる。
「……ッ」
 痛い、焼けるように痛い。指先の感覚が一気に奪われた。
「何だよつまんねぇな、泣き出さねぇのかよ」
「くっ……バーカ! オレは子供じゃあねーんだッ!」
 子供でもしないような挑発に小さな男の方だけが乗る。
「こっちは泣き出すまで刺してやっても良いんだけどなァ」
 語尾を上げてナイフを握り直し、屈んでナランチャの左太腿へ突き刺してきた。
「ッ、あ、て……めぇ……っ!」
 痛いと言わなかった自分を誉めたい位に痛い。
 深く刺さっているのが痛みでわかる。こんな時に自分の身体に冷静でなんかありたくないのに。今ナイフを抜かれては一気に出血し歩けなくなるだろう事もわかる。
 幸いにも小さな男はナイフから手を離した。
 ほぼ同時に大きな男も手を離したのでナランチャは2度目の尻餅を付いた。
 しかし尻が痛いと言っていられない。神経を切られたか右手の感覚は麻痺しきっているし、左足もまた痛みが強く動かせない。
「他にもナイフ持ってないか見てやろうぜ」
 大きな男の言葉に同意して、もう1人がトップスへ手を伸ばしてくる。
「持ってねーよ!」
「だから何だよ!」
 声を出す事に不満が有ったのか大きな男もまた屈んでボトムに手を掛けた。
 そして躊躇い無く引きちぎる。
 手の、もしくは爪の力が相当強いのだろう。局部を晒させられているのに、右手からの出血で脳へ回る血が不足してきたのか、そんな下らない事が頭に有った。
「女子供みたいな顔して、まあ可愛いもん生えしちまって」
 体格通り成人男性にしては小さな靴の甲が、嚢を下からぐいと持ち上げる。
「止め――」
「高い声出せるじゃあねぇか」
 大きな男の大きな両手がナランチャの太腿を掴み上げて開いた。
 2度も打ち付けた臀部が、足を割り開かれてその中央の窄まりが外気で冷やされる。
 動かされる事でナイフが刺さったままの左足が酷く痛んだ。
「俺さ、可愛い声と『こっち』好きなんだよ」
 興奮して1箇所に血液が溜まりきる位に。
 ファスナーを開けて醜く膨張した男根を出した。大きくも見えるし、体格や手と比べると小さくも見える。
 どちらにしろそんな汚い物は見ていたくないのに、早々に先走りで鈴口を濡らし始めたそれが本来物を出す為だけにある箇所へ押し当てられた。
「……くっそー! テメーラリってんのかよ! 流してただけじゃあなく、自分で使ってたな!?」
 元締めの顔が割れないように買い取る人々との間に配置されただけだと聞いていたし思っていた。だから話を聞いて足を洗わせるのが任務だと言われてここへ来た。あの時「理解した」と大きく頷いて見せたのに。
 売人自身も麻薬に犯されている時はどうすれば良い?
 そんな麻薬漬け(ジャンキー)に体を貫かれそうならばどうすれば良い?
「うるっせぇなぁ、もっと高いキャンキャンした声出させてやるよ!」
 夜空の下に不釣り合いな煩過ぎる怒鳴り声を上げた男が体内に入ってくる。
「あ……ぐ……痛いっ……」
 右手も左腿も肛門も裂かれて痛い。更に腸内に入れるなり全速力で擦られて痛い。
 尻にファスナーの冷たい金具が当たる度に、生理的な吐き気が込み上げた。
 だが吐いても泣いても何も変わらない。何も解決しないのだから、それらをして喜ばせてはならない。
「……は、あ、ぶ……許さ、ねーからな……テメーっ……ん、う」
「それしか言えないのかよ」
 ごん、という衝撃が頭に走る。
 殴られた。小さな男の小さな拳なのに充分に痛かった。
「何しやがん、だ……くそッ……テメーもだ! この、ホモ野郎ッ!」
「そりゃあお前の方だろ、簡単に入っちまいやがって」
「え、そっちで稼いでんの?」
「そうなんじゃあねぇか? 何か慣れてるぜ」
 犯す男も殴る男もけたけたと笑う。その間も直腸をひっきりなしに太く硬い物が動いていて気持ちが悪い。鼻の頭が熱くなる。
 泣かない、負けない、許さない。
 早く終わってくれ――
「う」
 大きな男が低い声で呻いた。
 終わった……
 びゅくびゅくと腸内に体液が流れ込んでいるのがわかる。
 もう終わりかとからかいたかったがそんな気力は残っていない。穢されきって泣きたい衝動を堪えるだけで精一杯で、今更ながら歯を食い縛った。
 男根が抜かれるとゴポと音を立てて一緒に精液も流れ出た。気の早い腹がぐるぐると腸を活動させ、下した時を連想させてくる。
「……畜生っ……絶対に、オレは……」
 泣かないからな、と顔を上げるより先に。
「止めろ、離せっ! このッ!」
 口を開けてもないのに自分の声が聞こえた。
 男2人も遅れてナランチャも、『ナランチャの声』がした先程通った道へと目を向ける。
 ナランチャが居た。1人きりで、服は未だ乱れておらず、まるで誰かに腕を掴まれて路地裏に連れ込まれているかのような。
「離せよッ!」
 自分が先程発した物と全く同じ声を聞いて、余り頭の回転が早くない自覚は有るしこんな状況だが、ナランチャは男2人とは違い思い当たった。
「ムーディー・ブルースだ……アバッキオだっ!」
 元気を取り戻せたような声を聞いてか、ナランチャの姿をした存在はその見た目を変える。
 スタンドはスタンド使いにしか見えない。この頭部にデジタルカウンターを付けてビニール袋を被ったかのような人型のヴィジョンは男達には見えていないだろう。
 だがスタンドを追って現れた大きな人影は実在している人間なので見えている筈だ。射精し脱力した男以上に背が有る。羨ましい、ああなりたい。アバッキオ程じゃあなくてもいいけど。数時間振りに見る顔は普段なら逆に笑ってしまいそうな程恐ろしい表情を浮かべていた。
「……な、何か用か?」横にだけはアバッキオよりも大きい男が身形を整えつつ「あれか、お前『買い』に来たのか。金と合い言葉は?」
「合い言葉?」
 鸚鵡返しをするアバッキオの声はいつも通り低く、しかしいつも以上に機嫌が悪い。
「合い言葉聞いてねぇのか? 誰から何て聞いてここにきた?」
「そっちの通りに馬鹿2人が居るのはもう噂になってるぜ。元締めの名前吐いて足洗うには丁度良いタイミングだと俺は思うが」
「このガキの兄貴か何かか? こんなガキに襤褸(ぼろ)も何も出ねぇぞ」
 小さな男の方がナランチャの前髪を引っ張り上げ改めてアバッキオの方を向かせる。
 痛みで微かに呻いたが、お陰で大事な大切な大好きな物が見えた。
 暗い路地に1つ、アバッキオの居る辺りからこちらへ、大きな男の背後辺りへ向かって不自然な『ジッパー』が走っている。
 伸びたジッパーの終わりから、金具が小さな金属音を立てて逆方向へ動いた。
「麻薬を流通させた罪では問えない細工をしていても」
 声は開いたジッパーの中からした。その声の持ち主の手が、頭が、体が地面の中から出てくる。
「傷害罪と強姦罪で突き出せるように自分達でしちまったな」
 ブチャラティだ、と名を呼ぶより先に。
 何だ、と大男が振り向くより先に。
「スティッキー・フィンガーズ!」
 ジッパーで体を細切れにする事も可能なブチャラティのスタンドはその人の形に近い姿を現し、スタンドが見えていないであろう大男をひたすらに殴り始めた。
 右フックをかまして、左アッパーで浮かせて、鳩尾にストレートを決めて壁へと吹き飛んだ体に、追い討ちを掛けるべく延々と。
 こちらの拳が痛くなるのではと心配になる程。右手を切り裂かれて手を組めないナランチャは、胸の奥だけで本体であるブチャラティの手からフィードバックで血が出ないようにと祈る。
 右手だけではなくナイフが刺さったままの太腿も、犯されたばかりの肛門も未だ痛い。それでも、それでも嬉しかったし気分も爽快だった。
「アリーヴェデルチ(さよならだ)」
 散々に殴り終えてもう聞こえてもいない、音を聞く事が出来なくなったであろう体にブチャラティは吐き捨てる。
「こっちはどうする」
 いつの間にやらアバッキオは彼と並ぶと一層小柄な男を後ろ手に拘束していた。
「どうにでもしろ。『服』だけは汚さないようにな」
「わかった」
 言って男の顔面をコンクリートへ叩き付ける。
 スタンドによる目に見えない不可思議な現象と、体格に恵まれた見るからに裏社会の男による暴力と、果たしてどちらが恐ろしいだろう。
「ナランチャ」
「あ……」
 ブチャラティが目の前に、目線を合わせる為に足を大きく開きしゃがんでいた。
「……ごめんなさい」
「何故謝る」
「それは……オレ、『モトジメ』の事、なんも聞けなかった」
「アイツらからは聞き出せない事がわかった。それはアイツらに忠誠心が有るからではなく……いや、今はそんな話はどうでもいい」
 ぐいと右腕を引かれる。
「ナランチャ、お前が謝らなくちゃあならないのは『無茶をした事』に対してだ。要らない挑発をしなかったか?」
「それは……ちょっとした、かも……」
 切り裂かれた傷口にジッパーが走る。皮膚に金属を埋め込まれるような痛みに顔を歪ませた後、指先の感覚が戻っている事に気付いた。
「その所為で他の誰でもない『お前の体』が傷付いた。お前はお前の体に謝らなくちゃあいけない」
「でも……」
「もう無茶はしないと自分の体に謝るんだ」
「……オレの体は大丈夫だって言ってる」
 ブチャラティは1度小さく短い溜め息を吐き、それから無遠慮にナランチャの左太腿からナイフを抜き取る。
「いってェーっ!」
 血が吹き出る前に傷口はジッパーで塞がれた。
「このナイフはお前のだな」
「ッつぅ……痛ぇー……ごめんなさいっ」
「もう2度と?」
「しませんっ!」
 カランと音を立てて地面にナランチャの血が付いたナランチャのナイフが置かれる。
「1人で敵わないとわかったら俺達を呼べ。俺達は仲間だ。無茶はするな。お前もお前の仲間も傷付く」
「傷付く?」
「心配する」
 ならば仕方無い。逃げるなんて格好悪い事、負けを認めて他人に頼るなんて恥ずかしい事、本当ならばしたくはない。しかし『仲間』を傷付けたり心配させるわけにはいかない。
 真正面に見える仏頂面に「大丈夫」と言おうとした矢先、2人の間にばさりと布が飛んできた。
 掴み上げるとそれが服――どこにでも有るようなシャツとパンツ――だとわかる。
「早く着ろ」
 声の主のアバッキオは憮然とたったまま、明後日の方を向いている。こちらを、服を破られたナランチャを見ないように。
 その足元には服を剥かれて下着1枚の、顔面を何度も地面に殴打されて元の形を失った小さな男。
「ん……ありがと」
「アバッキオ、利き手や足を怪我したナランチャは自分で服を着られない。手伝ってくれないか?」
「勝手な行動で痛い目を見るガキの相手をするつもりは無い」
 苛立ちを募らせた口調。彼には一体何と言うべきだろう。
 不快な思いをさせてすまないと。自分がこんな目に遭う事を不快に思ってくれて有難うと。片方を殴り抜いても苛々が解消されない程怒ってもらえるのは嬉しいと。
 掛けるべき言葉が多過ぎて、思考が追い付かなくなってきた。
「頼むアバッキオ、俺を手伝ってくれ」
 わざとらしい舌打ちが1つ、それから盛大な溜め息も1つ吐いて、漸くアバッキオがこちらを向いた。
 見るに耐えんと言わんばかりに顔を歪めてから様々な意味で暴行された後のナランチャの隣に屈む。
「ブチャラティ、お前が履かせろ」
「ああ」
 返事を受けたアバッキオはナランチャの両脇を手で掴み、ひょいと持ち上げて立ち上がる。伸ばされた足にブチャラティがすかさず小さい方の男から剥ぎ取ったパンツを履かせた。
 膝に力が入らず支えが無ければ立っていられない。アバッキオの手が離れると三度(みたび)へたりと地に尻を付いた。ゆっくり下ろしてくれたので痛くない。
 座ったままぼんやりしているとブチャラティがシャツを被せ着させてくれる。
 着なれない服は嗅ぎなれない臭いがして不快だが、汚された体を晒したままにはしていられない。
「売人潰しただけじゃあ現状は何も変わんねーな」
 こちらに背を向けて屈み直したアバッキオの声はとても低く、静寂な夜の空気によく映えた。
「何日も間を空けずにすぐ新たな売人が立つだろう。どれだけの利益が出るかはわからんが、ここで買っていた奴なら断らない」
「誰かしらが選ばれる瞬間が、最大のチャンスか」
 麻薬問屋紛いの人間――団体かもしれない――が間に立つ者を選ぶ、つまり『ここ』に姿を現す。
「おいナランチャ、早くしろ」
 アバッキオが顔だけをこちらに向けて急かしてきた。
「え? ……え?」
 2度瞬きをした。それでもよくわからなかったので首を傾げた。そのやり取りを見て、ブチャラティが珍しくくすと笑う。
「だから怪我をしているんだ、1人じゃあ出来ない」
 ブチャラティは先程アバッキオがしたように両脇に手を入れてナランチャの体を持ち上げる。腕力の差が有るからかアバッキオの時よりも力を、気合いを入れているのが何と無くわかった。
 持ち上げられたナランチャの体はそのままアバッキオの背へ。
 荷物の如く背負われた。ブチャラティの手が離れ、代わりにアバッキオの手が尻に回り支える。
「お、おぉお?」
 『おんぶ』の姿勢のまま立ち上がられて、そのまま歩き出されて変な声が出た。
 ナランチャとアバッキオとの身長差は約25cm、背負われたナランチャはその目に見た事の無い光景を映す。
 地面が遠くて空が近い。
「一体どこまで行けばタクシーが拾えるんだ?」
「広い道路に出ればすぐだと思うが……この時間は逆に駅前に居ないかもしれないな」
 不思議な光景だった。ブチャラティを見下ろしている。ブチャラティが少しだけ目線を上げて、しかし自分より下のアバッキオを見ている。アバッキオの顔が自分よりも下にある。
 こんな体験は初めてで、しかし物心付く前には両親がこうして背負ってくれたかもしれない。
 あの男がこんな事をしてくれるか?
 そんな疑問を持つ位にあの男を父親と認めたくないし、あの男よりもアバッキオの方が何倍も頼りになるし誇らしい。
「ったく、重たいったらねーぜ」
 言いながらもずんずんと歩く。隣を歩くブチャラティも足を止めない。
「ナランチャは未だ軽い方じゃあないか?」
「人間は重てーんだよ」
「俺だったら置き去りにされていたか」
 初めての角度から見るブチャラティの顔に、初めて見るわけではないがかなり珍しい微笑みが乗った。
「お前だったらタクシー拾わず病院行かず、俺か自分の部屋に連れてけって言うだろ」
「その通りだ」
「なあ……」軽口を叩き笑い合う中に入るには少し固い声音で「病院行くのか?」
「そうだ」
「今から?」
「そうだ」
「オレ……あんまり、行きたくない……」
「我が儘言うな」
 アバッキオの指摘通り我が儘でしかないのでナランチャは黙り込む。
「ナランチャ、痛い注射や苦い飲み薬は嫌かもしれないが、今のお前は何らかの感染症を移されている可能性が有る」
 傷口から、あるいは。
 充分わかっているので言葉にしないでくれる優しさは有難い。
「……でもさあ、もし病気とか有ったら当番病院? 今開いてる病院にまた来るのって……大変じゃん」
「それは言えるな」
 真下から低い同意の声がした。
「なら病院は明日に、朝日が昇ってからにするか? そうするとタクシーは拾わないからお前はナランチャをおぶったままだぜ」
「コイツの部屋まで位なら何の問題も無ぇ」
 重たいと言った癖に。わかりにくい優しさがわかって嬉しくて、ナランチャは肩を掴んでいる手にぎゅっと力を込める。
「いや、今のナランチャを1人にはさせられない。俺の部屋へ行こう」
「泊めてくれんの?」
「久し振りに風呂に湯を溜めるか。温まると良い」
 目を輝かせるナランチャとは対照的に、いつも通りに戻り至って平然といった無表情が見下ろせた。
「おいブチャラティ、ここからだとお前の部屋1番遠いじゃあねーか」
「それもそうだな。1番近いのはナランチャの部屋か?」
 泊まって行ってくれるのか、と声を弾ませるより先に。
「いや、フーゴの部屋の方が近い」
 今、何と?
 もしや今、『パンナコッタ・フーゴ』の名前を出した?
「寝ている所を叩き起こすのは悪ぃが――」
「やだ」
 声は震えるが主張しなくてはならない。
「言わないで、フーゴにだけは……言わないで……」
 それだけは何としても避けなくてはならない。
 彼以外を胎(たい)に受け入れたなど、絶対に知られたくない!
「おい泣くな、俺の服が汚れる」
「泣かねーから! だから……言わないでッ……」
 しかし嗚咽の所為で言葉が続かない。
 服を破られても殴られても刺されても犯されても泣いたりなんかしなかったのに。
 今にも嘔吐に変わりそうな嗚咽が止まらない。涙も鼻水も止まらない。泣かないなんて、泣いていないなんてとても言えない。
「……言わないで……」
 アバッキオの項(うなじ)の辺りに顔を突っ込むように埋める。
 汚すなと怒られるかもしれないが顔を上げていられない。それにフーゴに知られる位ならばアバッキオに怒鳴られ蹴り飛ばされる方が未だマシだ。
「フーゴには……絶対知られたくない……」
 自分を無知で無垢な幼い子供のように思い、大切に触れてくれる彼にだけは。
「言わないし言わせない。もしもアバッキオが口を滑らせそうになったら俺がジッパーで塞いでやる」
 冗談混じりの言葉はしかし、ブチャラティらしく真摯な響きが有った。
「物理的に塞ぐ気か」
「言わないようにな」
 顔を埋めた先で低い声が「言わない」「誰が言うか」「どこに行けば良いんだ」と文句を言っている。
 夜の空気が着なれない服の隙間から入り込んで体を冷やす。だが背負ってくれているアバッキオはやや厚着だからか温かかった。
 シャツを着た肩へ静かにブチャラティの手が乗る。慰めるでも何を言うでもないのに、手の平の熱が温かかった。
「……ありがと……ブチャラティも、アバッキオも」
 2人共、好き。
 最も好きな相手とは少しばかり『好き』の種類が違うかもしれないが。
 それでも2人共大切で、2人に大切にされているのがよくわかるから、今日を人生最悪の日にはしない。


2018,03,10


ウルジャンのステッカーのOが余りにも親子に見えたので。
でもって自分でうっかり喋りそう。この前のさぁ〜って感じのノリで。
打ち合わせではモブ女に襲われそうになるおねショタ話だった筈が、普通に男に襲われる話になったのは何でなんだろうね。
<雪架>

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