フーナラ前提パープル・ヘイズ×ナランチャ R18 モブナラ過去設定あり


  Stand by You


 「やることもないし、今日はもう寝ようかな」と思って時計に目を向けようとしたちょうどその時、ナランチャ・ギルガは、聞き慣れたとは言い難い、だが間違いなく自分の部屋の物である呼び鈴の音を聞いた。
「はぁーい」
 予告もなしに人がやってくるような時間――結局時計は見なかったので推定――ではない。等と考えるより早く、彼は反射的――あるいは機械的――に返事をし、玄関へと向かった。
 彼にとってこの部屋は、睡眠を取るための場所でしかない。自分以外に誰もいない空間はひどく退屈で、入居時から比べると少しずつとはいえ持ち物――衣服や音楽CD等――が増えてきた今になっても、どこか「空っぽだ」と感じることがある。故に、彼は眠るために帰宅する以外は、ほとんどの時間を他の場所で過ごす。チームのアジト、縄張り内にあるレストラン、よく行くカフェ、許可がもらえれば仲間の誰かの部屋。街中をぶらぶらと歩き廻るのだって良い。それ等の場所の方が、「何もない」部屋よりも、遙かに居心地が良いと感じることが出来る。
 意識のない――眠っている――状態で過ごす時間の方が長いくらいであるかも知れないこの部屋には、訪問者が珍しいということが逆にない――そもそも珍しいのかどうかを判断出来る者がいない――。ここが自分が守るべき、そして自分を守ってくれる“砦”だとの認識も、ほとんどないと言えるだろう。警戒も訪問者が誰なのかの確認もしないまま、ナランチャはドアを開けた。
「はいはーい。どちらさん……あ」
 そこに立っていたのは、パンナコッタ・フーゴだった。同じチームに所属する、2歳年下の少年――ただし先輩後輩で言えばナランチャの方が下である――。今日は朝の内にアジトで顔を合わせた以降は、別々の任務に就いていたために、会うことはないままだった人物だ。
 ひとりで「空っぽ」の空間にいることを退屈に思うナランチャは、仲間の姿を見て、にわかに表情を明るくさせた。間もなく日付が変わろうという時間(推定)の訪問を非常識と思うことは、全くなかった。もしかしたらフーゴも退屈から逃げ出すために訪ねてきてくれたのかも。そう思うと、自然と笑みが浮かんでくる。
 ひとつだけ疑問があるとすれば、それはフーゴが俯くように顔を伏せ、視線を合わせてこないことだ――普通事前に電話で訪ねて行っても良いかと聞いてこないだろうかとの疑問は浮かばなかった――。
「フーゴ? どうしたの?」
 返事はなく、彼はふらりと歩み寄ってきた。どこか様子がおかしい。具合でも悪いのか。あるいは、仕事の最中に負傷でも? そう思ってナランチャが顔を覗き込もうとすると、なんと彼はそのまま倒れ込んできた。
「フーゴっ!?」
 咄嗟に手を伸ばして支えるも、2本の腕だけでは足りず、肩でその体重を受け止める形になった。ナランチャのそれと比べるとずいぶんと色素の薄い髪に頬をくすぐられる。かと思うと、鼻腔に入り込んできたアルコールのにおいに咽せそうになった。
「うわっ、酒くさっ。なに? お前酔っぱらいかよ?」
 しかし半ば揶揄するようなナランチャの声は届いていないようで、フーゴはぐったりとしたままだ。「具合が悪いのだろうか」という疑問はそのまま残った。
「どうしたんだよ、もうっ」
 ひとりで深酒でもしていたのだろうか。そんなタイプには決して見えないのに――実際に、彼のこんな姿を見るのは初めてだ――。何か――酒の力を借りて忘れ去りたいような――嫌なことでもあったのだろうか――そうだと言われれば、ストレスを発散するのが下手そうなタイプに見えるもんなと納得出来そうだ――。
 とりあえず中へと、ナランチャは肩を貸したまま半ば引きずるようにフーゴを部屋に招き入れた。フーゴは今手を離せばおそらく自力で立つことも難しいだろうというありさまで、ナランチャの方がいくらか背が低いことを差し引いても、短い距離を移動させる程度のことにひどく苦労することとなった。
「あーもー重いっ。どこの店だよっ、ガキにこんなに飲ませたのはぁ!」
 それでもどうにかリビングのソファへと座らせることに成功すると、ナランチャは膝を折って姿勢を低くし、改めてフーゴの顔を覗き込んだ。
 彼は眠ってしまってはいないようで、両の目はぼんやりとではあるが開いている。だがおそらく何も見てはいない。アルコールの所為か、その頬には血液の色が透けて見えるのに、同時に蒼褪めているようにも見えた。
「大丈夫かよぉ。水飲む?」
 相変わらず返事はなかったが、ナランチャはキッチンへ行き、冷蔵庫の中から水のボトルを取り出して、硝子のコップの半分ほどまで注いだ。それを持ってリビングへ戻ると、フーゴの様子は先程と全く変わっていなかった。
「ほら、水」
 ソファの横にしゃがみ込んでコップを差し出すと、フーゴの視線と手がようやく――ゆっくりとではあるが――動き出した。
(とりあえず今日はこのまま泊めた方がいい……よなぁ? タクシー呼ぶっつっても今あんまり手持ちないし。帰れたところでその後も心配だもんなぁ。何があったのかも分からないのにブチャラティに連絡すんのもどうかと思うし……)
 ナランチャがそんなことを考えていると、かすかに声が聞こえた……ような気がした。「ナランチャ」と、今名前を呼ばれなかったか?
「フーゴ?」
 フーゴは手を伸ばしていた。だがその手は、水が入ったコップではなく、ナランチャの手首を掴んだ。かと思うと、そのまま強い力を加えられ、ナランチャの体は床に抑え付けられるように倒れた。
「いたっ」
 背中が床にあたって、どんと音が鳴る。ほぼ同時に、硝子が割れる音と、水が零れる音。
「いったぁ……。フーゴっ、だいじょう……」
 また倒れたかと思って慌てて顔を上げると、しかし彼の目に映ったのは、フーゴの姿ではなかった。
 人と似た形をしてはいるが、人ではないもの。精神を集中させて見れば――いや、むしろ“精神の目”で見れば――実体のないものだと分かる、『スタンド』と呼ばれる“ヴィジョン”。
 それがどういうものなのか、何故そんなものが存在するのか、難しいことはナランチャにはよく分からない。誰もがその力を持っているわけではないこと、“スタンド使い”にしかスタンドを見ることは出来ないということ、人によってその能力は違っていること、スタンドは本体と“繋がっている”こと、等々。彼が認識しているのはその程度のことだが、それで支障はないと考えて良い。複雑なことを知らずとも、スタンドの動かし方は本能で理解出来る。スタンド能力とは、そういうものである。
 ナランチャのスタンドは、ラジコン飛行機のような形をした空飛ぶ戦闘機である。レーダーで目標を探知し、狙撃することが出来る。一方フーゴのそれは、シルエットこそ人の形に近い――少なくとも1つの頭部と1つの胴体、2本の腕を持ち、2本の足で自立することが可能である――が、獣のような目付きと、紫色をした格子模様の体は、この地上に生息するどんな生き物にも似ていない。
「パープル・ヘイズ……。な、なんで……」
 そのスタンドの能力は、一言で述べれば『ウイルス』だ。左右の拳に3個ずつ、合計6個のカプセルを有しており、それが割れると、中のウイルスが空気中に拡散される。ウイルスは呼吸、もしくは皮膚への接触で感染し、生き物も、スタンドですらも、体の内側から腐らせ、数十秒で死に至らしめる。
 フーゴはその力を滅多なことがない限りは使わないと決めているようだ。ウイルスに感染するとなす術がないのは、フーゴ自身も例外ではないことがその理由だろう。つまりは、危険過ぎる。だがその能力を、ナランチャは一度だけ目にしたことがあった――「どんな能力なの?」と聞いて、口頭で説明してくれたことは何度かあったが――。
 2人で敵を殲滅せよとの命令を受けた時だった。彼等は事前の情報と想定を遙かに上廻る数の相手に追われていた――その中には数人ではあるがスタンド使いも混ざっていたのではなかったか――。フーゴはナランチャに、自分がなんとかするから離れたところからレーダーで見張れ、「いい」と言うまで待機していろと指示――命令――してきた。フーゴひとりでどうにか出来る数ではない。そう反論しようとしたナランチャは、しかし鬼気迫るような表情に圧倒され、首を縦に振ることしか出来なかった。
 フーゴは敵の集団を、かつては何らかの商店であったことが窺える空き家へと誘い込んだ。家具の類は残されていないようで、だだっ広いその空間に何人もの人間が入って行くのを、ナランチャは言われた通りレーダーで見ていた。流石にこの数はと思い、飛び出して行こうとした時、それは起こった。
 二酸化炭素を探知するエアロスミス――ナランチャのスタンドの名だ――のレーダーから、突然呼吸の反応がひとつ消えた。何故急にと思っている内に、ひとつ、またひとつと、命を示す光の表示が減ってゆく。最初にそれが消えた位置から、円を描くように“何もない”空間が見る見る内に広がる。『感染』。その言葉は、ごく自然に頭の中に浮かんだ。
 死体を直接目にしたわけではない。だが、何を見たのかは明白であった。いくつもの命が、瞬きよりも早く、次々と失われていった。相手は敵だ――確か、善良な一般人を食い物にしているような奴等だった――。元より倒すべきもの。それでも、その圧倒的な力に、ナランチャは恐怖を覚えた。死とはこんなにも容易く訪れるものだったのか、と。
 最後に残った呼吸の反応は、フーゴのものただひとつだった。彼が無事な姿で建物から出てきたのを見て、ナランチャは安堵の息を吐いた。だが同時に、どんな顔をして彼に会えば良いのか分からなかった。彼は大切な仲間だ。命の恩人のひとりでもある。それでも、今まで知ることのなかった一面を目にし、そのギャップにまだ少し混乱していた。その時フーゴの背後に一瞬だけ見えたスタンドの姿は、しばしナランチャの目蓋の裏に焼き付いて離れなかった。
 おそるおそる伺い見ると、フーゴもまた、ナランチャと同じような表情をしていた。本当ならその能力は他人に見せたいものではなかったのだろう。目も合わせようとしないまま、彼は「先に帰っていてください」と消え入りそうな声で言った。
「ぼくは報告をしてから戻りますから」
 抑揚のない声に、ナランチャは今度も「分かった」と答えることしか出来なかった。
 翌日顔を合わせた時、フーゴはいつものフーゴに戻っていた。「おはようございます」と挨拶を交わす表情は朗らかで、それはナランチャの心を無条件にほっとさせてくれた。そのお陰で、以降は彼と普通に接することが出来た。
 要はスタンドを使う彼の傍にいなければ良いだけの話だ。元より複雑に考えることを好まないナランチャは、そう割り切ることに決めた。幸いにも、ナランチャのスタンドは遠隔操作型。攻撃の対象から、一定以上の距離を保ったまま戦うことが出来る。つまり、近距離タイプである――必然的に敵に近付かないと攻撃出来ない――フーゴのスタンドからも離れていることは難しくはない。今度またフーゴと共に戦う機会があったとしても、彼の攻撃の巻き添えを食らう危険性はかなり低いと言える。近距離タイプ同士なら、こうはいかなかっただろう――そう考えると、ある意味2人の能力は相性が良いのではと思え、それがなんだか嬉しいようにすら感じた――。
 そもそもフーゴはその力をぎりぎりまで使おうとしない。今度のようにやむを得ない事態に遭遇すれば別だが、その時だって「ナランチャは離れていてください」と、ちゃんと自分を気遣ってくれていたではないか。
 以降、――たまたまなのか誰かの意図なのか――彼がスタンドを出現させる現場に居合わせる機会がやってくることもなく、ナランチャは完全に安心していた。
 それなのに。
(なんで、今ここで……っ!?)
 そこにいるのがかつて一度だけ見たフーゴのスタンド、パープル・ヘイズであることは間違いない。ナランチャは血の気が引いてゆくのを感じた。打ち付けた背中の痛みや床の硬い感触を気にしている余裕は最早皆無だ。
「フーゴ……っ? なんのじょーだん、だよ……?」
 そう尋ねた声は、自分でも滑稽だと思うほどに上擦っていた。
 ナランチャの体は、人ではないものの手に肩を抑え付けられ、身動きが出来ない状態だった。その手を振り解くことも出来ない。生身の人間では――スタンド以外は――スタンドのヴィジョンに触れられないというのに、スタンドの方から人に触れることは可能だというのだから不公平だ。
 いつの間にかフーゴは立ち上がり、仰向けに抑えられたナランチャの姿を見下ろして、そしてうっすらと微笑んでいる。その目は、一言で言えば「ヤバい」。上手く説明する言葉をナランチャは知らないが、とにかく普通ではない。
(怖い)
 あの時レーダーの反応を見ながら感じた恐怖が、いや、あの時以上のそれが、ナランチャの全身を支配する。喉が痙攣したように震えて、呼吸さえ上手く出来ない。
(一体何が……)
「ナランチャ……」
 フーゴは寒さに堪えるように、自分の両腕を抱いている。だが唇には、冷ややかな笑みを浮かべたままだ。
(なんで……)
 自分は何かしただろうか。彼にスタンドを使わせるような何かを。考えても、ナランチャには何も分からなかった。
 フーゴははっきり言って、気の短い性格をしている。ナランチャは――他の仲間達も――今までに彼を怒らせて――キレさせて――しまったことが皆無ではない。それでも彼がスタンドを使ったことはなかった。理性を失っているように見えても、意外にもその制御はきちんと出来ていたということになるのだろう。
 それなのに。
(なんで? なんで、なんで、なんで?)
 同じ疑問が、頭の中をぐるぐると廻る。答えは出てきそうもない。もしかして、心当たりすら浮かばないことにこそ、フーゴは腹を立てているのだろうか。
「動かないでください」
 フーゴが言う。その姿は、スタンドのヴィジョンに重なって、まるで知らないもののように見える。
「カプセルが割れたら、死にますよ」
 「そこの段差に気を付けて」と女性をエスコートする紳士のような口調で、彼は氷のような笑みを見せ続ける。
「そんなのっ、フーゴだって……」
「ええ、分かってます」
 フーゴはきっぱりと返した。
「この距離だ。カプセルが割れれば、もちろんぼく自身だってアウトだ」
 改めて言われて、ナランチャの心臓は早鐘を打つように激しく鼓動する。
「だから“お願い”しています。『動かないでください』、と」
 フーゴの瞳の奥で、黒い何かが不気味に光ったように見えた。
 ナランチャは瞬きをすることすら出来なかった。
 パープル・ヘイズの拳には、ウイルスのカプセルが6個全て残っているのが見えた。いや、数なんて関係ない。フーゴも言った通り、この距離だ。ひとつでも割れれば、その時点で助からないことは明白だ。
(どうしよう……)
 指先をわずかに動かすことすら恐ろしい。
(こわい……)
 パープル・ヘイズは獣のようにぐるぐると喉を鳴らした。血走った目は、完全に捕食者のそれだ。
「ナランチャ、じっとしていてください。ぼくは……」
 パープル・ヘイズが動いた。素早く伸びた手が、ナランチャの足を掴んで持ち上げる。「うわ」と小さく零れたナランチャの悲鳴は、獣の咆哮に似た声によってかき消された。それとは対照的な、淡々としたフーゴの声。
「ぼくはぼくをとめられない」
 パープル・ヘイズはナランチャのズボンを掴み、下着毎一気に引き裂いた。
「なっ……!?」
 一瞬でただの布切れとなった衣服をさらに剥ぎ取られ、露になった秘部に、硬いものが押し当てられる。
「えっ!? えええッ!?」
 それは、位置も、形も、屹立した人間の男性器に非常によく似ていた――ただしサイズは人のそれよりもひと廻り以上大きい――。パープル・ヘイズは、己の下腹部にあるそれを、ナランチャの肛門にぐいぐいと押し付けてきた。
「うそ……だろっ……!?」
 その行動にも驚いたが、それ以上にスタンドに“そんなもの”があるなんてことを、考えてみたことすらなかった――ナランチャのスタンドはそもそも人の形をしていない――。今まで、誰のスタンドにだってそんなものを見たことはない。もちろんパープル・ヘイズにも。あるいは、ある程度の姿形は、本体の意思によって――本体が「必要だ」と感じれば――変えることが出来るものなのだろうか。
 ナランチャの困惑等ものともせず、パープル・ヘイズは無理矢理“侵入”しようとしている。
「いたっ。おいっ、やめろよっ。や、だ……、無理だって……っ」
 慣らしもせずに、強引に押し入ってくる。
 元よりその部分は、異物を受け入れるための器官ではない。引き裂くような痛みに、ナランチャは表情を歪ませる。
 絶対に無理だ。ナランチャは何度もそう訴えた。だが、律動を繰り返す内に、硬く立ち上がったそれは、少しずつナランチャの中へと入り込んでゆく。おそらく内部が傷付き、血が出ている。それが摩擦を軽減させているのだろう。やがて結合部からは粘度の高い液体をかき混ぜるような不快な音が漏れ出てきた。
「あっ、あアッ。や、やだぁ……ッ」
 ナランチャが拒絶の言葉を口にする度に、凶器のようなそれは彼のより深い箇所を抉るように動いた。
「や……ああッ」
 泪で視界が滲む。肩が大きく上下するだけで、呼吸はほとんど出来ていない。仰向けから足を持ち上げられた無理な体勢に、体は悲鳴を上げ始めている。パープル・ヘイズは、そのどれにもお構いなしだ。
「すごい」
 喉を震わせるように、フーゴが言った。彼は己のスタンドがひとりの少年を力任せに犯すのを、笑みを浮かべながら見ている。
「ぼく自身は君に触れてもいないのに、ちゃんと感触がある」
 快楽の色をはっきりと宿したその表情に、ナランチャは狂気を感じた。
「肉体を介さずに直接精神が“シて”ることになるんだもんな。ははは、本当にすごい。ちゃんと君の形が分かるよ。すごく柔らかい。それに温かい。どんどん奥に入っていく!」
「フー……ゴっ……」
「はっ、ははっ。君のスタンドも人型だったら良かったのに。そしたらきっと、もっと“色々”出来た」
 ナランチャはその凶暴なウイルスを操るスタンドの出現に気付いた時とは別の恐怖を感じていた。これは、スタンドの暴走なのだろうか。いや、本体であるフーゴの様子だって、明らかにおかしい。
(こんなの、フーゴじゃあ、ない)
 ナランチャが知っているフーゴは、こんなことをする人間ではない。これではまるで別人だ。
(……フーゴじゃ、ない?)
 交互に襲いくる痛みと恐怖の中で、ナランチャは何かが小さな光を放ったように感じた。
(誰かに、操られてる……?)
 そう考えれば、納得出来る。フーゴが突然こんなことをした、その理由。
(そう、か……)
 他人を意のままに操るスタンド能力が存在するとしたら……。おそらくフーゴは、それを持つ何者かに遭遇したのだ。今の彼は、彼であって彼ではない。そう考えれば、納得することが出来る。
 スタンド毎操るなんて、相当の力だ。敵は近くにいるのだろうか。エアロスミスのレーダーで探すことが出来れば……。だが、こんな状況――パープル・ヘイズは動きをとめようとしない――できちんとスタンドを操れる自信はない――それこそ暴走の危険があるかも知れない――。敵は誰だ。知っているやつか? フーゴを狙ったのはたまたまだろうか。それとも意図的に彼を選んだのか。
 考えている間にも、パープル・ヘイズの動きは激しさを増してゆく。スタンドのヴィジョンを見ることが出来ない者には、ナランチャが自ら足を広げて淫らに腰を振っているように見えるのだろうか。
「やだっ。も、いやだ……!」
 スタンドには触れることが出来ない。それは分かっているが、ナランチャはなんとかしてそれを自分から引き剥がそうともがいた。指先が虚しく空をかいても、そうせずにはいられなかった。
 体内のそれが、内側をぐるりとかき廻すように動いた。
「ひっ……、あ、あっ……」
「動くなって、言ったでしょう?」
 聞こえたフーゴの声は、冷たく、低く、フーゴのものには聞こえなかった。
「言いましたよね? 言ったはずだ。もう忘れたの? 君は馬鹿なの? それとも死にたいの? こんなもの突っ込まれたまま死ぬのが君の望み? それともぼくを殺したいの? 自分も死んでまで? ああ、でも君と一緒になら悪くないかも知れないな。肉も骨も全部ぐちゃぐちゃに腐り落ちて、君とぼく、どっちの死体なのかも分からないくらい混ざり合って……。それはそれで気持ちいいかも知れない。そうする? ねえ、そうしようか? そしたらもう、君は永遠にぼくだけのものだ」
 フーゴは声を上げて笑った。
「怯えた顔も可愛い。それ、わざと誘ってやってる?」
 フーゴは――自身も感染すれば死に至るウイルスの存在なんて気にも留めないように――スタンドのヴィジョンを擦り抜けて、ナランチャの頬に手を伸ばした。
「君の顔、もっと見せて」
「やっ……、あっ……」
「聞かせてよ」
「っ……!」
「ぼくだけに」
 無理矢理犯されたことは過去にもあった。今の仲間達と出会うよりも、もっと前のことだ。相手の男の顔は思い出せないし、思い出したいとも思わない。浮かぶのは何人もの表情が重なって出来た誰のものでもない作り物めいた仮面のような顔だ。“それ”が力を持たぬ少年の生きる術だった頃、あの頃は、ただ相手を憎み、その――ひたすらに一方的な――行為が終わるまで、心を殺してただ耐えていれば良かった。今は違う。フーゴは、憎むべき相手ではない。それが却って辛い。
 快感なんて微塵もない。ただ怖くて苦しくて痛いだけ。それなのに憎めない。フーゴのことが、好きだから。だから、
(ゆる、さない……)
 一際深いところを突き上げるような動きに、ナランチャは上体を大きく仰け反らせた。
「ッ……ああっ!」
「あははははははは!」
 肩で息をしながら、フーゴが笑う。
「すごいなこれ。ねえ、分かる? 奥まで届いてる。ははっ。こんなの知ったら、もう普通のセックス出来なくなっちまうんじゃあないか」
 今やパープル・ヘイズは、ナランチャの肉体をただの道具として扱っているかのようだ。力任せに内部をかき廻し、己の快楽だけを貪るように求めている。それだというのに、乱暴に動いてもその実態を持たぬはずの肉塊が抜け出てしまうことはなかった。目で見ることは出来ないが、ナランチャの中にあるその器官は、根元に近い一部が大きな球状に膨張し、最早人のそれとは違う形をしているのが分かる。
 誰かに聞いたことがある。
(誰に聞いたんだっけ……)
 顔も覚えていない“誰か”だろうか。交尾の際に、雄の生殖器が雌の体内から容易に抜け出てしまわないように、特殊な構造をしている動物がいるのだ。と、聞いた――聞かされた――ことがある。これは、それに近い状態なのかも知れない。こんなことで、子供なんて作れるはずもないのに。
(こんなの、いつまで……)
 愛情の上で交わされる行為であれ、欲求を満たすだけのそれであれ、普通は射精して精子を吐き出し切ってしまえば終わるのだろうが、衣服越しのフーゴの下半身には、変化はほとんど見られない。おそらくはアルコールの所為だろう。きっと今は、そもそも勃たない状況なのだ。そしてスタンドには精子を放つような肉体的機能は、元より備わっていないのではないか。ナランチャの内部を犯しているそれはあくまでも形だけのものであり、射精出来るようにはなっていない――これはただの勘だが――。だとすれば、この行為は一体いつ終わるというのか。
(なんとか、しないと……)
 一瞬で本体の意識を奪うことが出来れば、スタンドも消せるかも知れない――これも保証があっての話ではないが――。
(エアロスミスで……)
 そんなこと、出来るはずがない。致命傷を与えないように攻撃をするなんて、そんな器用な真似。こんな状況でなくても、エアロスミスの攻撃は手加減出来るような類のものではない――間違ってウイルスのカプセルを破壊してしまう恐れもある――。やはり、ただ耐えるしかないのか。
(“前”はどうやって耐えてたんだっけ……)
 もう忘れてしまった。それが必要ない生活を手に入れられたから。それを、フーゴがくれたから。帰る場所もなく、路地裏を彷徨っていたナランチャに救いの手を差し伸べてくれたのは、フーゴだった。
(絶対に許さない)
 フーゴにこんなことをさせたやつを。
(絶対見付けて、ぶちのめしてやる)
 パープル・ヘイズが動きをより一層早めた。人間ならば、いよいよ絶頂が近いというところか。恐怖を感じながらも、一応この行為に“終わり”がありそうなことに、ナランチャはわずかな安堵を覚えた。
(くそっ……)
 泪や汗でぐちゃぐちゃになった顔を拳で覆いながら、ナランチャは顔も知らない“敵”への憎悪だけを思った。
(オレが、絶対見付けてやるから)
「ふー、ごっ……」
 体の中の異物が、大きく痙攣した。注ぎ込まれる液体は――やはり――何もないようだ。代わりのように流れ込んできたのは、声に似た“何か”だった。
――オネガイ……。
「……え?」
 頭の中に浮かんできたのは、人に似た人ではないものが泪を流しているイメージだった。
――嫌イニナラナイデ。
 一瞬、全ての感覚が遮断されたような錯覚があった。その瞬間だけは、痛みや苦しみは完全に消えていた。
(今の、は、……なに?)
 異形の者が瞳に自分の姿を映すように顔を近付けてきた。嵐のように激しかった動きは止み、周囲はただ静かだった。
「今の、お前の……?」
 ナランチャは、全てを理解した。フーゴは、スタンド能力によって操られているわけではない。彼は、己の感情を抑えられなくなっているのだ。ナランチャを好きだという気持ちと、それを拒まれて傷付きたくないという気持ち。そして何より“傷付けたくない”という想い。暴走しているのはスタンド能力ではなく、彼の“心”だ。それでもそれは、彼のもので間違いない――他者の意思は介入していない――。いくつもの感情が混ざり合い、溢れてしまった。その結果、こんな行動を起こしていまったのだ。そのことが、今の一瞬で全て伝わってきた。
 ナランチャの体の中に、異物は入ったままである。それでもパープル・ヘイズは、何かを待っているかのように動きをとめている。バッテリーの切れた機械のようだ。今なら、“彼”から離れることが出来るかも知れない。だがその前に、不足した酸素を少しでも多く肺と脳に取り込みたい。
「はっ……、はぁ……」
 何キロも全力で走った後のようだ。きっとこのまま意識を手放してしまえたら、楽なのだろう。
「ナランチャ……?」
 はっと息を呑むように、フーゴの声がナランチャの名を呼んだ。こんなタイミングで正気に戻るなんて、ついてないというか、面倒臭いやつだというか……。
 フーゴは今にも泣き出しそうな子供のような表情をしていた。自分がした――してしまった――ことは、全て把握して――しまって――いるようだ。
(なんて顔してんだよ)
 そう言って笑い飛ばしてやりたいのに、呼吸をするのに精一杯で、声が出せない。気を抜けばそのまま意識を失ってしまいそうですらある。
「ナラ、ンチャ……。あ……、ぼく、は……」
 フーゴはぜいぜいと喘ぐように息をした。
「ぼくは、なんてことを……」
 彼は今すぐにでもここから逃げ出したいというような顔をしている。だが、急に動けばウイルスのカプセルを割ってしまう可能性がある。落ち着いてスタンドを退けさせれば良いだけの話だが、誰もが混乱の中で正しい行動を取れるとは限らない。パニックでも起こせば、今度こそスタンドを暴走させてしまうかも知れない。誰よりもその力を恐れているのは、フーゴ本人だ。
「あ、ああ……、ごめんなさい。ごめんなさい、ナランチャ。ごめんなさい。こんな……、こんなこと、絶対に君にだけは知られちゃあいけなかったのに……ッ」
 まだ声を出すことの出来ないナランチャは、縋るように手を伸ばした。抜け殻のように動かなくなったパープル・ヘイズに向けて。フーゴの顔が、ぎくりと強張った。
「だい、じょうぶ」
 やっと声が出た。
「大丈夫だから。オレに知られたらって、オレ以外の誰に知らせるんだよ。大丈夫。もう、怖くないよ。フーゴのことも、パープル・ヘイズのことも。オレ、どっちのことも、好きだもん」
 正体の分からぬものに触れるのは恐ろしい。姿形、目的、その本性が見えないものは、多くの場合恐怖の対象でしかない。だがフーゴは、全てを見せてくれた。そう思えば、そして自分の中にある感情に気付けば、何も恐れる必要等ない。
「好きだよ、お前達のこと」
 これがフーゴ本人ではなく、他の誰かの意思で動いているものだとしたら、そしてそのまま本物のフーゴが戻ってこられないなんてことになったら。そう考えることが、ひどく恐ろしかった。それほどまでに、ナランチャはフーゴの傍を離れたくないと思っている。その自分の感情に、彼は今はっきりと気付いた。
「だから、フーゴも嫌いにならないで。自分と、こいつのこと」
 ナランチャはスタンドのヴィジョン毎フーゴを抱き締めた。
「ナランチャ……」
 「でも」と続けようとする声を、ナランチャは「大丈夫」と遮った。
「大丈夫だから」
 理屈だとか、根拠だとか、頭の良い者ならきちんと説明出来るのかも知れない。だがナランチャには、それは出来ない。だからただ事実を繰り返すのみだ。
「大丈夫だよ」
 弱々しいのは承知の上で、ナランチャは微笑んでみせた。フーゴは相変わらず泣きそうな顔をしている。だが、そこにある絶望の色は、間違いなく薄れていた。それと連動するかのように、パープル・ヘイズは姿を消した。またどうしようもなく追い詰められでもしない限り、フーゴはそれを出現させることはしないだろう。それでもナランチャは、その顔を忘れることはないだろうと思った。人に似ていながら、人とは全く違う者。獰猛な表情の下に隠れた寂しそうな、怯えたような目。直接触れたフーゴの“心”。体に残された傷や痛みが消えても、今度のことはきっと忘れない。
「うん、よし!」
 ナランチャは大きく頷いてみせた。今一度「大丈夫」と繰り返し、今度は先程よりもちゃんと笑ってみせることが出来た。
「次からは、シたいならシたいって、ちゃんと言えよな!」
「つ、次っ!?」
「そう。いきなりはびっくりするし、あとやっぱりちょっと痛いからさ」
 本当は「ちょっと」では済まないが。
「あ……、ご、ごめんなさい」
「あと酒もなし! ってか、どこでこんなに飲んできたんだよっ、この不良が!」
 フーゴが口の中でもごもごと「不良じゃあなくてギャング」だとかなんとか言うのが聞こえた。他にも何やら謝罪のような、言い訳のような言葉を紡ごうとしているらしかったが、ナランチャはそれ等全てを完全に無視した。今更何を言っても無駄だ。いや、無理だ。何しろナランチャは、肉体という隔たりを捨てたフーゴの“心”そのものに触れ、彼の想いを全て知ったのだから。
「割れたコップの掃除してくれたら許そうかなぁ」
 それには今初めて気付いたようで、硝子の破片を目にしたフーゴは眉をひそめた。
「フーゴ、次休みいつ?」
「え? えっと……? 掃除はすぐにやった方がいいと思いますけど……」
「そうじゃあなくて。まだ酔っ払ってる? ちゃんと時間ある時に“やり直そう”って言ってんの! さっき普通のセックス出来なくなりそうって言ってたけど、あんなの目じゃないくらい気持ちいいやつ! ……つーか、オレはあんまり良くなかったし……。フーゴだけずるい。だからやり直し。さっきのはなし!」
 やはりアルコールの影響が残っているのか、フーゴの反応ははっきりと遅れた。数秒経ってから、彼の顔は真っ赤になった。
 ナランチャはとどめを刺すように、言葉が出てこないらしいフーゴの唇に食らい付くような口付けをした。


2019,10,10


スタンド×本体、一回書いてみたかった!
他人のスタンドになっちゃったけど。
<利鳴>

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