ミスジョル前提ピストルズ→ジョルノ 全年齢


  恋人になれないのなら


 アジトに2人きりになったのでグイード・ミスタはジョルノ・ジョバァーナを抱き寄せてキスをした。受け入れて肩に手を乗せてきた。調子に乗って舌も押し付けてみる。躊躇いは有るが拒まれない。
 既にギャングの時間と呼べる夜だがこの後にこれといった仕事は無い。今日は2件も片付けてある。
 だから恋人同士の時間に当てたいとミスタは思っていた。
 唇を離して顔を見ると早々に目を蕩けさせている。
「ミスタ……」
 甘い呼び掛けが堪らなく愛しい。呼ばれたミスタは恋人を抱き締めた。
 ジョルノが自分の恋人だったら良いのに。
 自分は、自分達は6人居る。顔の数字のままの名前をそれぞれ付けられている。
 全員がミスタであってミスタではない。ミスタはマスターだが自分ともう5人の自分はスタンド。
 抱き締めているのは、抱き着かれているのは、愛し合っているのはミスタであって自分達セックス・ピストルズではない。
「頼みが有ります」
「何でも言え」
 泊めてくれなら喜んで。今から飲みに行こうでも良い。この場で抱いてくれであったって。
 何でもするし何にでもなる。同じ人間ですらない自分が言っても説得力は無いが、ミスタならばそれが出来るのだ。
「……やっぱり、いいです」
「遠慮すんなって」
「上手く……言えない。正しい言葉に出来るようになったら、その時に頼みます」
 どうにも彼らしくない細い声。迷いを持ったまま発言する事が殆ど無いジョルノがそんな話し方をするのかと驚いたし、それだけの相談のような頼みだったのかとも驚いた。
「だから、今日はいい」
 離れようとする感触。離れたくなくてミスタは腰に回している手により力を込める。
「ミスタ?」
「頼みが有る。俺の部屋に泊まってほしい」
 泊まってほしいと、そう言いたいと思った時にはもう言っている。流石自分達のマスターだ。
「……今日は、帰ります」
 またしても驚かされた。ジョルノの帰る先は未だに籍を置いている学生寮。余程の事情でも無い限り帰りたがる事は今まで無かった。
「別に何もしねーよ」
「しないんですか?」
「いやして良いならするけど……そうじゃあなくてだ。疲れてんなら隣に寝るだけで手は出さねーし、誰かにくっ付いてる方が寝やすいだろ? 俺の部屋に泊まれば、起きたら朝飯も用意されてるぜ」
「有難うございます……」
「だから泊まりたくなったらいつでも来い」
 先程の頼みを撤回する言葉にジョルノは俯き掛けた顔を上げる。
「優しい所、有るんですね」
「男は誰でも好きな奴に位は優しくなるもんだ」
「確かに」
 自分から見れば可愛らしい――恐らく他人から見れば若干小憎たらしい――笑みを見せてくれた。
 人間誰しも調子の出ない時が有る。スタンドである自分達ですらそんな日が有るのだから。
 その悩みか何かを恋人に話せるようになるまで暖かく見守るしか出来ない。後は精々が傍に居る事であったり――
「万が一に備えてボディガード付けるか」
 出番だ。
「ボディガード? ミスタが寮に泊まってくれるんですか?」
「それは面白そうだが何かしちまったら元も子も無い。だから『1人』だけ付ける」
 ミスタの言葉に自分達全員が手を挙げる。
 自分がジョルノを好きなように、自分だけではなく自分達皆は全員ジョルノが好きなのだから当然だ。
「誰にするかな」
「ボディガードヤルーッ!」
 6人全員で飛び出した。
 驚いた後ミスタは呆れ顔を、ジョルノはほぼ変わらないも嬉しそうな顔をする。
「ボディガードナラ任セトケ!」
「ドンナ強敵カラモ守リ抜ク!」
「僕が帰るのは学校の寮ですよ」
 6人全員の頭を――指先で順に――撫でてくれた。
「学校ニモ変ナ奴ガ居ルカモシレナイゼ」
 自分も自分以外の自分達も選ばれたくて必死に胸を張る。
「有難う」
 そう言ってジョルノは『ミスタの唇』にキスをした。
 親しい仲の挨拶ではなく恋愛感情の証。
 自分以外の自分達は皆冷やかしているが、された本人は驚き固まっている。
 そして自分はただひたすらに羨ましいく思い、しかし何も言えずに上げた踵を戻すジョルノをじっと見ていた。
 すぐに唇を離しこちらを向いた顔は美術品ばりの造形をしているのに悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「No.7」こちらを指し「君にボディガードをお願いしたい」
 嗚呼、選ばれた。
「狡ーイ!」
「何デNo.7!?」
「狡イ! 狡イッ!」
「皆は今度遊びに来て下さい。お茶菓子位は用意しておきますから」
 わいわいと喚き立てる1から6を宥める。
 No.7は驚きと喜びでどう反応して良いかわからず呆然としていた。そこへジョルノが「今日は何も出せません」とやはり悪戯っ子のように言ってきた。
「あとミスタも今度」
「俺だけオマケ扱いするのは止めろ」
「ミスタを招くとなるとビスコッティ以外にも食べてもらわなくちゃあならないから準備が必要です」
「そういう事なら今度に期待しておく」
 その時にはきっと自分達は姿を現せないのだろうな、とNo.7は思った。ジョルノと睦まじくある時に限らず都合が悪いと隠される。
 本体(マスター)が何をしどう思っているのかスタンドの側にも感覚でわかってしまうのに。
 だからジョルノの事がこんなにも好きなのかもしれない。あれをしてこれをされて、ミスタが抱いた好きで堪らないという感情が流れ込んでいるだけかもしれない。
「頼みましたよ、No.7」
 人差し指で頬を撫でられる。突つかれる、の方が正しいだろうか。擽ったくて嬉しくて、嗚呼やはりジョルノの事がとても好きだ。
「……オウ! 任セロ!」
「本当に任せたからな、No.7。何か有ったらすぐに知らせろよ」
「知ラセルダケジャアナク、オ前ガ対処スルンダゼ」
「俺達ノ代表ナンダカラナ」
「No.7ダケ狡イッタラアリャアシナイゼ!」
 各々に文句を言う自分達。
 いつもなら日頃サブリーダーの自分が背負うには重いと言ってみる所だが、今ばかりは違う。何しろジョルノのボディガードだ。この任務は絶対に遂行すると強く決意した。

 学生寮は1人部屋で、家具は最低限だが人間にとってはやや手狭そうに思えた。
 風呂――シャワー室が有る、らしい――に行ったジョルノを待つ間、No.7は心を浮わつかせてジョルノの自室をふわふわと飛び回りながら待った。それにしても良い匂いがする。
 No.2辺りなら何かしら悪戯したかもしれないが自分はそういうキャラをしていない。それにこの部屋には悪戯出来そうな物が無い。
「物欲ガ無いタイプ?」
 一人言に答える自分が居ないのは少し不思議な感じがした。
 寧ろ主人であるミスタが真っ先に返事をしてくる、あるいはミスタの一人言に対して自分達が返事をするのが常。静かなのに落ち着かない。大家族の一員が独り暮らしを始めたらきっとこの感情に近い物を抱くのだろう。
 浮わついているのではなく浮き足立っているのかもしれない。そう頭を悩ませ始めた所でドアの施錠が外され開く。
「お待たせしました」
 風呂上がりの、寝間着姿の家主が帰ってきた。
「ジョルノッ!」
 慌てて飛び付くと両手で救うように受け止めてくれる。
「アレ? ジョルノも良イ匂イガスル」
「そうですか? きちんと流している筈なんだけどな」
 長い髪の一房を取り嗅いだ。
 艶やかな金髪は――ドライヤーで乾かしてきたようだが――未だ少し湿っている。
 特徴的な癖は有るがいつもより落ち着いていて、何より下ろしているので長く見えた。
 ミスタの部屋に泊まりに来た時だけに見せる姿。否、その雰囲気になる頃には自分達ピストルズは皆隠されてしまう。
「ボディソープはミスタと同じ物を使っているからその匂いじゃあなさそうだし」
 髪を放し、その掴んでいた手の甲の匂いも嗅ぐ。
「……キットソウイウノジャアナイ、ジョルノ自身ガ良イ匂イヲシテイルンダ」
「そうでしょうか?」
「多分ダケド」
 有難うと笑ってからジョルノは机に向かう部屋唯一の椅子をベッドの前に引き寄せ、その上に携帯電話の充電器を置いた。
 充電器のコンセントを接続して携帯電話を置く。どうやらナイトテーブルでは充電器のコードがコンセントに届かないらしい。
「ピストルズと一緒に寝るのは初めてだ」
「一緒ニ寝ル……」
 何の気無しにベッドへ乗り上げるジョルノの背を見てドキとした。深い意味は無い、言葉通りの意味しか無い『寝る』という行為に可笑しな期待をしてしまう。
「いつも6人一緒に寝ているんですか?」
「エ?」
「ミスタの部屋に君達のベッドは無いようだけど」
「ンー……」
 No.7は顎を2本の指で掴んで考え込む。
 上手く説明出来る気がしない。人間とスタンドは違うのだと、人間と対等な扱いを受けたがるスタンドの自分が言っても良いのだろうか。
「……ゴールド・エクスペリエンスはドウシテル?」
「え? どうしてるんだろう……寝る、という概念が無さそうだ……となると君達も寝ない?」
「疲レタラ寝ルケドナ。寝不足ダト調子ガ出ナイシ」
「寝不足にはなるのか」口の端を上げ「そう言えば僕のスタンドは僕から余り離れて行動が出来ないけれど、君はミスタからかなり離れても大丈夫なんですね」
「弾丸ガ届ク範囲ナラ任セトケ!」
「ミスタが今発砲した所で、ここまで弾丸は届かないと思いますが」
「ソコハ、マア」
「聞かないでおきます。No.7、電気消してもらえますか?」
「ジョルノも『イイヨウ』に使ウ気ダナ」
 ムッとした顔を見せると小首を傾げられる。
「リモコンを押すの、そんなに面倒でしたか? じゃあ失礼」
 1度は布団に入ったジョルノだが、半ば出て腕を――No.7の上を通すように――伸ばし、ナイトテーブルに置いてあるリモコンを取った。
「ナンダ、手元デ消セルノカ」
 てっきり入ってすぐの箇所に有るスイッチを押してこいと言われたのかと思った。ミスタにはよく頼まれる。
「No.7は真っ暗じゃあないとで眠れないタイプですか?」
「ソンナ事無イゼ」
「なら……いや、貴方が居るなら大丈夫だ。全部消しますね。スタンドはわからないけれど、人間は明かりの無い所の方が眠りの質が向上するそうです」
 ジョルノの親指が全消灯を押す瞬間。
「待ッタ!」
 手を止めてこちらをじっと見る。何故、と問うようにジョルノは2回瞬きした。
「……明ルクテモ暗クテモ、ソウスル理由ヲ話シテクレナクチャア眠レナイゼ」
「理由……」表情を曇らせ「そんなものは特に有りません」
 その顔は数時間前に頼みが有ると言ったが呑み込んだ時のそれに近いか同じか。
「ジョルノはオレニ寝ルナッテ言ウツモリカ!?」
「そんなつもりは……」
「酷イ! 酷イッ!」
「……誰も居ない暗い部屋が怖いんです」
 電気を付けたままベッドにリモコンを置いた。どうやら子細に話してくれそうだ。
「怖イ? 嫌イ、トカジャアナク?」
「まあ嫌いでもありますが、嫌いな理由は怖いからです。ああ、幽霊とか変質者が怖いわけじゃあない」
 では何が。ジョルノが手の平を上にして向けてきたのでNo.7はその上に乗る。
「夜中に目が覚めると真っ暗な中に1人きり。それが幼い頃の僕にはとてつもなく恐ろしかった。別に何が有るわけでもないのに可笑しな話でしょう? 今なんて何も無いと、恐ろしい事なんて何1つ起こらないとわかっているのに」
 だから寮の自室で寝る時は薄明かりを灯したまま眠るようにしていたのだろう。
 ミスタの部屋へ泊まりに来た際には元より明るくても眠れるし、逆に恋人が隣に居るなら暗闇で目覚めても怖くないので照明について何も言っていなかった。
 そして今はNo.7が居るから、暗闇の中でも安心して眠る事が出来る。
 恋人と同等の扱いを受けているのかと思う途方も無く嬉しかった。
「スタンドも暗い方が質良く眠れるんでしょうか?」
「ンードウダロウ? ジョルノガ傍ニ居ルナラ良ク眠レルカナ!」
「中々上手い事を言いますね」
 全くだ。どちらかと言えば、こんなに近くで触れてまでいるので興奮し、寝付ける気がしない程にテンションが上がっている。
「まるでミスタみたいだ。いや、君はミスタそのものか。自分の弱い部分を見せたくなくて離れているけれど、でもこうしてすぐ傍で弱い僕を守ってくれている」
 人差し指で頭頂部を撫でられた。
 自分はミスタではないと告げるべきか、それとも自分もミスタの1部であると告げるべきか。
 ミスタの為にもジョルノの為にも後者を選択しなくてはならないのに。
「暗イノガ怖イ話はミスタには黙ッテオクゼ」
 セックス・ピストルズのNo.7とグイード・ミスタは別だという主張を込めて。
「君の意識はミスタには直結していないのか」すぐに気付き「じゃあ秘密にしておいて下さい。No.7と僕だけの秘密に」
 子供のような隠し事なのに微笑み方は妙に大人びていて胸が高鳴った。
 自分の胸部に心臓が有るのかどうかは別として。
「ピストルズ間ではどうなんですか? 僕とゴールド・エクスペリエンスのように感覚的にわかったりしますか?」
「ワカル、カナ? 伝エヨウトシタラ伝ワルゼ」
「意識しないと伝わらない……君達は僕が思っていた以上に『個』を持っているようだ」
 ミスタのスタンド、と一括りにされていたと改めて思い知らされる。
 だが今ジョルノはスタンドにも個性が、それぞれの人格が有ると知った。
 何をどうすれば良いかは見当が付かない。だがそれでもこれはミスタでもミスタのスタンドのピストルズでもなく『No.7』がジョルノとお近付きになれるチャンスだ。手の平に乗るだけでは足りない。もっと親しくなりたい。
「僕がNo.7の前だけで変貌しても誰にも知られませんね」
 手から下ろされる。そして妖艶に笑い、寝間着の胸元を大きく開ける。
「ッ!? 何ヲスル気ダ!?」
「2人きりの内にボディガードのお礼をしておこうかと」
「イイイイイイノカッ!?」
「なんて」
 冗談でした、と胸元をあっさり隠してしまう。
「男の君に男の僕が迫った所で……君達は全員男だと思っていましたが、そもそもスタンドに性別は有るんでしょうか?」
「脱ガナイノカ?」
「ゴールド・エクスペリエンスも男だと思っていますが、ところで脱いでほしいんですか?」
「イヤ、イイ……」
 残念を全面に押し出しておいた。
「……No.7、ちょっと見てもらいたい物が有るんですが」
「何ダ?」
「聞いてもらいたい話が有るというか……未だ眠たくないですか?」
「大丈夫ダゼ。今はオレ達ギャングの時間ダカラナ!」
 先程の妖艶そうなそれとは違う、どこか安堵したかのような笑みを見せてジョルノはベッドから降りる。
 学習机の引き出しの1つを開けて中から何か取り出した。
 見てもらいたいのに見られたくないといった矛盾を抱えているらしく溜め息を1つ吐く。
 意を決してこちらに来た。
「見て下さい」
 ベッドに乗り上げ足を崩して座るジョルノが差し出したのは。
「写真?」
 一般的なカラー写真が1枚。
 写っているのは2〜3歳の幼女。癖の無い黒髪と、同色の大きな瞳が印象的で成長すればさぞ美人になるに違い無い。どこかエキゾチックな雰囲気が有るのでアジア系とのハーフかもしれない。
 子供用の椅子に座りカメラを見て得意気な顔をしている。
「可愛イ子供ダナ」
 取り敢えず見たままを告げた。
「僕の妹です」
「ヘェー……ッテ、ジョルノ妹ガ居タノカ!」
「僕も最近知ったばかりです」
「……ドウイウ事ダ?」
 写真を入れていたであろう封筒を見せてくる。
「先日、生まれて初めて母から手紙を貰いました」こんな字を書くのを初めて知ったと封筒を指し「そこにこの写真が入っていました。便箋には貴方の妹は2歳になった、と書いていました。どうやら2年前に僕に妹が生まれていたようです」
「……知ラナカッタノカ?」
「はい」
「妹ナノニ? アアデモ2年前ッテモウコノ寮ニ入ッテル?」
 それでも母親というものは子供が出来たのなら大喜びで遠方に住んでいる子供に伝えるイメージが有る。実際はそうでもないのか。No.7は首を傾げた。
 ジョルノが入学の為に家を出てからわかったのか。それにしたって連絡の1つはするのが家族だろう。手紙を初めて貰ったというのも可笑しな気がする。
 電話で話をしているから、という説は先ず無い。電話口から赤子の泣き声が聞こえている筈だ。
「でもまあ写真まで送ってくるのだから本当に僕の妹なんでしょう。言われてみれば母に似ている気がしなくもない」
「ジョルノのオ母サンッテコンナ感ジナノカ。ッテ事ハ相当ナ美人ナンダロウナ」
 家族仲については話さない方が良い。となると容姿を話題にするしかない。
 写真の子供も美人になりそうだし、何よりジョルノがこれだけの美形なので母親が美人な事に間違い無い。
「母は美人でしたよ。もう暫く会っていないし、こうして子育てをしているなら多少変わってはいるでしょうけど」
「オ父サンもイケメンっテヤツカ?」
「それはどっちの父の話ですか?」
「ドッチッテ?」
「僕の父親の話ですか? それともこの子の、妹の父親ですか?」
「……オ父サン、違ウンダッケ」
 すまないと謝るとジョルノは首を横に振った。しかし何も言わなかった。
 母と今の父との間に子供が出来て家族は4人になった。その中で自分だけが1人浮いている。
 その事を恋人に話したかったのか。ミスタならば上手くはなくとも優しい言葉を掛ける。好きな相手には優しく出来るのが男というものだ。
 嗚呼ミスタのように体が大きければ、ジョルノが宙ぶらりんになってしまったと嘆く前に受け止め抱き締めてやれるのに。
「No.7」
「何ダ?」
「話を聞いてくれて有難うございます」
「ソレシカ出来ネーカラナ」
 抱き寄せて抱き締めてこのベッドに押し倒して、お前の帰る先は愛の無い家族の下ではなく自分の隣だと夜が明けるまで愛してやる事は出来ない。
「ミスタに頼み事をするにはこれを話さなくちゃあならないから……言えなかったんです」
「……オレに言エルノハ何デカ聞イテモ良イ?」
「何故か、ですか? 難しいな」
「オレが人間ジャアナイカラ?」
「そういうわけじゃあない。信用ならないスタンドには話さないし、信用出来れば別の誰かに話しても良かった」
 ジョルノは写真を封筒に戻した。
 その封筒を元の引き出しに戻すのは明日にするらしく携帯電話の隣に、椅子の上に置く。
「多分、君がミスタであってミスタでないから、話したんだと思います」
 自分の感情のままに行動を取るマスターを持っているだけにジョルノの物言いは少し可笑しく聞こえた。
 まどろっこしい。しかし言いたい事はわかる。
 だから聞いてみる事にした。
「ジョルノは……ミスタとオレと、ドッチガ好キ?」
 答えはわかりきっているのに。
 他の人では見抜けないであろう表情の変化がジョルノに有った。マスターや自分達だけが見抜ける『寂しそう』な顔で答える。
「ピストルズの皆に順番は付けられないけれど、ミスタの事は1番に好きです」
「ソッカア……」
 No.5でもないのに涙が滲んできた。
 もしNo.2なら調子の良い事を言って、No.6ならいつも通りクールを気取って誤魔化せるのに。
 No.3ならどうだろう。ジョルノに八つ当たりとも言える言葉を吐くだろうか。
 リーダーのNo.1にどうすれば良いか問うべきか。だがこの事は余り話したくない。ジョルノの心境が改めてよくわかる。
「……オレがミスタダッタラナア」
 喜びが6倍で悲しみが6分の1になれば良いのに、どうやらそう上手くはいかないようだ。腕で涙腺が有るのかどうかわからない目から溢れる涙を拭った。
「泣かないで下さい」
 指先で頭を撫でられる。
「可愛い顔が台無しですよ。君はミスタと違って可愛いのだから」
「……ホッペタニギュッテシテモイイ?」
「勿論」
 指先で摘ままれ顔に近付けられる。両腕を開いてしがみつくように頬に抱き着いた。
 ジョルノ自身の良い匂いがする。風呂上がり特有の爽やかな匂いも混ざっている。
 頬を預けてきたので乾ききっていない金の髪が揺れた。
 ジョルノが自分が母と今の父の子であればと泣きたいのなら大いに泣かせてやるべきなのに。自分が泣いて、まして慰められていてはボディガード失格だ。
「……ナア、写真ヲ見テクレ、ガ頼ミジャアナインダヨナ?」
「そうですね、これはあくまで頼み事の理由でしかない。写真を見せびらかす程僕はこの妹という存在に執着は有りません」
 実際に会えばどうなるかはわからないが。
「No.7に見てもらえたお陰で頼み事をする決意が出来た気がします。早ければ早い方が良いな。明日にでも頼もうと思います」
「今日ノ内ジャア駄目ナノカ?」
「それは今からという事ですか?」
「ウン。早ケレバ早イ方が良インダロ? 未ダ起キテルカ確認シテミルゼ」
 電話でもするのかと尋ねるジョルノの頬から離れ、特に意味――必要性――は無いが窓際に寄る。
 カーテンの中にするりと入る。窓は閉じているがひんやりとした冷気が入り込むのか少し寒い。
「No.1、起キテル?」
 声に出して念じる、あるいは遠方に話し掛ける。テレパシーを送るのに似ているのかもしれない。
――皆起キテルゼ。
 返事が有った。
「ミスタも起キテル?」
――起キテル起キテル、皆でビデオ見テルトコ。
「ビデオってエッチなヤツ……」
――違ウッ! コノ前録画シタ映画ヲ見テル。
「エッ!? ソレ見タカッタヤツ! オレモ見タイノニ狡イッ!」
――No.7はジョルノのボディガードシテルカライイダロ、ソッチノ方ガ余程狡イッ!
「ミスタとピストルズでポルノビデオを見ているんですか?」
 しゃっと音を立ててカーテンを開けられる。
 外はよく晴れて星空だが夜中なので暗い。窓ガラスに反射して見えるジョルノの顔は怖い。
「チ、違ウヨ……?」
「じゃあ何を見ているんですか? 別に見るなと言いたいわけじゃあない。ただ僕が居ない隙に見るポルノビデオは一体どんな趣味の物なのか聞いても罰は当たりませんよね?」
「本当ニ違ウンダッテバ! アト見ル時モ変ナノハ見ナイ!」
「変なのとは? いや寧ろ変じゃあない、君達が普通だと思うのはどんな物なんでしょうか」
「ダカラ――」
 2本の指で体を摘ままれたので言葉を詰まらせた。絆の薄い家族の話をしている時よりも余程不機嫌全開な顔に近付けられる。
「……オレ達もミスタもジョルノの方ガ好キダゼ!」
「で、今からミスタの所に行っても良いんですか?」
「アア、ソレノ事ダガ」
「ポルノビデオ鑑賞の邪魔になるから来るなと」
「違ウッ! 本当ニ色ンナ意味デ違ウッテバ! ナアNo.1、今からジョルノとソッチ行ッテモ良イ?」
――ジョルノが来ルノカ!? ヤッター! オ前ラ、ジョルノがコッチニ来ルゾ! ミスタも良イッテ!
「未だミスタに聞イテナクナイカ?」
 急に返事が来なくなった。
「……映画のビデオを見テルダケダカラ来イッテ」
「そうですか」
 疑いの眼差しを向けられている気がする。
「No.7がそう言うんだから、そういう事にしておきます。取り敢えず着替えないと。先にタクシーを呼んでおいた方が良いか」
 漸く指から解放された。
 ジョルノはまるで制服のようにいつも着ている服で行くつもりらしくそれを取る。
「髪モ結ブノカ?」
「え? ああ、どうしようかな。湿ったまま結ぶと髪に悪いし、このまま行きます」
「ソウシヨウ、ソウシヨウ! ジョルノの金ノ髪、凄ク綺麗ダカラ違ウ髪型モ良イト思ウンダ!」
 その言葉にジョルノは目を細めた。
 綺麗な金糸は母も妹も恐らく養父も持っていない。家族と違う、家族よりも親しい自分達の好む髪。自分達はジョルノの家族以上に彼を愛している。

 門限を過ぎたので施錠されている学生寮を抜け出してタクシーを拾いミスタ宅へ。
 スタンド能力を使えばドアを破り勝手に入る事も出来るがジョルノは素直にチャイムを鳴らした。
「はいはい」
 ドア越しに声がしたと思うと同時に確認も取らずそのドアが開く。
 ミスタは連絡を受けてから着替えたりせず「もう寝ます」と言わんばかりの寝間着姿だった。
「……髪の毛、下ろしたまま来たのか」
「気に入りませんか?」
 No.7は良いと言ってくれたのに、と不貞腐れた口振りにミスタは慌てて首を振る。
「違う違う、可愛いんだって! 可愛いから他の奴に見せたくねーのになーって思っただけだ。ほら、中入れよ。通りすがりの奴に見せるのも俺は嫌だからな」
 それはどうもと短く答えで促されるまま中に入る。無表情を貫いているようで喜んでいるのがNo.7にはわかった。
 嗚呼これはそろそろ姿を隠さないとならない。ミスタはこれと言って準備をしていないように見せて、自分以外の自分達を出していない。
 恋人達の逢瀬の邪魔をする野暮なスタンドにはなりたくない。鍵を掛け中へと進むミスタの背に夢中なジョルノに気付かれぬよう姿を消す。
 感覚でわかるミスタはNo.7が消えると同時に振り向いた。
「結局泊まりに来るんじゃあねーか」
 調子に乗ったような口調でいきなり抱き寄せる。
「来ちゃあいけなかったんですか?」
「いいや嬉しい」
 欲しかった言葉を直球でぶつけられたジョルノは抱き付き返した。
 肩口に顔を埋めているのでミスタからは見えない。勿論自分達からも見えてはいないが、それでもジョルノが幸せそうに笑っているのはわかる。
 何と愛しいのだろう。マスターたる体が抱き締めるそれの温かさ。そのマスターが好いているからだけではなく、自分も他の自分達も皆、腕の中の存在が大切だった。
「……ミスタ、頼みが有ります。言いそびれたけれど、やはり貴方にしか頼めない」
 意を決したジョルノの言葉に。
「キスしてくれたら何でも聞いてやる」
 すぐ調子に乗る、と呟いて体が離れる。
 ほんの少し踵を上げ顔に顔を近付けて唇同士が重なった。
 そう、すぐに調子に乗るのだ。今も拒まれないと知っているから図に乗り舌を差し込む。
「んんっ」意外にも顔が離れ「聞いて下さい」
 間近に有る顔は何処か不満気。
「キスしたら頼みを聞いてくれるんでしょう?」
「頼み聞いたら今夜は寝かせないぜ」
「明日朝起きてからも満足するまでお付き合いします」
「よし、何でも言え」
 ジョルノは一体何を言うのだろう。彼に妹が出来ていた事を唯一知るNo.7も頼み事の内容は未だ知らない。
 一瞬足元へと視線を落としたが、ジョルノはすぐに顔を上げミスタの目をじっと見た。
 流石に緊張しミスタは肩に力を入れた。そしてジョルノの口が開く。
「僕の、兄になって下さい」
「……あに?」
「兄」
「それは……新手のプロポーズ? 家族になろうの亜種か?」
「いえ、僕は男なのでプロポーズするなら「妻になって下さい」と言います」
「妻かあ……俺は夫が良い」
「じゃあ今度夫になって下さい。取り敢えず今は兄になってもらいたいんですが」
 その返事はどうなのか、とやや険しい表情を向けてきた。
「うーん……」腕を組み上を向き、目を閉じ唸ってから「……ちょっと待ってろ」
 言ってミスタはジョルノに背を向けしゃがみ込む。
「お前ら」
 自分達6人が呼ばれた。
「どう思う?」
 姿を現したセックス・ピストルズ6人の顔を見比べるようにして尋ねる。
「ドウッテ、ナア?」
「ジョルノはオ兄チャンガ欲シイッテ事ダロ」
「やっぱりそうなるか……」
 しゃがんだまま再び腕を組む。No.1とNo.6も腕を組み唸った。
「モシカシテオ兄チャント弟なプレイがシタイトカ?」
「勿論性的ナ意味デ」
「それなら最高なんだが……いや、そういう趣味無いから上手くいく気がしねーな」
「ジョルノにオ兄チャンッテ呼バレテモナア」
「何カ違ウヨナ」
 かと言ってジョルノを兄と呼びたいとも思わない。
 向ける好意は身内・親族へのそれとは全く違う。そういう意味では夫になるのも未だ違うので言われた通り『今度』にしておきたい。
「お前らの中から1人選ばせて兄貴って事にするか」
「ウゥー……」
「兄……複雑ダヨナア」
「何だお前ら、やりたくねーのかよ」
「ミスタもヤリタクネーカラオレ達ニヤラセヨウトシテイルクセニ!」
 6人から一斉にブーイング。
「ボディガードにしか見せない姿が有るように、兄貴にしか見せない姿が有るかもしれないぜ。って言うかNo.7、お前何でジャルノが俺を兄貴にしたいとか言い出したのか聞いてたりしてねーのか?」
「……知ラナイ」
 嘘を吐いて首を振る。
 ジョルノに彼も知らなかった妹が居た事も、恐らく妹と対峙する日の為に兄とは何かを学びたがっているであろう事も、マスターにも自分以外の自分達にも教えてやらない。
 チラとジョルノを見ると無表情にミスタの背中を見下ろしていた。
 一体何を考えているのだろう。恐らく「全部聞こえている」とかそういった事だとは思うが。そんなジョルノとNo.7の目が不意に合う。
 にこ、と微笑まれた。
「……No.6!」
「ン? ドウシタ、No.7」
「ジョルノのオ兄チャンヤッテヤレヨ」
「オレガ?」
「そうだな、No.6なら適任だぜ」
 ナイスとサムズアップを向けてからミスタは後ろを向き直り立ち上がる。
「僕の兄にはなりたくありませんか」
「そういうわけじゃあない。が、俺はお前の恋人だ。恋人は兄弟になれない」逆だろうとツッコミが入る前に「って事でNo.6がお前の兄貴になる」
 名前を出されてNo.6がジョルノの前へ出た。
 いつもなら眉が濃く雄々しさの有る顔が妙にしょんぼりとしている。
「宜しくお願いします、No.6。何と呼べば良いでしょう? 兄さん?」
「ソウダナ、ジョルノならソノ呼ビ方ガ1番シックリクル」
「それじゃあ兄さん」両手を差し出して、その上にNo.6を座らせ「僕は今日恋人の家に泊まります」
 けしからんと叱って良い所だろうか。だがそれはしない。出来ない。自分の事だからわかっている。マスターの喜びは結局自分達の喜びだ。
 ミスタはうんうんと得意気に頷いていた。
「でも変な事はしないから安心して下さいね、兄さん」
「え!?」
「エッ!?」
「え? 兄さん、何か問題有りますか?」
「別ニオレニハ無イケド……」
「俺には有るッ!」
 No.6の体をミスタが握り潰さん勢いで掴まえる。
「ちょっと、人の兄に何するんですか」
「お前こそ俺のスタンドに何言ってんだよ」
「幾ら恋人とは言え兄に酷い事をしたらただじゃあすまない」
「何でそんなに怒るんだよ……お前美形だから怒ると怖いんだけど……」
 わざとらしく怯えたフリをするミスタの手から開放されたNo.6がふよふよとジョルノの顔へ向かった。
 頬に擦り寄られ、慰めるように頭部を指先で撫でた。羨ましいし、兄止まりでは満足出来ないし、何よりNo.6は広義では自分なので胸の辺りにモヤモヤと名称し難いものが渦巻く。
 No.6だけではなく他の自分達も弟なり父なり何らかの役割をやってみた方が良さそうだ。
 恋人になれないのなら、せめて。今は恋人のミスタが夫になった暁には、自分達6人も連れ子として籍を同じくしてやるつもりなのだから。


2019,11,10


片親違う一人っ子に弟・妹が欲しいだろうと言うのはとても残酷だと思う。
今の両親の間に子供が出来る恐怖。家族の中で自分だけが違う遺伝子を持つなんて。
両親が同じ兄・姉なら欲しいと思った所で、それは決して言ってはならない事ですからね。
まぁジョルノの畑違いの弟3人はあんな感じっスけどw
ピストルズ間は兄弟みたいなもんなのかな?なんて思いつつ、スタンド×人間(本体ではない)の片想い話でした。
<雪架>

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