ミスジョル 全年齢 6部設定


  貴方は「斥力」を信じるか?


 時に、西暦2012年3月某日。
 イタリア南部の大都市ネアポリスの一角に在るカフェのテラス席で、ギャング組織の上層部の男3人が遅めのランチを食べていた。
 今日もすこぶる天気が良い。強い陽射しがやや苦手なジョルノ・ジョバァーナは簡易パラソルの内側の席を陣取っている。
 齢26の彼こそが、このギャング組織のボス。
 丸いテーブルの右隣には右腕たるグイード・ミスタ。左隣には参謀のパンナコッタ・フーゴ。
 20代後半の男が3人という組み合わせでテラス席に通されたのは、恐らく彼らの容姿が優れているからだろう。ギャングとは思えない程に。
 2枚並んだピザはどんどん彼らの胃袋に収まっていく。6等分ずつにされたそれらの残りは4切れ。
「ミスタ、フーゴ、海外旅行にでも行きませんか?」
 唐突な話題の転換に目の前の2人は手を止めた。
 つい今まではこの店にはフーゴが11年前、当時存命だったチームメイトと開店したばかりの頃に来て以来だ、という話をしていたのに。
「……海外に、3人で?」
 フーゴの問いにジョルノは目を伏せる。
「別に僕1人で行っても構わないんですが、折角なので慰安旅行の形にしたら面白いんじゃあないかと」
「組織のトップが海外に遊びに行くなんて……僕は反対です。3人で行くのも、貴方が1人で行くのも」
「名目上は海外視察にでもしましょう。もしかしたら異国のマフィアファミリーと手を組めるかもしれない。それに視察なら経費で落とせそうだ」
「あんたは――」
「良いじゃあねーか」ミスタはグラスワインを手に取り「偶にはちょっと離れた所で羽目外したってよ」
 4つから1つを選ぶ事を良しとしないミスタは残り2切れのマルゲリータにも、同じく残り2切れの彼が選んだビーフストロガノフがたっぷりと掛かった変わり種のピザにも手を伸ばせないでいた。
 ミスタの事は好きなのでどちらか1枚先に取ってやりたくもあるし、その好きは他者に向けるそれとは少々意味合いが異なるのでからかいたくもあった。ジョルノは真似るようにグラスワインを手にする。
「どこ行くつもりなんだ? イギリスとか? ロンドンのホテルの朝飯とか食ってみたいよな」
 漸くフーゴがマルゲリータの1切れを取った。
「イギリスは飯が不味い事で有名ですよ。食事が目的ならエジプトとかどうですか?」
「何だよ、オメーも行く気じゃあねーか」
「僕は反対です。でもエジプトなら地中海の食材や味付けを元にしているから、相当不味いという事は無いんじゃあないかと」
 残るマルゲリータにジョルノとミスタがそれぞれ手を伸ばし、ジョルノは「そっちは食ったんでした」と呟きビーフストロガノフのピザを1切れ取る。
「ジョルノ、日本出身だったよな。日本に行ってみようぜ。日本食っつー位だから美味い物沢山有るだろ」
「それは面白い。日本はあれだけ狭いのに食に限らず色々文化が有る」
 2人の盛り上がりを聞きながら、ジョルノは牛肉と共に煮込まれた芋を味わい噛んで飲み込んだ。
「申し訳無いんですが、行き先はもう決めてあるんです」
 と言っても宿も飛行機も何も手配してはいないが。
「フロリダ州、アメリカに行きます」
「アメリカ?」
「フロリダ?」
 2人から疑問の声が上がる。
 当然だろう。アメリカに行きたい等今までの人生で1度も言った事が無い。ましてやそれがフロリダともなれば。
「ケネディ宇宙センターとか見てみませんか?」
「オメー宇宙とかそっち系好きだったのか?」
「いいえ、全然。特に興味は有りません」
 首筋に有るらしい消えない痣は星形をしているが、夜空の星々を眺める趣味は特に無い。
「じゃあ何で」
「人は何の為に生まれてきたのか。ミスタ、考えた事は有りますか?」
「無い」
「でしょうね」
「いや待て、何の為に『生きる』か、じゃあなくて、何の為に『生まれてきた』かって話か?」
 ジョルノはこくりと頷いた。
「そうです。生きる理由は自分で決められる。自分が生きる道なのだから。だが生まれてきた理由は自分じゃあ決められない」
 決して悲しい事だと嘆くつもりは無い。どんな理由で生まれ落ちたとしても、どんな理由で生きるかは自ら選べるのだ。
「そういう意味なら尚更考えた事無ぇって。人生なんざ楽しんだ者勝ちだ」
「なら『楽しむ』という事が貴方の生きる理由だ」
 右に見えるもごもごと口を動かす様子はきっと人生を楽しんでいる筈だ。
「でも生まれてきた理由はきっと違う。何故なら親が子を成すには理由が有るから」
 余りにもじっと眺めていた所為で勘違いをされたらしく、ミスタは食べ掛けのピザをずいと差し出してきた。既にマルゲリータは2切れ食べているから、と首を左右に振っても差し出す手を戻さない。
 すぐに折れてジョルノは「有難う」とそれを口に含む。
 やはりこの街のマルゲリータは美味しい。トマトとチーズとバジルの組み合わせを楽しむ事を生きる理由にするのも良いかもしれない。
「人間以外の動物は自らの遺伝子を次代へ繋ぐ為に子を成す。植物も当てはまる。だが人間だけはそうとは限らない」
「うっかりデキちまった、なんてのは人間にしか無ぇもんな」
「商売女が避妊を忘れたり、中にはただ快楽に負けて種付けて逃げる男も居る」
 神は何故人間の繁殖に悦を伴うようにしたのか、という話はさて置き。
「そうして生まれてきた人間は生まれてきた理由を持たない。自分の生きる理由の為だけに生きられるのだからある意味恵まれている」
 成る程な、と呟いた口にビーフストロガノフのピザの残りを差し出した。
 ミスタは1度瞬きをしたがすぐに大きく口を開いて食べる。
 マルゲリータの他は何にするか、と話した時にすぐにこれが良いと言った本人は満足そうに咀嚼している。生きる理由に「好きな人に好きな物を食べさせる」というのも良いなと思った。
「男は出す物を出して終わりだが女は十月十日腹の中で育てて死の危険性を伴って出産、それから今度は男も女もその子供を成人までの18年間――そこまでじゃあなくても最低10歳位までは育てなくてはならない。十年と十月と十日。人間が人間を生むにはそれなりの理由が有ると思いませんか? 僕はそれがその子供の生まれてきた理由になると思う」
 自分の場合でいえば母は堕胎するのを面倒臭がったから、というのが恐らく第一の理由になるだろう。つまり母から与えられた生まれてきた理由は特に無い、生きる理由を好きに選べる身だ。
 だが、父は。
 写真でしか知らない父親は果たして何か目的を持って母親に種を仕込んだのではないか。
 例えば。
「北緯28度24分・西経80度36分に行き、次の新月を待つ――僕はその為に生まれてきた」
 何故言い切れるのかと問われても答えられない。だが確信は有る。
 そこに行きその時を待ち、一体何の意味が有るのかまではわからない。しかし次の新月が訪れるまでにケープ・カナベラルへ行かなくては――
「何だよその理由。もっと面白い所へ行こうぜ」
「面白い所?」
「どうせアメリカ行くんなら、ハワイ州で良いじゃあねーか」
「ミスタ、僕はそういう事を言っているんじゃあない」
「ワイキキビーチ行ってみたくねぇか?」
 イタリアの陽射しですら肌を傷めるのに、あんな燦々と注ぐ日光を浴びたら灰にでもなりそうだ。
「宇宙は星の海とか言うけど、それより本物の海だろ。あーお前別に宇宙が好きなわけじゃあないんだったな。なら買い物しようぜ、あの辺りなら服も靴も買い放題で楽しそうだ」
「貴方がアメリカのセンスを好んでいるとは知りませんでした」
「問題はそこだよな。かと言って食い物が特別美味いかっていうと微妙なんだよ。嫌いじゃあねーんだが変わった味付けだし」
「でも土産を選ぶのは楽しくはありますね」
「クマのハチミツとか女を喜ばせられるよな。コーヒーやビール、ワインだって変なもんがいっぱい有る」
 独自の文化を馬鹿にするつもりは全く無いが、確かに自分達の目から見れば少々変わった物が多い。そしてそれらを見て回るのは案外楽しい。
「あとバリ島とかどうだ? アジアはバカンスっつー感じするだろ」
「確かに雰囲気としては最高かもしれません。あそこはどの国でも新婚旅行の候補に上がるみたいですし」
「結婚前に新婚旅行といきますか!」
「ミスタ、結婚する予定が有るんですか?」
「お前とな」
 唐突過ぎるプロポーズにジョルノは目を丸くした。
 しかしその目に映るのはいつも通りの顔。これといって照れる様子も、間違った事を言ってしまったと慌てる素振りも見せない。
「そろそろ孫の顔が見たいとか言い出しそうだし、バリ島の夕日背景に伴侶と2人でファックポーズ取ってる写真見せたら生まれてきた理由を達成した事になりそうだろ?」
 嗚呼、そうか。
 どんな理由で生まれてきたにしろ、優先されるのは自ら選ぶ生きる理由の方だ。生まれてきた理由を持たない人間だけが生きる理由を掲げられるわけではない。
 例え生まれてきた理由という大きな運命に飲み込まれてしまうのだとしても。
 逆らえない荒波を前に怖じ気付くなんて真似は向いていない。己の発言に自信をたっぷり含ませるミスタのようにサーフボードを取り出す位はしなくては。
 この『ジョルノ・ジョバァーナ』の人生、格好を付けないでどうする。生まれてきた理由に翻弄されてどうする。
「……しかしパートナーが同性なら孫が望めないので逆効果になるのでは」
「そこはほら……養子を取るとか?」
 急に適当な口振り。
 よもや最初から深く考えていなかったのでは。そう思うと実に彼らしいし、自分も張り詰め過ぎずにそうあるべきかもしれないと笑みが零れた。
「現在(今)のイタリアでは難しい」
 特別養子縁組をするに当たってクリアしている項目は年齢位しか無い。
 里子に出される親の無い子供もまた生まれてきた理由を持たないのだろうか。それとも彼らは育ての親に会う、という理由を持って他人の腹から生まれてきたのだろうか。
「僕の生まれてきた理由も、好きな人々に出会う為だったら面白いな」
 きっとずっと、その方が良い。見た事も聞いた事も無い父の思惑等かなぐり捨てて生きる理由だけに従う方が。
 ましてそれだけなら既に叶ってしまっている。
「会うだけ?」
 ほら、やはり聞かれた。
「生まれてきた理由は。生きる理由は会ってそれから、どうしましょうか? やはりバリ島でバカンス?」
「ホテルのレストランでショー見ながら飯食って」
「部屋に戻って後は朝まで、いいや起きてからも――」
「そういう話は」苛立ちの込められた低い声が「僕の居ない所でしたらどうですか?」
 ジョルノは左を、ミスタは右を見た。最後の1つの――彼にとっては2切れ目の、どうやら余り好みではなかったらしいビーフストロガノフが掛かった――ピザを食べ終えたフーゴがひたすらに不機嫌の色を顔に張り付けている。
 忘れてた。と正直に言ったらどうなるだろうか。
「悪ぃ、お前居んの忘れてたわ」
 それを気にせず口に出来る辺り強いというよりデリカシーの類が無い。
「繰り返しますけど僕は反対ですよ」
「じゃあお前は置いてくわ。そもそも新婚旅行に連れて行かねぇよ」
「新月の日でしたっけ? 何日に出て何泊するつもりなんですか」
 遂にミスタを無視するようにジョルノだけをきっと睨むフーゴに笑い掛けておく。
 今日の任務はマーケット一帯のみかじめ料の徴収。トップたるボスが自らやる事ではないと直前まで反対したフーゴを、ランチの後に散歩をするだけだと諭すのには苦労した。
 しかしそのランチにきちんとついてくるのだから海外旅行も言いくるめて何とか出来るだろう。
 さてイギリスとエジプトのどちらにしようか。日本で風情有る欠け方をしている月を見るのも良さそうだ。


2018,04,10


部下と話し込んでフロリダに行かない事に意味がある事を!?
6部舞台にフロリダに行きそうで行かないジョルノ書いたら甥叔父くれるって利鳴ちゃんが言ってた。
多分欲しかったのはこんな飯食ってる話じゃねーよって言われると思うけど、私登場人物が美味しい物食べて幸せだなぁって笑ってる所が好きなもんで。
<雪架>

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