ジャイジョニ 全年齢


  Stand<


「ちょっとこれは無理だなぁ……」
 窓の外に目を向けて言うジャイロの声を聞きながら、ジョニィは「やっぱりか」と溜め息を吐いた。その音は、激しい雨音によってかき消され、ジョニィ本人の耳にすらほとんど届かなかった。
「土砂降りってレベルじゃあねーぞ。どっしゃ降りだ」
「あんまり変わってなくないか」
「いやいや全然違うって。野宿じゃあなくてラッキーだったな」
 それには完全に同意だ。数ヵ月に及ぶと予測されているレースの最中に、屋外で一夜を明かす必要性が何度か――何度も――あるのは仕方がないことだ。そう割り切ってはいるが、その回数は少なければ少ないほど良いと言える。こんな悪天候の日なら、なおさらのこと。昨夜は日が暮れる前に小さな町へと辿りつき、小さなホテルの一室を確保することに成功していた。雨が降り出したのはその直後。ジャイロの言う通り、ラッキーだった。
 だが、天候の悪さのみならず、敵対する立場の者からの妨害等もあって、ここ数日は思うように先へ進めない日が多かった。自分達の実力ならまだ焦るような段階ではないと分かってはいるが、それでも自然と苛立ちは募る。その思いが溜め息に変わるのは仕方のないことだ。
 だからといって、その感情を同じ状況にいる相棒にぶつけるのはお門違いだろう。飄々としてみせてはいるが、ジャイロにだって、目指すゴールは確かにあるのだ。そうでなかったとしても、この雨に関しての責任は、もちろんジャイロには微塵も存在しない。
 敵からの妨害ならともかく、自然相手ではどうにもならないことは曲げられない事実だ。こんな時は、どうでもいいような会話でもしているのが一番いいに違いない。それが得意なのは自分ではなく、むしろジャイロの方ではあるのだが、努力をしてみるのは悪いことではないだろう。
「天気を操るスタンド能力……とかあったらいいと思わない?」
 日の出からはもうずいぶんと経っているというのに薄暗いままの外を見ながら、ジョニィがそう言うと、ジャイロも“どうでもいいような会話”を望んでいたのか、すぐに乗ってきた。
「便利そうだな。戦闘にはあんまり向いてなさそうだけど」
「そう?」
「洗濯物干すのにはいいんじゃねぇ?」
「雨だって極端なレベルになれば充分脅威だろ。それに強風とか、竜巻とか。あと雷。君のところに落ちるぜ。鉄球は金属だろ」
「うっ、なるほど……」
 申し合わせたかのように、遠くで落雷の音が鳴った。まだしばらく荒れそうだ。
「オレは職業的に考えて、治療に特化した能力があったら便利だと思うな」
 見ても面白いような物が何もない景色を見ることに飽きたのか、ジャイロは窓から離れて椅子に腰かけながら言った。
「君の職業って、医者の方か」
「苦しまないように一撃で処刑する技術はもう持ってるからな」
 おっと、“どうでもいいような会話”から脱線しそうだ。ジャイロの表情がほんのわずかに曇った――ように見えた――ことには気付かなかったことにして、ジョニィは続ける。
「治療が出来る能力なんてあったら、医者の商売あがったりじゃあない? あと、ぼくは傷だけじゃあなくて、壊れた物も直せるといいと思う」
 数日前に馬具が破損して苦労したことを思い出しながらそう言うと、ジャイロも「お、それいいな」と声のトーンを高くして言った。
「他には?」
「ん?」
「あったらいいなと思うスタンド能力」
「うーん、そうだな……」
 本当にどうでもいいような会話だ。言ってしまえば、くだらない。そんなことは分かっている。なんの意味もないと笑う者もいるだろう。時間の無駄だとすら言われるかも知れない。だがそれでいい。先へ進めない今必要なのは、この無駄な時間を消費する術だ――時間を進める能力……なんてものがあれば、それが一番良いのかも知れない――。
「人の心を読めるとかどうよ」
「人を操れる方が強そうじゃあない? それとも、もっとシンプルに人の動きを封じるとか……」
「対人ばっかりだな」
「そりゃあ、どんな能力があったら強いかって話だから」
「いや、そうは限定してないぜ」
「そうだっけ?」
「お題は『あったらいいと思う』スタンドだぜ」
「そうだっけ」
 どうでもいい会話としか思っていないがために、ジョニィの中でお題は早くも曖昧になっていた。が、やはりジャイロもどうでもいいと思っているのか、強く主張してくることはなかった。
「姿を消せるとかもいいかもな」
「覗きか」
「ちげーよ!」
「変身出来る能力とか」
「ディエゴみたいに?」
「恐竜限定? ショボっ」
「遠くまで手が届く」
「ショボいけど便利そう」
「分かった、『最強』!」
「は?」
 ジャイロがびしっと指を差して言うのに対し、ジョニィは小さく首を傾げた。
「能力は『最強』。これが一番強い」
「すごく当たり前なこと言ってないか。それに、ぶん投げた感が半端ない。具体的には?」
「パワーと素早さ? でも、射程距離も必要だな。馬に乗ったまま攻撃出来ないのは不便だ」
「確かに」
「自動的に攻撃してくれるスタンドだったら楽そうだな」
「戦闘以外だったら?」
「荷物がコンパクトになるスタンド」
「なにそれ」
「なんでも入る鞄とか。もしくは、小さく出来るとか」
「あ、人を健康にするスタンドとかいいんじゃあないか。それこそ医者要らずだね」
「お前、オレを失業させたいわけ?」
「働かなくても食べていけるようなスタンドがあったらいいな」
「どんなだよ」
「油田を見付ける能力」
「最強じゃねーか」
 ジャイロはにょほほと声を上げて笑った。
「あとは……」
 なんの理由もなしに、ふと会話が途切れた。しばし窓を叩きつける雨音だけが響く。そのランダムなリズムに呼び起されたように、ジョニィの脳裏に捨てたつもりの記憶が蘇る。
 肌寒い朝。
 暗い空。
 動かない脚。
 誰もいない部屋。
 何かに脅え、隠れるように頭から毛布をかぶり、じっと息を潜める。
 ほんの数ヵ月前までの自分は、それこそ時を進める術を持たず、生きながらに死んでいるような状態だった。サンディエゴビーチでの出会いがなければ、おそらく今でも……。
 顔を上げると、ジャイロと目が合った。「どうかしたか?」と言うように、彼は首を傾げている。
 消費出来た時間は、10分にも満たなかったに違いない。それでも、“あの頃”と比べると、『一瞬』と『永遠』ほどの違いがあるように感じた。
 ジョニィは首を横へ振った。
「退屈な時に話し相手になってくれるスタンドもいいな」
 そう言うと、少しむっとしたような視線が向けられた。見ればジャイロが拗ねた子供のような顔をしていた。
「オレじゃ不満だって?」
 そういう話をしているのではない。それに、いつどんな時でも傍に存在するスタンドと、ジャイロは違う。
(スタンドみたいに、ずっと一緒にいてくれるって?)
 ジョニィは、その言葉を呑み込んだ。
「そうは言ってないけど。喋るスタンドなんて面白そうじゃないか。あ、でも、君にそんなスタンドがあったら煩そうだね」
「どういう意味だ」
「スタンドは本体に似てるって意味」
「ますますどういう意味だこら」
「そういえばぼくのスタンド、最初喋ってたよな」
「Movere Crus? 他は聞いたことないな」
「うん、他は喋れないのかも」
「教えたら真似して喋るようになんねーかな」
「やめて。君の真似なんてし出したら、煩くてかなわない」
「だからどーゆー意味だっ!」
「どういう意味でも、とにかく駄目」
 くだらないジョークを言うだとか、変な歌を唄うだとか、おかしな笑い方をするだとか……。どんな行動であったとしても、ただの“真似”では意味はない。それでは駄目だ。
(傍にいるのは、ジャイロ本人じゃあないと)
 何者にも“代わり”なんて務まるはずはないのだ。
 スタンドにも勝る、『最強』の存在。それはきっと……。


2020,08,10


サイト開設日を記念して、くじで選んだお題3つ使って小説書こうぜ! の企画!
わたしが引いたのは7部・主人公・スタンド(波紋・回転でも可)!!
え、これ実質7部ってことしか指定されてなくない?www
それはさておき、最後にジャイロの笑い方してたの、タスクですよね。
あんなのいつの間に覚えたの。
7部のスタンドは「立ち向かうもの」だけど、ジョニィの傍にはずっとジャイロが立っててくれてるんだと思います。
タイトル、タグの打ち込みミスったみたいに見えるけどミスじゃあないですw
<利鳴>

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