EoH設定 承太郎とジョルノ 全年齢 承花・ミスジョル要素有り


  ≠Doubt


 スタンドが成長でもしているのか亀の中はこれだけの大所帯になっても狭くも息苦しくもない。
 平常時は都度変わる代表者に亀を持たせ、他の者は中なり外なりで休息。敵襲時はスタンドやその他の能力の問題から2人1組で当たり、2人以外は亀の中で待避。
 時代を1つ移動するだけで配置されていたのか偶然なのかその両方なのか、何人もの敵が襲い来る。
 今も波紋だか回転だかといった自分のよく知るスタンド『ではない』能力に長けた者が応戦していた。
 これまでの流れからすると、彼らが移動直後だからと想定していた敵との交戦を終えた後には更なる強敵が襲いかかってくる。
 空条承太郎は今戦っている2人と交代して亀の外に出て、その強敵に当たる予定だった。
 もうそろそろかと思った時。
「あの子と組むんだね」
 ソファーの背に腕を掛けて足を組み座っていた承太郎に声が掛かる。
 L字型に配置されたソファーの、その隣のソファーに背を預けて座る花京院典明の無感情な声だ。
 互いのソファーが向かう所にテーブルが有るわけでもないのに、何故こう並べたのだろう。
 ソファー自体、最初はそんなに数が無かった。気付けば座れない人間が出ないように増えている。やはり亀の内部の進化なのか。
「気を付けてくれ」
「ああ」
 短い言葉だが確かな激励を感じた。
 打倒DIOの旅路では最年少だった花京院が『あの子』と呼ぶのは対象が更に年下だから。自分達よりも更に若い、幼いと言いたくなるような年――中には実年齢だけでなく見た目も――の者も仲間に居る。
 この後承太郎が組むのはジョルノ・ジョバァーナという15歳の少年。2歳下だし身長は20cm近く低い。
「……気を付けろと言うのは」
「うん?」
「『アイツ』だからか?」
 ジョルノはDIOの息子だ。
 私生児で会った事も無く、唯一持っている写真と天国に到達したDIOの姿とが掛け離れており父親という実感は無いようだが、それでも本人は『自分だけ敵に近く浮いている』と思っているようだった。
 忠告ではないが承太郎の方から声を掛けて以後、承太郎を含め他の時代の人々とも多少積極的に話すようになった、筈だが。
 本人は思わなくなっても、周りは思ったままかもしれない。
 ジョルノにとっては辛い事かもしれないが、疑う心というのは他人には止められない。
 しかし花京院にはその考えが無いらしく目を丸くする。
「……そうだね、あの子の治療はあっちの子と違って痛いから」
 先程とは違い声に笑いが含まれている。寧ろ口元がしっかり笑っていた。
 花京院があっちの子と呼んだ承太郎の年下の叔父――若い時代の叔父ではなく、10年先でも未だ年下の叔父。祖父のジョセフ・ジョースターは随分とまたお盛んだったようだ――はスタンド能力で怪我を含めた全ての事象を『元に戻す』事が出来る。
 一方ジョルノのスタンド能力は『新たに生み出す』ので別の方法だが怪我を治す事が可能だ。但し怪我をする前に戻すのではなく、新たな細胞組織を生み出し無理矢理に塞ぐ方法。相応の痛みが伴った。
 無傷で戦闘を終わらせるのが理想だがそれは難しい。せめて最小限で済むように、特にジョルノと組む場合は応急処置が取れるからと慢心しないように。
「承太郎、もしかして君はあの子が、ジョルノがDIOの息子だという事を気にしているのか? 気になるからこそ気にしないようにしている、といった顔だ」
 それなりの期間共に旅をしたからか見抜かれている。
「僕は両親が好きだし君もそうだろう。父親がどんな人かは知らないが、母親はとても素敵な人だし。君の素敵な母親の父親がジョースターさんで、更に彼の母親も共に戦っている。それから彼女の父親……義父か。君から見ると高祖父に当たる人も心強い味方だ。それに承太郎、君自身にも娘が居る。彼女は君を信頼してくれているね」
 年上の女性に父さんと呼ばれるのが気恥ずかしい事も見抜いている花京院はまたもくすりと笑った。
「血の繋がりはとても重要だ。だから」真顔に戻り「あの子も父親であるDIOの事を気に掛けるのは当然だ」
 死んだと聞かされて以来意識の外に有ったとしても、実際に対面し言葉を交わしもした。何より自分達が倒すべき敵だ。父親であるDIOの事を考えないわけがない。
「だから君が裏切って寝返るかもしれない、と心のうんと奥の方で思ってしまうのも、それもある意味当然だ」
 全く思わないのなら警戒心が無さ過ぎる位だろう。
「まあここまで来たんだから、今更敵ではなく君を殴るような事は無いんじゃあないかな。ジョルノは賢そうだし、寝首を掻くならこうして亀の中で休んでいる所を仕掛けるのが早い事位わかるだろう。2年前の僕だってその位気付くさ」
「お前の言う通りだ」
 最も気を付けるべきは疑心暗鬼になり連携が取れなくなる事。
「感謝するぜ、花京院」
「どう致しまして」
 区切り良く会話が終わったので承太郎はソファーから立ち上がる。
「ああでも」
 引き留める言葉に、座ったままの花京院の顔を見下ろした。
「仲良くなり過ぎたら少し妬けるな」
 自分達の方が長く共に居るのだから。
 花京院の軽口にふんと鼻を鳴らして背を向ける。
 そのままジョルノの方へ歩き出す。感謝の言葉は取り消さないでおいた。

「止めてェーッ!!」
「変な声出さないで下さい、気持ち悪い」
「気持ち悪いは失礼だろ!」
 ジョルノと言い合っているのはグイード・ミスタで、例の痛みを伴う手当てを受けている。
「第一そんな大声を出す事ですか」
「出す事だよ! 見ろよ俺のこの左腕を!」
 その傷を塞いでいるのだからジョルノも見ているのでは。
 左腕の外側を肩のすぐ下から手首の程近くまで縦にスッパリと切られていた。
 切り傷に幅は無いがそれなりに深いのでまるで紙で切られたようだ。そこへジョルノ――のスタンド――が手を翳し縫い合わせるように塞いでゆく。
 命を持たない物は生み出せないので裂けて広がった袖は戻せない。
「これだけの傷なら大声は受けた時に充分出したんじゃあないですか?」
「やられた時はそんなに痛くなかったんだよ。いや痛かったけどアドレナリンがドバドバ出てるからそうでもなかったっつーか、それどころじゃあないだろ。あのアヴドゥルって奴、凄ぇ勢いで炎連発してくるから、巻き込まれないように立ち回りが大事なんだよ」
 火傷は一切していないので上手く立ち回ったか、モハメド・アヴドゥルが仲間を巻き込むのを避けたか。
 あるいは2人の相性が悪くないのか。
「……オメーもジョルノに治してもらいに来たのか?」
 ミスタがこちらに目を向けた。
 承太郎の気配に気付いていたらしくジョルノも驚いた様子を見せずこちらを向く。
「俺達は今から『出陣』だ」
「そうですね、そろそろ出ます」
「後の治療は俺の叔父か高祖父に頼め」
 叔父ならば服も戻せるし、高祖父ならば痛みを和らげられる。但し叔父はそのスタンド能力を酷使したからか疲れきり今は深く眠っていた。
「はいはい。じゃあジョルノ、気を付けつつ張り切って行ってこい。終わったら美味いもんでも食いに行こうぜ、俺の快気祝いとお前の祝勝って事で」
「そうしましょう、貴方の勝利も未だ祝っていない。ピストルズに楽しみに待っているよう伝えて下さい」
 すぐに終わらせると言わんばかりにジョルノは出口へ向かい歩き出す。
「……何だよ」
 ミスタが未だ自分の方を見ている承太郎に不審そうに尋ねた。
「機会が有ったら俺と組め」
「あ? まあ俺と近距離特化のお前となら、上手い事行くかもしれねーな」
「攻撃方法は違うか」
「違う?」
 疑問符を浮かべているミスタはジャン・ピエール・ポルナレフに近い物を感じるので戦闘面でも上手い事出来そうな気がするのだが。

 ジョルノを追い掛ける形で亀から外に出た。広がる世界に承太郎は溜め息を吐いて帽子を直す。
 入れ替わるように亀へと入った2人から今亀はどこに居るのかを聞き忘れていたのだが、これは2人の方も話したくなかっただろう。
 時代を移動した亀は、悪夢世界(ナイトメアワールド)に来ていた。
 一応承太郎自身の時代ではあるのだが、スタンドで作られ切り離された夢の中。但し文字通りの悪い夢。見た目としてはファンシーな遊園地なので余計にたちが悪い。
 余り表情豊かなタイプではなさそうなジョルノも腰に手を当て不機嫌そうに辺りを眺めていた。
 華やかだが毒々しい色合いのアトラクションが幾つも有りきちんと遊園地の体(てい)は成しているのだが、承太郎もどうやらジョルノも遊園地にはしゃぐタイプではない。
「ここならゾンビが大勢出てくる事だけは無さそうですね」
 悪夢の中らしく天候も自由自在なのか絶好の行楽日和と言わせたがるようにカラリと乾いて晴れている。
 ゾンビ、ゾンビを作る吸血鬼、吸血鬼になる石仮面を作った柱の男は日光の下には出られない。
 この基本世界のDIOは吸血鬼だった。平行世界から来た天国に到達したDIOはどうなのかわからないが、日の当たる所に出てこない辺りやはり吸血鬼なのだろう。
 但しジョニィ・ジョースターやジャイロ・ツェペリが来た時代――また別の世界――に居る恐竜なら出てきても可笑しくない。
 恐竜はゾンビ同様味方と連携する、最低限巻き込まないといった事を考えないので数に物を言わせた襲撃をしてくる。1体1体が強くない分そちらが楽か、それともやはり2対2の方が楽か――
「来たか、空条承太郎とジョルノ・ジョバァーナ」
 名を呼ばれた2人は声の主を見た。
 高い所に居るので見上げる形になった。数段しか無い階段の先のアトラクションの並ぶエリアで馬に乗っているので更に高い位置に見える。
「ディエゴ・ブランドーか」
 逆光だが顔は見える。イギリス貴族然とした端正な顔立ち。顔も声も名前もDIOに似ているし間違う事が無い程度には別人だった。
「それも平行世界から来たディエゴのようです」
 この基準世界のディエゴとは違い恐竜化しない証とも言えるDIOのそれと見た目も能力も非常によく似たスタンドの姿が隣に在る。
 スタンドも含め共通点は多いがディエゴはDIOとの接点を持たない。DIOの親族でも配下でも友人でもない。
「アイツが相手ならお前も全力で戦えるな」
「僕が今まで全力を出していなかったとでも?」
 ジョルノは眉間に皺を作り承太郎の顔を睨み付けてきた。
 ……嗚呼、自分はそんな風にジョルノを見ていたのか。
「確かに僕は貴方と比べると弱いかもしれない。全力でそれっぽっちなのかと思われるかもしれない」
 それは努力するとして。
「だがDIOやその仲間だと手を抜いていると思われているなら心外だ。それは絶対に無い。僕は『敵』を相手に手加減なんて一切しない」
 そんなつもりは無い、と今更言えるわけも無い。承太郎は首を静かに横に振り「すまない」とだけ返す。
 ジョルノからの返事は無く、彼は再びディエゴの方を向いた。
「お前は何故天国に到達したDIOに加担する? あの男がお前を元居た世界に戻す保証は無い」
「この世界は悪くない。この遊園地は気味が悪いがな」握る手綱の感触を確かめながら「俺は別にお前達の言う平行世界とやらに帰りたいわけじゃあない」
 俺ならこの世界でも上手い事やっていけるさ。もしかしたら、元居た世界よりも。
「じゃあ何故だ? あの男の悪事に手を貸す事に何の利が有る? 僕達の方がお前がこの世界で生きていく上で必要な物を用意したりだとかが出来るかもしれない」
 だから手を引け。
 何もこちらの味方になれとは言わない。ディエゴと同じ時代の人間であるジョニィやジャイロは反発するだろうし、それこそ寝首を掻かれかねない。
 しかしこちらも、少なくとも承太郎とジョルノにはディエゴを倒しても得はしない。
「俺の目的は金だ」
 どこか芝居掛かった喋り方。
「金が有れば世界中から美しく有名な絵画や彫刻を並べて、その前で選りすぐりの美男美女を踊らせ、美酒美食を堪能出来る」
「それが目的なのか?」
 承太郎の言葉にディエゴは口の端を上げる。
「酒は嫌いか? 芸術に興味は無いか? 人間は俺も嫌いだし、別にそれに使わなくったって良い。社交界に入るべくそこいらに寄付しまくったって良い。金が無ければそんな事すら出来ない。金が有っても出来ない事が有る? ああ、そりゃあ有るだろう。だが」日光をスポットライトに見立てて両腕を広げ「金が有るより無い方が出来る物はこの世界には無い。俺が居た世界にも、どんな平行世界にもだ」
 ファニー・ヴァレンタインの平行世界を行き来出来るスタンド能力をどれだけ駆使した所で、貧が富に勝る世界は見付けられないのだとディエゴは舞台役者が歌うように言う。
 これは厄介だ。ただ金が有れば何でも出来るとは思っていない。目先に金を用意し敵対を避ける方法は厳しい。
 何より敵意は無いが殺意は有る。手を組み共に悪事を働いて金を掴もうという提案をしても受け入れられないだろう。
 戦闘を回避するにはディエゴに勝てないと思わせるしかないし、その為にはやはり1戦交えなければ。
「2対1だと思わない方が良いぜ。お前達は急遽組んだ相手の事を何も知らないだろう? だが俺も愛馬も互いをよく知っている」
 手綱を握り直した。
 ディエゴの味方、イコール自分達の敵は他には居ないと受け取って良いのだろうか。ディエゴがそう易々と手の内を見せるとは思えないが、敵に塩を送る程自信が過剰な可能性は大いに有る。
「空条承太郎、貴様のスタンド能力は俺とよく似ているようだな。貴様から倒しておくッ!」
 その言葉が開戦の合図。
 ディエゴの声を受けて馬が威嚇するように前足を高く上げた。
「来るか」
 小さく呟きジョルノがディエゴの居る段上へ、そこへ続く小さな階段に向かって駆け出す。
 言葉通り承太郎を狙うと思ったのか裏が有ると踏んだからなのか、それよりも先手必勝なのか。
「ゴールド・エクスペリエンス!」
 数段飛ばしてあっと言う間にディエゴの居るエリアに辿り着いたジョルノが叫んでスタンドを出した。
 マスターによく似た体型をした人型のスタンドは相対するディエゴのスタンドよりも未発達な印象を受ける。
 1対1に持ち込めば不利な位のジョルノのスタンドが、それでも先制を取るべく蹴りを繰り出した。
「チッ」
 よく聞こえる舌打ちをしたディエゴがスタンドでスタンド攻撃を防ぎながら転がり落ちるように落馬する。
 綺麗に受け身を取れた、のではない。落ちたように見せて意図的に降りている。スタンドを食い止め馬を残し、自らはその場から離れる為に。
 ディエゴのスタンド能力は承太郎が対DIO戦で身に付けた物と同じ時間停止。時の止まった世界で自分だけが自由に行動出来る。その世界に入れる者は同じ能力を使い、時間停止を上書き出来る者のみ。
 もしも承太郎が、ディエゴとジョルノのタッグと戦う事になったとしたら。馬が居ようが飛び道具が有ろうが、それでも2対1で挟まれるのを避けるべく片方を集中的に攻撃して始末するだろう。
 時間停止の出来ない、停止した世界に入門の出来ないジョルノから先に。時を止めて彼の入れない世界の中で。
「野郎ッ」
 承太郎も2人の居る方へ走り出す。何よりも先に時間を停止すべきだが、スタープラチナの射程距離は短い。辺り一体の時間を止められても、その中で何も出来なくては意味が無い。ある程度近付いてから。嗚呼しかし、それでは文字通り『遅い』かもしれない、急がねば。
「スタープラチナ・ザ・ワールド!」
 エリアに上りきる前に大声を張り上げスタンド能力で時間を停止した。
 時間が止まる。光も音も空気も何もかもピタリと停止する。
「来たか」
 DIOの言いそうな言葉が彼と似た声で聞こえた。
 何もかもが静止している中で、ディエゴだけがただ悠然と動いている。
 ディエゴが時を止めてからどれだけの時間が経過している――という言葉は正しくない――のだろう。落馬し立ち上がろうとしていた姿を見ながら承太郎は時間を止めたが、ディエゴは既に立ち上がり遊園地らしく設置されている大きなゴミ箱抱えていた。
「来ると思っていたぜ、空条承太郎。止まった時の中で俺が何かをする前に、お前も時間を止めると思っていた」
 承太郎は時間を止める前より走り続けていたのですぐに階段を上りきった。しかしこのままディエゴを直接殴り抜くのは危険なので一旦急ブレーキで足を止める。
「俺はお前の考えがわかるわけじゃあない。俺達のスタンド能力が似ているから、俺ならこうするだろうと考えられるだけだ。恐らくだが俺はコイツの考えの方がわかる」
 コイツと称したジョルノに向けてゴミ箱を放り投げる。しかしディエゴと承太郎以外の全てが時間を停止している世界、ディエゴの手を離れたゴミ箱は宙に浮くだけだった。
「5年位前の俺にちょいとばかり似ている」
 金髪で適度な筋肉の付いた細身の体躯。顔立ちも含めて似ているとまでは言わずとも同じジャンルに属している。
「ギャングをやっているんだろう? ギャングは金で動く。とはいえ俺はもう少し賢く金を手にするがな」
 何をしてくるかわからず構えたままの承太郎に、しかしディオゴはスタンドを隠して相変わらず役者のようにただ『台詞』を喋るばかり。
 殴ってしまえば良かっただろうか。ディエゴが後どれ位時間を止めていられるかわからないだけに、こちらから仕掛けるのは避けたい。
 承太郎が何もしてこないと踏んだのかディエゴは軽やかに時間を止められたままの馬に乗った。
「ギャングは競馬で八百長し必ず勝つ馬に賭けて金を手にする。俺は必ず勝てるからギャングに目を付けられ潰される事なんて無く優勝賞金を手にする」
 ディエゴが触れた、乗った馬はディエゴの1部。時が動き出した馬はぶるぶるとその長い顔を震わせる。
「追ってきても良いんだぜ、空条承太郎」
 短く言葉を残し馬を走らせる。ゴミ箱に次ぐ武器を探す為なのか、背を向けて待ち合わせ向けの大きな時計の有る方へと向かった。
 その途中でピタリと止まる。
 ディエゴのスタンド能力が終了した。故に承太郎の目にはディエゴが時間を止められたように見える。承太郎が止めるかなり前から止めていたのか。
「俺が後5秒近く時間を止めたままでいられるとわかって言ったのか?」
 当然返事は無い。
 5秒有れば馬を走らせている相手の真正面に回り込む事が出来る。顔面を何発も殴る事だって。
 しかしスタンドのヴィジョンを出していないのは何故だ。時間を止められ攻撃されれば回避はほぼ不可能、スタンドの防御が要となる。考えなければ殴りに行くが、少し考えれば罠という答えしか出ない。どうするか決めるべく承太郎はその場で足に力を込めた。
 思考する時間が勿体無い。止めていられる時間は有限だ。スタンド能力は言い換えれば精神力、再び時を止めるには休息・回復を要する。
 先ずは時間を停止して、時間の停止した世界に入れないジョルノから片付けると考えた。だから承太郎も時間を止めた。
 ただゴミ箱を投げ付け一時的な目眩ましをするつもりだったのなら拍子抜けだが、見過ごすよりはそれすらも阻止しておいた方が良いだろう。取り敢えず承太郎のスタンド、スタープラチナがゴミ箱を殴って破壊する。
「……何だ?」
 異様な臭い(におい)がする。今壊した、しかし時間が止められているので破片1つ飛び散らないゴミ箱から。
「油臭ぇな……ガソリンか?」
 ゴミ箱の中身が見えるジョルノの近くに行くと悪臭は強くなる。顔を近付けずに見ればオレンジ色に染められた液体が今にも跳び跳ねそうな形状で時間停止していた。
 臭いの通りにガソリンだとして、誰が遊園地のゴミ箱にガソリンを捨てるのだろう。スタープラチナに破壊されているが小瓶のような物に入れて投棄されていたようだ。
 遊園地は遊園地でも、ここは悪夢世界。メルヘンチックなアトラクションが並んでいるが、放っておけばそこから死神の姿をしたスタンドまでもが襲い掛かってくる。
 死神姿のスタンドがガソリンを捨てるとは考えにくい。それよりもディエゴが捨てて――時を止めてゴミ箱に入れて――それをジョルノにぶつけようとした、と考えるのが普通だ。
 ガソリンは静電気程度の火種でも大爆発を起こす。給油する際に静電気防止の手袋をしたり静電気除去シートに触れるのはその為だ。
 ジョルノがこのガソリンを浴びせられた後に静電気の発する物に触れれば、ディエゴは離れた位置から彼が大火傷を負うのを見られる。近くにいては危険な爆発の仕方をするかもしれないので離れた方が良い。馬を駆って出来るだけ遠くへ。成る程、その為の時間停止か。
 しかしジョルノが一切火に近付かなかったら? 時が動き出してから臭い等で自分がガソリンを浴びせられたと気付き、火に気を付け何らかの方法でガソリンを洗い流すかもしれない。
 こんなに成功率の低い戦法を取る為にディエゴはわざわざ精神力を大きく使う時間停止の能力を使うだろうか――
「アイツ、何をしようとしていやがる?」
 折角時を止めているのだから注意深く観察せねば。承太郎は馬に乗ったディエゴを改めて睨み付けるように見た。
 離れるべく背を向けている筈なのに、気になるのか体を捻りこちらを見ようとしている。
 左手はしっかりと手綱を握っているが右手は胸元に向かっている。実はそこに収納が有り、何かを取り出そうとでもしているような姿勢。
 もし火種になる物を持っていれば、それを投げ付ける事で確実にジョルノを火達磨に出来る。静電気を待たずに煙草を吸って見ていれば良い。そう、ライターでも良いのだ。ディエゴの時代ならばマッチか。その位なら持っているのではないか。
「俺が今ゴミ箱をぶっ壊したからジョルノはガソリンを浴びないし、ディエゴの予測よりも早く引火し爆発する」
 楽天的であれば反撃になると思っただろう。しかし承太郎は浮かれず冷静さも捨てていなかった。
 少しでも早くこの場から離れなくては!
 時を止めている間にほんの僅かであっても遠くへ行かなくてはならない。自分1人ではなくジョルノを連れて。再び蹴りを繰り出せるように構えたままのスタンドをスタープラチナが、その後ろから次はどう動くかを考えているらしい無防備なジョルノを承太郎自身が横抱きに持ち上げ走り出す。
 力一杯放り投げればジョルノ――とスタンド――はより助かるだろうか。否、時間が止まっている間は飛ばないのでその場に置いていく事になってしまう。このまま行ける所まで行くべきだ。
 幸いにも重たくないというか軽い位なので良かった。世界を旅した仲間達なら大変だっただろう。花京院を肩に担いだ事は有るが彼で精一杯、祖父のジョセフに至っては同じだけ背が有るので持ち上がるかも怪しい。
 タッグを組んだのがジョルノで良かった。
「え?」
 そんなジョルノの声。
 腕の中を見るとジョルノが丸くした目を何度も瞬きさせている。
 時間停止能力が終わった。時が動き出した。ジョルノにとってはいきなり体を横抱きに持ち上げられているので何事かとその目を回しても可笑しくない。
 もうディエゴは火種を投げただろうか。ガソリンに引火するまでどれだけの猶予が有るのかわからない。もう無いかもしれない今、放り投げる以上にジョルノを守れる事は。
「俺に掴まれッ!」
「はいッ!」
 ジョルノは何も訊かずに両腕で承太郎の首に抱き付いた。
 ゴールドエクスペリエンスもスタープラチナにしがみついたようだ。スタンドの事は感覚でわかる。
 それから間を置かずに背後で、承太郎が意識を飛ばす程の大爆発が起きた。

 爽やかで甘い匂いがした。洗剤か柔軟剤か化粧品かはわからないが、母親の醸し出す匂いと似ている。
 空条ホリィは彼女自身の母親、承太郎から見て祖母のスージーQとよく似ている。祖母もこんな香りを持っていただろうか。祖父と混ざったからこその香りだろうか。
 幼い時分の昼下がりに縁側に出て庭の花を眺めながら母の膝の上で昼寝をするような。
 それを楽しんでいた時間はとても短くすぐに庭遊びをするようになる。小学校に入れば部屋の中で勉強をし、中学校に上がれば学校を含めて家以外に居る時間の方が長くなった。
 高校生となった今、母親と極端に親しくしていてはマザコンだの何だのと言われてしまうし、どうしても「反抗したい」という気持ちも生まれてしまう。絶対的な愛情を確信しているから、それに逆らってみたくなる。2歳児と同じだ。
 すまない。本当はこんなにも、世界中を巡る程大切に思っているのに。
 DIOを倒しホリィを救う事が出来て良かった。日本に帰る飛行機に乗る前に並行世界だの天国に到達しただのとややこしい出来事に巻き込まれてしまい、久しく見る事の出来ていない顔を見るべくゆっくりと目蓋を開く。
「目覚めましたか」
 『彼』はホリィではない。
「……ジョルノ」
 横たわる自分を膝に乗せて、頭部を腕で支えている者の名を呼んだ。
「激しい衝撃だったけれど、目覚めるのが早くて良かった」
 そうだ、爆破を背に受け吹き飛んで、その際に意識を失った。今それから目覚めた所のようだ。
「ディエゴは?」
「僕達と反対方向に吹き飛ぶのを見ました」
 打撲は免れないし骨折もしているかもしれない。
「有難うございます、貴方のお陰で僕は無傷だ」
 ジョルノは何が起きたか詳細はわからないようだが、承太郎が時間を停止している間に自分を助けてくれたと考えて素直に礼を言う。
「俺の方こそ……サンキュ」
 礼を言うのは恥ずかしい。日々母に感謝しているが何も言えていない。次に自宅で目覚めた朝、今のように挨拶の流れで感謝を言葉にしてみよう。
「どう致しまして。ディエゴとの戦闘はやはり時を止められる貴方の方が適任だ。僕は火傷を治す等、貴方のサポートに回り続けた方が良さそうです」
「火傷?」
「爆風に吹き飛ばされたので炎からはすぐに遠く離れたし、服を燃やしていた火もすぐに消えましたが、爆心地に向けていた貴方の背中はかなりの火傷を負っていた」
 一方でジョルノは火傷も擦り傷も何も無く本人の言う通りに無傷だ。守りきれて良かった。
 否、自分を治療出来ないのは別の人間――のスタンド能力――だ。その能力だと服も元に戻せるが、ジョルノの能力は体の組織を繋ぎ合わせる荒治療。背に当たるジョルノの膝の感触が妙なのは学生服の一部が焼け焦げてしまったからか。
「お前が火傷を治したわりには痛くねぇな」
 火傷自体の痛みもそれを無理矢理塞いだ痛みも何も無い。
 イギーですらジョルノに治してもらった際には聞いた事の無い鳴き声を盛大に上げたし、あれ以来ジョルノに近付かないようにしているのに。
 ジョルノが躊躇、あるいは困惑のような表情を見せる。
「少し神経を弄っています」
「神経? 痛覚か?」
「そうです。人は痛覚が無いと、痛みを感じないと無茶をする」
「お前の相棒のようにな」
 承太郎の軽口にジョルノは1度瞬きをし、次いで微笑んだ。
「ミスタの事ですね」
 真顔より困り顔より、こちらの方がずっと良い。
「痛みを忘れる程の興奮状態にあると怪我をしても気付かない。まあミスタの場合は少し違いますが。彼は意図的に切り替えている、とでも言うのでしょうか。戦闘等の状況下では痛みを我慢出来るというだけの事なんです。だから終わればすぐに痛いだの何だの騒ぎ始める」
 やれやれと続きそうな口振りだが、しかしそこに確かな信頼が有る。
「怪我に気付かないと傷口を広げてしまったり化膿させてしまう。だが一定以上の、警告以上の痛みは生きていく上で不要だ。一定以上の痛みだけを遮断するのが理想ですが、僕の能力ではそこまでは出来ない」
 ジョルノの指先が承太郎の帽子を直し、その下の額に触れた。
 良い子だねと語り掛けながら母が撫でてくれた幼い日を思い出す。
「でも貴方なら痛覚そのものを遮断しても大丈夫だと思いました」
「何故だ」
「貴方は攻撃を受けた箇所やその状態を無視しない。知った上で出来る範囲で戦い続ける。なら、最初の痛みだって不要だ。背中が火傷でヒリヒリすると思いながら戦っては、きっと実力を出し切れない」
 ディエゴは全力でぶつからなければ倒せない相手だ。同時に全力であれば承太郎に勝機が有るとジョルノは言っていた。
 痛みに気を取られなければ時を止めるディエゴに勝てると、ジョルノは承太郎を信じている。
「……悪い。俺はお前を疑った」
 こんなに信じてくれているのに、ただDIOの息子だからというだけで。
「それは仕方の無い事です」
 DIOの首から下は高祖父の物。つまりジョルノは祖父の大叔父。誇り高いジョースターの血を持つ仲間。
 ジョルノもまた血が繋がっているのだ。
「信じているのに、一瞬疑っちまった。許してくれ」
「構いません。信じる事より疑わない事の方が難しい」
「お前の言う通りだ。だがもうお前を疑わない。今まで以上に信じるし、だから頼りにもする。信頼するって事だ」
 ジョルノの顔から笑みは消えている。承太郎によく似た色の目を閉じた。
 こうなると自分達とは全く似ていないが。
「……有難うございます」
 偶に礼を言うのを気恥ずかしく思う辺りは似ている。
「所で承太郎さん」自然と開けた目に気まずさを浮かべて見下ろし「足が痺れてきました」
「悪い」
 承太郎は急いで膝から降りて地面へと座り直した
 膝の上から見上げている分には思わなかったが、同じ座った状態になるとジョルノは小さくすら感じる。
「僕の相棒はもう少し軽かったのかこんなに足は痺れなかったんですが……」
 両手で両太股を揉みながら肩を落とした。
「お前はあの相棒によく膝を貸すのか」
 今まで自分は無縁だったが、膝枕というのは存外悪くない。
「僕の相棒は僕に治してもらえば良いと無茶をする。彼の痛覚は絶対に弄れません。ああ、終わったら僕じゃなく貴方の甥に頼んで元に戻してもらって下さい。神経の操作は難しかった。今痛みに変わる違和感等は有りませんか?」
「無い。あと甥じゃあなくて叔父だ」
「叔父?」
 疑問符を浮かべるジョルノを余所にゆっくりと立ち上がる。
「立ちくらみは起きていませんか?」
「それも無い」
 もう全力で挑める。寧ろディエゴが攻めてこない、ダウンしているかもしれない今こそが好機だ。
「なら貴方の相棒に怒られずに済みそうだ」
 相棒とは誰の事を指すのか考えた。
 ジョセフは祖父なのでどれだけ拒もうと相性は良いし、床屋にだけは2度と行かないがポルナレフも互いにスタンドを素早く動かせるので組みやすい。アヴドゥルやイギーは中・遠距離攻撃が出来るから快適に組める。
 だがジョルノが指しているのは、恐らく。
「お前と仲良くし過ぎないように言っていたな。意外に嫉妬深い奴だ」
「意外ですか?」
 ジョルノには花京院が嫉妬深そうな容姿をして見えるようだ。
「だが花京院は俺と違ってお前を疑いもしなかった」
 共に旅した仲間達の中ではたおやかなイメージすら有る花京院だが、潔さではなく思慮深さから来る判断であっても充分に男らしかった。
「相棒を信頼しているんですね、良い事です」
 DIOの息子だからと1歩引いていたジョルノと元来の性分から人付き合いの多くない花京院は未だ話をした事が無いかもしれない。今度、この一戦が終わったら機会を作ってやろう。
 年下と話す事の少ない花京院の反応を見てみたい。流石に妬いて嫌がらせはしないだろうし、案外しどろもどろにもならず年上振るかもしれない。
「それに貴方の相棒は貴方の信頼に応えている。僕も頑張ります」
 信頼していると言われたからには。
 それこそ旅した仲間達と比べると余りにも細く小さく頼りない体躯をしているのに、言葉通り信じられるし頼りになる目。
「先に『頑張る』のは俺だ」
 時を止める相手に対抗するべく時を止める能力を身に付けたのだから。
「サポートします」
 ジョルノも立ち上がる。
 そちらにディエゴが居るのか、先程承太郎が頭を向けていた方を見た。
「時間停止されては僕は何も出来ない。でもそれ以外の場なら僕にも出来る事が有ります。この趣味の悪い遊園地に出没する死神のような見た目のスタンドを倒したり、今のように応急処置をしたり」
 痛覚が無くても再起不能になるまでの無茶はしないと信頼されている。
 嗚呼これは裏切れない。応急処置で戦い続けられる程度の無茶に留めなくては。
「ディエゴの事だ、死神よりも厄介なトラップを仕掛けているかもしれねぇ」
「僕が引き受けます。貴方はディエゴを倒す事に専念して下さい」
「ああ」
 心強過ぎるサポートと高さの違う肩を並べて走り出した。


2020,08,10


サイト開設記念日なので3つのお題から1つの話を書くという企画に挑戦。
3部・戦闘・5部だったので、利鳴ちゃんが引いたお題の7部・スタンド・主人公も拝借しました(笑)
戦闘開始です、で終わってしまったけれどお題はクリア出来てるよね、うんうん。
<雪架>

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