フーナラ 全年齢

関連作品:epilogo


  dopo un epilogo


「ミスタっ」
 不意に届いた声に足をとめて振り向くと、通りのむこうから駆け寄ってくる姿があった。それが誰であるかは、遠目にでもはっきりと分かった。あんな個性的な髪型と服装の少年を、ミスタは“彼”以外に誰1人として知りはしない。
「よう、フーゴ。元気か?」
 ミスタが尋ねると、両手で大きな袋を抱えたフーゴは少しだけ微笑んだ。
「ええ、お陰様で」
 その顔を見てミスタは、「思ったよりも大丈夫そうだな」と心の中で呟いた。ミスタとジョルノが戦いを終えてこの街に帰ってきて以来、彼等は塞ぎ込んだような暗い表情以外のフーゴを殆ど眼にしていなかった。
(まあ、無理もないか……)
 ミスタもジョルノも、もちろん大きなショックを受け、まだ完全には振り切れないでいる。が、その場にいることすら出来なかったフーゴにとっては、それはなおさらであっただろう。自分がいなかった場所で起こった過酷過ぎる現実は、容易には受け入れられなかったに違いない。数日前に仕事の都合でこの街を何日間か離れなければならなくなった時には、果たしてフーゴを独りにしておいても良いものかとジョルノと相談までしたくらいだった――もちろんそのことはフーゴ本人には秘密だが――。なんとか予定よりも早く仕事を終えて戻ってきた2人を出迎えてくれたフーゴは、幸いにも数日前よりはいくらか立ち直ったような顔をしており、なんらかの間違いが起こった様子もなさそうだった。まさか突然仲間達の後を追ったりはしないにしても、何かの拍子に理性を見失ってしまい、誰かを傷付けてしまうのではないかという不安はあった。もし理由もなく一般人に一方的に殴りかかりでもしたら、仲間と言えども――むしろ仲間だからこそ、そしてジョルノに至ってはボスという立場である以上――処罰を与えなければならない事態にもなりかねない。それが結局杞憂に終わったらしいことを、ミスタは心の底から安堵した。フーゴは、最初の何日かは部屋に閉じ籠ってしまっていたようだったが、最近ではこうして外に出て買い物や散歩をしているらしい姿が目撃されるまでになっていた。
「今日は? 買い物か?」
 ミスタはフーゴの荷物を見ながら尋ねた。彼が抱えている袋はなかなかに重たそうだ。
「ええ。日用品と、あと本を。ちょっと調べたいことがあって……」
 フーゴは袋の口を、少しだけ開いて中を見せた。とても『薄い』とは言い難い厚さの本が、数冊見えた。
「本ンっ? お前その頭でまだ勉強する気なわけ? ひえぇ〜、信じらんねぇ」
 ミスタが大袈裟に顔を歪めて見せると、フーゴはあははと笑った。
「理解するだけの力があっても、何も入れないならただの空洞でしょ。知らないことだって、沢山あるしね……」
 何を思っているのか、フーゴの表情は少しだけ曇った。不味い方向へ話を持っていってしまったのかと、ミスタは慌てて他の話題を探そうとした。が、先にフーゴの方が口を開いた。
「ミスタは? 仕事ですか?」
「まーな。後は報告書届けて終わりだけどな。ここ最近走り廻りっぱなしだぜ」
「だってボスの右腕なんでしょう?」
「ってゆーか遣いっ走り状態だな。あいつ結構人遣い荒いぜ?」
「あ〜あ、そういうこと言っちゃっていいんですか? 本人の耳に届いたら不味いんじゃあないですか?」
「いやいや、本当なんだって! お前もそろそろ手伝ってくれよなー」
 ジョルノが彼に再び力を貸して欲しいと告げた時、彼は拒みはしなかった。が、「少し時間が欲しい」と申し出た。少し、独りになって考えてみたいのだと言った。ジョルノはそれを許した。これまで、簡単な用事を手伝ってもらったことはあったが、本格的な任務にはまだ就いてもらえていない。
 あるいはまだ無理だと言われてしまうかも知れないとミスタは思った。しかし、フーゴは僅かに口元を緩めて言った。
「そうだな……。そろそろ、……そうですね」
「お、ほんとか?」
「……ええ。後で会いに行くと、ジョルノに伝えておいてもらえますか?」
「『後で』か。今じゃあ駄目か」
「こんな物持って、『ボス』のところへ?」
 フーゴは荷物を少し掲げてみせた。
「別に気にしないと思うけどな」
「親しき仲にも礼儀ありでしょ」
「オレがズカズカ入って行ってもなんにも言わないけどなー」
「それは『ミスタだから』じゃあないですか?」
「どーゆー意味だ? 最初からオレには礼儀なんか期待してねーって意味かぁ?」
「そうじゃあなくて……。……まあ、それもあるかも知れないですけどね」
「なんだとぉっ!?」
「あはは」
 フーゴは眼を細めて笑った。やはり彼は、少しずつではあるが立ち直りかけているらしい。ミスタは小さく「良かった」と呟いた。それが聞こえたらしく、「何が?」と首を傾げてきたが、ミスタは「なんでもない」と手を振った。
「単純に重たいから荷物を置いてからにしたいっていうのもあるんですけどね。だから、後で行きます。今日の……そうだな、夕方くらいには、そちらに行けると思うと言っておいて下さい」
「分かった」
 「じゃあな」と手を振って踵を返そうとした時だった。
「あ、そうだ、ミスタ」
「んー?」
 ミスタは軽い返事をしながら、肩越しにフーゴを見た。フーゴは、柔和な笑みを浮かべながら、尋ねた。
「――を、見ませんでしたか?」
「……え?」
 ミスタの耳には、その言葉ははっきりとは届かなかった。いや、聞こえてはいる。だが「ありえない」という思いが、その言葉をそのまま認識することが出来なかった。
「今、なんて……?」
 録画された映像をリプレイするように、フーゴは表情を一切変えることなく、全く同じ口調で、全く同じ言葉を繰り返した。
「ナランチャを、見ませんでしたか?」
 返事をするまでに、不自然に間が空いてしまったかも知れない。しかし今はその不自然さこそが自然なのだ。おかしなことがあるとすれば、それはフーゴの問い掛けの方に他ならない。
「見て、ない……」
「そうですか」
 ミスタの表情が凍り付いていることには全く気付かない様子で、フーゴは落胆した風でもなく頷いた。彼の表情は不自然な程に自然だ。性質の悪い冗談を言っているようには見えない。
「昨夜帰らなかったんですよね。たぶん誰かの家に上がり込んでるんだろうけど。仕方ない、探しに行くか。もし見掛けたら、捕まえておいてもらえます?」
「……あ、ああ……」
「じゃあ」
 フーゴは軽く手を振り、通りの向こうへ消えていった。

「ジョルノっ!!」
 乱暴にドアを開け放ち、ミスタは学生寮にあるジョルノの部屋へ飛び込んだ。
「ドアはもう少し静かに開けてくれませんか。隣に迷惑だ」
 ジョルノは机の上に広げたレポート用紙の束のような物から視線を外さずに言った。それが、組織関係の書類なのか、それとも学校関係の物なのかはミスタの位置からは見えないが、どちらにせよ今はそんなことはどうでも良かった。
「何かあったんですか?」
 ミスタの真剣な表情を視界の隅で捉えたのか、ジョルノは手にしていたペンを置いて、身体毎ミスタの方を向いた。
「……なぁ、……ナランチャは……『死んだ』……よな?」
「は?」
 何を言っているんだと抗議するように、ジョルノは眉を顰めた。
「『間違いなく』『死んだ』よな? そのことは、……フーゴも『知ってる』よな?」
「当たり前じゃあないですか」
 永久に瞼を閉ざしたナランチャの小さな身体をフーゴに預けたのは、他ならぬミスタの両手だった。
「……あいつ、ナランチャのこと『探してた』」
 ジョルノは、ミスタの言葉の意味を考えるように、瞬きを繰り返した。
「……それは、何かの冗談のつもりですか」
「オレだってそう思いたい」
 ジョルノは「ミスタが――」のつもりで尋ねたのだろうが、ミスタは「フーゴが――」の意味で答えた。
「彼はぼくが命じた通り、ナランチャを家族の元へ送り届けています。間違いなく埋葬されていることも、確認しています。彼は役目を果たした。つまり、少なくともその時点で一度は何があったのかを正しく認識していると考えていいと思います。それでも?」
 ミスタは無言で頷いた。
 短い沈黙が辺りを支配する。やがて長く溜め息を吐いたのは、ジョルノだった。
「フーゴは、『現実を受け入れてない』……と?」
「そう見えた……」
「役目を果たして、その後で再度眼を背けた……。そういうことですか?」
 やっと立ち直ってくれたと思った直後だった。少しずつではあっても、以前の彼に戻ってくれるに違いないと、確かに思えたばかりだったのに……。おそらく、ジョルノも同じ思いなのだろう。机に肘を付いて両手の指を組んだ上に額を乗せ、再び溜め息を吐いた。
「『そうならないように』と思って彼に任せたつもりだったのに……」
 その考えは無駄に終わってしまったのだろうか。あるいは――
「むしろ……『逆』?」
「……どう言う意味だ?」
 ミスタは首を傾げた。
「……無神経……だったのかも知れない……」
 彼等は、フーゴの痛みを、苦しみを、哀しみを、分かっているつもりで理解し切れていなかったのかも知れない。残酷な現実を突き付けなければならない時は、遅かれ早かれ必ず訪れただろう。それならばと思い、ジョルノは、ナランチャの遺体を故郷へ送り届けることをフーゴに命じた。ナランチャの最期の時に居合わせることが出来なかった彼に、せめてその役目だけは与えてやろうと――彼も、そしてナランチャも、それを望んでいるだろうと――思ってのことだった。だが、それは間違いだったのかも知れない。立ち直る時間を与えることなく、一番哀しい役目をただ押し付けてしまったのではないか……。
「……本当は、……ぼくが『逃げたかった』だけなのかも知れない」
 俯いて呟いたジョルノの表情はミスタからは見えない。が、その声は僅かに震えているように聞こえた。
「それらしい『理由』を作って、フーゴに押し付けてしまって、自分はただ……、『逃げ』ようと……」
 いつもは堂々としていて大人びた雰囲気を持ったジョルノの肩が、急に小さく見えた。ミスタは、時々忘れそうになる。ジョルノはまだ、たった16年しか生きていない、ほんの少年に過ぎないのだということを。その細い肩に、彼は大人でさえ投げ出したくなるような重荷を背負い込もうとしている。
 ミスタは、ジョルノの頭にそっと手を置いた。僅かに驚いたような顔がこちらを向いた。
「お前が間違ってたのかどうかはオレには分かんねーよ」
 おそらく、どうするのが正しかったのかは、誰も知らない。ミスタは「でも」と続けた。
「重いんだったらオレにも分けろよ」
「…………ミスタ?」
「お前独りに背負わせたりしねーよ」
「……」
 ジョルノは僅かに口を開いて、何か言った。しかし声が小さ過ぎてミスタには届かない。
「聞こえねーよ。なんだ?」
 膝を折って姿勢を低くする。ジョルノの口元に耳を近付けようとすると、金色の頭が凭れ掛かってきた。それを肩で受けとめ、ミスタはじっとしていた。
「……良かった」
 ジョルノがぽつりと呟いた。その声はやはり小さいが、今度ははっきりと聞こえた。
「貴方がいてくれて、良かった……」
「オレもだ」
 もし生き残ったのが自分独りだったらどうなっていただろう。仲間達全員の死を眼の前に、おそらく何をするべきなのかさえ分からなかっただろう。まだ高校生とは思えない程頭が切れるジョルノが状況を判断し、次にすべき行動を示す。力のあるミスタが、それを実行する。そうやってバランスを保っていられたからこそ、今こうして現実と向き合うことが出来ている。ジョルノがいなかったら、おそらく今でもフーゴに真実を伝えることは出来ずにいただろう。それどころか、自分自身が正気でいられたかどうかも危うい。仲間達の死から逃避していたのは、もしかしたら自分だったかも知れない。
「ミスタ」
「ん?」
「たぶんこれから先、危険なことは山程あります」
「ああ」
 新しいボスの存在を全ての者が素直に受け入れているとは考え難い。また、かつてのボスの残党がいないとも限らない。新たなボスの座を狙う者もいるだろう。しばらくの間は、そういった者達の襲撃がいつあってもおかしくはない。そしてその対象は、ジョルノ本人だけには留まらないだろう。
「貴方は……」
「死なない」
 ミスタが言葉を先取りするように、きっぱりと言った。
「お前をおいては、『死なない』。ここに『いる』ぜ」
 ミスタは首だけそっとを動かし、肩の上にある金色の髪の毛に頬を埋めながら言った。
「オレはお前のそばに『いる』」
 「なんの根拠もない言葉だ」と言われてしまえば、その通りだった。だが、ミスタの言葉にはそれを信じてしまいたくなるような力強さがあった。それが浸透するのを待つように、ジョルノはしばらくそのままでいたが、やがて安堵したように息を吐いた。ミスタの肩からそっと離れたその顔は、頬が僅かに朱色に染まっているように見えた。
「少し無駄な話をしすぎました。本題に戻りましょう」
 こほんと小さな咳きをして、照れ隠しをするように眼を逸らせながら言う。それを見てミスタは、少し笑った。
「可愛くねーやつ」
「本題に戻りましょう」
「『嬉しいと』一言言うくらいよぉ」
「戻りましょうッ」
「はいはい」
 2人が揃って真面目な表情に戻ると、辺りがしんと静かになった。遠くの部屋から他の学生の笑い声が微かに聞こえる程に。
「で、どうする?」
 ミスタが尋ねる。
「行きましょう」
 ジョルノの表情に、既に迷いはなくなっていた。
「なんとかしなくてはいけない」
「だな」
 頷き合うと、2人は立ち上がった。
「多分フーゴのが一番重てーからな。オレ達で手伝ってやろーぜ」
「ええ」

「――で、自信たっぷりに出てきたからには、何か策があるんだろ?」
 ミスタが壁の陰から顔を半分だけ出して、隠れるように――寧ろ隠れながら――視線を向ける先には、フーゴの姿が小さくある。フーゴは狭い路地裏で、何かを探しているような仕草をしていた。
「ないですよ、そんなもの」
 ミスタのやや後に、こちらは姿を隠すつもりは微塵もない様子で、ジョルノが平然と立っている。
「なんだとぅっ!?」
「『策』って、別に敵じゃあないんですから。取り合えず話をしに行くだけです。ぼくはミスタから聞いただけで、実際の様子は分かってないんですからね」
 さらりと言うと、ジョルノはすたすたとフーゴに近付いて行った。
「フーゴ」
「あ」
 ミスタが何か言うよりも早く呼び掛けたジョルノの声に、レストラン裏に置かれたゴミバケツの陰を覗き込んでいたフーゴが振り向く。
「ジョルノ。なんだ、こっちから尋ねて行こうと思ってたのに」
「ちょっと外出の用事が出来たもので。ついでに寄らせてもらいました」
 ジョルノのあまりにも平然とした態度に半ば呆れながら、ミスタは彼の後に続いてフーゴのそばまで寄って行った。
「どうですか? 忙しいですか? 『パッショーネ2代目ボス』は」
「ええ、それなりに。補佐がミスタだけじゃあ足りなくて」
「なにぃ!?」
「はは。そっか、それじゃあぼくもちゃんと手伝わないとな」
「本当ですか?」
「あれ、ミスタから聞きませんでした? そろそろ復帰させてもらおうかと思ってたんだけど……」
 フーゴの言葉を伝えるのをすっかり忘れていたことを思い出したが、まさか本人を眼の前に「それどころじゃあなかったんだ」とは言えない。ジョルノが「やっぱりミスタじゃあ頼りない」と言うような顔をしているが、ミスタは反論の言葉をぐっと飲み込んだ。何もジョルノが本気でそう思っている訳ではないことは、この場にいる全員が理解していることでもある。
「あ、ところでジョルノ」
「はい?」
「ナランチャを見ませんでしたか?」
 一瞬――ほんの一瞬だけ――、空気が音を立てて氷付くような錯覚に襲われた。やはり、あの時だけの聞き間違いなどではなかったのだ。
「探してるんですけど、見当たらなくて……」
「いえ……、見てませんね。……いつからですか?」
 ジョルノは何気ない風を装って尋ねた。しかし、その表情は先程と比べるといくらか硬い。
「昨日の夕飯はうちで食べていったんで、その後ですね。まあ、少し前にもしばらくどこか行っていたことがあるんで、まだそんなに心配はしてないんですけど」
 フーゴの表情はやはりあまりにも自然過ぎる。彼の記憶の中で、一体何がどうなっているというのだろうか。
 この場で「どうするんだ」と尋ねることが出来る筈もなく、ミスタはただじっとジョルノの動きを待った。
 その時、道の少し奥の方で、微かに何かが動く気配がした。
「何だっ?」
 ミスタは咄嗟に身構えた。背の高い壁に挟まれた路地裏は、薄暗くて先があまり良く見えない。
 振り向いたフーゴが小さく声を上げた。
「あっ」
 すうっと音もなく、その影は姿を現した。そしてそれと同時に、「にゃあ」と鳴いた。
「……猫?」
 ジョルノの呟きに応えるように、再度鳴き声がした。
「なんだ、ただの猫かよ……」
 脅かしやがってと溜め息を吐くミスタの声に重なって、フーゴが猫に声を掛けた。
「なんだ、こんなところにいたのか」
 フーゴは猫を抱き上げると、オレンジ色の毛並みを撫でた。
「お前の猫か?」
「ぼくは一応そのつもりですが、本人は半野良のつもりかも知れません。昨日はうちでメシ食っていきましたけどね、他所で何かもらってるのを見たこともあるし。昨夜も誰か可愛がってくれる人のところにでも行ってたんだろ。散々人に探させておいてお前はー。この馬鹿猫め」
「…………ん?」
「もしかして……?」
「はい?」
 3人が3人とも訝しげな顔をしている様は、傍から見る者があればなかなかに滑稽であっただろう。
「ひょっとして探してたのって、『それ』か!?」
「え、そうですよ? 言いませんでしたっけ」
「聞いてねーぜッ!」
「ミスタぁ?」
「なっ、オレの所為!? お前だって思いっ切り勘違いしてただろーがよッ」
「え? 何ですか? 何事です?」
 ジョルノが視線だけでミスタを睨み付け、それにミスタは抗議の声を上げ、フーゴは何が起こっているのが理解出来ない様子で2人の顔を交互に見、さらにはフーゴの腕の中の猫が騒ぎに乗じるようににゃーにゃーと鳴き出した。
「あれじゃあふつー誰だって勘違いするだろーがよっ!」
「確認を怠りましたね。3ヶ月先まで減給ってことでいいですね」
「いいわけあるかー!」
「あれっ? ぼく、言いませんでしたっけ!? 猫拾ったって」
「聞いてねぇー!!」
「え、じゃあ2人とも……あ、そういうことですかっ!?」
 しばしの時を要しながらも一先ず混乱が収まると、フーゴは今度は笑い出した。
「なんだ、そうだったんですね。道理で2人ともなんか眉間に皺が寄ってると……」
「笑い事じゃあねーぜ」
「全くです」
「すみません。ご心配お掛けしました」
 そう言いながらも、フーゴはまだ少し笑っている。
「大丈夫ですよ。ちゃんと分かってますから」
 少しだけ寂しそうに微笑むフーゴの顔を、腕の中の猫が見上げていた。
「そりゃあ少しは引き擦ってますけどね。完全に忘れたりは出来ない……いえ、しちゃあいけないと思ってますよ。でも、もう、落ち込みっぱなしってわけでもないです」
 猫が少しもがき出したので、フーゴはそっと地面に下ろしてやった。猫は逃げてしまいはせずに、彼の足元で毛繕いを始めた。その様子を眺めながらミスタが僅かに顔を歪めていると、フーゴは慌てたように言った。
「あ、別に、そいつを拾ったのはそういうんじゃあないですからね。病的な物を見る眼はしないでくださいよ。誰かの代わりなんて誰にも出来ないんだってことくらい、ちゃんと分かってますから」
「じゃあなんでそんな紛らわしー名前付けたんだよ」
「それは……、半分冗談のつもりで呼んだら、他の名前には反応しなくなってしまって……」
「なぁるほど、こいつも冗談の通じないやつだったってわけだ」
 「ナランチャと同じで」と続けようとして、ミスタは慌てて口を噤んだ。が、どうやら既に遅かったらしい。フーゴは複雑な表情を浮かべている。ジョルノが視線だけで「馬鹿」と言ってきた。ミスタはわずかに肩を竦めるような仕草で、「すまん」と謝罪した。溜め息を吐いて、ジョルノはフーゴの方へ向き直った。
「フーゴ、……大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫です。あの時逃げたから、もう逃げません」
 ジョルノの問いに、フーゴは力強く答えた。
「ボス、ぼくをパッショーネに復帰させてください」
 おそらく、かつての仲間達がフーゴに望んでいることもそれだろう。
「ええ、是非。ぼく達も、出来ることがあったら手伝いますよ」
「?」
 ジョルノは足元へ視線を移動させた。猫が「なぁに?」と尋ねるように首を傾げていた。
 フーゴはくすりと笑った。
「一応飼い方の本は買ってきたんです、朝の内に」
「ああ、調べたいことってのはそれか」
「はい」
「最初からミスタがちゃんと全部聞いておけば……」
「あーはいはい、俺が全部悪いですよ」
 3人の笑い声と、それに便乗するような猫の声が通りに響いた。かつてそこにあった笑い声はもうないが、少しでもその代わりになれればと言うように――。


2011,07,31


-Per sempre-(お題12:夢)』のジョルノとミスタ視点みたいに見えるけど、別のお話です。
原作後設定で「もし生きてたとしたら」っていう前提なしだとどうしても暗くなってしまいがちなので、1度くらいはフーゴを立ち直らせてあげたいと思って書きました。
それでいてミスジョルも書きたかった。
最後に出てきた猫が『epilogo』からの続きです。
わたしが書くナランチャ追悼的なフーナラは、フーゴってブチャラティとアバッキオが死んだことについてはなんとも思ってないの? って感じになってしまう気がします。
一番嘆いているのはナランチャのことだけど、もちろん他の2人の死も哀しんでいますよっていう風に書けないのは、間違いなくわたしの力不足です。
<利鳴>

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