フーナラ 全年齢

関連作品:眠らない鼓動


  寝覚める予兆


 次に目を開けた時にそこに広がっていた光景に、ナランチャは2度3度と瞬きを繰り返した。だがもちろん、そんなことをしたところで目に映る物は何も変化しない。
「……あれぇ?」
 思わず口から零れた声は、空調の音を一瞬だけかき消した。
 外泊をした日を除いて毎朝目にする天井が、そこが自分の部屋のベッドの上であることを教えてくれていた。日常の中にある“目覚め”と何も変わらない風景。だが、それはおかしい。
「え、なんで……?」
 幹部からの指示で、とある男が持っているという情報を手に入れる任務に就いていたはずだった。あっさり吐けばそれで良し。そうでなければ生かしたまま捕らえ、連れ帰る。直接の“説得”はナランチャの役目ではないが、ターゲットが逃走しようとした時は、速やかにそれを阻止すること。それが彼に与えられた任務の内容だった。つい先程までの記憶では、まさにその男を追っている最中だった。それが、どうしてこんなところにいる……?
「えーっと確かあの時……」
 あくまでも“説得”がメインとなる今回の任務。自分の出番はないまま終わるかも知れない。その予想に反して、ターゲットが姿を見せたのは無関係な一般人を巻き込む可能性が少ないからという理由で選ばれたエリアの、限りなく外に近い場所でだった。相手がいない状態での見張りに退屈しかけていたナランチャは、半ば喜んでターゲットの男の追跡を開始した。しばしの追走の後、逃げられないと悟ったのか、その男は不意に足を止め、こちらを振り返った。かと思うと、大きな波“のようなもの”が現れて……。
(あれは、スタンドだった。あいつ、スタンド使いだったのか。つまり、オレは攻撃されて、それで……)
 気が付くと、自分の部屋のベッドの上にいた。
「どういうことだよ?」
 場所が変わっているだけで、ダメージを受けた様子はない。あの男の能力は、瞬間移動か何かだろうか。攻撃してきた敵を、遠くに飛ばしてやり過ごすとか……。
(もしそうだとしたら、あの後ターゲットはどうなったんだ? それに、……フーゴは?)
 ターゲットを追い詰めた時、傍には2歳年下の仲間である――ただし立場としてはナランチャの“先輩”に当たる――フーゴもいた。彼は一体どうなった……?
(フーゴは、無事なのか? まさか攻撃されたんじゃあ……)
 考えるよりも早く、ナランチャはベッドから飛び降りていた。
(どうする? まず……、まずは……)
 電話だ。すぐに連絡が出来るようにと、任務の前に携帯電話を持たされていた。それはフーゴも同じであるはず。枕元に置かれていた――自分で置いた記憶は一切ない――それに、ナランチャはすぐさま飛び付いた。
「えっと、フーゴの携帯は……」
 登録番号の1番はリーダーであるブチャラティのもの。フーゴが持っているのは、確かその次のだ。発信ボタンを押すと、すぐに呼び出し音が聞こえてきた。が、またしても何かがおかしい。耳に当てたスピーカーとは別の場所から、かすかに似たような音が聞こえてきている。
 発生源を求めて、ナランチャは部屋を出た。ドアを開けた途端に、その音は大きくなった。
「……フーゴ?」
 ドアを開けた直ぐ横、壁にもたれかかるように座った姿勢で、フーゴはいた。
 携帯電話の呼び出し音は鳴り続いている。フーゴのポケットの中に入っているようだ。だが、フーゴがそれを止めようと動く気配はない。長い前髪が作り出す影の下で、両の目蓋は閉ざされている。
「フーゴ? おい、フーゴ!!」
 肩を掴んで強く揺さぶった。しかしその目が開くことはなかった。代わりに返ってきたのは、規則正しく静かな寝息だった。
「……寝てる?」
 己のスタンドを呼び出してレーダーで確認するまでもなく、フーゴは間違いなく呼吸をしている。ほっとすると同時に、少しいらっとした。
「なんだよもうっ! 心配させやがって!! フーゴ! おい、フーゴってば!!」
 それでもフーゴは目を覚まさない。携帯電話の音にも無反応のままだ。どれだけ熟睡しているんだ。
 ナランチャは溜め息を吐きながら自分の携帯電話を操作し、発信を中断した。無事なら良い。そう思うことにしておこう――しておいてやろう――。
「で、これはどーゆー状況なんだよ……」
 何が何だかさっぱり分からない。他の仲間達はどうしたんだ。なんだか、放っておかれているようで面白くない。
 そこへ、再び携帯電話の着信音が響いた。今度のそれは、ナランチャの手の中で鳴っている。表示を見ると、ブチャラティの番号だった。
「もしもし?」
『ナランチャ、目が覚めたか? 時間通りだな』
「時間通り?」
『フーゴはどうした?』
「なんか知らないけど、寝てる」
 ナランチャの不満に満ちた声とは真逆に、ブチャラティの笑う声が聞こえた。
『そうか。まあ、仕方ないな。フーゴも大変だったんだろう。分かった。オレから説明しよう』
 ブチャラティのその説明により、ナランチャは何が起こったのかを概ね理解した。ターゲットの男はやはりスタンド使いだったこと。その攻撃を受けたナランチャが、24時間眠り続けていたこと。
「24時間って……丸一日? そんなに? あ、じゃあ、もしかしてフーゴも? 全然起きないんだけど……」
 ブチャラティの話を聞いている間も、心地良い夢でも見ているのか、フーゴはすやすやと眠っている。いっそひっ叩いてやろうかとも思えてきた。
『フーゴの寝起きの悪さは元々……いや、何でもない。たぶん色々苦労したんだろう。自然に起きるまで放っておいていい。その方がいい。それよりも、ナランチャ、どこかおかしな様子はないか? 眠るだけで害はないと聞いているが、怪我は?』
「怪我は……ないみたいだけど……」
『けど?』
「腹が減った、気がする」
 ブチャラティは再び笑った。
『今日はこのまま……いや、明日の午後まで休んでいい。フーゴにもそう伝えておいてくれ』
「分かった。……あ、ブチャラティ、任務は? あの後……」
『ああ、そっちも問題ない。情報を引き出すのはアバッキオが得意だからな。全部片付け終わった』
 何やら“含み”のある言い方のように聞こえたが、今ターゲットがどういう状態でいるのかは、聞かない方が良い。そんな予感がした。敵のことは、一発くらい殴ってやりたい気持ちもあったが、終わったというのだから諦めよう。そう思うことにして、ナランチャはそのまま通話を終了させた。
 それにしても、24時間も眠っていただなんて……。ナランチャにその自覚は全くなく、裏路地から自室へと、意識は一瞬も途切れることなく繋がっている。だが実際には、眠っている間に誰かが運んできてくれたのだろう。
 フーゴはいつ目を覚ますのだろうか。自分のすぐ後に同じスタンド攻撃を受けたのだとしたら、もう目を覚ましている頃だろうに、その気配はいまだにない。ということは、敵を捕獲してしばらく経ってから攻撃されたのか。それとも、ただ――元々寝不足だった、等の理由で――寝ているだけか――そういえば、ブチャラティははっきりと「そうだ」とは言わなかった――。
(もし、フーゴも丸一日何も食べてないなら、やっぱり腹減ってるよな。フーゴの分もなんか作った方がいいな。……でもこいつ、いつ起きるんだ?)
 食事の用意をしても、フーゴが目を覚ます前に冷めてしまうかも知れない。それ以上に、せっかく一緒にいるのだから、食事も一緒に取りたい。
 ブチャラティは放っておいていいと言っていたが、なんとかして起こすことは出来ないだろうか。ナランチャはしゃがみ込んで、フーゴの顔を覗き見た。理屈っぽいと同時にキレ易く、怒りっぽい性格のフーゴでも、眠っている時はもちろん静かだ。その寝顔は、いつもより幼く――年相応に――見える気がする。色素の薄い髪と同じ色の睫毛は、窓からの光――昼より前の時間帯にはその窓から光は入ってこないはずなのだが、今は一体何時なんだ――を受けてきらきらと輝いている。ナランチャはそれを、素直に綺麗だと思った。と同時に、薄く開いた唇に、自分の唇を触れさせていた。2秒ほどの時間で自分の物ではない体温がそこにあるのを確かめ、ナランチャは離れた。
「……駄目か」
 相変わらずフーゴは起きない。それはそうだろう。口付けで眠りから覚めるなんておとぎ話はいくつかあったように思うが――王子様がお姫様を目覚めさせる……? それとも、王子様の呪いをお姫様が解く……だったか?――、自分はただのギャングだし、フーゴだってそうだ。そんなことは最初から分かっている。では、今の行為にはなんの意味があったのだろう。
(今のは……)
 ナランチャもフーゴも、王子でも姫でもない。だから、
(今のは、ただのいたずら)
 うん、それでいい。
「さーてと、飯の準備しよーっと!」
 わざと大きめの声を出して、ナランチャは立ち上がった。
「フーゴの分も用意してやるけど、さっさと起きてこないとオレが食っちまうからな!」
 まっすぐ指を差しながら言うと、ようやく小さく唸るような声が返ってきた……気がした。だが残念ながら、まだ起きてはいないようだ――寝言でも、「人を指差すな」くらい、フーゴなら言いそうだと思ったが――。
 フーゴを床に座り込んだままの姿勢で寝かせておくのもどうかとは思ったが、人ひとりを移動させるのは容易ではないだろう。人型のスタンドなら抱え上げることが可能だったろうが、ナランチャのスタンドではそれは無理だ。ブチャラティかアバッキオがいれば良かったのだが……。
(……ま、いっか)
 人数が増えると食事の用意が大変になる。そうでなくても、あまり見慣れない顔をまじまじと覗き込んだり、“王子様とお姫様の実験”をしたり、そういうのをやる時は、おそらくギャラリーはいない方が良いに違いない。


2020,08,01


寝てる相手にちゅーさえ出来ないヘタレ攻めと、それが簡単に出来ちゃう強気受けっていいと思うの(リバではない)。
フーゴは疲れてるのと無理して起きてたのが限界になったのとあとはただただ寝起きが悪いだけで、スタンド無関係!
それにしても起きなさ過ぎて、死んでないよね? って心配になってきた(笑)。
<利鳴>

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