ジョル&ナラ 全年齢 フーナラ、ミスジョル要素あり


  sleepover 〜彼のことを思う〜


 ソファに座って溜め息を吐いたのと、もう誰もいないし、誰も来ないだろうと思っていた事務所のドアが開いたのは、ほぼ同時だった。
「あれ、ジョルノだ」
 そう声を発したのは、ナランチャだった。彼は窓から差し込む西日にわずかに目を細めながら、軽く片手を上げた。ジョルノは会釈でそれに応えた。
「まだ帰ってなかったんですね」
「今戻ってきたとこ。荷物置きにきた」
 そう言うと彼は、キャビネットの引き出しを開けて、その中に書類らしき紙の束を――バスケットボールをシュートするように――放り込んだ。おそらく何かの任務を言い付けられ、今のはそれに関する物なのだろうが、そんな扱いで良いのだろうか。後から誰かに叱られそうな予感がひしひしとする。が、当人はそんなことはまるで気にしていないようで、「終わったー」と言いながら頭の上に向かって両腕を伸ばしている。
「ジョルノは? 残業?」
 大きな瞳がこちらを向く。幼さの残るその顔は、やっと1日の授業が終わって解放されたことを喜ぶ小学生のようだ。2つも年上には、とても見えない。
「いえ、仕事は残してません。ちょっと事情があって帰れないだけです」
「え、なにそれ」
 ジョルノの返答に、怪訝そうな顔をする。彼が近付いてくるのを見ながら、ジョルノは、そんなに深刻な話ではないのだと示すように、のんびりと背凭れに体を預けた。
「実は学校の寮が点検作業だか改修工事だかで、出入りが出来なくなってしまったんです。前以て通知はあったようなんですが、最近しばらく任務続きで帰っていなかったので……」
「最近なんか忙しーもんな。フーゴも昨日から2、3日泊まりだって言ってたし、ミスタもどっか行ったんだっけ?」
「そうみたいですね」
 書類を置いたら帰ろうとしていたのであろうナランチャは、しかしテーブルを挟んでジョルノの正面に腰を降ろした。まだ話をするつもりであるようだ。
「へぇ、ジョルノって、学校に住んでるんだ?」
 「ええ」と返してから、何か勘違いをされていそうだなと思った。普通の教室に寝袋を敷いて寝ているところでも想像していないだろうな……? いや、まさか流石に……。
(でもナランチャなら……)
「ってことは、マジで帰れないのかよ」
 ワンテンポ――ツーテンポ以上だろうか――遅れて驚いたような顔をするのがおかしかった。ジョルノは頷きを返した。
「それで、ブチャラティに許可をもらって、今日は事務所に泊まろうかと」
 本当はその話をした時、ブチャラティは、「そういうことならオレの部屋に泊まりにくればいい」とこともなげに言ってくれたのだが、同時に、たまたま近くにいたアバッキオが物凄い形相で睨んできていることに気付いてしまったので、丁重に辞退したのだった。
 安いホテルでも探して泊まるかなとも思ったが、どうやら寮の出入りは明日の午後にも可能になるようだ。たった一泊なら、事務所でも我慢出来ないということはないだろう。
 実家に帰るという選択肢は最初からないものと考えている。もし在学中に寮が閉鎖されるようなことがあれば、どこかに部屋を探すつもりだが、とりあえず今回はそこまでの事態には至っていない。
 1日くらい、事務所のソファで充分。そうは思っているが、着替えを取りに行くことすら出来ないのには少々参った。窓から部屋に入ることも考えたが、そちらも作業用の足場やシートが組まれていてすでに近付けなくなっていた。
 ナランチャは他人事のような――実際そうなのだが――顔で「ふーん」と言った。そして、
「じゃあ、オレの部屋来る?」
 関心のないような顔のまま尋ねられたお陰で、何を言われたのか一瞬理解出来なかった。
「事務所でひとりで寝る方が広いかもしんないけど、でも風呂も使えるし、着替えも貸せるぜ?」
「……いいんですか?」
「うん」
 ナランチャは「むしろそうしてほしい」と言うように笑みを見せた。その表情は、彼が裏社会の住人であることを微塵も感じさせない。
「ひとりで部屋にいても退屈だし」
 言うや否や、彼は急かすようにジョルノの手を引いた。年上であるはずの彼を見ながら、弟がいたらこんな感じだろうかと思った。無邪気な笑顔に、ジョルノは頷きを返した。
「じゃあ、お邪魔させていただきます」
「うん!」
 「やったぁ」と声を上げるその顔は、窓から見える夕陽よりも眩しかった。

 近くの店で夕食を済ませ、2人は連れ立ってナランチャの部屋へと向かった。独り暮らし向けのあまり広くはないアパートだが、室内は思いの他整頓されていて、窮屈さは感じない。
「風呂入るよな? えーっと、何が要るかな。タオルと、着替えと?」
 プライベートな空間に他人を立ち入らせることを嫌う人間はおそらく一定数いるのだろうが、ナランチャはそのタイプには当て嵌まらないようだ。むしろ、世話を焼くことを楽しんでいるようにも思えた。先輩風を吹かせられるのが嬉しいのだろうか。そんな笑顔を見ていたら、ちょっとした意地悪をしてみたくなった。
「でも、ナランチャの服がぼくに着られるかな?」
 するとナランチャは、予想通りのリアクションを見せた。小さな子供がするように、少し頬を膨らませて、唇を尖らせる。
「ジョルノの方が背高いって言っても、ちょっとだけだろっ。服のサイズなんてそんなに違わないッ」
 ナランチャは拗ねたように顔を背けてしまった。と思ったのはジョルノの勘違いで、彼はただ後ろにあるクローゼットの方を向いただけだった。その中から、上下一組の寝間着を取り出した。
「じゃあいいよ。こっちな」
 咄嗟に両手を出して受け取ると、きちんと畳まれたそれの襟の中に、サイズを示すタグが見えた。ジョルノが日頃着ている服と同じサイズだ。ナランチャの服はもうワンサイズ下かと思っていたが。いや、彼が「こっち」と言ったところを見ると、この部屋には2種類のサイズの衣服が置かれている……? 試しに買ってみたのが大き過ぎたのか? それとも、間違って買ってしまった? きっとどちらも正解ではない。これは、彼自身のための物ではないのだろう。少し大きいサイズのこの寝間着――おそらく他にも何着かあるに違いない――は、ナランチャ以外の“誰か”のための物だ。
「……あの、本当に泊めてもらってもいいんですか?」
 ジョルノが尋ねると、ナランチャは「今更なに?」と言うように首を傾げた。
「……嫌がりませんか?」
「誰が?」
 なんとなく、ずばりその名を口にするのは避けていたが、ここまできたらもう聞くしかないだろう――聞かずにいるつもりなら、中途半端に触れるべきではなかった――。
「フーゴが」
「へっ?」
 ナランチャは瞬きを繰り返した。
「一緒に暮らしているのでは?」
 仕事を終えて、2人が揃って帰って行く姿は珍しくはなかった。朝2人が揃ってやってくることも。食事の相談をしているところもだ。組織に入って日の浅いジョルノの目にも、2人が親密な関係であることはすぐに分かった。「もしかしたら」という予想は、この部屋に招かれてより強くなった。注意深く観察したわけでもないのに、ジョルノの目はすでにナランチャ以外の人間の存在を示す物を複数見付けていた。サイズの違う服。ナランチャの趣味とは思えないような難しそうな本。洗面所に行けば、きっと歯ブラシが2本並んで置かれているだろう。
 ジョルノにやましい気持ちはない。もちろん、ナランチャだってそうだろう。それでも不在の間に勝手に上がり込んだ者がいるとなれば――しかも服まで着られて――、流石にフーゴの気分を害するのではないか。
 しかしナランチャはぷっと吹き出した。
「違う違う。フーゴのアパートはちゃんと別にあるって。時々泊まりに来たり行ったりしてるだけ」
「『だけ』ですか」
 しかも聞いていない『行ったり』も。わざとらしく肩を竦めてみたが、ナランチャがそれに気付いた様子はない。
「この部屋、あんまり広くないし、2人暮らしは無理だって」
 まるで広ければ話は別だとでも言っているように聞こえたが、言った本人は無自覚であるようだ。タオルを差し出しながら、「風呂あっちね」と廊下の奥を指差した。
(……ま、いっか)
 ナランチャが「いい」と言うのだから、ここは素直に泊めてもらおう。これ以上「でも」と言う方が鬱陶しいだろう。後からフーゴに何か言われても、咎められるようなことは何もしていないのだからと平然としていれば良い。
「シャンプーとか、石鹸とか、ある物好きに使っていいから」
「ありがとうございます」
 やはり2本の歯ブラシが並んでいる洗面所を通り過ぎて、ジョルノはバスルームに入った。こちらも部屋の中同様、掃除が行き届いているようだ。ナランチャの性格は大雑把に見えるが、案外しっかりしているということか。それとも、同居はしていなくとも私物を置いたままにしている程度には出入りのある人間の管轄なのか……。
 バスルームにはブロンド用のシャンプーが置かれていた。珍しい物があるなと思いながら、ジョルノは少し笑った。
(“誰か”が持ち込んだのかな?)
 それとも、ブロンドにはこれでなければ駄目なんだと思い込んだ家主が、わざわざ手に入れてきたのか。
(うん、そっちの方がありそうかな)
 後で聞いてみようか。だが、同じ質問をするなら、ナランチャによりも実際にそれを使用しているのであろう人物に尋ねた方が面白いリアクションがありそうだ。

 ジョルノの生まれは、イタリアではない。が、もうこちらの国に来てからの方がずいぶんと長い。イタリア人には頻繁に風呂に入るという習慣がないというのにもすっかり慣れてはいるが、今日の日中は任務で外を走り廻っていたので、汗や埃を洗い流せるのは大変にありがたかった。借りたタオルで体を拭き、借りた服を着てリビングにいるナランチャの許へ向かった。
「ナランチャ、ありがとうございました」
「うん。ドライヤー使う?」
 寒い季節ではなくとも、濡れたままの髪でいたら風邪を引く可能性はゼロではない。それを言うなら、髪なんて濡れていなくとも引く時は引くが。今更遠慮しても意味はないだろうと、ジョルノは素直に貸してもらうことにした。口で説明されてもすぐに分かりそうな場所にあったドライヤーを、ナランチャはわざわざ「これね」と現物を指差して教えてくれた。
 早速コンセントを繋ぎ、電源を入れて髪を乾かし始める。その様子を、ナランチャはじっと見ていた。なんだろうと思って視線を向けても、それに気付いた様子はまるでない。そんなに気になるものがあるというのか。彼の目は真っ直ぐにジョルノの髪の毛に向いている。尋ねてみようと思ったが、ドライヤーの音が煩いので会話は髪を乾かし終わってからにした方が良さそうだと判断する。同じことを考えていたのか、ナランチャはジョルノがコンセントを抜いてドライヤーを元の場所に置いたのとほぼ同時に口を開いた。
「ジョルノの髪って、地毛?」
 それが聞きたくてわざわざ待っていたのか。ドライヤーを使っている最中の誰かに、邪魔するなとでも言われたことがあるのかも知れない。
「染めたり脱色したりしてないのかって意味なら、Si。生まれつきかって意味なら、No」
「なにそれ」
 ナランチャは訝しげな顔をした。
「子供の頃は黒かったんです。でもある日突然この色に」
「そんなことあんの?」
 子供の頃に金髪だったのが、成長するに連れて少しずつ濃い色になっていくとはよく聞くが、ジョルノの場合は真逆だ。が、実際にあったのだから、あるとしか言いようがない。
「黄色いヒヨコがニワトリになったら白くなるみたいなもん?」
 鳥類と一緒にされるのは困る――し、嫌だ――が、ナランチャにしては上手い例えかも知れない。
「髪、触ってもいい?」
 「どうぞ」と応えながら、これは別にやましいことではないよな? とジョルノは心の中で少しだけ呟いた。
 ナランチャは物珍しそうな顔をしながら、ジョルノの髪に触れた。ジョルノはイギリス人と日本人のハーフだ。どちらの血が濃く出ていたとしても、イタリア人とは髪質が違う。ナランチャは乾かしたばかりの金色の髪束が指の間を滑り落ちてゆく感触を楽しんでいるように見えた。
「フーゴの髪も金色っぽいけど、ジョルノのとは結構違うんだな」
 彼は独り言のようにぽつりと言った。フーゴの髪にも、こんな風に触れることがあるのだろう。自分の髪が揺れる度に、いつもと違う――ある意味では他人の――匂いがふわりと漂うのは、なんだか不思議な感じだ。フーゴと比較されるのは別に構いはしないが、フーゴ“を”、自分“と”比べるような発言を本人の目の前でされると、それはちょっと困るなと思った。
「オレも昔、金髪にしてたことあるんだ」
 不意の言葉は、それまでとわずかに口調が違っているように聞こえた。気の所為だろうか。
「そうなんですか」
「うん。1回だけだけどな」
 あまりイメージは付かなかった。彼には今の黒髪が一番似合っているように思えた。継続させなかったところを見ると、本人も自然の色の方が似合うと思ったのだろうか。
「ジョルノの髪が黒かったって、ちょっと想像出来ないけど……」
 探せば写真くらいどこかにあるだろうが、ジョルノはそうとは言わないでおくことにした。わざわざ探してきて見せるのは、なんだか気恥ずかしい。
「黒だろうが金だろうが、その人の本質は変わりませんよ。変えたいなら変えればいいけど、無理に変える必要もないですね」
「オレもそう思う」
 大して深い意味を持たせたつもりはなかった言葉に、思いの他強い頷きを返された。彼の過去に何かあったのだろうか。仮にそうであったとしても、おそらくそれを聞き出すのは自分の役目ではない。その考えが伝わったかのように、ナランチャはいつもと違わぬ子供っぽい表情に戻りながら、「オレもシャワー行ってくる」と宣言するように言った。

 どちらがベッドを使うか――“そういう関係”の者同士ならまだしも、本来一人用であるベッドで2人が寝るには少々狭い――軽くもめた――もとい、譲り合いをした――後、結局家主には従ってもらうと言うナランチャに負けて、ジョルノがそこを使わせてもらうことになった。ナランチャはソファでも大丈夫だと言う。確かに、ジョルノよりもナランチャの方が、ソファからはみ出る面積は少なくて済むだろうが。
「本当にいいんですか」
「いいって。しつこいなぁ」
 たぶん彼は年上と先輩しかいなかったところへ、『年下』と『後輩』どちらの条件も満たすジョルノがやってきたことが嬉しいのだろう。ここは大人しく甘える素振りを見せてやる方が良いか。そんな“大人の対応”を見せながら、ジョルノは「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。
 ジョルノは別段潔癖であるということはない。が、普段他人が“寝ている”――どちらの意味だろう――ベッドを使うというのは、妙な感じだなと思った。今夜無事に寝付くことは出来るだろうか。
 「もう寝る?」と首を斜めにしたナランチャに、気付くとジョルノは全く別の質問をしていた。
「ナランチャとフーゴは」
「ん?」
「付き合っているんですよね?」
 一瞬、きょとんとした表情が返ってきた。そしてそれは、風呂を出てからしばらく経つというのに、ぱっと赤く色付いた。「そういうことになるのかな」と言いながら、彼はへへへと笑った。今更照れるか。ほぼ同じ意味の質問はもうしているつもりだったが。まさか、その辺りを曖昧にしたまま泊まったり泊めたりしているのではないだろうな。大雑把というか、なんというか……。
(イタリア人ってそういうものなんだろうか)
 ふと、ここにはいない仲間――典型的イタリア男――の顔が浮かぶ。
 いや、ナランチャの場合は、他人の目からもそう――2人が恋人同士であるように――見えるというのが、一種の証明のように思えて嬉しいのかも知れない――それが照れに見えるのか――。
(具体的に“どこまで”いっているのかを聞くのは流石にまずいかな)
 案外、ナランチャならなんでもないことのように答えるかも知れない。
(それはなおさらまずいな)
 生々しい話でもされたら困る。
 そんなことを考えていたら、目の前に本人がいるということが意識の外にいっていた。不意に、真っ直ぐ向けられている視線に気付く。
「なんですか?」
 ナランチャは、ぱっと笑顔を見せた。
「大丈夫!」
「はい?」
「がんばれ!」
「……え? 何を?」
「大丈夫大丈夫」
「ちょ、意味が分かりません」
「焦る必要ないし、自信も持って大丈夫だって」
「あの、ナランチャ? 聞いてます?」
「ちゃんとミスタだって――」
「は? ミスタがなんですって?」
 急に会話が噛み合わなくなった。この部屋に頻繁に出入りするような仲の者なら、彼の言わんとしていることが理解出来るのだろうか。そもそも付き合いがまだ長くないからだろうか、ジョルノにはさっぱり分からない。が、謎の上から目線だけはひしひしと感じる。ナランチャはなんの先輩風を吹かせているつもりなんだ?
「じゃ、おやすみ」
 ナランチャはひらひらと手を振った。彼の中では今の会話は完結したことになっているらしい。
 部屋を出て行こうとしたナランチャは、しかしもう一度だけ振り向いて笑顔を見せた。
「ミスタ早く帰ってくるといいな。あ、でも、明日は寮に戻れるんだっけ? でもそんなの黙ってたら分かんないんじゃあないかな?」
 その晩、結局ジョルノはなかなか寝付くことが出来なかった――危惧していたのとは違う理由で――。ナランチャはなんの話をしていたのだろう。分からない。が、突然名前が挙がったミスタの顔を思い浮かべると、妙に落ち着かない気分になった。寝不足にでもなったら、それはミスタの所為だ。八つ当たりをするつもりなら、確かに早く帰ってきてもらえた方が良いなと思いながら、ジョルノは両目を瞑り、眠気がやってくるのを空がうっすらと明るくなってくるまでひたすら待った。


2018,01,18


関連作品:sleepover 〜彼の思うことを〜


もうちょっと百合っぽくしたかったのに駄目だった。
神よ、わたしでは役者不足だったようです(訳:セツさんごめんよー、無理でしたー)
タイトル思い付かなくて、セツさんに考えるの手伝ってもらいました。
感謝ッ!!
<利鳴>

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