ミスジョル 全年齢 フーナラ要素有り


  Sweet Time


 ドアが開閉する音に、ジョルノはその場で小さく跳ねた。この時間帯には誰もいないし、誰もやって来ないと思っていたのに、一体誰がと確認するのよりも早く、声変わり後にしては高い、はしゃいだような声が聞こえてきた。
「なんか甘い匂い!」
 ジョルノはキッチンからを顔を覗かせ、その声の主の名を呼んだ。
「ナランチャ?」
「あ、ジョルノ」
「帰ってきたんですか」
「うん。駄目だった?」
 そう返したナランチャは、憤慨したというよりはただ単純に困惑したような顔をしていた。「いや、そういうわけではなく」とジョルノは首を横へ振る。
「今日は全員外出で、ひとりで留守番だと言われたので、事務所を占拠しようと思っていたんです」
 意図的におどけたような態度を取ってみせたが、果たしてそれは伝わっただろうか。ナランチャは「ふーん」と返してきた。
「ブチャラティとアバッキオは夕方に一回帰ってくるって言ってたぜ」
 それはジョルノも聞いていた。今はまだ『夕方』には遠い時間だ。だからこそ油断していたのだ。
「フーゴとミスタはそのまま帰っていいって言われてたかな? オレは近場だったから、もう終わったんだぜ」
「そうだったんですか」
 ジョルノが聞いたのは「オレとアバッキオは夕方まで戻らない。他の3人にも仕事を言い付けてあるから、ジョルノは留守番を頼む」というブチャラティの言葉だけだった――ジョルノに仕事が当たらなかったのは信頼がないだとか力量が足りていないからだとかではなく、籍を残したままにしてある学校の授業の予定が直前までどうなるか分からなかっただけのことだ――。ちょうど出かけようとしていたタイミングで入れ違いのようにやって来たジョルノに急ぎ気味に伝えた所為で、リーダーの説明は簡略化されたようになってしまったのだろう。それを丸一日誰もいないと思い込んだのは、あるいはジョルノの願望が事実を湾曲させたものだったのか。
「帰って来たらまずかった?」
 再度尋ねる表情は、訝しげに歪んでいた。
「いいえ、全く問題ありません」
 「貴方なら」とは心の中だけで呟く。
「何してたの?」
「ええ、ちょっと」
 ジョルノは視線を奥――ギャングのアジトにしては少々不釣合いかも知れないきちっとしたキッチン――へと向けた。
「……チョコレート作りを」
 そんな言葉が自分の口から出てくるのは――それこそ――釣り合っていない気がして、同時に少々気恥ずかしかった。しかしナランチャはなんとも思わなかったようだ。いや、むしろ室内に漂う甘い匂いの方が気になって仕方ないといったところか。
「ジョルノって、お菓子作りの趣味があったの?」
「そういうわけではないです」
 むしろそんなことはしたことがないと言えるくらいだ。
「ただ今日はバレンタインデーだから」
 その返答に、ナランチャは「そーいえばそうか」と言いつつも、首を傾げている。そうする理由が、ジョルノにはすぐに分かった。
「日本ではバレンタインデーに想い人へチョコレートを贈る習慣があるんですよ。バレンタイン、イコールチョコレートと言っても過言ではないくらいです」
 生まれも育ちも人種もイタリアであるナランチャには、その公式はいまいち理解出来ないものであるらしい――最も、ジョルノとてたまにはイベント事に乗ってみるのも良いかと気紛れを起こしただけで、よくよく考えるとおかしな行事だなとは思うが――。
「贈り物をしあうとかなら分かるけど、なんでチョコ限定?」
 ナランチャはまだ不思議そうな顔をしている。
「チョコを売りたい人がいたから」
「ふーん?」
 納得したのかしていないのか、彼は曖昧な表情のまま首を斜めにする。
「ジョルノはチョコ好きなんだっけ」
「ええ」
 子供染みているだろうかと思いつつも、「好きな物は?」と聞かれれば挙げずにはいられない物のひとつだ。今回の気紛れも、結局は「チョコは好きだし」と思ったのが要因としては大きい。何か特別なエピソードでもあるのかと問われれば、ないと言えないこともない。
 それは、まだ幼かった頃の記憶だ。昔、まだ母の生まれ育った国――バレンタインにチョコレートを贈る風習があるその土地――に住んでいた頃、たまたま機嫌が良かったらしい母が、偶然手元にあったらしい――その日はバレンタインデーではなかったが、気紛れに買ってみたのか、あるいは人から貰った物だったのかも知れない――チョコレートをくれたことがあった。
 幼い頃のジョルノ――当時はまだ違う名前で呼ばれていた――は、普段からお菓子なんて食べさせてもらったことはほとんどなかった。いや、下手をすれば食事さえおざなりにされていた。そんな母がくれた、綺麗な色付きのセロハン紙に包まれたチョコレート。思わず目を丸くしてじっと見詰めていたら、要らないのかと尋ねられて慌てて口の中へ押し込んだ。
 母に関する『いい思い出』は、皆無に等しい――少なくとも今この場でひとつ挙げてみろと言われても無理だ――。それでもその時初めて味わったチョコレートは、間違いなく――それが一時のことであったとしても――ジョルノを幸福な気持ちにさせてくれた――自分の中にもそんな感情が存在するのだということを教えてくれた――。
(……って、ぼくのことはどうでもいいんだ)
 ジョルノはぶんぶんと首を振った。「どうしたの」と尋ねるような目が覗き込んでくる。
「なんでもないです」
 ジョルノは「それよりも」と話題を変えた。
「ナランチャも一緒に作りますか?」
「え?」
 ナランチャは元より大きな目を更に大きく見開いた。続いてその表情が、困惑したように変化する。
「オレ、お菓子作りなんて出来ないぜ」
 「渡したい相手がいない」とは言わなかった――それを知っているからこそ聞いたのだが――。
「簡単な物でいいんですよ。誰も一流パティシエ並みの物なんて期待しません。市販のチョコを溶かして固めるだけとか、そんなのでも充分ですよ」
「……そっか」
 半分は自分への言い訳に近いジョルノの言葉を聞いて、大きな瞳がきらりと輝いたように見えた。
「それなら出来そう!」
 ジョルノがキッチンへ戻ると、弾むような足取りでナランチャもついてきた。
「でも、フーゴ甘い物なんて喜ぶかなぁ?」
 「こーゆーことしたことないしなぁ」と呟く彼は、『誰に贈る用か』を聞かれてもいないのに自ら明かしてしまったことに、気付いてもいないようだ――そもそも隠すつもりもないのかも知れない――。
「大丈夫ですよ」
 ジョルノは微笑んでみせた。
「きっと喜ぶ」
 ナランチャはその様子を想像しようとしているような顔をしている。
「普段しないようなことなら、余計に思い出に残りますよ」
 自分がその例だ。確か、母がくれたチョコレートの包みは、ボロボロになってしまうまで取っておいて、ほぼ毎日眺めていた記憶がある。
「保証します」
 改めて微笑むと、同じ表情が返ってきた。
「ジョルノが言うと、そうだなって思える」
 ナランチャは早速ジョルノの隣に立ち、調理台へと向かった。
「えっと、チョコ溶かして固めるんだっけ?」
 すでにチョコレートは目の前にあるボウルの中で液体の形をしている。部屋に漂う甘い匂いはそのためだ。
「それでもいいんですけど」
 調理台の上にはその他に、果物や菓子、トッピング用に細かく砕かれたナッツ類が置いてある。さらにはプラスチックで出来たピック。
「これに果物やマシュマロを刺して、チョコを付けて固めようかなと思ってます」
 溶かして固めるだけのと大差ないが、それでもなんとなく見栄えがするように思えるので、こちらの方が“お得”だ。
「へぇ……」
 よくそんなことを思い付くものだと感心するように、ナランチャは息を吐いた。
「どれにします?」
「先に選んでいいの?」
「ええ、どうぞ」
「じゃあ……」
 「これにする」と言ってナランチャが選んだのは、真っ赤な苺だった。ジョルノは心の中で「なるほど」と呟く。ちゃんと相手のことを考えて選んでいる。本人の口から直接聞いたことはないが、それは間違いなくナランチャの想い人の好きな物であるだろう――そうでもないとそれを模した形のアクセサリを身に付けはしないだろう――。
 特に形が整っている物を選んで水で洗い、ヘタを切り落とす――ナランチャが戦闘用の自前のナイフで切ろうとしたので「ちゃんと包丁ありますから」とやめさせた――。それをピックに刺して、溶けたチョコレートに浸す。後は乾くのを待つだけだ。なんて簡単なんだろう。それでもナランチャは満足そうな顔をしている。それを見ていると、「大切なのは気持ちだ」という言葉を素直な気持ちで――言い訳なんかではなく――口に出来るように思えた。
「ジョルノは? 何にする?」
「そうですね、じゃあ、これにします」
 同じ物にするのはなんとなく避けてしまった。ジョルノが選んだのはカットしたバナナと、少し大きめのマシュマロだ。1本のピックに両方を刺し、チョコレートに浸してさらに上からナッツもまぶしてみた。やはり簡単。それでいながら可愛らしい。自分にも、贈るつもりの相手にも似合っていない。
(でもそれが面白いじゃあないか)
 たまにはそんなことがあっても良い。「似合わねー!」とでも言いながら笑う顔が見られれば、それで充分だ。
「1つじゃあ少ないよな。4つくらいにする?」
「もう少しあった方がいんじゃあないですか?」
 「4は不吉な数字だから」とは言わずに、
「君も食べるでしょう?」
「そっか!」
 結局ナランチャは、倍の8個にしようとして、キリ良く10個にすることにしたようだ。そして途中で飽きたのか、それとも途中で飽きられると思ったのか、半分は苺からオレンジコンフィ――手作りではなく既製品――に変更されたようだ。たぶん、自分が食べたい物を選んだのだろうが、5個ずつでは2人で分け難くなってしまっていることには気付いていないらしい。まあ、きっとナランチャが多く食べたい方をフーゴが譲ってくれるのだろうと思い、ジョルノは指摘しないでおくことにした。
 固まるのを待つ間に、残ったチョコレートを温めた牛乳で溶かしてマグカップに入れてやると、ナランチャは子供のように喜んだ。残ってしまった材料も、2人掛かりで胃袋へと“片付け”た。その他の道具も片付けながら、「喜んでもらえるといーな」とナランチャが言ったのは、自分の想い人のことか、あるいはジョルノのそれなのかは分からなかった。
 どうでもいいような話をしている内に、いつの間にか外は暗くなりかけていた。この時期の日の入りはまだ少々早い。それでも、チョコレートはすっかり固まっていた。それ等をひとつずつラッピング用のセロハン紙で包んで、カラフルな針金でとめれば完成だ。作業時間よりもおそらく待ち時間と片付けに掛かった時間の方が長い。だが気持ちはきちんと篭っている。はずだ。
「出来たぁ!」
 無邪気な笑顔で自分の作品を見詰めるナランチャは、その可愛らしいアイテムが2つ年上とは思えないほど似合っている。その姿を見るだけで、思わずジョルノも微笑んでいた。
「早速渡しに行ってくる!」
 言うや否や、ナランチャはもう椅子から立ち上がっている。
「フーゴ、もう帰ってるんですか?」
 確か直帰の予定だと言っていたそうだが、それは帰りが遅い時間になるから事務所には立ち寄らなくて良いという意味ではないのか。
「まだかもだけど、近くまでは来てるかもしんないだろ? 迎えに行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
 笑いながら見送ると、丁度入れ違うようにミスタが姿を見せた。
「よう」
 彼は軽く手を上げた。
「お帰りなさい。そのまま帰るんではなかったんですか?」
「思ったより早く終わったんでな」
 ミスタはそう言いながらすんすんと鼻を鳴らした。
「なんかここ甘い匂いしねーか? 何してた?」
「バレンタインのチョコレート作りを」
「バレンタインにチョコ?」
 ナランチャの時とほぼ同じリアクションだった。
「日本式です」
「へえ」
 納得したのか否か、そして関心があるのかどうか、いまいち分からない反応だった。
「そういやぁ今ナランチャとすれ違ったけど」
 「何を急いでいたんだろう」と視線がドアの方を向くが、その姿はもうとっくに消えている。
「ええ。彼も一緒に」
「ふーん」
 不意に、ミスタは悪ガキのような笑みを浮かべた。
「なーんだ。なんか出鱈目なこと吹き込んで、からかってやろうと思ってたのによぉ」
「暇な人ですね」
「まーな。あいつすぐ信じるから面白くて」
 この男も、時々年上には見えなくなる。そんなことを考えながら、ジョルノはナランチャの分を優先したがためにまだラッピングの途中だったバナナとマシュマロの串刺しチョコレート――改めて『手作りチョコ』と呼ぶのは図々しい気がした――を差し出した。
「はい」
「ん?」
「あげます」
「マジ?」
「ぼくが自分用に作っていると思ったんですか?」
 ミスタは少し笑うと、しかしそれを受け取ることはせず、ジョルノに持たせたままの状態でぱくりと食い付いた。そして、
「甘い」
「チョコはビターの物にしたんですが」
 チョコにコーティングされている果物と菓子は間違いなく甘いだろう。
「口に合いませんでしたか」
「いや、美味いぜ」
 お世辞でもなんでもなく、ミスタは素直にそう言っているようだ。テーブルの上に置いてある2つ目を断りもせずに口に運ぶ。「似合わない」とは言わないつもりらしい。
「大したもんじゃあねーか」
「溶かして固めただけです」
 何かを隠すように、口からは弁解染みた言葉が出てきた。真顔で感想を言われるとは思っていなかったので、どうにも調子が狂ってしまう。
「まだあるんで、お好きなだけどうぞ」
 ミスタの目が再びテーブルの上へ向く。
「これ全部?」
 「こんなにいいのか?」と聞かれているのか、「多過ぎる」と言われているのかは、ミスタの顔から目を逸らせていたジョルノには分からない。
「余ったらぼくが食べます」
 本当はさっき食べた残りの材料がまだ胃の中に残っているが。
 たぶん、ナランチャなら最初から「一緒に食べよう」と言っているのだろうなと思った。材料を分けてやった礼の代わりに、渡す時のセリフを考えるのを手伝ってもらえば良かっただろうか。
「あ、それから、こっちはピストルズの分です」
 先にラッピングを終えてあったそれは、バナナはなしでマシュマロだけにし、チョコレートを付ける面積も半分だけに減らし、残った白い部分にピックの先をペン代わりにチョコレートで顔を描いてある。ひとつひとつ違う表情をしているそれは、ピストルズ達に似せたつもりだ。
「マジデ!?」
「オレ達ノ分モ!?」
「ヤッタアァッ!!」
 勝手に出てきたミスタのスタンドが、嬉しそうに辺りを飛び廻った。それぞれ自分と同じ顔をしている物を見付け出すと、「コレダ!」と言いながら光に翳すように高々と掲げた。
「お前器用だな」
「簡単ですよ」
 ジョルノが言うと、ミスタは口に咥えていたピックを手に持ち替えて、にやりと笑った。
「それにしても、オレとピストルズが同じ扱いってこたぁねーよな?」
 体の小さいピストルズ達にしてみると、マシュマロひとつでも大きいくらいである。本人の体長との比率のみ見れば、ミスタ自身よりも彼のスタンドへの贈り物の方が豪華だと考えられるかも知れない。スタンド=本人であると言っても過言ではないと言うのに、「それで済ますなんてことはないよな?」と、ミスタはわざとらしく首を傾けた。言葉にしないまま、“他のもの”を要求するつもりらしい。
「オレの分は顔描いてないしなー」
「描いて欲しかったんですか?」
 真顔で返してやると、ミスタはくつくつと笑った。
「いや、オレは“こっち”の方がいい」
 そう言うなり、彼はピックを投げ捨てた手を伸ばしてジョルノの顎に触れた。床にゴミを捨てるなと言うより先に、その唇は塞がれていた。ミスタの唇に残るチョコレートの味は、やはり少しビターだった。しかし、
「甘い」
 ミスタの肩に両腕を廻しながら、ジョルノはそう言った。
「好きだろ?」
 ミスタのセリフには主語がなかった。甘い物のことを言っているのか、もっと限定してチョコレートのことなのか、それとも……。
「ええ」
 ジョルノはその解答を求めなかった。何であっても、リアクションは変わらないのだから。
「好きですよ」
 今度は自分から口付けを捧げた。


2018,02,14


関連作品:ビアンコアンジョルノ(雪架作)


書き終えてからこれもうそろそろブチャラティ達帰ってくるなと思い出しました(=忘れてました)。
いちゃつくなら帰ってからやるべきだった。
<利鳴>

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