陣凍小説を時系列順に読む


  gleam


 時刻は真夜中、空には厚い雲が立ち込めているが、彼らが其れまでいた場所と――魔界の闇と比べると随分と明るく感じる。ここは人間界。暗黒武術会の会場がある島。
「ふん、こんな場所で『暗黒』武術会とはな、笑わせる」
 何に対してなのか、吏将は嘲笑するように言った。
「でも光なんて全然見えないべ」
「今は夜だからな。天候も悪い。月も星も雲の向こうだ」
 陣は空を見上げた。
「じゃあ雲の上に出れば光が見えるだか? オレ、ちょっと行って見てくるだ」
 言うや否や、風が巻き起こり陣の体は地面を離れた。
「わざわざ見にいかねーでも雲がなけりゃあ見れるんだろ? 大会中に1回くらいは晴れるだろーよ。こんな所で無駄足食ってねーで、さっさと行こうぜ」
 爆拳が抗議する。確かに、選手が宿泊するホテルはまだ先だ。
「だったら爆は先に行ってればいいだ」
 言うと陣はさっさと飛んでいってしまった。
 暫く待っていると、然程時間をかけずに陣は戻ってきた。それも、猛スピードで。
「すっげーんだ! ぐるっと全部ぴっかぴか光ってて! あれが『ほし』だな!? んで、でっかいのが『つき』だ!!」
 初めて見る人間界の夜空に、興奮を押さえることができないようだ。ぴんと立った耳をぴくぴくさせながら、陣は一気に捲くし立てた。
「オレ、もっぺん見てくるだ!」
 宙に浮くと同時に、陣は凍矢の腕を掴んだ。
「凍矢も行こうっ」
「え?」
「凍矢にも見せてやるっち!」
 あまり長い時間を潰すのはどうかと凍矢が戸惑っていると、
「おい、凍矢だけかよッ?」
 爆拳がくってかかるように言った。
「おめーなんか連れてたら重すぎて飛べねーだ。見たけりゃ晴れんの待てばいーべ。大会中に1回くらいは晴れんだ」
 陣は「べぇ」っと舌を出した。
「な、行こうっ」
 陣はもう一度言うと、返事も待たずに凍矢の体を抱え上げ、一気に上空目掛けて飛び出した。
「わっ、ちょ……、陣ッ!?」
「おめーらは先に行っててくんろ〜っ」
「お、おいッ、陣ッ!! ……あ〜あ、あの馬鹿、行っちまいやがった。いいのか吏将!? 陣のヤローに好き勝手させて!?」
「大丈夫さ」
 静かに答えたのは画魔だ。
「あいつらも試合の時間と場所はわかっている筈だ。遅れるような真似はしないだろう」
 しかし爆拳は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「どーかなっ。凍矢は兎も角、陣のヤローはわかんねーぜっ」
「なら、あいつが1人で行ったのではなく、凍矢も連れて行ったことを幸いに思うのだな。嫉妬はみっともないぞ」
「なッ……!? だ、誰が嫉妬なんかしてるってよ!?」
「おや、違ったか?」
「おい」
 今にも画魔に掴みかかりそうな爆拳を制し、吏将は森の奥を指した。
「さっさと行くぞ、あいつらが戻ってこなかったらその時はその時だ」
「必ず来るさ」
 吏将のあとに続きながら、画魔は誰にともなく呟いた。
(この中で、誰よりも強く『光』を望んでいるのはおそらくあの2人――特に凍矢だ。『光』を手に入れるための大切な試合を忘れるとは思えない。陣も、……あの男のことだ、おそらく自分でも気付かずに無意識のうちにそうしているのだろうが、自然と凍矢の望むように行動している節がある。先程半ば強引に連れ出したのも、凍矢が心の底から光を望んでいる事を、やはり無意識のうちに感じ取ってのことなのだろう)
 画魔は空を見上げた。
(お前達なら大丈夫だ。試合に間に合うということだけではなく、その先もな)

 凍矢を抱えたまま、陣は速度を上げながら上空を目指している。
 先程から凍矢が何か喚いていることに気付いてはいたが、周りを取り巻く風の音に掻き消されてよく聞き取れない。
「じ……んッ!! と、まれ……ッ!!」
「なぁんか言っただかぁ?」
「さ……き、から言っ……てる! と、ま、れ!!」
 凍矢に服を引っ張られ、陣はようやく空中で停止した。
「ナンだ? どーかしただか?」
「お前な……ッ」
 凍矢は思い切り陣を睨み上げた。
「こんなにスピード出してっ、呼吸が出来ないだろーがッ! そうでなくても空気は薄くなるし、気圧だって変わるんだぞ!!」
 陣は「ん〜?」と首を傾げたが、唐突に明るい顔になって、
「オラぁ、むっずかしいことわっかんないだぁ」
 再び一気に加速した。
「おいっ、陣ンッ!!」
 半分悲鳴のような凍矢の声は、再び風に掻き消された。

 流石の陣でも息苦しくなったのか、気圧の変化で耳でも痛くなったのか、はたまた一気に力を使いすぎたのか、今はゆっくりと雲の中を飛んでいる。
「大丈夫だか?」
 尋ねると凍矢は「今更」と言いたげに、それでも頷いた。
「ごめんなぁ、オレすぐ調子に乗っちまうだよ」
「わかっているならもう少しなんとかするように努めることだな」
 言われて陣はハハっと笑った。
「でも、どうしても凍矢に早く見せたかっただよ」
「……」
「凍矢?」
「その言い方は卑怯だな」
 凍矢はふいっと顔を背けた。
「?」
「言い返すことができなくなる」
 そっぽを向いてしまった凍矢の顔は、陣からは見えない。それでも凍矢がどんな表情をしているかは想像でき、陣は笑った。
 間もなく、2人は雲の上に出た。突然目の前が雲とは違った白さに覆われる。その眩しさに、凍矢は思わず目を閉じた。それでも何とか片目だけを開くと、そこに広がっていたのは見渡す限りの星空と、大きな満月だった。其の光景に、凍矢は思わず言葉を失った。
「なっ? すげーべっ?」
 陣がはしゃぐように言う。
「ああ……すごい……」
 言い乍ら、凍矢は小さく体を振るわせた。それは彼を抱えている陣にも伝わってきた。
「寒いだか?」
 少し心配そうに陣が尋ねる。すると凍矢はくすりと笑った。
「誰に向かって言ってるんだ?」
「いや、そーだけど……」
 呪氷使いである凍矢が寒さに弱いはずがない。
「じゃあ?」
「そうじゃなくて……何と言うか…………、すごい……な。どう言えば良いか……わからないが…………」
「んー、『感動』?」
 陣が答えると、凍矢はふっと笑った。
「稚拙で単純だが……、それが1番良さそうだな」
 その感情は、余計な言葉で飾り付けたいようなものではなく、もっと単純で、純粋で、素直な気持ち……。やはり、陣の言葉が1番相応しく思える。
「鳥肌が立つくらい?」
 陣がにっと笑って言った。それに対し、凍矢はやや照れたような顔をした。
 2人は暫く何も言わずに、静かな夜空を見詰めていた。聞こえてくるのは風の音だけ。
「この世界には、もっと色んな物があるんだべ?」
 陣が尋ねる。
「ああ。それを手に入れるための戦いだ」
「……」
「陣、どうかしたか?」
「……オレ達の『望み』は勿論『光』を手に入れることだって、わかってんだ。でもオレ、ホント言うともう1つだけ『望み』があるだよ」
「もう1つ?」
 初耳だった。
「オレ、この世界の色んな物を見て回りたいだ」
 「お前らしいな」と凍矢が笑う。
「あっちこっち飛び回って、色んなもん見んだ。そんで……」
 僅かに口篭る。陣がものをはっきり言わないとはなんとも珍しい。
「陣?」
「色んな物……凍矢にも見せてやりたいだ」
 陣の言葉に、凍矢は目を見開いた。
「凍矢と一緒に、世界中飛び回って、色んな物見て、そーやって旅していきたいだっ」
「陣……」
「この『望み』は、凍矢さえ『いい』って言ってくれたら、大会は関係なしに叶うかも知れないだ。……凍矢さえいいなら…………」
 陣は真剣な表情で凍矢の目をじっと見詰めた。凍矢も、真っ直ぐに陣を見上げている。黙ったまま、流れた時間が長かったのか、それともほんの一瞬だったのか……。凍矢の表情がふっと和らぐ。
「そう……だな。……悪くない」
 素直ではない凍矢の言葉。何故陣のように自分の気持ちを真っ直ぐにぶつけることが出来ないのだろうかと、凍矢は少し歯痒く思った。
 それでも陣には充分だったらしい。
「やったぁーっ!!」
 陣は両手をぱっと上げて喜んだ。その手は今迄凍矢を抱えていたのだから、当然支えを失った凍矢は心底慌てた。勿論凍矢も自分で掴まってはいたが、はっきり言って思い切り油断していた。だが普通いきなり両手を離されるとは思わないだろうから無理もない。
 何とか間一髪、凍矢は陣の首にしがみついて落下を免れた。しがみついた拍子に陣の首を絞めたようだが、危険度は何と言っても凍矢がやられたそれの方が高い。
「ぐえっ、苦しッ」
「陣ンンンッ!!」
「あわわっ、すまねーだっ」
「お前なあっ! 『一緒に』とか言っておきながら隙を見てオレを亡き者にしようとしてるんじゃないだろうなっ!?」
「ごめんってばっ、もうしねーからっ」
「当たり前だっ」
 陣は再度凍矢を抱えなおした。
「ったく……」
「…………」
「……?」
 凍矢は陣が自分のことを凝視していることに気付いた。
「なんだ」
「いや……」
 少し困ったような陣の顔が、僅かに赤くなっているように見えた。
「?」
「……いつまでそうやってしがみついてんだべかと思って…………」
 今はきちんと陣が支えているにも関わらず、凍矢は陣の首に回した腕を依然解いていない。
 月光に照らされていつもに増して白く見える凍矢の頬に、薄紅色が注す。
「お、お前はいい加減だからな。いつ同じ事をしでかすか分からんっ。下に降りるまでは……念のためだっ」
 どっちみち、帰る頃には離さなければならない。そうでなければ、きっと爆拳あたりにからかわれるから。
「……そろそろ戻った方がいいかな」
 照れ臭さを紛らわすように、凍矢は下を見乍ら言った。つられて陣も見下ろすが、足元には厚い雲があるだけで地上は見えない。
 あまり遅くなっては、他の連中に心配はされなくても文句くらいは言われるかも知れない。
「そっかぁ、残念だべ」
「一気に降りるなよ」
 凍矢が釘を刺す。
「わかってるって。大丈夫だべ」
 ゆっくりと降下を始める。少しゆっくり過ぎるくらいだ。戻るのに余計な時間がかかってしまいそうな程。だが凍矢はなんの文句も言わなかった。
「ホントは『たいよう』も見たかっただよ」
 日の出まではまだだいぶ時間がある。
「まだ機会はあるさ。1度に全て見なくても、少しずつでいいじゃないか」
「それもそーだな」
(それに――)
 と凍矢は思う。
(それに、オレのそばにはもう光があるから……)
 陣の顔を見上げる。
(それはたぶん、この世界全てを照らす太陽よりも、ずっと明るくて、暖かい)
「? オレの顔になんかついてるだか?」
「何でもない」
「?」
 やはり素直ではない。
 それでも、いつか言える気がした。光の中でなら、変わっていけるような気がした。
 だから今は、伝える代わりに、陣の胸にそっと頭を預けた。


2005,08,16


関連作品:together


どうもわたしが二次創作をやるとバカップル化してしまう傾向にあるようです。
そんなわたしが中学時代に友人に貰った名前は「ギャグラブ専門家」。
今では殆どギャグは書いてないと思いますが……。
あ、でも絵とかだったらつい受けを狙ってしまいますね。
やっぱりわたしはお笑いなのか……。
勢いだけで書いたので誤字脱字がひどいかも知れません。
漢字になってるところとなってないところとかもたくさんありそうだ。
わたしの中で、凍矢は魔性使いTのアイドルです(笑)。
タイトルは凍矢のキャラソンの曲名まんまです。
だって思いつかなくて……(泣)。
<利鳴>
相方の底力を知った思いです。
セツ、てっきり貴女はホラー書きだとばかり…。
疲れた時に必要な糖分が此処に有りました。元気になれました。
アレですよね、ニヤニヤしてくる甘さですよね。
…所で、何時もより漢字率高く有りませんか?
<雪架>

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