陣凍小説を時系列順に読む


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  together


 様々な想いを残して――、暗黒武術会は浦飯チームの勝利で幕を閉じた。恐らく大会は今後2度と開かれる事はないだろう。大会本部の人間は全員死んだ。
 彼等――陣と凍矢は小高い丘の上に立っていた。足元は断崖のようになっていて、眼下には海が広がっている。
「終わっちまっただなぁ」
「ああ」
 2人は揃って水平線を眺めた。島の東側に位置するこの場所からは、きっと夜明けには何ものにも遮られる事のない眩い朝日が見えるだろう。
「ここなら、きっと画魔喜ぶだな?」
「ああ……」
 肩越しに振り返る。その先には、簡単な物ではあるが2人で作った画魔の墓がある。朝日を臨む丘の上――光を求め、命をかけて闘った戦士が眠るには、これ以上相応しい場所はないように思えた。
「『光の中で永久(とわ)に眠れ』……と言ったところか?」
 不意に投げかけられた声に、2人は反射的に身構えながら振り返った。
「あ」
 そこにいたのは、いつの間にやってきたのか、吏将だった。
「なんだ、吏将か」
 吏将の唇にはどこか皮肉めいた笑みが張り付いている。それが気に入らなくて、陣は僅かに不機嫌そうな顔をした。
「何か用だか?」
「まあな」
 吏将は彼等の正面に立ち、2人を交互に見た。
「お前等はこれからどうするつもりだ?」
「どう……って?」
 陣が尋ねると、吏将は眉を顰めて笑った。
「知りたそうだから教えてやろう。オレは魔界へ戻るぞ」
「だがそう簡単に戻れるか?」
 彼等は忍の掟を破って人間界へやってきたのだ。
「当然里の連中はオレ達を探しているだろう。裏切り者を始末する為にな。たとえ反省の色を見せたところで、認められずに処刑されるのではないか?」
 裏切り者には死を。それが彼等の掟だった。
「凍矢、お前なら簡単に考え付くと思ったがな。余程他のことで頭がいっぱいか?」
「なにッ」
 吏将の嘲笑するような口調に、凍矢は怒りの表情を見せた。
「考えてもみろ。オレ達全員を処刑することが、果たして連中の得になるかどうか……」
「……? どーゆーことだ?」
 陣が首を傾げる。吏将は「そんなこともわからないのか」とでも言うように顔を歪ませた。
「一度に5人も使い手を失えば、組織にとっては大きな痛手だ。にも関わらず、自ら戻ってきた者を殺すようなことをすると思うか? ましてや――」
 吏将の視線は陣達の後方足元へと移動した。その先に何があるのかは振り返らずとも分かっている。『それ』は自分達が作ったのだ。
「化粧使いの術は途絶えた。完全にな」
 その使い手、画魔の死によって。永遠に。
「そうと知れば尚更、組織としては他の力は確保したいと考えるのが普通だろう」
「成る程な」
 凍矢が頷いた。
「失う物は最小限に……。そのためには多少の反逆行為には目を瞑ろうというわけか」
「理解したか?」
 凍矢は「まあな」と再び頷いた。
「なら――」
「だが」
 吏将の言葉を遮って、凍矢は鋭い視線を投げつけた。
「お前の言い方は画魔の死を好機ととっているように聞こえるな」
「おや、気に障ったか?」
「貴様ッ……」
 凍矢の感情がどんどん高まっていくのが隣にいる陣にもはっきりと分かった。普段はあまり感情を表に出さない凍矢がそれ程までに怒っているのだ。吏将は踏み込んではいけないところまで踏みにじった。
 しかし吏将はそんな状況を楽しんでいるかのように見える。
「お前の言っていることは理解できる、正しいとも思う。恐らくそれが1番利口な選択だろう。だが、オレはもう何もなかったかのように元のオレに戻ることはできない」
 元の彼とは違う何かを手にしてしまったから。あるいは、何かを失ってしまったから。
 僅かな時間ではあるが、緊迫した空気があたりを支配する。
「処罰なしで受け入れられるというのは今すぐ戻るということが前提だ。あとから考えを改めたところでどうにもできん。それも理解しているか?」
「無論だ。元より考えを改めるつもりはない。なによりも、貴様について行く気もはじめからない」
 辺りの空気が一層張り詰める。
「本当にできると思ったか? 忍をやめ、表の世界で生きることが? お前が? 誰よりも濃い闇を持つお前がッ?」
「!!」
「吏将!! てめぇッ……!」
 吏将の嫌味めいた口調と、その発言に、陣はとうとう我慢できなくなって、気が付いたら吏将の胸倉を掴み上げていた。だが吏将は涼しい顔をしている。
「事実を述べたまでだ」
「なんだとッ」
「気付いていないわけではないだろう? 『土使い』『風使い』『化粧使い』『霧使い』。何故凍矢の力だけ『氷使い』ではないのか……」
「!!」
 呪氷使い。決して融けることのない呪いの氷。呪われた運命。逃れられぬ定め……。
 凍矢は俯いて何も言わない。その代わりのように、陣は吏将の胸倉を掴む力を強めた。
「それ以上その薄汚ねぇ口きいてみろ」
 だが吏将は続ける。
「闇に呪われたお前が、光の中で生きられると思うか?」
「やめろ」
「お前は賢い。本当は誰よりも理解しているのではないか?」
「黙れっ」
「無理を通せばお前自身の手で、光を消し去るだろうな」
「やめろ!」
「馬鹿げた夢のために命を捨てた、画魔のようにな」
「黙れッ!!」
「はっきり言おう。画魔はお前のために死んだ。お前が殺した!」
「黙れえぇぇぇぇぇッ!!」
 陣は吏将を殴り飛ばした。しかし吏将はくるりと体勢を立て直し、両足で着地した。
「ふん、まだ回復しきっていないようだな? 今のは全力か?」
 たしかに、陣本人が思っていた程の力は出なかった。思ったよりも大会で受けたダメージが大きかったようだ。だが、
「本調子じゃないのはそっちだって一緒だべ」
「その通りだな」
 吏将はふっと笑うと、近くの木の上にひらりと飛び乗った。陣のように風を操って飛行することはできなくても、流石忍と言ったところか。その程度の跳躍力は持っているようだ。
「確かにこの状態では不利だろうな。だから今は退こう」
「逃げるだか!?」
「逃げる?」
 吏将はくっくと笑った。
「それはお前達だろう?」
 吏将は「一応聞いておくが」と続けた。
「その様子だと、陣、お前も戻るつもりはないな?」
「ない」
 陣はきっぱりと言い放った。
「いいだろう。今晩、この島を発つ。オレと共にこなかった者は、裏切り者として組織に報告する。『元』同郷の情けだ。今ここで始末することはやめておいてやる。オレが魔界に戻り、お前等の抹殺を命じられるまではな」
 吏将は陣達からは離れた地面に着地した。
「それまで、精々光の世界を楽しむがいい」
 不適な笑みを残して、吏将は姿を消した。
「いいのか、陣?」
 吏将の気配が完全に消えてから、凍矢が尋ねてきた。
「いいだ。オレ、あいつさ嫌いだ」
 陣の子供のような口調に、凍矢は思わず笑いそうになった。
「お前は1番魔忍らしくなかったな」
「そうだか?」
 陣は首をかしげた。
「昔からな。明るくて、素直で、自由で……」
「いやー、なんか照れんべ」
 そう言って頭をかく仕草も、なにもかもが闇に閉ざされた魔界の住人には似つかわしくない。
「だから……」
 凍矢の手がすっと伸びてきて、陣の頬に触れた。呪氷使いの性質上それが普通なのだろうが、凍矢の手はいつもひんやりと冷たい。
「凍矢?」
 陣は凍矢の目の中に自分の顔が映っているのを見た。それ程までに凍矢の目は真っ直ぐに陣の方を見ている。
 触れてきた時と同じ様に、すっと手が離れる。陣は何故かその手を追いたい衝動に駆られた。「離してはいけない」。そんな気がしたのだ。
 しかしそれを拒むように凍矢は告げた。
「『サヨナラ』……だ」
 何を言われたのか分からなかった。凍矢の言葉が理解できぬまま頭の中から抜け出ていく。その瞬間、陣は全てが止まってしまったかのように思えた。風の音も、鳥の鳴き声も耳に届かなくなり、周りの景色も目には入っていない。口の中が異様に渇いて、喉が張り付いてしまったかのようだ。
「なん……で?」
 漸く出た声は酷く掠れていて震えていた。
「オレは光を飲み込んでしまうから」
 そう言った凍矢の顔は、やけに無表情で、声にも抑揚がない。陣は凍矢のそんな様子を過去にも見たことがある。2人がまだ幼い頃、陣が初めて見た凍矢は、欠片程の感情も表に出さない恐ろしく冷たい目をした子供だった。その頃の陣は、ずっと凍矢と友達になりたいと思っていた。だが凍矢は、他人に気を許すことを拒んでいた。それは凍矢の師が洗脳とさえ呼べる程に強く定めた教えだった。「お前は闇の氷」「光を求めてはいけない」「温もりを求めてはいけない」……。それが時間が経つに連れ、少しずつ……、氷が融けるように少しずつ、自分の感情を外に出すようになっていった。やがて陣の目の前で笑うようにまでなったのだ。それなのに……。
「なんでそんなこと言うだ!? 吏将の言うことなんて出鱈目だ!!」
「いいんだ、陣」
「!」
「もう……、いいんだ」
 凍矢の声は微かに震えていた。それは、今の彼が昔の心を閉ざした彼ではないということの証明……。だが、このまま別れてしまったら、然程の時間もかけずに凍矢は再び闇の中に己の感情全てを沈めてしまうだろう。恐らく、今度は永遠に。陣はそのことを悟っていた。それはとめなければならない。なによりも、彼と離れるつもりはない。
「絶対に嫌だ」
 陣は凍矢の肩を掴んで引き寄せた。そのまま強く抱き締める。
「約束したべ。一緒に世界見に行こうって……」
「オレは全てを呪う闇だから……。最初から間違っていたんだ。光なんか求めてはいけなかったのに……。ずっと……、闇の氷で心を閉ざして……」
 それが呪氷使いである自分への呪い。途中まではうまくいっていたはずだ。その呪いを、誰かが解いてしまった。厚い氷を融かして、彼を外へ引き摺り出してしまった者がいる。光への憧れを持たせてしまった者がいる。それはたぶん、本来ならば光の世界にあるべき存在だったのだ。闇らしからぬ闇。闇の中の光――。
「オレが表の世界に行きたいなんて言い出さなければ、画魔は……。きっとお前も、いつか……、傷付けてしまう……」
「でも画魔はきっとそんな風に凍矢に闇の中に閉じ篭ってほしくて戦ったんじゃない」
「……」
「オレだってそうだべ」
 俯いた顔は見えないが、凍矢の肩が僅かに震えているのがわかった。
 陣は冷たい凍矢の身体を温めるように両腕で包み込んだ。
「オレ、負けないだ」
 陣はきっぱりと言った。
「もし本当に吏将が言ったみたいに凍矢が光を飲み込んじまうなら、オレはそれに負けないくらい強い光になるっ」
「……」
「そんで、逆に闇なんか消してやる」
 そのためなら、いくらでも強くなろう。今度は、自分の為ではなく凍矢の為に光を求めよう。
「絶対に離さないだ」
 凍矢は何も答えない。が、返事の代わりのように、陣の胸に身体を預けてきた。
「やっぱり、魔忍らしくない……」
 凍矢が小さく言った。その声は若干笑っているように聞こえた。
「だってもうやめたから」
 陣はにっと笑った。
「それに凍矢だって」
 光に包まれた闇は、もう闇ではない。太陽に照らされて、月が輝くように。そして月光は、新たに地上を照らす。同じ様に、きっと彼等も――。
『お前達なら大丈夫だ』
 陣は風に乗って、そんな声を聞いた気がした。
(……画魔?)
 心の中で問いかける陣の言葉に、答える声はない。ただ風が――すっかり温かくなった春の風が吹き抜けていった。


2005,10,31


関連作品:守りたいと願うもの


一応続きなつもりです。
またこうやって原作での出番の隙間を埋めていくみたいに話書いていきたいと思っております。
まあ、それはいいんで・す・がッ、やっぱりバカップルぅー!!
最近気付いたことですが、わたしの書く二次小説は、必ず一人は抱擁好きがいるような気がします(笑)。
因みに前回、セツさんに漢字多いとの指摘を頂きましたが、確かに多かったかも。
あれ書いてたころ丁度オリジナルでホラー書いてまして、ホラーで平仮名ばっかりだと怖さ半減かなと思って漢字率あげてたんです。
そしたらわたしにはないけどパソコンにはある学習機能の所為であんなことに……。
相変わらず最後が適当な気がしてなりません。
誰か綺麗な終わり方を教えて下さい。
<利鳴>
幽白小説書きたいと言っていたけれど、まさか続きが来るとはで嬉しいです。
ほのぼのだなぁ…終わり方、セツはとても好きですよー。
個人的には前作読んでない状況でも読んでみたい気が。
前のを知らなかったらどう思ったんだろう自分、なんて考えました。
…って言うか、本当ラヴラヴだね此の子達。素敵。
<雪架>

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