陣凍小説を時系列順に読む


※はじめに
“まさにその場面”な描写はほとんどありませんが、モブ(複数)×凍矢の、俗に言うモブレネタとなっております。
 他の話に続いていることを前提としていますが、それがなければ救いはほぼありません。
 陣凍要素もありません(が、同じ時系列に組み込みたかったので同じページにまとめています)。
 また、いくつかの捏造設定及びオリジナルのキャラクターが出てきます。
 それらが受け付けられないという方は当作品の閲覧はご遠慮ください。


  該当メモリー:ゼロ件


 凍矢は異変を感じ取り、周囲に意識を張り巡らせた。音だろうか、においだろうか。あるいは温度、もしくは視線。「これだ」とはっきり示すことが出来ないほどのささやかな違和感が、彼にその存在を知らせていた。傍らにある滝の音、そして水と空気の動きが邪魔をして、その気配がどこから近付いてきているのか探り難い。それでも彼は、“それ”が目視出来る距離にやってくる前に、その方向を見付けることに成功した。
 草を掻き分けながら歩いているらしき人物が、おそらく3人。師ではない。師は誰かと連れ立って歩くこと等しない――凍矢の他には――。そもそも、任務に出ている師が帰ってくるには、まだ時間が少々早い。だが彼は、その場所で師以外の他の誰かと顔を合わせたこと等、これまで一度たりともなかった。里の奥にある深い森。その更に奥まった場所にある滝壺の周辺は、物心付いた頃から、すでに彼ひとりのための修行場になっていた。と言っても、他者の立ち入りを禁じているわけではない。閉ざされた門扉があるわけでもない。その気になれば誰かが足を踏み入れることは容易だろう。特に、彼の師が離れている、今のような場合は。
 誰だろう。そもそも凍矢は、誰も知らない。自分と師以外の存在は。話に聞いてはいても、実際に眼にしたことは全くと言って良いほどない。ましてや、言葉を交わしたこと等あるはずがない。当然、自分を知る“誰か”もいないだろう。では近付いて来る気配は、自分に用があって向かってきているわけではないはずだ。偶然そこを通り過ぎようとしているだけだろうか。この先に、目指さなくてはいけないような何かがあるとも思えないが……。
 師からはいつものようにここで修行をしているようにと言い付けられていた。想定外の通行人が現れた程度で、それを破るわけにはいかない。師の命令は絶対だ。だが彼は、凍矢が他者と関わりを持つことも強く禁じていた。ならば、気配の主達とは会わずにいるべきか。それとも、そんな者は存在しないものと――早い話が無視を――して、修行を続けるべきか。わずかな逡巡が、彼から行動を起こすための機会を奪った。乾いた枝が圧し折れる音が鳴ったかと思うと、もうその人物達は凍矢の前に姿を現していた。
「お前誰だ? こんなところで何をしてるんだ?」
 ひとりが凍矢の顔を見てそう言った。
「慣れない妖気があるなと思って来てみたら……」
「なんだこいつ? 見覚えがないな」
 残りの2人も口を開く。現れたのは3人とも、若い男だった。3人とも凍矢よりも背が高く、肩幅もある。師と比べるとまだまだ若者であることは間違いないだろう。あくまでも推測だが――何しろ彼らは見た目で年齢を判断するのが困難な生き物だ。そもそも生きてきた歳月を数える者の方が少ない――。が、凍矢よりは上の世代であると見て良さそうだ。3人とも似たような髪形、服装をしており、凍矢にはほとんど区別が付かない。声も良く似ている。3人とも同種の妖怪なのだとすれば、そういうこともきっとあるのだろう。
 先頭を歩いていた男が、凍矢へと近付いてきた。その瞬間、凍矢の頭の中で何かが響いた。不快な音だ。その感覚は瞬く間に全身へと広がった。理由は分からない。だが彼は、眼の前に現れた3人の男を、“近付きたくない物”として認識していた。むしろ、害をなす物だ、と。
「お前、魔忍か?」
「当たり前だろ。魔忍以外のやつがこんなところにいるかよ。しかもまだガキだぜ」
「オレはこいつに聞いてんだよっ」
「……なぁ、こいつもしかして、呪氷使いじゃないか? ほら、滝の傍って……」
「えっ、あの、師匠が言ってた?」
「……なるほど。そうかも知れないな」
 6つの眼が舐め廻すように凍矢の全身を探った。じろじろと遠慮もなく向けられる視線に、凍矢は悪意――あるいはそれに近いもの――を感じ取った。
「呪氷使いって、ひとりしかいないんだってな。お前がそうだろ?」
「えっ、じゃあ、継承者確定? それってなんかずるくねーか? オレ達は苦労して修行して認められるようにならないと“外”にすら出られないってのに、こいつはもう将来が約束されてるってのかよ」
「おい、何とか答えろよ」
 ひとりが凍矢の肩を強く押した。凍矢の細い身体はわずかによろめいた。体格だけなら3人の誰よりも凍矢は小さい。だが男達は誰もみな大して強い力は持っていないと、凍矢はこの短い時間で察していた。妖力値も、ひとりひとりは彼よりも――わずかにだが――下だろう。魔忍には“上”の者の命令には逆らえないという掟があるが、彼等はそれに該当しなさそうだ――先程の会話から察するに、彼等も魔忍の一員であることは間違いないようだが――。故に、凍矢は口を開くことをしなかった。他人と口を利くことは、師によって禁じられている。
 何も言わないばかりか表情の変化さえ見せない凍矢の態度が癇に障ったのか、男達は顔を歪めた。その怒りが伝わったかのように、周囲の気温がかすかに上昇した。頭の中で、再び何かが鳴る。
「舐めやがって」
 男達は無理に作ったような笑みで、表情を更に歪ませる。凍矢が後退し、離れようとすると、ひとりがその背後へと廻った。意外にもその動きは俊敏だった。妖力値は低くとも、基礎体力はすでに備わっているといったところか。凍矢は両手を背中の後ろで掴まれ、そのまま地面に押さえ付けられた。
「っ……!」
 転倒の衝撃よりも、触れられた腕に痛みを感じた。同時に強い熱を。皮膚が焼ける感覚。これは……。
 最初に姿を見せた男が凍矢の正面に立つ。
「少し痛い目見てもらうぞ」
 男は指を鳴らすような仕草をした。すると、その指先に小さな火が灯った。凍矢はその正体を悟った。炎の使い手。おそらく3人共。背後で押さえ付けられた腕の痛みも……。
「炎使い……」
「なんだ、喋れるんじゃねーか」
 男はにやりと笑った。
 凍矢は氷の妖怪だ。故に、炎使いの者とは真逆の性質を持っていると言えよう。彼は基本的に熱に弱い。単純な妖力値だけならば凍矢の方が男達よりも勝っているが、そこへ氷と炎の要素が加わると、話は変わってくる。いわば相性の問題だ。彼等は凍矢にとって、天敵に近い存在だった。しかも、それが3人。
 男は火が灯ったままの指先をじりじりと凍矢に近付けてきた。凍矢はそれから逃れようとしたが、彼を押える2本の腕が解けることはなかった。体勢が悪い。そして両腕を焦がす痛み。
「なあに、殺しはしねえって。ただお前が今後オレ達に対して生意気な態度を取ろうなんて気が起きないようにするだけだ」
 その指が、顔の中心に触れるまで、あと数センチ。だがもうひとり――3人目――の男の声によって、それは動きを止めた。
「でもよぉ、まずくねーか? そいつの師匠に知られたら……。ほら、呪氷使いって、なんかあぶねーって聞くし……」
「危ない?」
 後ろの男が反応を示す。凍矢を拘束する手からわずかに力が抜けた。
「そもそもおかしいだろ。こいつとこいつの師匠以外のやつが、ひとりもいないなんて。オレ、聞いたことあるんだ。噂だけど……。少し前まではそいつ以外にも呪氷使いは何人かいたんだって。多くはなかったみたいだけど。でも、そいつの師匠が――」
 男達の意識は、仲間の声とどこか怯えたような表情へと集中している。その隙をついて、凍矢は出せる限りの力を振り絞った。それでも拘束が完全に解けることはなかったが、眼の前に伸ばされた手に噛み付くことは出来た。男がぎゃあと悲鳴を上げる。
「くそッ、やりやがったな!」
 逆上した男は凍矢の頬を殴り飛ばした。口の中に血の味が広がる。自分の物か、男の物か、あるいは両方か。
「もう許さねー。徹底的にやってやる」
「でもそいつの師匠が……」
「うるせえ!! 今更引き下がれるかよ!」
 男は血の付いた手で凍矢の胸倉を掴んで引き上げた。小柄な凍矢は、辛うじて爪先だけが地面に触れている体勢で男を睨んだ。
「気に入らねーな、その目付き。こいつの師匠なんて関係ねー。言っただろ。オレ達に歯向かおうなんて気が起きなくなるまでやるんだよ。チクらせるもんか」
 言うなり男は凍矢の身体を地面に叩き付けた。起き上がろうとするより早く、白い頬に焼け付くような痛みが走った。男は炎で出来た短剣を手にしていた。
「手足押えてろ。離したら殺す」
 男の声は静かな殺気に満ちている。もう2人の男は、飛び付くように――慌てたように――凍矢の手足を押え付けた。その手から、怯えと一緒に熱が伝わってくる。皮膚を焼く痛みが全身へと広がる。
「っ……あっ……」
「もっと泣き喚けよ。そしたら優しいオレの気が変わるかも知れないぜ?」
 男は喉を震わせるように笑うと、炎の剣で凍矢の衣服を切り裂いた。白い胸が露になり、そこに一筋の赤い傷が走る。頭の中の音はけたたましく鳴り続けている。警告音。この状況が変化しない限り、それはやむことはない。
「へえ、人形みたいだな。白くて、小さくて、それに血が通ってないみたいに冷たい」
 男の顔が、鼻面を合わせるように近付いてきた。
「可愛がってやるよ、お人形さん」

 大きな手に視界を塞がれていた。冷たい手だ。つい先程まで無遠慮に身体に触れていた手とは全くの真逆。氷のような感覚が、途切れかけていた意識を繋ぎとめた。
「凍矢」
 耳元で響いた――いや、頭の中に直接届くような――声もまた冷たく、そして静かだった。大きな手はそれほど強い力が込められているとは思えないにも関わらず、振り解くことが出来ない。背後から抱きとめられるような体勢のまま、凍矢は動くことが出来なかった。それは両手足の火傷の所為か、それとも下腹部――むしろ体内――の脈打つような痛みの所為か。自分の力で身体を支えていることすら出来ない。いや、物理的な何かではない。“出来ない”のではなく、“する必要がない”ことを、彼はすでに理解しているのだ。
「良く聞け、凍矢」
 その声は凍矢の全身を包んだ。それと同時に、彼の身体に残る痛みや熱が、瞬く間に消えていった。凍矢はその声を知っている。唯一の従うべき存在として。
「ここには、誰もいなかった」
 声は静かに、しかしきっぱりと言った。凍矢は無意識の内にその言葉を繰り返していた。
「ここ、には……、誰もいなかった……?」
「そう。始めから何も」
「はじめから……、なにも……」
「命ある者は何も」
「なにも……」
 周囲を満たしていたはずの熱風が消えていた。そこにいたはずの男達の体温――命の証明――すらも、今はどこにも感じられない。いや、始めからそんな物は、どこにも存在していなかった……? 一瞬だけ、血のにおいを感じた気がした。が、そうと意識して呼吸をしてみても、体内に入ってくるのは氷のように冷たい空気だけだ。いつの間にか滝の音もやんでいる。痛みも、完全に消えていた。感じるのは両の眼を覆う冷たい手だけ。そこから伝わってくる感情は、何もない。
「ここに熱はひとつもなかった。存在するのは闇の氷の結晶だけ」
「存在するのは……、オレだけ……」
「そう。それで良い。眼を覚ました時、お前は何も覚えていない」
 手が離れた。だが、凍矢はその場で何かを見ることはなかった。目蓋を開くよりも先に、その意識は深い眠りへと落ちていった。
「良い子だ、凍矢」

 凍矢が眼を覚ました時――彼は自分の住まいにいた――、魔忍の里には炎使いが全滅したとの報が駆け巡っていた。遠征に赴いていた者達はそのまま消息を絶ち、里に残っていたはずの数名も姿が見えないらしい。上層部は大騒ぎになっているようだとは、任務から戻った師から聞かされた。師は然程興味もないと言うような口調でそれを話し、凍矢も、「そんな使い手がいたのか、一度も見たことがないな」と思った程度だった。組織としては大いなる痛手なのだろうが、元々知りもしなかった存在が消えたところで、凍矢個人には何の影響もない。
「修行は順調か、凍矢?」
 師はいつもの表情のない顔で尋ねた。凍矢も、いつもと変わらぬ口調で返す。
「はい師匠。問題は何も」
「私の留守中に誰か訪ねてくる者はあったか?」
「いいえ。何も」
 師は表情を浮かべぬまま、静かに深く頷いた。


2017,04,25


関連作品:少しずつのズレが重なって


魔性使いチームが出てきた時、あれだけはっきりと属性持ってる面子が5人もいて火属性がいないのが少し意外でした。
魔忍って炎キャラはいないのかな? なんでかな? と思って作った設定がこちらになります。
わたしの中にある「呪氷使いは特別扱い」設定と合わさって、凍矢のために凍矢の師匠が壊滅させたことになっちゃいました。
まあ、実際のところは炎の妖怪はもう飛影とか是流とかいたから、新たな個性持ったキャラ作りにくかったとかなんだろうなとは思っていますが。
あと、わたしが書く設定では呪氷使いは凍矢しかいないことになっていますが、それもやっぱり凍矢の師匠が依怙贔屓の一環として凍矢以外の弟子を全員殺してしまったから。という裏(?)設定になっております。
そちらの設定はいよいよちゃんと小説の形には出来なさそうだなぁと思ったので、こんなところで晒してみます。
ちなみに凍矢は記憶を操作されていてどちらの事実も知らないことになっています。記憶も記録も、残されてはいないのです。
<利鳴>

【戻】


inserted by FC2 system