陣凍小説を時系列順に読む


  その声で導いて


 彼等6人が集められ、修行を始めて数日が経とうとしていた。人里離れた山中にある幻海師範の道場で、朝目覚めた直後から夜眠りにつく直前まで続く厳しい特訓メニューを組まれ、それでも彼等の表情はどこか活き活きとしている。
 1日の特訓が終了すると、皆それぞれあてがわれた部屋で眠りにつくことになる。広さ的にこれだけあれば足りるであろうと用意された3部屋に、暗黒武術会で同じチームだった者同士が自然と組みになって分かれることになった。日中はほとんど外か道場で過ごすため、ほぼ寝起きするためだけの部屋に、その日、陣はいつもより遅い時間に戻ってきた。修行中に少々傷を負ってしまい、その手当てをするのに手間取ったのだ。
「あーあ、遅くなっちまっただ」
 流石にルームメイトはもう寝ているだろうと思い、出来るだけ音を立てぬように戸を開ける。と同時に、灯りの付いていない部屋の中を、気配が動く。陣は思わず動きをとめていた。
「……凍矢?」
「なんだ、陣か」
 拍子抜けしたような声が返ってくる。
 月明かりがわずかに差し込むばかりの部屋の中は薄暗く、あまりはっきりとは見えないが、凍矢はいつでも立ち上がれるようにと、構えるような姿勢を取っていた。
「なにしてるだ?」
「お前が足音を忍ばせてくるから、敵かと思ったんだ」
「げ。じゃあオレから声かけてなかったら攻撃されてただか」
「かもな」
 どこまで本気なのか分からぬ口調で返される。
「……ひょっとして起こしただか?」
「いや」
「じゃあまだ起きてただか? 早く寝ればいいのに……」
 明日の朝も間違いなく早いことは分かっているはずだ。
 訝しげな顔をしている陣の問いには答えずに、凍矢は壁にもたれかかった。
「……寝ないだか?」
「寝るさ」
 答えながらも、凍矢はその場を動こうとはしない。
「先に寝てていいぞ」
 そう言われ、しかし陣は凍矢の正面に腰を下ろした。
「凍矢」
「ん?」
「もしかして、ずっとちゃんと寝てないだか?」
 暗黒武術会が終わり、ここにくるまでの間は、常に周囲に注意を払っておく必要があった。魔界の忍を抜けた2人を連れ戻せと、出来ぬのならその場で“始末”しろと指示された者達が、いつ現れるとも分からぬ状態だったのだから無理もない。2人の実力を過小評価しているのか、ある程度の力を持った者の手が空いていないだけなのかは定かではないが、手強いというような者がまだ現れていないのは幸いと言うべきであろう。それでも、眠りにつきながらも意識のどこかは常に覚醒させておき、さらに用心を重ねて、交代で不寝番をしたこともあった。ここにきてからはそんなことも不要となったはずだった。
 暗さに慣れてきた眼にも、凍矢の表情はよく見えない。が、答えの代わりに返ってきた沈黙が、全てを明らかにしているように思えた。
「なんで……」
「………………」
 陣は普段、凍矢よりも早く眠りにつく。眼を覚ました頃には、凍矢もすでに活動を始めている。凍矢が眠っている姿を、ここへきてから見ていない。それでも、まさか休んでいないとは思わなかった。と言っても、――矛盾しているようでもあるが――薄々感付いてもいた。凍矢は、他の者と比べると疲労の色も濃く、妖力値の上昇も遅れ気味だった。それでも「まさか」という思いが、その可能性を考えさせなかった。流石に一睡もしていないということはなさそうだが、わずかにでも異変を感じれば、すぐさま攻撃の態勢に入れるように意識を張り巡らせ、常に緊張した状態を保っているに違いなかった。横になることもせず。先程のように。
「なんでだ? そんなんじゃ身体壊しちまうだ」
「……追っ手がいつ現れるか分からないだろう?」
 確かにその通りだった。ただし、「今までは」だ。
「ここにはオレ達の妖気が外からバレないように、結界張ってるんだべ? 追っ手がきたって入ってこれないだ」
「それ以上の力を持ってすれば、結界なんて破れるさ」
「でも、そんなにでっかい妖気持ったやつが近付いてきたら、オレ達もみんなも寝てたって気付くだ」
「…………」
「なあ、なんで……?」
 しばしの沈黙を経て、凍矢は自嘲めいた笑みを浮かべながらポツリと呟いた。
「怖い……のかもな……」
「……怖い?」
 眠っている内に――眼を閉じている間に――ようやく掴めそうなところまで近付いた微かな『光』が逃げていってしまうのではないかと……。再び深い『闇』が訪れるのではないかと……。
 凍矢が警戒心を捨てられない相手は、魔界からの追っ手等ではない。『闇』に潜む『何か』ではなく、『闇』そのものだ。
 深い眠りの中に意識を手放した時、それを『闇』がさらっていってしまうようで……。眼が覚めた時、全てが夢でしかなかったら……、それ以前に、目覚めることなく『闇』の中に捕らわれたままだったら……。
 考えれば考える程、不安は大きく育っていく。
「眠ってしまっては、戦えない」
 目蓋の内側に生まれる、自分自身が作り出す『闇』と。
 再び沈黙が流れる。それを打ち破ったのは、またしても凍矢だった。
「……すまない。少し弱音を吐いてみたかっただけだ。……忘れてくれ」
 フっと息を吐いて、陣の視線を振り切るように頭を振った。
「もう寝よう。明日も早い」
 そう言いながらも、凍矢はやはりその場を動かない。
「凍矢……」
 陣とて、凍矢の不安が分からないわけではない。彼等はまだ、完全に過去と――『闇』と――決別出来たわけではないのだ。特に呪氷使いである凍矢は、――他の術者のように単純に性質のみを表した『氷使い』等ではないその名称からも分かるように――自身が『闇』なる存在であるという意識が強い。幼い頃から洗脳にさえ近い程に繰り返されてきたその教えが、己の中の『闇』を更に深いものにしてきたのだろう。魔忍の中で異質とも言える程に奔放に振る舞ってきた陣でさえ、隙を見せれば『闇』が迫ってくるような不安は完全に消すことが出来ないでいる。
(でもオレは……)
 断崖絶壁のような不安の縁に立たされても、絶望の中に落ちずにいられた。それは他ならぬ――
(凍矢がいるから)
 おそらく、1人ではとても耐えることが出来なかった。
 陣は、凍矢の肩を抱き寄せた。
「陣……っ?」
「……もし」
 強い口調に同調させるように、細い肩を抱き締める腕に力を込める。
「もし、『闇』が凍矢のことさらいにきても、オレがこーやって捕まえててやるから……」
(オレが守るから)
「凍矢をつれてかせたりしないだ」
(絶対に)
 失うわけにはいかない。自分自身のためにも。支えてやりたいと思う。だが同時に、支えられている自分にも気付く。
「凍矢がいなくなっちまうなんて、絶対にやだ」
 力が欲しいと思った。腕の中にある小さな『光』を守れるだけの力が。『闇』をかき消せるだけの力が。今度は凍矢のために『光』を求めよう。それは、結果的には自分のために他ならない。
(だからこれはオレのエゴだ)
 凍矢が気に留める必要は少しもない。
「だから」
(だから……)
「守らせて……」
 凍矢は、何も答えなかった。返事の代わりに、陣の胸に身体を預けてきた。
「…………陣」
「ん?」
「しばらく……、そのままでいてくれるか?」
「うん?」
「眠れるまで……、そばに……」
「うん」
「久しぶりに、眠れそうだ…………」
 やがて凍矢は、陣の腕に抱かれたまま、静かな寝息を立て始めた。ようやく、眠ることへの不安感を捨てることが出来たらしい。
 陣は凍矢を抱え上げ、布団へ運んだ。自分ももう休むべく離れようとした身体を、微かな力に引き戻される。
「っ?」
 気付けば、凍矢の白い手が陣の襟の辺りを掴んでいた。
(えっと……)
 せっかく眠ったところなのに、声をかければ起こしてしまいかねない。
(……眠るまでって自分で言ったのに。仕方ないだなぁ)
 いつもなら凍矢が言いそうな台詞を、声には出さずに呟いて、陣は微笑みながら凍矢の隣で横になった。
 月明かりに照らされ、凍矢の顔はいつにも増して白い。その額にかかる髪を梳きながら、いつしか陣も眠りについていた。

 朝、活動を始めるのは大体いつも鈴木が1番早い。一体何時に起きているのかは他の者達は知らぬが、すでに髪も服も彼なりにきっちり整えた状態で皆と顔を合わせる。
「鈴木、おはよー。死々若は?」
「おはよう。まだ寝ている」
「ねえ、陣と凍矢見た?」
「いや、今朝はまだ……」
 普段なら――陣はともかく凍矢は――もう起きているはずなのにと、鈴駒が首を傾げる。
「今日は蔵馬、学校休みだから朝からくるって言ってたよ」
「寝坊か。仕方ないな」
「蔵馬のことだから連帯責任とか言いかねないぜ」
 いつの間にか部屋から出てきていた酎が会話に加わる。
「仕方ない、起こしに行くか」
 3人は溜め息を吐きながら移動した。
「おーい、朝だよーっ」
 2人の部屋の前で呼びかけてみるも、返事はない。
「いないのか?」
「朝から? まさかぁ」
「おい、ホントに蔵馬くるぞ」
「全く……。おいっ、起きろッ」
 相変わらず返事はなく、代わりに廊下の向こうから死々若丸の声が飛んできた。
「おい、鈴木」
「なんだ?」
「うるさい」
「文句があるなら手伝え! ってゆーかお前もいつまでも寝てるんじゃあない!」
 死々若丸は心底うざったそうな顔をしながらやってきた。
「手伝えだと? 馬鹿か、何を手こずっている。問答無用で叩き起こせばいいだろ」
 言うや否や、死々若丸は勢い良く戸を開け放ち、部屋に踏み込んだ。
「あーあぁ、乱暴な……」
「自分は起こされたら不機嫌になるくせに……」
「ね」
「おい、貴様等ッ。命が惜しくば今すぐ起き……」
 鈴木達の声を無視した死々若丸の台詞は、言い終わらぬ内に小さくなってやがて消えた。
「死々若? どうかし……」
 死々若丸の後ろから部屋に入った鈴木も、視界に飛び込んできた光景に、思わず言葉を失った。
 陣と凍矢は、案の定まだ眠っていた。それも、ぴったりと寄り添いながら。さらに細かく言うならば、凍矢は陣の胸に頬を埋めるような姿勢をしており、陣は右手で凍矢の腰の辺りを抱いていてる。凍矢の頭が乗っているのは陣の左腕だ。
「…………えっと……これは…………」
 完全にリアクションに困っている4人の誤解等は全く知らずに、2人は実に安らかな顔で眠っている。溢れんばかりの朝日を浴びながら。


2011,10,08


関連作品:煌めいてるこの瞬間を


フォルダ内を整理していたら、以前別の場所で公開していたものでまだこちらには公開していなかったものを見付けたので、
今日この日(10月8日はとうやの日ー!)にアップすることにいたしました。
内容としては他のネタとほとんど同じですが……。
タイトルは某曲から取らせていただきました。
引用部分だけでは小説の内容とさっぱりあっていませんが。
この曲は自分の中では陣凍ソングです。
<利鳴>

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