仗露 全年齢

関連作品:Thank You Cancer


  I Don't Care!


 クレイジーダイヤモンドは確かに素晴らしいスタンドだが、本体が本体なので余り頼りたくなかった。東方仗助に借りを作って堪るかと常々言っていたし、実際にひょんな事から骨折した足を治してもらった今も思ってはいる。
 借りを返すという名目でも直接金を渡すのは流石に気が引けた岸辺露伴は、取り敢えず「美味い物でも奢ってやる」という彼にしてはやや中途半端な提案を出した。
 そして足を運んだのが露伴は初めて訪れるイタリアンレストラン。
「こんな所に店が有ったのか」
 小奇麗な店構えの割には辺りに馴染み過ぎているからか意識しないと見落としてしまう。
 まるで店が客を選んでいるような、本当に来るべき人間しか受け入れなさそうな。
「最近出来た店なのか?」
「さぁ?」
 首を傾げた仗助は店の来歴には一切興味が無いらしく適当な口振りだった。
 中に入ると店内はテーブル席が2つのみでこじんまりとしているが、外観と同じく綺麗な内装をしていた。しかしディナータイムにも関わらず客が居ない。客だけではなく店員の1人すら居ない。
 大丈夫なのか? この店。
 仗助の横顔をちらりと見上げたが、店内の奥を気にしてばかりいる。
 その奥から漸く1人の店員が出てきた。
「イラッシャイマセ」
 片言の日本語を話す西洋人男性には見覚えが有る。
「お前は……あの時居たな」
 杉本鈴美の殺人事件を解決する為に、スタンド使いで集まった時の事。
 はい、と応えてニコニコと笑っている。つまりこの店はスタンド使いが料理を出す店か。
 料理に変な物(スタンド)を混ぜるのではないかと仗助の顔を再び覗き見た。
「今日は2人っス」
「畏まりまシタ。奥のテーブルは予約ガ入っているノデ、手前のテーブルへドウゾ」
「へぇ、予約なんてやってるんスか」
 浮かれた声音で指された席へ腰を下ろす。
 露伴も続き、引いた椅子を少し離してから座った。
 白いクロスの敷かれたテーブルの上には灰皿のような余計な物が無いのは良いが、同時に必要なメニュー表すら無い。
「コース2人前!」
「畏まりまシタ」
「おい待て、勝手に決めるな」
「えぇー……何でも好きなもん食えって言ったじゃあないっスかぁ……」
「お前が何を食べようとお前の勝手だが、僕まで同じ物を食べる事にするなと言っているんだ。僕は飲み物だけで良い。ドリンクメニューは?」
 料理人にして店主でもあるトニオ・トラサルディーは目配せをするように仗助の顔を暫し見ていたが、すぐに「畏まりました」と笑顔を見せて奥の厨房へと去っていく。
「メニュー無いんスよ。店長のトニオさんが1人で客に合ったメニュー考えて、作って、出してる。っつか腹減ってないんスか?」
「何を出されるかわかったもんじゃあない」
 同じ物を食べる仲に見られたくない、とまでは言わないでおいた。

 調理に取り掛かる前に、と水が2つ運ばれてきた。すぐさま仗助が口を付けたので安全な物だろうと露伴も飲んでみた。
 グラスから唇を離した直後に「美味い」と自然に漏れる。
 喉だけではなく全身が潤うような、特に涙液に包まれている眼球が潤うような気がした。
「ドライアイの人間が目薬を使ったらこんな感じなんだろうか」
「は? ドライアイ?」
「いや別に、何でもない」
 目は酷使しているが乾いて痛いという事は無いし、欠伸をすれば涙も出る。
 見た目はただの氷の入った透明な水にしか見えないのに、一体どんな仕掛けが有るのだろう。
「お待たせ致しまシタ」
 じっとグラスを眺めていると声が掛かった。
「プロシュートサラダでございマス」
 テーブルのほぼ中央に2人前位の量は有りそうなサラダが置かれる。
「プロ、シュ……?」
「生ハムの事だろう」
「日本デハその呼び方ガ一般的デスネ」
 葉物野菜の中央に薔薇の形に切り巻かれた燻製されていないハムが幾つか並んでいる。サニーレタスが多いのでサラダの割には全体的に赤味掛かっていた。
 見た目はすこぶる良い。ずっと流れている静かな音楽も合わせて女性が如何にも喜びそうだ。
「こちらガ食前酒ノ……ohしまッタ、日本デハ20歳ニなるまでアルコールはNGでシタ」
 手にしているのはワイングラス。中には白ワインと思しきやや黄色くも見える透明な液体が入っている。
「折角デスのでドウゾ」
 そのグラスが露伴の前に置かれた。
「……僕に、飲めと?」
 成人しているし、車で来たわけでもないが。
「食前酒とはこれから食事を取る人間の食欲を刺激する物だろう。僕に何か注文させようという魂胆か? まぁ飲食店に入って何も頼まないのはマナー違反だし、余り量の多くない物なら頼んでも良いが」
「滅相モございマセン。こちらハ続く料理ノ邪魔ヲしない度数のアルコールというダケ。お嫌でしたらテーブルにそのまま置いておいて下サイ」ふと、目がぎらと光り「決して学生ノお客様ニハ飲まれないようにお願いしマス」
 いやに真剣な眼差しだったが一応は笑顔のまま頭を下げて再び厨房へと戻っていく。
「あれ? 酒飲めないんスか? だったら俺が――」
「煩い未成年」
 仗助の手が伸びる先がグラスなら叩いてやろうと思ったが、単なる軽口だったらしくその手はフォークを掴む。
 フォークで器用に薔薇状に飾られたハムの1つを開き、周囲のサニーレタス共々刺して大きく開いた口へ運んだ。
「しかしお前、学生の分際でこんな店に来た事有ったのか」
「偶然億泰が見付けたんスよ」しゃくしゃくと瑞々しい音を立てて咀嚼しながら「そういや最初来た時もお客さん居なかったな。こんなに美味いのに」
 いちいちハムを開くのが面倒になったらしく、飾られた形のまま上からフォークを刺し始める。
「宣伝の類をしていないんだろう。ビラ配りをする雰囲気の店じゃあないが」
「これだけ駅から離れてっと地元の人間しか来られねーもんなぁ」
 ウェイトレスの1人も雇っていないのだから余り繁盛していないのかもしれない。
 路面店だがテーブルが2つに駅からも距離が有る。客入りは相当少なそうだ。
「……食いますか?」
「は?」
「いや、何か、ずっと見てっから……」
「要らん」
 仗助が直接大皿から取って食べている物に手を伸ばしたくない。
 他に見る物が無いので仕方無く視線を向けているだけで。誰も好んで食べる様子を眺めているわけではない。
「ただのレタスって感じに見えっけど、ちゃんと美味いっスよ。苦手なもんでも食べられる味になってるっつーか。味付いてないと思ったんスけど、これ下にドレッシング? 何か入ってるし」
 皿の底の方には確かに調味料らしき液体が見えた。
 そういう事を言うから目が向いてしまうというのに。
「億泰辛い物駄目なんスけど、それでもここの唐辛子入ってるスパゲティは食えてたし」
「お前達は本当にいつもつるんでるな。康一君も言っていた」
「まぁ気も合うし。そういう『友達』って1人位居るもんじゃあないんスか」
 常日頃行動を共にする等という面倒な関係の人間が居て堪るか。
 勿論気の合う広瀬康一のような友人が居るのは悪くないが、何かに付けてべったりとくっ付いてる関係は煩わしい。
 本当はこうして気の「合わない」人間と共に食事をするのも可笑しな気分になる。尤も露伴の方は何も食べていないが。

「お待たせ致しまシタ、メカジキのピカタでございマス」
 大きく四角い白い皿にかなりの大きさの魚料理が乗っている。
 余り詳しくなく衣が付いているのでムニエルか何かかと思ったが、どうやらピカタと呼ばれる物らしい。上にレモンを飾るように乗せている辺りが如何にもイタリアン料理といった雰囲気を醸し出していた。
「随分でけーな」
 仗助は嬉しそうに声を弾ませる。
「本来ハ幾つかニ切り分けマスガ、お客様ハ未だ未だ沢山召し上がられるノデ全てヲお出ししようト思いまシタ。おっと」露伴の方を見て「お客様もシェアして召し上がるのデシタら、こちらデ切り分けマスヨ」
「結構だ」
 料金はコース一人前分しか取らないと言ってきたがそれでも断った。
 それ程自信が有るのだろう。サラダを食べるのに使っていたフォークをそのまま白身魚に刺した仗助の機嫌の良さを見ていれば味が良いのはよくわかる。
 食前酒が白ワインなのはメインが魚料理だから合わせたのか、と思い露伴は漸くグラスを手に取った。
 白ワインを微量口に含んで『食前酒』について考えた。この店の食前酒はどうにも可笑しい。
 これだけ本格的なイタリアンレストランなのに、グラスに入れた状態でワインを持ってくるだろうか? ソムリエの資格を有していなかろうとボトルのラベルを見せて注ぐ位は出来る筈だ。
 ワイン自体は予想よりは辛口だがスッキリとしているので飲みやすい。後味が爽快で確かにアルコール度数は低そうだった。食前酒とは本来メニューを見ながら何を頼むか考える際に飲む、ゆっくりと味わう物だと思っていたのに、ごくごくと喉が鳴る位に飲めてしまう。
 しかし食前酒自体を何にするか、銘柄を答えられなさそうな相手にだってアルコールに強いか弱い位は確認するべきだ。
 学生――イタリアでは飲める年なのかもしれないが――に提供しかける辺りも可笑しい。葡萄の香味が美味しいワインだがこの店は可笑しい。
「羨ましい」
「ん? 美味いじゃなくて、羨ましい? あ、やっぱ食いたいっスか?」
「魚じゃない、アホの億泰の事だ」
 何を言っているのだろう。
 だが、半分近く空けたグラスを置いても口は止まらない。
「僕は他人と長時間一緒に居るのが嫌いだ。どんなにその他人が気を遣わなくても良い関係だったとしても、1人の時間が欲しくなる。そういう人間は多いと聞くし、誰にだって――仗助、お前にだって「1人きりになって一息吐きたい」と思う時位有るだろう」
 急にべらべらと喋り出した事に驚いてか仗助はフォークに白身魚を突き刺したまま手を止めている。
「まぁ……全く無い、ってわけじゃあないっスね。あんまりねーけど」
「例えば僕なら康一君と話しているのは楽しい。だがそれは後になって、1人になって楽しかったなぁと思い出す部分も含めてだ」
 この場に居るのがもしその康一自身ならば、仗助よりもずっと真剣に聞いてくれそうだと思うと無性にむしゃくしゃとして声が荒くなってきた。
「でもお前は、お前達は2人で居る時点で「楽しい」と「楽しかった」を思っている。それが羨ましい。お前にそう思わせる、お前と一緒に居てそう思える、億泰が羨ましい」
 言い切った後に何を言っているんだ、と自分の唇を人差し指で押した。今し方飲んだばかりのワインで濡れていた。
 少量のアルコールで酔いでもしたのだろうか。酔っ払いと言うのは兎に角性質(たち)が悪い。このままでは何を喋り出すかわからないので露伴は口を塞ぐべく先に出された目まで潤う水をぐいと飲む。
「俺だってこんなずっとつるんでられる友達とか初めてっスけどね」
 露伴がこの町を出た頃にこの町に生まれて育っている仗助の生い立ちは余り詳しくないし聞くつもりも無い。
 貧困家庭にはとても見えないしきちんと愛されて育っただろうが、生まれる前から父の居ない合の子等、その髪型を除いても世間からは好機の眼差しを向けられるだろう。
 同情するつもりは無いが、世間と連れ立って冷やかすつもりも無い。かといってわざわざそれを言って聞かせる必要性だって感じない。
 露伴は何だかんだで美味かったワインのグラスを再び手にし口にした。
「億泰が初めての友達なら、多少大事に想うのも当然か」
「初めての友達って何か違いません?」
 これだから露伴は苦手だと言わんばかりの笑みを顔に貼ったまま、仗助はフォークに刺していた白身魚を口に運んだ。もごもごと咀嚼する唇に目が向く。
「自分だって友達居ますよね? 康一は別カウントで、それこそ初めての友達って感じの相手とか。幼馴染みとして未だ付き合いが有るっつーのは居なさそうっスけど」
「初めての友達……あぁ……きっとあの犬だ」
「犬ゥッ!?」
「大きな犬――大型犬か? いや、僕が小さかっただけかもしれない。何せ上に乗れそうな程大きかった」
「飼ってたんスか?」
「家では飼っていない。野良犬じゃあないだろうし、きっと近所で飼っていたんだろう。この町に居た頃の話だ」
 つまりは物心付いたばかりの幼少のみぎり。
 犬の名前も犬種も毛の色だってよく覚えていない。
 ただ大きくて、多分温厚で、幼い露伴も犬の飼い主も安心しきっていた。
「ああそうだ、飼い主は女の子だった」
「へぇ」
 犬の性別はわからないが遊ばせてくれた、寧ろ一緒に遊んでくれたのは近所に住む『女の子』だ。
 少女? 女性? 幼女? 老婆?
 飼い主の名前はおろか見た目も思い出せない。ただ自分よりは大きかった気はする。
 同年代ではなくお姉さんか。それとも同じ幼稚園に通う子供の母親か。
「いや……確か『可愛かった』筈だ。だからそんなに年は離れていなくて、彼女はいつも……駄目だ、思い出せない」
 思い出してはいけないと言わんばかりに頭痛がしてきた。
 ワインを飲みふぅと溜め息を吐く。果実感が美味しい。が、これで酔いが回り頭が痛むのかもしれない。
「そんな無理して思い出さなくてもいーんスけど。ただそれって、その『可愛かった女の子』の方が最初の友達になるんじゃあないんスか?」
「違う。彼女は初恋の人だ」
 え、と驚く声が聞こえたし、自分でも発した気がした。しかし舌は勝手に喋り続ける。
「彼女は僕を小さな子供と、弟か何かだと思っていただろうし、僕だってあの頃からそういう目でしか見られていないと、薄々は感じていた」
 ようは告白する前からの失恋だ。
 3つか4つの生意気盛りの子供に告白されても迷惑なだけだろう。
 それだけではない。確か彼女にはボーイフレンドが居た。
 会ったか会わなかったかは定かではないし、その交際が順調だったかもわからない。しかしそんな話は聞かされている。
「好きな人と友達と遊べるのはまぁ楽しかった。あの頃の時間が、その1人と1匹(ふたり)が居たから、今の僕が居るんだと思う」
 それなのに何故思い出せないのだろう。
「じゃあそれが初恋って事は、年上が好み?」
 何故そんな事をお前に言わなきゃならないんだ。
「そうでもない。選択肢が年上しか無い頃の話だ」
 口からは言うつもりのない言葉ばかりがどんどん続いた。
「年が上とか下とか、性別や国籍なんて関係無い。いや国籍は関係無いが言語は一致していた方が良いな。あと日本人には馴染みが薄いが宗教も些か大事だろう」
 ようは好きな物について話し合えれば良い。
 仲の良かった友達の話が出来たり、あとは美味しく飲み食い出来る物への価値観が近ければ。
「じゃあ……年下で男で外国人でもチャンスは――」
「そう言うお前はどうなんだ? 年の違う同性と恋愛が出来るのか?」
「出来る」
「僕だって出来る! いや……僕は何を言っているんだ? そもそも何故僕ばかりが話しているんだ。お前がお前の話をしろ」
 仗助は「は?」とだけ返して瞬きを繰り返している。
 大して知りたいわけでもないのに何故尋ねてしまったのか。グラスを煽り飲み干してから置き、自分の頬に触れると熱かった。
 もしやこれは食前酒には向かない高アルコールのワインではなかろうか。
 1杯で酔い潰れでもしたら何を言われるかわからないのに、美味しいだけに飲み干してしまった。それどころか、グラスワインだけでも注文しようかと考えている。
「俺の話って言われてもなぁ……興味無いんじゃあねーんスか」
「興味無いわけじゃあない。僕はお前の事が嫌いなだけだ」
 好きと嫌いは正反対に位置するが、それは興味が有るか否かとはまた別になる。嫌いだが興味は有る、というのは1番厄介な感情。
「……そんなに、嫌いっスか」
 何を今更。妙にしょぼくれている様子の仗助に、露伴は鼻でふんと笑った。
「対人関係においては世界で2番目に嫌いだ」
 どの位嫌いか山程有る理由を語り明かしてやろうと思っている筈なのに、口からは何故か順位が出てくる。
「2番目?」
「総合的に見れば1番嫌いなのはお前だ。だが言った通り、対人関係、他者との付き合い方が悪いという意味ではもっと嫌いな奴が居る」
 難しい言い方だと呟いて仗助は眉を顰めた。
 こんな性格をしていても、こんな性格をしている相手からでも、嫌いと言われるのは嬉しくないのだろう。
 より嫌いな相手の名を出すべきか、それともせめて慰めの言葉を掛けてやるべきか。
 自分らしくない考えを飲み干して掻き消すべく露伴は再び水に手を伸ばす。
 ワインを注文してはならない。有る事、無い事、隠しておきたい事、全てを洗いざらい喋りかねない。
「……美味い水だ」
 アルコールで熱くなった喉がすぐに潤った。
 ワインと水とを交互に飲めば、と考えてそこまで飲みたいのかと自問自答し小さく首を振る。

 いつの間にやら仗助は殆どピカタを平らげているし、露伴もまたワインだけではなく水も飲み干している。
 食べるも飲むも出来なくなったのだから話をしなければ。そう思ったタイミングで人の気配がしたので揃って顔を上げた。
「お待たせ致しまシタ」
 見ていたのではないかと思う位絶妙なタイミングで現れた店主は大皿をテーブルの中央に置く。
「クワトロフォルマッジでございマス」
「おぉ、すっげー! チーズだらけのピザ!」
「イタリア語でクアトロは『4』を、フォルマッジォは『チーズ』を意味しマス。モッツァレラ、ゴルゴンゾーラ、クリーム、そしてパルメザンの4種ヲ使っていマス」
「ごるごん何とかってのだけ聞いた事無いな」
 アオカビが生えているタイプのチーズだと言ったら嫌がるだろうかと思ったが黙っておいた。
「こちらのハチミツを掛けてお召し上がり下サイ」
「ハチミツって、ハチミツ? 凄ぇ甘くなっちまいそうだな……」
「ゴルゴンゾーラは塩分ノ高いチーズです。ハチミツがとても合いマス。召し上がるノハ初めてデスか? お勧めノ量ヲこちらデお掛けしまショウ」
 微量のハチミツならこのピザには用いて当然なのかもしれない。
 今はスイーツピザと称してマシュマロや果物を並べ、チョコレートやキャラメルを掛けて焼く物も有るし、最後にアイスクリームを置いて完成という確実にカロリーオーバーの食べ方すら存在する。
「『舌』トいうノハ」店主のトニオはハチミツの入った小瓶を手に「味覚ヲ司る器官デス」
 小瓶の蓋は彼が捻るだけで簡単に開いた。
「そして日本語ニハ舌ニ関する面白い言葉ガ有りマス。『二枚舌』デス。意味ハ嘘ヲ吐く事デス」
 イタリア人の割りには流暢な日本語を使う。
「私ハ嘘ヲ吐く心ヲ『治す』事ハ出来マセンが、2枚ニなってしまった舌なら治せるト思いマス。出来るト思う事ガ大事デスね」
 下らない言葉遊びの中に小さな疑問点が有った気がしたが、露伴はそれよりもハチミツをたっぷりと乗せたスプーンから目が離せなかった。
 不気味な顔と手足の付いたとても小さなトマトのような物が潜んで見えたから。酔いが回った所為だと頭では思うがつい肩に力が入る。
「デケーしチーズでこってりしてるし、1人で食いきれるかな」
「生地ハ余り厚くないデスが、この後デザートもご用意しておりマス。宜しければシェアしてお召し上がり下サイ」
 ピザなので大きさは変えられないし、半分を別のテーブルに出すわけにもいかない。
 だがそもそも、分け合って食べる事を前提としたメニューを1人用のコースで出すのは可笑しくないだろうか。
 余計な事が気になったり、変な物が見えたり、不要な事を口走ったり。こんなに酒に弱かっただろうか、と露伴は眉間に作り掛けた皺を指先で伸ばす。
「こちらのハチミツは舌ヲ治してくれマス。いえ、他意ハ有りマセン。美味しい物ガより美味しく感じられマスよ」
 スプーンからハチミツがとろりとピザのチーズを目掛けて落ちた。
 二枚舌を治されたら嘘が吐けなくなってしまう。否、それは良い事だ。悪いのは、恐ろしいのは、言いたくもない真実を話してしまう事だ。
 例えば対人関係において2番目に嫌いなのは仗助だが、それよりも嫌いな1番目は自分だ、と素直に言ってしまったらどうすればいい。
 しかしこのまま美味しそうなピザを口に含めば――嗚呼恐ろしい、食べてしまいたい、胸の内を明かしてしまいたい。
 塩辛さの上に濃厚な甘味が掛けられた焼き立てのそれを求めて唾液の分泌が止まらない。
「そういや本場のピザも手で食って良いんスか? ナイフとフォークで上品に食ったりするんスか?」
「好きに食えば良いだろう!」
「……何で露伴が怒鳴るんだよ……」
 しかし店主のトニオの朗らかな笑みのお陰で場の空気が悪くはならない。
「今お召し上がりになりやすいよう6等分しマスので、気軽ニ手ヲ使って下サイ。おしぼりモ新しい物ヲご用意致しマス」
 仗助は「おぉ! グレート!」等と切り分けられる前からはしゃいでいる。
 こちらは嫌われたくないから自分から嫌うとか、好きになりたくないから嫌いという言葉を使うとか、そんな自分が対人関係において誰よりも嫌いだとか、比べればお前は未だマシだ等の馬鹿げた事を言いかねないと焦っているのに。
「全てハ『ご注文下さったお客様』ノ為。さァお2人共、お召し上がり下サイ」


2017,06,14


作中に食事シーンばかり書いてしまう事を反省してグルメ小説書いてみた。
動かないじゃお友達らしいけどこれはアニメ準拠って事でゴメンなさいしておきますね。
もうマイケミでタイトルに使える曲名とか歌詞とか無いなぁ。あと厳密にはパルメザンじゃない。
<雪架>

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