億→仗×露 全年齢

関連作品:Not A Revenge


  Thank You Cancer


 昨晩ドライヤーで髪を乾かしながら、ふと友人の東方仗助の事を考えた。
 違うクラスの同級生。転入生である虹村億泰と親しいのは家が極端に近いから、と周りは思っているだろう。
 実際にはスタンドと呼ばれる能力の持ち主同士であるとか、その所為で出会い頭には一悶着有っただとか、本来なら色々と複雑な関係だ。
 しかし今は互いに欠かせない『友達』で、ずっと共に居ても飽きの1つも来ない存在。
 朝共に学校に向かい、昼食を共に食べ、稀に共に授業をエスケープし、放課後共に帰って明日の約束をする。
 話が尽きないのが不思議だが、尽きない物は尽きない。話したい事は未だ未だ沢山有るし、仗助の方もそうだろう。
 特に最近は岸辺露伴の話が多い。
 何分個性的な人物なので良からぬ噂が有ったり、今は入院もしているので話題に事欠かない。
 だから、仕方無いのだ。
 仗助(トモダチ)が露伴(ダレカ)の事ばかり想っているのだとしても。
 そう考えた瞬間、ぞくりと寒気がした。
 生まれ育った東京と比べれば杜王町は涼しい。この時期でも夜に雨が降れば寒いと思える程。だから湯冷めしてしまったのだろう。
 そういう事にしてドライヤーを止めて部屋に戻りすぐ布団に入った。
 髪を乾かしきらなければより体が冷えるという事に気付けない億泰は今、10分以上鳴り続けている目覚まし時計を止める為にベッドから抜け出す、という事すらままならない『不調』に襲われている。

「……ンだぁ? こ、りゃ……はぁ……」
 必死に絞り出した声は痛みさえ無ければ2度目の声変わりかと思う程ガラガラに枯れていた。
 当然鳴り続けている目覚まし時計に掻き消されたし、それ以上に頭の内側でガンガンと直接鳴り響いている謎の音の方が煩い。
 見上げた天井は水の中のように歪んでいて、目を閉じるとそのまま眠れそうで、しかし起きなくてはならないと痛む頭も目覚まし時計も言っている。
――ガチャ
 扉の開く音に再び目を開き、掛け布団をまとったまま上半身を起こす。
「親父……」
 傍から見れば異形の姿をしているが、のそのそと目覚まし時計に近付き止める様子は見慣れたからか不気味でも何ともない。
 ただこれまで無断で部屋に入ってきた事が無かったので見慣れない非日常には思えた。
「……朝飯……用意すっからよ」
 ベッドから足を下ろすも余りの寒さに全身をぶるりと震わせる。
 掛け布団を肩に羽織ったまま立ち上がった。
 頭痛が酷くて真っ直ぐ立っていられない億泰の足に、父が支えるようにしがみつく。
「あぁ?」
 言葉は話せないが、それでも普段なら意志疎通の為に『声』を発する父が黙り込んでいる。左右非対称の目が何かを訴えて見上げていた。
「何だよ、何か……あれだ……だりぃ」
 しゃがみ込みたくなるのを抑えて、父を足に付けたまま部屋を出る。
 父はどうやら億泰が部屋から、ベッドから出る事を拒んでいるらしく、足をぐいぐいと引っ張った。
 兄がしていたように蹴り飛ばしたい衝動に駆られる。
 どうせ今の体力ならば父も痛くはないだろう――と思う気持ちを何とか飲み込んで台所まで向かった。
 しかし買い置きの食パンを取り出した所で力尽きた。しゃがんでパンを父に持たせる。
「俺よぉ……ちと、動けねーわ……」
 声を出すだけで喉が痛む。宥めるように父が額を、そのどろどろと形容したい手で撫でてきた。
 親父の手って、こんなにひやっとしてたか?
「なぁこれ……風邪か? 本当に風邪なら、俺……初めて引いたぜ……」
 治し方がわからないので、本体をぶっ叩けば良いだけのスタンド攻撃よりも恐ろしい。
 それに風邪ならば仕組みは知った事ではないが他者に移りかねない。
「学校休まなきゃあなんねぇな……親父も、離れてろよ。近付くんじゃあねぇ!」
 少し大きめに怒鳴ると父は1歩後ろに下がる。
「休み……学校に、電話……」
 肩に掛けた布団を放さないように立ち上がり、電話の前まで重たい体を引き摺った。
 風邪で熱が出たなら体は熱くなると思っていたが、今は寒くて寒くて仕方無い。
 ようやっと電話台の前に辿り着いた。受話器を上げ、兄が遺してくれた電話帳を開きぶどうヶ丘高校の電話番号を押す。
「……あ、もしもし、あーっと……虹村っす、1年の」
 ただでさえ朦朧としているので何と言えば良いのかを考えられず、適当に話して電話を切った。
 その中で「休むっつってんだろ!」と怒鳴り声でまくし立てた気もする。
 ガタガタと震える程寒いのに少し使ってみただけの頭は熱くて、億泰はその場にずるずると小さく蹲った。

 電話台の前で布団にくるまり夢と現の間を行き来しながら色々な音を聞いた。
 遠くで父と猫草がじゃれているらしい音や、その父がトイレへ向かう足音。
 意識が浮上している時に父がコップに水を入れて持ってきてくれたが、近付くなと言ったと追い返した。風邪を移したくないし、何かを飲みたい気分でもない。
 それからインターホンが鳴る音も聞いた。平日の昼間に訪ねてくる人間が居るらしい。
 新聞や宗教の勧誘ならお断りだが町内会の何かなら。そうは思うが起き上がれない億泰の横を父はすっと通り抜けて行く。
 玄関扉を開ける重たい音を聞いた。
 父はあの姿でも案外他人と上手くやっていけるのかもしれない。
 良かった――のだろうか。
 もし兄が見ていたらどう思うのだろう。
 人として生きる為に多くの人の生を奪い続けた兄が、父や弟が人としてのうのうと生きているこの様を。

「億泰」
 兄に名を呼ばれたのでゆっくりとだが顔を上げる。
 こんな所で寝るんじゃあない。
 そう叱られると思った。しかししゃがんで目線を合わせた兄は、らしくなく目を細めて笑った。
「……ア」
 兄貴、の声が出ない。
 そして笑顔の男は兄の虹村形兆ではなかった。
「オメー自分で電話したのか。偉いな」
 寝乱れたままの髪を友達の仗助が優しく撫でてくれる。
「仗助……何で……」
「見舞いだ見舞い。朝いつまで経っても迎えに来ねーしよー、昼も居ねぇからオメーの担任に聞いたら風邪で休むって怒鳴ってたっつーからよー」
 怒鳴る元気も無いのにな、と何の事でもないように言いながら布団を剥ぎ、億泰の脇の下へ腕を入れてきた。
「よ、っと。立てるか?」
「……おう」
 仗助の肩を借りる形でよろよろとだが立ち上がる。
「兄貴かと……思った」
「まーた兄貴かよ。いっつも兄貴兄貴って、いい加減妬けてくるぜ」
 やける?
 一体何を燃やす気なんだ、と尋ねたか否かがわからない程に頭が煩い音を掻き鳴らしていて痛かった。
「前にもこうやってオメーを運んだ事有るけど、あの時は自分で歩かねぇってだけじゃあなく、半分死んでるからか滅茶苦茶重たかったぜ」
 身長は数cmしか変わらないので半ば引き摺られている。
「まあこうやって生きてっから文句は言わねーけど。あの時は兄貴の夢見たんだってな」
「……ああ……」
「オメーの兄貴がオメーを連れてかなかった事には感謝してる。妬きはするけど、結構酷ぇ目に遭わされもしたけど、今は空の上で俺のじーちゃんと仲良くやってんのかな、位には思ってる」
「兄貴や俺は、地獄に……堕ちる……」
 それだけ『悪い事』をしてきたのだから。
 父の為、ひいては自分達の人生の為、兄と共に取り返しの付かない事をしてしまった。仗助や皆と笑い合う日々が楽し過ぎて忘れていた。
「なぁに弱気な事言ってんだよ、バァーカ」
 馬鹿と言われるのには慣れているし、億泰自身も自分を馬鹿だと思っている。
「しかしよぉ、馬鹿は風邪引かないっつーけど、オメーは風邪引くんだな」
「……初めて引いたけどな」
 仗助は笑った。馬鹿にしてではなく、記憶に無い母があやしてくれるような優しい笑い声だった。

 心底重たそうにベッドへ放り投げられた。もとい、乗せられた。
「薬買ってきたけど、飯は食ってなさそうだな」
 枕に頭を乗せ直しながら頷く。
「ウィダーインゼリーも買ってきたから先に飲め」
「ん……オメー、見舞い慣れしてんな……」
「見舞いっつーか看病っつーか。最近人を見舞ってばっかだけどな」
 露伴の事だ。ピンと来たと同時にこめかみの辺りにも何かがピンと来た。
「……また行ったのか?」
 億泰は自分らしくない嫌味臭い言い方を熱の所為にしておく。
「この前な。でよ、露伴の野郎、今日退院なんだと」
「お、そうなのか? そりゃ良かったな」
 心底思ったのでベッドを見下ろしてくる仗助の顔に言った。
「良かったのか悪かったのかわかんねーけどな。あいつが病院に居ようと家に居ようとどうでもいいし。だけどよ、俺に荷物運ばせようとしてやがったんだぜ」
 見舞いに行った際に退院日を告げられて、形式的におめでとうと言った所「荷物を運べ」と言ってきたらしい。
 時間はしっかり放課後にしてあるから、学校が終わり次第迎えに来いと。
 急な入院で一人暮らしの為、箸やスプーン、おしぼりや洗顔料等の様々な物を病院から買い取った。それらを持ち帰る人手になれと。
 病衣やバスタオルなんかはレンタルなので大して嵩張らない。
「だから康一1人で大丈夫だろって事で任せたけどな」
 体格の良い仗助だけでなくひょろひょろと細い露伴よりも、更に小柄で見た目だけは頼りない広瀬康一がそんなに沢山物を持てるのだろうか。
「露伴の野郎「康一君には来てほしいけれど、色々と物を持たせるのは可哀想じゃあないか」って俺に向かって言うんだぜ? 俺に持たせる気だったのにムカっ腹が立つよなぁ」
 また、露伴の話。
「康一康一ってそればっかり。もう余裕で歩けるからこの前行った時はデイルームっつーの? 談話室で話したんだけどよ」
 仗助の心の中には常に露伴が居る。
「真っ先に「またお前か」だぜ? 時間の有る日にこそ康一に来てほしいとか、それ聞かされてどう思うか考えろっつの」
 友達である自分よりも、きっとずっと中央の深い位置に。
「……ダボが」
「ん? 億泰、どうした?」
「考えろは、オメーの方じゃあねぇのか」
 熱で潤んだ迫力も何も無いだろう目で睨み付けると仗助は若干たじろいだ。
「……何か欲しい物とかやっとく事とか有んのか? あぁ、それを考えろって事か」
「違ぇ」
 それに、別に露伴が取り分け嫌いなわけでもない。
 クラスメイトに読ませてもらった漫画は面白かったし、康一と2人で見舞いに行った際には何故か――恐らく甘過ぎたからだろうが――見舞いのケーキを半分近く寄越して漫画の感想を話させてくれた。変な奴だとは思うが悪い奴でも頭の悪い奴でもなさそうだ。
 だからと言って親友である自分の前で自分以外の人間の事ばかり考えているのは。
「仗助、帰れよ」盛り上げた髪の下の困り顔に向かって「俺と話してんじゃあねぇ!」
 支離滅裂な発言をしたと思ったが、この不調具合でよくぞと言える大声に仗助は眉間に皺を作る。
「はあ!?」
 仗助はまるで誰かを侮辱された時のように睨み返して立ち上がった。
 そうだ、自分ではなく自分の大切な『もの』を貶される事を許さない人間だ。
 キッと厳しく一瞥して仗助はそのまま億泰の部屋を出る。
 立て付けの宜しくない扉がバタンと閉められた。
 扉を隔てた遠くでどすどすと足音が聞こえた。床が抜けたらどうしてくれるんだ、と思い億泰は口元に笑みを浮かべる。
 こんな時に何を考えているのだろう。
 相変わらず自分は頭が悪いようだ。そう思った瞬間、ほんの少しだけ体が楽になった。凍ってしまいそうな寒さはそのままに、しかし体の重たさが僅かながらに背からベッドへと抜けた気がした。

 大の字とはいかないが仰向けで見上げる天井は相変わらず小汚くて、しかし人の居た証を感じさせる。
 見舞いに行った病院は気味悪い程に清潔だった。真っ白な天井がどこまでも続いていたら、きっと心細くなるだろう。
 露伴は寂しいと思っているだろう。仗助がそれを気遣っているのなら立派な事だ。
 そんな仗助と友達でいる事が誇らしくて、露伴に自慢してやりたい位だ。
 何故か泣けてきたが目を拭く為に手を動かすのも億劫だった。
 風邪引きの自分に肩を貸していつも通りの距離で話をして、移っていないだろうか。
――ガチャ
 ドアの開く音が聞こえたので首を動かす。
 父にだって移したくはないので「出て行け」と言おうと思ったが、入ってきたのは仗助だった。
 脇に億泰の掛け布団を抱え、反対の手にコンビニ袋を提げている。
「仗助……オメー……」
「話さねぇで考えたけど、もうちっと位看病してくわ」
 若干不機嫌さの混じる声音だったが、その言葉の中には「未だ友達の側に居たい」「助けてやりたい」という気持ちが込められているのがよくわかった。
 再び放り投げるように、今度は布団を掛けてきた。それから肩までしっかり掛け直してくれる。
 コンビニ袋からごそごそと漁ってゼリー飲料を取り出し、封を切ってから顔の前に差し出してきた。
「未だ寒気有るかもしれねーから常温の方買ってきた。これと薬飲んでとっとと治せ」
「……おう」
「億泰が居ねぇとつまんねーんだよ、何をするんでも」
 小さく口を開けるとそこへ冷たいゼリー飲料が入ってくる。
 常温のわりには随分冷たい。億泰は自分自身が熱くなっているからだと未だ気付けない。
「……康一の奴、上手くやってっかな。保証人だかにもされてるらしいぜ」
 あいつなら大丈夫だろう、と続ける所なのだろうが。
「露伴の話……すりゃ良いだろ」
 ゼリー飲料を吐き出さないように呟くと一瞬仗助は目を丸くし、すぐに先程誉めてくれた時のような笑みを見せた。
「俺は露伴の病院じゃあなくて、オメーの見舞いを選んでこっち来てんだぜ」
 胸の奥底に溜まった黒くもやもやとした何かが晴れてゆく気がした。20時間振りに胃に物が入ったから、という事にしておく。
 もしも兄の話をする度に仗助が抱いていたのがこのモヤのような『感情』だとしたら。初めてそれを知ったし、少しだけだが理解した。
 嗚呼、だから知恵熱が出たのだろう。

「そういや、よぉ……聞いた話だが、露伴が入院したのは……カメユーで『ボウコウ』されたから、らしいな……」
 露伴の描いた漫画を貸してくれたクラスメイトから聞いた。
 膀胱がどうしたのかと思ったが、違う意味らしい。
「何だそりゃあ? 俺は万引き犯にされたってっつってたけどな」
「万引き……そういや万引きしたって噂、俺も聞いたぜ」
「した事にされたって言ってたんだが……よくわかんねーよな」
 確かに露伴がわざわざ盗みを働く事は無いだろう。相当な金持ちだ。広い家に悠々自適に住んでいる。
 入院していたのも個室だった。そもそも漫画の売上もかなり有るだろう。何をやらかすかわからない性格をしてはいるが、そこに『万引き』は当てはまらない気がした。
「じゃあ……別に万引き犯が居るっつー事になんのか」
 億泰はもうゼリー飲料は要らないと唇をわざと強くつぐむ。
「しかも露伴に万引きを擦り付けるような奴がな」
「誰だ? どんな奴だ?」
「露伴が言うには後ろ姿には全く見覚えが無いんだと」
 キャップを閉めたゼリー飲料をコンビニ袋へ放り、仗助は髪のサイドを手櫛で直した。
「露伴はとっ捕まえて問い詰めるっつってるけど」
「あんな細っちぃ奴にンな事――」けほ、と乾いた咳が1つ出たが「出来んのかよ」
「俺達でやるしか無ぇよなぁ、億泰」
「おうよ」
 探し出す事自体は露伴に任せるとして、首根っこを掴んでブン殴るのは2人の役目。
 寒気で冷えきった手がいつものように動くなら指の骨を鳴らしている所だ。
「万引き犯を捕まえて、とっちめて、この町を守る。露伴の事はそのついでだ」
 ついで、が自分に気遣った建前でも構わない。仗助と馬鹿をやれるならそれで良い。
 どうやらそれを楽しみに思っているらしい。頭の中のゴンゴンと鳴り響く音が若干小さくなった。


2017,05,14


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何とかは風邪引かないから、何とかじゃなくなれば風邪引いちゃうのかなと思った。
でもこれ「退院の日に来なかった」って仗助と露伴先生更にこじれるやつ。
<雪架>

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