仗露 全年齢

関連作品:Under The Romance


  Not A Revenge


 一言で纏めれば好奇心旺盛な性格の岸辺露伴にとって、整形外科への入院生活とはかくもつまらない物だった。
 空きが有り個室に入ったので当たり前だが自分の他に誰も居ない。尤も、常時他人が同じ病室に居るのは耐えられないだろう。
 1日数時間のリハビリ以外はする事が何も無い。
 幸いにも骨折したのは足なので、自由の利く手で漫画を描くといういつも通りの過ごし方をしていたが、2週間先の分まで描き上げてしまった。先を書き溜めるのは好きではないし、次の回には資料が必要だからもう進められない。
「病院にも図書室位付ければ良いのにな」
 つい独り言も漏れた。
 図書室が有れば資料だけではなく読書も出来る。しかし病院図書室といえば病に関する資料の有る場の名称だ。
 ベッドからいやに近い位置に備え付けのテレビは有るが、元から見る習慣が余り無いのでテレビカードは専ら冷蔵庫用にしている。
 テレビの更に手前に置いてある見舞い品の小さなブーケをぼんやりと眺めて時間を潰していた。
――コンコン
「はい」
 ノックしてきた看護師に無愛想に返事をする。
 看護師が来ると多少の『会話』が生まれるが別に面白くも何ともない。
「露伴先生、お邪魔します」
「その声はっ!」
 ばん、とベッドサイドのテーブルを叩いた手が痛い。
 そんな事よりも。目を向けると入り口には予想通り広瀬康一が居た。
「康一君!」
「お見舞いに来ました」
 学生服を着て、手には小さな白い箱を持っている。あと隣に虹村億泰も居る。
「来てくれたんだね、康一君」
「平日の面会時間って午後3時からなんですね。まぁ学校終わってすぐ来て丁度良い時間ではあるんですけど」
「見舞いにケーキ買ってたら遅くなっちまったけどなァ」
 これ、と億泰は康一の持つ白い箱を指した。
「露伴先生、もしかして甘い物って苦手でしたか? 外科だったら食べ物の差し入れでも大丈夫だと思ったんですけど……」
「大丈夫だよ」箱を見て、康一を見て、億泰を見て「仗助は?」
 別に来て欲しいわけではないがこの面子で東方仗助が欠けているのは違和感が有る。
「お母さんが早く帰ってくる日だから一緒に買い物に行くんだって言ってました」
「そうか」
 至極どうでも良いので聞き流しておいた。
「仗助君、この前お見舞いに来たんですよね?」
「あぁ来てったよ」
「何で足治してもらわねぇんだ? 病気じゃねぇんだし、仗助のクレイジーダイヤモンドで治せるだろ」
「あんな奴に借りを作って堪るか」
 どれだけ調子に乗られるかわかったものではない。
 鼻を鳴らす露伴に、康一は「ここ良いですか?」と訪ねてケーキの箱を花の横に置く。
 ショートケーキが3つ入っているだろうと踏んだが、康一が蓋を開けると予想外にロールケーキが入っていた。
「見た目はショボっちいかもしれねぇけど、中にはクリームとプリンと、あと苺のジャムみてぇのが入ってるんだぜ!」
「それはまた……随分と甘ったるそうな物を選んできたな」
 一体誰の趣味だ、と溜め息を吐く。
「まぁこの形だから倒れなくて済むのかもしれないが……取り敢えず切り分けようか。康一君も食べるだろう? 冷蔵庫の中に使っていないプラスチックナイフを入れてあるから出してもらえるかい?」
「はい。って、何で冷蔵庫に入れてるんですか」
「他に置く場所が無いんだ」
「ここに引き出し有んじゃ……って、何だこりゃ? でっけー封筒だな、中に何入ってんだ?」
「原稿だよ」
 勝手に引き出しを開けるなと言っても遅い。B4サイズの封筒は億泰の手に渡ってしまった。
「原稿って、漫画の? 『ピンクダークの少年』の原稿かァッ!?」
 耳を塞ぎたい程大きな声を出した億泰の手がぷるぷると震えている。
「み、見ても良いっすか? 見させてもらえねぇっすか!?」
 思わず「はぁ?」と言いかけた。痛み止めを飲んでいる足よりも頭が痛い。
「億泰君、ピンクダークの少年好きなの?」
「この前クラスの奴に読ませてもらってよォ、滅茶苦茶面白ぇのな! 俺全巻買っちまったよ」
「そういう事か」
 ただの阿呆だと思っていたが自分の描く漫画を気に入るのなら存外悪い奴ではない。
 寧ろ意地でも読まないであろう仗助よりもずっと良い奴かもしれない。露伴は顎を上げて目を細めた。
「単行本派なら最新刊の後に3週間分連載されている事になる。それでも良いなら再来週掲載分のそれを見ても良い」
「マジかよ! よっしゃあぁー!」
 勢い良くガッツポーズを決める姿に「汚すなよ」とだけ伝える。
 浮かれ調子で億泰は封筒から原稿を取り出した。
 分厚く白い紙に青緑のトンボが入っている。そこに黒いインクで描かれた絵が、億泰の眼球に映った。
「所で僕のスタンドの能力を忘れてないだろうな?」
「あ?」
「ヘブンズ・ドアー!」
 億泰の顔がバラバラと本のように開かれる。
 手も足も巻物のように紙状態になりそのまま倒れた。15年か16年しか生きていない人間の割には随分と長い物語が詰め込まれていそうだと思った。
「うわあぁー!」
 この状況に声を上げたのは康一で、袋に入ったままのプラスチックのナイフを放り投げてまで掴みかかってくる。
「ちょっと露伴先生! 何してるんですか!」
「本を読みたいけれどこの足だから本屋にも図書館にも行く事が出来なくてね。それにこいつをまともに読んだ事も無かった」
「何言ってるんですか! 早く戻して下さい!」
「別に良いじゃあないか、少し位……破らないし書き込まないから、読むだけなんだから問題無いだろう? そうだ、ケーキはこいつの分を大きめに切ってやれば良いんじゃあないか?」
 悪いようにはしないと伝わったのか、それとも単に諦めたのか、康一は渋々手を離した。
 放ったプラスチックナイフを拾い袋を開けて、ここまで億泰にやるぞと半分辺りに当てる。
 半分でも全部でも幾らでもくれてやる。退屈を退治するには何か食べるより、面白い話を読む方が良い。

「なかなかにハードな人生を送ってきたんだな」
 平凡な生まれのようで物心付く前に母親を亡くし、5歳の時点で父親が人外へと変貌。合間に恐ろしいスタンド能力を身に付けたが、10年間頼りきっていた兄もこの春に死別。
 約4分の1にカットしてもらったロールケーキに手を付ける事すら忘れて読み耽ってしまった。
「悩みの1つも無さそうな馬鹿だと思っていたが一丁前に悩んでもいるらしい」
  毎日鼻が詰まって苦しいし鼻水も出る
  ティッシュがすぐ無くなる また買いに行かなくちゃあならない(親父が零した物もティッシュで拭いている)
  鼻で息が出来ないから口を開けて寝ているみたいだ 朝は口が渇いて目が覚める
「ハウスダストが原因じゃあないか? 掃除が面倒臭いなら家政婦の1人でも入れれば良い……が、父親の姿を見らるわけにはいかないし、簡単には出来ないか」
「そもそも高校生が申し込んでもちゃんと取り合ってもらえませんよ」
 詰め所から借りてきたパイプ椅子に腰を掛けた康一がケーキをもそもそと食べながら言う。
「引越しとか転校とか、お兄さんがお父さんのフリをしていたみたいですね」
  兄貴のように大人の真似は出来ない
  俺は頭が悪いから兄貴のように振舞える気がしない
「そうらしいな」
  洗濯だって一苦労だ この前の日曜ももっと兄貴に聞いておけば良かったと思いながら色の移った洗濯物を干した
「少し兄の話ばかりな気もするが、これなら読み手も納得するかもしれない」
「読み手? 億泰君の?」
「僕の描いている漫画の、だよ。ダークヒーローとして描くつもりのキャラクターが居るんだが、どうにも悲壮感が付かない。しかし億泰のような人生を歩んでいた事にすればなかなか魅力的になりそうだ」
 見た目からは想像出来ない程度に不憫な人生の続きを、康一の「そうですか」という返事とフォークを使う音をBGMに更に読み進めた。
  1番大変なのは飯の準備だ 親父に食わせるには箸で食べる物は駄目だ
  暫く魚を食べていなかったからか仗助の家で食べた焼き魚は格別に美味かった
 いきなり出てきた仗助の文字に目を見張る。
  仗助のお袋さんが泊まっていけば良いと言ってくれるのが嬉しい
  親父と猫草が心配だからいつも断ってる 俺だって偶には泊まっていきたい
 高校生ならば友人の家に泊まる事も有るだろう。露伴に有ったか否かはさて置いて。
 人前では口に出来ない本音を覗き見る事が出来る自身のスタンド能力が少し恐ろしくなった。
  それなら代わりにと仗助が泊まりに来た
  風呂が広いと言われた 念入りに掃除しておいて良かった 風呂掃除はそんなに嫌いじゃあない
  親父も仗助を覚えたみたいで割った皿を直してくれと頼んでいた
「なんだ、楽しくやってるんじゃあないか」
 読み進めれば大半を占めていた『兄貴』という単語がすっかり『仗助』に置き換わっている。
  仗助に手紙を渡していた女子が好みのタイプで羨ましい
  オーソンで中華まんを買った時に小銭が無いと言うから仗助に12円貸してやった
  体育の有る日にジャージを忘れて仗助に借りた サイズが合うから助かった
  今度仗助をバイクに乗せてS市まで行く約束をしたがアイツが後ろに乗ると燃料がすぐ減る
「……ちょっと待て」
「露伴先生、どうしたんですか?」
「一体何なんだこれは! 仗助、仗助、仗助の事ばっかりじゃあないか!」
 そうなのか、と皿を空にした康一が露伴の手元を覗き込んだ。
「コイツはどれだけ仗助の事が好きなんだ!?」
「確かにいっつも一緒に居ますね」
 康一の苦笑が眩しくて、一瞬破り捨ててやろうかとか余白に喧嘩すると書き込んでやろうかと思ったのは無かった事にする。
「でも露伴先生も仗助君の事考えてばっかりじゃあないですか?」
「何?」
「僕達が来てすぐに仗助君は? って訊いてきたし。億泰君の事言えませんよ」
「全く何を言うかと思えば。僕があのクソッたれの事を考えてばかりなんて……」
 本にした億泰の腕を放って視線を斜め上へ逸らして記憶を辿った。
「……まぁ考える事も有る」
「でしょう?」
「僕はアイツの事が嫌いだからな」
 ふんと得意気に鼻を鳴らして断言する。
「あはは……それに億泰君はお兄さんが居なくなってから頼れる人が居ないから余計に、っていうのが有るんだと思いますよ」
 確かに読む限りはそう思えた。
 まして仗助は一人っ子で兄を頼ったり弟に頼られたりした経験が無く、余計に世話を焼き過ぎている面も有るだろう。
 康一の着眼点を誉めたかったが。
「僕も仗助君は頼りになるなぁって思う事有りますし」
 自分ではなく仗助が、と比較されているようで気に入らない。
 康一が頼るべきは仗助ではなく自分だ。何せ自分の方が年上だし立派に仕事もしている。
「だから露伴先生もちょっと位頼っても良いんじゃあないですか? 貸し借りが、なんて事は忘れて」
「僕が? 仗助を? 頼る?」
「そんなに嫌ですか?」
「嫌だね」
 そうですか、と何故か康一が肩を落とした。
 呆れたいのはこちらの方だ。例え露伴が貸し借りを気にしなくても仗助の方が気にしてくるだろう。
 足は早く治したいが「あの時治してやったっスよねぇ?」等と言われては堪らない。
 あんな奴に些細な物とはいえ弱味を握らせてなるものか。と、また仗助の事を考えている。
「……まぁ一層借りを作ってすぐに返した方が早い事も有るかもしれない。骨折の治療だとかは」
「それで良いと思いますよ。明日仗助君に言っておきます。先生の足を治してあげてって」
「康一君の手を煩わせるまでもないよ。嫌だけど僕から言うさ。嫌だけどね。そこの花が枯れる前にまた持ってくる、と言っていたから。まぁアイツの言葉だから信用ならないが」
 指した花は未だ生き生きとしているので当分来ないかもしれない。
 白くて消毒液臭くて空しか無い窓の外と備え付けのカレンダー位しか見る物の無い病室で唯一生の有る花。
 やたらと活力的な誰かみたいで逆に腹が立ってきた。
 康一との会話に夢中で露伴はある一文には気付いていない。
  また仗助が岸辺露伴の話をしてきた


2017,04,14


関連作品:Thank You Cancer


お代わり下さいって言われたから書いてしまった…今度こそ仗助×露伴を、と思った結果が億泰→仗助vs露伴←康一にまで悪化した…
続き物のつもりですが、前作を読まなくても大丈夫にしたつもりです。というのを後書きに書いても何の意味も無い。
ヤンキーって基本漫画好きですが、ピンクダークの少年は作中の説明からするとヤンキー受けしなさそうですね。
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