仗露 全年齢


  Under The Romance


「はぁ!? 代わりに見舞いに行ってくれだぁ!?」
 放課後の廊下に東方仗助の声が響き渡る。
「頼むよ仗助君! この通り」
 広瀬康一に顔の前で両手を合わせて懇願されては断り難い。
「けどよぉ……何で俺が、よりによってあの岸辺露伴の見舞いに行かなきゃあなんねぇんだよ」
「僕これから塾だから……」
 問題はそこではない。
 露伴とはどうにも相性が悪いので避けたいと常々思っている自分に何故頼むのか、と仗助は康一を見下ろした。
 しかしその光景は傍から見れば体格の良い仗助が、小柄で一見真面目そうな康一を脅しているかのようにも見える。
 まさか康一はその事を踏まえた上で他のクラスの生徒達も大勢居るこの時間と場所で言い出したのだとしたら。

「……第一、何で入院なんかしてんだよ」
「昨日電話で聞いたんだけど、何でも足の骨を折ったらしいんだ」
「骨折!? 階段から落ちでもしたのか? 漫画家のくせにあんな無駄にデカい家に住んでるからなァ」
「漫画家のくせに、なんて失礼だよ。露伴先生の漫画はすっごく面白いし。で、連絡する人が他に居ないって言ってたから、きっと誰もお見舞いに行ってないと思うんだ」
 友達の1人も居ないのか――居ないだろう、あの性格だ。
 康一はぺこ、と深く頭を下げた。
「可哀想だから行ってあげて、頼むよ!」
「わかった、わかった! 頭上げてくれ……」
「有難う!」
 がばとすぐに顔を上げられると「してやられた」感が有る。
「頼んだからね。じゃあまた明日!」
 ましてそのまま大きく手を振り走り去って行った。
「あーあ、友達の頼みは断れねぇよなぁ」

「帰ったわよ」
「は?」
「掃除当番代わってくれって、急いで帰っていったわ」
 同じように頼みを断れない友達こと虹村億泰と連れ立って行こうと思い教室を訪ねたのだが。
 彼のクラスメイトの山岸由花子が、美人なだけに似合わない回転菷を手にしれっと言ってのける。
「自称不良のくせにちゃんと代わりに掃除する奴見付けるんだな……」
「明日の当番を代わると言い出すなんて、不良じゃあないと思うわ」
 あの容姿で康一のように顔の前で手を合わせて頼み込んだのだろうか。
「でも丁度良かったわ、明日一緒に帰ろうと康一君の方から言ってくれたんですもの。掃除が終わるのを待たせずに済むんだから、利害の一致ですぐに引き受けたわ」
「じゃあもしもの話だけどよ、その康一が今日自分の代わりにちょっとした所に行ってくれって頼んできたら――」
「お断りよ」
 最後まで言うより先に遮られるとはにべもない。
「康一君が一緒に来てほしいと言うのなら別だけど。でも私は今見ての通り掃除をしているの。何を頼まれたか知らないけれど自分で行って頂戴」
 がくりと肩を落としたい気持ちを飲み込み、仗助は1つ咳払いをする。
「頼みじゃあなくて質問なんだけどよ」
「何?」
「見舞いって、何持ってけば良いんだ?」
「……見舞い?」

 果たして看護師から聞いた病室――頼んだのか空きが無いのか個室――に岸辺露伴は居た。
 折れた片足はギプスで固定されているものの背筋をしゃんと伸ばして座り、本来は食事を置くであろうベッドサイドテーブルに向かっている。
 そして一心不乱に漫画を描いていた。
「何やってんすか……」
 仗助は今度ばかりはと肩を落として盛大に溜め息を吐く。
 漫画には余り詳しくないが毎日描き続けないと病院代を払えないものなのだろうか。あれだけの豪邸に住んでいるのに。
 ベッドサイドテーブル以外にも付けられる気配の無いテレビの前や、その台の上に漫画が描かれた、あるいはこれから描かれる紙がどさりと置かれていた。
 逆に言うとそれ以外の物が全く無い。着替えは流石に収納の中に有るのだろう。しかし外科なので飲食物の規制はされていないのに、売店で買った物や誰かからの差し入れといった物は見当たらない。
「何か飲む物(もん)でも買ってきますか?」
 尋ねても返事をしない。正しくは聞いていない。
 本来なら誉められるであろう集中力だが、折角見舞いに来てやった側としては不満が募る。
 例えばこれが康一ならすぐにこちらを向くのだろうか――と考えかけたが、もしもそうなら余計に腹が立つので考えるのは止めた。

「露伴先生。おい、岸辺露伴!」
 がなりに近い声を上げて漸く露伴は首を動かす。
「? 何の用だ?」
 一瞥するのみで返事を待たず、仗助にとっては使った事の無い先端にインクを付けるタイプのペンが再びガリガリと音が立ちそうな程強い力を込められ走り始めた。
「見舞いっスよ、見舞い」
「見舞いだぁ? 一体何の……」ピタ、と手を止め「……そうか、僕は今入院していたな」
 すぐに手は動き出した。仗助が来た事も己の瞬きも時間の流れも忘れたように。
「入院というのも案外悪くない。物心が付いてからは初めてしたが、医者の話し方や看護士達の毎日の動き、整形外科が成人男性に出す食事の内容、それから……早くリハビリをしたいな。理学療法士達はどんな言動を取るのか実際にこの目で見なければ」
「リハビリって、骨折したんじゃなかったんスか?」
「骨折したよ。単なる外傷による不完全骨折だ」
 それでも昨日入院したばかりならリハビリは当分先の話だろう。
「何で骨折なんてやらかしてんスか。しかも足の」
「そうだな、腕じゃなくて良かったよ。足が1本折れようと2本折れようと、腕が有れば漫画は描ける。まぁ両方とも折れてしまったらトイレにも立てないから不便極まりないだろうけどね」
「あ、トイレは1人で行けるんスね」
 車椅子は無いがベッドの奥に松葉杖は立て掛けられている。
「何だ、僕が尿瓶(しびん)でも使うと思ったのか? 失礼な上に下品な奴だな」
「誰もそんな事言って……っつーか折角見舞いに来てやったのにずっと漫画描いてる方が余程失礼だと思うんスけど」
「見舞いに来てくれなんて頼んでない。というか僕は康一君にしか連絡していない筈だ」
 来なければ良かったと後悔した。
 否、最初からそう思っていた。病院までの道程でも、エレベーターの中でも。

「しかし参ったな……康一君が来たらそれを出してもらうつもりだったというのに」
 今までと違うほんの少しだけ違う、やや寂しげな声音で呟いた露伴の視線の先には1つの封筒が有る。
「何スか、それ」
「別になんて事は無い、実家宛の手紙だ。来週帰ると言った矢先にこれだから……旅行に出ると書いてある。少し旅をしたらその帰りに行くと」
「そんなの俺が出してきますよ」
 近場のポストから出して良いのであれば。
 旅行に出た先の郵便局の消印が必要と言い出したなら別だ。
「借りを作りたくない」
「こんなの貸し借りでも何でもねぇだろ。じゃあ……椅子ってどこに有るんスか? 教えてくれたらチャラにするんで」
 足を折った人間に茶を出せとは言わないが、ずっとそろそろ座って良いの一言位欲しい。

 露伴自身が病室(へや)を狭くしないように椅子を置くなと言っていた所為でナースステーションまで取りに行かされた。これでは新たな貸しの1つだ。
 しかし誰も見舞いに来ないと踏んでいたのかと思うと不憫な気もした。
 借りてきたパイプ椅子をベッドからやや離した所に置いて座る。
「さっき、何で骨折したのかって、俺は理由を聞いたんスけど」
 露伴はペンを置いて――気遣いではなく単に描き終えただけかもしれない――不快そうに眉を寄せた。
「万引き犯にされた」
「はァ?」
「またあのデパートで、もう3度目だ。特に見ていたわけでもない物を鞄に入れる同じ手口」
 どうせ見知らぬ誰かから怨みをかっているのだろう。
 しかしだからといって窃盗という罪を犯し、それを擦り(なすり)付けるのは底意地が汚過ぎる。
「腹の立つ奴だな……でもそこからどうして足の骨を折るんスか」
「追い掛けたんだよ」
 前回、前々回で学んだ露伴は物を入れられたと同時に気付きすぐ振り向いた。
 既に後ろを向いていたので顔は見えなかったが、髪形と服装は何と無く覚えている。
 そこで「待て!」と言ってしまったのが不味かった。当然待たずに走り去さった犯人を追って外へ出ようとした所、正面出入り口の自動扉に足を挟まれた。
 最後だけ聞くとダサいと笑うのが普通かもしれないが。
「本当に胸糞悪い話だ……くそっ……スタンドでとっ捕まえようとは思わなかったのか?」
「あの状況で、僕のスタンドじゃあ捕まえる事は出来ない」
「それもそうか」
「だからと言ってこのままには出来ない。何としても捕まえなくては」
「全くその通りっスよ。そういう事なら協力してやっても――」
「捕まえて、どういう心理を働かせているのか知らなくては僕の気は治まらない。何が目的なのか、何故僕なのか、盗ませる物に意味は有るのか、あのデパートでする理由は何だ?」
 とことん変な人っスね、という言葉を飲み込むだけで精一杯だ。

 見舞いで病室に訪れるのはどれ位振りだろう。仗助は改めて室内をキョロキョロと見回す。
 整形外科だが壁や床や天井は白く、どことなく消毒液臭い。
 そこを彩るように、というつもりは無いのだが。
「……どうぞっス」
 漸く後ろ手に持っていた――ナースステーションに椅子を取りに行く時にも隠すように持っていった――見舞いの品を差し出した。
「これは……花?」
 小さなカゴにぎしりと詰め込まれた可憐な花々。
 由花子からのアドバイスは「花でも贈れば」という素っ気無い物だった。外科の入院とも若い男とも言っていないのだから仕方無い。
「花屋の人からは鉢植えは駄目だから花束をって勧められたんスけど、花瓶無かったら困るんで」
 案の定と言って良いのか本当に花瓶も花瓶代わりに出来る物も無いので丁度良かった。カゴをそのまま置くだけで済むし、中にはたっぷりと水を含ませたスポンジが入っている。
 男が花を買うというのは気恥ずかしかったし、男が花を贈られて喜ぶとは思えなかった。
 しかし露伴は「綺麗な花だ」と呟き満更でもないと唇に笑みを浮かべている。
「名前は?」
「あ、わかんねぇや……花とか詳しくないんで」
「何を気持ち悪い顔でニヤニヤしているんだ」
 そう言いながら、こちらの顔を見る露伴もニヤついている。これでは傍から見れば仲良く笑い合っている2人だ。

 不意に露伴の目が真摯な物に、正確には睨み付けるような物に変わった。
「花を、お前が買ったのか? 東方仗助」
 わざとらしく低くした声で話されようと普段なら気にもしないが、折角それなりに良い雰囲気――と思いたい――だった所にこれでは舌打ちの1つもしたくなる。
「今日お前が僕に寄越した事に意味は有るのか?」
「急に何言ってるんスか?」
「今日が何日か知っているのかと訊いているんだ!」
 訊いていないだろうと言うより先に露伴は指を差してきた。
 仗助の顔ではなく、その後ろの壁に掛けられている病院の備品のカレンダーを。
 首を大きく捻り目を細めて確かめる。
「14日?」
「そうだ、14日! バレンタインデーだ!」
「バレンタイン……って、あぁ、あのチョコレートの日か」
 女性が想いを寄せる男性へチョコレートを贈る日。
 チョコレート業界の商戦は逞しく、本命・義理・友等様々な名前を付けられたチョコレートが友人間なり家族間なりでも渡されるようになっていた。
 仗助も毎年のように貰っている。クラスメイトやらよく知らない同級生やら、上級生やら下級生やら挙げれば切りが無い。
「チョコレートが食いたいんだったら買ってきますよ」
 恐らく病院内の売店でも売っている。
「そんな事は言ってない! でも……そうか、そういうつもりじゃないなら、知らないならいい」
「何の事っスか」
「バレンタインの海外の風習を知らないんだろう?」
 知らないから言えと言っているのに回りくどい。
 どうやら露伴にとって覚悟を決める必要が有ったらしく、口を開く際にやや顎を下げて視線を逸らした。
「……海外では恋人間で、特に男から女へ物を贈り物をする日だと聞く。ヨーロッパでは花束を贈るのが一般的なようだ」
「へぇ、詳しいっスね」
 一体それが何故激昂に繋がるのかは不明だが。仗助は顎に指を当てて考えてみる。
 恋人が花束を贈るのが一般的な日に花束を持ってこなかった事に苛立った――それは有り得ない。何故なら恋人同士ではない。
 そんな日に花束ではないにしろ花を持ってきて恋人を気取るつもりかと怒っている、という可能性の方が幾分高そうではあるが、これはこれで随分と理不尽だ。
 どちらなのか、どちらでもないのか。知りたいような、知りたくないような。更に深く考え込む為に仗助は目を閉じた。

 ある事に気付いてパチリと目を開ける。
 この数瞬の間にこちらを見ていた露伴が慌てて視線を逸らす。
 そんな『勘違いをしている』事に『未だ気付いていない』彼へ、にやと笑ってやった。
「なぁ露伴先生よォ」わざとらしく後方のカレンダーを振り返り「バンレタインデーって先月じゃないんスか?」
 露伴が2月14日に花を手渡してきた事に対して何の不満が有るのかはわからない。しかし、そもそも今日は2月14日ではなく3月14日だ。
 思い返せば先月母がチョコレートを渡してきた。その際に来月何を返してくれるのかしらと言っていた記憶も有る。
 今朝はコンビニエンスストアで菓子の1つでも買って帰ろうと思っていた位だ。誰かさんの見舞いの所為ですっかり忘れていたが。
「そういえば1ヶ月位前に段ボールでチョコレートが送られてきたな」
 未だ残っているが期限が、とぶつぶつ言い始めた。声を荒げた謝罪も無しに。
「本当に送られてきたんスかぁ? 誰からも貰えないから1ヶ月勘違いしてたりして」
「そんなわけ無いだろう。お礼に1枚イラストをと言われて書き下ろしている。お前こそ誰からもチョコレートの1つも貰えない寂しい1日を過ごしたんじゃないのか? お前にやるような女は居ないだろうからな」
「俺じゃあなくて俺に物をやりたいと思う人を罵るのはどうなんスかねェ」
 互いの声がどんどん大きくなってきた。
「どうせなら漫画の資料になる物でも持ってきてもらいたかったがそんなセンスは無いだろうな!」
「骨折は病気と違うから俺のスタンド一発で治せるんスけどね!」
「お前に借りは作りたくないと言ってるだろう!」
 そろそろ幾ら個室と言えど病院なので静かにしてくれと、看護師達に忠告される頃合。


2017,03,14


関連作品:Not A Revenge


利鳴ちゃんからヴァレンタイン貰ったので、ホワイトデーを返さなくては…と書いてみましたが甘さの無い出来上がり。
仗×露のつもりがどうしても仗vs露になるの何故なのかしら?殴り愛とかそういう事でしょうか??
色々可笑しな点は有ると思います。例えば露伴先生はデパートに鞄持ってかないだろとか。アニメ派って事で此処は1つ。
<雪架>

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