ブチャラティとジョルノ R15 アバブチャ要素有り

関連作品:I don't believe.


  I keep believe.


 レオーネ・アバッキオの今日の任務開始まで未だ小一時間は有る。夜間に営業する飲食店の、控えめに言えば用心棒のアルバイトなので従業員の1人でも出勤してこなければ店内に入れないし、こちとらただのギャングなので開店して少し置いてから行った所で何1つ問題は無い。
 恋人もといチームのリーダーのブローノ・ブチャラティが昼間は仕事を入れないでくれた。だがブチャラティは明日から遠方に赴くので何か引き継ぐ事が有るかもしれない。
 それにもしかするとブチャラティに会えるかもしれないと早めに家を出てアジトに顔を出した。これが間違いだった。
 事務仕事をしている筈のパンナコッタ・フーゴはナランチャ・ギルガの見回りに付いて出て行き、グイード・ミスタは引き抜きの話を正式に断りに行っている。
 その所為で誰も居ないのなら未だ良かった。しかし学生との二足の草鞋を履くジョルノ・ジョバァーナが仕事も無いのに何故か居た。彼の事はオブラートに包んでいうと『苦手』なので是非とも学業に専念してほしい。
 ジョルノにお茶を淹れると言われたので小さなダイニングを思わせる休憩室――奥に簡易なキッチンが有り、メンバー全員が座れるテーブルを置いている――で2人で向かい合いティーバッグ紅茶を飲むという始末。
 からかわれているとしか思えない会話を終えるように、隣の椅子で寝ていた子猫が誰かを迎えに出入り口へ向かった。
「お前しか居ないのか?」
 この声。
「と、そっちに居たのか」
 ジョルノと揃って出入り口の方を見る。猫に足をよじ登られているブチャラティが居る。
 膝上まで登ってきた猫を両手で掴み抱えこちらへ来た。
「珍しい組み合わせだな。お前達が仲良くなったのなら何よりだ」否定する間を置かず「少し気掛かりだった」
「気掛かりですか?」
「ああ、お前達が2人で話している所を見る事が無かったから。俺の杞憂で良かった」
 杞憂でも何でもなく2人で話す事は無かったしこれから先も無くて良いのだが。
 しかし目を細めた恋人の表情を曇らせるような事はしたくない。アバッキオは大声で言い放ちたい言葉を何とか飲み込んだ。
「ブチャラティも何か飲みますか?」
「コーヒーを淹れてもらえるだろうか」
「はい」
 ジョルノが立ち上がり、ブチャラティはその向かいに当たるアバッキオの隣の椅子を引き座る。
 ブチャラティは連れてきた猫を膝の上に置いたが、猫は先程まで昼寝をしていたので眠たくない、遊んでもらいたいモードに入り胸元に前足を掛けてみゃあみゃあとしつこく鳴いた。
「わざわざすまないな」
「構いません。このエスプレッソマシン、電動のミルが付いていますから。凄く楽で良い」
「でもお前達は紅茶を飲んでいたのか」
 猫の頭を2本の指で撫でながらブチャラティはアバッキオのカップをちらと見る。
「僕は紅茶の方が好きなんです」
「ティーバッグじゃあ物足りないなら茶葉も置くか?」
「充分美味いですよ」
 色々とセットし終えてボタンを押したジョルノは先程紅茶に結構な量の砂糖を入れていた。好きなのは紅茶というより砂糖なのではと思ったが黙っておいた。
「紅茶党にコーヒーを淹れさせているわけか」
「慣れています」
「ああ、お前の恋人はコーヒー派だったな」
「ミルクはどうしますか? と言っても僕は上手にスチーム出来ませんが。彼、大量の砂糖を入れるだけなので」
「買って暫く経つ牛乳が有ったからそれを適当に入れてくれ。スチームはしなくて良い」
「わかりました」
 ジョルノは小さい冷蔵庫――それでも冷凍庫も付いている――を開けて牛乳のパックを取り出す。
 強烈な違和感。
「……ブチャラティ」
「何だ?」
「お前、その……ジョルノの交際相手を知っている、のか?」
「ああ」
 平然と答えたブチャラティの胸を撫でられ足りない猫がよじ登り、彼の顎に頭を押し付け始めた。
「じゃあ、逆は?」
「逆とは?」
「……お前が誰と付き合っているかを、ジョルノは知っているのか?」
 ブチャラティの目元ではなく口元が笑う。
「恋人が居る事は話したが、それがどんな奴かは話していない」
 自分達2人が交際をしているという事は恐らく誰にも、少なくともジョルノには言っていないままのようだ。
 背を向けコーヒーを淹れているジョルノに聞かれても良いように暈して言ったのは正解だった。他の誰かに知られた所で――同性愛だと非難される以外は――気にならないが、厄介な質問をあれこれしてきたジョルノにだけは知られたくない。
「お待たせしました」
 カフェラテがなみなみと入ったカップがブチャラティの前に置かれる。牛乳の方が多く見える色――恐らく3分の2は牛乳――なので正しくはマキアートか。
「有難う。ジョルノ、惚気話でもしていたのか?」
「寧ろ恋愛相談をしていました」
「そうなのか?」
 ブチャラティが素直に驚いて目を丸くした。
「そうですよね」
「あ、ああ……まあ」
 違う気もするが。というか違う気しかしないのだが。
「アバッキオは親身になって僕の相談に乗ってくれました。有難うございます」
 どう致しましてと言うに言えずアバッキオは空同然のカップに口を付けて誤魔化す。
「ブチャラティはアバッキオとそういった話を……しないでしょうね」
「しないな」
 ならばどんな話をするのか、と突っ込んで聞くのかと思うと気が気でない。
 否、ジョルノがしないと踏んだのは、やはりアバッキオとブチャラティが恋人同士であると考えているからかもしれない。そう思えば気が違いかねないので思考の外へ無理矢理追い出した。
「試しにしてみるか」
「止めろ」
「ジョルノの相談には乗るのに俺の相談には乗ってくれないのか。寂しい話だ」
「……恋愛以外の相談なら幾らでも乗ってやる」
 そして恋人への要望が有るのなら2人きりになった時に幾らでも聞いてやる。
「なら明日の仕事の相談でもしよう」
「トリノでしたっけ」
「ああ、2日分の荷物は纏めた。2日で済むと良いんだが……」
 言葉尻に溜息が混ざった。
 恋人を置いて遠出とは何とも寂しい話だが互いに大人なのだから仕方無い。それよりもチームにリーダーが不在の日が長くなる事を心配するべきだろう。
「俺が留守の間、頼んだぞアバッキオ」
「ああ」
 自分よりも先に組織(チーム)に加入した者も居るが、自分が最年長なのだから任されるのは当然だ。これも別に恋人がどうこうといった意味は無い。
「アバッキオへの仕事の相談は終わった。次はジョルノに恋愛相談でもするか」
「ジョルノに何を話すつもりだ!?」
「話されて困る事でも有るんですか?」
「いや……別にそういうわけじゃあない」
 遂にブチャラティの肩までよじ登っりきった猫が鳴くのを止めた。未だ子猫と呼べるサイズだから良いものの、1年もすれば肩に乗せていられない位の重たさになるだろう。
「子供に話して解決するような悩みがブチャラティに有るなら意外だと思っただけだ」
 向かい側に座り直したジョルノをぎりと睨み付ける。
 ジョルノは「もう子供ではない」といった類の言葉を言わずただ視線を受け流した。
 否定すればした分だけ子供に見られる。はいそうですかと聞き流す方が大人に思われるし、聞き流されてしまった側の方が余程子供に思われてしまう。
「僕で良ければ聞きますよ、話して下さい」
 まさに大人の返答に腹が立つ。
「何から話したものかな」
「相談する事が無いという惚気ですか? それならそれで聞きます」
「いや……毎日のように顔を合わせているのに、明日から数日は会えないのかと思うと寂しい、とでも相談するか」
「毎日のように? 頻繁に会っているんですね」
「会うだけ、だけどな。2人きりで話し込んだりはしない。お前達もそんな感じ……じゃあないか」
「人が居なければ別れ際にキスの1つはします」
「それは良い」本来なら嫌がられそうな猫の耳を触りながら「俺達はそういうのが余り無い。という事を相談するか」
「キスをしたいのにさせてくれない? それとも、したくない?」
 アバッキオと同じような相談だ、と続けられたらどうしよう。視線を合わせている2人の視界に自分が全く入っていないのならジョルノよどうか喋らないでくれと手を合わせて祈りたい。
「したいキスとしたくないキスが有る」
 願いが届いたのか否か、ジョルノが何か言う前に話を続いた。
「俺は我儘なんだ。自分のしたいキスはしたい。だがしたくないキスはしたくない」
「人間誰だってそうだと思います、キスに限らず。アバッキオも思いませんか?」
「……ああ」
 折角逃れたと思った所で巻き込む高等技術は控えてほしい。
「向こうはきっとどんなキスでもしたいと思っている。俺はそれをわかっている。なのに」猫から手を放し「舌を使うのが駄目なんだ」
 隣に居るので横顔しか見えない。元よりブチャラティは表情豊かなわけでもない。だが声に充分寂しさが混ざっている。
「舌……舐めたり、そういう事ですか?」
 ブチャラティは静かに頷く。
 そうだ、ブチャラティは舌を使う、使われる性行為を極端に嫌う。わかっているから強制をした事は無い。だが願ってはいた。言葉にせず勿論頼んだりもせず、それでもそうなると良いなと思う事は止められなかった。
 ジョルノにその話をしたばかりなので勘付かれるのではと焦る気持ちと、ブチャラティを苦しめる要因になっているのではと申し訳無い気持ちが胸の辺りで渦を巻く。
「唇は重ねたい。だけど舌を入れたくないし入れられたくない。だからキスもその先も余りする事が無い」
「でも『キス』が嫌いなわけじゃあない」
「したいとすら思っている。そんな我儘な奴なんだ、俺は」
 アバッキオは大きく息を吸って吐いた。動揺を悟られたくない。特に向かいに座るジョルノには。隣に座るブチャラティにだって。
 舌を使う事を嫌っているのは勘付いていたし、それを先程ジョルノと話したばかりだ。だが舌でなければ、唇のみならば寧ろ「したい」とブチャラティは言った。動悸が激しくならないわけがない。
「キス、と一口に言っても色々有りますよね。貴方の望む唇を重ねるだけの物とか、貴方の相手が望んでいるらしい舌を絡めるような物とか」
 余程後者を嫌っているのかブチャラティの眉が寄る。
 彼の醸し出す不快感を悟ってか猫が肩から膝へと降りた。
「僕は自分の恋人がキスが上手いと、どんどん上達していると思っていた。それは彼が僕の好みのキスを学んでいる……とでも言うんでしょうか、どういうのを好むか知り、それをしてくれているから。キスに有るのは上手い下手じゃあなく、好きか嫌いかなんだと最近気付きました。貴方は色々と隠すのが上手いから、貴方の恋人は貴方のキスの趣味を知らない可能性がとても高いと思う」
 ブチャラティは「隠すのが上手いか」と小さく笑い、膝の上で丸まった猫の頭を撫でる。
 ジョルノの恋人は中々に人間が出来ており、言われるより先に好みを見抜く事が出来た――実際に好みのキスが出来るか否かが上手いか下手かの話になるのかもしれない――が、アバッキオにはそれが出来ない。
 決して自分勝手なキスばかりしているからではなく、キスその物を余りしないから。
 だがこれは言い訳だ。知らないままにせず、わからないから教えてくれと言えば良かったのだ。
「ブチャラティ、キスに限り偶然僕は経験が浅く相手は見抜くのが得意だった。本来ならば誰だって何だって、言わなくちゃあ伝わりません」
「……そうだな」
 そうだ、その通りだ。どんどん言ってほしい。
 だが今回(キス)に限り言わなくても良い。今唇を重ねるだけのそれは寧ろ好きだと知る事が出来たのだから。これはもう忘れない。
「何も舌を入れるなと言わなくても良い。きっと貴方の恋人は気付いています。どんな人かは知りませんが」
 なのに今こちらを見たような。
「ただ唇を合わせるだけのキスが好きなんだと言うだけで、貴方の恋人は喜んでしてくれる。それ以外をする事を忘れてまでしてくれるんじゃあないでしょうか。誰かはわかりませんが、ブチャラティが選んだ人だ。きっと貴方の事を大好きな筈です」
 全てわかりきっているような口振りに腹が立つ。しかも実際ジョルノの言う通りにしてしまうだろうからより腹が立つ。
「念の為に確認しますが、今の恋人に対してだけ舌を使いたくないわけじゃあないんですよね?」
「違う」
 その問いにブチャラティは素早く力強く返事をした。
「俺は『恋人』に舌を使いたくない、使われたくないだけだ。寧ろ今の相手なら……我慢出来るかもしれない」
「無理は禁物です。無理をして今の恋人ごと嫌いになっては困る」
「そうだな。……いや、ジョルノは困らないだろう?」
 猫を抱き上げる時のような小さな笑みが浮かぶ。
「……困ります。八つ当たりをされたくありません」
 ブチャラティは恋人と上手くいかないからとジョルノに八つ当たりをするとは思えないしジョルノも思っていないだろう。
「ジョルノ」
「何ですか?」
 呼び掛けたが話題が無い。
「……フーゴ達は帰ってこないのか?」
「仕事が残っていないか確認の為に帰ってくるんじゃあないでしょうか。ナランチャは1人なら何も無ければ見回り後に直帰するかもしれませんが、僕は2人で帰ってくると思います」
 自分に聞くな、という険しい視線を向けながら。
「それよりミスタが未だ帰ってこないのが意外だった。まさか引き抜かれちまったとは考えにくいから」
「バルで1杯引っ掛けているかもしれませんね」
 リーダーやよくコンビを組む者が言うのだから本当にそうだと良いのだが。勿論引き抜かれていなければの部分であってもう酒を飲んでいるの部分ではない。
「唇が触れるだけなら、舌を使わないキスなら好きなんですよね? 唇以外の所にしたりされたりするのも好きですか? もし好きなら、それも言っておいた方が良いと思います」
「そうだな、舐めるのでなければどこにキスをされるのも好きだと言っておこう」
「するのは?」
「好きだが言ったら今後寝ている顔に勝手にキスをしにくくなりそうだからな。意識していると唇が触れたと気付いて目覚めそうじゃあないか?」
 と言う事は、今までしていたのか?
 全く気付かなかったが寝ている顔に、頬なのか額なのかそれこそ唇なのかにキスされていたのか?
「ちょっとした悪戯ですね」
「大抵俺の方が先に起きるから、その時にな」
 そんな事を聞かされては今後先に目が覚めても寝たフリをしなくては。否、先に起きて自分が寝顔にキスするべきか。嗚呼どうしたら良いのだろう。
「……ジョルノ、お前は恋人と深いキスをしたり口戯をしたりしているのか? 答えたくなければ答えなくても良い」
「しています」
「そうか。なら出来る限り、恋人にだけすると良い」
「他人にする事は無いと思いますが」
「ならそれで良い。そのままでいてくれ。お前の中では舌を使う事は愛情表現のままで。相手もきっと喜ぶ」
 猫の顎を指先で撫でる。猫はゴロゴロと喉を鳴らした。
「男は皆口で奉仕されると悦ぶし、口で男に奉仕する事を屈辱に思う」
 その和む音に隠すようにブチャラティは続ける。
「インポでも喜ぶしホモでも悔しがる。口に男のモノを突っ込む、突っ込まれるのは互いの力関係を何より手っ取り早く表す行為だ」
 隣から深く息を吸って吐き出す音が聞こえた。聞かなかった事にした。
「勿論恋人同士は別だ。お前達は愛し合っているから、そういう事をしている」
「いえ、ブチャラティの言う事には一理有ります。僕が口でする時は悦んでもらいたいだけ、一方的に尽くすだけの気持ちになっています」
「でもお前達の間には愛情が有る。……それを前提として、俺は今から一人言を言う」
 ブチャラティが顎を撫でるのを止めても、猫はゴロゴロと大きめの音を立てている。
「自分でチームを作るには所属しているチームのリーダーよりも偉くなり抜けるのが穏便で良い。リーダーをブン殴っても良いが、リーダーよりも上の地位に立つ人間に気に入られる方が早く済む。幹部が男ならしゃぶって気に入られてのし上がれば良い」
 過去にしてきた事だとは言わない。だがしていないとも言わない。ただ「お前はするな」とだけ釘を刺した。
「自分が上であると知らしめるにはいつでも口に突っ込める男を侍らせれば良い。女は商売だったり誰かの妻だったりするから男だ。対立する男は殴って跪かせて口に突っ込んで出す物を出す、力で征する」
 正義無き力は暴力だと最初に言ったのは誰だっただろう。
「そういう使い方をする物だと思うようになれば『口』では恋人を愛せない。本当は唇で相手を感じたいと思う事だっておこがましい」
 空気を読んだのか猫の喉を鳴らす音が止まる。
「したくないとかさせたくないとか、そればかりなのは良くないな」
 漸く忘れていたかのように放置していたコーヒー――カフェラテかマキアートか――に手を伸ばし口を付けた。
「美味いな。牛乳の味がよくする。冷えた牛乳を入れたから熱過ぎず飲みやすい」
 寧ろこれだけ置いておいたのだからぬるく、下手をしたら冷たくなっているだろう。
「俺は恋人に、恋人に限らずお前達や大切な仲間には、美味いもんを食ってもらいたいと思っている」
 穢れを舐め続けた舌を味わうなんて真似はさせられない。
「その理由を聞いて、それでも貴方の恋人は貴方から離れないと思います」
 だと良いんだが、と隣で苦笑する。
 離れるわけが無いと大きな声で言いたかった。
 ジョルノが居なければ言っていた。だがジョルノが居なければ知らないままだった。理由(過去)を知られたくないのなら聞いてしまって申し訳無いが、何が好きで何が嫌いかは知れて良かった。これから嫌がる事を避けられるし、何より好む事をしてやれる。
「……僕達はわりとベッド以外でもセックスをする方なんですが」
「ベッドじゃあないならどこで?」
「決してベッドではしないわけじゃあありません。ただ玄関に入ってすぐ立ったままとか、リビングで盛り上がったから寝室に行かずソファの上でとか」
 突然アクロバットなカミングアウトでわけがわからないが口出ししないでおく事にした。
「家まで帰るのも我慢出来ないからビルのトイレでとか」
 どうかアジトの、このビルの事ではありませんようにと祈った。まさか連れ込みはしまい。頼む、しないでくれ。
「でも車の中でだけは絶対にしません」
 意外。
 車なら人気の無い所まで走らせれば小さな密室を作る事が出来る。
 時間も持ち込みも何もかも自由だ。自分達は――というかアバッキオは誰が相手であっても――体格の都合上出来る車が限られているような物だが、ジョルノならば体も硬くないだろうし問題無さそうだというのに。
 もしや相手がとてつもない巨漢だったりするのだろうか。動けなくなるまで太らせてからひっそりと殺害、遺産やら何やらを独り占め――
「嫌な思い出が有るそうです」
 淡々とした喋りが良からぬ妄想を止めてくれた。
「昔に女として直後に手酷くフラれでもしたのかと思い、どんな思い出なのか聞いてみました」
「お前、他の奴との思い出話を聞かせろと言ったのか?」
 つい尋ねていた。久々に口を開いた事でブチャラティがこちらを見る。
「嫌な思い出だと言っていたし、もし良い思い出だったとしたらより良い事で塗り替えるつもりでした」
「その気概は大事だな」
 笑いを含んだブチャラティの声が、アバッキオは未だ未だ青いと言っているように聞こえて恥ずかしい。
「僕と付き合う前に車内で複数人の男から暴行されている女性を助け、結果彼の方が逮捕されてしまったそうです」
 とんでもない誤認逮捕だ。だが犯していた奴らが社会――の裏――的に高い所に居るなら、揉み消しがてら罪を擦り(なすり)付ける事は容易い。
 アバッキオも数年前には誰も言わないが影でそういった『取引』をしている組織、通称警察に所属していた。
「彼は車の中でそういう事をされている姿を見ると萎えてしまうだけだと言っていました。車自体が逮捕を連想して駄目になったんじゃあなくて良かった」
 それでもそう言えるだけ大したものだ。
 世間から見れば前科者だが実際は暴行の被害女性を助けられる正義感の持ち主となるとまるでブチャラティのようだ。ジョルノとの交際を認めてやっても良い。
 アバッキオが反対した所でジョルノが人付き合いを変えるとは思えないが。
 不仲だからというより例え何か言うのがブチャラティであったとしても、だ。他人の意見で簡単にブレるタイプではない。
 知らない側面を教えてくれて有難うとは言うかもしれないが、だから何だとも言うだろう。ジョルノに限らずそれこそブチャラティも。
 2人は少しだけ似ている。
「狭い所でする事自体は好きみたいで風呂場でもします」
 但しこういった事を言い出す辺りは似ていない。
「風呂? 湯の張った浴槽の中で?」
「いえ、洗い場で」
「浴槽だと流石に狭過ぎるか……」
「そうですね、2人で入るだけで精一杯で動けない」
「相当広い風呂が必要だな」
 もしも自分達2人が余裕で入れる浴槽が有るなら、そんなホテルなりに泊まる事が有れば、共に風呂に入る事も有るのだろうか。
 人より体は大きいし髪も長いので洗うのに時間が掛かる。
 だからなのか幼い頃からの刷り込みなのか、誰かと風呂に入るという概念が無かった。
 同時に入ったって湯の節約にはなるまい。そもそも湯を沸かし浸かる時点で時間も掛かるし非経済的だ。シャワーで洗い流すだけで充分清潔になれる。
 しかしブチャラティにとっては違うかもしれない。
 唇の事、舌の事、車の事、風呂の事、何だって誰だって考え方はそれぞれ違う。好きか嫌いかは言われなければわからない。否、『聞いて』みなければわからない。
 試行錯誤して探っても良いし、掴めなければ直接尋ねても良い。自分から言っても良いし、隠し通しても良い。
 交際なんてものは他人よりも少し詳しくなり合う事に過ぎないのかもしれない。
「風呂場みたいに狭い所でもするのに何故車では駄目なのかと、無駄に迫ったりそれでも駄目で拗ねる事になったりしなくて良かった。聞いて良かったと思っています」
「きっと向こうも下手に隠し続けなくて良かったと思っているだろうな」
――みゃあ、みゃあ
 急に野良子猫が鳴き出した。
「どうした?」
 鳴き止んだと思ったら猫はブチャラティの膝からぴょんと飛び降りる。
 そして見上げてまたみゃあと鳴いた。
「猫語はわからないぜ」
 一方で人間の言葉は通じているのか鳴かずにじっとブチャラティを見詰める。
 完全に懐ききっている猫は果たして何を訴えたいのか――と思った所で、ガチャと出入り口のドアの開く音がした。
「ジョルノー、手ぇ貸してくれ……って、あれ?」入ってきたミスタがきょろきょろと見回し「ああ、そっちか」
「お疲れ様です」
 猫が急に猛ダッシュと呼べる速さで走り出した。目的はミスタ。猫の小ささを考えればそれなりの距離が有るのに獲物を狙う走り方。
 勢い良く猫はミスタの右足に、靴に飛び付く。
「アバッキオとブチャラティも揃ってるのか」
 右足を上げて靴にしがみつく猫を抱き上げた。
 ブチャラティの時のように激しく撫でろと催促はしないが大人しく持ち運ばれている。
「でもフーゴは居ねーんだな」
 ミスタは猫をブチャラティの足元に置いてからジョルノの隣の椅子を引き座った。
「ナランチャの見回りに付いていきました」
「仕事サボって?」
「特にする仕事が無かったので。電話番は僕でも出来ますから」
「電話番お疲れ。で、3人で紅茶を飲んでたのか」
 ジョルノのもう空になっているだろうカップを覗く。
「ミスタも飲みますか? コーヒー」
「飲みたいなーすっげー飲みたいなー」
「わかりました。ミル付きのエスプレッソマシンは楽で良い」
 ブチャラティに向けたそれと似たような事を言ってジョルノは立ち上がりコーヒーを用意しに向かった。
 ジョルノの背にヒラヒラと手を振った後こちらを向く。
「遠出って明日からだったよな?」
 何故ここに居るのかという問いにブチャラティは「ああ」とだけ答えた。
 次いでアバッキオは何故ここに、といった目を向けてくる。
「……引き抜きの話、断ってきたのか?」
 お前は知らなくても俺は知っているぞと脅すわけではないが。
「ああそれそれ、断ってはきたんだけどよォーちょっぴりしつこくってな」
「腕を買われているな」
「俺の腕を買ってくれんのはリーダーだけで良いんだけどな。って事をオブラートに包んで言ってんのにアイツ、金なら弾むとか女も付けるとか言うわけだ」
 それなら移籍しようと考えもしない辺り軽薄そうな見た目や言動とは裏腹という事か。
「別にアイツらっつーかあの地域が嫌いなわけじゃあないし、俺達ギャングは金で動くんだからその都度金が貰えんなら全力で駆け付けてやるぜって言ってやったんだよ。自分のチームを裏切るような事じゃあないなら金額次第で何だってやるって」
 その約束でも良しとしないのはもしやうちのチームを潰しにでも来るつもりなのでは。
「女に興味が無いなら男を付けるとかまで言い出してよォー気持ち悪いったらありゃあしない!」
 ミスタはわざとらしく身震いして両の二の腕を擦る。
 男同士でキスだの何だのとなれば本来はこういう反応をするのが普通だと忘れていた。
 ミスタは唯一の後輩だからかジョルノと親しくしてるが、男と付き合い性生活も充実させ過ぎている事は聞いていないのだろう。
 相手を見て話すのは可笑しくない。寧ろ当然だ。ブチャラティはそういった事に偏見が無さそうだから、あるいはリーダーだから話したとして。お世辞にも親しいとは言えないアバッキオにまで話したのは何故か。
 もしジョルノがアバッキオは誰と交際しているか気付いていたらどうしよう。性別だけなら兎も角、『誰』なのかまで気付いていたら。
「絶世の美女が出てきても行かねーっつってるのに」
「それを聞いたらお前の恋人も安泰だな」
「寧ろやり取り聞かれただけで殴られそう。冗談でそのチーム入るって言ったら殴り殺されそう」
 互いに例えで言っているのではなく、実際にミスタに――少々暴力的な――彼女が居てブチャラティはそれを知っているようだ。
 こうなると自分は知らないだけでフーゴやナランチャも恋人が居るかもしれない。あの子供2人に限ってそんな。
「未だ殴り殺されていなくて良かった」
――カタン
 小さな音を立ててカップがミスタの前に置かれた。
「おー有難う。砂糖有る?」
「3杯入れてます」
 ブチャラティの牛乳といい入れ過ぎだ。
「完璧だぜ!」
 糖尿病の心配をした方が良い。
 砂糖のエスプレッソ割りに口を付けるミスタの横にジョルノは座り直す。
「あと相手を殴り殺してしまったとかも無くて良かったです」
「そうだな、そんなしつこい奴なら殴って黙ってきても良い位だ」
 ブチャラティの言葉に同意しても良いものかと黙っているとミスタが「ああ、忘れてた」とカップを置いた。
「あんまりにもしつこいから殴っちまったんだよ」
「お前……」
「そう睨むなってアバッキオ、ちょっぴり殴っただけで殴り殺したとかじゃあないんだぜ? まあちょっぴり殴っちまったんだが、でも左手だぜ? 利き手の右手じゃあなく力の入りにくい左手」
「で、ちょっぴりってどの位ですか?」
「前歯2本折れる位」
 疑問が一周してそれをちょっぴりと表現するのだから砂糖3杯も多くないのだろうと納得に変わる。
「殴ったのここだから」自分の鼻の下を指し「結構鼻血も出ちまってさ」
「手に怪我はしなかったんですか?」
「俺は無い。付いた血もすぐ拭いたから病気も多分無い」
 良かったと言い掛けて飲み込む。何も良くない。
「顔役の歯が無いのは流石に不味いだろ? ジョルノに治してもらえないかと思って連れてたきたんだよ、鼻血止まってから」
「ここに連れてきたのか」
 アバッキオも流石に黙っていられなくなった。
 もとい、ブチャラティとジョルノではどうにもミスタの素っ頓狂な発言聞き流してしまうというか、的確に言えばツッコミ役が自分しか居ない。
「下に居るぜ」
 このビルの1階は喫茶店になっているのでそこを指しているのだろう。
「って、放置してんじゃあねーよ」
「これ飲み終えたらジョルノ連れてくって」
「飲む前に行け」
「何だよアバッキオ、コーヒー冷めちまうだろ。折角ジョルノが俺にコーヒー淹れてくれたんだぜ? ほら見ろ、ジョルノが淹れてくれたコーヒー」
「見せるな」
「じゃあ代わりにブチャラティ、これジョルノが淹れてくれたコーヒー」
「俺もジョルノに淹れてもらったぜ」
 向かい合い互いにカップの中を見せ合う不思議な光景。揃ってエスプレッソよりも牛乳や砂糖の方が多い。
 ジョルノは猫の行方を気にするばかりで2人のやり取りに興味を見せない。どこからツッコミを入れれば良いのか。猫にもうブチャラティの足に登るなとでも言えば良いのか。
「ブチャラティ」ジョルノが猫ではなくよじ登られている方を見て「何時まで居られるんですか?」
「アバッキオが出るのに合わせて出るつもりだ」
 引き継ぎに来ただけという意味に聞こえているだろう。
 実際は顔を見に、最低2日は会えない予定の恋人と話をしに来てくれた。
 そう思っても許されるだろうか。共にアジトを出た後、分かれ道までの間に尋ねてみよう。答えをはぐらかされても良い。知りたいと、そう思いたいと伝わる。
「ミスタ、戻ってきたらもう1杯淹れますから下りませんか」
「どうした急に」
「殴った相手の歯を治してからゆっくり飲むコーヒーの方が美味いんじゃあないかと思って」
「それは言えるな。じゃあ行くか」
 カップを置いたミスタとジョルノが立ち上がった。
 どうせなら美味しい物を口にしてもらいたいとブチャラティに言われたからだろうか。
 それともまさか、アバッキとオブチャラティを2人きりにしてやろうという気遣いだろうか。ジョルノの真意は聞くに聞けない。
 「じゃあ」と短い挨拶をブチャラティとその足にしがみついている猫に告げて2人は出ていく。
 予定よりも数分早く2人きりになってしまった。
 みゃあみゃあとまた猫が鳴く。一応2人きりではない。だが猫は見聞きした物を誰にも話さない。
「何から聞こうか」
 ブチャラティが頬杖をついてこちらを見ていた。口の端にひそりと悪巧みをしていますとでも言いたげな笑みが見える。
「聞きたい事が有るのか?」
 自分を知りたいと思ってくれているのか。
「土産に貰うと嬉しい物は?」
「……土産?」
「トリノ土産」
「ああ……何が良いかな。何でも良いぜ」
「それじゃあわからない」
 アバッキオが土産に受け取ると喜ぶ物が。
「わからないのか? 俺はお前が寄越す物は何でも嬉しい。いや物なんて要らない。土産話を聞かせてもらえれば良いし、無事に帰ってきてくれればそれだけで」
 強いて挙げるなら言わなければわからないと教えてくれたジョルノへの土産が欲しい。
 感謝しているが自分から彼に感謝を示すのは躊躇われる。だがブチャラティなら何の不満も無くジョルノに礼を言いながら土産を渡す事が出来るだろう。
 ブチャラティからジョルノへ土産を渡す所を想像すると嫉妬心がむくむくと芽生えてしまう事は伝えるべきか否か。
 それより餞別に彼の好むキスでもしておこうと思った。


2020,05,20


あみだくじで組み合わせ決めるのまたやろうぜ〜!ってやったら、またジョルノ出た。
私ジョルノに怨みかうような事したかしら…したわ。してるわ。そういう話いっぱい書いてるわ。
利鳴ちゃんが「つづき! つづき!!」(原文まま)と言ってくれたので続けてみました。
<雪架>

【戻】


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