アバッキオとジョルノ アバブチャ 15歳以上推奨


  I don't believe.


 夜間に営業する類の飲食店の用心棒――良く言えば――の任務が有るので『出勤』は夜遅くて構わないと、昼間に雑務を入れられなかった。レオーネ・アバッキオとしてはリーダーのブローノ・ブチャラティのその指示は大変に助かった。
 ブチャラティとはやや暫く前から、チームが今の6人体制になった辺りから恋人関係に有る。
 そして彼は今日丸一日休みを取っている。会えないのなら、これと言った仕事も無いのにアジトに行く必要は無い。任務中は体調を万全にしておいて損は無い。
 だが真っ直ぐ向かっても良いが何らかの連絡事項等が有るかもしれない。結局早めの時間にアジトに顔を出す事にした。必要は無いが嫌いなわけでもない。寧ろ今現在アバッキオにとってでんと構えたアジトは確かな『居場所』だ。
 建物の2階に在るその扉を開く。鍵が掛かっていないので誰かしら居る筈だ。
「……ん?」
 入ってすぐ、とまではいかないが企業の事務所のようにデスクを並べている辺りよりも手前に猫が『落ちて』いた。
 このテナントビルの周辺に住み着いている野良猫。未だ小さいのに母猫とはぐれてしまったのか常に1匹で行動している、しかし誰が餌付けをしているのか何1つ困った様子を見せない子猫が、すっかり野生を忘れて「でろん」と伸び切って、腹を上下させてすやすやと寝ている。
 ただ面白い事に草の蔓(つる)が猫の周りに円を描くように置かれている。見た目としては生えている、と表現したい位だ。猫はその蔓で描かれた円の中で体を伸ばし、人の気配が近付いた事に気付いたか片耳をピクピクと動かした。
「おはようございます」
 猫ではなく左の方から静かな声。見ればジョルノ・ジョバァーナが靴を脱ぎ椅子の上に立っている。
「何をやってるんだ」
「掃除です」
 椅子に立って向かっているのは書類やら何やらを適当に突っ込んでいる棚。皆が無理矢理押し込んだ物を並べ直す、ついでにその棚を乾いた布で拭くという掃除をしていたらしい。
「留守番を頼まれただけで何もする事が無かったので。ここ、誰も掃除していないみたいですから」
 その棚に限らずこのアジトは余り掃除という物が行われていない。男所帯だから、ギャングだから、色々と理由は有る。1番の言い訳は誰も気にしていないから。それでも未だ空いた時間に、事務仕事だけは避けたいからとグイード・ミスタ辺りが掃除機をかけている事等は有った。
「ミスタは?」
「未だ戻ってきていません。引き抜きの話、難航しているようです」
「ああ、そうだったな」
 拳銃使いの名が通り過ぎてしまって近隣の都市の、親交の有る別のギャング組織に「この街に住まないか」と暈した誘いを受けてしまった。穏便に断るのはどうにも難しいらしい。
「でももうすぐ戻ると思います」
 何か用事が有るのかと言いたそうな顔でじっと見てくる。
「……フーゴは? 確かアイツ、今日は何も任務無いから留守番じゃあなかったか?」
 パンナコッタ・フーゴがいつものように1人黙々と事務仕事をしているのでは思ってドアを開けただけに色々と予想外の光景だ。
「丁度ナランチャが見回りに出るタイミングで僕が来たので、その見回りについていくと」
「成程な。で、お前はどうして来たんだ?」
 今週は学校を優先すると言っていたような気がする。勿論急務が有ればすぐに駆け付けるとも。
「学校が終わったから来ただけです」
 確かに放課後をとうに過ぎた時間帯。ジョルノもチームの一員としての自覚が有るのか、と当たり前の事を改めて思った。
 学校という戻る場が有るのに、いつだって『昼』に生きられるのに、何故自らギャングに堕ちようとするのか理解が出来ない。ナランチャ・ギルガ辺りにギャングに助けられた事が有り、その恩人のようになりたいといった事を話していた気がしなくもないが。
 自分とも他のチームメンバーとも違う、日の当たる世界に生きる子供。
 ジョルノの『足』を初めて見た。靴を脱いでいる所を見るのは恐らく初めてだ。これと言って特徴は無く、例えば指が曲がっていたりはしない。人前に出せない足ではない。誰に見せても恥ずかしくない、ギャングで在る必要の無い足が、椅子から降りて靴を履く。
「お茶にしましょう」
 何の事かと思い靴ではなく顔を見た。
「貴方の今日の仕事は聞いています。あの店に行くには未だかなり早い時間だ。だからお茶でも淹れます」
「お前が淹れるのか」
「僕も掃除で疲れてしまった」
 やれ散らかっていただの埃っぽいだのと言いながら床に寝そべっている猫の元へ向かう。
 草の蔓に囲われていた猫が目を開けてのそりと起きた。
「……猫をここに入れるな」
「猫は僕より先にここに居ました」
「フーゴかナランチャが入れたって? 2人共出掛けてった後に追い出せば良いだろう。散らかしたらどうするんだ」
 折角掃除した所を、とは言わないでおく。
「そうならないように草で囲っておきました。猫は本来狩猟する動物、狭い所を好む傾向に有ります。こうして」草の蔓を手に取り「囲いを作れば平面的な物であってもそこに入りたがる」
 出てこないように対策を取ってから掃除を始めた自慢か、腹立たしい。
 しかしその性質は野生を産道に忘れてきたこの野良子猫にも当て嵌まるのか大人しく囲われた中から出なかった。
「君は先刻フーゴからミルクを貰っていたから何も出しません」
 そう言っているのに子猫は自分の方に伸びてきたジョルノの指先の匂いを嗅ぎ、自ら頭を擦り付けている。
 スタンドで出したらしい草をどうやったのか綺麗に消してジョルノは立ち上がり、会議室と呼び休憩室として使っている方へ向かった。
 甲高く長い鳴き声をあげて猫が付いていく。置いていかれるようで癪なのでアバッキオも付いていってみる。
 休憩室は奥半分が小さなキッチンになっており給湯室とも呼べそうな造り。ジョルノが長方形のテーブルに向かう椅子の1つ――6人分有るが、ダイニングではないし誰がどの席とは決まっていない――を引くと、猫がそこへぴょんと飛び乗った。
「アバッキオも座って待っていて下さい」
 こちらの顔は見ずにそれだけ言ってキッチンの方へと向かった。猫のついで扱いはどうなのか。しかしそれを指摘するのもまた癪なので猫の隣の椅子を引き座る。
 てっきりコーヒー1杯入れてやるという意味だと思っていたが違うらしくコーヒーメーカーを通り過ぎ、食器棚の上から箱を1つ取り出した。
「ティーバッグでも充分に美味しく淹れられるけれど、ここにはティーポットが無い。コーヒーメーカーのジャグで代用するしか無いか」
 言い聞かせているのは自分自身か、それともアバッキオにか。ジョルノは箱の中から紅茶のティーバッグを1つ取り出し箱をしまい、その流れで漸くコーヒーメーカーの方へ手を伸ばす。
 取っ手の付いたガラス容器だけを手に取り、水道水を勢い良くかなりの量入れた。アバッキオが黙って見ていると、4分の3以上は水の入ったガラス容器を電子レンジ――新しい物ではないがオーブン機能も付いている――に入れて加熱し始めた。
「何やってんだよ」
 黙っていられなかった。しかしジョルノは「湯を沸かしています」と短く答えるのみ。その後は無言でティーカップ――ソーサーは出さない――をアバッキオの前と自分が座るであろう席の前に置く。
 電子レンジが加熱完了の音を立てた。ジョルノはかなり熱そうな湯の入ったジャグを取り出し、そこに先程出したティーバッグを浮かべるように入れた。
 辺りを見回し、食器棚から平たい皿を1枚取り出してジャグの上に置く。
「レンジ使って紅茶淹れる奴を見るのは初めてだ」
「湯を沸かしてカップを温めてティーバッグを入れるより早いと思ったので。それに電気代だけで済みます」
 コンロに掛ければガス代だけで済むだろう。だがこれならティーバッグ1つで2人分の紅茶にはなる。砂糖やミルクはカップでそれぞれ入れれば良い。
「お茶でも飲んで話でもしようと思って」
「何?」
「僕も一緒に飲めば何も可笑しな物は入れていない、というのがわかって良いでしょう?」
 無表情な、寧ろつまらなさそうな顔をしたジョルノは蓋にした皿を避けてそこにティーバッグを置いた。
「市販されているティーバッグですがマスカットのような香りがして美味い。だからミルクは入れない方が良いと思います。砂糖はどうしますか?」
「……要らない」
 はいもいいえも言わずにジョルノはアバッキオのカップに電子レンジ製の紅茶を注ぐ。
 湯気が心地良く薫る。しかしマスカットの香りだろうか。紅茶の香りしかしないような。
 ジョルノは自身のカップにも紅茶を注いだ。そこへ砂糖――角砂糖のような小洒落た物は無く、キッチンだからと塩と並べ置いている黒砂糖――をスプーンで2杯。甘党なのか、砂糖の甘さが無いと飲めない程渋い仕上がりなのか。
 未だ中身の少し残っているティーポットならぬジャグをキッチンへ置いてからジョルノは紅茶を用意した席に座った。
「頂きます」
 椅子の上で丸くなっている猫のみゃあという短い返事を受けてカップへ口を付ける。
「飲まないんですか?」
 舐めたか否かで顔を上げて尋ねてきた。
 ずっと見ていたので可笑しな物を入れられてはいない。ましてや同じポットから注がれた物だ。癪に癪が重なるが礼の言えない人間にはなりたくないので短く「有難う」と、聞こえない程度の声量で言ってみる。
 蒸らしたのでそんなに熱くない紅茶は何とも形容しがたい。きちんと紅茶の味も香りもする。しかし言ってしまえばそれだけだ。紅茶といえば甘い物を食べる時に飲む物、程度に捉えていただけに反応が出来ない。
 淹れた人間が悪い等と言うつもりは無い。寧ろ電子レンジとティーバッグの組み合わせできちんと紅茶になっているのだから大した物だとすら思ってはいた。
「僕としては有言実行でありたいのですが」
「有言実行?」
「先刻「お茶でも飲んで話でもしよう」と言った手前、何か話をしようと思っています」
「話を、俺がお前とするのか?」
「はい」
「……何をどうやって話すつもりだ」
 今日の仕事先たる飲食店の開店時間まで未だ有る。寧ろ店が開く前から生真面目に行く物でもないだろう。紅茶を淹れてもらった礼として話に付き合ってやって時間を潰すのも悪くない。
 問題が有るとすればジョルノを余り好いていない事だ。だからかジョルノからも好かれていない。なのに話をしようと、関係を良くしようと試みていると考えれば可愛げが有る。
「僕の質問に貴方が答える、という形式でどうでしょうか」
「構わないぜ。猫じゃあ話し相手にならないからな」
 反論の鳴き声を上げない所か、猫は隣の椅子の上でぷぅぷぅと寝息を立てていた。
「じゃあ今日の、これからの任務はどう思いますか?」
「どうもこうも無い。ただ「やる」だけだ」
 用心棒と称して適度に暴れ迷惑な客以上に迷惑を装うなんて真似が仕事として成り立つと、ギャングに落ちぶれるまでは思ってもみなかった。暴れるだけなら気楽と他の者は言うが、アバッキオとしては極力迷惑な客が来ないまま過ぎてほしい。報酬に色が付かなくても良い、一層報酬が下がったって構わない、問題が起きない方がずっと良い。
「無口なギャングとしては模範解答ですね」
 にこりともせずにジョルノは「次の質問をします」と続ける。
「恋人とは最近どうですか?」
「何だって?」
「どう、じゃあアバウト過ぎましたね」
 カップを口に運び音を立てずに飲む。真正面に座っているので顔を付き合わせて話をしなければならない。だが横やL字型に座れば顔を近付けて話す事になっていたのでマシだと思うよう努力した。
「恋人とか、何を言いたい」
「僕の質問に貴方が答える形で話をしようと提案しました。言いたいんじゃあなく聞きたい」
「テメー……」
「居るんでしょう?」
 ブチャラティとの仲を知っているから言い触らされたくなければ、と続くのかと身構えたがどうやら全く違うようだ。
「貴方は恥ずかしがる――失礼、嫌がるだろうからどんな人かは聞かないでおきます。でも僕の目には恋人が居るように見える。学生時代からの仲というわけじゃあないが、つい最近といったわけでもない。当たっているんじゃあありませんか?」
 その通りだ。交際という形は比較的最近と呼べるかもしれないがそれなりの月日は重ねている。
 どうやらジョルノは本当に恋人が居るように見えていて、それが誰なのかまでは見えていないらしい。年近い女と付き合っていると勘違いしているのならそのままであってもらいたいので「ああ」と肯定しておいた。
「きちんと会えていますか?」
「まあ、会っては……」
「顔を合わせるだけでどこかへ出掛けたりは出来ていない?」
 その通りだった。『職場』で顔を合わせて話をし、時には共に任務先へ向かいもする。しかしそれはあくまで仕事。最近はプライベートの買い物の1つも共に行けていない。
 ブチャラティがリーダーで余り休みが取れないのも有るが、そこに最年長であるアバッキオが共に休むとチームには10代の少年達しか残らない。
 成人している者も居るし、目の前のジョルノは最年少の新人だがしっかりしているので任せられないという事は無い。無いが、それでもやはり2人同時に休むのは気後れする。
「もしかして同棲しているんですか?」
「そういうわけじゃあない。泊まりに来る事や行く事がそれなりに有るだけだ」
 だが決して休みに『お泊まりデート』をしているわけではない。組んで向かう任務が朝早い、もしくはそれが終わるのが夜遅いから片方の家で纏めて寝起きしようといった泊まり方だ。そう解釈するとかなり虚しい。
「セックスの頻度はどの位ですか?」
「……は?」
「泊まりに行く度に、といった所でしょうか? それよりも多い? 少ない?」
「待て」
「はい、待ちます」
「いやそうじゃあない」
 待て待て待て、コイツは何を聞いている?
 余程有言実行とやらをしたいのかジョルノはアバッキオが言葉を続けるのを黙って待っている。お陰で妙な沈黙が流れてしまった。
「お前……それを本当に聞きたいのか?」
 突拍子も無い事を言って驚かせたいだけなら成功している。
 ここまで動揺させたのだからもう充分だろう、というアバッキオの遠回しな指摘に気付かないのか、「待て」を解除されたと受け取ったらしいジョルノは中身の残るカップを置いた。
「聞きたいから質問しました」
「仲間の俺の性生活を聞きたいのか?」
「はい」
 わざと言葉を変えたのに未だ食い付いてくる。
「正確には貴方のシモの事情を聞きたいんじゃあなく、恋人とのセックスの頻度を知りたい。特によく顔を合わせて泊まりにも行く恋人とはどの位の頻度でするものなのかを知りたいんです」
 紅茶に何か仕込まれていたのか激しい頭痛がしてきた。
「何だってそんな事を……」
「僕は今1番そういった事に興味を持つ年頃です」
「15?」
「というのは冗談で」
 頭痛で頭が割れたらジョルノのスタンドで無理矢理くっ付けられてしまうのだろうか。
「今恋人が居るんです」
「……お前に?」
「はい」この流れで違う人間の話はしないだろうといった様子で「僕も頻繁に顔を合わせるし泊まりにも行くので、そういう場合はどの位の頻度でセックスをするものなのか知りたくて」
 言い分は一応理解出来るが。
「そういうのは人それぞれだろ」
「だからこそ参考に」
「年も違う。そうだ、10代のガキが何ヤろうとしてんだよ。未だ早い」
「アバッキオは僕の年の頃は未だ経験が無かったんですか? これは別に知りたいわけじゃあないので答えなくて良いです。あと僕の相手は年上です」
 中学生男子に手を出す女が世の中に存在しているのか。
 真面目な交際なら兎も角、他に何人もの少年を囲っているような女だったらどうしたものか。ジョルノの人生だから放っておく以外に取る手は無いのだが、それでも妙に心配になった。
「あー……お前頻度に不満が有んのか? そんなにヤリたくねーから俺が少ないっつったら参考に言いたいとか、いやその年なら逆か。もっとヤリたいから俺にすげー沢山ヤッてますって言わせてぇのか」
「別にどちらを言ってもらいたいとかは有りません。貴方の頻度を知りたいだけで左右はされない。嘘を吐いても構いません。尤も、嘘を吐く事に意味は無いと思いますが」
 ならば真実を話す事にもまた意味が無いのでは。
 否、意味は有る。自分の事を他者に話すのは一種の快感だ。知られたくない事は別として、相手が知りたくもない事であっても話したい内容ならば「自分の事を話す」という行為は快楽と繋がっている。
「少ない、と思う」
「貴方としては足りていない」
「……ああ。泊まる度じゃあない。俺達にとって同じベッドで眠るのは、疲れきっているか翌朝早いからだ」
 全くの0ではないし、体を重ねれば充分に満足出来る。しかし頻度として考えるとこの年代の恋人同士にしては余りに少ないのではと思っていた。心の奥底で物足りなさを感じていた。
「でも隣で寝ている体に襲い掛かったりはしない。どうしてですか? 恋人なら、多少強引なのも喜ばれるかもしれない。貴方からの誘いを待っているのかもしれません」
「誘わないのは断られるのが嫌だからじゃあねーよ。疲れていたり明日起きられる気がしなかったら、っていうのはこっちも有るんだ。お前もヤる事ヤッてんなら男はメンタルだってわかるだろ」
 若さに任せてヤレる時はすべからくヤるべしの思考回路ではないだろう。ジョルノは見るからに思慮深いタイプだ。見た目だけなら性欲の少なそうな、性欲に負けて女に騙されたりする事は先ず無いタイプ。必要な時に女を抱いてやり操っていくタイプにすら見える。
 尤も人は見かけによらないが。何せそんなジョルノと今猥談とも言える話を繰り広げている。不味くない紅茶のお供にこの話題は可笑しくないだろうか。
「それに向こうの方が負担がデカいし。こっちからおいそれと誘えねーよ」
「避妊はコンドームじゃあないんですか?」
 さて何と答えよう。はぐらかせばまた質問に答える話の仕方だの何だのと言われてしまう。
 男同士なので避妊の心配は無いが性病予防の観点から、というより習慣でコンドームは着用している。しかしここで「ゴムはしてる」と答えると、負担とは何なのかと問われてしまう。
 このまま黙っていれば曲解して余程下手なのか等と認識されかねない。それはそれで腹が立つ。取り敢えず場を繋ぐべくアバッキオは紅茶の入ったカップに口を付けた。
「というか、アバッキオの方からは誘わないんですか? 相手が偶にしか誘ってこない、その偶にしかセックスをしないから頻度が少ない、と思っているんですか?」
 ジョルノが畳み掛けるように尋ねてくる。
「全く誘わないわけじゃあない。寧ろ軽くジャブ打つ程度ならよくやってる。そこで反応が有ったらもう少し……乗り気じゃあないのがわかった時には無理強いをしていないってだけだ。だから俺に誘い方は聞くな」
 弱気な男の話は参考にならないと言われても否定出来ないので自分から言ってやった。
「じゃあ誘われ方を、どう誘われたら嬉しいかを聞かせて下さい」
「何だそりゃあ? ああ、こう言われたのは誘っているのかそうじゃあないのか、って話か」
「いいえ、言葉通り貴方の場合は相手に何と言われたら喜んでセックスに繋げるのかを聞きたいだけです」
「それこそ聞いてどうする。俺の喜ぶ言葉を知ってお前の得になるか?」
「貴方個人の好みを聞いても楽しくありませんが、男がセックスを誘われる時に言われて嬉しい言葉は知りたい。ああ、僕のセックスの相手――もとい、交際相手は男なので」
「お前……男と付き合ってんのか……?」
 しかも口振りからすると『女役』はジョルノの方だ。
 相手は一体どんな奇特な男だろう。目の前の紅茶を飲みながら、テーブルの影になって見えない猫を気にする少年なんかと真剣に交際し肉体関係まで持っているのは。
 年上と言っていたがよもや自分の祖父と同年代の爺に抱かれていたらどうしよう。アバッキオにはどうする事も出来ないし、そもそもそんな秘密を持っていたジョルノにしてやる事等存在しない。
 金持ちの老いぼれに脚線美を見せ付けるなりして取り入り、養子縁組をして遺産相続という流れを企んでいるのかもしれない。それは何と無く似合いそうだ。結婚式の真似事をした写真を撮った数日後に夫同然の養父が死亡、枕元には最近量の増えた極東由来の薬が置かれたまま――
「偏見無いんですね」
「あ?」
「男同士で付き合っていると聞いて汚いだの何だのと言い出さないので」
「ああ……まあ、無いな」
 そのリアクションを取るのをすっかり忘れていた。男同士なんて、と言う事でブチャラティとの交際を隠せると日頃考えていたのだが、いざ直面すると全く出てこなかった。というより直面した物が予想の範疇から大きく外れている。
 だがよく見れば余り外れていないのでは、とも思えた。チームにナランチャという特例が居て忘れがちだが、ジョルノもまた中性的な顔立ちに分類されても可笑しくない。肌の白さには妖しい色気のような物も有った。
 ブチャラティにはそういった部分は無い。自分と比べれば背は低いが、世間的には高めの部類。美形だがジョルノやナランチャのように若さ・幼さから来る中性的な要素は無い。男らしいな、と思う事すら有る。
 それでも好きだ。女しか恋愛の対象にしてこなかったのに、女の要素を微塵も感じないブチャラティの事がこんなにも好きだ。恋は盲目、好きになれば性別等気にならない。ジョルノもジョルノの相手も、もしかしたら似たような思いで真剣に恋人と向き合っているのかもしれない。
 同性愛に対する差別意識が無いのかと言ってくる辺り、自分とブチャラティとの仲に本当に気付いていないのだろう。それがわかっただけでも収穫だ。ジョルノには特に知られたくない。彼が生意気な新入りだからではなく、こうして色々と聞いてくるからだ。
「そうですよね、貴方が偏見を持つ筈無いですよね」
「持っちゃあいないがどうしてそう言い切れる」
「別に深い意味は有りません。貴方の言動が既に同性の恋人が居るようだとか、そういうつもりは全く有りませんよ」
 前言を撤回する必要が有りそうだ。生意気な新入りとの会話を早く終了させたくなった。
「じゃあフェラチオはしますか?」
「フェっ……お、お前は! テメーいい加減にしろよッ!」
 勢い良くカップをテーブルに叩き付けるように置く。
「割らないで下さい。それとアバッキオの場合相手が男性じゃあないのだから「する」事は有りませんでしたね。されますか、と尋ねるべきだった」
「そういう問題じゃあねぇぞ!」
「言い直します。セックスの際にフェラチオはされますか?」
 どれだけ睨み付けても立ち上がらないなら殴られはしないと認識しているのかジョルノは平然としていた。
「……されない」
 された事が全く無いわけではない。しかし指折り数え切れる回数しか無い。そもそも性交渉自体が両手の指で足りなくても足の指を加えれば数え切れてしまう。
「もしかしてされるのが苦手?」
「別に」
 歯を立てられたトラウマが有れば苦手にもなるだろうが、大半の男はされれば嬉しいので先ず拒まない。金を払ってまで女にしてもらう奴だって何人も居るし、それを食い扶持に生きている女だって大勢居る。
「貴方の恋人がしたがらない」
「そういう事だ」
 仕事にする女が居れば愛する夫相手でも絶対にしない女も居る。今まで体の関係を持った女には偶々居なかっただけで、性器を口に含むなんて耐えられない、まして排泄器官でもあるのだから嫌だと思う気持ちはわからないでもない。
 自分だって男性器をしゃぶるなんて死んでも御免だ。女性器に口で愛撫するだけならば未だしも、と思えるのは性別の問題か。
 それにブチャラティのそれならば、悦ばせられるのならば喜んで咥える。是非とも反応を見てみたいのだが。
「口でする事も殆ど無い。顔を近付けた時にやんわり拒まれる」
 それでもと実行した事は有るには有るが嫌がられて本末転倒だった。
「唇をセックスに使うのが嫌だとか? キスもしないんですか?」
「キスは……するが、舌は入れたがらない」
「『舐める』を性行為に含みたくないタイプですか」
「恐らく」
「コツが有るなら教えてもらいたかったけれど、どうやらそれは無理そうだ」
 教えを乞うとは随分と謙虚だ。普段からこの態度ならばこうされて良かった、こうして悦ばれたという話をしてやっても良いのに。しかしする・される事が無いのでそもそも情報提供は出来ない。
「頻度が少なく淡泊、欲求不満に陥ったりしませんか? いや、不満を抱えて余所で浮気をしている、なんて話は聞きたくないので今のは無かった事に」
「してない」
「それは良かった」
 拒む側はそれでも余所でヌいて来いとは言わないのか。否、ジョルノは拒む側ではないし、ブチャラティだって拒んでいるわけではない。
 肌を重ねたくないと避けられたわけではない。ただ、望んではいないのだろう。体の快楽よりも心の繋がりを重要視している。
「もしかしてアバッキオ、ペニスが大きいのでは?」
「は?」
「だから咥えにくいとか、入れられると痛いとか、それでセックスもフェラチオも避けているとか」
 キスを避ける理由にはならないが、それならば男としては自尊心を満たされ仕方無いと思えるような。
 男と勃起時のサイズを比べた事は無いが――平常時だって比べたりしない――人より体格が良いので末端も小さい方ではないだろう。
 ブチャラティと比べた事も無い。もしや自分の方が小さいから見られたくないと思い、顔を近付けるのも近付けられるのも避けているのかもしれない。
「僕は恋人より少しばかり背が低いので、局部も身長と同じ位には差が有ります。だから僕が相手に入れる方がすんなりセックス出来るのでは、と提案したんですが断固拒否されました」
 それはそうだろう。受け身なんて誰だってお断りだ。
 お断りだが、それをブチャラティは何度も受け入れてくれている――感謝と愛情が改めて胸の奥で膨らんだ。
「まあ僕の体は入れられる事によって得られる快楽をすっかり気に入っているので今更自分が入れる側に回りたいとは思いませんが。寧ろ入れられたくて仕方無くて、ベッドに乗ったら未だ大きくなる前のペニスを勝手に取り出して舌を這わせてしまう。落ち着きなさいと宥められてから組み敷かれ、じっくり愛撫されるのも好きです」
 惚気られている、というより遠回しにヒントを与えられている。
 ようは満足させれば相手から求めてくる、口戯も挿入も性に関しない事だって、好きになればしたくなる。その行動を好きにさせる、少なくとも嫌いではなくさせるのが課題だ。その機会が今後また有りますようにと祈るしかない。
「それに『彼』相手ならば入れる側になりたくない。快楽を与えられる機会を逃したくないし、下手だとも思われたくない。男を相手にするのは初めてだと言っていたのに……確かに最初は手間取ったし、初めてだと嘘を吐いた所で得はしない。本当に初めてだったと思って良さそうだ」
 ジョルノの恋人とやらがどんな人物かは未だ見えてこないが、アバッキオとは男を相手にするのは初めてという共通点が有るようだ。
「僕も初めてだと素直に言いました。そこでじゃあ止めよう、とならなくて本当に良かった」
「童貞処女でよく出来たな」
「向こうは女とは経験有ったので。それでも大変でした。手探りで、痛いし相手も全く感じちゃあいない。それなりのムードで始めた筈なのに、これはどうだこれは違うでかなり格好悪かった。ある意味良い思い出です。アバッキオは? 今の相手と初めてした時どうでした?」
「そこまで苦労はしなかった――」
 言い終える前に気付いて言葉が中途半端に詰まった。
 男女ならば「そうする」ように出来ているから楽なのだろうかと話すジョルノの声が遠い。
 最初の『夜』を迎えた時、大して手間取らなかった。緊張はしていたがちゃんと勃つ物は勃って無事に挿入にも射精にも至れた。スムーズに事を終えて、疲れて眠る顔を見て愛情が増した。こんなに誰かを好きになるのは初めてだと思った。が、この行為自体を初めてだと思った記憶が無い。
 責め手側で女とは経験が有るから。この言い訳は今思い付いた。ジョルノと話さなければどれだけ振り返っても違和感を覚えないままだっただろう。
 別にブチャラティに男を相手にした、それだけではなく男を真剣に愛した経験が有っても良い。それが過去ならば何でも良い。ギャングとしてのし上がる為に男に入れさせていようと、他のギャングを蹴落とすべく男に入れていようと。
 だがそんな過去が有ったとして。それ故に男との性交渉を『嫌な物』として捉えているのだとしたら、それは解決しなくてはならない問題だ。
 特に舌を使って何かをした・された事が多く思い出したくないのかもしれない。思い出さなくても済むように振る舞うのが恋人なのか。思い出を塗り替えてやるのが恋人なのか。後者を自分が、自分なんぞが出来るのだろうか。
「難しいですね」
 アバッキオの考えを全て見抜いているのかと思わせるジョルノの言葉。
「そうだな」
「嫉妬しないでいるのは」
「……嫉妬?」
 いつもなら嫌味な位に真っ直ぐこちらを捉える視線が、今はテーブルの何も置かれていない箇所に向けられている。
「今は他の女に興味が無いと、まあ顔や胸元に目が向く事は有っても恋愛感情を抱く事は無いと、僕以外の人間の肌に触れる事は無いんだと言ってくれているのに、それでもどうしても妬いてしまう。あの表情を誰かに向けていたんだと思うと、苛立って独占してしまいたくなる。もう過去の事なのに」
 それだ。
 結局妬いているのだ。ブチャラティの過去の男に。
 恋愛感情が無くとも夜を共に過ごしたという事実だけで本当は腸(はらわた)が煮えくり返っている。あたかも鍋に火は付けていませんよといった顔をして、自分より回数多く抱いた――抱かれた方も――奴を殴り殺したくて堪らない。
 ジョルノのヤキモチに子供(ガキ)かお前はと見下せる程大人ではない。大人にならなければブチャラティと釣り合わないのに。
「どうしてんだよ」
「何がですか?」
「嫉妬して、それをどうしているのか聞いているんだ。その彼氏にぶつけんのか? 相手を探し出すのか? それとも……我慢してんのか? お前は」
 見上げてこないまま瞬きを2回。
「セックスをします」
 テーブルの汚れでも確認しているのかじっと見たまま続ける。
「容量をオーバーするような快楽を与えてもらい、余計な事を考えられなくしてもらいます。フェラチオをしてこの先僕以外には見せない顔を独り占めするのも良いし、手指だけでイカされて相手の過去がどうあれ僕自身は彼の手中にあるのだと思わされるのも『有り』だ。いや、セックスをしなくても良い。寄り添って眠って一緒に起きるだけでも。一緒に食事をするのも良いし、一緒に服を買うのも良い。会えないならこれと言って用事も無いのに電話で話したりとか」
 まやかしに過ぎない行為に縋って感情が変わるのか? と言い掛けて、変わる事も有るだろうと気付いたので黙っておいた。
 こうしてブチャラティの居ない場で彼の事を――彼とわからぬように――話しているから嫉妬心がむくむくと湧いてくるだけで、2人きりになれば過去への不安なんて物は浮かんでこない。消え去ったわけではないにしろ、そんな事を考えている余裕が無くなるのだ。向き合えばもっと話したい、触れたい、それから先へ進みたいで頭がいっぱいになる。
 今日はこの後自分が仕事なので無理として、明日はブチャラティが確かトリノの方まで出向くといっていたので無理として、早くて3日は先になってしまう。が、『誘って』みようと思った。
 泊まりに来ないかと。泊まりに行きたいでも良い。2人で夜を明かしたい。出来れば性的接触を持ちたいし、拒まれれば理由を尋ねてみよう。嫌な思い出が有るのなら、やはりここは塗り替えるしかない。
 もしも単に性的な事柄全般がただひたすら嫌いなだけだったとしたら。
「お前、恋人に拒まれたらどうするんだ?」
「どうするって?」
「交際解消しようじゃあなく、今ちょっと抱きたい気分じゃあありませんって言われた時。マスターベーションでもするのか?」
「アバッキオにそういう事を話したがる趣味が有るとは知らなかった」
 今までの流れを無視して嫌悪感丸出しの顔をされるのは可笑しくないだろうか。
「第一僕が質問をして貴方が答える『話』をする筈だ」
「はいはい」
「ブチャラティに報告しておかないと」
「って、何言ってんだテメーは!」
「チーム内にそういう人間が居る事はリーダーも把握しておいた方が良い」
 ブチャラティと交際している事に気付かないままなら他意は無い事になるが。
「きっとブチャラティも自分の知らない所でアバッキオがどういう言動を取っているのか知りたい筈だし」
 もしかして色々と気付いているのではなかろうか。
――みゃあ
 訝しんでいる所に猫が短く鳴き声を上げる。
「何だ? 餌でも欲しいのか」
 隣に座っていた――正しくは寝ていた――猫はその小さな体を起こしてこちらを見た。
「恐らく誰か帰ってきたんでしょう」
「鳴き声でわかるのかよ」
 アバッキオがふんと鼻を鳴らすのを聞いてか否か、野良子猫は椅子を降りて事務所入り口の方へのんびりと歩き出す。
「猫はとても耳が良いんです。恐らく階段を上る音が聞こえた。足音で誰が来たかまで聞き分けられるかはわかりませんが出迎えに行ったんだと思います」
 そういうものかと尻尾を立てて歩く猫を見送った。
「ブチャラティは今日休みですよ」
「……何故俺に言う」
「アバッキオじゃあなく猫に言いました」
 猫がチーム内で、というよりこの建物に足を運ぶ人間の中でも取り分けブチャラティを気に入っている事はほぼ全員が気付いている。
 だからブチャラティが来たと思って糠喜びしてはならないぞ、と言いたいのかと思った。それを猫に言う事によってアバッキオに聞かせたい、そして嘲笑いたいのだろう。嗚呼、腹の立つ子供だ。
「でも責任感の強いブチャラティの事だから、もしかしたら様子を見に来たのかもしれない」
 それは有り得る。信用されていないわけではないが、それでも自分が作り上げたチームだからと常に気に掛けている。アバッキオには自分だけが特別ではないのだと自身に言い聞かせていた時期も有った。
「別にブチャラティでも誰でも、帰ってきてくれたなら良い。お前と2人きりで話をしていなくて済むからな」
 ミスタであれば更に根掘り葉掘り聞き出されそうな不安は有るが、それでもジョルノと2人きりよりは幾分マシだ。ナランチャか彼についていったフーゴの2人だとこのやり取りに上手い具合いに終止符を打てる。
 さて猫は誰の出迎えに行ったのか。誰がアバッキオの救世主になるのか。


2020,02,10


関連作品:I keep believe.


このジョルノ、年上の彼氏とやらには丁寧にカップ温めて茶葉から紅茶淹れるんだろうな…
くじ引きで主要キャラ決めるとかして、アバッキオ&ジョルノの組み合わせが出たら書き手も登場人物達も得しないよねー!
って話してたらくじ引き1回目で私が引き当てた。くじ運の無さが凄い。一番コフレで諭吉溶かしてもC・D賞のみなだけあるわ。
<雪架>

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