フーナラ 全年齢 ミスジョル(女装)


  SAKURA GARDEN


 パンナコッタ・フーゴが離反したのはあくまでチームであり組織を裏切る事は無かった。ボスが暗殺され――たと聞いたが、事実だろうか――組織内が目まぐるしく変わる中で頭脳を買われてある凡庸なチームに招かれた。そこで『元』のチームのメンバーの訃報を知った。
 自分はチームを裏切った。しかしチームは組織を裏切った。巨大な組織の小さなチーム1つが崩壊するのは仕方無い事だろう。
 しかし今のチームの1人に「全滅するようなチームから抜けておいて良かったな」と言われ、ついその男をギャングとしては生きられなくなる程度に殴ってしまった。追い出されこそはしなかったが見事にチーム内で孤立している。
 それ以来複数人で組んでの活動が殆ど回ってこない。それを不満に思う事は無い。逆手に取り、仕事の合間に亡くなった元チームのメンバー達に『会いに』行けるのだから。
 前のチームの5人の内、確実に死んでいるのは3人だけと聞く。何だかんだで運が良いらしいグイード・ミスタと、新入りで話を持ってきた人間は名前を知らなかったジョルノ・ジョバァーナは生死不明――というより生きて未だギャングの世界に居るだろう。
 彼らにはいずれ嫌でも会うとして。3人の生家なり墓なりを訪ねたかったがどこに有るかわからない。前者は寧ろ訪ねた所で恐らく意味は無い。
 特に自分が拾いチームに、組織に引き入れたナランチャ・ギルガは生きていたとしても生家には寄り付かないだろう。そして死んだからといって親族と同じ墓に入っているとは限らない。ナランチャ自身は拒むに違い無い。
 彼の事ばかり考えてきたので何を望んでいるのか予想は出来る。恐らく彼は最も慕っていたリーダーのブローノ・ブチャラティと同じ場所で眠りたがる筈だ。
 それが叶うか否かは別としても、ブチャラティの墓に花の1つ位は手向けたい。些細な雑談の記憶を引きずり出してブチャラティの故郷へと電車を乗り継ぎ降り立った。

 余り大きな地区ではないので地図を見る限り墓地は1つ。そこへと至る道中で1軒の花屋が有ったので入った。贈る花は新鮮な方が良い。
 2階より上はアパートになっている個人経営と思しき花屋。様々な色の花を綺麗なグラデーション調に並べられている。
 どんな花を好きかは流石にわからないな……
 暇な時にもそうでない時にも色々と話をしてきたが、男同士でまさか花の話題が出た事は無い。
 彼を連想させるような花は――否、彼がこの近くに眠っているとは限らない。別の場所の可能性の方が高い。
「恋人への贈り物ですか?」
 背に掛かった声に振り向くと目鼻立ちの濃い女が立っていた。
「貴方のような若く素敵な男性が待ち合わせ場所に花束を持って現れれば、さぞ見惚れてしまうでしょうね」
 30歳かそこらに見えたが、口調からするともう少し上かもしれない。となると店主だろうか。
「恋人、というわけじゃあないんですが」かと言って友達と呼ぶのも違うし「僕も相手も、花に縁が無くて」
「女の子は皆花を贈られれば喜びます」
 先ず女の子ではない、とは言い出せなくなってしまった。フーゴは取り敢えず苦笑を浮かべる。
「外に出るのが好きな明るい子なのかしら」
「まぁどちらかといえば、そんな感じのする人ですね」
 濃い色の大輪の花の方が良いという助言が来ると思ったが、女店員は正反対の切花を束ね始めた。
 枝に小振りな白い花の付いた、樹木に芽吹くタイプの物を何本も束ねる。一見真っ白だったが、幾つも重なる事で漸くほんのりと赤味を帯びているとわかった。先端が切り込まれたような独特の形をした小さな花弁が身を寄せ合うようにして咲いている。
「……桜?」
「そう、ローマの桜。見頃にはちょっと遅いから、来年はローマまで一緒に見に行こうって誘うのはどうかしら? 原産国では『優美な女性』という意味が有るのよ」
 贈りたい相手と何1つ掠っていない。
 しかし桜の花言葉といえば、原産国はともかくこの国では――記憶に有ったのでフーゴは「それで花束をお願いします」と頼んだ。何と無く気恥ずかしく、他に客が来る前に立ち去りたかった。

 予想よりも広い墓地に足を踏み入れたフーゴは、果たしてここからブチャラティの墓を探せるのかと溜め息を吐いた。無数に並ぶ墓標の1つ1つを見て回れば夜が更けるだろう。だが役所に問い合わせられる身分ではない。
 日の暮れ始めた時間帯、フーゴ以外にも何組かが墓参りに訪れていた。その中でも一際目を引く女性がこちらへ振り向き目が合った。
 やや離れた所で墓碑に囲まれているのに輝いてさえ見えた。肩口まで伸ばした波打つ黄金色の頭髪の所為か、場にそぐわない碧色のドレスの所為か。
 カクテルドレスらしくデコルテが露出しているが、チョーカーとロング手袋を着けているので清楚な印象が先行した。ふらつくように1歩踏み出した際にドレスの裾が膝下辺りと短いのが見えた。まして不釣合いにショートブーツを履いている。
 目元も口紅も色が濃い化粧だが遠目に見ても未だ10代、所謂美少女だ。だからなのか、それとも心の中に忍び込んでくるような、凍り付くような眼差しでじっと見詰めてくるからなのか、フーゴは目が逸らせない。
 その美少女が隣に立っている、トップハットを目深に被りフーゴには背を向けている男の袖をくいと引きこちらを指差した。
 一言二言話したらしい隣の男もこちらを向き、大袈裟に驚いて見せた後に駆け寄ってくる。
「フーゴ!」
「……え?」
 走って目の前まで来た男に名を呼ばれ何度か瞬きをした。視界も思考もクリアになり、その男がよく知る、前のチームの死んで『いない』ミスタだとわかった。
「ミスタ……どうし――」
「どうしてお前がここに居るんだよ! いやブチャラティの墓参り以外無いよな。え? どうしてお前がブチャラティの墓がここだって知ってんだよ! 誰から聞いたんだ?」
「……誰からも聞いちゃあいない。予測しただけですよ」
 それに本当は、真の目的は『ブチャラティの』墓参りではない。勿論ブチャラティの墓参りもしておきたかったし、ミスタの口振りからしてここにはブチャラティしか居ない事も予測出来てしまったが。
「今ミスタが居た所に」あちらの、と視線を向け「ブチャラティが居るんですね」
 その通りだと頷く様子はボートで離反する以前と何ら変わりない。
 まるであの頃に戻ったような。人生で1番輝いていた時であろうあの頃に。
 不意に目頭が熱くなった。絶対に戻る事の出来やしない時分を思い、胸と鼻の頭が痛くなった。こんな所で泣き出すなんて子供のような真似はしたくないのに。
「ミスタ……その……それよりもミスタ、一体何なんですか、その格好は」
「可笑しいか?」
「可笑しいですよ」
「失礼な奴だな」
「似合わないとは言っていない。僕は可笑しいと言ったんだ」
 寧ろトップハットを合わせたタキシード姿は思いの外よく似合っていた。
 晩餐なり何なりの場なら似合っているよとすら言っていただろう。しかしここは墓地だ。それも黄昏時の。可笑しい以外の形容が出来ない。
 同じくよく似合っているが場として可笑しいドレスの美少女も、たどたどしい小走りでこちらへ来た。躓きかけたのかミスタの腕を掴む。
  少し付け過ぎな香水の良い香りがする。幼く過剰に甘く記憶に残りそうな。しかし近くで見ると意外に背が高い。剥き出しの二の腕や脹脛(ふくらはぎ)は白く細いが、ショートコルセットのデザインの所為なのか腰周りはがっしりして見えた。
 失礼な事を考えているのを見抜かれたか否か、ドレスの美少女は掴んでいる腕を揺すり、ミスタへ何かを訴えるように口をぱくぱくと動かす。
「はいよ」
 短く応えたミスタが後ろへ回り金の髪を左右に分ける。うなじを擽るように手を動かしてチョーカーを外した。
「有難う、ミスタ」
 ギョッとした。色濃い口紅の引かれた唇から出たその声は所謂ハスキーボイス――というよりも聞き覚えの有る物で体が硬直する。
「貴方はジョルノ……?」
「ミスタ以上に可笑しな格好ですみません」
「いや、よく似合っている……けれど」
 それはもう以前同じチームの一員だったと気付けない程に。随分と綺麗な女性だと思い込む程に。
「有難うございます。でも全然嬉しくないですね」
 余り表情を変えない辺りは実にジョルノだ。
「それに幾ら見知ったフーゴとは言え、あれだけ離れていても僕だとわかってずっと見られてしまうのは問題です」
 女だと思い込んでいました、と白状する余地が無い。
「フーゴだからバレただけだろ。俺はイイ線行ってると思うぜ。喋らなきゃいけるって」
「そうでしょうか。フーゴ、どうですか? 僕達は『金持ちの良い年をした道楽息子とその愛人』に見えますか?」
 質問の意図を飲み込むのに数秒を要した。
 フーゴが2回瞬きをしたのはジョルノの言葉の意味を噛み砕く為であり、その問いの答えはもう決まっている。
「正直に言って良いのなら」ジョルノは舞台女優のようには見えるが、2人並んでもその芝居のような設定には「全く見えない」
 ジョルノは露出した肩をがっくりと落とし、ミスタは「可笑しいな」と眉を寄せ首を傾げた。
「何故そんな格好をしているんですか? もし聞いて良いなら、話して下さい」
「ジョルノにこれ着せたのは俺の趣味じゃあねーぞ!」
 別にそこは疑っていない。
「今日これからある財団の会合が有るんです。世界規模の財団がこの近くにも支所を設けたので、その記念のパーティです。コネは作れなくても様子位は伺っておきたいので」
「それでその格好と言う事は、招待も無いのに忍び込むつもりですか」
「ギャング組織のボスがのこのこ顔は出せねーからな」
「そうか……」
 ジョルノは語っていた夢を実現させたのか。
 ギャングスターとなりトップまで登り詰めるという夢を。ジョルノならばと納得がいった。謂わば後輩の成長だと思うと笑みが漏れる。
「金さえ積めば入れる状況には出来たから俺だけで行くつもりだったんだが、ジョルノが自分の目で見たいって譲らねぇんだよ。だったら愛人を連れてきた、ってすりゃあ良いだろ?」
 無理と道理の共存に軽く目眩がした。少し前なら物事を考えられるように2人の脳味噌に皺を物理的な意味で刻み付けていたかもしれない。
「フーゴ、貴方の知恵を貸して下さい。どうすれば僕達の違和感は拭えますか?」
「……先ずミスタ、君はもう少し自覚を持った方が良い」
 俺? と自分の顔を指差した。
「確かにその格好なら金持ちの道楽息子に見えない事も無い。だが良い年をした、に無理が有る。背伸びして年を上に見せようとしている雰囲気が有っては駄目だ。良い年の道楽者は自分を若く見せようとする」
 横からミスタを上から下まで見回すジョルノが「成る程」と呟く。
「次にジョルノだ。性別がわかりやすい首や手の甲や足を隠し、逆に二の腕や脛を出すのは賢い。特に喉を隠せば喉仏が見えないし、さっきのように咄嗟の声も出せなくなるみたいだからよく考えたものだと思う」
「有難うございます」
「だからわざわざ愛人なんて事にせず、兄が妹を連れてきた事にした方が良い」
「俺達顔全然違うじゃあねぇか」
「異母兄妹にでもすれば良い。未だ若い金持ちの道楽息子が畑違いの妹を見世物に連れてきた、という方が貴方達の見た目には合っている」
 ミスタもジョルノの方を向いて顔を見合わせた。
「妾腹の子にでもしておけば、その財団や近辺が女子供を食い物にした時に、疎んでいるから売り飛ばしたと言う事にしてジョルノだけでも入り込む事が出来る」
 視線だけを気になっていたジョルノのショートブーツに向ける。
「歩き方が少し不自然だったけれど、怪我でもしたんですか。貴方ならスタンドですぐに治せるでしょう」
「女物の靴が慣れないだけです」
 確かに踵が細く高い靴を履く機会は早々無い。慣らしておけというのには無理が有るし、サイズが有っただけでも良かったとすべきだろう。
「なら片足に靴から見える程度に包帯を巻いて下さい。怪我をしているからその格好に不釣り合いなブーツだ、という言い訳も作っておいた方が良い」
「すっげーなぁ」
 ミスタがわざとらしくパチパチと拍手した。
「俺そんな所まで考えなかったぜ」
「僕もです。有難う、フーゴ」
 寧ろこの程度の『先』も考えずに変装して規模の大きい会合に乗り込もうという行動力の方が恐ろしい。
「ブチャラティがここに居るってのも予測しただけとか言っちまうし、お前は本当に凄ぇ奴だよ」
「……偶々この辺りにはここしか無かったから、見当が付いただけです。けれど……2人はどこに眠っているかわからない。教えてもらえますか」
 助言の見返りではなく。今のチームで持て余している頭脳は有ってもイタリア全土の墓を見て回る足は無い。
 ミスタが口を開きかけたが、ジョルノが手を挙げて制止した。
「知っているんですね、2人の事も」
 冷たい視線と同じく冷たい声音だった。偶然吹き抜けた風も体を冷やす。
「誰から?」
「風の噂で。詳細は聞いていない」
「フーゴには知らせたかったし、同時に知らせたくなかった。特にナランチャの事は」
 伏せるという事は彼らしくヘマをしてたのか、それとも彼らしく背中を見せずに立ち向かったのか。
「いやいやフーゴにこそ言わねぇと、ナランチャが浮かばれねーよ」ジョルノの手首を掴んで下ろし「学校へ行きたいって言っていたから、故郷の学校の近くの共同墓地に眠ってもらっている」
「学校へ……」
「本当はお前にもっと勉強を教えてもらいたかったんだろうな」
 しかしチームを離れてしまったから。フーゴとナランチャとは離れ離れになってしまったから。
 勉強なんて幾らでも教えてやれた筈なのに。自分がギャングの世界に引き摺り込んだも同然なのに。
 死に様を見届ける事も出来ないまま、他愛無いやり取りを遺産にしてしまった。
「……誰に殺されたんですか。まさか不運な事故じゃあない筈だ」
 聞いてどうする。復讐でもするつもりか。
 もし『不運』な『事故』ならば、それは自分と出会った事だ。本当は彼が死んだ時間に、死んだ場所に居るのは自分だったのかもしれない。彼を救う為と格好付けて彼に擦り付けてしまったのかもしれない。
 怒りなのか悲しみなのかわからない感情に任せて言葉を吐いた口が自らを嘲ける笑みの形に歪む。
 それを見て視界にただ映っているジョルノの化粧を施した顔が憤怒の表情を見せた。
「ナランチャの死を、彼の誇りを侮辱するつもりなら許さない」
「おいジョルノ、フーゴはそんな事――」
「自分が代わりに死ねば良かったなんて事は絶対に言わせない」
 きっとそれだけは言われたくない事だから。
 嗚呼そうだ、自分達の間に「貴方の為に死ぬ」なんて堅気の女子供が夢見る砂糖菓子のような感情が有って堪るか!
「店員に選んでもらったんですが、綺麗でしょう」
 フーゴは花束を持つ手の角度を変えて、包装紙の中身を2人に見えるように傾ける。
「……桜?」
 小一時間前の自分と全く同じ反応をしたジョルノからは怒気が抜けていた。
「本当はこの花、ナランチャにと思ったんです」
「そうだ、ナランチャの墓なんだが、えーっと……何か書く物持ってたかな」ミスタが懐へ手を入れるとカチャリと音がし「って、もうこんな時間か」
 取り出した懐中時計――似合うのか似合わないのか――を見て唇を噛み締める。
 会場はこの近くらしいが近辺にそんな催しの出来る建物は無い。となればタクシーを呼び、乗車して会場へと向かうのでそれなりに時間が掛かるだろう。
 それでもここに来たのは、束の間であってもブチャラティに会いたかったからか。レオーネ・アバッキオの墓なら逆にこの姿は見せられないと日を改めたりしそうだ。
「明日にでも2人の墓地の住所、行き方を書いた書簡を送ります。連絡先はこちらで調べます」
 既に調べられる人間を部下に付けているらしい。ただ今のドレス姿はボスというよりボスが手篭めにした愛人の1人にしか見えないが。
「その手紙に少しお願いも書くと思います」
「お願い?」
「ギャングとして今よりも良い待遇になって下さい、という頼み事ですよ。桜の花は行く時にまた買って下さい」
「じゃあ僕からもお願いを。そろそろ時期が終わるそうだから早めの連絡を頼みます」
「今が時期なのか……俺桜ってあんまりわかんねーんだよなぁ」
「原産国は日本(ジャポーネ)で、先程『優美な女性』という花言葉が有ると聞きました」
 それをナランチャに贈るつもりだったのかと、ミスタがけたけた笑う。
 ジョルノも隣で「ブチャラティの隣になら似合いそうですね」等と無表情を作りながら笑いを堪えていた。
 確かに彼には似合わないかもしれない。だがローマから仕入れたこの花は、この国では別の意味を持つ。
「僕はどうしてもこれを贈りたいんですよ。辺り一面に庭と間違えられる位に用意したい」
 豊かな教養・優れた教育を、安らかに眠る彼に。


2017,08,30


関連作品:“Nancy”


我が最愛の利鳴ちゃん、お誕生日おめでとうございます。
そんな夏の一大記念日に春先の話とはこれ如何に。盆だって半月前に終わっとるわ。
でも(超高速で)書けたのは利鳴ちゃんが「折角死に別れたのに墓参り書かないの?」「小説で女装物書いて革命起こせよ」と言ってくれたお陰です。
受けちゃんの似合う女装と美形未亡人による墓参りは性癖なんですが何故混ぜたのか。お前は祝う気が有るのかと。祝ってますよ。
1つ気付いたけれどローマの桜って八重桜じゃないね…?
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