ミスジョル 全年齢 女装

関連作品:SAKURA GARDEN


  “Nancy”


 桜の散り始める季節に、とある財団の新たな支部の開設を祝うパーティーが開かれていた。世界を牛耳る財団がローマ、ミラノに次ぐイタリア第3の都市ネアポリスにまで支部を構えるのだから、ネアポリスの『裏』の世界を牛耳るギャング組織のボスとしてジョルノ・ジョバァーナは何としてでもこの目で見たかった。
 ギャング・スターとしてではないどころか女装というとんでもない方法を取る事になったが、潜入に成功したので良かったとは思っている。
 僕だって本当はああいう格好をしたかったのに。
 視線の先には宝石商の息子から名前と招待状を巻き上げたグイード・ミスタ。ジョルノにとっては相棒であり右腕であり、組織の幹部であり有能な暗殺者であり、日頃は全面に『気楽なお調子者』を貼り付けている想い人。
 友情を超えた感情を向けているし向けられているのもわかっている。ただそこに発展が無いだけで。
 今も彼が普段は先ず着ない黒のタキシードにトップハットを合わせた正装は非常によく似合っていていつまでも眺めていられるし、手当たり次第と言わんばかりに見目の良い女性に声を掛けている様子に苛々している。
 ブロンド、極端に若い、やや東洋系、肩口まで伸ばした癖毛、女性にしては背が高い。ミスタが声を掛ける女性の1つ1つを組み合わせれば自分になるのではないか?
 不快な思いをする位ならば彼を連れて来なければ良かった、等と考えてしまう。
 しかし1人では来られなかった。
 招待された宝石商の道楽息子は21歳。ジョルノではとても演じきれない。異母妹に当たる隠し子という体(てい)で何とか誤魔化している。
「……っ……」
 溜め息を吐こうにも――元から大して無い――喉仏を隠す為のチョーカーに遮られる。このお陰で不用意に声を出さずに済んでいるが、食べ物は食べられないし未成年にと渡されたオレンジジュースさえろくに飲めない。
 この格好を提案してきたのが手にしたワインと女性達との会話を楽しむミスタだという事が無性に腹立たしい。ベアドレス型で肩を逆に晒し、ロング手袋を嵌めて肘や手の甲を隠せば男と思われにくいのでは、と言われた時は納得してしまった。
 誰の言葉を信じてわざわざ鮮やかな緑色を選んだと思っているのだ。こちらを偶にしか、それもちらりとしか見ないで。
 ドレスに合わせた女性物の靴はヒールが有るので上手く歩けない。それ所か立っているだけで可笑しな筋肉を使うので壁に寄り掛かっている。
 壁の花、か。
 自らを花に例えるのは自意識過剰かもしれないが、華やかに着飾った女がダンスに誘われず端に寄っている様を指す言葉はきっと今1番言われたくない。
 チョーカーは息苦しいが手袋を嵌めている所為で自分では取る事が出来ない――だろうか? 意外と外せるのではないか?
 オレンジジュースのグラスを左手に持ち、右手をそっとうなじへと回す。
 普段は編んでいる髪を女性のそれに見えるように下ろしているので邪魔臭い。しかし手袋越しの指先でもチョーカーの作りはきちんとわかった。
「……ん」
 取れた。驚く程呆気無く。途端に呼吸が楽になる。
 初対面で喉までじろじろと見る人間はこのパーティーに招かれた中には居ないだろう。声は出さなければ良いし、ミスタには髪に触れていたら外れてしまったとでも言えば良い。
 ジョルノは急くようにオレンジジュースのグラスに口を付け、文字通り喉を鳴らして中身を飲んだ。
「美味い……」
 早速声に出してしまったが、小声だし近くに誰も居ないし平気だろう。こういった油断が命取りになるのは重々承知している。次はもう言わない。
 一気に残り半分程になってしまったグラスへ再び口を付けた時。
「ねぇ君」
 明らかに自分に掛かった声だとわかりジョルノはぴたと止まり振り返る。
 声の主はジョルノと同じ位の背丈をした少年。年も同程度に見える。オレンジジュースのグラスを手にしていた。
 場違いだな、と思った。財団が子供を招く理由が無いし、招待状も無しに忍び込める警備の薄さではない。親や兄・姉に連れられてきたか。
「学生だよね? 未だ中等部?」
 どうしたものか。取り敢えずジョルノは頷く。
「背は高いけれど顔が可愛らしいからそうじゃあないかと思ったんだ! 君が凄く美人だからつい声を掛けたんだ。良ければ少し話でもしない?」
 ようはナンパか。
 情熱の国の1つと謳われるイタリアなのだからパーティー会場だろうと、未だ学生にしか見えない少年だろうと、誉め言葉の語彙が少なかろうと、女性に声を掛けるのが礼儀の一種。
 子供から見ればという前提は有るが女に擬態出来ている証拠と思い、ジョルノは暇潰しに少年の話を聞く事にした。
「両親と兄に連れられて来たんだけど財団の理念がどうとかの話がよくわからなくて」
 標準的な体型に悪くはないが如何にも軟派そうな顔。
「うちの親はシェフでレストランを構えているんだ。7つ上の兄もそこで働いている」
 先の専務理事の話を聞く限り医学の方面に強い財団だと思っていた。飲食店にも繋がりが有るのは意外だった。しかも少年の口からは有名店の名前が出る。
「――って店なんだけど」
「ホテルの?」
「そう! 本店はホテルに入っているんだ」
 それも有名な高級ホテル。レストランではなくホテルの方と財団が繋がっているのか。
 しまった。
 普通に声を出してしまった。しかしジョルノは慌てて口を塞いだりせず態度を変えなかった。
 相手も特に声に言及せずに話を続けている。余り低くないのでハスキーボイスだ、位にしか思われなかったのだろう。そうである事を祈るしか無い。
「もしかして外国人? 肌がアジアとかその辺りのような雰囲気が……でも綺麗なブロンドだし、言葉も通じている。君はミステリアスビューティーだ」
 確かに謎だらけだろう。性別まで偽っている。
「君は何故ここに呼ばれた? 親の仕事は?」
 ジョルノは口を開けずにドレスの形で膨らみが有るように見えるだけの平らな胸で深呼吸をした。
「……父が、宝石の流通を。今日は兄と来ました」
 意識して高い声を、しかし裏返らないように。
「君はどんな宝石よりも綺麗だよ! 静かにそこに居るだけで誰よりも目を引いて……学校でもそんな感じ?」
 平日の昼は真面目に学生をしている――事が意外に多い――のでイエスと答えるべきか、ドレスを着て黙り込んでいる事は先ず無いのでノーと答えるべきか。
「余り他の学校の人とは話さない? 他の学校にボーイフレンドが居たりは?」
「他校の人とは……」女を演じる、と思い出しアクセントを意識して「……余り話さないわ」
「じゃあ『Nancy(ナンシー)』は知らない? 君の学校で知っている人は居る?」
「『Nancy』ですか? 女性の名前?」
「女性の名前が付いたカラメルソース」
「初めて聞いた……聞いたわ、女性の名前のソースなんて」
「うちの店、というよりうちの兄のオリジナルソース。とても美味いんだ」
 はいそうですか、と聞き流しきれない妙な表情を少年は見せる。
 この年頃らしくないようで、しかし思春期を抜け始めた少年が浮かべていそうな、やや下卑た笑み。
「女子は皆虜になる。ナンシーですらも」
 そんな花を摘み取らんばかりの目をするからナンパは失敗するのだと鏡を見せてやりたい。
 紳士に振る舞えとは言わないが、明るく声を掛けたのならベッドに連れ込むまでは明るく振る舞い続けるべきだ。
 例えば成功率は兎も角明るい振る舞いの上手い『彼』のように。目線を数瞬ミスタが居るであろう方へ向けたが視界に入らなかった。
「兄は自分のケーキ屋を出すのが目標なんだ。兄が作るプリンは美味いよ」
「プリンですか」
「好きかい? なあ、食べにおいでよ、我が家に」
「家に? レストランじゃあなく?」
「親の店じゃあ金を払ってもらわなくちゃあならない。でも家ならその必要が無い。学校で仲良くなりたい女の子には、学校で渡している」
 意味深な表情を見せられても食べてみたい気持ちは有る。
 しかしジョルノは初対面の相手の家にのこのこと付いていく世間知らずの生娘ではない。
「僕が――私が食べたら悪いわ。特別な物なんでしょう?」
「特別だから君にも食べてもらいたいんだ。甘くて美味くて、甘くて素晴らしい雰囲気を作ってくれるカラメルソース。興味は無い?」
 甘い雰囲気とやらに持ち込みたい、だけではない響き。
「そんなに食べさせたい? お兄さんの自慢の1品?」
 まさかそれだけではないだろう、という鎌かけに。
「1度食べたらわかる。ほんの少しでも充分だ。また食べたくなる、というよりもまた『欲しく』なる。ソースの後の――」
「おい」
 会場全体が静まり返る程の低い声で会話が止められる。ジョルノと少年は同時に声の主を見た。
 ミスタだ。それも滅多に見る事の出来ない怒りに満ちた顔をしている。
 生かしてはおけない悪人を暗殺しろと命じた時ですら見られない。その任務を遂行している時位にしか浮かべない物だろう。
 周りの『大人達』の雑談も止まってしまった中、ミスタは何と続けるつもりなのか。
 見せびらかしに連れてきた、という扱いの父の妾の娘と話をする少年を脅してしまったらどうするべきか、とジョルノは頭を最高速度で回転させた。
「……おめーよォ、何勝手に喋ってんだよ」
「ミスタ、彼は――」
「いつでも家から追い出せるんだぞ! 兄の俺の承諾無しに勝手な行動を取るんじゃあねぇ!」
 平手打ちをしかねない勢いで振り上げた手は肩に回りぐっと引き寄せられた。ジョルノは慣れない靴の所為も有りよろめく。
 顔を近付けたまま引き摺られるように会場の奥の方へと歩かされる。これで傍若無人な支配者の異母兄とか弱く逆らえない異母妹の出来上がりだ。
 見なかった事にしようと客達は各々の会話を再開した。
「……有難うございます」
 ミスタの機転の良さを失念していた。
 彼は予測を立てて最善を選ぶジョルノとは違い、咄嗟の行動こそが幸運への道になるタイプだ。全く別ベクトルだが互いに状況判断の能力は優れている。
「普通に喋ってるみたいだったがバレなかったのか?」
「恐らく」
「お前声高いもんな」
 失礼な、と思ったがそのお陰で女装した男だと騒がれなかったので返事が出来ない。
「チョーカー取れちまったのか。ほら、付けてやるから貸せよ」
「苦しいから外しておきたいんですが」
「理事長がお前と話してみたいって言ってきたんだよ」
 だから会場の外ではなく奥に向かっているのか。納得はしたが掴まれたままのペースを乱される歩き方は不慣れな靴の所為も有りすぐに足が縺れた。
「創設者の絶大な信頼を得た理事長様だぜ? ちょっとでもバレそうな要素は潰しといた方が良いんじゃあないのか?」
「珍しく慎重ですね」
「久々にフーゴに会ったからかな」
 ここへ来る直前に偶然出会った。『前』の組織を裏切ったボートでの別離から日が経っていると言う程でもないが、それ以前はパンナコッタ・フーゴと毎日のように顔を合わせていたミスタからすれば充分久しいだろう。
 彼の知能は『今』の組織には不可欠だ。あの育ち良さげな容姿や振る舞いも、自分達より豊富な経験も。仲間想いの性格だって。
「フーゴの家、わかりますか?」
「アパートは何回か行ったな。実家は全く」
「明日そのアパートに人を送ってみましょう。引っ越していなければ良いが……」
「その服と化粧でも、そういった顔と喋り方だと男に見えるぜ」
 理事長の居る側を指してミスタが立ち止まる。
 不服だが襤褸(ぼろ)を出さない為にチョーカーを首に巻いてもらうべく差し出した。

 一昔前の社交界を彷彿とさせる程華やかなパーティーは終わり、大勢の客達は各々の車――お抱えの運転手付きか、呼び付けたタクシーか、自ら運転するのか――に乗り込んでゆく。
 来る時は道草を喰ったのでタクシーを拾ったが、帰りは事前に迎えの車を呼んでおいた。
 一般市民向けでありながらグレードの高い車。ミスタの姿を見た運転手が降りてきて後部座席のドアを開ける。
「どうも」
 再三ながらつい声が出た。お開きになってすぐ外したチョーカーはミスタの上着のポケットの中。彼が隣に居れば喋る『必要』は無い。
 言い訳をすれば運転手に見覚えが有ったから。ジョルノの親よりも若干上であろう年齢の男は古くから組織に携わっている人間だ。賭場の1つを管理下に置かせた気がする。しかし昼の仕事は商店か何か。見た目だけは紳士的なのでこの場には相応しい。
 ジョルノを乗せてから乗り込んだミスタが自らドアを閉めるとすぐに発車した。
「ミスタ様、お連れ様、お疲れ様でした」
 連れ呼ばわりした子供がボスだと知ったらどんな反応をするか、と思ったが黙っておいた。
「事務所へ? それともお嬢さんのご自宅へ?」
「お嬢さん……」
 背伸びした化粧とドレスの少女にしか見えないのは努力の甲斐が有った証拠なのだが複雑な心境だ。隣でミスタも声を殺して笑っている。
「いや、ホテルだ」
「そうですね、失礼しました」
「……おい、そういう意味のホテルじゃあねーぞ。もう取ってある」
 まさかこの服装で事務所や自宅には帰れないので、取った宿に着替えを置いてある。それが伝わらないのか運転手は「はい?」「どちらのホテルへ?」と聞いてきた。
「だから俺達は――」
「私未だ心の準備が出来ていないわ」
「おいコラ!」わざと身を捩って見せると途端に顔を赤くして大声で「のるな!」
「あっ、止めて下さい、せめてホテルに着いてから」
「怒るぞッ! 駅の角に有る何とかってホテルだ、勘違いすんなよ! そこの6階のツインルームだ、ツイン!」
 面白くて仕方無い。久々に出し抜けた。もしかすると初めてかもしれない。
 運転手は誤解がとけたか勘違いのままかはわからないが、名前が出てこなくてもどのホテルへ向かうかは理解したらしく交差点でウィンカーを上げた。
 本当は心の準備なんてとうに出来ている。
 等と言ってしまえば笑いは取れるだろうが信じてもらえない。
 好きにして良いのに。こんなに好きにさせた責任を取り、好き放題してもらいたい位なのに。
「お前さぁ、何話してたんだ? あのガキっぽいのと」
「ガキっぽいって……確かにあの会場じゃあ最年少でしょうね」
「同じ年だったのか?」
「年も名前も聞いていません。言ってもいませんし」
「なのにあんなに楽しそうに顔近付けて話してたのかよ」
「何ですか、嫉妬ですか?」
 溜め息混じりにミスタの顔を見ると、視線を下に落として唇を噛んでいた。
 見慣れない正装の所為も有ってまるで別人のようだ。ミスタのこういった表情は滅多に見られないし別段見たくもない。
 第一妬くのはこちらの方だ。ジョルノは1人と数分しか話していないが、ミスタは様々な女性達と随分と話していた。彼女達にその男は宝石商の息子でも何でもないチンピラだと言い放ってやりたかった。一体何倍嫉妬すれば良いのか。
 そうか、嫉妬しているのは僕か。
「……プリンのカラメルソースの話ですよ」
「は?」
「彼は両親も兄もホテルレストランの人間で、何でも兄は相当美味しいカラメルソースを作るとか」
「何だ、そんな話か」
 一体どんな話をしていたと思ったのか聞いてみたいが。
「ソースの名前は『Nancy』」
「『Nancy』?」
「知ってますか?」
「聞いた事も無い。しかしカラメルソースの方に名前? ケーキに作った本人の名前を付けるならわかるが、そんな特殊なソースなのか?」
「ナンシーも月までぶっ飛んで虜になる美味さだそうです」
「それをお前が食いたがった、と」
 正直興味は有るが、と前置きをして。
「彼の言う事は少し可笑しかった。気を引きたかったのかもしれませんが、彼の学校ではそれなりに流行っていて、僕に他校の知り合いが居ないなら知らないだろうと踏んでいて、彼の兄の作ったオリジナルソースで、1度食べたらまた食べたくなる。甘くて甘い雰囲気にしてくれる……矛盾とまでは言いませんが、少し可笑しくないですか? 彼はワインを飲ませてもらえていないのに」
 ミスタは無駄に長い足を組み変える。
「学生でも手の届く安価な幻覚系……いや、セックスドラッグか?」
「やはり連想しますよね」
「睡眠薬をお前に飲ませて事に運びたかったならそんな言い回しはしないし、寧ろ黙っている」
「それを飲んだ状態で事に運ぶと」
「虜になる、か。シェフだかの兄貴がバイヤーの可能性は有るな」
 麻薬の売人は潰しても潰しても湧いてくる。まるで害虫のようだ。
 やがてギャング組織が1つきりになったとしても、組織内から再現無く出てくるのではないか。否、そんな事はさせない。証に対抗組織の全てを潰して飲み込み生まれ変わった組織の頂点に立ち、裏から昼の世界に生きる人々を支えるギャング・スターになってやる。ジョルノは運転席を見据えたまま眉間に皺を寄せた。
「男前だなぁお前」
「ん? 何ですか?」
「そういう顔してると完全に男だから気を付けろって話だよ」
 男だから仕方無いだろう、とは言わず。
「もうこんな格好をする事は無いと思います。この財団は至って、悔しい位にクリーンだ。次に接する時はきっと傘下の厄介事を片付ける時です」
「あのガキの学校聞いとけば良かったな。もしそこに蔓延していたら大変だ」
 何も知らぬ女学生達が覚え立ての猿の好奇心で麻薬に犯される等許されない。
 罪無き者に不幸が有ってはならない。そして罪深き者には罰を。
 誰かが暴力は正義無き力と言っていたが、正義を以て力をふるう自分達はそれでもまた暴力でしかないだろう。だが人を守る為に暴力を振り翳して何が悪い。
 ホテルを目指し車が右折した。オフィスビルに囲まれている所為で周囲の建物には明かりが無い。
 麻薬かもしれない。既に被害者が居るかもしれない。その考えが頭から抜けず、暗い奈落へ自ら降りていくような気分になった。

「もう歩けません」
 言い放つとミスタは振り返る。
「部屋に着いたんだからもう歩かなくて良いぜ?」
 着替えを持ち込んで昼からチェックインしていたホテルのツインルームは広くも狭くもない。
 その入り口でジョルノは遂に音を上げた。
「気を張って疲れたんだろ。俺も疲れた。シャワーは明日にして今日はもう寝ちまおう」
「靴の所為でベッドまで歩く事も出来ません」
「じゃあ脱げ」
 清掃は行き届いているので裸足で絨毯の上を歩いても足の裏は汚れない。
「ベッドまで連れてって下さい」
「おいおいボス、それは命令ですか」
「ミスタ」
 手袋に包まれた両手を前に出し「早く抱き締めて」と言わんばかりに開く。
 ティーンらしく膝丈のドレスで甘える仕草。
「とんだお姫様だなお前は!」
 しかし上着を脱ぎベッドに放ったミスタはこちらへ大股で歩み寄り、そのまま横抱きにしてくれた。
 通称お姫様抱っこ。しがみつく先は服装だけ見れば一応は王子様。
「皺にならないよう優しくおろして下さい」
「お姫様じゃあなくて女王様か! ドレスの次はボンテージだな」
「嫌ですよ。そんなに僕に女の格好させたいんですか」
「似合ってるから良いと思うぜ」
 ウィングカラーのシャツが意外に似合う人に言われるのは気恥ずかしい。
 ドキドキと胸が煩く高鳴る。服装の通りの少女になってしまったみたいに。
 抱えられてこの心音が聞こえてしまわないだろうか。振り回しているつもりが完全に振り回されている。
 数歩でベッドに乗せられた。
「靴を脱がせて下さい」
 離れ難くて言ってみる。
「それは自分で出来るだろ」
 しかしミスタは自分もベッドに乗り上げてジョルノの足に手を掛けた。
「あれ? 足に痕付いてる」
「だから足が痛いって何度も言ったじゃあないですか」
「サイズ丁度良いんじゃあなかったのか?」
「踵だけ高いから前のめりになるんです。第一誰の足だってこんなに尖っていません」
「女って大変なんだな」
 ミスタが足を持った手の親指で痕を伸ばそうと皮膚を撫でる。
 くすぐったいし恥ずかしいし、また1人で『期待』してしまう。
 足の甲にキスして下さい。
 そう言ったらしてくれるだろうか。自分は今女王様だの異母妹の願いを聞けだのと言えば、望む関係に至れたりするのだろうか。
 もしも自分が女だったら。しかしこの考えはすぐに捨てた。女ならば知り合う事すら無かっただろう。
 こんなに「そうとは見えないのに頼もしい男」と出会えない人生なんてきっと生き甲斐も何も無い。
「服も脱がせて下さい」
 女ではなくて良かったと改めて思う為に。
「……ミスタ?」
 返答が無いので顔を上げると、滅多に見ない真剣な顔をしていた。
 先程少年との話を遮った時のような、その時と比べると憤りのような物が無い分より強い緊張をしているような。
「……良いのか?」
 目も声も雄々しく真摯で。
「良いも何も、僕から頼んでいるんですが。背中のジッパーは自分では下ろせませんから」
「お前は未だ子供……え、あ、そっち? そっちの意味?」
「他にどっちの意味が有るんですか?」
「無い、全ッ然無い!」
 ミスタは慌ててジョルノの背後へと回る。
「いやー女は靴も服も面倒臭ぇなあぁー」
 わざとらしい言い方にもっとからかってやろうかと思った。
 しかし項(うなじ)に掛かる髪を左右に分ける指の感触が刺激的でジョルノは吐き出す言葉を見失う。
 ファスナーのつまみに指が掛かった瞬間。
「貴方こそ似合っていますよ」
「ん?」
「その格好」
「世辞は要らねーって。俺は自分がこういう格好似合わないってわかっているからな」
「似合います。僕から見て、とても『魅力的』です」
 世辞でもからかいでも何でもない本音なのに。
 流行り廃りよりも、知らない誰かの評価よりも、自分自身と見せたい相手の好き嫌いがずっと重要だ。
 その意味ではミスタは非常によく似合っているし、逆にジョルノは似合っているとは言えない。異性装をして異性に見えた所で、魅力有ると思ってもらいたい人に思ってもらえないのだから。
「お前の方こそ『魅力的』だぜ、ジョルノ」
「何を言っているんですか」
 そんな嬉しい事を。
 出来ればもっと、より望んでいる言葉も欲しい。
「このジッパー下げて、理性を保っていられるか心配な位だ。お前は未だ子供だから努力するけどな」
 たった2、3年の差を埋める事なんて容易いのに。
「お前は俺の『特別』だから、大事に大切にしたいんだよ」
 じぃとファスナーの下ろされる音。駆け引きとも冗談とも付かない言葉達で熱を持った背に外気が触れた。
「僕の事……大切にしてくれるんですか」
「そのつもりだ。ここまでさせられても我慢しているんだから、これは誉められるべきだろう」
 こちらはいつでも我慢を解き放ってくれて構わないのだが。
 一層この関係のままの方が良いだろうか。更に先の言葉を貰えないのはもどかしいが、先の感情を向けられているのはしっかりわかる。
「ドレスは本当に似合っている。でも正直今見えている背中の方が……まぁなんだ、グッと来る」
「来てる?」
「来てる!」
 断言されただけでも嬉しい。ミスタが真後ろに居るのを良い事にジョルノは笑みを隠さない。
「ほら、ジッパー下げたぜ」
「僕は服を脱がせて下さいと言ったんです。その後はミスタも脱いで下さい」
「何で俺まで脱ぐんだよ」
「それからこっちで寝て下さい」
 ここ、と今座るジョルノ自身のベッドをとんとんと叩く。
「お前向こうのベッドの方が良いのか?」
「いいえ、一緒に寝るんです。特別な僕を大事に抱き締めて添い寝して下さい」
 腰回りの骨格の違いを隠す為のコルセット――に見えるが、実際はカマーバンドと呼ぶ柔らかい物――をがしと掴まれた。
「脱がせるぞ!?」
「だから脱がせて下さいってば」
 そして誠実さを存分にアピールしていれば良い。我慢すると言った手前我慢させにさせてやる。
 魅力溢れる女性達に声を掛ける余裕を失い「お前だけだからどうか」と地面に手を付いて頭を下げるまで。
 僕は金持ちのフリをして潜入したり組織上位の者として真摯に動く貴方以上に、僕に焦がれている貴方が好きなんだ。


2017,12,17


関連作品:The Drug (R18)


18年1月に書きたい話が有るので其れに備えてちゃんと女王様受けの前提を作っておこうかと…
声のイメージがですね、古い方のゲームで固定されてましてですね。新しいゲームの声だと色々食い違い有る感じになりましたね。
<雪架>

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