ミスジョル フーナラ 全年齢

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  sleepover 〜彼らの事を想う〜


「僕が勝ったら、付き合って下さい!」
 この時点で断られたらどうしよう、と思いながらジョルノ・ジョバァーナは頭を下げたままグイード・ミスタの返答を待った。
 朝早くの呼び出しに応じて来てくれたのだから望みは有る。そう信じている。
 昨晩――未だ数時間前か――ナランチャ・ギルガからパンナコッタ・フーゴとは殴り合いの末に今の関係に至ったと聞いた。拳と拳で語り合えば、流石にこの抱える想いに気付いてくれるだろう。
 好きだ、なんて在り来たりの言葉は今更言えない。だが今の関係のままではもう耐えられない。一体いつの間にこんなに我慢が出来なくなったのか。
「……良いけど」
 短い返事にジョルノは急いでがばと顔を上げた。
 ミスタは眉を寄せた困り顔で視線をあちこちに彷徨わせている。
 そうだ、この『良い』という返事は交際の了承ではない。未だ足掛かりの、それも1歩目でしかない。
「でもそれってよォ、今からここですんのか?」
「はい」
 他のどこでもなくチームのアジトにしている事務所に呼び出したのは、勝利を納めた後にわざわざ移動しなくても良いように。
 メンバーが集まる前に決着を付けてそのまま今日の仕事に取り掛かりたい。そして自分の味方となり励ましてくれたナランチャに付き合い始めたと耳打ちしたかった。
「ギブアップを言わせた者勝ちか?」
「え?」
「いや「え?」じゃあなくて。それとも腹に1発入れた者勝ちにしとくか?」
「あぁ……勝敗の条件を決めなくちゃあいけないのか」
 顎に指を当てて思案に耽る。
 正直その辺りは全く考えてなかった。ナランチャにもっと細かく聞いておけば良かった。
「審判居ねぇし気絶した奴が負けな」
「わかりました」
 Yesと答えたのにミスタの表情は益々困惑したそれになる。
 失った意識はジョルノのスタンドのゴールド・エクスペリエンスでは回復させられないので良い条件ではないのかもしれない。しかしすぐに戻せるからと手足の切断を条件にはしたくない。
「スタンドは無しな」
「え?」
「喧嘩でスタンド自慢をしたいんなら俺以外の奴とやってくれ」
 確かに筋力に優れている方ではないがジョルノと同等のサイズのスタンドと、銃弾サイズの小人が6人のミスタのスタンドのセックス・ピストルズでは『勝負』にならない。
「そういう意味でしたか。わかりました、スタンドは絶対に出しません。ミスタも出さないで下さい」
 フーゴとナランチャにおいても2人の戦いの場にスタンドは用いていない筈だから丁度良い。パープルヘイズのカプセルは2人共死にかねないし、エアロスミスは更に周囲も巻き込み大騒ぎになるだろう。
「当たり前だ。武器も無し、だろ」
 言ってミスタは腰に提げていた拳銃を半ば自身専用にしている机――かなり散らかっている――に置いた。
「目と玉、無しな」
「え?」
「だから……お前やる気無ぇのか? 潰せるモンを潰すなって話」
 ジョルノは「はぁ」と気の抜けた返事をした。成る程、眼球と睾丸を潰してはならないというルールか。
「ほら」
「え?」
 問い返すのは何度目だろう。流石にミスタに溜め息を吐かれる。
「――掛かってこい」
 中指を立てた右手を付き出して、その指をくいと2回折り曲げた。
 挑発、つまりは開戦の合図。
 薄着で無防備のミスタならば鳩尾に決めれば一発で落とせるだろう。狙いを定めて拳を握り、ジョルノは間合いを詰めるべく走り出す。
「うおおぉぉぉッ!」
 気合いを入れるべく雄叫びを上げて、短い距離を一瞬で詰めた。
 しかし。
 ぶんと下から突き上げた右手は何も殴らない。標的(ターゲット)だったミスタの体はすぐ右隣にある。
 無表情のミスタと目が合った。と思った次の瞬間、体が宙に浮いた。
「あ」
 右横に避けたミスタに足を足で払われた、と気付いた時にはもう遅い。咄嗟に頭こそ庇ったが近くの机に全身で突っ込んだ。ガシャンと大きな音が響く。
 蹲ってはいられないと顔を上げたジョルノに、上から整理されていない為に派手に舞い上がった書類が降り注いだ。
「くそっ」
 床に散らばった紙切れ達――そういえばここ暫くミスタがデスクワークをしている姿を見ていない――を右手で払い除けて前を見据える。数歩の距離を開けてミスタが憮然と見下ろしてきている。
 鳩尾じゃあ駄目なのか? 否、狙いは悪くない筈。ミスタが避けたのは喰らったら不味いからだ!
 もう1度同じ箇所を。今度は避けられないようにより早く。下方から突き上げるのではなく、右横から円を描く形で殴り付ければ外さない。
 ゆらりと立ち上がったジョルノはもう1度狙いを定めて右手の拳を握り直す。
「うおぉぁぁァッ!」
 素早くしかし重たい一撃を喰らわせるべく数歩の距離を低い姿勢で走った。
 そして右手を横に振り抜く、筈だった。ミスタが伸ばした左手で、その右の手首をガシリと掴んでいる。
 手が動かない。振りほどけもしない。視界が1歩踏み出したミスタの胸元で埋まり何も見えない。
「っ!」
 ミスタの力を込める息が聞こえた。
 と同時に首筋に重たい衝撃が走った。左手が離れて、そのまま体が床に沈む。
 ジョルノは突っ伏しながらも真上から肘打ちを喰らわされたと気付いた。
 でも僕は未だ気絶していない、負けてはいない!
 顔を上げようとした矢先に背中に激痛が走る。
「ぐっ!?」
 間の抜けた声が出た。この『重み』は、ミスタに踏まれている証。床にうつ伏せて背中を踏まれ、恐らく人生で最も情けない様を晒している。胸が圧迫されているので息苦しかった。
「意識を飛ばさせた方の勝ち。返事が無かったら俺の勝ちだな?」
「う……未だっ」
「気絶しとけ」
――ガンッ
 顎が床にぶつかる音が直接耳の中で鳴った。もう片方の足で頭を踏まれたらしい。
 己の余りにも惨めな姿が想像出来て鼻の頭が熱くなる。
「お前サシの喧嘩ってどの位した事有るんだ?」
 スタンドを出さず1対1の。回数でも相手の強さでも連敗記録でも構わないから言ってみろという挑発――脳がそう捉えるだけでこれはただの質問だろう――を耳にして数瞬考えた。
「……無い」
 やっぱり、という溜め息混じりの声が聞こえる。
 思い返せば誰かと殴り合った経験は0だった。異国(日本)で物心付いた時は幼稚にはしゃげる環境ではなかったし、母が結婚しイタリアに来てから義父に殴られはしたが幼い自分は身を守る事で精一杯だった。
 そんな卑屈な子供は学校でも小突かれる事が多々有った。ここで反撃に出ていれば経験の1つに数えられたのかもしれない。
 あの日誰よりも尊敬する『彼』を出来心で救うまでは殴られるばかりだった――そして救った『彼』に救われて殴られる事が無くなった。一時的だが暴力そのものが無い世界に生きていた。髪の色が変わりスタンドを何と無くだが自覚する頃まで。
 金髪になった辺りからはスタンド有りきの生活だった。良くも悪くもスタンドという存在が常に側に居て、殴る蹴るという事はしないしされない。
 ギャングチームに正式に所属してからもスタンドバトルこそ繰り広げてはきたが、容姿が荒事に向いていないのを理由にそういった小さな仕事は回ってこない。
 気付かぬ内に気配を感じさせなくなった『彼』に代わり、もうずっとスタンドに守られている。
「……スタンドが」
「ん?」
「スタンドが無いと……何も出来ない……」
 床に這いつくばらされている情けなさと息苦しさと、そして己の弱さの所為で遂に視界が涙でぼやけた。
「良いじゃあねーか、スタンドが有れば何でも出来るって事だろ」
「スタンド無しは狡い」
「それは話が違うっつーの。俺が銃持つのは無しだろ?」
「持てば良い。撃てば良い!」
 非力で恋も実らせられない自分なんて、早々に撃ち殺されてしまえば良い!
「……俺にお前が撃てるか」
 呆れた物言いの後に頭から、次いで背から足が離れる。
 自由になった体をむくりと起こした。しかし立ち上がるだけの気力の無いジョルノはその場に座り込んだまま。
「おい」
 俯きいつ涙が床に落ちるのだろうかという顔が強制的に上を向かされた。
 足で。目の前に立つミスタが硬い靴の爪先でジョルノの顎を持ち上げている。
 見下ろしてくる顔は恐ろしいまでの無表情。このまま唾棄されるのではないかという程。
「気絶した方が負け。未だ続けんのか? お前が勝ったら付き合うんだっけ?」
 その言葉に消えかけていた戦意が僅かながらに戻る。望む物は絶対に手に入れる、それがジョルノ・ジョバァーナだ。
 未だ意識は有る。ここで逆転劇を繰り広げられれば晴れて交際に至れる。仄かな恋心は炎のように胸の奥でまたメラメラと燃え始めた。
「続けます」
「マジか」
「意識さえ手放さなければ良い」
 ミスタは目を逸らして舌打ちを1つ。それから足を離した。
 出来れば1撃で、無理ならば先ず体の自由を奪える急所を考えろ。急いで、ミスタが次の行動に移る前に。
 そのミスタが目の前で大股開きにしゃがむ。
 目が合うと先程と変わらず無表情の筈なのにどこか困惑や切望といった色が含まれて見えた。
「頼むから1発でいってくれ」
 ジョルノに願うというよりも神に祈るといった様子で呟いたミスタが、ジョルノの頭頂の髪をがしと鷲掴みにする。
 そのまま勢い良く降り下ろされ、顔面を床に叩き付けられた。
「止めろッ!」
 と、思った。
 床に触れるより先に扉の開く音がし、そこに立つ誰かの叫びでミスタは手を止める。
 顔は動かせないので目だけを動かして入り口の方を見ると、聞き慣れた声の持ち主のナランチャがこちらを睨み立っていた。
「おっすナランチャ、今日は早いな。別に私刑(リンチ)しているってわけじゃあねーからな。寧ろジョルノの方から仕掛けてきたんだぜ」
「知ってる」
 軽い口調のミスタに対してナランチャは無理に低い声を出し、返事もとても短い。
 知っているという事は少し前から、あるいは最初の方からやり取りを見聞きしていたのだろうか。
「もう止めろよ……ジョルノ、痛そうだ…見てらんねーよッ!」
 再三の溜め息を吐いたミスタの手が離れる。
「じゃあお前審判やってくれ」
 このままでは本当に気絶するまで殴り続けなくてはならないから、という意図が込められているのがわかった。
 殴られる覚悟が無いわけではなく。ただミスタには殴られるより先に殴り飛ばせる自信と実力が有る。
 ナランチャの不安に揺れる目と目が合う。心配してくれるのは有り難いが、彼から見ても負けは確実だと思い知らされた。
「……審判はしない」
「はいはい、そーですか」
「代わりにオレがやる」
「はァ?」
「オレがジョルノの代わりに戦う。審判なんて要らねー。オレがミスタを気絶させればジョルノの勝ちだ」
 滅茶苦茶な提案だが。
「わかったわかった、それでいい。俺もジョルノ一方的に殴るよりお前とやり合う方が未だ気が楽だし」
 負ける心配を一切せずに乗るのが如何にも彼らしい。
 確かに成人を目の前に控えているとは思えない小柄で痩せっぽちに毛が生えた体躯のナランチャに勝機は――ジョルノは己の場合も似たようなものかと思い視線を落とす。
 最初から負けるとは、僕と付き合うとは思っていないんだろうな。
 だが未だ勝負は付いていない。寧ろこれからだ。ミスタがジョルノから数歩離れて立ち止まり、それが開戦の合図となった。
 すぅと息を吸ったナランチャが、しかし掛け声は上げずに突進をはかる。
「っ」
 ミスタが息を飲み左右に目配せをした。どちらに回るべきか。対ジョルノの時とは違い軌道が読めていない。
 どちらに逃げるでもなくミスタは左手で、異様に低い姿勢で体当たりを狙ってきたナランチャの突き出した肩を受け止めた。身長差を逆手に取った受けにくく当たれば痛い突進の仕方だ、と思った。次の瞬間にミスタが足を振り上げ蹴りを繰り出す。
 蹴られるより先に気付いた、もしくは予想していたナランチャはくるりと斜め前に体操選手の如く転がりかわす。器用に方向転換をしてミスタの真後ろに回り込んだ。
 妙に人懐こい子猫が高い所から落ちても受け身を取れるような身軽さ。腕力や脚力ではなく俊敏性に全てを割り振ったような戦い方はあの体格の持ち主だからこそ。
「くそッ!」
 吐き捨てたのは背後を取られた、不利に回ったミスタの方。焦りを見せながらも先手必勝と言わんばかりに高めの回し蹴りをする。
 空振り。
 ナランチャは未だ立ち上がっていないので当たらない。しかしミスタもわかっている。ダメージを与える為ではなく、あくまでも正面に敵(相手)を捉える為。
「凄い……」
 小さな声で独り言が漏れた。ナランチャだけではなくミスタも自身の体格による『性能』をよく理解し、それを最も効率の良い形で使っている。彼は足が長い。そして拳銃使いの二つ名を持つので、拳銃を置いている状況でも利き手を使わない。
 背を向けられたままならその姿勢で再度突進したであろうナランチャだが対面したので作戦を変更、次の動きを考えながらかゆらりと立ち上がった。
「続ける、よな」
「当たり前だ!」
 ナランチャの言葉はジョルノが先に吐いた物とよく似ているが状況は全く違った。単純に2人共未だ勝っても負けてもいない。
「お前は俺をどこに連れていくつもりだ?」
「どこに?」
「ああ、ジョルノに付き合わせるからお前は行かねーのか」
「……どこに?」
「だからそれは俺が聞いているんだっつーの」視線をジョルノに向け「なあ、俺をどこに付き合わせたいんだ?」
 敵を目の前にしながら横を向くとは何とも危なっかしい。この油断で負けてくれれば付き合えるのに、つい心配してしまう。それだけ好きだから、という言い訳を自分にしてしまう。
「言えねーような所に連れて行く気か? まあだから戦えって話になったのか」
 ナランチャがミスタに仕掛けないのは礼儀作法の問題ではなく、この状況からでもミスタは充分勝機を狙えるから。
 瞬発力やそれに対する持久力は有れど体格からすればナランチャの攻撃力・防御力はすこぶる低い。当たり所が悪ければ1撃で沈むし、逆に1撃だけでは相手を沈められない。
 ミスタが動くより先に、では駄目だ。特性の違いを考えればナランチャはカウンターを狙うべきだ。
 恐らくだがジョルノ自身もそうだ。なのに自分から仕掛けてはこてんぱんに打ちのめされた。日頃学が足りないと悩んだりからかわれたりしているナランチャよりもずっと考えが及んでいない。
「おい、座ったままでも良いから返事位しろジョルノ。お前は一体何がしたいんだ」
「……たい」
「あ?」
「ナランチャに……なりたい」
 場の空気が変わった。緊張が解れた(ほぐれた)というより白けた。ミスタもナランチャも今の一言で完全に気が抜けている。
「……オレに、なりてーの? ジョルノが?」
「なりたい」深く頷いて「ナランチャみたいに素直になりたい。素直に気持ちを伝えたい」
 こんな風に捻くれてなんかいたくない。
「愛されたい」
 ナランチャがフーゴに愛されているように。
 潤み歪んで何も見えなくなった目をぎゅっと閉じた。目尻から押し出された塩辛い体液が頬を伝う。
「愛されたいって……何だよそりゃあ。そんな誰からも愛されています、っつーツラしてよォ」
「ミスタのバァーカッ!」
 ナランチャの子供染みた罵声に涙しながらも笑いが漏れ掛けた。
「はぁ!?」
 何故にお前にと捲し立てるミスタを無視してナランチャがジョルノの方に大股で歩み寄り、目の前でしゃがみ込む。
 一体何を言えば良いのかわからない。「有難う、気分がスッキリした」と言ってしまって良いのかわからない。
「泣くなよ! ジョルノが泣くとか、何か落ち着かねーよ!」
 上手い言葉で誤魔化すような事をしない――出来ないだけかもしれないが――ナランチャが羨ましくてじっと眺めていると、オロオロと挙動不審な様子を見せた後に両腕を伸ばして抱き着いてきた。
「ミスタじゃあなくて悪いけど」
「……悪くないです」
 言ってナランチャの後頭部を、髪を梳くように撫でる。
「寧ろ嬉しい。有難う、ナランチャ」
 恐らく抱き締め慰めてくれているのだろう。何が問題なのか見てくれは見事に正反対になっているが、昨晩よりも更に強い優しさを感じられた。強さではなく強い優しさを。嗚呼、目も鼻の頭も赤くして一体何をやっているんだ。
 だがお陰で「泣いてはいられない」と思えてきた。
「ジョルノはオレにはなれないから……だって、オレもジョルノになれねーもん」
「わかっています」
 ぎゅ、と強めに力を込めて抱き締める。時に抱き締められるよりも、例えば眠れない夜に掛け布団の端を抱き締める方が眠りに落ちやすくなるものだ。
「もしジョルノがオレになっちまったらミスタすげー意地悪言ってくるぜ。ならない方が良いって」
「そうでしょうか」
 2人は兄弟のように仲が良い。と、思う。そう見えている。
 だがそれは微笑ましくはあるが羨ましいとは違う。兄(ミスタ)と弟(ナランチャ)のような関係になりたいのではない。兄弟になってしまったらそれこそ望む関係には至れない。
「そうそう。絶対ナランチャになんかなるなよ、ジョルノ。そんな小さくて喧しいのが2人も居るなんて俺耐えられねー」
「何だってェ!?」
 ナランチャががばと勢い良く離れる。座っていなければ、床に尻を付けていなければ姿勢を崩して転んでいた。
 案の定ミスタは「ほら煩い」と笑っているし、ナランチャも「何だって」を連呼して痛くも痒くもなさそうなパンチをぽこぽこと繰り出している。
「第一誰かが増えるよりオメーが居なくなる方が問題なんだよ」
 両手でナランチャの両方の拳を受け止めたミスタがこちらを向いてにこやかな笑顔を見せた。
「……僕の負けです」
 目を閉じて手の平で流した涙を拭う。
 恋人になれないというのに妙に晴れやかな気分なのは、ナランチャの言っていた通り「大切にされている」とわかったから。
 フーゴとナランチャのように同じ部屋に帰って行ったり、同じ部屋――もしかしたらベッドも――で寝たり、朝共に事務所のドアを開けたり出来なくてもいい。
 手を繋いだりキスをしたりその先の関係に至れなくてもいい。他の誰かとそうなっている場面を見てしまえばまた気持ちも変わってしまうだろうが、今はそうではないのだから――いい、と己に言い聞かせて。
「じゃあもう殴ったり蹴ったりしなくて良いってわけだな」
「はい」
 若干心配そうな表情を浮かべているナランチャもミスタに掴まれている手を引き抜いてだらりと下ろした。
「あー良かった良かった。ほら、もう痛い事しねーから泣くなよ」
「もう泣いていません」
 先程涙した事は否定しない。
「泣き止んだらどこにだって付き合ってやるから。どこ連れて行きたかったんだ? 馬鹿みたいに高い店で奢らせる気か? それとも綺麗なオネーチャンの居る店に行ってみたいって話か?」
「ああ……その事、なんですが……」
 ミスタではなくナランチャに目配せをする。
 絶対勘違いしている!
「いやそれよりも先に俺が勝ったんだから俺がジョルノをどこかに付き合わせるか考えるか」
「ミスタの勝ちですから好きにして下さい。どこに付き合わせるでも、そうじゃあなくても。何でもします」
「好きにしろとか何でもするとか、そういう事は言うな」
 嫌に低い声でぴしゃりと叱り付けたミスタは唇を噛み締めるように僅かな間を置いてナランチャの方を見た。
「ちょっと席外してくれ。10分位。人払いもしてくれ」
 こんな早い時間からは来ないだろうが、と呆れて気の抜けた声で付け足す。
「……わかった。でも、もうジョルノを虐めんなよ」
「はなから虐めてねーし」
「オレはジョルノの味方だからなッ!」
 びしとミスタの顔に人差し指を向けての宣誓をしたナランチャは、そのまま足音大きく事務所を出た。
「なぁにがジョルノの味方だよ、腹立つなァー……喧嘩売られたのは俺の方だぜ?」
 同意を求めるようにミスタがその場でしゃがみ視線を合わせてくる。
「喧嘩を売ったつもりは……」
「お前は何がしたいんだよ。あ、ナランチャになりてーってのは無しで」
「すみません」
「謝る必要はねーけどよー」
 このやり取りは昨晩寝る前にナランチャとしたと思い出す。まさに兄弟2人と話をしているかのようでジョルノは口元に投げ遣りながらも笑みを浮かべた。
「取り敢えず俺はお前をここの片付けに付き合わせようと思う」
 先程ジョルノ自身が突っ込んで散乱させた書類の束を指す。
「はい」
 ミスタは指した書類を自らも見て溜め息を1つ吐いた。
「それが1つ目。2つ目は拾ったもんをまぁ色々片付けるというか手伝ってもらう」
「2つ有るんですね」
 どれだけ付き合わされても構わないが、放置され続けた書類達の中身の整頓となると厳しい。正しく言うと面倒臭い。
 もっと簡単に騙して脅して金にするギャングらしい事をしたいが、大きな組織となってしまうとそうもいかない。管理された上で騙し、管理された中で脅さなくてはならない。
「3つ目は何にするかなぁ」
「一体幾つ有るんですか?」
「4つは無いから安心しろ」
 つまり5つ以上の可能性が有るのでは、とじっとりとした目付きを向けると正反対にミスタは笑う。
「漸くお前らしい顔になった」
「僕らしいって、貴方の中の僕はいつもこういう顔をしているんですか」
 意図して熱っぽく見詰めたり何なりをしてきたつもりだが。
 最近はそれが通じないもどかしさでこんな表情をしている事が多かった気がしなくもない。
「俺ん中でジョルノはわりとキリッと格好良い感じだな」
「そうですか。僕の中でミスタはわりとだらしない顔をしています」
 皮肉を口走るから関係が進展しないのだと今思い知った。
 詰めが甘く格好付けきれないのか、そもそも恋路に向いていない性質なのか。いずれにせよ早急に何とかしたい所だが出来る気がしない。
 いい加減立ち上がろうと床に手を付くと、ミスタが「待て」と引き留めてきた。はいと返事をしてそのまま見据える。
「3つ目が1番重要だからよく聞け」
「何にするか決まったんですか」
「決まったっつーか決めてた。最後の1個は1番叶えたい事に使う」
 どうやら叶えてやる願いは3つらしい。いつの間にそんな決まりになっていたのやら。
 もしも自分が勝っていたら何をさせていただろう。先ず恋人になり、次は熱い抱擁。最後の1つは今晩早速家に泊めてもらおうか。
「それで、貴方が最も叶えたい事とは?」
 ミスタは今一度唇を噛み締めて左右に目配せをし、らしくない躊躇いを見せてから。
「……今晩家に、泊まりに来い」


2018,06,10


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「フーナラでミスジョルのジョルナラ百合(百合ではない)下さい」を連呼してたらお泊まり会を貰えて、更にお代わりを貰えてとても幸せでした。
でもミスジョル上手くいってないような終わり方だった…これは交際に発展させないと…と三次創作させてもらいました。
…いや勝ってないから交際はしないのか?そして私は人様の書いた可愛らしい(そして面白い)お話を何故流血沙汰にするのだ??
<雪架>

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