ミスジョル 全年齢 フーナラ要素有 生存if
関連作品:I Can't Say(利鳴作)
I Want Say
南イタリアでも特に裏社会の人間が表社会に影響を与えるネアポリスにおいて、ギャングが牛耳る飲食店は夜間営業には限らない。昼間から営業している店の「様子を見に」行くのには夜のそれよりも警戒心を抱かれない容姿の者の方が良い事も有る。
年少――に見える――2人のジョルノ・ジョバァーナとナランチャ・ギルガは今日見回る分を終えて夕暮れ時にアジトに帰った。
1階はカフェで裏には野良猫まで住み着いているビルディングなのでアジトと言うよりは事務所。階段を上り先に行くナランチャがそのドアを開ける。
「たっだいまー」
「戻りました」
「お帰りなさい」
誰も居ないと思っていたのでジョルノは驚いて足を止め、真逆にナランチャは急に駆け出した。
「フーゴただいまっ!」
事務処理でもしていたのかデスクに向かっていたパンナコッタ・フーゴの肩にナランチャが抱き付く。
「うわ、と……何か食ってきたんですか?」
「わかんの?」
「美味そうな匂いがしていますよ」
あれだけ顔を近付ければ当然だろう。
「最後の店で晩飯食ってきた」
「早くに済ませたんですね」
「フーゴは? これから任務だしもう食った?」
「出先のどれかで食う予定です」
それを聞いてナランチャは漸く離れた。
16という年相応の容姿のフーゴだが、年長3人が居ない日にはこうして夜間の「様子を見に」出る仕事に就く。
若いとか上品そうとかの理由でとてもそうとは見えないがギャング歴はリーダーに次いで長い。
「何を食ってきたんですか?」
フーゴの問いはジョルノに向いていた。
「肉の余った部位のトマト煮込みを」
シェアした、までは言わない方が良いだろうか。それともその位なら気にしないだろうか。
目の前の2人は恋人同士だろうと思わせる程に仲が良い。要らぬ嫉妬をされそうだし、聞き流されもしそうだ。
「金は良いと言われたので」
「ああ、あの店ですか。美味いですよね」
「今度また一緒に行こうぜ」
見事に流された。と言うより話の種にされた。しかもその店には既に2人で行った事が有ったらしい。
ナランチャは楽しそうに2人揃って昼食に出られる日はいつかと話している。
一緒に美味しい物を食べたい。何と素直な感情だろう。それをそのまま伝えられるとは、どれだけの素直さを持っているのだろう。
羨ましいな。
決して妬ましいわけではなく。自分だって意中の相手に好意を伝えて照れながらも受け入れられて、2人で睦まじい時間を過ごしたいというだけで。
手先の器用さは充分に有る筈なのに、事ここに限り自分は何故こんなにも不器用なのだろう。
「それじゃあそろそろ行ってきます」
「未だ早くない?」
「資料の確認は終わったし」その資料を置いて立ち上がり「今日は歩いて行きますから」
「そっか、行ってらっしゃい!」
「施錠は頼みましたよ。行ってきます」
「気を付けて」
見送られフーゴはアジトを出た。
ジョルノが居なければ「また明日」と見送りのキスもするのだろうか。邪魔をした、とまでは思わない。2人は言葉にせずともまた明日――休みでも、どちらかに任務が有っても――会う。
見ればナランチャは帰り支度をしている。確かに今日の任務は、このチームがここですべき事は全て終わった。
「ジョルノ? どうかした? オレ顔に何か付いてる?」
「いえ……すみません、じっと見てしまって。特に意味は無いんです。ただぼんやりしてしまっただけです」
「へー、ジョルノでも意味の無い事とかするんだ? そういうのしなさそうな、嫌いそうな気がしてた」
確かに無駄な事は嫌いだ。どうやらナランチャは素直さだけでなく野生の勘まで持ち合わせているようだ。
「良いな」
「何が?」
「……君が。君になりたいな、と思って見ていたんです」
「オレに? ジョルノ、オレになりてーの?」
目を丸くして何度も瞬きを繰り返す顔に頷く。
ナランチャのように天真爛漫になれればどれだけ良い事か。自分を晒す事を恥じず、寧ろ誇りを持てたらどれだけ素晴らしい事か。
そこまで正直に話せば「じゃあなればいーじゃん」と無理な事を無責任に言われるのだろう。
「じゃあ入れ替わってなってみる? オレに」
ほら、と思ったがすぐにニュアンスの違いに気が付いた。
「そうですね、入れ替われたら面白そうだ」
「決まりッ!」
適当な返事に何故かテンションを上げたナランチャはリーダーの執務室、あるいは応接室としている部屋へと小走りに向かう。
そこに何か有るのだろうか。長机とそれを挟むソファ、この時間はもう日の入らない窓。一般的な家具の他は棚に観葉植物――誰も手入れしている所を見た事が無いので造花なのかもしれない――と水槽が置かれているのみ。
その水槽で飼われているのは1匹の亀。大きくなり過ぎないよう餌は少しずつしか与えていない。
ナランチャは躊躇い無く水槽に手を突っ込み、水に浸かる石の上の亀をザバと音を立て取り上げた。
「起きろー! 起、き、ろ!」
ぶんぶんと上下に揺さぶる。
「今日は無理なのかあ?」
更に強く上下に、頭の上から腹の下まで。亀も目を回すのではと不安に思うし、それ以上に傍から見ると狂気の沙汰だ。
「……起きたよ、止めてくれないか」
亀から聞こえる静かな声を聞き漸く思い出した。と言うより振り回されている亀のスタンドの中にジャン・ピエール・ポルナレフが居るという事を今の今まですっかり忘れていた。
彼が亀の中で生活し始めた当初こそよく話もしたものだが、特に最近は亀から出てこなくなった。精神のみの状態では何をするのも体力もとい精神力を消費するらしい。
余り無理をさせたくないので日々の挨拶すら遠慮していてそれなりの月日が経ってしまった。ただ、何か有ればいつでも応えると言われた事は、それがとても信用出来ると思った事は覚えている。
「起きた起きた。なあポルナレフ、頼みが有るんだ。スタンドを制御出来るようになったって言ってたよな」
「かなりなってきた、とは言ったが未だ完全ではない」
亀に向かって話をする姿も可笑しな気はするが、その亀からしっかり返事が有るので一周して問題が無さそうに思えてきた。
「そのスタンドでまたオレとジョルノを入れ換えてくれ」
「……何だって?」
「だから、そのスタンドでまたオレ達2人を入れ換えてくれって頼んでんだよ。何か欲しい物とか有ったら買ってきてやるからさ」
「随分と唐突だな……それはジョルノ、君も望んでいるのか?」
亀の顔は動かないがポルナレフはこちらを見たらしい。
「はい。というか僕が望んだ事です。でもその……貴方のスタンドで入れ換わるのは……ちょっと」
過去に1度ポルナレフのスタンドの暴走により入れ換わった。戦闘真っ最中でありジョルノの姿のナランチャに至っては相当な深手を追い死に掛けたので良い思い出ではない。
「望む相手と入れ換えられる程の精密性は無い」
ポルナレフはチームメンバーよりも10以上は年が上だからかとても落ち着いた話し方をしている。
「ただ、今は2人しか居ないので君達を入れ換える事は可能だ」
「そうなんですか?」
特訓でもしたのだろうか。
しかし『レクイエム化』したスタンドを用いるのはそれこそ精神力を使う。ジョルノもスタンドに矢を受け選ばれたので新たな能力を得はしたが滅多に出さない。というよりもうずっと出していない。
「で、ちゃんと戻せるようにもなったんだよな!」
「任意で解除できるようにはなったな。しかし戻す意思が無くともおおよそ半日程しか保たせられない」
肉体と精神を分離し別の人間と入れ換えるという高度な能力なのだから半日でも充分だ。
より時間を延ばせるようになれば人間に『戻れる』事になる、と思った。最終的な目標をそこに据えて、やはり訓練の1つでもしているらしい。
危険無く行えるように成長したのであれば今一度入れ換わってみたい。素直さの塊のようなナランチャになりたい。自分も思うがままに行動出来るかもしれない。
あの時にはその可能性を考える余裕すら無かった。
「しかし何故また急に? 何か入れ換わる必要の有る任務でも出来たのか?」
「そんな所です」
ナランチャが素直に遊び心だと言ってしまう前にしれと嘘を吐いておく。
「今からで良いのか?」
「おう」
世間では夕食時に分類される時間から半日入れ換わる必要の有る任務とは一体。ギャングだからで誤魔化せているのか。
「余り亀を乱暴に扱わないと約束してくれるなら引き受けよう」
亀が居なくなればポルナレフも生きていけない。文字通りの一心同体。もしくは住み心地が良いか。
「大丈夫、大丈夫」
大変に信用のならない言葉。
「では任務が終わったら声を掛けてくれ」
空気が張り詰めるのを肌で感じた直後にナランチャの手の中の亀からずるりと黒いスタンドが姿を現した。
意識の浮上。いつの間にやら床に倒れていたと体を起こす事で気付いた。
「あ……」
座ったまま辺りを見渡すとすぐに『ジョルノ・ジョバァーナ』が仰向けに倒れている様が目に入る。
「……入れ換わっている」
ナランチャに。見下ろすと黒を基調としつつ鮮やかな腰布を巻いた服装。そもそも今漏らした一人言の声もナランチャの物だ。ジョルノの言えた事ではないが声変わりを迎えていないような高さで、合唱団にでも属せそうな声。
微動だにしない亀の奥に居るナランチャ――が入っていると思われる自分自身の肉体――へと腕を伸ばした。
「ん……」
触れる前に唇が動く。
次いでパチリと目が開いた。
「あれ?」
そして勢いを良く体を起こす。
「オレが居る」
こちらを指差し、その声の違和感に自身を見下ろす。服を見て手の平を見て髪に触れた。
「すっげー! 本当にジョルノになってるッ!」
自分では出した事の無い種類の声に驚くナランチャの姿をしたジョルノの方へ、ジョルノの姿をしたナランチャがぐっと身を乗り出し顔を近付けてくる。
鏡の中で毎日見る顔。派手な金の髪、眉、睫毛。瞳をいやに輝かせて唇を薄く開けて。
「オレこんな顔してたっけ?」
「奇遇ですね、僕も同じ疑問を抱いています」
どう見ても自分の顔でどう聞いても自分の声だが激しい違和感が有った。
「ちょっと鏡で見てこようぜ――っと、亀落としてたのか」
床の亀に気付きナランチャが手を伸ばす。
「待って下さい、眠っているようです」
亀が動こうとしないのはさて置いても、先程からポルナレフが一言も喋らない。声を出す体力も残っていないのだろう。そしてそれを予想して、事前に「任務が終わったら」と言ってきたのだろう。
「取り敢えず水槽に戻してやるか」
ナランチャなりに『そっと』亀を両手で掴み上げた。
立ち上がって水槽へ入れる後ろ姿が自分自身なので面白い。
「うわっ」
「どうしました?」
「袖濡れた」
こちらを振り向いて不服そうに唇を尖らせる。
自分が自分の気持ちに素直になればこんなに違う表情を見せるのか。
「ほらジョルノ」急に手首を掴まれ「トイレの鏡で見てこようぜ」
ぐいと引っ張られるままに立ち上がる。自分もこんな風に臆する事無く『彼』に触れたい。
鏡の中には幼い顔。髪が真っ黒いので数年前の自分を連想させるようで、顔自体は全く似ていない。丸い目と丸い頬の所為で一層幼く見える顔は長く上向きの睫毛で少女じみてすらいた。
これだけ可愛らしいナランチャなのだからさぞ皆から愛されているのだろう。中身がジョルノである今は仏頂面なので、ナランチャらしい明朗さが欠けているが。
一方隣で同じく鏡を見ているナランチャは、はしゃぎにはしゃいで姿がジョルノだというのに冷静さを欠いている。
「すっげぇ美形って感じ! 良いよなぁ、金髪が似合うの」
鏡に額をぶつけかねない程近付け、飛び跳ねこそしないものの何度も踵を上げ下げしていた。
「金髪にすると録な(ろくな)事無かったけど、戻してって言えばすぐ戻せるみたいだし、きっと大丈夫だよな」
数時間程で戻った前回の入れ換わりを指しているわけではないらしい。
確かにこの顔に本来の自分のような金髪は余り似合いそうにない。肌目は細かいが白肌とは違う。
「ちょっと背も伸びて良い感じだな! で、どうだ? オレになってみて」
くるりと顔をこちらへ向けた。
「どうって?」
「オレはね、楽しい! 誰と誰でってわかって入れ替わるのやってみたかったから!」
「そうなんですか……その、有難うございます」
取り敢えず礼を言ってみる。
これで満足ではないと察してナランチャは眉間に皺を寄せた。
「どういたしましてっていうか、そもそもジョルノは何でオレと入れ替わりたかったんだ? じゃあない、オレになりたかったんだ?」
口調は全く以て自分らしくないが、無に近い今の表情はよく鏡で見る。
「君はフーゴと……仲が良いから」
こんな自分のままでは彼らのような関係になれないと思った。
ナランチャの肉体に入っているお陰で早速本音が言えた。2人のように仲良くなりたいと本人に伝えてみたい。
「フーゴと仲良くなりたいのか? 特別な意味だったら嫌だ」
嫌だ、という個人的な感情を素直に出せるのもやはり羨ましい。
「そうじゃあありませんよ」
短く伝えるだけで目の前の顔が安堵する。
自分の顔にコロコロ変わる表情が乗っているのは斬新だ。
更にその顔がぴんと何かを思い付いた。
「あ、ミスタか」
「え?」
「充分仲良いのにもっとって事だろ? あれ、でも何でそこでオレになるんだ?」
グイード・ミスタと兄弟のように仲が良いナランチャは、しかしジョルノが望むのはそういった関係ではないと見抜いている。
フーゴとナランチャのような『恋人』関係になりたい。そんな考えを見抜いてしまうとは、これもまた野生の勘だろうか。
更にそうではないと否定し適当な事を言って誤魔化しても良いのだが、それではナランチャになった意味が無い。素直な人間の肉体を借りている今こそ素直にならなければ。
意を決してジョルノは息を吸った。
「そうです。君のように素直になって、自分がどう思っているかを伝えたいんです」
ナランチャならば面と向かって胸も張って相手が好きだと言えるのだろう。
「仲良くなりたいって言えそう?」
「君の(この)姿ならちゃんと言えると思います。ああでもその前に、向こうが僕をどう思っているのか知りたくもある」
予防線を張ろうだなんて姑息な気もするが。
「じゃあ言う前に聞いてみれば?」
「僕じゃあなく君になら、僕をどう思っているか話してくれるかもしれませんね」
まるで弟のように可愛がっている――というよりからかっている。そして一応先輩にあたる――ナランチャになら。
秘めたる想いが有るかもしれない。
勿論そんな目では見られないと一刀両断されてしまうかもしれない。もしそうなれば下手に想いを告げて今の良好な関係を崩す、という真似をせずに済む。
「ミスタの今日の休みってずっと夜に仕事入ってたから取ったやつだろ? 家でぐーたらしてると思うぜ」
「……それは、今から聞きに行っても良い、という事ですか?」
「ジョルノこの後何か用事有った?」
目の前で自分の姿をしたナランチャが「その用事オレがしなきゃあなんねーのか」と腕を組み唸った。
「無いです、何も無い。ナランチャは? 何かしておく事は有りますか?」
それを終えてから、本当にミスタ本人に聞きに行っても良いですか。
「オレも何も無い。フーゴは仕事行っちまったし」
予定が無ければ取り敢えずフーゴと過ごすのだろうか。羨ましい、そういう関係になってみたい。無論相手はフーゴではなく。
「ミスタん家(ち)行くの、オレもついてく? でも2人きりの方が良いか。今よりもっと仲良くなれると良いな」
屈託の無い笑みが背中を押してくれている気がする。
まして今は自分の顔。こんな風に笑えれば、ミスタも或いは一層の好意を向けてくれるかもしれない。
「有難う、ナランチャ」
腕を伸ばして自然と抱き締める。身長差が逆転しているので抱き付く形になった。
「どういたしまして」
余り体温の高くない体で抱き締め返してきた。見た目は自分なのに気を強く持てる。
「オレも遊びに行ってくるし。どこにしようかな、普段行けない場所が良いな」
何の気無しにナランチャが漏らした言葉。
不味い。非常に宜しくない。
ジョルノの体に入ったままナランチャが何をしでかすのか想像が付かない。
繁華街に向かうなんて事は絶対に阻止しなくちゃあならない!
「ナランチャ、すみません」急いで体を離し、顔を見上げ「僕は、その体は学生寮に帰らなくてはなりません」
間近であっても身長の違いから必然的に上目遣いになった。
ましてこの顔、ナランチャは男や背の高い女を相手に交渉するのに向いている。
「学生寮って、学校の?」
「そうです。そろそろ門限が来てしまう。今日は絶対に寮の部屋に戻っていなくっちゃあならない日なんです」
我ながら一体どんな日かと思ったがナランチャが深く考えないでくれる事に賭けるしかない。
「何時までに? 未だ間に合う?」
「寮の門限はそろそろここを出ないと……僕の部屋に飲み物と、あとビスコッティも有るので、それで我慢してもらえませんか?」
「食っちまって良いのか? って、点呼有るのに食い物の持ち込みは良いんだ?」
点呼? と聞き直すより先に刑務所のような物を思い浮かべているのだろうと気付いた。
激し過ぎる誤解だが、それで寮に篭っていてくれるなら助かる。
寮生達が多少「今日のジョルノは可笑しい」と思うかもしれないが知った事ではない。余り関わりも無い。
「まあいいや、取り敢えず学校に、寮に行くよ。普段入れない所だし。ジョルノの顔なら入り口から普通に入れるんだよな?」
「門限も今から行けば間に合います」
「他に気を付ける事有る? 隣の部屋の奴ってどんな感じ?」
さてどんな人間だっただろう。全く以て覚えていない。
「……僕と同じ位の年の学生で男です」
寮生全員が当てはまる事を言ってみた。
「髪型は?」
「えーっと……モヒカンかスキンヘッドだったと思います」
「そうなのか、仲良く出来るようやってやるぜ! じゃあまた明日な!」
言って身を翻しバタバタと足音大きく走り出す。
「凄ぇ! 足長くて走りやすいッ」
トイレを出てすぐの廊下にナランチャの声が響く。口調は兎も角声音は自分なので恥ずかしい。他にテナント等が入っていなくて良かった。
それからリーダーのブローノ・ブチャラティが任務でレオーネ・アバッキオを連れてカラブリア州の方まで行っていてくれて良かった。特にアバッキオにはあんな風に表情を変える所を見られたくない。
インターホンを鳴らすとすぐに「はい」と声がした。
「どちらさ――あれ?」
誰かを確認するより先にドアが開きミスタが出てくる。
デカいな……
ナランチャの視点でミスタを見ると――正しくは見上げると――結構な身長差が有った。
165cm位のナランチャから180cm位のミスタを見るのは、170cm以上のジョルノが185cm以上のアバッキオを見る時に近い。
そう、今自分はジョルノ・ジョバァーナではなくナランチャ・ギルガ。今の今まで部屋で寛いでいたのが見てわかるミスタを騙しきらなくてはならない。
表裏の無いナランチャにしそうな挨拶を――
「……よおミスタ!」
「おう」
「部屋上がってもいい?」
「良いけど、どうかしたのか? つーか急にどうした、アポも何も無しに」
「いやー何か暫くミスタに会ってない気がしたからさ」
「そうかあ?」
思い出そうと首を傾げる。
上手くいっている、と思っておく。もう1度息を吸い、吐き、続く言葉を頭で整頓した。
「昨日オレが休みで今日ミスタが休みだろ?」
「でも一昨日会っただろ」
そうだっただろうか。自分の事ならば覚えているが他人の事を一昨日まで遡るのは厳しい。
一昨日はジョルノ自身がミスタと組んで任務に当たった。婦女暴行事件、より正確に言えば路上強姦の複数犯を捕まえるという任務。自警団を気取った正義による鉄槌ではない。ギャングにとって堅気の女を守るのは娼婦という売り物の価値を下げない為でしかない。
主犯格の腹の立つ言動にミスタが短気を起こしてまさかのヘッドショット、ジョルノのスタンド能力で傷を塞いで大事には至らなかった――という事にした――話を、アジトに戻ってナランチャに話した記憶が甦る。
「あーそうだったな。でもほら色々有るだろ、この2日間で積もり積もった話とかさあ」
切り抜けろ、ナランチャらしく振る舞えば多少の間違いは誤魔化せる筈だ。ジョルノは煩い心音を無視してナランチャの幼い顔でへらりと笑った。
「まあ別にいいか。上がれ上がれ」
「お邪魔しまぁーす」
これがアバッキオ辺りであれば怪しまれて追い返されていたかもしれない。そもそもアバッキオでは素直な感情を吐露など出来まい。彼も彼なりに鬱屈している。
通されたダイニングには夕食を終えたばかりなのか、それとも放ったらかしにしていたのか、テーブルの上に食器が置かれたままだった。
向かい合う椅子の片方に乗せていたビニール袋――洗剤か何かのようだ――を持ち上げ「まあ座れ」と言われたのでそこに腰を下ろす。
ビニール袋や食器を片付けたミスタが2本コーラを持ってきて1つをジョルノの前に、もう1つを向かいの椅子の前に置いた。
食事をしたであろう椅子に座り、ミスタはすぐにコーラの蓋を外し瓶に直接口を付ける。
参った……ナランチャはどうしていただろう……
同じようにすぐ飲むのか、コップに移させてくれと頼むのか、炭酸は苦手にしていたか。飲んでいる所を見た事が無い気がした。どういう反応をすれば良いのかわからない。
「飲まねーの?」
「えっ!? あ、いや、有難う! でもオレちょっと前に飲んできたからさ、トイレ近くなったら嫌だなあって」
「トイレはあっち」
「あぁあ有難う、でも未だ漏らさねーから大丈夫!」
ふうんと短く返される。尿意を我慢しているわけではないが嫌な汗が滲んできた。
「それで何話してーんだ? こっちは積もり積もった話なんて特に無ぇぞ」
いきなりの本題要求。肩に力が入る。
素直になりたい。ナランチャらしく素直にどう思っているか、あくまでもナランチャらしく尋ねたい。
「……ミスタはさ」
「ん」
「フーゴの事どう思う?」
「は? フーゴ?」
しまった、ナランチャらしくを意識し過ぎた……フーゴの事を聞いてどうするんだ!
今すぐ誰も居ない所で頭を掻き毟りたくなった。
流れで聞いていくしか無いと割り切り、ジョルノはわざとらしく頬を人差し指でポリポリと掻く。
「いやあどう思ってるかなあって。オレはフーゴの事滅茶苦茶好きだけどさ、ミスタから見たフーゴってどんな感じ?」
「そうだなあ……からかい甲斐が有る」
酷い。
「結構良い家出て大学まで行ったのにギャングやってんのが1番良いなんて、まぁ色々苦労したんだろうな。でもっつーかだからっつーか、もっと肩の力抜けば良いのになぁって思ってる」
肩に力を入れた事が無いのではと思える程、こと日常においては能天気を地で行くミスタにもそんな風に見えているのか。
これはフーゴにミスタをどう思っているか聞くのも面白そうだ。
「で、お前はそんなフーゴが好きなのか。そうやって素直に好きだって言えるのは良い事だよな」
全くだ。と、同意しかけて開けかけた口を閉じた。
この流れに乗るしかない。
「えー? ミスタは素直に好きって言えないタイプぅ?」
「いいや言うぞ。俺は言う。好きも特別な好きも」
「特別な好き……」
「そう、特別な好き。1度に1人にしか言えない方の好き」
素直になれば、きっとそれが言える。
1度に1人ではなく一生に1人でも良い。後にも先にも彼にだけ言えれば良い。目の前に居る男に自分の正直な想いを。
「……ジョルノ・ジョバァーナはミスタの事が特別に好きだ」
嗚呼、言ってしまった。本音を遂にぶちまけてしまった。
予定よりも感情を込めきれなかった言葉を一体どう受け止めただろう。
「で?」
「……え? あ、ああ」
眉を寄せたミスタの顔を見て、今自分がナランチャである事を思い出した。第三者に言われてさぞ困惑しているに違いない。
「ミスタはどう思っているのかなあ、なんて……」
そろそろナランチャを装いきれていない気がする。
「どう思ってるか言うだけで良いのか?」
「だけ?」
「好きだから恋人になれとかキスをしろとか、そういうのは無いのか?」
それもそうか。
ジョルノは腕を組み黙り込んだ。
言ってしまえば恋人になってほしい。しかしそれは頼み込んでなって頂くものではない。
互いに想い合ってなる――のが理想なだけで、頭を下げて仕方無いからと始まる交際も有るだろう。自分はそれでは喜べないだけで。
しかしナランチャという第三者に言われた状況でミスタがこう返すのは、頼まれればジョルノと付き合ってやらない事も無いと、一定以上の好意を向けている何よりの証拠ではなかろうか。
「大丈夫か? そんなに考え込んで」
「え、ああ、えっと、大丈夫です。考えを纏めていただけです。もう少し待ってもらえますか」
「良いけど頭爆発しねー程度にな」
これだけの速度で回転させていれば確かに爆発しかねない。それにしても答えが出てこない。好きだから、の続きは何だろう。
取り敢えずキスを強請るつもりは無い。今唇や手の甲にキスをされたところでこの体はナランチャの物。
そうだ、ナランチャらしく振る舞わなくっちゃあならない!
うっかり忘れていたジョルノはわざとらしく「ゴホン」と咳をする。
「ジョルノはミスタを好きだから、それを言う為に明日アジトで話したいって言ってた」
「言ってた?」
「ああそっか、明日はこっちが休み……ジョルノは休みだけどアジトに顔出すって。そこで――」
「改めて好きって言う?」
「そう」
大きく頷いておく。もう言ってしまったのに、という複雑な心境だが、どうか頼むとミスタの目をじっと見た。
真っ直ぐに見詰め返してくるミスタが「まあ良いけど」と呟く。
これは脈有りと見て良い筈だが、それでも絶対ではない。明日は好きだ、の後に恋人にしてくれではなく、キスをしてくれと言ってみよう。友情の証に頬にキスをされたらそれまで。唇にそれが重なる事を祈るしかない。
「で、明日はちゃんとジョルノのままで言ってくれるのか? 頼むぜ、ナランチャに好きだ何だ言われてるみたいで落ち着かねぇ」
「おいミスタ落ち着かないなんて失礼な事言うなよ」
「失礼じゃあねーよ、早く格好戻せ。そもそもお前何でナランチャの格好してるんだよ」
「オレがオレの格好して何が可笑しいんだよ」
「いやその顔でその服は可笑しくねーよ。俺が言ってるのはジョルノがナランチャの顔をしているのは何でだ、って所からだ」
「僕がナランチャと入れ替わった……の、は……え?」
見詰め合わせていた目を何度も瞬きさせた。
それでも見えるミスタは平然とコーラの瓶に口を付けるばかり。
飲み干して瓶を置いて、ミスタの視線がこちらの顔から手付かずのコーラに移る。
「ジョルノ、お前コーラ苦手だっけ?」
「いえ、頂きます……」蓋を外し、口を付ける前に「……あの、バレてます?」
「何が? ああ、お前が俺を好きって話?」
バレるも何も今話しただろうと、あっけらかんとした態度で返されたので嫌でも気付いた。
これは自分がナランチャの姿をしたジョルノだと完全に知られている。
口も喉も渇いたのでジョルノは漸くコーラを飲んだ。
「僕はジョルノです」
「知ってる」
「どうしてわかったんですか?」
聞かずにはいられない。入れ換わっているのだから見た目だけは完全にナランチャの筈だし、演じきれておらず中に違う人間が入っているのではと疑われたとしても、それがジョルノだとすぐに気付くのは可笑しい。
「話してて何と無く気付いた。そうだと良いなって思ってた、が正しいっつーか」
「何と無くですか」
話し方か、些細な仕草か。
本当に任務で入れ替わる必要が出た際には事前に練習が必要だろう。
「皆と話してる時も悪くないが、2人きりで話すのはもっと良い。もっと2人で居たいとか思う……って結局俺が言うのかよ! しかもナランチャの見た目に! 明日まで待てねーってのは有るが、でもナランチャのままのお前には言わねーからな」
これは愛の告白を受けかけたのだろうか。
感情が整理しきれないのでジョルノは「そうじゃあなくて」と制止した。もう1口コーラを飲む。
「部屋に訪ねてきたのが僕だと、いやナランチャじゃあないと気付いたのはいつですか?」
「は? そんなもん見たらすぐわかんだろ」
鏡で見た顔がもう元に戻っているのかと頬に触れてみるが、それだけでは違いがわからない。
過去にミスタもシルバー・チャリオッツ・レクイエムの能力によって他人と入れ換わった事が有るので違和感1つで連想出来た、それだけの勘の持ち主という事か。
それとも、もしかして。
「僕も貴方が誰かと入れ替わったらわかるでしょうか」
好きだから。
「ああでも、ナランチャになったら見抜けそうにない。貴方もナランチャも、とても素直だから」
自分だってもっと捻くれた性格の人間と入れ換わっていれば見抜かれなかったかもしれない。
だから良かった。素直になれて、見抜いてもらえて良かった。
「入れ替わってるって事はナランチャは今お前の格好してんのか?」
「はい」
「ナランチャの見た目にお前の見た目って話すのは変な感じするな……っつーか大丈夫か? 何かやらかしてるかもしれねーぞ」
「ちょっと不安は有りますが、寮に居てくれと頼んでますから」
学生寮の中でとんでもない事をしでかしている可能性は有るが考えない事にしている。
「寮……一人部屋だよな?」
「はい。だから大丈夫かと」
部屋に引き籠ってくれているとは限らない。事前にわかっていたらもっとナランチャの気を引く物を部屋に置いておいたのに。
急にミスタが立ち上がった。
部屋の隅――から、かなり中央近くまで侵食している――の買った物や貰った物を適当に置いているらしい辺りでしゃがむ背に「どうしたんですか」と声を掛けたが返事が無い。
「有った」片手サイズの長方形の箱を持ち「ちょっと出掛けてくる」
「今からですか?」
「泊まってくならシャワーでも入っててくれ。すぐ……じゃあないかもしれねーが、まあ戻ってくるから」
客人を部屋に上げたまま一体どこへ、何を持って。目を凝らすと箱にはLサイズの文字と女性の写真が印刷されている。
黒く長いパーマヘアで化粧の濃い女性はよく部屋の中に置いておけたものだと感心する程、とても言葉に出来ない扇情的な格好をしており、その服ならぬ下着が箱の中に入っていると予測させた。
「そんな物を持ってどこへ行くんですか」
ドアを開けた背に尋ねるとミスタはやや面倒臭そうに振り返る。
「寮だよ学生寮、お前の」
「僕の?」
「ナランチャがお前に、ジョルノの見た目になってるんだろ? 上手く言いくるめてこれ、ああこれ彼女にサイズ合わなかったからって貰ったんだが、こういうの着せてくる」
そのままドアを抜けて出て行った。カチャンと鍵の掛かる音もした。
家主の居ない部屋に1人、折角なので飲み干そうと再びコーラに口を付ける。
ナランチャは大人しく寮に居るだろうか。ミスタは寮のその部屋に忍び込めるだろうか。そしてあのポルノビデオの衣装紛いを――
……僕が着せられるのか?
気付いて顔を青くして、瓶を割れかねない勢いでテーブルに叩き置いた。
「ミスタ! 待てッ!!」
スタンド――ジョルノ自身のゴールド・エクスペリエンス――を出して鍵の掛かったドアを植物に変え開けた。急いで後を追うべく走り出す。
いつもよりも長さは足りないが体が軽く、それなりに早く走れそうだ。だからどうか間に合ってほしい。
2019,08,10
という事で19年サイト開設記念日はシルバーチャリオッツレクイエムAct2合わせ(長い)でした。
ジョルノは間に合うのか、ミスタも間に合うのか、ナランチャは学生寮内で何をしでかしたのか…
<雪架>