フーナラ アバブチャ ミスジョル 全年齢

関連作品:sleepover 〜開催未定〜(利鳴作)


  sleepover 〜開催決定〜


 ギャング稼業を『職業』とするのなら、パンナコッタ・フーゴは今日は早くに出勤した。
 始業時刻はこれといって定まっていないが、新人よりもリーダーよりも先に来ておこうと思っていたし、その予定の通りに割り振られているデスクを軽く整頓しても未だ同じく早めに来たレオーネ・アバッキオしか居ない。
 昨晩は夜間の仕事が当たっていた。アジト――企業で言えば事務所か――に戻る必要も特に無いので事前にリーダーのブローノ・ブチャラティに言っておいた通りに直帰した。最後に回った店は事務所よりも自宅アパートに近い。
 終了は遅かったが就寝はそこまで遅くならなかった。なので早めに起きて早めに事務所へ来て、昨日事務所を出てから何か有ったか確認しておこうと思ったのだが、アバッキオもまた昨日は直帰したらしい。
 別段アバッキオが悪いわけではないが、どうせなら『彼』が居れば良いのにと思ってしまった。
 前日の状況や今日の予定を正確に把握出来ているかどうか怪しいが、ナランチャ・ギルガが居れば朝から楽しい気分になれる。
 天真爛漫で純粋無垢で、実年齢よりも見た目も中身も言動もずっと幼いナランチャに、このギャングという世界は余り向いていない。
 昼間の燦々と注ぐ陽光の方がよく似合っている。星もまばらにしか見えない濁った夜空の下へ引き入れたのは自分なのだが。
 悪い事をした、なんて言葉がこういう退屈な時間にふと浮かんでしまう。
 ナランチャはブチャラティに絶対の信頼を寄せている。彼についていく為にここに居るのだから『責任』をブチャラティに押し付ける事は出来る。だがそれはしたくない。
 ブチャラティよりも自分の方が、ナランチャに近く在りたい。
「なんて」
 小声を漏らす。アバッキオには聞こえていないようだ。
 なんて、そんな小さな野望は既に叶っているのだが。
 グイード・ミスタが居れば昨日入れ違った際に任務を全て終わらせたと言っていたので状況を聞く事が出来るかもしれないし、ジョルノ・ジョバァーナならば今日任務の割り振りを聞いて既に流れを考えているかもしれない。
 彼らが居るのも良い。だが、恋人であるナランチャが居る方がフーゴにとってはより良い。
 同じ底辺の世界に居る事を結局は幸福に思っていた。
 しかし今日の任務は言付かっていないのでどうしたものか、と思っていると事務所の出入口が開く。
「おはよう」
 既に誰かが来ていると踏んでいたブチャラティは誰かの顔を見るより先にそこに居るであろう『誰か』への挨拶をした。大抵の日はリーダーらしく1番にここに居るので少し不自然な言い方に聞こえた。
 ちらと時計を見ると普段ブチャラティが来ているだろう時間はとうに過ぎている。
「遅かったな」
「昨日少し飲み過ぎた」
 挨拶もそこそこに指摘するアバッキオと共に居る事が、会話が無いわりには苦痛でないので時間経過に気付かなかった。
「おはよう!」
 ブチャラティの後ろからナランチャも姿を現す。時計の針は彼がいつも来る時間帯より少し遅れた辺りを指している。
 つまりブチャラティはいつもより遅い、ナランチャがいつも来る時間よりも少し遅い頃に――今、2人『一緒に』来たのではないか?
「フーゴ?」
「あ、おはようございます」
 いつの間にか目の前に立つナランチャへの返事は少し早口になった。
「ナランチャ、さっき言っていた封書は俺の机に乗っている」
 短い返事をしてナランチャは窓を背にするブチャラティの机へと向かう。
 ナランチャが「これだ」と手にしたのは手紙と呼ぶには厚みの有り過ぎる、しかし小包と呼ぶ程ではない封書。既に宛名等は書かれておりきちんと封もされている。
「フーゴ、2人でそれを郵便局へ出してきてくれ。先週話した闇医者の件は昼頃に来るから未だ時間は有る」
「わかりました」
 昼前には終わるだろう簡単過ぎる任務だ。
「なあブチャラティ、終わったら昼飯にして良い?」
「郵便局はすぐそこだ。昼には早過ぎる」
「オレ腹減った」
「それもそうだな……よし、郵便を出し終わったら朝飯を買ってきてくれ。軽い物を、俺の分もだ。お前達は朝食べてきたか?」
 アバッキオが短く「ああ」と答えた。フーゴもしっかりとは言えないが朝食は済ませてきたので頷いた。遅くに来たのに2人は何も食べていないのか。朝を共に過ごしたかのような言動をしているこの2人は。
「じゃあ2人には飲み物を。余り無茶な買い物はするなよ」
「おうっ」
 返事をしたナランチャの手には頼まれた封書の他にチーム全員で使う経費を入れてある財布も握られる。
「何食おうかな? でもその前に郵便局だ!」顔をじっと覗き込み「……フーゴ? 行かない?」
「行きます」
 顔を逸らしてはわざとらしくなる。しかし目を合わせていられないので目蓋を下ろして立ち上がった。
 今は大きく丸い瞳で見つめないでほしい。無意味にブチャラティとの仲を疑ってしまう。
 ブチャラティは面倒見の良い――良過ぎる嫌いが有る程に良い――タイプなので何か有れば、何も無くとも屋根なり寝床なりを貸してくれる。
 では昨日ナランチャに、もしくは彼の住むアパートに何か有ったのだろうか? 任務中で電話に出られないとわかっていても、着信履歴を辿って折り返すのが常なのだから一報有っても良い筈だ。
 自分達はそういう仲だ。毎日顔を合わせて、擦れ違って会えない日は電話で話をして、そして気軽に泊め合ってきた。
 ナランチャが今のアパートの契約をする前にブチャラティの家に何度か泊まった事が有るのを知っている。
 そしてそれよりもずっと多い回数泊めたし泊まった。
 先程ぼんやりと思ったように、ブチャラティより自分の方がナランチャに近い。それは充分理解している。何ならブチャラティは今何か――聞く気が無いからか内容は聞こえてこない――を話しているアバッキオとの方が仲が良く思えた。
 泊まり、酒を飲み、朝食を取れない程寝坊しても、何か有ったとは限らない。フーゴは目を開けてナランチャの顔を見る。
「先ずは郵便局からですよ」
「わかってるって」
 こんな朗らかな様子で昨晩何か有ったのを隠しているのなら、それはとんでもない策士だし正直ナランチャにそんな振る舞いが出来るとは思えない。
 あるいは罪悪感1つ覚えていなかったら、というマイナス思考をほんの少しだけ抱きながら逸る背を追い掛けて事務所を出た。

 アジトにしているビルから見ると、このパン屋は郵便局の更に奥で営業している。
 決して遠くはないし徒歩圏内だがかなり急な坂を上るので、通りすがりに買うという事は今まで無かった。
 それでもこの店のパンが美味しいと知っているのは何度も利用した事が有るから。パン屋らしく朝早くから営業し夜も早くに店じまいをするが、早朝まで掛かる仕事の後に買いに来た事も有る。
 お世辞にも広いとは言えない店内に調理パンと菓子パンとが左右に分けて置かれている。小麦を中心とした甘い香りと塩気の香りが朝食をとったフーゴの食欲までも刺激した。
「なあ、パニーノ買った分だけコーラ貰えんの?」
 レジの有る受付台に身を乗り出してナランチャは中に居る店員――恰幅が良くニコニコとした、親位の年齢なので恐らく店主であろう女性――に気さくに話し掛けている。
 ナランチャの方がフーゴよりもずっと常連なのか、単に性格なのか。そんな彼が見付けたのは遅めのモーニング、あるいは早めのランチ用に別途に陳列されているパニーノの値札に添えられた「ご希望の方にはコーラを1つ付けます」の文字。
 店員の返事はYesで、ナランチャはわかりやすく手を上げて喜んだ。
「じゃあオレとブチャラティの分は選ばなくて良いから、フーゴ何飲む? アバッキオの分も選ばないとな!」
 パン以外にもレジの横に幾つかテイクアウト出来る容器に入った飲み物が置いてある。
 一応コーヒー等も有るが食材にしている野菜や果物で作った自家製ジュースの方が多い。他にも品種の違うらしい牛乳も幾つも並べられていた。
「アバッキオってコーラ好きだっけ? 好きならオレのコーラあげてオレが飲むやつ選ぶんだけどなぁ」
「飲みたいんですか?」
 じっと視線を注いでいるストレートのオレンジジュースを。
 濃縮還元ですらないだけあって金額はなかなかに張る。
「僕がコーラを飲むから、飲みたい物を選ぶと良い」
「良いのか?」
「勿論です」
 再び手を上げて喜びを見せたナランチャは、やはりすぐにオレンジジュースを取った。
「パニーノは何にしようかな」
 好きな物を選べ、というより先に。
「ブチャラティはこのチーズがいっぱい掛かってるやつで良いかな」
 美味しそうに溶かしたモッツァレラチーズ――恐らくチーズソースに加工しているのだろう――をふんだんに使ったパニーノは、メインの具材が生ハムなので均一価格では消費者側ばかりが得をしそうだ。当然のように美味そうな匂いもさせている。
「……自分の分は?」
「オレ? そうだなぁ、何にしよう……このチーズとキノコのやつも美味そう」
 未だ迷っている。なのに、ブチャラティの分は先にこれと目星を付けている。フーゴは小さく、すぅと息を吸った。
「昨晩の仕事ですが」こちらを向いたナランチャに「飲食店の調査でした」
「え、夜に? フーゴ、昨日夜中まで掛かるからって仕事の後そのまんま帰ったんじゃあないのか?」
「夜間働く女性が食事に入るような店です」
 それは勿論企業の残業や工場勤務という意味ではなく。
 水なり花なりを売る女をターゲットとした飲食店。昼夜逆転の生活に体を壊さなければ、最小限のリスクでかなりの売上が見込める。
 だからみかじめ料なり何なりの支払いも滞りにくい。
「最後に回った店が僕の家から近かったので、そのまま帰ったんです」
「フーゴん家(ち)の近くにそんな店有ったっけ? ああ、いつも閉まってる所?」
「そこです」
「オレ2回位しかあの店開いてる所見た事無い」
「僕も利用した事は無かった」
 だから店主もフーゴの顔に見覚えが無かった。
「特にこれといった問題は無いそうです。この辺りはネアポリスにしては治安が良いとまで言っていましたよ。深夜にギャングが訪問しているのに可笑しな話です」
「……その頃、オレ多分もう寝てた」
 問う前にナランチャが話し始める。
 ただそれを、昨晩どうしていたかを聞きたいだけだと見抜いたかのように。
「もしもそんな遅い時間じゃあないんなら未だ起きてたかもしんねーけど。でもオレ、ブチャラティより先に寝ちまったんだ」
「ブチャラティの部屋で?」
「うん」
 やはり泊まってきていたのか。
「腹いっぱい食ってからワイン飲んだから、具合い悪くなったりしなかった。すぐ眠たくなってすぐ寝たんだ」
 しかも酒まで入っていた。
 思えば今朝方ブチャラティが――珍しく――飲み過ぎたと言っていた気がする。
「どれも前に何かで誰かから貰ったって言ってた」
 情報が何1つ無い。
「……どれもって、そんな何本も空けたんですか?」
「ワイン2本と、前に誰かと飲んだアマレットの残り。だからブチャラティも結構酔ってたと思う。でもオレが寝るまで起きてたし、朝もオレより先に起きてた」
 ブチャラティが酒に強いのか弱いのかはよくわからない。任務達成の祝杯を挙げる際にも己の体調を考えながら飲んでいるのか潰れた所を見た事が無い。
 未だ自身の分を決めかねているらしいナランチャは、トングで先程ブチャラティにと言っていた生ハムとマスカルポーネのパニーノを取った。
「酒が有るから、行ったんですか?」
 それともナランチャの方から泊めてくれと頼んだのか。次に自分の分はと改めて悩む横顔に尋ねる。
「だからってわけじゃあない。ブチャラティが来るかって言ってくれた」
「理由も無く?」
 それはそれで、余り嬉しくない。
 ナランチャの方から泊まりに行きたいと甘えるのも、ブチャラティがこれと理由無く呼びそれに応えるのも。
 我ながら呆れる程の我儘さを含んだ問い掛けにナランチャはこちらを向いた。
「昨日ミスタとジョルノが一緒に帰ってった」
 いきなり話題――の中心人物――が変わった。フーゴは取り敢えずそうなんですか、とだけ返す。
 ジョルノは未だ学校に籍を残しそこの寮に入っている。学校も寮もミスタの住むアパートから極端に離れてはいない。
 しかし見るからにチンピラ風情といったミスタが日の沈んだ後に学生寮の辺りをうろついては誤解を招きそうだ――まさかジョルノがミスタをアパートまで送っていったわけではあるまい。
「2人が帰った後に、ああその前にアバッキオから電話が有ったんだ。ブチャラティがアバッキオには仕事が終わったならそのまんま家に帰って良いって言ってた」
 ナランチャは自身の分も先程候補に挙げていたものに決めたらしくトングで取った。
「それでさ、ミスタとジョルノが帰ってって、その後にブチャラティが一緒に帰らないかって、良ければ泊まっていかないかって言ってくれたんだ」
 次にアバッキオへの手土産を決めるべく、再び飲料の棚の前へ向かう。
 並ぶ野菜ジュースへ手を伸ばし、どれにしようかと彷徨わせる。最も体に良さそうな緑黄色野菜にするのかと思わせつつ果物中心の方にも指を伸ばした。
「ブチャラティは凄いんだ、オレの事が何でもわかる。オレ、ミスタもジョルノも羨ましかった。フーゴはアジトに戻ってこないって聞いてたし、このまま帰るなんてつまんねーなぁって思ってた」
 本音はつまらないではなく『寂しい』なのではないか。そう思ったが指摘しないでおいた。ブチャラティはそこまで見抜いた事になる。
 否、ブチャラティはそういう男だ。
「ブチャラティは格好良いんだ。いつだって格好良い。でもオレがそう思ってるから、格好良くしないとってずっと力入れっ放しじゃあ大変だから、だから……上手く言えねーんだけど、そこもわかっててくれて。昨日はそんな話をいっぱいした」
「楽しんだみたいですね」
「ここに居て良いって言ってくれたんだ」
 ケールを中心とした見るからに苦そうな野菜ジュースを選び、ナランチャは計4点をレジ前の台へ置いた。
 女性店員が紙袋に入れたりコーラを後ろの棚から取り飲み物用の別の袋に入れる様子をじっと見ている。
 横顔は大きな丸い目の所為で幼い。鼻筋は通り唇は突き出ず顎のラインも整い美少年と呼べるのに。
「だからオレ、フーゴと一緒にここに居るんだ」
 声変わりを知らないような甲高い声はしかし、普段からは連想の出来ない大人びた声音に聞こえた。
「ブチャラティはあんまり自分の事話してくれないけど昨日は結構話してくれた。何か色々、アバッキオの事とか。それでさ、オレの事もフーゴの事もすっごい信頼しているって。だからオレはブチャラティの為にフーゴと一緒に頑張れる。何か似てるよな、格好良いと思われてるから格好良くなろうとするやつに」
 店主らしき女はにこやかに、支払いを済ませたナランチャへ商品を手渡す。
 有難うと受け取る笑顔も、言葉の選びも子供のようなのに。もしかすると自分よりも――実年齢以外も――ずっと『大人』なのでは。
 そして2人よりも更に大人なのは。
「ブチャラティには敵わないな」
「ん?」
 パニーノとコーラとジュースとが入った袋を2つ抱えるナランチャに両手を差し出す。
「僕もブチャラティの為に頑張れる、と言ったんです」袋を1つ受け取り「僕も君と同じく、ブチャラティの事が好きですから」
「そうだよな!」
「勿論ブチャラティだけじゃあない。アバッキオの事もミスタの事もジョルノの事も、皆の事を大切に思っていますよ」
「オレも」
 袋を1つずつ手にして2人は店を出る。入れ違いに1人の若い女性が店に入った。
 いらっしゃい! 今日は未だ売り切れていない? そんな離れてゆくやり取りが耳に届く。
「なあフーゴ、オレの事は?」
「好きですよ」
「やった!」
 からりと眩しいまでの笑顔を見せた。
「僕の事は?」
「オレもフーゴの事が好き」
 抱える袋から小麦の良い香りが漂ってくる。
「僕の君に向ける好きは、皆に向けるそれとは違いますよ」
「ふーん?」
 わかっているのか、わかっていないのか。
「好きと嫌いなら好きの方が良いけど、好きと好きならどっちでも良いか」
 わかっていないと見せ掛けて。
「オレがフーゴ好きなのとブチャラティ好きなのもちょっと違うからそんな感じ?」
「どうなんでしょう」
「恋人になりたいのと、すっげー仲良しの友達になりたいのが違う、みたいな」
 目線より僅か低い位置に有る頭はしっかりと回転させていた。
「しっかし暑ぃなァー……今日何度まで上がるんだ?」
 雲1つ無い、とは言えないが見上げた空は綺麗に晴れ渡っていて、太陽が燦々と眩しく暑い。
 意識すればアスファルトからの照り返しもまた暑く感じる。
「でも雨降りよりはマシだよな」
「降水確率は0ですよ」
「よっしゃあ! やっぱ散歩は晴れた昼間に限るぜ」
 これは散歩ではなく郵便物を出すという簡単だが立派な仕事――という野暮な言葉が出ないようにフーゴは口を噤んだ。
 夜の闇の中を目だけ光らせ駆け抜ける様も似合わなくはないが、彼にはやはり日光の下で足取りを弾ませる方が似合っている。
 そうだ、裏社会の人間に貶めたからといって、日の下を歩けないわけではない。陽光の中では人目が有るので手を繋いだりは出来ないが。
「そこの下り坂は急なので走って転ばないように、ゆっくり歩いて下さいね」
 少しでも2人の朝が長引くように。

 事務所にしているアジトは2階に有るので階段を上らなくてはならなくて、だというのに全く苦ではない。
 足取りが重い事は殆ど無い――但し全くではない――が今は特に気分が良い。常に調子の良さそうなナランチャの1歩後ろを同じ速度で上がっている。
 流石に手を取り合いはしないけれど、一緒に生きていくと確かめ合った何よりの証。
「ただいま!」
 ナランチャが勢い良く扉を開けた。
「ただいま戻りました」
 そこへ続いて入る。お帰りと返すブチャラティに対しアバッキオはちらと睨んできたが、単に視線をこちらに向けただけだという事はわかっている。
 寧ろ先程より、自分と2人きりで居た時よりも機嫌が良さそうに見える。ブチャラティとなら話が弾んだのだろうか。
 ナランチャと並びパン屋の袋を机の上に置いた。ナランチャが持っていたのはブチャラティのパニーノとコーラ、アバッキオのドリンクが入っている方だ。
「ブチャラティ、チーズと生ハムのパニーノで良かった?」
 袋の口を開いて歩み寄ってきたブチャラティに見せる。構わないとだけ言って手を入れ受け取った。
「ナランチャ、郵便は? 買い物はあくまでもついでだからな?」
「ちゃんと出してきたぜ!」
「領収証は?」
「あれ、そーいえばどうしたっけ?」
 共に入れてあるコーラを出してブチャラティに手渡し、もう1つのカップ飲料を机に置いてから袋を逆さにして振った。そこに入れるわけが無い、と言って良いものか否か。
「ブチャラティ、ぼくが持ってます」
 経費の入った財布――窓口でもたつきたくなかったのでフーゴが財布を預かり直して支払った――を出し、其の中に入れておいた領収証を出す。
 そこへ、と指示されたのでブチャラティの机に置いた。机上は散らかっているという程ではないが、郵便局とパン屋とに行っている間に整頓したわけではないらしい。
 次いでパン屋の紙袋からナランチャの分のパニーノとドリンクを取り出し彼の机に置く。しかしナランチャはすぐにそれを取らず、先にアバッキオへドリンクを手渡した。
「はい、これ、アバッキオの分」
 蓋が付いていて見えない中身は確か野菜ジュースだった筈。気付いていないであろうアバッキオは無言で受け取る。
「『ありがとう』は?」
 わざと眉間に皺を寄せ、しかし口元には皮肉をたっぷりと含んだ笑みを浮かべながら。
「どうせついでに買ってきただけだし、お前の財布から出てるわけでもねーだろ」
「うっわ、態度悪っ。なんで素直に言えないかなー」
「それじゃあ俺が言おう。グラッツェ、ナランチャ」
 文字通り素直に喜ぶナランチャから受け取ったコーラに口を付けたブチャラティを、やはり羨ましく思う。だが妬ましいではないし、まして怨めしいとは一切思わない。
 ナランチャが慕うようにフーゴもブチャラティをヒーローのように思っている。ナランチャと共に、彼の為に尽力を尽くす人生は悪くない。否、きっと素晴らしい。
 ただ、ブチャラティはナランチャを甘やかし過ぎているように見える。まるで老夫婦の間に漸く誕生した子供のような――少し呆れが顔に出てしまった。不意に目が合ったアバッキオも似たような表情をしていた。
 パニーノを1口齧り飲み込んだブチャラティが「食べ終わったら今日の仕事を始めるぞ」と指示を出す。
「まだ始めてなかったんですか?」
「実はそうなんだ」
「オレ達は働いてきたのにぃー?」
 このチームは少し前――と呼ぶには値しない位に時間は過ぎているが――までは4人だった。こうしてナランチャが中心となり話し、ブチャラティとフーゴが相槌を打ち、その話をアバッキオは茶化して乗らない場合は今のように聞き流していた。
 怒りの沸点が低そうな彼がコーヒーか紅茶と思わせる容器に入った濃厚な野菜ジュースを飲んだら一体どんな反応をするだろうか。
 顔を見ていたら選んだのはお前かと言われかねないのでわざと目を逸らし出入り口を見た。丁度そのドアが開く。
「うーっす」
「おはようございます」
 やる気の無さそうな声音の新人2人。
 先に入ってきたミスタと後に入ってきたジョルノ。と言っても2人共ほぼ同時だ。先のブチャラティとナランチャのように。
「おはよう。遅かったな」
 ブチャラティの言葉通りかなり遅い。集合時間が定められているわけでも時給制度で働いているわけでもないが、アバッキオ辺りが重役出勤とは何だと喰って掛かりそうな時間帯だ。
 しかしリーダーであるブチャラティは自身が二日酔いで遅くに来たからか咎めるつもりはないらしい。寧ろ遅刻気味だった事を見られなくて良かったとすら思っているかもしれない。
「2人とも遅刻じゃん! オレとフーゴなんてもうひと仕事終わらせてきたのに」
 意外にも噛み付いたのはナランチャだった。郵便物を出して個人の朝食を買ってきただけを仕事と呼んで良いのだろうか。
「いやー、もうこんな時間だしよぉ、実はサボろうかとも思ったんだけど」
「はぁ!?」
「冗談ですよ。冗談」
「でもジョルノ、学校は?」
「あ、それはサボりました」
「いいんだ……」
 チームに入る前からギャングを絵に描いたような見た目をしているミスタよりも、生真面目そうで学校に籍を残したままにしているジョルノの方が余程こちらの世界に馴染んでいるのではなかろうか。
「それよりお前、何食ってる?」
「あはめひ」
「ナランチャ、口の中に物入れたまま喋らないでください」
 飲み込む前に「はぁい」と答えてから口をもごもごと動かした。
「そういえばぼく達食べてませんね」
 ジョルノは頭をとんとミスタの肩にぶつける。
「やっぱり昨日の内になんか買っておくべきだったな」
 その頭にミスタは顎を乗せる。随分と距離が近い。いつもの事かもしれないが今日は殊更親密に見えた。
「ミスタが起きないのが悪いんですよ」
「それは誰かさんがなかなか寝かせてくれなかったのが悪いと俺は思うんだがなぁー」
「そのセリフ、そっくりそのままお返ししましょう」
 まるで一晩明かしてきたような。更に朝から仲睦まじい時間を過ごしてきたかのような。
「よし、じゃあなんか食いに行くか」
「いいですね。もちろんミスタがご馳走してくれるんですよね?」
 ジョルノはわざとらしくミスタの腕を引いて自身のそれを絡める。
「ミスタァー! オレ達モー!」
「ワーイ、飯ダ飯ダァー」
 ミスタのスタンドのセックス・ピストルズ達が飛び出してきた。
 6体のスタンドは別個に意思を持っており、中でも顔に数字の2が記されているNo.2はナランチャと親しいらしく彼の方へふよふよと近寄る。
 フーゴの方にはNo.1が寄ってきた。
「……ミスタとジョルノ、仲良くなったんですね」
「? 前カラ仲ハ良イゼ?」
「それはまあ、でもそういう事じゃあ――」
「行ッテ食ッテクルゼーッ!」
「行ってらっしゃーい」
 ひゅんと音を立てるように遠ざかるピストルズ達に、そしてミスタとジョルノにナランチャは大きく手を振る。
 ジョルノは振り向いて軽く頭を下げ、ミスタもまたひらひらと手を振ってきたので、フーゴも返事として「行ってらっしゃい」と言った。
 しかし大遅刻で来てすぐに私用で出掛けるとは。まして食べに行く、買いに行くのではないから事務所へ帰ってくる時間の想像が付かない。
「まあ、急ぎの仕事はないが……」
 ブチャラティもやや呆れた声で言ったが、やはり咎めるつもりは一切無いらしく怒りを吐かない口には朝食が運ばれるのみ。
 代わりにアバッキオがブチャラティに文句なのか何なのかを言い始めた。その隙に、ではないが自然と隣に並び立っているナランチャに声を掛ける。
「あの2人……どちらかの家に泊まってきたような雰囲気でしたね。えっと……ミスタの家でしょうか」
 まさか学生寮に18の男を泊めるわけにはいくまい。
「オレ昨日2人が一緒に帰ってったって話さなかったっけ?」
「その話なら聞いていますが」
 ならば何故、とナランチャは小首を傾げて残りのパニーノに齧り付いた。
 共に帰ったという事はどちらかを家まで送り届けたという意味ではなかったのか。
 ミスタとジョルノの2人は一体いつから先程少し前だと思った決して長くない期間を蜜月に変えていたのだろう。
「フーゴさあ」
 今度は物を飲み込んでからナランチャが口を開く。
「今日一緒に帰ろうぜ」
「構いませんけど」
「どっちの家にする?」
 これはここから家の近い自分を送ってから帰ってくれという意味でも、勿論フーゴを家まで送ってから引き返すという意味でもなく。
「昨日帰ってねーから、今日は帰った方が良いかな?」
「そうですね、今日は僕が君の家に泊まりましょうか」


2018,07,10


関連作品:sleepover 〜開催未定〜(利鳴作)


恋人が自分に言わずに誰かの家に泊まりに行ったり誰かを泊めてしまったら、其れは友人であっても複雑な心境に陥り「可哀想」だなぁと言う事で暫く「可哀想合わせ」と呼んでいました。
流れは2人で話し合い、先行を担当しました。勝手に設定練り込むのが趣味なので書いてて大変に楽しかったです。
そして2つのカプのより可哀想な方を利鳴ちゃんに書いてもらいました(笑)
<雪架>

【戻】


inserted by FC2 system