アバブチャ フーナラ ミスジョル 全年齢

関連作品:sleepover 〜開催決定〜(雪架作)


  sleepover 〜開催未定〜


 レオーネ・アバッキオはいつもより早く事務所――『アジト』と呼ばれることもある――へ辿り着いた。町はまだ目覚め切っていないのか、普段と比べると心なしか静かであるように感じた。
 昨日は仕事が長引いて、任務完了の電話を入れた時にはもう日が暮れようとしていた。リーダーであるブローノ・ブチャラティは、「こちらも今日の仕事は終わりだ。特に変わったことは起きていないから、お前もそのまま帰っていい」と携帯電話越しに伝えてきた。
 事務所へ戻るのと、自分のアパートへ帰るのとでは、距離的にも時間的にも大きな差があるとは思えなかった。だが「俺達ももう帰ろうと思っていたところだ」と続いたブチャラティの声に、どうせ無人の場所に帰るならと、大人しく指示に従うことにした。
 今日はこれと言って特別な予定は入っていない。それでも一応「昨日の報告のため」と理由を付けて早い時間に出てきたというのに、ドアを開けた先に期待した人物はまだいなかった。いるのは、年下――どころか少し前まで最年少であった――ではあるがこの――ギャングの――世界においては先輩であるパンナコッタ・フーゴだけだ。聞けば彼も昨日は直帰していたらしい。
 これならもっと遅く来れば良かったとの呟きは、心の中だけに留めた。早く来れば、それだけ早く『彼』の顔を見られるかも知れないと思ったのに。
 メンバーのスケジュールを管理しているのはもちろん彼、ブチャラティだ。彼がいなくては今日1日の予定も分からない。だがそのことを抜きにしても、アバッキオは早くブチャラティに会いたいと思った。
 朗らかな若者の顔の陰に、時折見せるぴんと張り詰めた空気。他人に警戒心を抱かせることはないが、決して隙を見せるわけでもない。幼い頃からギャングの世界に身を投じ、それでも瞳に宿るのは真っ直ぐな正義の光だ。絶妙なバランスの許に、ブローノ・ブチャラティという男は存在している。
 だがそれだけではない。それが彼の全てではない。他の誰にも見せない、最も素に近い彼の一面。アバッキオはそれを知っている。そのことに優越感にも似た感情を覚える。自分達に甘ったるい言葉は似合わないが、それでも2人の関係は世間一般で恋人同士と呼ばれるそれだ。
 いつも煩いくらいに賑やかなグイード・ミスタやナランチャ・ギルガがまだ来ていないのは静かで良い。だがこの状況が続いても退屈なだけだ。何か飲み物でも買ってくれば良かったなとふと思う。今からでも行ってこようかと腰を浮かせかせたところで、ドアの向こうにある階段を上がってくる足音が聞こえた。
「おはよう」
 開いたドアから聞こえてきたのは、ブチャラティの声だった。やっと来たかと思って時計を見ると、普段彼が来ていると思われる時間はとっくに過ぎていた。
「遅かったな」
 咎めたつもりはなかったが、アバッキオの口調は決して明るくはなかった――元からだろうと言われればその通りかも知れないが――。責任感の強いブチャラティが予めそうと伝えておくこともせずに遅れて来る――決まった出勤時間があるわけではないが――のは珍しい。何かトラブルでもあったのではと思うことは、不自然ではないはずだ。
 だがブチャラティは少し照れたように笑うと、「昨日少し飲み過ぎた」と答えた。独りで深酒をするタイプの男ではないのにとこれまた不思議に思っていると、
「おはよう!」
 ブチャラティが開けてそのまま閉めずにいたドアから、ナランチャが現れた。朝っぱらから何が楽しいのか、彼は笑顔を輝かせていた。
(今……)
 ブチャラティとナランチャの2人は、『一緒に』やって来なかったか? 少なくともブチャラティはすぐ後にナランチャがいることを知っていたようだ――だからドアを閉めなかった――。外で偶然会ったのだろうか。
 ナランチャの世話役である――と言ったら当人達は憤慨するかも知れないが――フーゴが、ワンテンポ遅れて挨拶を返すのが聞こえた。どうやら彼も、いつもならなかなか見ない光景――早く来ることが多いブチャラティとそうではないナランチャがそろってやって来たこと――に一瞬戸惑ったようだ。部下2人がそんなことを考えているとは、ブチャラティは気付いていないらしい。
「ナランチャ、さっき言っていた封筒は俺の机に乗っている」
「はーい。あった、これだ」
 ナランチャはアバッキオが朝一でそこに置いた昨日の分の報告書を掻き分け、厚みのある封書を手にしていた。2人が外でどんな遣り取りをしていたのか知らないアバッキオには、それがなんなのかは分からない。だが書かれた宛名から、仕事絡みの資料の類なのだろうとの推測は出来た。
「フーゴ、2人でそれを郵便局へ出してきてくれ。先週話した闇医者の件は昼頃に来るから、まだ時間はある」
「分かりました」
「なあブチャラティ、終わったら昼飯にしていい?」
「郵便局はすぐそこだ。昼には早過ぎる」
「オレ腹減った」
「それもそうだな……。よし、郵便を出し終わったら朝飯を買ってきてくれ。軽い物を、俺の分もだ」
 テキパキと指示を与えるブチャラティは、飲み過ぎが原因の体調不良――あるいは単純な寝不足だろうか――であるとは思えない。こんな底辺の世界にいても、彼は立派な人間だ。
(だから……)
 『何か』を疑うのは、きっと間違っているのだろう。朝食を取っていないのにいつもより遅かったのか? だとか、ブチャラティだけではなくナランチャもそうであるようだがそれはただの偶然か? だとか。さらに、彼等がそのことをお互いに承知しているように見えるのは何故……? だとか、ついさっき偶然外で会って一緒に階段を上がってきたのだとしても、そんな短時間で出来そうな会話量以上の言葉がすでに交わされているようにしか思えない理由は……。だとか……。そんなことは、考えるべきではない。……のだろう。
 だがその考えに反して、心の中でもうひとりの自分が呟く。
(もしかして、昨夜2人は一緒に……?)
 電話越しに聞いたブチャラティの声が頭の中で“リプレイ”される。
『俺“達”ももう帰ろうと――』
 ブチャラティの目が、不意にこちらを向いた。
「お前達は朝食べてきたか?」
「……ああ」
 短く答えると、視界の隅でフーゴも頷いているのが見えた。
「じゃあ、2人には飲み物を。あまり無茶な買い物はするなよ」
「おうっ」
 ブチャラティはチーム全体で使う経費用の財布をナランチャに手渡した。それと郵便の封筒を握ったまま、少年は相変わらずの笑顔だ。とても裏社会の人間には見えない、誰からも愛されている無邪気な子供のような表情。
「アバッキオ」
 不意に名を呼ばれて、ぎくりと心臓が跳ねた。ブチャラティの目がこちらを見ていた。
「俺の可愛い部下をあんまり睨み付けないでやってくれ」
 くすりと笑いながら言うブチャラティは、おそらく冗談のつもりなのだろう。だが、アバッキオはそんなセリフは聞きたくなかったと思った。
 その場を離れたナランチャと代わるように、アバッキオはブチャラティの隣に立った。しかし、何を言うか考えていたわけではない。
「……昨日、何かあったか?」
 迷った挙句、あまりにも率直な問いかけになってしまった。が、ブチャラティはそうは思わなかったようだ。
「いや、電話で言った通りだ。新しい依頼も入っていない。今日は少しのんびり出来そうだな」
 あくまでも仕事の確認だとしか受け取られなかったようだ。真面目というか、鈍感というか……。戦いの場ではもう少し鋭いはずなのだが……。それだけ、この場所――時間――を安心出来るものとして認識しているのだろうか。
 それは、アバッキオにとっても同じだ。彼の落ち着ける所は、ブチャラティの傍以外にない。
 なのに……。
 ナランチャに促されて、フーゴが立ち上がった。2人の少年が出て行き、ドアが閉まる。自分達以外誰もいなくなったその空間で、だがアバッキオの心は不思議と落ち着きを得られなかった。

 2人の少年の足音が遠ざかると、事務所は急に静かになった。つい先程まで――ブチャラティとナランチャが来る前――もだいぶ静かだったが、今の方が強くそのことを実感する。離れた通りの喧騒が聞こえてくるような気さえする。
 その静けさを、自身の手で打ち破ることは何故か躊躇われた。結果アバッキオは、ブチャラティの欠伸が空気をわずかに乱すまで、ほとんど身動きを取ることすら出来なかった。
 眠そうな、それでいてどこか穏やかな顔をしながら、ブチャラティは奥の席に腰かけた。机の上には、今朝アバッキオが置いた昨日の報告書があるはずだ。それからフーゴが作ったらしき資料も。だがブチャラティはそれ等に手を伸ばすよりも先に、再び欠伸をした。
「珍しいじゃあないか」
 ついにアバッキオは口を開いた。進んで聞きたくはないこと――かも知れないこと――ではあるが、だからといってこのまま物音を立てぬように慎重に過ごしているわけにもいかない。
 欠伸の所為で泪が溜まった目がこちらを向いて、照れ臭そうに笑った。
「すまない」
「いや、別に……」
 勤務態度を咎めたいわけではない。そもそもアバッキオはブチャラティよりも――半年ほど――年上ではあるが、部下の立場にあたる。ましてや保護者でもありえない。彼のやることにどうこうと口を挟む権利は持っていない。
 ……本当にそうだろうか?
 曲がりなりにも、自分達は恋人同士ではないのか? 上司と部下としてではなく、恋人として、彼のやることに口を挟むことくらい、許されるのでは……。
 いや、どんな人間にだって、他人を意のままに縛り付ける権利はない。
 だが、それでも、アバッキオは尋ねずにはいられなかった。
「昨日、何“が”あった?」
 先程とほぼ同じ質問に、ブチャラティは首を傾げるような仕草をする。
 帰宅前に掛けた電話では「特に何もない」と言っていたが、その後で――電話を切ってから外へ出るまでのわずかな間に――緊急の任務が舞い込んできた可能性は、ゼロとは言い切れないだろう。それがもう片付いたものなのであれば、「“結果として”電話で話した通り、何もない」という言い方をすることもあるのでは……。いや、流石にちょっと苦しいか。
 アバッキオは、無理にでも自分が納得出来るような――納得したと偽れるような――『理由』を探そうとしている己に気付いた。
 だが同時に、どれだけのめちゃくちゃなストーリーを組み立てても、整合性の高いシナリオを作り出しても、それがブチャラティ本人の口から聞けないのであれば意味をなさないのだということも悟ってしまっていた。
「昨日?」
 鸚鵡返しに言うブチャラティは、少し眠そうではあるがいつも通りの表情だ。アバッキオが何を考えているのかなんて、少しも分かっていないように見える。
 ブチャラティからの返答を聞きたい。だが同時に、聞きたくない。矛盾した自身に対して、アバッキオは溜め息を吐いた。
「今日は朝から妙な一日だぜ」
 まだ「今日の朝」が始まってから、数時間しか経過していないが。
「昨日夜まで働いてたっつーフーゴは一番に出てきてるし、いつもは早いあんたは遅れて来るし、ナランチャは……まあいっつもこんな時間か。……そういえばミスタとジョルノもまだいねーのか」
 アバッキオの溜め息を遮るように、ブチャラティの静かな声が言った。
「お前は?」
「……俺?」
 おそらく出てきた時間を尋ねられているわけではあるまい。
 今日はちょっとしたイレギュラーが重なったようだ。ただその程度のことに、妙に固執している自分……。誰よりも、彼自身が一番『妙』なのかも知れない。
 そんなことを考えていると、ブチャラティがふっと息を吐くように言った。
「ナランチャのことか?」
 尋ねながらアバッキオの目を覗き込んでくる。
「…………ああ」
 そう返すと、ブチャラティは満足そうな微笑みを浮かべた。
 いつもこうだ。結局全ては見透かされているのだ。何も気付いていないような顔で、吐いた嘘も、告げなかった事実も、彼は全てを見通している。スタンド能力とは無関係であるその特技は、おそらく嘘と偽りが満ちたこの世界を生き抜いてゆくために身に付けたものなのだろう。
 そんな彼が、ナランチャから向けられる真っ直ぐな好意に気付いていないはずはない。あの少年は、それを隠そうとも誤魔化そうともしていない。自分にとってのヒーローは、ブチャラティであるとまで言ったことがある――何故各々のヒーローを発表し合う流れになったのかは覚えていない。その場にブチャラティ本人がいたかどうかも――。詳しく聞き出そうとはしないが、彼はブチャラティに救われた過去があるらしい。それ以来、彼を尊敬し、彼に憧れ、彼を慕っているのだという。
(そんなの、俺も同じだ)
 彼が手を差し伸べてくれなかったら、自分はどこにも存在してはいられなかっただろう。
 だがアバッキオは、彼をヒーローとは――遠い空で輝く美しい星のような存在とは――呼びたくなかった。願ったのは、もっと彼の傍にいることだ――結果、彼のヒーローは数年前に没したブラジル人F1ドライバーに決まった――。
「昨夜泊めてやったんだ」
 そう聞かされて、アバッキオは少しも驚いていない自分に気付いた。むしろ「やっぱり」と思った。
 あっさり過ぎるほどあっさりとした口調で告げたブチャラティは、それを「何かあった」とは思っていないようだ。実際そうなのだろう。アバッキオとて、2人の間に本当に“何か”があったとは思っていない――なにせ相手はあのナランチャなのだから――。ブチャラティにとってあの少年は、弟か、それとも――年齢的にはもちろんあり得ないが――我が子のような存在だろう。
 だが、あの無邪気な笑顔はどう頑張っても自分には真似出来ない。真の問題はそれだ。誰よりも傍にと素直に伝えることが出来ない自分自身が気に入らない。きっとそんな身勝手な感情も、見抜かれているのだろう。
「チームに入りたての頃はよく泊まりに来てた。本人はそうは言わないが、ひとりでいるのが心細いんだろうな。人といる方が落ち着けるというか」
「それで独りじゃあ寝れないって? ガキか」
「理解出来ないか?」
「ああ」
 アバッキオは頷く。実際には彼がいないと落ち着けないと思う相手が目の前にいるのだが。そしてそれをその人物に――やはり――見抜かれていることも承知の上だが。
「流石にもう独り暮らしにも慣れたようだし、フーゴもいるから、最近はもううちへ来ることはほとんどなくなってたがな。それでも昨日はフーゴが戻らなかったから、飼い主の帰りを待つ仔犬のような顔をしていたよ」
 「それで一晩預かってやることにしたんだ」と、ブチャラティは笑いながら言った。一方アバッキオは、眉をひそめる。
「あいつ等って、そういう関係だったのか?」
 思わず驚きの表情を浮かべながら尋ねると、同じような表情が返ってきた。
「知らなかったのか」
 いや、それは呆れの表情だったのかも知れない。
「お前はもう少し仲間に興味を持ったらどうだ?」
 覗き込んでくる顔から目を逸らし、アバッキオは首を振った。
「俺はあんたがいればそれでいい」
 他の者には、興味がないと言ってしまえるほどに。その言葉は、たぶん今日一番の勇気を振り絞って言った想いだろう。アバッキオなりの、精一杯の『素直さ』だ。
「……で?」
「『で』?」
「飼い主の留守中に預かって、……それだけか」
「ついでに貰い物のワインが溜まってきてたんで、減らすのを手伝ってもらった」
「それで飲み過ぎか」
 頼むから誰を招いても同じように何事もなく済むと思わないでくれよとの心の中の呟きを、溜め息に変えて吐き出す。まったくこの男は、酒が入った勢いで強引に“関係”を迫ってくる者がいても、ギリギリまでその危機に気付かなさそうなところが怖い。迂闊に目を離すのが心配になってしまう。
 やはり、傍にいたいと思った。傍にいて、彼を守れる存在でありたい。それはきっと、年下の少年達には出来ない役目だろう。
「他に質問は?」
「ない」
「それなら、そろそろ今日の分の仕事でも始めよう。もう2人が戻ってくるかも知れないしな」
 時計に目をやると、いつの間にか思っていた以上の時間が経過していた。確かに、2人の少年がいつ戻ってきても不思議はない。自分達はひと仕事――郵便物を出してくるだけの簡単なものだが――終えてきたのにお前は何もやっていないのかとでも文句を言われれば、アバッキオ達に言い返せる言葉はないだろう。
 ブチャラティが机の上の書類を手に取るのを見て、自分も「いつでもいいから」とほったらかしにしていた資料作りでもするかと席に向かった。その背中に、穏やかな風のような声が届く。
「お前が嫉妬してくれたのは、少し嬉しいよ」
 本当に完全に見破られていたようだ。
 振り向くと、ブチャラティは照れもせずに柔和な笑みを見せていた。
 心臓が身震いをするように、正常とは異なる脈を打つのを感じた。
 アバッキオは今離れたばかりの場所へ戻った。
「なあ、今日……」
「うん、今日こそさっさと寝ると決意したところだ。明日は朝一で打ち合わせの予定が入ってるしな」
 足の力が抜けて、思わずその場でずっこけそうになった。この男は、完全に見破った上でこれだ……。
「お前この流れで……」
「お前はひとりで寝れるんだろう?」
 くすくすと笑うブチャラティに、アバッキオは何も言い返すことが出来なかった。きっともっと素直な少年なら、あっさりと前言を撤回してしまえるのだろうが。

 ドアの向こうから階段を上がってくるリズミカルな足音が聞こえてきた。先程も聞いたはずのそれは、軽やかさを増しているように聞こえた。傍を歩く者が違うとそうなるのだろうか。
「ただいま!」
「ただいま戻りました」
 開いたドアから声が飛び込んでくる。普段から明るいことの方が多いナランチャはともかく、続いたフーゴのそれまで弾んでいるように聞こえた。彼とは今朝2人だけでいる時間帯があったが、その時にも、そして出掛けていく前にも、そんな様子は見られなかったと思ったが――じっくり観察していたわけでもないが――。単純にナランチャにつられただけか、それとも出先で何か良いことでもあったのかも知れない。
 抱えていたパン屋の袋を机の上に置き、中を覗き込みながら「あ、こっちブチャラティのだ」と呟くナランチャの表情は、窓の外で燦々と輝く太陽の光を取り込んできたかのように明るい。だが、その眩しさと反比例するかのように影を作ろうとする感情は、アバッキオの中にはもうなかった。少年達を笑顔で出迎えるブチャラティの姿を見ても、それは同様だ。
「ブチャラティ、チーズと生ハムのパニーノで良かった?」
「それは構わないが、ナランチャ、郵便は? 買い物はあくまでもついでだからな?」
「ちゃんと出してきたぜ!」
「領収証は?」
「あれ、そーいえばどうしたっけ?」
「ブチャラティ、ぼくが持ってます」
 急に騒がしさが舞い戻ってきた。「いつもと違う朝」と思ったのは、どうやら勘違いだったようだ。そんなことを考えていると、先程まで睨まれていたなんてことは微塵も気付いていないような顔が、こちらを向いた。
「はい、これ、アバッキオの分」
 ナランチャが差し出した飲み物のカップ――蓋がついているので中身が何かは分からない――を、アバッキオはほぼ無言のまま受け取った。すると少年は、眉間にしわを寄せつつ、揶揄するような笑みを見せて言った。
「『ありがとう』は?」
「どうせついでに買ってきただけだし、お前の財布から出てるわけでもねーだろ」
 むしろ経費用の財布を手渡されていたではないか。まさかあれはそのまま処理されるのだろうか――あるいはブチャラティが後から精算するつもりか。もしそうなら、自分も出すと申し出よう――。
「うっわ、態度悪っ。なんで素直に言えないかなー」
 「そんなの自分が知りたいくらいだ」とは、心の中で呟くだけに留めた。そこへ、ブチャラティの声が割り込む。
「それじゃあ俺が言おう。グラッツェ、ナランチャ」
 どこまで甘いんだと、アバッキオは溜め息を吐いた。これでは「子供のような存在」というよりも、孫レベルではないか。いや、先の話からすると、そもそもペットの扱いなのか? そう思ってみると、嬉しそうに左右に揺れている尻尾が見えてきそうな気がしてくる。呆れた顔を隠せずにいると、視界の隅でフーゴも似たような表情をしているのが見えた。「お互い苦労しますね」という実際には聞こえていないはずの声を、聞いたような気がした。
「よし、食べ終わったら今日の仕事を始めるぞ」
「まだ始めてなかったんですか?」
「実はそうなんだ」
「オレ達は働いてきたのにぃー?」
 BGMが賑やか過ぎると思いながら、アバッキオは奥から2番目の席に腰を下ろし、飲み物に口を付けた。ストローから流れ込んできた妙に苦くて青臭い液体に、思わず咽かける。
「っ……お前等ッ……」
 何を買ってきたんだと喚こうと思った声は、ドアが開く音とそれに続く声に割り込まれて行き場を失った。
「うーっす」
「おはようございます」
 それが挨拶かと咎められても文句を言えない言葉と、全然早くないと言われても弁解出来ないセリフは、ミスタとジョルノのものだった。こんな時間にやっと出てきて、しかし2人に悪びれた様子は全くない。いい度胸だ。
「おはよう。遅かったな」
 呑気に矛盾した挨拶を返したのはリーダーであるブチャラティだ。彼が2人を許してしまうつもりなのであれば、もう何も――どうしてチームに入ってからの期間が短い2人が揃って重役出勤なんだとは――言えない。どうやらブチャラティが甘いのは、対ナランチャに限っての話ではなかったようだ。
(それなら俺にももう少し甘くても良くないか!?)
 アバッキオは子供――年下――ではないからだろうか。それすら「特別扱い」とポジティブに捉えろと言う気か。年下達の前では良きリーダーであろうと――悪い意味ではなく――己を作っているのが、自分に対してだけは素の顔を見せてくれているのだとしたら嬉しくないわけはないが。
 アバッキオがそう考えていることは、きっと全て、見抜かれているのだろう。素直に伝えることが出来ない自分と、言わずとも見抜いてしまう相手。ある意味では、バランスが取れているのかも知れない。
 何度目になるのかすでに分からない溜め息を吐くアバッキオの横を、パニーノを持ったままナランチャが小走りに通り過ぎた。その後ろに、フーゴも続く。ミスタとジョルノは、相変わらず平然とした顔で並んで立っている。
「2人とも遅刻じゃん! オレとフーゴなんてもうひと仕事終わらせてきたのに」
「いやー、もうこんな時間だしよぉ、実はサボろうかとも思ったんだけど」
「はぁ!?」
「冗談ですよ。冗談」
「でもジョルノ、学校は?」
「あ、それはサボりました」
「いいんだ……」
「それよりお前、何食ってる?」
「あはめひ」
「ナランチャ、口の中に物入れたまま喋らないでください」
「そういえばぼく達食べてませんね」
「やっぱり昨日の内になんか買っておくべきだったな」
「ミスタが起きないのが悪いんですよ」
「それは誰かさんがなかなか寝かせてくれなかったのが悪いと俺は思うんだがなぁー」
「そのセリフ、そっくりそのままお返ししましょう」
「よし、じゃあなんか食いに行くか」
「いいですね。もちろんミスタがご馳走してくれるんですよね?」
「ミスタァー! オレ達モー!」
「ワーイ、飯ダ飯ダァー」
「行ってらっしゃーい」
「あいつ等……」
 再び開けられたドアから出て行く2つの背中とそれを見送るもう2つの背中を見ながら、アバッキオは呟いた。
「今来たばっかりでもう出て行きやがった……」
「まあ、急ぎの仕事はないが……」
 これには流石のブチャラティも呆然とした顔を……、いや、もしかして何も考えていないだけか? これといった表情を浮かべないまま、リーダーは朝食を口に運ぶことに専念しているようだ。
「もう少し躾けろよ……」
「子供には自由に育ってもらいたいな」
「自由過ぎんだろ。ってかお前の子供じゃあねーだろ。つーかあいつ等もそういう関係かよ!?」
「ミスタとジョルノか? 知らなかったのか? お前は本当にもう少し仲間に興味を持った方がいいな」
 『放任主義』という意味では、似た者同士になるのかも知れない。


2018,07,10


関連作品:sleepover 〜開催決定〜(雪架作)


同じ話を視点キャラを変えて、セツさんがフーナラ(フーゴ視点)、わたしがアバブチャ(アバッキオ視点)を書きました。
でもオチはミスジョルw
アバブチャのお泊まり会も、時期は未定だけどきっと開催されるんだと信じています(笑)。
酒飲みつつも何もなかったんだよってのを、ワイングラスの中に爽やかな青空を入れることによって表現したかった背景が、青色3号にしか見えませんwww
<利鳴>

【戻】


inserted by FC2 system