ミスジョル 全年齢 フーナラ要素有り

関連作品:似た者達同士(雪架作)


  似た者同士達


 冬の夕陽に照らされる階段を登りながら、グイード・ミスタは欠伸をするように何も持っていない両手を大きく伸ばした。
「あーくたびれた、くたびれた」
 それは半ば独り言のつもりだったが、斜め後ろ――今いる場所が階段の途中なので、更にやや下方向――から、パンナコッタ・フーゴの声が聞こえてきた。
「でも貴方、実質何もしてませんよね」
 肩越しに少しだけ振り返ってみると、フーゴは呆れたような顔をしていた――「オッサンくさい」と言っているようにも見えた――。その手には、ミスタと違って書類や現金が入った封筒が抱えられている。
 確かに、交渉役、車の運転、徴収したみかじめ料の管理をしているフーゴと比べれば、ミスタは一見何もしていない。だが、“それ”が彼の仕事だ。“何も起こさない”そのために、彼は己の体――180センチに近い身長――と腰に携えた拳銃で相手を牽制する。見た目はただ突っ立っているだけかも知れないが、一応気は張っているつもりであるし、“何もしない”でいるのも意外と大変なのだ――「どう」とは聞いてはいけない――。廻る先が何件にもなってくると、やはり疲れてもくる。
(仕事量が露骨に違って見えるのはあれだ。適材適所ってやつだ)
 無理に押し付けて等いないし、フーゴだって本気で不満なら抗議するなり実力行使に出るなり、いくらでもやりようがあるだろう。それに、もっと大掛かりな“仕事”と比べれば、これ等は随分と楽な方だ。
「留守番組の方がもっと楽なんだろうなァー」
「あんたこれ以上楽したいんですか」
「お子様が羨ましいぜ、全く」
 頭の中に、ジョルノ・ジョバァーナとナランチャ・ギルガの顔が浮かぶ。同じものを、フーゴも思い浮かべていたようだ。
「その言い方、ナランチャが聞いたら怒るんじゃあないですか」
「ああ、ジョルノは実際お子様だが、ナランチャは見た目がお子様だったな」
 そもそも名前を出してもいないのにナランチャがそれ――『お子様』――に該当するとお前も思ってるんじゃあねーかとは言わずにいてやることにした。「お子様2人組で留守番羨ましいィー」等と軽口を叩きながら、事務所のドアを開ける。すると、中から楽しげな笑い声が聞こえてきた。
 元々は飲食店にでも貸すことを想定していたビルなのか、事務所にはギャングのアジトには少々不似合いなしっかりとしたキッチンが備え付けられている。その南に位置する場所に設けられたミーティングのためのスペースは、実際にはただの雑談の場として使われていることがほとんどだ。入り口からそこまでは、デスクや仕切り代わりの背の低い収納棚があるばかりで、視線を遮る物はない。メンバー全員で使うことが出来るサイズのテーブルの、しかし隅にわざわざ寄るように座っているのは、件の『お子様2人』であった。
 先程の声は彼等のものだろう。それを証明するかのように、2人の表情はいかにも楽しげだ。椅子を近くへ動かしてまで、一体何を話していたのだろうか。
 ナランチャの顔は、ほぼ完全にこちらの方を向いていて、いつも通りの笑顔がよく見えた。対するジョルノは、横顔しか見えなかったが、そろそろ見慣れたつもりのミスタでさえ、思わず目を見張るような、子供がはしゃいでいるような眩しさを放っていた。冷静な……、時には冷酷ささえ感じさせる整った顔立ちは、今、完全にただの少年のものになっていた。
「あんな顔もすんのか」
 自覚しないままに、それは呟きとなって零れていた。
(いいもん見たな)
 例えるなら、雨上がりの空に大きな七色の橋を見たような。あるいは、何気なく見上げた夜空に星が流れてゆくのを見付けたような、そんな気分だ。
 こちらを向いたナランチャの口が、「あっ」と開いて更に微笑む。
「フーゴ!」
 彼は手を上げると、
「ミスタも」
 ついでのように言った。
「お帰り!」
「ついでかよ」
 肩を落としてみせると、笑いが起こった。その中へ入って行こうと、ミスタは2人の方へ近付いた。
「お帰りなさい」
 相変わらずフーゴの方しか向いていないナランチャと違って、しっかり目を合わせながらジョルノがそう言ってくれた。その表情はいつも通りの落ち着いたものであったが、先程の笑みの名残はまだ残されていた。
 テーブルの上には飲みかけの紅茶――銘柄は分からない――が置かれていた。『お子様2人』で優雅なティータイムを過ごしていたようだ。ミスタはカップに残っていたそれに勝手に口を付けた。ジョルノは何も言わずに微笑んだままだ。
「何話していたんだ?」
 ミスタが尋ねると、ジョルノよりも先にナランチャが声を上げた。
「ジョルノ、内緒だからな!」
 人差し指を自分の唇にあてる仕草は、むしろ自分の口が滑らないようにと封じているようにも見えた。
「だ、そうです」
 ナランチャを真似るような仕草を返すジョルノの表情は、いつになく子供っぽい。もっと子供っぽい少年に、引っ張られているのだろうか。「な!」「ね」と、顔を寄せてくすくす笑い合う姿は、歳の近い兄弟か、それともいっそ少女達のようだ。
「はいはい、お子様はお子様同士」
 揶揄するように言うと、案の定ナランチャがこちらを睨んできた。「なんだとー」と抗議してくるが、その顔はすぐにミスタの後方、フーゴの方へと向いた。
「フーゴ、お帰りってば! どうかした?」
 つられて振り向くと、フーゴはなにやら強張ったような表情をしていた。和やかな場の空気に溶け込まないそれに、はて、仕事中に何か不味いことでもあっただろうかと、ミスタは首を傾げた。が、思い当たる節は何もない。
 「いや、何も……」と返したフーゴは事務所内を見廻してから、「ブチャラティ達は」と話題を変えた。
「未だ戻っていないんですか?」
「うん、未だ。でもさっき電話でそのまんま帰るって」
 リーダー達は確か、ミスタ達が出掛けるのよりも早く、なにやら面倒臭そうな“話し合い”に向かったはずだ。話が付いたのか抉れたのかは分からないが、今日は戻らないと宣言した者を待って、いつまでも留守番をしている必要はないだろう。陽もすっかり暮れている。
「じゃあ今日の仕事は終わりだな」
 「帰ろうぜ」と促すと、「おう!」と威勢の良い声が応えた。
 立ち上がったジョルノは、手早く食器を片付け始めた。その少し後ろの位置から、ミスタは声を掛ける。
「珍しいじゃあねーか」
 ちらりと、肩越しの視線がこちらを見る。
「そうですか? 洗い物くらい、普通にしますが」
「それじゃあなくて」
 後ろを見ると、ナランチャが椅子に座ったまま、見上げるようにフーゴと何か話している。その隣には、無人の椅子が置かれたままだ。
「随分と楽しそーに、何話してた?」
「さっき言ったでしょう。秘密です」
「あっそ」
 あわよくばポロリと喋らないかと思ったが、流石にそこまで甘くはないようだ。あまりしつこく喰い付いては、今度はナランチャから何か文句を言われそうだと、ミスタは一先ず口を噤むことにした。同時に、せっかく楽しく喋っていたところに邪魔が入ったと思われてはいないかと、少しだけ心配になったが、覗き見たジョルノの横顔は、至って穏やかだった。
 ジョルノはいつも大人びた顔をしている。少なくともミスタにはその印象が強い。そんな彼の眩しい笑顔。きっと他にも、まだ自分の知らない部分が彼には多く残されているのだろう。それをひとつひとつ引き出してゆくことを考えると、高揚感に似た何かで心が満たされる。我ながら呆れるほどのプラス思考だ。だがミスタは、むしろそんな自分でありたいと望んでいる。

 戸締りを確認して外へ出る。「仕事して腹も減ったし、何か食って帰るかなァ」とミスタが言うと、当然のように隣に立つジョルノが口を開いた。
「お供しますよ」
「さてはジョルノ、奢らせる気だな?」
 ジョルノは肩を竦めるような仕草をしてみせた。上目遣いが、意味ありげに光ったような気がした。
「まあ可愛い後輩に奢ってやるのは先輩の役目だし仕方無いか」
「ミスタの奢りならオレも!」
 まるっきり子供の口調でナランチャも手を上げる。
「オメーは先輩だろ。先輩のフーゴに奢ってもらえ。俺も奢ってもらいてぇ」
「フーゴは年下だからたかれねーよ」
 一応彼にもプライドらしきものはあるようだ。一方ジョルノは、自分は年下だし後輩ですからと強気な態度を見せている。
(それに……)
 それに、
(恋人同士だし?)
 口には出さなかったその声は、その場に第三者がいなければハモっていただろう。その確信を持ちながら、ミスタはフーゴとナランチャに向かって軽く手を上げた。
「じゃーな」
 「また明日」と振り返された手に背を向けて歩き出す。具体的な目的地は未定のまま、とりあえず大きな通りを目指した。ジョルノもその斜め後ろをついてくる。
「フーゴのやつ、大丈夫かねぇ」
 もう声は届かないだろうと後方を確かめてから、ミスタは言葉ほどは心配していないような口調で言った。
「大丈夫、とは?」
 ジョルノは不思議そうな顔をしながら尋ねる。彼は何も気付かなかったのだろうか。
「あいつ、この世の終わり。みたいな顔してたぜ」
「それは言い過ぎだと思いますけど」
 だが浮かない顔をしていたのは事実だ。やっぱり奢ってやった方が良かっただろうか。
「あいつ、お前にナランチャ取られちまう。くらいには思ってんじゃあねーの?」
 自分達の気持ちは通じ合っている。平たく言えば、両想いだ。その確信があるからこそ呑気にしてもいられるが、そうでなければ、ミスタも同じようなことを考えていた可能性は否定し切れない。「こいつ、ナランチャと喋ってる時だけ妙に楽しそうじゃあないか?」と。「子供同士」とおどけてみせても、それを不自然なくやれる自信はない。それにしたってフーゴの表情は大袈裟に見えたが。
「大丈夫だと思いますよ」
 ジョルノはあっさりとそう言った。
「フーゴはナランチャに関して“だけ”心配性な部分があるようですが、きっとその分はナランチャがフォロー出来てる」
「へぇ?」
 あのナランチャが? と首を傾げていると、思いがけない言葉を聞かされた。
「なんだかんだ言ってうまく付き合えてるみたいですし」
「……へ?」
「え?」
 訝しげな表情vs.怪訝な顔。お互い聞いた言葉を呑み込むのに時間が掛かった。
「あいつ等付き合ってんの?」
 見えないのは承知で、思わず再び振り返っていた。
「知らなかったんですか? 知っていたからこそ、2人だけにしてやったのでは?」
「いや、全然。ってゆーか正直そこまでの興味はなかった」
「気の利かない後輩ってわけですね」
 ジョルノはやれやれと頭を振った。
「完全にフーゴの一方通行かと思ってたぜ。って、付き合っててあの顔かよ。どんだけ心配性なんだか。じゃあ、さっき喋ってたのはそういう話か?」
「しつこいですね。それは秘密だと言ったでしょう」
「バラしたも同然じゃあねーか」
「それは……、口が滑りました。貴方がそこまで鈍いと思っていなかったので」
「ほーう?」
 ミスタはジョルノの進路を塞ぐように、正面へと歩み出た。瞬きを繰り返す瞳を覗き込むように顔を近付ける。
「お前が今何考えてんのかは分かるぜ?」
「へぇ? 何ですかそれは」
 挑発するように唇がカーブを描いた。
「お前は今、『晩飯は鶏肉以外の物がいい』と思ってる!」
 びしっと指を差しながら言うと、一瞬の間の後にぷっと吹き出す音がした。
「アバウト過ぎます。そんなの、ぼくの好き嫌いを知ってれば、誰にだって言える」
「他人の好き嫌いなんて、そうそう覚えないだろ?」
 それだけお前は“特別”なのだと、言外に含ませた。
「たまたまそれだけ覚えていたのでは?」
「よーし、デザートにチョコレートプリンが食える店に連れてってやろう」
「ミスタ、愛してます」
「知ってる」

「本当にいいんですか?」
「何が?」
「代金」
 メニュー表に書かれた金額を見たジョルノは、小さな声で尋ねてきた。いつも行くレストランと比べると、確かに少々――よりは多く――値段は張る。だが今更年下に――それも恋人に――割り勘で頼むなんて言えるはずもない。
「俺の財力舐めてんな?」
 少し前にブチャラティに頼み込んで報酬の良い仕事を半ば無理に廻してもらっていなかったら、こんなセリフは吐けなかっただろう。本当はその金で銃を新調したかったのだが、もう少し先延ばしにするしかないようだ。次に一緒に食事をする機会がくるまでに、他にチョコレートプリンを出す――もう少し安い――店を探しておこうと決意しながら、それを完全に隠して余裕の表情を見せてやった。だがジョルノは、「無理しなくてもいいのに、見栄張って」とでも言いたげだ。しかし実際にその口から出てきた言葉は、予想したものとは違っていた。
「自己評価が低いのかな」
「は?」
「無理に格好付けないと、ぼくが離れてしまうとでも思っていますか?」
 ミスタは、ここが人目のある場所ではなかったら――例えば、自分の部屋や、他の仲間達が留守にしている事務所の中だったら――、そこにある細い体を引き寄せて、抱き締めて、キスをして、抗議されるのを無視しながら金色の髪に手を突っ込んでぐしゃぐしゃにかき乱してやりたいと思った。流石に我慢だ。が、「外食じゃあなくてテイクアウトの店にすりゃあ良かった」という心の声は止められなかった。
 そんなミスタの心境を全て見抜いているかのように、ジョルノはくすくすと笑っている。背伸びをする子供の言動を見守る大人のように。
(こいつ本当に15かよ)
 だがそんな彼にも、子供のような一面もあったのだと、今一度思い出す。
 気付くとミスタは黙り込んでいた。
「ミスタ?」
「さっきナランチャと何喋ってた?」
 ジョルノがうっかり零してしまったのは、ナランチャとフーゴの関係についてだけだ。そこにジョルノは関わっていない。にも関わらず、あの笑顔。2人の交際の様子を聞くのがそんなに面白かったか? いやきっと、他にも何かある。何か、ジョルノ自身に関わるようなことが。
「ほんっとにしつこいですね。4回目ですよ」
「マジか。じゃあもう1回聞いておくわ」
 ジョルノは呆れを通り越し、よくもまあ1つのことにそれだけ執着出来るものだと感心しているようですらあった。
「どうせナランチャだって喋ってるって」
「まあ、それは確かに否定し切れませんが……」
「だろ」
 出来るだけ深刻そうに見えないように、ミスタは――食事の席で行儀が悪いと咎められそうなのを承知で――椅子の背凭れに体重を預けて上体を反らせた。
「さては俺の悪口でも言ってただろ」
 するとジョルノは、わずかに首を傾げてみせた。
(おいおい)
「そこは否定しろよ」
「でも半分はあってますね」
 どういう意味だと、身を乗り出そうとしたところへ料理が運ばれてきて、それを阻止されてしまった。発言しそびれた言葉は喉の奥で全く違う、それでいてこの場において何等かの意味があるとも思えないものに変化したようだ。
「ふーん、あいつ等、デキてたのか」
 フーゴがナランチャに執着しているのは傍目にも分かり易いが、ナランチャの方はそういった色恋事には無頓着かと思っていた。子供同士、もしくは兄弟のような2人だと思っていたが、なかなかどうして分からないものだ。
(まさかそこにジョルノが横恋慕ってことはないよなぁ?)
 何故ネガティブな方へいこうとしてしまうのだろう。誰かさんの心配性がうつったか。
 なんとなく視点の置き場に困り、欠けているわけでも伸び過ぎているわけでもゴミが付いているわけでもない爪の先を見るともなしに視界に入れていると、正面から真っ直ぐに声が飛んできた。
「その話、まだ続けたいですか?」
 金色の睫毛に縁取られた目が、射抜くようにこちらを見ていた。
「ぼくといるのに、まだ他の人の話をしていたいですか?」
 睨み合うように見詰め合った後、ミスタはふっと笑った。
「そーゆーお前は、俺といるのに実はタコのサラダのことで頭がいっぱいだろ」
 テーブルの上を指差しながら言うと、ジョルノは悪びれる様子もなく「流石ミスタ」と微笑んだ。
「そこも否定しろよ」
「いただきます」

 ワインは飲んでいない。ウェイターからは料理に合うのは……といくつか勧められたが、同席している者が飲酒可能年齢に達していないからと断った。それでも食事の後は体温が高くなる。単純に店内が暖か過ぎたということもあるかも知れない。外に出ると、風が冷たく、それが心地良く感じた。ところがジョルノは「耳が冷たい」と言って両手で顔の横を押えるような仕草をした。
「寒いと耳がちぎれて落ちてしまうんじゃあないかって思いませんか?」
「落ちねーようにしまっとけば?」
 ジョルノの変な特技――耳の穴の中に耳たぶが全部入る――を思い出しながら言うと、数秒の間の後、ジョルノが噴き出した。
「やっぱり駄目ですね」
「あ?」
「ナランチャの子供らしさ……って言ったら怒られるか。忘れがちだけど、ぼくの方が年下なんですよね。子供っぽさ? これも怒るか。とにかく彼の……ええっと……、そうだ、無邪気さ。それが可愛らしかったので、真似してみようかと思ったんですが、ぼくでは程遠いみたいだ」
 わざわざそんなことしてみせなくても、お前は充分可愛いよと、言えば良かったのかも知れない。アルコールが入っていれば、ほぼ間違いなく言っていただろう。だがミスタは別の言葉を口にしていた。
「お前こそ違うやつの話してんじゃあねーか」
 笑いながら言おうとしたのに、どうやら失敗したようだ。なんだか妙に抑揚のない口調になってしまった。
 ジョルノが横目でこちらを見ている。
「罰として、何話してたか教えろよ」
「本当にしつこいな。5回目ですよ」
「違う。6回目だ」
 まだ少ししか歩いていないのに、やっぱり寒くなってきた。耳もそうだが、手も冷たい。手袋なんて持ってきていない――いざという時に銃を扱い難くなる――。ズボンのポケットにでも突っ込んでおくかと思った、まさにその時、
「ミスタ」
 ジョルノはぱっとミスタの手を取った。ミスタは思わずそれを凝視した。
「寒いですね」
「……だな」
 だが繋がれた手から伝わってくる体温は温かかった。
「あいつ等ってどこまでいってんの?」
「7回目。そんなの詳しく聞けます?」
「ナランチャなら案外あっさり答えるかなーって。まあ、フーゴのあの態度見たら推測は出来るけどなー」
 たぶん、まだ“最後”まではいっていないだろう。つまり、
(俺達と似たり寄ったりか)
 ふうと息を吐くと、不意にジョルノが「あ」と声を上げた。
「どうした」
「時間」
「時間?」
「今から帰っても、寮の門限に間に合わない。貴方の部屋に泊めてもらえませんか?」
 「今何時だ」と聞こうとして、やめた。そもそもジョルノは時計を見るような素振りすらしていなかった――時計をしている左手は、ミスタの右手と繋がっている――。が、間に合わないと言うのだから、そうなのだろうと思うことにした。それ以前に彼が住む学生寮の門限が何時なのか、もっと言えば門限なんてものがあるのか、ミスタはそこから知らなかった。
「……いいのか?」
「聞いているのはぼくですよ」
 握られた手にぎゅっと力が込められた。ミスタはそれを解き、指を絡ませる形で握り直した。
 2人はいつの間にか止まっていた歩みを再開した。
「一足お先に……ってとこかね」
「なんの話です?」
 ここで正直に答えたら、「また他人の話を」と文句を言われかねない。ミスタはかぶりを振った。
「いや、なんでもないわ」
 ジョルノは追求してこなかった。

 バスルームからかすかに聞こえてくるシャワーの音を誤魔化すように、コール音が鳴っている。1回、2回。相手はまだ出ない。3回、4回目は聞かないように携帯電話を耳から離した。そこから更に2回ほどで、音が途切れる。代わりに不機嫌そうな声が聞こえてきた。
『……もしもし』
「よお、フーゴ」
『なんですか、こんな時間に』
「『こんな時間』ってほど遅くもねーだろ」
 部屋に帰ってきてから見た時計は、まだ電話をかけるのが非常識だというような時間にはなっていなかった。それが寮の門限となるとどうなのかは分からない。だがそんなことはもうどうでも良かった。
 部屋に入ってすぐ、“最終確認”のつもりで遠慮がちに抱き締めると、ジョルノは背中へと手を伸ばしてきた。彼はミスタの胸に額を押し当てるようにしながら、「本当は聞こえてたんじゃあないですか?」と尋ねた。
「なんのことだ?」
「違いましたか。また口が滑った」
「なんだ?」
「……“こう”されると、嬉しいって、……そういう話をしてたんですよ」
 それを聞けただけで、多くのことは『どうでも良く』なった。今気になっているのは、ジョルノがあとどのくらいでシャワーを終えて出てくるか、だ。それから、『気になる』というほどではないことがひとつ。
『なんの用ですか』
 携帯電話から聞こえてくるのは、フーゴの声だけだ。他の人間の声や、物音はしない。少なくとも彼がバーで飲んだ暮れているということはなさそうだ――部屋で飲んだ暮れている可能性はまだ排除出来ない――。
 ミスタはどっかとソファに腰を降ろした。
「ダイジョーブかなと思って」
『なんの話です』
「お前さっき、この世の終わりみたいな顔してたぜ」
『言っている意味が分かりません』
「お、それじゃあ世界の滅亡は間逃れたか」
 フーゴはついに溜め息を返事の代わりに寄越した。
 年下の先輩のことが少しだけ心配になったというのは、嘘ではない。だがその“心配の内容”は、フーゴが“勘違い”をしてジョルノに敵意を向けるようなことがあっては困るなという、フーゴ自身を対象としたものではなかった。他には、何もせずに待っているのが息苦しかったこと、そして、“似たり寄ったり”の者達をこれから“置いて行こう”としている罪悪感――あるいは優越感?――。たまたま目に入った携帯電話を手に取ったのは、その程度の理由からだ――つまり大した用事は端からない――。
『酔ってるんですか?』
「全然」
『用があるならさっさと言ってください。あんたに構ってるほど暇じゃあないんです』
 丁寧な言葉を使うところは――そこだけは――ジョルノに少し似ている。だがフーゴのそれはもっと刺々しかった。それでいて、余裕が感じられない。妙に気が散っているというか、苛立っているというか、そわそわしているというか……。何かあったのだろうか。あるいはその逆、何もなかったか……。
「『こんな時間』に忙しいって? 随分と多忙じゃあねーか」
 揶揄するように言うと、フーゴは「それは……」と口篭った。
 ミスタはリビングのドアに目をやった。まだそれが開けられる気配はない。
「急な“来客”でもあったかぁ?」
 けたけたと笑いながら言うと、返ってきたのは沈黙だった。
「ビンゴかよ。もしかして“取り込み中”か?」
 “一足お先に”と思ったのに、結局“似たり寄ったり”のままか?
『気楽そうでいいですね。ウラヤマシイ』
「人を能天気みたいに言うな」
『事実でしょ』
 そうかも知れない。だがミスタは、そんな自分が嫌いではない。
 呆れ返ったフーゴの顔を思い浮かべながら、ずばり質問してみようかと考える。夕方、事務所の前で別れてから“どうした”だとか、今そこにいるのは“誰だ”だとか、もっとダイレクトに、“どこまでいってる?”だとか……。だがその試みは、実行されることはなかった。
 背後で、ドアが開く音が控えめに鳴った。そして更に控えめな声。
「ミスタ」
 目を向けると、サイズの大きい寝間着を着たジョルノが立っていた。
「おう、今行く」
『はい?』
「いや、こっちの話」
 ミスタは立ち上がった。
「もう切るわ」
『は? 結局なんの用で――』
 まだ喋っている途中の声を無視して、ミスタは電話を切った。先程まで自分が座っていた場所に電話機を放り投げる。明日顔を合わせた時に、何か言われるかも知れない。だがまあ大したことではないと思うことにする。自分は能天気なのだし、電源までは切っていない携帯電話に折り返しの着信が入っている様子もない。
「電話、いいんですか?」
 ジョルノが尋ねてくる。その顔は、妙に表情がない。まるで何かに緊張しているかのように。それはある意味、“子供らしい顔”といえるかも知れない。
「全く問題なし」
「誰です?」
「フーゴ」
「何か緊急の事態でもあったんですか?」
 どうやら向こうから掛かってきたものと思っているようだ。彼は視線をソファの上の携帯電話に向けている。ミスタと目を合わせるのを避けるように。
「何もねーって。強いて言うなら、激励を」
 ジョルノはわずかに眉をひそめた。どんな会話が交わされたのか、なんとなく悟ったのだろう。
「もう2人をおちょくって遊ぶのはやめてあげてください」
「いやあ、だって楽しくてよぉ」
 声を上げて笑ってみせると、ジョルノは「もうっ」と溜め息を吐いた。かと思うと、丈の合っていない――長過ぎる――袖から白い手が伸び、ミスタの腕を軽く掴んだ。
「今は他の人の話はなし……でしょう?」
 消え入りそうな声と指先は、かすかに震えていた。
「そーでした」
 ミスタはシャンプーの匂いがする金色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「俺もシャワー行ってくる。いい子で待ってな」
 少し屈んで額に口付けを落とす。子供扱いするなとでも言われるかと思ったが、ジョルノはあっさり「はい」と返した。伏せ気味の視線と、上気した頬に、ミスタは俄かに緊張を覚えた。
(やべ、うつった)
 そこへ、
「……待ってます」
 留めのような一言。そろそろ本当に、他のことなんて考えられそうにない。
 ミスタは軽くよろめきながらバスルームへと向かった。


2018,02,10


関連作品:似た者達同士(雪架作)


同じ話を視点を変えて別々の人間が書くという企画を、ずーっと昔から一度やってみたかったのですが、
そんなのカップリングや解釈が同じ人とじゃあないと出来ないし、
自分の文章書き換えられるみたいなのは嫌がられるかなと、ずっと出来ずにいたのですが、ついにその夢が叶った!!
セツさんが書いた物をわたしが書き換える→各自続き書く→わたしが書いた物をセツさんが書き換える
って感じで書きました。
もらった話を自分なりの表現に変えるのも、自分が書いた話を違う表現で見られるのも、すごく楽しかったです!
<利鳴>

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