フーナラ 全年齢 ミスジョル要素有り

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  似た者達同士


 2階に構える事務所への階段をグイード・ミスタと上りながら。
「楽っちゃあ楽だけどよォ、こう何ヶ所も回ると流石に疲れるよな。あーくたびれた、くたびれた」
「でも貴方、実質何もしてませんよね」
 パンナコッタ・フーゴが交渉している最中、目の前の冬の寒さを気にせず両手で伸びをする体は隣にただ突っ立っていただけなのだから。
 みかじめ料の徴収は他の『仕事』と比べれば楽なのは否定しないが、中にはやはり払えないだの少しはまけてくれだのと言い出す輩が居た。
 そんな時にはこの腰に拳銃を携えた180cm近い男が1歩踏み出せば良い。それだけで牽制になる。
 ただ、交渉し受け取り運転をして次の店へ向かうフーゴの方が圧倒的に仕事量が多い筈なのに、何故か今も徴収した金の入っている封筒等を持たされているのは解せない。
「留守番組の方がもっと楽なんだろうなァー」
「あんたこれ以上楽したいんですか」
「お子様が羨ましいぜ、全く」
「その言い方、ナランチャが聞いたら怒るんじゃあないですか」
 確かにミスタから見ればナランチャ・ギルガは年下にはなるが、それでもギャング組織においては先輩だ。それどころか年齢差は実質半年程しか無い。
「ああ、ジョルノは実際お子様だが、ナランチャは見た目がお子様だったな。お子様2人組で留守番羨ましいィー」
 そう軽口を叩きながら事務所のドアを開けた。
「……ん?」
 同時に楽しげな笑い声が聞こえたので立ち止まる。
 簡易な衝立代わりの書類を納めた棚の向こう側には簡易という形容詞が合わない程度にしっかりとしたキッチンが有り、その南側の窓の近い位置にはこれまた簡易なテーブルや6人分の椅子が有る。その椅子に『お子様2人』が座って談笑していた。
 まさしく談笑という言葉が相応しい程、2人ともにこにこと笑っている。
 特にジョルノ・ジョバァーナは顔が触れ合わんばかりの距離に詰めるべくわざわざナランチャのよく座る角の席――ろくに台所仕事も出来ないのに何故かキッチン側に座りたがる――の近くに椅子を動かしてまでいた。
 ジョルノの横顔は彼らしからぬ笑顔で、ここから見えるナランチャの正面顔は彼らしい大はしゃぎと言った様子で。
「あんな顔もすんのか」
 隣でミスタがぽつりと呟く。
 新米同士でよく共に行動しているミスタの目からしてもジョルノの笑顔らしい笑顔は珍しいようだ。
 それをいとも容易く引き出せるナランチャがその笑みのままこちらに気付いた。
「フーゴ!」
 次いでジョルノもいつも通りの落ち着いた表情でこちらを向く。
「ミスタも! お帰り!」
「ついでかよ」
 わざとらしく肩を落とすと座る2人に笑いが起こった。
 ミスタはフーゴを置いてつかつかと2人の方へ歩いて行く。
「お帰りなさい」
「ただいま」挨拶をくれたジョルノのティーカップを掴んで勝手に口を付け「何話していたんだ?」
「ジョルノ、内緒だからな!」
 ナランチャが今にも口を滑らせそうな調子で人差し指を自分の唇に当てた。
「だ、そうです」
 一緒になって人差し指を立てる仕草は年相応かそれよりも更に子供っぽい。それをさせる本来年上の筈のナランチャの方が子供っぽいのだが。
 だから顔を近付けて話す事もまぁ有るだろう。
 唇が触れ合う程の距離で話をするのは自分だけではなくても、実際に触れ合うのが自分だけならそれで良い。
「フーゴ、お帰りってば! どうかした?」
「え? あ……いや、何も……」
 何も無いから言葉が出ない。手にしている幾つかの封筒をより強く掴む。代わりに口が動けば良いのに。
 それに全く何も無いわけでもない。先の通り帰宅を喜ばれる仲で、ましてキスは有る。
 ただその先と、一緒に温かな紅茶で暖を取りながら顔を近付け他の人間には『内緒』の話をした事が偶々無いだけで。
「……ブチャラティ達は未だ戻っていないんですか?」
「うん、未だ。でもさっき電話でそのまんま帰るって」
「あ? あの2人って何とかっつーチームに話付けに行ったんじゃあなかったか?」
「話が付いたから帰るのか、話だけじゃあ済まなかったのかは言っていなかったそうですよ」
 自身のティーカップの中身を一気に飲み干してからナランチャはそうだと頷いた。
「じゃあ今日の仕事は終わりだな。帰ろうぜ」
「おう!」
「食器片付けてきますね」
 立ち上がったジョルノは手早く2人分のソーサーを重ねた。後輩に――もしくは確実に割らない人間に――任せきりで座ったままのナランチャの目がこちらを向く。
「……何か?」
「帰んねーの?」
 早く帰れ、という意味ではなく。
「フーゴ、元気無い。仕事残ってるならオレ手伝うよ」
「そうじゃあない、ただ……何を話していたか、少し気になって」
 ちらと食器を水に浸けているジョルノと、そこに話し掛けているミスタの背に目を向けたが。
「秘密」
「はいはい。僕もこれを片付けたら今日の仕事は終わりです」
「じゃあ早くしまって帰ろうぜ」
 そこに一緒に、という形容詞は付かないのか。もしや付けたい相手はジョルノの方か。
 マイナスに考え込んでどうする、と心の中で自らを叱咤して現金の入った封筒を金庫へ納めに行った。

「仕事して腹も減ったし、何か食って帰るかなァ」
 留守番2人は知らないがミスタは特に仕事らしい仕事をしていない――が、指摘はしないでおく。
「お供しますよ」
「さてはジョルノ、奢らせる気だな? まあ可愛い後輩に奢ってやるのは先輩の役目だし仕方無いか」
「ミスタの奢りならオレも!」
「オメーは先輩だろ。先輩のフーゴに奢ってもらえ。俺も奢ってもらいてぇ」
 ビルの外の寒空の下で交わす呑気な会話からは、そのビルをアジトとして町の裏に生きる人間達とは思えない。
「フーゴは年下だからたかれねーよ」
 1人位ならと切り出せずにいるフーゴを横に、ナランチャは早々にミスタとジョルノに「また明日」と大きく手を振り見送っていた。
「あーあ、ミスタにジョルノ取られちまった。もっと話したかったのにさ」
「さっきは随分盛り上がっていましたね」
「うん! すっげー楽しかった!」
 それは良い事だ。留守番というこれと言って体を動かさない仕事でも楽しめているなら何よりだ。フーゴは溜め息を吐く。
 先輩後輩で言えば年下だが先輩である自分にはある意味逆らえないが、年下の後輩であるジョルノはただただ可愛がれる存在。
 もう少し早く生まれていれば――出会う事も無かっただろう。今でも充分恵まれている位だ。
 そんな自分が『今』出来るのは。
「……僕達も何か食べて帰りましょうか?」
「うーん……オレ今あんまり金無いんだよね。最近報酬良い仕事回ってこねーんだよ。何でだろ?」
 奢るからと言えばプライドを傷付けたり謙遜されるかもしれないと思っていたのが裏目に出た。
「そんなだから帰っても食うもん無いんだけど」
「あ、じゃあ、僕の家来ますか?」
「え?」
 今度は踏み込み過ぎたか。
「金が無いからって何も食べないわけにはいかないし、まあスパゲッティ位しか用意出来ないけれど……でも厳しいなら遠慮はしないでほしい。1食や2食なら……それに、その、僕達は……」
「恋人同士だし?」
 言いたい言葉をさらりと言ってのけるナランチャが羨ましくすら感じる。
「恋人同士なら一緒に飯食っても可笑しくねーよなあ? あの2人みたいに」
「あの2人?」
「って事で食いに行っても良い?」
「それは勿論。僕から言い出した事ですから」
 是非に来てくれと頭を下げたい程に思っているのだから。

 1人で使うには大きめのダイニングテーブルも2人で使うにはやや手狭だった。
 メインのスパゲティの皿、リーフレタスとトレビスを千切りドレッシングを掛けただけのサラダの小皿、パイナップルジュースのグラスを2つずつ置くと圧迫感すら有る。
「美味そう! いただきます」
 世辞なのか本音なのかをさらっと言うや否や、ナランチャはレタスにフォークを突き刺し口に運んだ。
 真正面の満足そうな表情でもごもごと口を動かす様子にフーゴは目を細める。
 飲み込んですぐにスパゲティへフォークを伸ばした。具を差し麺を巻き付け大口を開けて頬張り、咀嚼し飲み込んでから満面の笑みを見せてきた。
「美味い」
「折角来てもらったのに有り合わせで作ったメニューですけど。スパゲッティなんて殆ど缶詰ですからね」
「美味いから何の問題もなしっ。クリームソースから作ってたら何時になるかわかんねーし」
「でもその肉も缶詰だし」
「これ?」
 ナランチャは元より味付けまでされてある保存食に近い缶詰の肉――細かくは切った――にフォークを刺してこちらへ見せる。
「缶詰でも何でも別に良いじゃん、美味いんだから。じゃあスパゲッティ茹でてくれてありがとな」
「その位なら誰でも出来ます」
「でもオレこの前燃やしちまってさ」
「燃やした? スパゲッティを?」
 うん、と頷かれた。
 茹で過ぎたとか芯が残っていたならわかるが、鍋の底で焦げてしまったのも一応理解は出来るが、そこで『燃える』のは可笑しいだろう。
「よくわかんねーんだけど火が付いちまったんだ」
「それはちゃんと『わかって』おかないと後々困ると思いますよ」
「ジョルノにもおんなじ事言われた」
 一瞬不貞腐れたように唇を尖らせたが、しかしすぐにそこへスパゲティを運んだ。
「料理出来るか聞かれてさ、フーゴの方が料理は上手だよって話してたんだけど」
「そういう話をしていたんですか」
 あの満面の笑みはそんな所から来ていただけかと思うと少し安堵した。だが不安の全てが消えたわけではない。他愛無い話でもあんなに笑い合えるなんて。
「何だよフーゴ、そんなにジョルノの事が気になるのかよ」
「そういうわけじゃあ……」
「先刻も何を話してたんだーって聞きたそうにしてたもんな」
 知りたくて知りたくなくて、矛盾した気持ちが胸の中をぐるぐると渦巻いて食欲が失せていく。
「……気になるのはジョルノ個人の事じゃあない」
 フォークに加工肉を刺し、その上にくるくると麺を巻き付け、しかし口の中へは運べない。
「ジョルノが、いや……ジョルノにそういう気持ちを向けているのかな、というのが……気になっている」
 漸く吐き出した本音に。
「そっかあ」
 聞き流されてしまったかのような、間延びした声が返ってきた。
 違うよと言ってもらいたい。でももし「そうだよ」と言われてしまったら。
「フーゴもジョルノがミスタなんかと付き合ってんの、やっぱ気になるかあ」
「……はい?」
「意外と良い所有るんですよーって言ってたけど、どこに有るんだって感じだよな! いや、ミスタにも良い所有るのは知ってるけどさ。でも付き合うとなると違くねェ? オレ多分ミスタは無理。オレが女でもミスタが女でも無理」
 いや待て、何の話をしているんだ?
「じゃあジョルノとなら付き合えるのかって聞かれたら困るけど。並んで歩いて自慢になるって感じはするけどさあ、キス出来るかって言われたら出来ないんだよなあ」
 つまりナランチャはジョルノに『恋愛感情』は向けていない、という事か。
 そこだけは素早く頭を回転させてフーゴは漸くフォークを口に運んだ。
 性欲が湧かないだけで特別な感情ではある、なんて言われる可能性も0ではないが、それでも自分達は既にキスをしている。
 子供のそれであろうとこちらの方が圧倒的に特別な関係なのだ。
「キスと言えばさあ」
 その単語を繰り返されると食べ物を飲み込んでは開いて喋る唇に目が向いてしまう。
「何かもうキスしたっぽいんだよなあ、あの2人」
「そうですか。ん? あの2人って、ミスタとジョルノの?」
「他に誰が居るんだよ」
 しゃんとしていれば雄々しさの有る良い見目をしているミスタと、一回り小さいが国籍等を超越して美少年と呼べるジョルノとが並ぶのは決して悪くない。
 だがキスをもする仲とは。彼らは男同士だ――が、それは自分達にも言えた。
 同性であるだけでなく、体格『差』を考えても自分達と近い物が有る。
 だとすると自分のように背の有る側が肩に手を置いて口付けるのか。はたまたナランチャのようにしたいとねだった後に下から――
「フーゴ、聞いてる?」
「えっ?」
「だから抱き締めてもらってる時の話!」
 妄想を繰り広げている間に話題は少し変わっていた。
「オレがフーゴはいつも恐る恐るーって感じなんだって話したんだよ。他の人に聞かれたら恥ずかしいから小せー声で」
「だから顔を近付け合っていたんですか」
 他には誰も居ないのに。そしてそのわりには笑い声をかなり大きく響かせていたが。
「ジョルノがさ、ミスタも偶にそういう時有るって。普段はガバッて抱き締めてくるのにって。恐る恐るの方が大事にされているみたいだから嬉しいって、羨ましいって言ってたんだぜ」
 余りに細かく話されているのでつい頭に光景を浮かべてしまう。
 自分達のような2人を、そして2人のような自分達を。
「オレはフーゴがすっごく偶ーにしてくる、そういうガバッて方が嬉しいって話したんだ。偶になんてフーゴらしいって笑ってた」
「そんな事まで話していたんですか、恥ずかしい」
「だってぎゅってされると嬉しいんだから仕方無いだろ!」
「嬉しいなら、いつだって……しますよ……」
 拒まれないと信じて、時折しか出来ない唐突な抱擁位してみせる。
「……ありがと」
 急に口ごもってわかりやすく照れる目の前の恋人を抱き締めるだけなのだから容易い事の筈だ。
「というかナランチャ」
「何?」
「内緒、じゃあなかったんですか?」
 再び何、と首を傾げた。
「そんな話を2人でしていた事を、ジョルノには秘密にするように言っていたじゃあないですか」
「あ」
 まぁ良いかとナランチャはパイナップルジュースを飲んだ。律儀に秘密を貫いているかもしれないジョルノに心の中だけで同情をする。
「ジョルノはさあ、オレより2個下だろ? あれ、1個だっけ? 兎に角年下だろ? フーゴから見ても下だよな?」
「そうですね」
「やっぱ年上の威厳っつーもんが必要だよな」
 よくそんな言葉を覚えられたものだ。
「例えばあの2人よりも先に進む! みたいな」
 しかし使い方は少々間違っているかもしれない。
「先ですか……」
 この状況で『先』なんて単語を出されては想像の膨らむ先こそ1つ。
 そういった年頃だから仕方無い。自身よりずっと幼く見えるナランチャが何を考えているのか、実際は年上の彼が何を意図しているのかわからない。
 まさかそんな。恋人同士でハグよりキスより先の事なんて、そんな。
 自分が恥ずかしくなってきたのでフーゴもパイナップルジュースを煽るように飲んだ。
「フーゴは未だそういうの考えない?」
「威厳の話ですか?」
「まあフーゴはミスタよりも年下だもんなあ。オレもだけど。あの2人が未だなんだから別にいっか、えっちな事はしなくても」
 カシャン、と音がした。一体何かと思えば右手からフォークが消えている。
 先を、性を直接言い表された所為でフォークを落としてしまった。
「何、あ……お前は何を言っているんだッ! 食事中だぞッ!」
「食い終わったら帰るからこんな話出来ねーじゃん」それとも、と身を屈めて拾ったフーゴのフォークを差し出し「帰らねーでそういう話すんのかよ」
 フォークを受け取って、しかしこれはもう使えないのでテーブルの端に置く。
「帰らずしたいんですか? その……」
 そういう話を。或いはそういう事を。
「オレのがフーゴよりお兄ちゃんだから、フーゴに合わせる。って言いたいけど、やっぱしたい」
 ストレート球は見事に理性というキャッチャーのミットをぶち破った。
「……じゃあ、泊まっていきますか?」

 ベッドの上に向かい合って座り、いつもより強く抱き締めた後、合意の上でキスをした。
 もう後には引けない、なんて言葉が頭に浮かんだ。自分に向けるには情けなく、相手に向けては怯えさせてしまう。
 唇を離して見詰め合うと「いよいよ」過ぎて言葉が出ない。
「……オレさ」
「はい」
 低めの返答を受けてにナランチャは照れたようにやや俯く。
「シャワー借りたい」
 外回りをしてきたこちらに入れ、ではなく。
「すっげードキドキしてるから、それをおさえる? おさめる? なんか、そんな感じの為に。あとちゃんと綺麗にしときてーし。駄目?」
「駄目じゃあない」
 そんな事よりと押し倒せるだけの技量は当然持ち合わせていない。
「石鹸の類は好きに使って構いません。バスタオルも干してあるやつをどうぞ」
「じゃあちょっと行ってくる」
 逃げるようにベッドから降りて、ナランチャはそそくさと部屋を出て行った。
 寝室に取り残されて1人。早まっただろうか。いやそんな事は無い。寧ろ遅い位だ。だからこそ情が湧き過ぎて出来ないかもしれない――
――ガタガタガタ
 ナイトテーブルの上の充電器の隣に置いた携帯電話――未だ電池が残っているので充電はしていない――が振動した。他に音が無い所為でバイブ音がやたらに響いている。
 こんな時間に一体誰が、と掴んで画面表記を見ると『ミスタ』の文字。
「何の用だ」
 通話する前から独り言が漏れる。ミスタは最近やたらと、危険が伴う物も含めて仕事を詰め込んで見える。厄介事の応戦を頼むとでも言われたらどうしようかと溜め息を吐いた。
 ナランチャはシャワーへ向かったばかり。鳴り続ける電話に、フーゴは漸く応答ボタンを押して耳に当てた。
「……もしもし」
『よお、フーゴ』
 いつも通りといった調子の、つい数時間前まで共に仕事をしていた時と何ら変わり無い声。
「なんですか、こんな時間に」
『『こんな時間』ってほど遅くもねーだろ』
 確かに電話をしては非常識な時間、という程でもない。寧ろ女学生ならば親に隠れて長電話をし始める位の時間だ。
 日頃から電話をする仲ではない――どうせ翌日には、すれ違いが続いても5日もしないで顔を合わせる――ので急用か、と思おうにも声の調子からして違う。
「なんの用ですか」
 深刻さを持たずに尋ねると。
『ダイジョーブかなと思って』
 心配の素振りを感じない声音で心配された。
「なんの話です」
『お前さっき、この世の終わりみたいな顔してたぜ』
「言っている意味が分かりません」
『お、それじゃあ世界の滅亡は間逃れたか』
 一体誰がいつそんな顔をしたのやら。フーゴは盛大に溜め息を吐く。
 留守番をしていたナランチャがジョルノと顔を近付け楽しそうに笑っていたのを見てこの世の終わりに近い物を感じはしたが、自分の事を話し込んであれだけ笑っていたのだからどちらかと言えばこの世の楽園だ。
 兎も角ミスタが、この男が私用の電話を掛けてくるという事は。
「酔ってるんですか?」
『全然』
 確かに口調はハッキリしてはいるが。
「用があるならさっさと言ってください。あんたに構ってるほど暇じゃあないんです」
 これが部屋に1人なら酔っ払いの戯言でも素面の人生相談――こいつが思い悩む事なんて有るのか?――でも相手をしてやっても良いのだが、生憎今はそんな事をしている場合ではない。
 ドアを隔てているので遠くからだが、シャワーの音もボイラーの音も聞こえてきた。
 落ち着かない。これが通話をしていなければ壁に頭をぶつけてでも落ち着きを取り戻している所だ。
『『こんな時間』に忙しいって? 随分と多忙じゃあねーか』
「それは……」
『急な“来客”でもあったかぁ?』
 否定も肯定も出来ずに黙り込む。
 もしやミスタは全て見抜いているのでは。だから尋ねる声にけたけたとした笑いが含まれていたのでは。
『ビンゴかよ。もしかして“取り込み中”か?』
 未だ取り込んでいない! と危うく言い掛けた。
 これからお取り込み中になるのだから間違いではないのに――という問題ではない。
 ミスタの調子良さげな態度は、自分達とは違い恋人との仲が上手く運んでいるからだろうか。否、自分達だって仲が悪いわけではないし、これからより深くなるのだ。
 1歩先を行くとは違うかもしれないが、置いていかれるわけでもない。そう考えてフーゴは冷静を気取る。
「気楽そうでいいですね。ウラヤマシイ」
『人を能天気みたいに言うな』
「事実でしょ」
 羨ましいという言葉はある意味本音だ。これだけお気楽極楽能天気を貫いていれば、他人と2人きりで顔を近付け笑い合う姿を見てもモヤモヤとした物を抱えずに済むだろう。
 恋人の筈のジョルノがナランチャへあんなに笑顔を見せていたのに不安に陥る様子がミスタには無い。尤も心の奥底まではわからないが。
『おう、今行く』
「はい?」
 不意の言葉を受けて声が裏返った。
 まさか本当に心配していて本気でこの部屋に来るつもりか?
 それは困る!
『いや、こっちの話。もう切るわ』
「は?」来ないのは良いとして「結局なんの用で掛けてきたんですか? 用も無く電話をするのは恋人にでもやっていて下さい。あんた達は……って、聞いてますか? もしもし? ミスタ? もしもし!?」
 返事が無いを通り越して通話終了時の「ツーツー」という電子音が聞こえてきたので電話を耳から外して画面を見る。
 通話終了の画面が待受画面に切り替わる瞬間だった。
「……おい! ふざけるなよ! このクソッタレのチンピラ野郎が! ブチ殺されたいのか!」
「フーゴ?」
 電話に向かい怒鳴り付けていた所をナランチャの声に遮られる。
 振り向けばナランチャがバスタオル1枚を腰に巻いただけのずぶ濡れの姿でドアを開けてこちらを伺っていた。
「すっげー大声したから何か有ったのかと思ったんだけど……大丈夫? 間違い電話でも掛かってきた?」
「まあ、ちょっと」
「それとも大事な電話だった?」
 少し寂しそうな表情を子供のような顔に浮かべられては胸が掻き立てられる。
「違いますよ」
 君より大事なものなんて、きっとどこにも有りはしない。
 フーゴは電話を置いて立ち上がり、水を滴らせているナランチャのすぐ前まで歩み寄った。
「途中で出てきたんですか?」
「うん。未だ流しきってない」
「なら早く戻らないと。風邪を引きますよ」
 普段の腫れ物に触れるようにではなく、いきなり強く抱き締められたいと話していたらしい。濡れた体を抱き締めるわけにはいかないので『今』は無理だが。
「布1枚で目前に立たれるのは、少しばかり目に毒です」
「フーゴはそーいった目でオレの事見てんの?」
 直接聞いてくれるな。
 ナランチャは先程の表情を吹き飛ばし、口元に得意な笑みを乗せる。
「シャワー浴び直してこよーっと!」
 くるりと背を向け足音を立ててバスルームに戻って行った。
 当然のように床は水浸しで、様々な要因からフーゴは肩を落とす。
 嗚呼でもシャワーを終えて水気を拭いたら、その体を全力で抱き締めてやる。


2018,02,10


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「視点(と書き手)を別に同じ話を書いてみよう」という事で支店別という誤字から他店舗と呼ばれていた合作、閲覧下さり有難うございました。
序盤は私雪架、終盤は利鳴ちゃんが書いたのを視点を変えて、と言うとっても共同サイトっぽい企画。
同じカプを同じ解釈で好きな今だから出来る…けど、本命カプはややズレているという。そこまで一致するのはサイト開設から30年後とかでしょうか。
<雪架>

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