ミスジョル アバブチャ 全年齢

関連作品:Your key(利鳴作)


  My Key


「これで今日のお前の任務は終わりだな」
「はい」
 ブチャラティの2段後ろを上りながらジョルノは返事をした。
 今のアジトはビルの2階に在る。建築法の違反にはならないのかエレベーターが無いので必ず階段を使わなくてはならない。特別狭いビルではないがワンフロア全てを事務所のように使っている。
――カチャ
 ブチャラティがドアを開けると広がる先はすっかり見慣れたアジト。
「お帰り」
 そして見慣れたミスタが事務机に向かう椅子に座ったまま挨拶をする。但し事務仕事はしていない。
「電話はこなかった」
「そうか」一瞬間を置いて「少し早いがもう行くか?」
「大丈夫か? アバッキオ未だだぜ?」
「アバッキオが来るまでの電話番なら僕がしますよ」
 後は帰るだけだし、2人の話からしてアバッキオが来るのはそう遅くないだろう。電話がくるとも限らない。きてもすぐにこれから事務作業のブチャラティの手が空くまでメモを取るだけだ。
「頼めるか?」
 振り向いて尋ねるブチャラティに頷き返すとミスタがだらしない座り方を1度正してから立ち上がった。
「じゃあ早めに行ってきますかー」
 そうは言うが時間より早くに向かうのではなくコーヒーの1杯でも飲んでから向かうのだろう。ミスタはそういうタイプの人間だし、当てられた任務もまた早く来たからといってどうとなる物ではない。傘下の店の用心棒――より少しばかり悪質な、飲み屋で客を装い追い出したい客と喧嘩をする類い――の仕事だ。
「ジョルノ悪いな、集金終わって帰れるって時に」
「構いません」
 こうして互いの任務状況を把握しているような仲なのだから。
 別に交際しているわけでも肉体関係にあるわけでもない。よく隣に居るだけに見られているかもしれない。ミスタの方もそうとしか思っていないのならジョルノ・ジョバァーナの虚しい片想いだが、2人きりになった際の雰囲気からすれば『期待』出来る。
「じゃあ良い子にはこれをやろう」
 はい、と薄い長方形の箱を手渡された。
「……チョコレート菓子?」
「ビスケットにチョコレート掛かってる。美味いが手はベタベタになる」
 と言う事は食べかけか。
 蓋の微妙に折れ曲がった菓子の箱を眺めてる間にミスタはアジトを出た。礼の1つも言いそびれている。
 次会ったら言おう。
 明後日には2人で尾行の予定が入っているので48時間もせずに会う。その前にも会うかもしれない。箱を手にミスタの居た椅子へ座った。
 重たさからして複数入っていそうなのでブチャラティと分け合うべきか否か。最近導入したパソコンで作業をしているのに手の汚れる菓子を渡すのは宜しくなさそうだ。
 取り敢えず自分で味を見てから、と箱を開けて中の台紙を引っ張り出す。
「……何だこれ?」
 チョコレートのたっぷり掛かった一口サイズのビスケットが2つ。その隣に鍵が1つ。
「一体何でこんな物がこんな所に……」
 鍵を指で摘まみ上げる。案の定指がベタついた。
「どうした?」
 画面と手元とばかりを見ていたブチャラティが表情無くこちらを向く。
「えっと……」チョコレート菓子を食べないかと聞くより先に椅子から立ち「……こんな物が入っていたんです」
 歩み寄って鍵を戻した箱の中身を見せた。
「……鍵だな」
「鍵ですね。菓子どうですか?」
「有難う」
 手前のチョコレート菓子を――器用にも指を汚さずに――取り口へ運ぶ。ジョルノもそれを真似て食べた。
「その鍵」
 言ってブチャラティが箱に残った鍵を手に取る。
「まさかこれが何の鍵かわかるんですか」
「ああ」
 何の変哲も無い鍵に見覚えが有るとは。従来通りのどこにでも有る形。キーホルダーも付いていないし色も銀色で至って普通。
「これはミスタの部屋の鍵だ」
「ミスタの、部屋の?」
「穴が丸く片方だけがギザギザしている」
「そんな理由で……」
「ほら」
 改めて手渡される。確かにブチャラティの言う通りの形状だが、そんな鍵はどこにでも有る。実家の鍵もこんな形をしていた。
「部屋の鍵を預かっているから知っている。ああ、俺の場合はチームのリーダーだから、というだけだ。合鍵を貰ったとかじゃあない」
「そうですか。じゃあ渡さないと」
 任務完了時間は相当遅いので直帰するだろうし、帰宅し鍵が見当たらなければさぞかし困る。
「アバッキオが来たら僕が渡しに行きます。それまでは電話番をしていますのでブチャラティは続きを」
 促したがこちらをじっと見たまま視線をパソコンに戻さない。
「ジョルノ」
「はい」
「ミスタが間違いを犯さないとは言わない。だが流石に菓子の箱に鍵を入れてしまい、更にそのまま他人(ひと)に渡すだろうか」
「可笑しな話だと僕も思います。でも意図的だとしたら、鍵を僕に貸す理由が無い」
 部屋から何かを持ってきてほしい、お礼にチョコレート菓子をあげるから。そういう意味が有るなら実際にそう言ってくる位にはわかりやすい性質だ。
「その合鍵は『借りた物』なのか? 『貰った物』じゃあないのか?」
「僕はリーダーじゃあないので鍵を貰う事は無いと思いますが――合鍵?」
 先程ブチャラティは自分は預かっているだけで合鍵を貰ったのではないと言っていた。
 深く思考するべく1度ゆっくりと瞬きした。改めて目に映るブチャラティはジョルノの握る、菓子の箱に放り込まれた所為でチョコレートが付いてしまった鍵を見ている。
「合鍵が有ればいつでもそいつの部屋に入る事が出来る。俺はいつ入ってきても良い奴にだけ渡すのが合鍵だと思う」
 何時(なんとき)に訪ねられても喜んで受け入れるという証だとしたら。
 嗚呼どうしよう。そんな大切な物を気軽に寄越して来るなんて。否、もしかしたら彼も精一杯の勇気を振り絞ったのかもしれない。自分は未だいつでも受け入れる準備が整っていないというのに。
「あの、この鍵は……」
「鍵は燃えないが菓子の箱は燃えるゴミなので捨てておく」
 ジョルノの手から空箱だけが抜き取られた。
 残ったのは合鍵1つ。
「作業しながら電話位出られるし、もう上がって良いぜ」
「え?」
「俺は鍵が無くてもジッパーで出入り出来るんだから、俺に預けている鍵を合鍵として渡せば良いのにな」
 渡した事を忘れているのか、それとも鍵と合鍵は別物なのか。
 うっかり屋なのかロマンティストなのか聞いてみたい男には明後日まで待たずとも仕事場に向かえば会える。
「……有難うございます、お先に失礼します」
 真顔で冗談――本気かもしれない――を言うブチャラティだが、その言葉には微かな笑顔を見せた。

 先程上ったばかりの階段を降りようと踏み出すより先に、そこにアバッキオが壁に背を付け立っているのが見えた。もう数分待てばきちんと電話番の交代になったのにと思うと少し気まずい。
「合鍵が貰えてそんなに嬉しいのか」
「……何ですか」
 何故ポケットに直に入れた合鍵の事をアバッキオが知っているのかよりも、そんなにはしゃいで見えるのかと思い表情を険しくする。
 それを睨まれたと思ったのかアバッキオもまた鋭い目付きを返してきた。
「何も合鍵を交換したのはテメー1人じゃあない」
「交換?」
「していないのか?」
「交換はしていませんが……」
 一人部屋だが学生寮なので勝手に合鍵を作るわけにはいかない。そもそも鍵を作った事が無いのでどこでどう作れるのかもわからない。
「じゃあブチャラティの鍵を貰っただけか」
「ブチャラティの鍵? 貰ったのはミスタの部屋の鍵ですが?」
「……一体どういう事だ?」
 それはこちらが聞きたい。
 何か言い掛けアバッキオは口を開きかけるが、少し間を置いて言葉を発する事無く口を閉じた。身動きの取れない嫌な空気が流れる。
 野生動物でもないのに目を逸らしたら負けになる気がしてずっと見ていると、アバッキオの方が一瞬視線を斜め下に外した。
 しかしすぐにまた向き合い、再び口を開く。
「お前は先刻『ミスタから』合鍵を貰ったのか?」
「はい」
 妙に強調されると恥ずかしく目を逸らしたくなった。
「ブチャラティの見立てに間違いが無ければ」羞恥を堪えずっと顔を見ながら「預かっているミスタの部屋の鍵と同じだという言葉を信じています」
「……そう言う事か」
「そうですね、そう言う事です」
 どんな勘違いしたのか察しが付いた。だがそれは。
「盗み見ですか?」
 ブチャラティから鍵を返されている場面を。しかも何を思ったのか階段を数段降りてアジトから離れている。
「鍵が欲しいなら欲しいと言えば良いのに。もしくは先に渡せば良い」
「もう交換している」
「それは失礼しました」なら何を不満に思い睨み付けてきたのか聞いてやりたい気持ちを飲み込み「それじゃあ僕は用事が有るので」
 横をすり抜け階段を降りる背に「おい」と声が掛かった。
「今から鍵屋に行くのか?」
「鍵屋?」
「お前も合鍵作るんだろ? それとも押し付けられた鍵を返しに行くのか?」
「まさか」
 いつでも入ってきてもらいたい人間に、いつでも入ってきて良いと言われたのだ。返すのではなく祝いのシャンパンを買いにいくと誤解されたい位だ。
 実際は会って合鍵の意味を知ったと伝え、それから自分もいつでも来てくれと――
「……そうだ」
 言葉で伝えるより自分も合鍵を作って渡す方が何倍も気持ちが伝わる。
「有難うございます、アバッキオ」
 スペアキーを作る『鍵』は無いが、自分も合鍵を渡したいんだと直接言わなくては。
 何故礼をと尋ねられたが返事は適当に濁して階段を駆け降りビルを飛び出した。

「ミスタ!」
 走った甲斐が有ったのか近場のカフェから丁度ミスタが出てきた。呼び掛けに気付いてこちらを向く。
「アバッキオ来たのか。お疲れさん」
 これは合鍵という特別な物を渡した相手への態度なのだろうか。
 まさか本当に手違いで菓子の箱に入れてしまいそのまま寄越したのでは。
「チョコレート菓子美味かった?」
「……はい、有難うございました。菓子と、合鍵」
 意味はしっかり伝わった。確かに受け取った。
 そして今度はこちらが渡す番。
「あれは、どこで作ったんですか? アバッキオが鍵屋と言っていたな……鍵屋はどの位の料金で合鍵を作ってくれるものなんですか? 時間はどの位掛かるんですか?」
 同じ質問責めならもっと聞きたい事が有るのに。
 それはいずれ部屋で聞かせてもらおう。この手には――今はポケットに入っている――合鍵が有るのだから、これで入れば良い。
「5ユーロも有れば20秒位で作れるぜ」
 そんなに手早く作れるのなら、ミスタを見送ってから鍵屋に向かい合鍵を手に彼の部屋で待つのも良いかもしれない。
「合鍵作ったらくれんの?」
「はい」
「でもお前一人暮らしじゃあないから勝手に忍び込んでおけねーんだよなァ。まあ貰うけど」
 自室に入られるのは構わないが学生寮への侵入はギャングというよりコソ泥で大変に格好悪い。
「……じゃあロッカーの鍵でも作っておきます」
「ロッカーに入ってろと!?」
「入っても良いですよ」
「良くねーよ! 一体どういう趣味してんだよ、お前もお前の中の俺も!」
 往来で大声を出すものだから通りがかる人々がちらりとこちらを見てきた。
 普段なら単にミスタが煩い奴だと思って終わるが、合鍵の話をしているとなるとそれを通行人達に知られてしまうのではという有り得ない妄想が働く。
 恥ずかしい。自分がこんなにも誰かを想っているなんて。それを本人以外には知られたくないし、本人にはきちんと知っておいてもらいたい。
「でも僕は、いつでも入ってもらいたい」
「ロッカーに?」
 入りたければご自由にどうぞだが、そうではないので首を横に振った。
「じゃあ……そのいつでもってーのは今日でも、今晩早速でも良いって事か?」
 そこはイエスなので首を縦に振った。それを見てミスタがにぃと口の端を上げて笑う。
「ロッカーの鍵も自転車の鍵も実家の鍵も要らねーから――」
「ああ、実家の鍵良いですね」
「今要らないって言ったからな? 鍵じゃあなくてもっと欲しい、1番大切な物を貰うから、今晩俺の部屋で待ってろ。仕事は早めに終わらせるから」
「いつまででも待てます」
 出来る事が有るならすぐに行動に移すが、目的の為に長らく耐える事が出来ないわけではない。
「しっかり覚悟を決めて待ってろよ。じゃあ行ってくる」
 そろそろ遅刻になるのではといった時間だ。
「行ってらっしゃい」
 帰りを急がなくても良い。待っている間もきっと楽しい。何せ――数回招かれた事の有る――部屋に入れるのだ、貰った合鍵で。
 ポケットに手を入れ合鍵を取り出す。紛失しないように何かキーホルダーでも付けようか。銀色に輝く美しい、ジョルノにとって今1番大切な物。
「1番大切な物を貰うと言っていたけれど、鍵を返せと言われたら困るな」
 小さく独り言を呟き鍵をしまってから歩き出す。
 他のどこでもないこの鍵で開けられる部屋に向かって。その足を止めた。
 1番大切な物って?
 鍵よりも大事で合鍵と同じような意味を持ち、今晩早速差し出す事が出来て、準備以上に覚悟を必要とする物。
 もしかして。いやまさか。欲しがって貰えれば嬉しいが、決してその意味で「入ってもらいたい」と言ったわけではない。部屋や心に招き入れたいだけで、物理的――否、濁さず言えば肉体的な意味は無い。
 全く無いわけではない。望まれたら文字通り受け入れる。準備は未だでもその覚悟は有る。
 あぁあ何を考えているんだ! そんな事は言われていないのに! 少し意味の含んでいそう言い方をされただけで、寧ろ僕がしてしまっただけだ。だからそんな事は考えていないかもしれないし……考えているかもしれない……
 どうしたものかとジョルノはその場にしゃがみ込み頭をバリバリと掻き毟った。当然のように通行人達はその様子をちらりではない勢いで見てきた。


2019,09,10


多分大事な天道虫のブローチ1個取られるんじゃないかな。
<雪架>

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