仗露 R18 年齢操作

関連作品:Little Star 4(雪架作)


  Little Superiority


「コイツはグレートにヘビーだぜ……」
 東方仗助は小さく呟いてから思考を放棄したくなっている己の頭をぶんぶんと振った。目の前にある光景を見なかったことにしてしまうのは簡単かも知れないが、現実から目を背けたところでどうにもならないというのもまた事実。そこにいる推定5歳児が彼の友人、虹村億泰であるということは、もはや疑いようもない。
 発症すると一定の年齢にまで戻ってしまう――早い話が“若返ってしまう”病。確か、そんなような説明を聞いたはずだ。つい昨日のことなのにその記憶が曖昧なのは、それを聞かされた時の仗助が正に発症中だった――子供になっていた――ために、幼い頭で理解するのが難しく、早々に聞き流してしまっていたからだ。病に関すること以外にも、聞かされたことは色々あった。だが今はそれ等を整理している暇はないようだ。
 仗助から億泰へ、“普通”にしていれば感染の可能性は低いと言われていたウイルスとやらが、例外的にうつってしまったということなのだろう。あるいは、それとは別の要因――新手のスタンド使いの仕業であるとか――によるものである可能性も考えるべきなのかも知れない。
 とりあえず子供に戻ってしまっている以外に、直接的な害がなさそうなのは救いだと言えるだろう。だが、この億泰がほんの数分前まで同様の――あるいは似たような――症状が現れていた自分と同じで、しばらくすれば元に戻ってくれる――そうであってほしい――のだとしても、それまでの間に何か事故でも起こるのは困る。そうでなくても、そろそろ近所の誰かが朝っぱらから泣き叫ぶ子供の声を聞き付けて様子を見に来るかも知れない。
 今朝のまだ早い時間帯にそうしてくれた人がいるお陰でか、それとも体が小さくなる前の姿に戻っただけなのか、仗助の髪の毛はしっかりとセットされた状態であった。服装も、いつもの改造を施した学生服を身に付けたばかり。トータル的に見たその姿は、早い話、不良スタイルだ。そんな男――身長は180センチを超える――が「こわい」と泣く子供の傍にいたら、それが傍目からどう見えるか……。
(まずい、絶対にまずい)
 しかもその子供は裸同然の姿。“不審な男”――認めたくはないが客観的に見ればそう表現する他ないだろう――も、学生服の中には何も身に付けていない――下着は現在行方不明中である――というのだから、誰かに――自ら公言、あるいは公開でもしない限りはまずないと思うが――知られたとしたら、とんでもない誤解を受けそうだ。
「やべーよ。絶対にまずい」
 不意に、廊下から何者かの視線を感じた。ぎくりと振り向くと、そこには緑色の肌をしたおおよそ人間とは思えないような生き物の姿があった。それは、ドアの隙間からこちらの様子を窺うような目を向けている。
「億泰の親父さん!」
 面識のある相手なら、おかしな誤解はされずに済むはず。天の助けとばかりに呼びかけると、しかし億泰の父親は意味不明な叫び声を上げながら屋根裏部屋へと続く階段を駆け上がって行った。
「あっ、おい!」
 呼び止めようとした声を、ドアがばたんと閉まる音がかき消す。
「逃げやがった……」
 おそらくその姿を幼い我が子に見せまいとしての行動だろう。子供が見たら泣き出しそう――すでに泣いている子供ならさらにヒートアップしそう――な見た目をしている自覚はあるらしい。我が子に怖い思いをさせたくないということか。改めて考えてみると、気の毒だなと思う。彼はそんな姿になることも、それによって我が子を怯えさせることも、望んではいなかっただろう。が、
(少しくらい手伝ってくれたっていーじゃあねーかっ!)
 あるいは億泰の父親が逃げ出したのは、仗助――体が縮んでいる時に「おばけ」と呼んで追い廻してしまった――を怖がっているのか……。
 幸いにも、その異形の姿は億泰の目には入っていなかったようで、彼の様子に変化はない。すなわち、相変わらず同じ調子で泣いている。
「あー、どうしたらいいんだよ……。なぁー、なんもしねーから泣き止んでくれって」
 こんなことになるんだったら、自分も子供の姿に戻ってしまった時に泣き喚いておけば良かった。そうすれば、周りの人々がどうやって宥めようとするのかを知ることが出来ていただろうに。
「とりあえず裸のままってのは良くないよな。無防備な状態だとなんとなく不安になるしな。それで泣いてるのかも知れねーな。うん、俺の所為じゃあない。とりあえず康一の服着せておくか」
 それは仗助の体が縮んだ時に借りた物だ。小柄な広瀬康一の物でも、子供の体にはまだだいぶ大きくはあったが、それでも自分の服よりはマシだった。返さなければと思っていたが、もうしばらく借りていることにしよう。
「ってゆーか、そーだよ、康一だよ! 康一ならきっとなんとかしてくれるぜ!」
 根拠はない。だが自分よりは子供の扱いがうまいのではないかとの期待は出来る。
 そうと決まれば、善は急げだ。
「電話……、いや、直接行った方が早いな」
 その方が説明も簡単で済む。
 今日は――今日も――学校がある日だが、今ならまだギリギリ自宅にいる頃だろう。
「おーい! 億泰の親父さん!」
 仗助は天井に向って声を張り上げた。
「億泰連れて出掛けてくるけど、留守番頼んだからな!」
 苦労しながらもなんとか服を着せると、やはり無防備な状態が解消されたことによって少し落ち着いたのか、それとも単に泣き疲れただけなのか、あるいはいくら泣いても無駄だと悟ったのか、まだべそをかいてはいるが、それでも億泰の泣き方はいくらか静かになっていた。この隙に康一の家に連れて行こう。億泰を抱え、仗助は外に飛び出した。

 幸い、途中で人に見られることはなかった――と思う――。広瀬家に辿り着いた仗助は、飛び付くように呼び鈴を鳴らした。すると、ちょうど学校へ行こうとしていたらしく、制服姿の康一がドアを開けて顔を見せた。
「はーい、どちら様……あ、仗助くん! 元に戻ったんだ、ね……って、うわぁ! 億泰くん!?」
 康一はすぐに状況を把握したようだ。そういえば、仗助が小さくなった時も、すぐにそれが仗助だと認識出来ていた。康一には人の正体を見破る才能でもあるのだろうか。ともかく話が早くて助かる。
「まさか、承太郎さんが言ってたウイルスがうつっちゃったの?」
「そーらしいんだよ。うつるようなことしてねーのによぉ」
「本当に? おかしな遊びでもしてたんじゃあないの?」
「なんだよそれ」
「子供の前では、ちょっと」
「なんだよそれっ! してねーよッ!」
「だとすると……、感染力が強まってるのかな」
「康一は無事みたいで良かったぜ」
 面倒を見なければならない幼児が2人もいたらと考えると、それだけで疲れてくる。
 康一は自分の体を見廻して頷いた。
「うん。とりあえず今のところはね。でもこれからどうなるか分からないし、しばらくは出歩いたりしない方がいいのかなぁ……」
 元々背が低いから多少縮んでいたとしても気付かないかも知れないなと、仗助は思った。が、とりあえず会話がきちんと噛み合っているようだし、今は大丈夫なのだろう。
 「とりあえず中へ」と促されて、仗助は小脇に抱えていた億泰を下ろした。諦めの境地なのか、泪は止まっているがその目は不安そうに辺りを見廻している。また泣き出すのだろうか。仗助が警戒していると、康一が身を屈めながら近付いていった。彼は柔和な笑みを浮かべて、億泰の顔を覗き込んだ。
「億泰くん、こんにちは……じゃあないか、まだ。おはよう、だね。初めまして、ぼくは広瀬康一」
 康一の顔を見ながら、億泰はおずおずと口を開いた。
「こーいち……」
「そう。よろしくね」
「なんで康一の顔見た時は泣かないんだかなぁ」
 思わずちょっと睨むと、また表情が歪んで泣き出しそうになったので、仗助は慌てて笑顔を作った。
「ほーら、仗助さんだって怖くないぜぇー」
 しかし億泰は康一の陰にさっと隠れてしまった。
「このやろう……」
「まあまあ」
 康一は宥めるような仕草を見せつつも、しっかりと仗助と億泰の間に入って幼い子供をガードする位置にいる。
「とりあえず、時間が経って戻ることを期待するしかない……よね」
「それしかねーか」
 それが仗助がかかった病と同じものであるなら、そして聞かされた通りのものなら、むしろ今出来ることは何もない。もし原因が他のところにあったら……。その判断も、時間が経過しても一向に戻る気配がない等の理由から仗助の時のそれとは別のものであるらしいと言えるようになるまでは、動きようがない――その間に取り返しの付かない方向へ症状が悪化しなければ良いが……――。
「今日は学校休んだ方がいいみたいだね」
「ああ。仕方ねーな」
 億泰をひとりにしてはおけないし、康一もいつその症状が出るか分からない――人前で縮むのも、逆に保護してくれる人間が誰もいない場所でそうなるのも、どちらも危険だ――とあれば、仕方がないだろう。
「うちは今日みんな早くから出掛けてるから大丈夫だけど、仗助くんちは?」
「ん? まあなんとかなるだろ」
 そもそも昨晩の不在を母にどう説明しているのかが分からない――たぶんそれは億泰がしたのだろうが――。適当なことを口走って、辻褄が合わなくなってもまずい。母もそろそろ仕事に出た頃だろうし、とりあえずはもうしばらく黙っていることにしよう。
 康一が、ふと顔を上げた。かと思うとその視線は開いたままのドアの先へと向った。そこに誰かいるのかと思って振り向くと、
「露伴先生は大丈夫かな」
 ぽつりと呟くように言った。彼が見ているのは通りのさらに先だったようだ。
「あー、そういえば……」
 そういえば、仗助の体が縮んでいる間に彼が会ったのは億泰と康一だけではない。感染の原因がはっきりしないということは、逆に他の人間にも知らぬ内にうつしてしまっている可能性があるということだ。
「くそー、忘れてたぜ」
 もし岸辺露伴も縮んでいたとしたら……。彼は独り暮らし故に、家族が見付けて大騒ぎになるということにはならないだろうが、その分状況を把握出来ないままふらふらと歩き廻ってどこかへ行ってしまうおそれがある。仕事関係の者が訪ねて来ることがないとも限らないだろう。
「仕方ねーな。ちょっと行ってくるわ」
 仗助がそう言うと、康一も「その方がいいと思う」と頷いた。
「ついでにドア直してあげて」
 そういえば、玄関のドアを億泰が蹴破っていた。
「億泰くんのことはぼくが見てるよ」
「助かる」
 仗助は露伴の自宅がある方へ目をやった。康一の家からなら、すぐ近くだ。建物の合間に見える空は穏やかだった。そこから分かるのは、とりあえず露伴が火を使っているタイミングで子供に戻ってしまい、そのまま火災が発生したりはしていないようだということだけだった。
「億泰くん、お腹空いてない? 朝ご飯食べた?」
 康一の声を背中で聞きながら、仗助は通りに出た。

 露伴の自宅のドアは、大きな木板が打ち付けられていた。敷地の外からでも「――また――何かあったな」と分かるそれは、何等かの道具でもあれば簡単に壊せてしまえそうだ。が、仗助はスタンドを出現させ、その力で板を引き剥がした。
「あー、改めて見てもなかなか派手だわこりゃ……」
 億泰は確か、ザ・ハンドの能力を使わずに自分の力で蹴り破っていたはずだ――削り取られていたのなら、仗助には直せなかった――。それで蝶番が壊れたのではなく、穴が空くとは。
「どんだけの力で蹴ったんだよ……」
 仗助は呼び鈴に手を伸ばした。中で音が鳴っているのがかすかに聞こえる。が、応答はなかった。
(まあ、予想通りだけど)
 露伴は不意の訪問者に対してよく居留守を使う――億泰がドアを蹴破ったのも、その所為だ――。
「お邪魔しますよーっと……」
 仗助の身長でもわずかに身を屈めるだけで容易に潜れるサイズの穴を抜けて、彼は中へと入った。
 仗助の能力を期待してなのか、単に時間がなくて片付けられていないだけなのか、玄関の隅にはドアの残骸がまとめて積まれていた。これなら問題なく直せそうだ。
「んじゃあ早速……。クレイジー・ダイヤモンド!」
 スタンドの拳が触れると、穴は見事に塞がり、ドアは元通りになった。
「よしっ」
 これで文句を言われることもないだろう。
「さて、と」
 家の中は静まり返っていた。露伴は外出しているのだろうか。粗末な修繕だけで防犯の役には立たなさそうなドアをそのままにして出かけるとは、不用心極まりない。
(それとも……)
 仗助は階段へと目をやった。露伴の仕事部屋は、確か2階にあったはずだ――仗助は昨日も子供の姿でそこを訪ねている――。
「おーい、ろはーん。入るぞー」
 宣言してから、仗助は2階へと上がった。
 見覚えのあるドアを開けると、真っ先に視界に飛び込んできたのは子供の姿だった。大きな目をさらに大きく見開いてこちらを見ているその顔には、岸辺露伴の面影があった。
「ああ、やっぱし……」
 サイズが合わなくて落ちたと思われるギザギザ形のヘアバンドが首に引っかかっているし、やはり落ちてしまっている服にも見覚えがある。その中にはウエストのゴムの部分に『ROHAN』と書かれたパンツ――そんなデザインの物、どこに売っているのだろう――も混ざっている。そしてここは露伴の仕事部屋。間違いないだろう。その子供は、岸辺露伴で間違いない。
「あんたもかよ……」
 仗助はやれやれと溜め息を吐いた。結局面倒を見なければならない子供は2人になってしまったようだ。
 だが、露伴の姿は億泰の場合と比べるとだいぶ大きく見えた。億泰がどう見ても未就学児にまで戻っていたのに対し、目の前にいる子供はせいぜい小学校の中学年程度に見える。となると、10歳前後か。
「おれは億泰と同じくらいだったはずだけどな……?」
 若返り方には個体差があるのだろうか。それとも、元々露伴の方が年が上だから……? それとも他の原因で?
(ああもうっ、根拠のない推測だらけだぜ。話が進まねぇ!)
 とりあえず、こうなってしまったからには露伴のことも放っておくわけにはいかないだろう。見た目の年齢は違えど、その少年が状況を把握出来てないという点は同じらしい。彼はどこか怯えたような目で、仗助のことを睨んでいる。億泰には顔を見せるなり泣かれたことを思い出し、仗助は身構えた。
「おい、泣くなよ? 泣くなよっ!?」
 しかし露伴は泣き出さなかった。代わりのように、彼は無理矢理泪を呑み込んだような顔を背けた。
「泣くわけないっ。ぼくはもう幼稚園生じゃあないんだぞっ」
 そう言った表情に、いつもの露伴の顔がだぶって見えたような気がした。
「あ、そ。可愛げのない子供っスねぇ」
 しかし騒がれずに済むのは有り難い。とりあえずは助かった――思い切り警戒されてはいるが――と思うことにしよう。
「ってことはぁ? とりあえず何をすればいいんだ?」
 近付いていこうとすると、少年は半分以上脱げているぶかぶかの服を引き摺りながら後退りをした。と同時に、表情の険しさが強まる。
「うっ……」
 やはり警戒されている。これ以上近付くと、今度こそ泣き出すかも知れない。
「とりあえず落ち着こうぜ、な?」
 危害を加えるつもりがないことを主張するように、仗助は両手を顔の高さに上げて広げてみせた。
「俺の名前は東方仗助。ほら、言ってみな? 『仗助さん』」
「……じょうすけ、さん」
「そう。お前は露伴だな?」
 少年はこくりと頷いた。いっそのこと露伴の親戚の子か何かであってくれたら良かったのに――そうであれば面倒を見るべきは露伴その人であって、自分にはなんの義務も責任も生じなかった――というかすかな希望も、これで打ち砕かれた。
(やっぱりひとりにしておくのはまずいよな)
 自分が感染源であるなら、なおさら。
 しかしいつ泣き出すかと思うと気が休まらない。本人は「泣かない」と言ったが、その少年はいつまでその意地が続くか分からないような、ギリギリの状態であるように見えた。本当は怖いと思っているのに、それを必死に押さえ込もうとしている。
 年齢の違いがあるので当然かも知れないが、億泰とは――自分とも――随分違っているようだ。幼さ故に、億泰は“未知”をそのまま“恐怖”に変換して泣き叫び、“恐れ”というものをまだ正確に理解していない仗助はあっさりと見知らぬ大人達に囲まれている状況を受け入れた。対極に見える2人の反応は、結局はどちらも同じ幼さからくるものだった。
 一方露伴は、わずかにとはいえ先の2人よりも大人に近い分、逆に不安定であるように見える。小さな幼児のようにその場の感情に任せて動くことに無意識の内にブレーキをかけてしまっているのか。かと言って、大人と同じようには出来ない。さらにはそんな無力さを自覚している。そういった年頃。自分がそのくらいの年齢だった頃のことはあまり鮮明には思い出せないが、子供なりに色々と悩みや迷いを抱えていただろうか。
 露伴の口数が少ないのは、単に緊張状態にあるためか、それとも、子供の頃はこういう性格だったのか。“今”の露伴は、どちらかと言えばよく喋る――悪い言い方をすれば煩い――タイプだが。露伴の過去なんて、聞いてみようと思ったこともなかった。唯一――それも人伝に聞いて――知っていることといえば……。
(杉本鈴美……)
 彼女が殺害された現場に居合わせたという彼は、このくらいの年齢の頃にはもうそのショックから立ち直っていたのだろうか。まさかそれを本人に聞くことは出来ないが、ほぼ絶えず見せる怯えの色が、“そこ”に由来しているのだとしたら……。
 杉本鈴美がまだこの町に留まっている時であれば、彼との接し方について何等かの助言を得られただろうか。
(でも、杉本鈴美も“この”露伴のことは分からないか。当時の露伴って、まだ4歳とかだったか?)
 小学生の露伴もいざその姿を目撃するまでは全く想像が付かないと思っていたが、さらに幼い頃となるとなおさらである――というか、この男に純朴な子供であった時代があったということが未だに信じ難い――。
「仗助、さん」
 やや脱線しかけていた思考は、露伴の声によって引き戻された。
「どうした?」
 出来るだけ優しく問いかけたつもりだった。すると、
「……仗助さんは、誘拐犯?」
「ちげーよ! 面と向って聞ける度胸はすげぇな」
 どうやら、小さくても露伴は露伴であるらしい。
(やめだやめ! ごちゃごちゃ考えてもどうにもなんないぜ! 最終的に元に戻るのか、戻らないのか。それが重要だぜ!)
 仗助は軽くかぶりを振って考えるのをやめた。
「俺はその、あれだよ。えーっと……、おめーの親の知り合い……みたいな。今日一日お前を見ててくれって頼まれたってわけ」
 完全にデマカセだが、他に咄嗟に思い付くことは出来なかった。
 露伴は表情に若干の不審さを残しつつも、それでも後退するのだけはやめてくれたようだ。
「元に戻るまで大人しくしててくれればそれでいいからよ」
「元に?」
「ああ違った! 親が! おめーの親が戻ってくるまで!」
「……分かった」
 露伴がようやく頷いてくれたのを見て、仗助はふうと息を吐いた。
(グレートにヘビーだぜ、ホントによぉ)
 とりあえず服くらいは着せておきたいが、康一に借りた服は億泰に着せたまま置いてきてしまった。体が縮む前に着ていたとみられる服はついに完全に床に落ちてしまっていたが、これも、試させた結果着ていられないようだと分かった。ズボンはベルトで押えればどうにかと思ったが、穴の数が足りなくてそこまで締めることが出来ない。それなら女の子のようで嫌だと言われるかも知れないが、シャツだけ着せてワンピースのようなスタイルにさせようとするも、襟が広くて肩が抜けてしまう上に、丈が足りなくて下半身がほとんど隠れない。どうやら元々肩と腹が出るタイプの服だったようだ。
「あーもー、変なセンスしやがって……。でも、長い服だって探せばあるよな。露伴だって常にヘソ出してるわけじゃあねーんだし。服ってたぶん寝室にあるよな。なあ、部屋入ってもいいっスか。そんな格好でいて、風邪引きたくないでしょう」
 すでに家には勝手に上がり込んでいるが、さらに寝室にとなると、よりプライベートな空間であるように思えて躊躇いが生じた。この際子供の姿の露伴にでも構わないからと許可を求めたが、彼は小さく首を傾げるだけだった。
「ここ、ぼくのうちじゃあない」
「そうでした」
 そうか、子供の頃住んでいた家はこことは別なのだ。なかなかどうして色々と面倒だ。
 このまま自分ひとりでなんとか出来るだろうか。それよりも、露伴も康一のところに連れて行った方が……。いや、それにしたって裸のままでは外に連れて行けない。
「とりあえず、ついてきな」
 家主であるはずの少年は、一瞬迷ったような素振りを見せてから仗助の後に続いた。
「お邪魔しますよー……」
 家に入る時と同じように断りを入れたことにして中へ。後ろにいる少年は、「どうぞ」とは言ってくれなかった。残念ながら。
 寝室は――仕事部屋も落ちた服以外はそうだったが――綺麗に片付いていた。まさか仕事に熱中するあまりこちらの部屋は全く使っていない――寝ていない――なんてことはないだろうなと疑いたくなるほどだ。それでいてカビや埃の臭いは一切しない。しいて言うなら、露伴のにおいがした。
(って、なんだよ、露伴のにおいって!)
 余計なことを考えるのはやめようと、仗助は早速クローゼットの扉に手をかけた。出来るだけあちこちに目をやらないように、手近にあった一着をぱっと取る。
「……まあ、これならなんとかなるか」
 手にした少し長めのシャツと、少年の体型とを見比べる。袖の長さと肩の幅は余ってしまいそうだが、仕方がないだろう。
「とりあえず、これ着てな」
 ハンガー毎手渡すと、少年は大人しくそれを広げて頭から被った。
「手が出ない……」
 やはり長いようだ。
「捲くっとけよ」
 露伴は大人しく従う素振りを見せたものの、手を出すための手を出せないために、自分でやるのはなかなか難しいようだ。
(やっぱりまだ子供かぁ)
 仗助はやれやれと息を吐いた。半袖の服も探せば見付かるかも知れないが、あまり引っ掻き廻すのも気が咎める。短く切ってしまって後で直すというのも考えたが、あの露伴のことだ――“この露伴”が何も言わないとしても――、元通りにしてもなお文句を言ってきそうだ。それは最後の手段ということにしておこう。
「どれ、貸してみな」
 仗助がそう言ってしゃがみ込むと、露伴は大人しく両腕を前に出した。どうやら、仗助を危険な人物かもと疑うことはやめてくれたようだ。それでも、相変わらず愛想はない。だが、このくらいの素直があれば、まあ可愛いと思えないこともない。
 両方の袖をくるくると捲くり終えたタイミングで、不意に露伴が声を上げた。
「あ」
 その顔が上がるのを見て、つられたように仗助も辺りを見廻す。
「ん? どうした?」
「電話の音……」
 露伴がそう答えたのと同時に、仗助もその音に気付いた。
「鳴ってる」
「ああ、こりゃ電話だな。どこだ?」
「……あっち?」
「さっきの部屋か」
 そういえば仕事部屋には電話機があったか。
 寝室のドアを開けて廊下に出ると、その音はいくらか大きく聞こえるようになった。
 「そこにいろよ」と言い残して、仗助は音の発生源へと小走りに向った。先程入った部屋へ再び。幸い、呼び出し音がやんでしまうことはなかった。
「はい東方ー……じゃあなくてえーっと……」
『あ、仗助くん?』
 受話器から聞こえてきたのは、康一の声だった。
「おぉ、康一か!」
『うん。そっちどうだったかなと思って。……仗助くんが先生の家の電話に出るってことは、やっぱり……』
「案の定」
『やっぱり……』
 溜め息交じりの声に、がっくりと項垂れる康一の姿が思い浮かぶ。
「とりあえず今は大人しいみたいだけどよ」
 開けっ放しのドアの方へ目をやりながら言ってみるも、そこに露伴の姿はない。言い付け通り、大人しくしてくれているのだろうか。
「そっちはどうだ?」
 今度は仗助が尋ねる。年齢が下である分、億泰の方が大変なのでは……。
 「それが……」と答えた康一は、わずかに口篭った。何かトラブルか。
『億泰くん、お昼寝始めちゃって……』
 まだ午前中なので昼寝ではなく二度寝と呼ぶ方が相応しいのかも知れないが、とりあえずあちらは呑気らしい。
「微笑ましいじゃあねーの」
『寝てる場所以外は、ね』
「どこで寝てるって?」
『お姉ちゃんのベッド』
 どうしてそんなことになったのだろう。
「とんでもねーガキだな。将来心配だぜ」
『起こすのも可哀想だからそっとしておいてるんだけど……。まあ、たぶん母さん達が帰ってくるまで時間があるから、それまでには起きてくれると思うけど。ただ、本当はぼくもそっち手伝いに行きたいんだけど……』
 今は寝ているだけだからといって、流石にひとりにさせておくわけにはいかないだろう。
「あー、こっちはなんとかするから、億泰の方頼むわ」
『仗助くんは露伴先生連れてこっち来られないの?』
 仗助は「うーん」と唸った。
「素直に来てくれっかなぁー……」
 抱き上げて運べないということはないかも知れないが、5歳児と比べると苦労しそうだ。それ以前に大人しく抱えられていてくれるかどうか……。外で騒がれて誰かに聞き付けられでもしたら厄介だ。ちらりと窓の外に目を向けると、近所のおばさんらしき人が3〜4人集まって井戸端会議を繰り広げていた。
「こんな朝っぱらから……」
 たぶん、ゴミ出しの帰りかなにかなのだろう。おばさん達の目に留まらないように抱えて運ぶには、露伴は少し大きい。やはり自発的に歩いてもらえないと難しいだろう。
「説得するにしても、ちょっと時間かかりそうだぜ」
 説得出来たところで履ける靴がないことも問題だ。というか、家の中でさえ歩き廻らせるのはどうだろう。仕事関係の人間が出入りするからなのか、この家は普段から土足で過ごしているようだ。そのため、砂粒くらい落ちていてもおかしくはない――むしろ全くないということの方がありえないだろう――。裸足で歩いて、落ちている物で足を切らないとも限らない。怪我をしても仗助のスタンドで治せるが、だから我慢しろと子供に強いるのは気が引ける。
(何か靴の代わりになる物でもあれば……)
 少し探してみようか。いや、説得が先か……。
「とりあえずなんとかなんねーか色々やってみるわ」
『うん。なにかあったら連絡して』
「ああ」
 そういえば露伴の年齢が自分の時や億泰とは違うと伝えるのを忘れていたなと思った時には、すでに通話は切れていた。
「……ま、いっか」
 現時点で康一に何かしてもらうことは出来ないのだし、わざわざ電話をかけ直す必要まではあるまい。次の連絡の必要が出来たら、その時についでに知らせておけばいいだろう。
 そんなことより、これからどうするか、だ。
「どーすっかなぁー」
 とりあえず少し様子を見てみるべきか。
 “自分が子供だった時”はどうしていたっけ? 映画のビデオを見させてくれたり、「高い高い」をしてくれた人がいた。ここは露伴の家なので、ビデオの類があるかどうかは分からない。5歳児ならともかく、今の露伴が「高い高い」で喜ぶだろうかとの疑問もある。ゲーム機でもあればひとりで遊んでいてくれるかも知れないが、果たして露伴がそんな物を持っているかどうか。
「あとは……」
 絵本を読ませてもらった。
「なるほど、本ね」
 それなら良いアイディア及び足を傷付けずに露伴が歩き廻るための方法が見付かるまでの間、大人しくしていてくれるかも知れない。
 本なら、この仕事部屋にも、寝室の本棚にもたくさんあった。こちらにあるのは仕事用の資料――仗助が昨日読ませてもらったのもそうだと言っていた――で、寝室に置いてあるのは趣味の物だろうか――あるいは単に一箇所に置き切れない量になっているだけか――。問題は、子供が読めるような本があるかどうかだ――絵本で喜ぶ年齢では、もうないだろう――。
 ひとまずどんな物があるか見てみようと思いながら寝室へ戻ると、露伴は大きな本棚の前にいた。どうやら仗助と同じことを考えていたようだ。
 興味を引くような本が見付かったのか、少年は椅子の上に乗って手を伸ばしている。高い位置にある本が目当てらしい。
 危なくないだろうかと思った矢先に、キャスター付きの椅子がぐらりと揺れた。バランスを崩した小さな体は、そのまま後ろへ倒れる。
「危ねぇ!」
 仗助は駆け出しながらスタンドを出現させた。
「クレイジー・ダイヤモンド!!」
 それは落下する露伴の体を、床すれすれのところで受け止めた。生身で助けようとしていたら、きっと間に合っていなかっただろう。
 露伴は驚いたように目を見開いている。だが怪我はしていないようだ。もしスタンドでも届かなかった場合は痛みを感じる前に治してしまうつもりでその準備もしていたが、それは杞憂に終わったようだ。
 そっと床に下ろしてやると、彼はそのままくたりと倒れそうになった。
「おい、大丈夫か」
 咄嗟に手――こちらは生身の手だ――を伸ばして支えてやると、小さく頷きが返ってきた。だがその表情は強張ったままで、しかも肩が震えていた。
「今……」
 露伴は自分の背中の辺りをなんとかして見ようとするように、体を捻った。
「どうした?」
「……お化けが……」
 一瞬なんのことだろうと訝しんだが、すぐにスタンドが見えていないのだと気付いた――露伴がその能力に目覚めたのは、この町へ再び引っ越してきたばかりの頃だと言っていた――。空中で突然落下が止まったことを不審がっている……というよりも、怯えているようだ。実体を持たぬ何かに触れられたという感覚くらいはあったのかも知れない。
 『お化け』。スタンドと呼ばれるその能力を理解していなかった時の自分も、そんな呼び方をしていたなと思い出す。仗助には初めから“それ”が害をなすようなものではないということが直感的に分かっていたが、初めて触れるのが他人のスタンドであったら、その印象は変わっていたのかも知れない。今の露伴のように。
「ふーん……」
 怯えた表情はようやく年相応の子供に見えた。まだ小さくて弱い存在。それを見ていると、わずかな優越感に似た感情が沸いてきて、つい調子に乗ってしまった。
「お化けが怖いんだ?」
 大人気ないという自覚は、一応あった。だがそんなもの、普段の露伴にだって見たことがない。
 意地悪くにやりと笑ってみせると、露伴は途端にむっとした顔になった。
「こっ、怖くなんか、ないっ!」
 意地悪に対抗するのは意地か。素直ではないが露伴らしいと言えるかも知れない。
「大丈夫だぜ。なんにもいないぜ」
 少なくともお化けはいない。スタンドのヴィジョンなら、露伴に見えていないだけで彼のすぐ目の前でひらひらと手を振っているが。
 自覚はしていないのか、露伴の手はいつの間にか仗助の袖をぎゅっと握っていた。
(しっかりビビってんじゃあねーか)
 制服がシワになりそうだ。
「大丈夫だって」
 細い指をそっと開いて外させ、空いた手を握ってやった。柔らかい感触と温かい体温が伝わってくる。
(うわぁ……)
 なんだかすごい。と、仗助は思った。“あの”岸辺露伴に、こんな風に触れているなんて。露伴風に言うなら、『貴重な体験』だ。
(ちょっと楽しいかも)
 “今”の露伴では、触れようものならペンで刺してきそうなくらいだ。
 そう思ったら、手を伸ばしていた。どこまで出来るのか試してみたい気持ち。指先で頬を軽くつついてみる。自分も子供の姿になっている時に同じようなことをされていたのを思い出した。それならこれであいこだ。
 露伴は訝しげな顔をしつつも、じっとしている。すべらかな肌の感触は、なんだか気持ち良かった。
 仗助の中に、良からぬ考えが浮かび上がった。
「ちょっとシツレー」
 肩を掴んでくるりと後ろを向かせ、自分の膝の上に座らせる。後ろから抱きかかえるような姿勢だ。
「仗助、さん?」
 肩越しに振り返って首を傾げる仕草が少し可愛いと思った。
 それには応えず、仗助は手を伸ばして露伴の服を捲くり上げた。足の間にある小さな陰茎が露になる。
「あらかわいい」
 服を着ていない時は意識的に目を逸らしていたそこを、今度はまじまじと眺めた。見下ろしたそれは、5歳児のものよりは間違いなく大きいが、まだ発達し切ってもいない。指先で触れてみると、露伴はびくりと肩を跳ねさせた――危うく頭突きを食らいそうになった――。
「なっ、なにっ?」
 戸惑いの表情が一気に濃くなる。他人に触れられた経験がないのだろう。まだ10歳程度。他人どころか、排泄時や洗う時以外に自分で触ることもないのかも知れない。
「へぇ……」
 好奇心に似た何かに背を押されて、仗助はそれを片手で軽く握った。そのまま強弱を付けて擦ってみる。
「ひゃっ!? えっ、なっ……」
 露伴は身を捩って逃れようとしたようだったが、それは軽い力で簡単に阻止してしまえた。
「どんな感じ?」
「っ……、どん、な……? なんか、んっ……、ヘン、な感じ……」
「気持ちいい?」
「分かんないけど、むずむずする……」
 少し力を加えて続けていると、それは仗助の手の中で形を変え始めた。
「お、勃ってきたんじゃあねぇ?」
「わっ? うわっ、な、なにっ?」
 困惑の表情にはしかしかすかな期待が混ざっているように見えた。
(そういえば露伴って好奇心の塊みたいなやつだけど)
 子供の頃からそうだったのだろうか。
 肩に顎を乗せるように、耳元に唇を近付けて囁く。
「なあ、お前もう“出せる”の?」
「ふぇ……、な、なに?」
「精通っていつ?」
「せー、つう……?」
「あ、まだってことね」
 ちょうど学校で習っていそうな年齢かと思ったが、まだらしい。もしかしたら仗助が思っているのよりも、もう少し幼いのかも知れない。
「ふーん」
「じょーすけ、さん?」
 赤い頬の顔が仗助を見上げた。
「ちょっとじっとしてな」
「え?」
「大丈夫。痛くしねーから」
 言うや否や、仗助はさらに力を加えてそれを握った。同時に、もう一方の手で先端をカリカリと軽く引っかく。
「あっ、やぁ……っ」
 小さな手が仗助の太股を掴む。
(だからシワになるって)
 だが仗助は手を緩めない。
「あっ、ひあっ……」
 上気した頬。泪で濡れた瞳。幼いその姿に、不思議と“今”の露伴の姿がダブって見える気がする。
 まだ何も知らない少年。もし他人を知る前に、自分を覚えさせてしまえたら……。
 背筋を冷たい手で撫でられたかのように、鳥肌に似た感覚が走り抜けた。
「なぁ露伴」
 声を直接吹き込むように、唇が触れる寸前まで耳に接近する。露伴が身震いしたのが分かった。
「俺のこと、『仗助』って呼んでみて?」
「じょう、すけ……?」
 呼吸の音が混ざった声は、大人のそれとは違ってやや高い。それでも露伴に呼ばれていると思うと、ぞくぞくした。
(これ、やばいかも知んねぇ……)
 仗助は露伴の中心部から手を離した。一瞬、露伴が不満そうな顔をしたように見えたのは、たぶん気の所為だろう。
「露伴、そっち移動するぞ。床の上じゃあ痛いからな」
 仗助はベッドを指差し、返事を待たずにその体を抱え上げた。反射的にしがみ付いてきた手が熱かった。
 小さな体を下ろして仰向けにさせる。それを押さえ付けるように、自分もベッドへ上がった。見上げてくるのはわずかに怯えたような目。だがそこに混ざった期待の色は消えてはいない。
「心配すんな。ちゃんと気持ち良くさせてやるから」
 そんな言葉をかけた理由は、中途半端に熱を与えられた少年が可哀想だと思ったのが半分。もう半分は、仗助自身が“それ”を見てみたいと思ったからだ。
 白い足を掴んで上げさせる。それを引き下げようとする力をものともせずに、露になった双丘の間に唾液を纏わせた指を押し当てた。
「あっ、や……っ。そこ、汚い……」
「いいから、じっとしてな」
 露伴は両の目をぎゅっと閉じた。
(たぶん本当はもっとちゃんと濡らさないと駄目なんだろうけど……)
 どうせ“最後まで”は出来ないだろう。仗助を受け入れるには、今の露伴の体は小さ過ぎる。
(……でも)
 少しでも自分を覚えさせたい。誰にも知られていない顔を見たい。面と向って「お前が嫌いだ」と言ってきた――そして言い返しもした――その男を、仗助は本当は嫌いではない。嫌われても、嫌いになり切れない。もっと分かり合う術があるのではとかすかな期待を捨てられない。
 その感情をなんと呼ぶべきなのかは分からない。だが、もう少しで分かりそうな予感もする。
 きつく閉じたその箇所には、人差し指一本でもまだ太いように見えた。が、不意に動かれた時のことを考えると、簡単に折れてしまいそうな小指を使うのは怖い。
「力抜いてな」
 それでもなお強い抵抗感があった。やはり無理か? スタンドを使えば治せるとはいえ、出来れば傷を負わせたくはない。
 仗助は身を乗り出して、平らな胸部にある小さな突起をぺろりと舐めた。
「ひゃうっ!?」
 声と共に、一瞬力が抜けた。その一瞬で、仗助の指は少年の体内へと潜り込んだ。
「あっ! えっ、なに!? んっ……! はぁ……っ」
「分かるか? 俺の指、あんたの中に入ってるぜ」
「やっ、なんで……ああッ!!」
 再び乳首を舐めると、露伴は自らの弱点を曝け出すように背中を仰け反らせた。
「ここ弱い?」
 少しだけ歯を立ててみる。
「ッ……、や……。たべ、ちゃだめ……」
「食べない食べない」
「うぅ……、ん、あっ。あんっ、なんか、ヘン……ッ」
 酸素、あるいは他の“何か”を求めて喘ぐ顔を見ながら、仗助は露伴の体の中を探った。聞き齧った程度の知識しかないが、この辺りかと見当を付けて指先で内側を刺激する。
(体が小さいから、指でも簡単に届くはず……)
 指先がやや硬い感触に行き当たった。それと同時に、一際高い悲鳴に近い声が上がる。
「あぁああっ!? やっ、なにっ!?」
「お、ビンゴ? 前立腺ここか?」
「ぜ……、りつせん……?」
「なんていうかな、気持ちいい場所」
 「ここだ」と教え込むように繰り返し指で触れる。
「あ、ああっ、それ、あっ! ぜんりつせん、まっ、て……。な、なにっ? なんか……あっ……。あぁッ!? ……ッ!!」
 再び背中を大きく反らせると、露伴の体はそのまま痙攣するようにびくびくと震えた。
「……イったのか?」
 だが勃ち上がったままの性器からは、悲鳴を上げるように開いた口同様何も出ていない。
「ドライってやつか?」
 射精は出来なくとも、達することは可能だということか。しかも体の中で。
「はは、すげぇ……。あんた、素質あるんじゃあないの?」
 仗助の声が聞こえているのかいないのか、露伴は手足を投げ出すような姿勢のまま、恍惚の表情を浮かべ、全身で大きく呼吸をしている。
(あー、やばいなこれ)
 仗助はまだわずかに震えている白い足の内側に口付けを落とした。
(はまりそ……)
 時間が経って露伴が元の姿に戻ってしまう――かも知れない――のが惜しく思えた。
 いや、違う。
 “今”の露伴でなかったのが残念に思えたのだ。本来の姿の露伴だったら、どんな顔を見せるのか。どんな声で喘ぐのか。それが見たい。
「あの……」
 気が付くと、大きな目がこちらを向いていた。気だるげな様子を見せつつも、露伴は上半身を起こした。
「仗助、さん」
「仗助」
「……仗助」
「なんっスか?」
 露伴はもじもじと体を揺らめかせた。そして、
「今の、ぜん、りつせん? 気持ちいいの……、もう1回してほしくて……」
 仗助は頭の中で何か大きな音を聞いたように思った。おそらくそれは、理性が粉々に砕け散った音だったのだろう。
「くっそ、煽りやがって……」
「仗助さん?」
 仗助は再び小さなその体をベッドへと押え付けた。
「こーなったら責任取って俺のことも気持ち良くさせてもらいますからね、露伴先生!」

 電話の音が鳴っていた。仗助はそれをのんびりと取りに行った。
「はいはい、岸辺ですー」
 受話器に向って自分のものではない名を名乗りながら、仗助は我ながら適当な態度だなと思った。家主が聞いていたら、「ぼくの評判を下げるつもりか」と文句を言われそうだ。
『仗助くん、そっちの様子はどう?』
 聞こえてきたのは康一の声だった。
「よう康一。わりぃ。連絡しようと思ってたんだけどよぉ」
 これは嘘だ。本当はすっかり忘れていた。
 康一と先程の電話で話をしてからは、時計は見ていないが1、2時間は経っただろうか。その間ずっと待っていてくれたのだとしたら、悪いことをしてしまった。
『やっぱりこっちには来られそうにない?』
「えーっと、あれだ。露伴も寝ちまって」
 これは嘘ではない。つい先程まで――電話が鳴り出すまで――、仗助は同じベッドの上に寝そべってその幼い寝顔を眺めていた。今はもう電話の音で目を覚ましただろうか。あるいは、そんなものが耳に入らないほどに体力を消耗してしまったか……。傷なら仗助のスタンドで治せるが、疲労の方はどうにもしてやれない。
「億泰は? まだ寝てんのか?」
『とっくに起きてうちの犬と……っていうか、うちの犬で遊んでるよ。そっち行こうかとも思ったんだけど、億泰くんが履ける靴がないし、ぼくじゃあ抱えて行くのもちょっと大変かなと思って、ずっと待ってたんだけど……』
「悪い」
『何事もないならいいんだけどさ』
 何事もなくはないのだが、黙っていよう。
「露伴が起きたらなんとかしてみるわ。俺が抱えてそっち行くとか、ちょっとの間露伴にひとりで待ってるように言い聞かせて、俺が億泰抱えてこっち連れてくるとか」
 集合したところで今更何かが変わるとも思えないが。
『じゃあ、すっかり仲良しになったんだね?』
「へっ?」
 質問の意味が分からず、仗助は相手に見えていないのを承知で眉をひそめた。
『さっきは説得に時間がかかりそうだって言ってたけど、今は大丈夫みたいな言い方だったから』
「あー……、うん、まあ……」
 確かに、今ならあっさりと言うことを聞いてくれるかも知れない。“康一にはちょっと言えないような要求”でも何も分からないまま“色々と”聞き入れてくれた後である今なら。
(子供の素直さってこえぇ)
 もっと怖いのは、それを利用する大人――仗助はまだ十代だが――なのかも知れないが。
「とりえあず、また連絡するわ」
『うん』
 通話を終え、さてこれからどうしようと数時間前と同じことを考えながら振り向くと、不意に伸びてきた手に胸倉を捕まれた。かと思った次の瞬間には、そのまま強く後ろに押されて、机の角に太股の裏側を打たれた。
「いてっ」
「貴様……」
 目の前には露伴の顔があった。殺意に似たものが混ざる視線は仗助のそれよりは低い位置から向けられてはいるが、推定10歳――よりももしかしたらいくらか下――の子供の身長よりは明らかに高い位置にある。丸みを帯びた幼い顔ではなく、仗助の4つ年上の成人の顔。少し目を離している間に、元に戻っていたようだ。髪が少々乱れているように見える他は、変わった形のヘアバンドも、新しくクローゼットから出したらしい服――小さくなる前に着ていた物とも、小さくなっていた時に着せた物とも別の、袖も丈もついでに襟までも長い服――も、見慣れた露伴の姿だ。
「あっれー、露伴先生。お帰りなさぁい」
 仗助はひらひらと片手を振ってみせた。が、露伴は掴んだ胸倉を離さない。
「なにが『お帰りなさい』だッ!」
 その声ももう子供のものではなかった。
「貴様、よくも好き勝手やってくれたなぁ!?」
 どうやら記憶はしっかり残っているようだ。その可能性に、仗助は途中で気付いていた――なにしろ自分もそうだったのだから――が、その時にはすでに己を止めるのが難しい状態であった。ので、なるようにしかならないだろうと、開き直った。
「いたいけな少年相手によくもあんなこと……」
「いたいけって、それ自分で言うんだ……」
「煩いッ、この変態ノーパン野郎!!」
 露伴はさらに力を込めて仗助の胸倉を締め上げようとした。
「ぐえっ。ちょ、苦しい。制服シワになる。そういえば俺のパンツ結局どこいってんだろう」
「言っておくが、完全に犯罪だからな!」
「いや、いやいやいやいや。先生の方が年上でしょう? 流石に本物の子供には手出しませんって」
「黙れノーパン!」
「パンツ穿いてないのは不可抗力です。普段はちゃんと穿いてますって。俺、体はオトナでもまだ未成年ですよ? 変に騒いだら逆に先生が捕まっちゃいますよ?」
 記事の見出しは『人気漫画家K、男子高校生にわいせつ行為の疑い』あたりか。
「ぐ……」
「それに、気持ちいいこともっとしてしてぇって言ってきたのは、あんたの方……」
 今の一言は余計だった。
「ぼくはそんな気持ち悪い声出してないッ!!」
 露伴はいよいよ本格的に仗助の首を絞めようとしてきた。
「うわっ、ちょ、タンマ! マジで、苦しい……っ」
 年齢の上下は元通りになったが、それでも力は仗助の方がある。彼はなんとか露伴の両手を振り解くことに成功した。露伴は鬼のような形相で睨んでいる。“さっきまで”はもっと可愛らしかったのに。
「先生、ちょっと一回落ち着きましょうよ。ねっ? ほら、子供のやったことですし……」
 本来そのセリフはやられた側が許す際に使うものである。案の定、露伴にそんな――許す――つもりはないようだ。
「書き込んでやる」
 いつの間にか露伴はペンを構えていた。
「貴様に書き込んでやるぞ! 文面は『この先なにがあっても勃たない』だ!」
「ちょっ、それは勘弁っ……」
 露伴が己のスタンドの名を呼ぼうという正にそのタイミングで、玄関の呼び鈴の音が響いた。少々間の抜けたその音は、しかし仗助には救いの手であった。
「ほら先生っ、お客さんですよっ」
「今はそれどころじゃあない。ケダモノを去勢する必要がある」
「こわっ! でもほら、康一かも知れないし! 先生が元に戻ってるってことは、億泰も戻ったんですよきっと! それで2人でこっちの様子を見に!」
 康一の名前を出すと、露伴は黙った。あるいは『億泰も戻った』の意味を考えていたのかも知れない――忘れていたが、露伴に億泰が子供になっていることを説明していなかった――。今の内にと、仗助は露伴と机の間から擦り抜けた。
「また億泰がドア破ったら困るでしょ。せっかく直したんだから。ね? ほら、下行きましょう」
 催促するように――もしくはドアが再び破壊されるまでのカウントダウンのように――、もう一度呼び鈴が鳴る。
「はいはーい。今出ますよぉー」
「こらっ、勝手に出るな! ここはぼくのうちだぞ! なんでお前はそう勝手なんだッ」
 部屋を出ようとした仗助は、背中を追いかけてくる声にくるりと振り向いた。そして笑った。
「俺が勝手? “出る”のも“出す”のも?」
 ペン先が飛んできた。ちょっとふざけただけだったのに。
 間一髪のところで回避すると、それは仗助の顔と同じ高さで壁に刺さった。
「あっぶねぇー……」
 この様子だと、露伴が子供に戻っている間に仗助が付けた“普通の格好をしていたら見えない位置”のキスマークが今どうなっているのかは聞かない方が良さそうだ――今度はペン先ではなく、FAX機能付きコピー機が飛んでくるかも知れない――。
 仗助は階段を駆け下り、3度目の呼び鈴が鳴ったところでドアを開けた。外には、やはり康一と億泰が立っていた。億泰は露伴同様、元の姿に戻っている。
「よう億泰。俺のパンツどこやった?」
「第一声がそれかよ。えーっと、どこだっけなぁ?」
「おいおい」
「仗助くん、露伴先生は?」
「露伴も縮んだんだって?」
「そーなんだよ。でもついさっき戻ったところだから、今降りてくると思うぜ」
 階段を見上げてみたが、まだ来ていないようだ。
(まさか不貞腐れて引き篭もってないよな?)
 まさかそんな。子供じゃああるまいし。それよりは投げたペン先が思いの外深く突き刺さっていて壁から抜くのに苦戦しているだとか、そんなところだろう。あるいは体調が悪いとか……。
(子供に戻ってる間に消費した体力って、今どうなってるんだろうな)
 色々と分からないことが多い出来事だった。
「とにかく皆元に戻れたみたいで良かったよ」
「なんで康一は平気だったんだろうな」
「元々小さいからじゃあねーの?」
「縮んでたけど気付かない内に戻ったってか?」
「えー、そんなには小さくないよぉ。2人ともひどいなぁ」
「ところで億泰、それ誰の服だ?」
「康一の親父さんの」
「なるほど、似合ってない」
 見慣れぬ服装の億泰についての少々ひどいコメントは、仗助の後方――開けっ放しの玄関ドアの内側――から聞こえた。
「あ、露伴先生」
 階段を降りてきた露伴は、まだ文句を言い足りぬと言わんばかりの顔をしていた。が、康一や億泰に何があったのか聞かれるのを避けたいのか、黙ったまま仗助の顔を睨んでいる。それ――露伴が仗助を睨むこと――をいつもと変わらぬ日常だとでも思っているかのように、康一はにこにこしている。
「先生も元に戻れたんですね。良かったぁ。これでめでたしめでたしだね」
「俺はなんか疲れたぜー」
「俺も」
「2日間ばたばたしっぱなしだったもんね」
 仗助の場合は疲れるようなことをしたばかりだからだろうが。
「そろそろ解散しようか」
 康一は腕時計に目をやって、時間を気にする素振りを見せた。今からでも学校に行くつもりなのだろう。きっと彼は幼少の頃から真面目に育てられてきたに違いない。仗助はというと、このままサボってしまおうかと少々悩んでいた――たぶん億泰も同じだろう――。
「でもよぉ、康一がこれから発症するって可能性もないか?」
「あー、それは困る……」
「お、いいこと思い付いたぜ! 『発症しない』って“書き込む”ってのはどうだ?」
「おお!」
「そうか、それなら大丈夫かも! 先生、お願いしてもいいですか?」
 名案に喜ぶ康一に、「ああ」と返した露伴はまだ不機嫌そうだった。それでも膝を折って体勢を低くし、ペンを構える。しゃがみ込む時に一瞬表情を歪めて庇うように腰に手をあてたのを、仗助は見逃さなかった。
「露伴のやろー、どうしたんだ? なんかえらく機嫌悪そうだけど」
 首を傾げる億泰に、仗助は「さあ?」と惚けてみせた。それほど深く興味を持っているわけではないらしく、億泰は早く帰ろうと言うようにさっさと爪先を通りへと向けた――着慣れない服が落ち着かないのだろう――。自分も帰ろう――というよりも、行方不明になっている下着を早めに見付け出しておきたい――と思いながら、仗助は康一に“書き込み”を行っている露伴の横顔へ目を向けた。
 少し前まで、馬の合わない相手だと思っていた。5歳児に戻った仗助も、本能的にこの大人は自分に対して好意的ではない、だから自分も好きになれないと感じていた。だが今は、これまで知らなかった彼の一面を見て、それをもっと知りたい、見てみたいと思っている。
 幼い露伴は最初こそ仗助に対して警戒心を持ってはいたが、最終的にはそれもなくなっていた。年齢は違えど、“彼”も“今の”露伴も、同じひとりの人間だ。ならば、“今の”露伴にも、同じことを期待出来るだけの要素はあるのではないか。成長の中で失われていない彼の本質、それに触れてみたい。
 仗助の視線に気付いたのか、露伴の目がこちらを向いた。かと思うと、彼はふいっとそっぽを向いてしまった。その頬は少し赤く染まって見えた。
 何を考えているのか分からない相手だと思っていたが、
(きっと、もっと知りたい、なんて言ったら、怒るんだろうな)
 それだけは容易に想像することが出来て、仗助は少し笑った。


2019,04,10


年齢制限付きおにショタに挑戦したらセツさんがショタ化した攻めのR18書いてくれるって言うから!!
おにショタが最終的にどこまでヤったのかはご想像にお任せいたしますが、仗助が自ら宣言するか披露するかしないとバレないであろうノーパンであるという事実を露伴に知られてしまっているということは、全く何もなかったってことはないんだと思います。
<利鳴>

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