仗助中心 全年齢 幼児化

関連作品:Little Star 3(利鳴作)


  Little Star 4


 ホラー映画を見つつ昼寝とは悪い夢の1つでも見そうだと思いながら目が覚めたので色々と矛盾していた。
 鳴り止まない電話の呼び出し音の所為で二度寝も出来ない。舌打ちを1つして虹村億泰は未だホラー映画を流すテレビをそのままに電話口へと向かう。
 父はこのての映像を酷く苦手としているので2階に逃げ込んでしまった。そもそも電話に出ても『話』が出来ないのだが。
「はい虹村」
[億泰? 私だけど]
 名乗らなくともすぐわかる。東方朋子だ。
「仗助のお袋さん? どうしたんスか?」
[家に掛けても仗助の奴出ないんだけど、そっちに居る?]
「おお」後ろを振り返るが姿が見えないので「昼寝してるっス」
 ソファに並んで腰掛けレンタルビデオを見ていた。ソファの背に隠れているのだから自分のようにずり落ちて居眠りしているのだろう。
[こんな時間だからもう夕寝ね。まぁーた夜更かしして朝寝坊もする気に違いないわ。アンタも夜はちゃんと寝なさい]
「俺夜早いっスよ。なぁんか寝ても寝ても眠てーんだよなぁ」
[疲れてんのね。無理するんじゃあないわよ。お父さんの調子はどう?]
「親父は元気だぜ。それより、もう仕事終わったんスか」
[ごめん、後は保護者への連絡の作成だけだからもうちょっと待ってて。これが終わったらすぐ帰るから]
「了解っス」
[それで仗助に出しておいた魚を冷凍庫にしまえって言いたかったんだけど……まぁいいわ。それじゃあ]
 受話器を置いてどこまで話が進んだかわからないホラー映画の続きを見ようと、もしくは引き続き昼寝をしようとソファへ戻った。
「……あ?」
 予想外にソファには彼の学ランのみで寝こけている筈の東方仗助が居ない。
 まして代わりに小さな少年――幼児と呼ぶ方が適切な位幼い子供――がその学ランにくるまっている。
 いやいや、何だこのガキは?
 見覚えの有る、というよりほぼ毎日見ている仗助と同じような特徴的過ぎる髪の下には彫りの深い顔立ち。日本人離れした淡い色の目がじぃとこちらを見ている。その瞳もよく見知っていた。
「ここ……」
 5歳前後の男児らしい澄んだ声がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お化けやしき?」
「失礼なガキだなテメェッ!」
 大声を張り上げはしたがここは築何十年かもわからない古い家。秋の夕暮れらしい薄暗さに包まれて、ましてBGMはホラー映画。勘違いしたくなる気持ちはわからないでもない。
「ごめんなさい」
「いや、俺こそ怒鳴っちまって悪ぃな……じゃあなくて、テメーどっから入ってきた」
「……わかんない。今起きたから」
「はぁ? テメー何者だよ」
 しゃがみ込みソファに座る子供と目線を合わせる。決して睨み上げているのではなく。
「じょーすけ」
「ああ?」
「ひがしかた、じょーすけ」
「おう、俺は虹村億泰」
「おくやす! あのね、じょーすけ杜王町に住んでる」
「ここも杜王町だぞ」
「そうなんだ! おくやすのおうち? じょーすけはね、おかーさんとおじーちゃんと住んでる」
「俺は親父と……いや待て、オメー仗助なのか? マジに東方仗助っつー名前なのかよ」
 うん、と大きく頷いた。
 仗助の学ランの中で仗助のTシャツをぶかぶかながらも一応着ている。
 深く考えるのがすこぶる苦手な億泰は取り敢えずこの子供を「仗助が縮んだ」という事にした。
「仗助、ここがどことか今がいつとか自分が誰とかわかんねーのかよ」
「じょーすけ!」
「自分が誰かはわかってんだったな」
「ここは杜王町で、おくやすのおうちだよね?」
「おう」
「今は……なんじだろう? 起きたばっかりだけど朝じゃあないみたい」
「まぁ夕方だな」
 なんて話をしたいのではなく。
「オメーが本当に仗助なら何で俺がわかんねーんだ? ダチの俺を何で忘れちまってんだよ」
 幾ら脳味噌の大きさや皺の数が子供に戻ったからといって、友達の顔を忘れてしまう物なのか?
 苦難を共に乗り越えて手にした平和な日常を共に謳歌してきたのに。
 母や祖父や生まれ育った町と同じように覚えていてもらいたい。それが無茶な我儘だとわかっていても、誰かに欲深いと罵られたとしても、願わずにはいられない。
 仗助を限りなく幼くすればこうなりそうだという顔がぎょっと目を丸くする。
「なっ、なんで泣くんだっ!?」
「そりゃオメー……」
 死んでも守りたい友情を向ける相手に存在を忘れられてもみろと言いたいが、こんな幼い子供にはよくわからないだろう。
 自分だってよくわからない。悲しいとも辛いとも腹立たしいとも違う感情が渦巻く。恐らく『虚しい』辺りが当て嵌まる筈だ。
「お友だちのこと、忘れてごめんなさい」
 ただでさえ無い肩ががくりと下がる。推定10年後の仗助と比べればそれ程分厚い髪ではないが、顔に影を落とすには充分の長さをしていた。
 形良い唇を尖らせて、やや間を置いてから仗助は顔を上げる。
「もっかい、じょーすけとお友だちになって」
「へ?」
「お友だちになって、おくやす」
 ずいと右手も差し出されたので、取り敢えずその手を取り握った。
 力を加えればぽきんと折れてしまいそうな骨の細さとそうはさせない肉の柔らかさで、数えるのが追い付かない程素早く脈打つ熱の詰まった手。
 こんなに小さくて必死に生きている。
「友達に……」敢えて言葉にされると無性に気恥ずかしくて「……なるしかねぇな」
「うんっ!」
 繋いだ手をぶんぶんと上下に振られるのが可笑しかった。仗助が笑顔だったので揃って笑い合った。

 小さい子供の視力を悪くしてはならないと思い電気を付けた。近隣の住宅よりは少し早いがこの家は西日すら上手く差さない。
 そしてレンタルビデオを最後まで、2人でソファに並んで座ったまま見た。5歳前後の男児がホラー映画を楽しく見るのは不思議な光景に思ったが、仗助――便宜上。仗助でなければ仗助はどこに行った、という問題も浮上するので――は驚きこそするものの余り怖がらなかった。
 おどろおどろしいエンディングテーマに合わせてスタッフロールが流れる中で仗助が大きく伸びをする。
「んー、面白かった。おくやす、ありがとな」
「良いって事よ。っつーかこれオメーが選んだんだけどな」
「そうなの? あ、なぁ、今なんじ? そろそろおうちかえった方がいいのかな?」
「帰るってその格好お袋さんに……あ、やっべぇお袋さん帰ってきちまう」
「おくやす、じょーすけのおかーさんと仲良し?」
 ぱちぱちと瞬きをして尋ねてくる子供に何と説明して良いものやら。
「取り敢えず元に戻さねぇとなぁ……」
 とはいえどうすれば良いのか見当も付かない。新手のスタンド攻撃なのか薬の副作用なのか究極の若返りをしたのかわからないし細々と考えたくない。
「……そうだ」
 素晴らしく良い事を思い付いた。こんな事を思い付ける自分は『馬鹿』から脱却したのかもしれない。
「じゃあ早速……おい仗助、オメー服持ってねぇのか?」
「ふく?」
 仗助は己の今している服装を改めて見た。オーバーサイズという言葉では片付かない程大きなTシャツ1枚。大きな改造学ランは不格好ながらも畳んで隣に置いていた。
「パンツはいてない」
「そりゃあヤベェな」
 自分の下着を貸すのは流石に気が引ける。というより結局サイズが合わない。
 第一そんな呑気な話はしていられない。仗助の母親の朋子が、息子が急に子供になったと知ったら泡を吹いて倒れるかもしれない。世話になっている以上、そうでなくても若く美しい女性がそんな目に遭うような事は避けなくては。

 一仕事を終えて岸辺露伴は一服していた。勿論煙草なんて臭くてあらゆる白を黄ばませる物を吸ったりはせず、手ずから淹れた紅茶を楽しんでいた。
 ピンポーン、と玄関チャイムの音が聞こえた。どこの誰かは知らないがアポイントも無しに訪ねてくるような輩は家に通すに値しないので無視する事にした。仕事関係の人間や親しい友人――これと言って思い付かないが――には前以て電話の1つも無いと家には上げられないと伝えてありいつもそうしている。
 体が冷えるという程ではないが、日が沈むのがどんどんと早くなってきた秋の夕暮れに温かな紅茶は美味しい。
 ドンドン、とドアを叩くらしい音も聞こえた。今は居留守だが、本当に留守にしている時にもドアを叩かれていては困るな、と少しだけ思った。
 夕食の準備を始める頃合か。自炊するのも面倒だし店屋物を取る気分でもない。米と汁物だけを用意し何かを買いに出るのが良いかとカップを置く。
 一人暮らしの在宅ワークだからといって自堕落に生活していては良くない。そんな事では良い作品なぞ描けない。
 ドカンと1つ大きな音がした。ドアか壁を殴られたか蹴られたか。しかし不躾な来客は遂に諦めたらしく、その後チャイムの音もドアを叩く音も止んだ。露伴は溜め息を1つ吐いた。
「寒い地方に旅行にでも行くかな」
 単なる独り言のつもりだったが存外良いかもしれない。冬が訪れて雪が積もるより前に。雪ならばこの町にだって降る。
 2週分描いておいて旅先から郵送する。出版社は驚くかもしれないが、描き溜めたのではなく出先で描いた事にして――
「……ン?」
 今、人の気配がした。
 極端に敏感なわけではないし霊感がどうこうというわけでもないが、自分1人しか居ない筈の家で足音すら聞こえた気がする。
 まさか――と何かを思うより先にドアが開いた。
「テメーこんな所に居たのかよ!」
 怒鳴り付けてきた突然の来客は億泰だった。学生服で怒りを露に、まして小脇に小さな子供を抱えているので完全に犯罪者の様相をしている。
「こんな所とは何だ。ここは僕の家だし、この部屋は仕事部屋だ」
「何べんも呼んでんだからとっとと出ろよ!」
 空いている方の手で顔を指される。不躾な、という形容がしっくり当て嵌まっていた。
「色々と言いたい事は有るが先ずその子供は何だ。どこから誘拐してきた」
 小さな体に大人用の、それも通常よりは大きなサイズのTシャツを羽織るように着ている。
「可笑しな髪型をしやがって」
 持ち運ばれるままだった子供がムッと顔を上げた。その顔には見覚えが有った――気がした。5歳前後の子供に知り合いなんて居ないとすぐに思い直した。
 特徴的な髪型の所為で『誰か』に似ているだけだろう。ハーフなのか南方出身なのか日本人とはわかるが随分と彫りが深い辺りも似ている。整っているとも言えるが、同年代の子供達が集う幼稚園に放り込めばさぞ浮いて見えそうだ。
 何よりも顔を上げて以来ぎりぎりと睨んでくる様子がそっくりだった。そんな目を向けられればこちらも無性に腹が立つ。
 億泰が子供の両脇を掴んで持ち上げ、ずいと差し出したので苛立つ顔が近付いた。
「もう時間が無ぇんだ、オメーのスタンドで戻してくれ」
「……は?」
「本にして『元に戻る』って書いたら仗助に戻れるんじゃあねぇのか?」
「お前は何を言っているんだ? この子供が……東方仗助なのか? 確かに似ちゃあいるが、何で子供になっているんだ」
「わかんねぇからオメーに頼んでんだよ」
 それのどこが人に物を頼む態度だ! 等と言った所で馬鹿には通じないだろう。
「……元に戻ると書き込めば良いんだな?」
 早い所追い払おう。
 とは流石に口に出さず、代わりに自身のスタンドを出す。
 本にして身動きを封じる直前、子供の口が「おぉ」とでも言いたげに動くのを見た。

  東方 仗助(ひがしかた じょうすけ)5歳 杜王町のおうちに住んでる
  迷子になったら『けーさつの東方さんのむすこ』って言うようにおかーさんが言ってた
  おかーさんとおじーちゃんと住んでる おばーちゃんはいない

「東方仗助の家族構成は?」
「お袋さんと、今年の春まで祖父さん(じいさん)の3人家族だった。祖父さんはずっとこの町でお巡りやってたとよ」
「祖母は?」
「死んだ、しか聞いてねぇ。いつとか何でとかは知らねぇ」
「そして『父親』については一切触れない」
 確かにこの記述は、この子供は仗助かもしれない。
 しかしひらがな続きで読みにくい。欲しくなるような経験が書かれている事も少ないし、子供を本にするのはとかくつまらない。

  おかーさんにおねがいしてじょーすけを助けてくれた人とおんなじかみがたにしてもらった

 例の恩人の話が出てきた。この事については本人から詳しく聞いてみたいが本人とは余り話をしたくない。

  おねつが出てた時はとっても苦しかった おねつが下がったからおかーさんが先生にもどった

 それらがいつかも書いていない。読みにくい事この上無い。椅子の上に座らせてやった事を感謝してもらいたい。この岸辺露伴をわざわざ屈ませるとは。
 顔やら剥き出しの腕やらを本にしたがページ面積が小さく2人で読めないので億泰は後ろに立たせている。
「何でガキになっちまったかは書いてねーのか?」
「そもそも自分が縮んだという意識が無さそうだ」
 汎用性の高いスタンド能力だと自負しているが、いかんせん主観で書かれているので当人の意識の外はわからない。子供とは兎に角相性が悪い。スタンドの成長が無ければ本にする事すら出来なかったかもしれない。
「取り敢えず、やってみるか」
 サインペンで狭過ぎる余白に『元に戻る』と書き込んでみた。
「……なんにも起きねぇじゃあねーか」
「だろうな」
 自分が子供になった自覚の無い人間に『元に戻る』と思わせた所で何も変わらないのは至極当然。
 まして露伴自身そんな事が「出来る」と思っていない。出来ない事をさせるといった矛盾は起こせない。
「因みに仗助の母親の職業は?」
「先公」
「記述からすると子供が仗助に化けているわけじゃあなさそうだが――」
「そうだ、仗助のお袋さんもう帰ってきちまう! じゃあ俺帰るからよ」
「は?」
「仗助が戻ったら家に帰るように言っといてくれ」
「いや待て、お前この子供を置いて行くつもりか? 第一仗助の母親が帰ってくるからって、お前が帰る必要は無いだろう」
「仗助のお袋さんと買い物行く約束してんだよ。洗剤とか重てーもんは車無いと買い溜め出来ねぇしよ」
 その漢字2文字で表すなら強面(こわもて)しか当てはまらないような顔面で何を言っているんだ。
 しかし何とかしておいてくれと残して億泰は部屋を出て行った。
 見送ってしまった露伴は振り返り、ページとして開かれたままの仗助らしき子供を見る。
「厄介そうな子供を置いていきやがって……仗助、貴様の所為だぞっ」
 スタンド能力を解除する前に吐き捨てておいた。

「あれ……おくやすは?」
「お前を置いて帰った」
 スタンド能力から解放されて椅子の上でキョロキョロと辺りを見回した仗助の第一声に、露伴は無性に苛々としたので冷たく言い放った。
「……じょーすけもおうち帰る」
「帰りたければ帰れ」
「だってなんか……おにーちゃん怒ってる……」
「誰がお兄ちゃんだ、誰が! で、帰り道はわかるのか?」
 仗助はやや俯いたまま首を左右に振る。
「だろうな。出来もしない事を言うもんじゃあない。そこで大人しく置いて帰った奴を怨んでいろ」
「おくやすをわるく言うな! おくやすはかっこいい!」
「格好良い? あれがか?」
「強くてかっこいい!」
 椅子からぴょんと降り、小脇に何かを抱えるような姿勢を取った。
「こうやってじょーすけを持ったまま」勢い良く片足を上げ「こうやってドアから入った!」
 Tシャツの裾が翻り下着すら履いていないのが見えてしまった。はしたないと注意すべきは仗助自身かこの姿のまま連れて来た億泰か。
 後者か。何せ手が塞がっているからと足で蹴ってドアを開ける人間だ。
 手が? 確かに片手は仗助を抱えて塞がっていたかもしれないが、空いている方の手で押すなり引くなりすれば良い筈。
 そもそも仗助は『開けた』とは言っていない。開けないドアから入ってきたかのような物言いで思い当たる事が1つ。
「おい……そのドアというのは、まさか……」
 露伴の耳に2人が来る前に遠くから聞こえた、まるでドアを蹴破るような音が蘇る。

「オコジョの、ハルは、えっと……」
「『丘(おか)』だよ」
「オコジョの、ハルは、おかの、上で――」
 広瀬康一には姉しか居ない、妹や弟は居ない筈だが子供の扱いはかなり上手く見える。
 手早く仗助に服を着せた後で絵本は無いかと言われ、資料用に買った1冊を差し出すとすぐさま2人で床に並んで座り読み始めた。
「簡単な漢字なら読めるなんて仗助君は凄いね、びっくりしたよ」
 誉めるのに頭を撫でようとした手を止め、代わりに頬を撫でた。髪型を崩す事無く誉められて仗助はにこにこと笑う。
 康一を呼び出して本当に良かった。
「びっくりと言えば、いきなり露伴先生から電話がきたのもびっくりしましたけど。また変なスタンドに取り憑かれでもしていたらどうしようかと思いました」
「僕じゃあなくて仗助が取り憑かれていて更にびっくりだろうな」
 幼児化がスタンドの影響か否かはわからないが。
 子守りを康一に任せて色々と資料としてまとめてみているが、考えれば考える程スタンドから離れてゆく。
「しかも『君の持つ服の中で1番小さな物を持ってきてくれ』なんて言うんだから」
「でも君はちゃんと持ってきてくれた。流石は康一君だ」
「こーいち、えらい!」
「有難う、仗助君」
 露伴の方が先に言ったのに康一は再び仗助の頬を撫でて「続きを読もうね」と2人で読書に戻った。
 康一が着るにはもう小さいであろう長袖のTシャツと黒い綿のパンツは、それでも仗助にはやや大きい。
 だが似合わない事も無い。髪型と性格は酷いが元から顔は悪くない。ブランド物ではないシンプルな服装でも、もう少しサイズが合えばキッズモデルのように着こなしそうだ。
 そんな子供を見た康一の第一声が「仗助君、どうしちゃったの?」だった事に1番驚いた。顔が似ていて髪が同じでも、まさか仗助本人だと思うだろうか。
「もしかして康一君、霊感でも有るのかい?」
 見えない物が見えていたりするのでは。
「僕ですか? 全然」
「夜の学校で自殺した女子生徒の幽霊を見たりは?」
「ちょっと止めて下さいよ、僕怖い話とか苦手なんですから」
「こーいち、お化け見えないの?」
「仗助君は見えるの?」
 うん、と勢い良く大きく頷く。
「じょーすけね、ちっちゃい時におねつ出たの」
 今でも充分小さいという指摘は控えておいた。
「いーっぱいねてたの。1ヶ月ぐらい、ずーっと。それからね、お化けが見えるようになったんだぜ」
 内容が内容なのに自分では理解していないのか得意気に胸を張る。
「小さな子供が大人には見えない物を見るという話は多いが、大抵は年を重ねて見えなくなる。だから大人は見えない」何の事やらと瞬きを繰り返す仗助を見据え「年を取ってから見えるようになるなんて子供特有のホラ話だろう」
「ちがうもん! じょーすけ見えるもん!」
 怒りに任せて仗助は康一の手から絵本を奪い取り、ページをびりびりと破った。
「おいッ! それは女流作家の転身前の貴重な――」
「ドッラアァー!」
 不可思議な掛け声に合わせて破れたページを『殴った』。細かく千切られた薄い紙切れに対する形容ではないが、仗助の拳は絵本だった紙屑を殴り付ける。
 その小さな腕が二重に見えた。
 人間のそれと同じ形をしているが硬質な、均整が取れ過ぎていて逆に作り物にしか見えなくなっている腕。それを生やした曲線を含む不思議な容姿。鮮やかな配色もよく見知っている。
「クレイジーダイヤモンド……」
 露伴以上に間近で見ている康一が呟いた。
 間違い無く仗助のスタンドだ。しかしそれにしては随分小さい。仗助もろとも5歳位まで退行して見える。
 仗助のスタンドが本体を真似て殴り付けた紙屑はページの1部へと戻り、そのまま元の折れ曲がり1つ無い絵本に戻った。
 しっかと両手で受け止めた仗助がスタンドの方を向いて笑うと、スタンドもまたにこりとした笑顔を作った。制御しきれていない所為であたかも自我を持っているような、しかし仗助の意識下に有るからかすぐに姿を消した。
 歩み寄って元通りの絵本をずいと露伴の前に突き出す。
「お化けとなおした」
 頬を膨らませて機嫌の悪さを目一杯表現しながら。
「おにーちゃんもお化けいるの、じょーすけ知ってるんだからな」
 ヘブンズ・ドアーのヴィジョンが見えていたのか。
「凄いや仗助君! ねぇ、玄関の大人1人通れる穴も直せたりしない?」
「あれは……おっきいからむずかしいかも……お化けと2人で叩かないとなおせないから」
「スタンドで触れるだけで直せるんじゃあないのか?」
 どうやら『スタンド』という単語を理解していないらしく仗助は小首を傾げて悩んだ後に「なおせない」とだけ返してきた。
 クレイジーダイヤモンド自身がそっと触れるだけでも修復出来るようになるのは約10年後、というわけらしい。スタンドの成長性をこんな所で実感するとは。
「じゃあやっぱり業者さんに頼むしか有りませんね、露伴先生」
「今度は幾ら掛かるんだろうな……」
 ただでさえ半焼して建て直したというのに。まして今回も前回も原因は仗助だ。
「でも元の仗助君に戻れば玄関だって直せるかもしれませんよ。早く元に戻ってもらう為にも、詳しそうな承太郎さんに訊いてみるっていうのはどうですか?」
「空条承太郎に?」
「僕アメリカの電話番号知っています。お財布に入れて持ち歩いていますから」
 何か有っても良いように。相当信頼を置いているらしいし、露伴も承太郎は信頼の置ける人物だとわかっている。
「ちょっと電話を借りても良いですか?」
「構わないけれどスタンドが関係無い可能性も有る。というより僕が調べられる限りではその可能性の方が高い。良い返事を得られなくても拗ねないようにな」
「露伴先生じゃあないんだから」
 笑顔を残して電話口へ向かう康一の言葉の意図が汲めなかった。
 絵本を手に仗助が未だじっと見上げてきていのたで、露伴はしゃがみ込んで顔を近付ける。
 見れば見る程確かに仗助の幼少期といった顔立ちをしている。今にも喧嘩を売り付けてきそうな視線も仗助そのものだ。
「僕は子供が嫌いだ」
 先程康一が撫でていた頬をむにと摘む。微動だにしないのでそのまま軽く痛みの無い程度に引っ張った。
 柔らかくて温かい。これが夕暮れを過ぎて早々に電気を付けている室内ではなく、窓から陽光の差し込む時間帯であれば産毛が見えてより愛らしいのかもしれない。
「おにーちゃんはじょーすけがきらいなだけ」
 口を動かす度に摘んでいる指先も動かされる。
「じょーすけだっておにーちゃんきらいだもん」
「そうか。じゃあ僕に関わろうとするな」
 連れてきたのは億泰だが。
「こまっしゃくれて生意気で、平気で嘘を吐く。要らない正義感が強くて、なまじ力が有るから悪人に飲み込まれはしない。お前の事を嫌いな奴はごまんと居るが、その中でも1番お前を嫌っているのは僕だ」
 なんて、まるで1番になりたがっているような。
 子供だから真意は伝わっていまい。相変わらず仗助は不貞腐れたように睨み付けてくるばかり。
 否、そもそも真意とは? 露伴は手を離して立ち上がった。すかさず仗助は自分の頬を押さえる。意地悪されたと康一に泣き付きでもするのかと思ったが、露伴の目をじっと見たままだった。
「露伴先生、杜王グランドホテルに行きましょう!」
 いつの間にやら電話を終えた康一が焦った様子で駆け寄り露伴の袖を掴む。
「ホテルに? 何故?」
「承太郎さん、こっちに来ているって! ホテルには向こうから連絡してくれるから、急ぎなら今から行った方が良いって言ってくれました!」
「丁度この町に?」
「仗助君良かったね」
 ぱっと手を離し仗助の両肩を掴んだ。
「良かったの?」
「そりゃあもう! 戻る……って言ってもわからないかな? 今からタクシーに乗って杜王町で1番大きくて立派なホテルに行くんだよ。楽しみだね」
「うんっ!」
 そのタクシー代と今の国際通話料を払うのが誰かをわかっている露伴はもう1度「貴様の所為だぞ」と言っておいた。

 康一から連絡が有った、という内容の電話がホテルに入った。困り事が有るので相談したいという。内容を聞くより先に杜王町に出向いていると、直接行くように伝えたという話だった。
 勝手な事を。
 口にこそ出さなかったがその本音は胸の中で燻り続けて、空条承太郎はホテルのベッドにただ座っていた。何をするでもなく、傍から見れば思索に耽って見えるだろう。
 康一の家から車を使えばもう訪れる時間か。待ち遠しいのか逃げ出したいのか、杞憂する必要が無かったりするのか――
――コンコン
 ドアをノックする音。瞬時に覚悟を決めて「開いている」と応えると、聞いたか否かの早さでドアが開く。
「お邪魔します」
 入ってきたのは康一、その後ろに背は高いが痩せている露伴、そしてその背に隠れるように1人の子供。
「お久し振りです承太郎さん。早速で悪いんですが、仗助君が小さくなっちゃったんです」
 康一が露伴の後ろの子供を指した。
「僕のスタンドで記述を読む限り誰かが東方仗助に扮しているのではなく、仗助自身だと思う。ただ自分を本気で5歳の子供と思っているというか『今』の記憶が全く無い」
 肉体だけではなく精神までもが子供に戻っている。
 この夏に見付け出した殺人鬼に関連するスタンド使いが引き起こしたと考えたくもなるだろうが承太郎は経験から理由を予測出来た。
「心配は無い、すぐに戻る」
 言って立ち上がると子供となった仗助が「でっけぇ!」と心底驚いて目を丸くした。ぐいぐいと康一の手首を引っ張る。
「すげぇ! 2m位あるぞ!」
「承太郎さんは大きいよね」
「じょーたろーさん? さっきこーいちがでんわした人?」
「そうだよ、仗助君の親戚でとっても頼りになる人なんだ」
「しんせき……」
「アメリカの人なんだよ」
 生まれも育ちも血の半分も日本人だが。
「だからこんなにおっきいの?」
「うーん……仗助君も大きくなるし、遺伝じゃあないのかなぁ?」
「仗助が子供に戻ったのも遺伝のような物だ」
 近付くと平均的な5歳よりも更に小さいのではと思わせる幼い顔が黙ってこちらを見上げた。
「俺もジジイもそのまた祖父さんも発症した、ウィルス性感染症の類。放っておいても1日もしないで戻る」
「そんなにすぐ戻れるんですか?」
「こうして子供になっている間の記憶はしっかりと残る。出鱈目を吹き込んだりはしない方が良い」
 ちょっと待て、と露伴が片手を上げた。表情が硬い。
「遺伝性なのにウィルス性? 僕達にも移るのか?」
「空気感染は無い。だが接触で感染はする」
「えぇっ!? 僕エレベーター乗る時とか手繋いでたんですけど……どうしよう……」
「日常生活程度なら問題無い。粘膜等で触れなければな。それに感染しても必ず発症するとは限らないし、成人前後に1度しかならない。抗体が出来るのか別の理由が有るのかは解明出来ていない」
 複雑怪奇な構造をしているウィルスだからか、それとも生涯を通じ1人の女性しか愛さないジョースター家の人間が感染源という事は広まらないという事だと判断したのか、一時期SPW財団で行われていた研究も今は止まっている。
 例外的に祖父のジョセフ・ジョースターが不倫なんぞをやらかした為に、その間に生まれた仗助がこうして発症しているのだが。
 しゃがんで仗助と視線を合わせる。それでも未だ承太郎の方が目の位置が高い。
「どうしてぼうしかぶってるの?」
「これか」
 鍔に触れたが外すつもりは無かった。
「もしかして、じょーたろーさんは……じょーすけを助けてくれた人?」
 犬ならばはち切れんばかりに尾を振っていそうな程の期待を目に浮かべて。
「……違う」
「ちがうの? ほんとに? ぼうしの下、じょーすけとおんなじかみがたじゃあないの?」
「髪型も違う。そいつは俺じゃあない」
 探している人物ではなかったというのに未だ目を輝かせている。そうは言ったが本当は、と続けるのを待っている。
 この憧憬の眼差しを向けられるのが辛かった。
 だから杜王町に来るのを伏せていた。どうせ明日には帰る身――故に夏の長期滞在時よりもグレードの低い部屋を取った――とはいえ僅かな時間でも苦しい物は苦しい。
 承太郎は何も言わず仗助をがばと小脇に抱えて持ち上げる。
 そのまま窓辺へ向かい、空いている手で鍵と窓を開け、仗助の両脇に手を差し込む形に持ち変える。20kg近くは有る体を持った手を窓の外へと伸ばした。
「ちょっ、承太郎さんっ! 仗助君が落ちちゃうッ!」
 手を離して落とす、なんて事はしない。
「わぁ……高ぁい!」
 見上げる仗助の頭越しに、承太郎にも星空が見えた。
「子供はどいつもこいつも高い所が好きだからな」
「び、びっくりしたぁ……てっきりこの高さから落とすとすぐ戻る、とか言うのかと思っちゃいましたよ」
「屋内で俺が持ち上げると天井にぶつかる」
「それもそうですね、あはは」
 仗助を小脇に戻し窓に背を向けると、何を想像したか露伴までもが青い顔をしている。
「俺は過去になっているから恐らくもうならない。一晩預かろう。明日の朝には戻っている筈だ」
「有難うございます、承太郎さん。僕の家に泊めようにも、お母さん達に何て説明したら良いかわかんなくって。お母さんと言えば、仗助君のお母さんには何て言えば良いだろう?」
「億泰が連れてきたからあいつが適当な事を言っているだろう。それじゃあ失礼する」
 どこか逃げるように焦りを感じさせて露伴はそそくさと部屋を出た。
「僕もそろそろ帰ります。もし何か有ったら電話して下さいね。じゃあ仗助君、またね」
「こーいち! バイバーイ!」
 人の脇で暴れるようにブンブンと手を振る。
 手を振り返して康一も部屋から出た。2人きりになり室内は急にしんと静まり返った。

 自分がこの症状を出した時、側に居た人々は何をしてくれただろう。
 5歳頃にしていた遊びをしてくれた――大切な思い出なのですぐに思い出せる。だがこうして頭部を見下ろしていても、仗助がこの年の頃にした事が思い当たるわけがない。
「じょーたろーさん」
「何だ」
「もっかい、お外で高い高いして」
「わかった」
 持ち上げ直して再び開けた窓から外へ放り投げんばかりに掲げる。
 日が沈み濃紺の夜空に幾つもの星。山奥で見る満天のそれには程遠いが、涼し過ぎる秋風の中で見ているからかとても澄んでいるように感じた。
「じーちゃんがね、じょーすけがちっちゃい時たくさん高い高いしてくれたんだぜ」
「そうか、これがお前のしていた『遊び』か」
 父ではなく祖父が。
 仗助の父は彼が生まれてから15年もその存在を知らなかったのだから当たり前だ。
 果たして父親の居ない子供時代とはどのような物なのだろう。承太郎の父も仕事の都合なり何なりでよく家を留守にする人間ではあったが、家に居ないのと存在しないのとでは話が違う。
 一体「側に居ても何もしてやれない、を理由に自ら離れる父親」は前者と後者のどちらが近いのだろうか。
「……仗助」
「なぁに?」
「そのまま聞け。わからなくて良いから、覚えていろ」
 元に戻った時に今から話す事を思い返して罵ってほしい。幼く何もわからない隙に話してしまおうとする、底意地の悪い自分を。
「お前は俺を尊敬しているみたいだが――」
「やっぱりあの時じょーすけを助けてくれた人!?」
 聞こえるように盛大に溜め息を吐いたが5歳児には伝わっていないかもしれない。
「俺は人から敬われるような人間じゃあない。ましてお前からは。お前のように……『父親』の居ない子供からは」
 仗助の体が強張るのが触れている両手に伝わってきた。
「言っていなかったが俺は結婚しているし、娘も1人居る。『子供』が居る。だが俺は父親としては失格だ」
 祖父の生前整理だとか、殺人鬼の被害を食い止めるだとか、仕事が忙しいだとか。そんな事を言い訳に妻子から距離を置いている。
 この数奇な人生に関わりを持たせて苦しめたくないから。なんて考えもまた、ただの自分勝手な行動の言い訳に過ぎない。
「娘がお前のような考えの出来る人間に育てば良いんだが」
「じょーすけのような?」
「そうだ。お前のような」
 嗚呼きっと、娘との距離が掴めないのだろう。親になった筈が未だに自分は子供だ。愛する妻と子を近くで守り抜くと断言1つ出来ない。
 そんな男は端から存在しないと思ってもらいたい、なんて我が子に向ける考えではない。
「俺は、そんな……」
「じょーすけはね」
 胴を持ち上げている両手の上に、仗助の小さく温かな手が重ねられた。
 トクトクと脈を打っているのがわかる。子供ながらに緊張しているのがこちらまで苦しくなる程にわかる。
「あのね、もしもだけどね。もしも……もしもじょーすけを助けてくれた人が、ちょっとわるい人でも」
 少しだけ。殺人犯のような例外は除いて。
 例えば話したい事が多過ぎて黙り込んでしまう位の少しなら。
「それでもじょーすけを助けてくれたし、すっごくかっこいいから、じょーすけは助けてくれた人が好きなんだぜ」
「好き?」
「うん、好き。じょーすけを助けてくれた人のこと、じょーすけ大好き」
「そうか。それは少し――」
「少し?」
 それは少し妬けるな。
 とどのつまりは嬉しかった。何だかんだと年上ばかりと行動を共にしてきた中、複雑な親戚とはいえ年下の少年から頼られる事が。
 応えられるだけの人間になりたいなんて思い上がってしまう程。
 夜空の星屑を散りばめたようにキラキラとした目を向けられて嬉しくて、しかしその度に自分は他者から父を想う目を向けられても良い人間ではないと気付かされて。だから会いたくなかった。
 避ける理由等それしか無い。本当はまた会いたかったのだから。この町の空気とそこに在る東方仗助に。
「少し、冷えないか?」
「じょーたろーさんさむい?」
「いや……じゃあ腹は? 晩飯は未だだろう」
「あ! お腹空いた!」
 思い出したような物言いに、口元に笑みが乗る。
 室内に仗助を下ろし窓を閉める。振り返って目が合えば何と言われるだろう。貴重な笑顔を見たとはしゃがれなければ良いが。16歳の彼ではないから――
「じょーたろーさん笑ってる。さっきまでムーってしてたのに」
 子供は恐ろしい。
 恐らく仗助はこの瞬間も覚えたまま元に戻るのだろう。承りは取り敢えず帽子を目深に被り直して笑顔を隠した。

 夕食を与え、風呂に入れ、寝かし付けた。まるで親のする事だ。隣に寄り添って眠る際には少し父親に近付けたか等とまで思ってしまった。
 そして今、寝息ではなくシーツの擦れる音が聞こえている。体を揺さぶられている。起きて、という声も聞こえる。
 休日に盛大に朝寝坊をして子供に起こされる父親の気分とはこのような物なのだろうか。
 承太郎はゆっくりと目を開ける。カーテンの隙間から光が漏れているだけで室内は薄暗く、目の前で起こす子供が本当に自分の子供なのではないかと一瞬錯覚してしまった。
 というより。
「仗助?」
「おはよう!」
 にこにこと笑う男児。
「おい……戻ってねぇのか……」
 否、昨晩隣り合って寝たのだから16歳に戻っていたらそれはそれで困る。ホテルのダブルベッドとはいえ大の男の中でも取り分け大柄な2人が寝るには狭いしそれ以前の問題だ。
 自分の場合はさぁ寝ようという時に元の年齢に戻っていたし、祖父や曽祖父も翌朝には元に戻っていたという話だ。
 起きれば何とかなっているだろうというのは早計だったか。
「じょーたろーさん、あのね」
「何だ」
「かみの毛、なおしてほしいの」
「髪……」
 風呂に入れてあの特徴的な形に固めていた整髪剤を洗い流した。風呂上がりにドライヤーで乾かしただけの髪は寝癖なのか癖毛なのか跳ねていた。
 これをいつもの髪型にしろと言うのか。
「悪いがそんな時間は――」ホテルに備え付けられているデジタル時計を目にして溜め息を吐き「沢山有るみてーだな」
 子供というのはこんなに早起きをするものなのか。それとも1秒でも早く思い入れの有る髪型にしたいのか。
「やった事は無ぇが、一応やってみるか」
「それがじょーたろーさんのお化け?」
「ん?」
 仗助が指すので後ろを振り向く。そこには精密な動きが出来るスタンドのスタープラチナ。
「見えるのか?」
「じょーすけね、おねつが下がってからお化け見えるんだぜ。おにーちゃんはもっとちっちゃいお化けだった。こーいちは見えないって」
「『お化け』か……仗助、こいつは幽霊や背後霊と呼びたくなるかもしれないが、決して悪霊じゃあない」
 そう思っている様子は無いが。目を輝かせてスタープラチナを見ている。
「強いて言うなら『守護霊』だ」
「しゅごれー!」
 新たに覚えた――但し意味のわかっていない――単語を繰り返す5歳児に承太郎は溜め息を吐いた。
「やれやれだぜ」

 タクシーに暫し待つように伝えた承太郎は目的の家の玄関チャイムを押す。
 数分待って漸く中から億泰がドアが開けた。
「承太郎さん!?」
「早いな」
 ドアを開けるのではなく起床するのが。下手をすれば未だ寝ているかもしれないと踏んでいたが、億泰はすっかり学生服を着て髪も整え終わっている。
「ちと洗濯が有ったんで。って、仗助」その場にしゃがみ込み、目線を合わせて「オメー未だ縮んだまんまなのかよ」
「おくやす、昨日じょーすけおいてかえりやがったな! じょーすけあのおにーちゃんきらい! でもこーいちは好き」
「康一は良い奴だよな」
「おくやすも好きだよ。じょーたろーさんも好き。でも1ばん好きなのはね、ヒミツ」
「秘密だぁ?」
「じょーたろーさんにしかおしえてあげないんだぜ!」
「何だよ、気になるじゃあねーか。俺にも教えろよ」
 顔を近付け肘で突いたり何なりと話し合う2人を見て、やはり子供は子供同士と思い口元に笑みが浮かんだ。
 10年来の友人も確かそのような事を言っていた。あれは幼児となった自分を年下に押し付けるべく言ったのかもしれないが。
 だとしたら今の自分の考えと似ている。
「億泰、仗助は時間が経てば戻る。それまで見てやってくれ。お前と居る時に子供になったと聞いている」
「俺これから学校っスよ」
「そうか。だが俺はこれからアメリカだ」
「へ? もう帰っちまうんスか?」
「一昨日から来ていたが、仕事が詰まっていた。お前達にも会わないつもりだった」
 それがまさかこの病と鉢合わせするとは。
「急がないと飛行機に乗り遅れる」
 本当は午後の便だが。土産が無くて悪いと適当に言っておいた。
「仗助、昨日の話は覚えているか?」
「うん」
 ならやはり、16歳に戻るのを見届けるわけにはいかない。
「覚えていろと言ったが、忘れちまっても構わない。だが、誰にも言わないと約束してくれ」
 答えようと開き口を開けたまま、仗助は暫し承太郎を見上げながら考え込んだ。
「……それは、ヒミツ?」
「ああ、秘密だ、2人だけのな」
 しゃがんで顔を近付ける。
「『また会おう』」
 約束を唇に乗せて頬に口付ける。いずれまたここに訪れる。何なら仗助の方からこちら(アメリカ)に来ても良い。
 しかし愛娘に惚れられでもしたら――次に会う時は娘と10歳程離れているからその可能性は限りなく低いか。
「アメリカ人っぽい!」
 柔らかだった頬を押さえて仗助はやはり目を輝かせた。
「じょーすけも、してもいい?」
「アメリカだろうとどこだろうと、親しい相手にしかしない」
 親しい相手にも滅多にしない、させない承太郎だが素直に頬を差し出す。
 肩を掴み唇を付けてくる。唇の触れた所もセットしてやった髪が触れた所もくすぐったい。
「何だよ承太郎さんばっかりよぉ、秘密だとか何だとか狡ぃぞ」
「仕方ねーなぁ、おくやすにもしてやるよ」
 仗助は惜しい位にすぐ離れて億泰の方へと向かった。
 そして頬にキスをする。
「……あ」
「あれ? じょーたろーさん、おくやすにはしちゃだめだった?」
「いや……」
 幼児退行の病が感染するのではないか。
 アメリカじゃあないから? バイバイじゃあないから? と不安がる仗助に何と言えば良いのだろう。
 祖父は確か粘膜同士の接触でもなければ感染しないように言っていた。
 自分が「移した」のもそうだし、唇位ならただ皮膚が薄い程度で日常的な接触の範疇だろう。多分。きっと。恐らく。
 感染するとは限らないし、必ず発症するとも限らない。ように言っていた気がする。
 万が一感染して発症したら。
「その時はその時、だな」
 立ち上がると首を傾げる小さな仗助が急に遠ざかった。
「億泰、頼んだぞ」
 これが億泰『を』頼む事にならなければ良いが。

 停まっていたタクシーに乗り、そのまま去っていった承太郎は相変わらず大きかった。
 一方で仗助は小さくなってしまった。時間が経てば戻るというが、それはどの位の時間なのやら。
「学校どうすんだよ」
「じょーすけ来年から学校行く」
「何だそりゃあ? まぁ部屋入れ」
 招き入れた小さな背中がピタリと止まる。
「お化け!」
「あ?」
 仗助の指した先には、来客の対応からなかなか戻らない事を心配してやって来た父が居た。
「あれがおくやすのお化け?」
「お化けだぁ?」
「変な色してるっ!」
 仗助の声に驚いた父は2階へ逃げる。
「おくやすのお化けっ! 待てっ!」
 人の父親を幽霊扱いするとは失礼な。しかし止める余裕も無く走り出した仗助は父を追い掛け階段を上って行った。
 追い掛け回されて嫌な思いをしたら父は仗助の面倒を見ていてくれないだろう。学校に連れて行くわけにはいかないし――
 バン、と大きな音がしたので顔を上げる。
 2人が上がって行った2階から聞こえた木の板を殴り割るような音。壁に穴でも開けられただろうか。
「仗助ってチビのまんまでもスタンド使えんのか?」
 使えなかったら昨日蹴破った岸辺邸のドアはあのままかもしれないが、今朝のテレビで地元の窃盗云々のニュースは聞かなかったのでまぁ大丈夫だろう。

「いってぇー……」
「お? 仗助」
 階段を上った先では見慣れた16歳の姿の仗助がしゃがんで額を押さえていた。
「頭ぶつけちまった」
 小さな体で潜ろうとしたドアの上部に、いきなり大きく戻ったから激突したのだろう。
「よくわかんねーけどもう戻ったのか。良かったな」
「ああ、遺伝する病気なんだとよ。承太郎さんやジジイもなったって」
 子供になる病気が有るとはアメリカ人は大変だ。
「取り敢えず服着ろや」清々しいまでの全裸っぷりに眉を寄せ「ここ俺(ひと)ん家だぞ」
「康一に借りた服はクレイジーダイヤモンドで直しても着らんねーよ……あ、制服ここに置いたままだよな?」
「ソファに有るぜ」
「それ着るわ」
 立ち上がり階段を降りる背中にシャツは露伴の所に着せていったままだと言うに言えない。
 仗助が入りそこねていた部屋の奥に「親父、もう追い回されねーぞ」と声を掛けて自分の部屋へ向かった。体格も近い事だしシャツ位は貸そうとドアを開ける。
 不意に立ち眩みが起きた。無縁の貧血ではなく、極度の眠気だとすぐに気付いた。
「早く寝たんだけどなァ?」
 数回瞬きをしてタンスの引き出しを開ける。
 目覚めと天気が良い事を理由に朝から洗濯機を回したのが間違いだったか。シャツを1枚手にした所で遂に目を開けていられなくなった。

 ここはどこだろう。今は何時だろう。自分は虹村億泰に間違い無い。
 見慣れた両手に見慣れないシャツを持っている。
 自分や兄の物ではない。何故なら自分は5歳、兄は8歳。大人の着るシャツは果たして自分に暴力をふるう父親の物だろうか。
 朝か昼のようだが妙に薄暗い部屋には時計の秒針の音だけが響いているので恐ろしく不気味だった。
「にーちゃん……」
 せめていつも自分を助けてくれる兄が居れば怖くないのに。
「億泰」ドアが開き「俺のパンツどこやったんだ――」
 兄が来てくれたのではと期待してドアの方を向いたが、入ってきたのは見知らぬ男だった。
 父よりも背が高く、だが若い――何歳かはわからないが学生服を着ているから学生だろう――男はこちらを見て目を丸くしている。
 どこの誰だかわからないが、異様に盛り上げた髪型や外国人のような顔立ち、インナーシャツすら無い改造学ラン振りは完全に『不良』だ。
「……億泰、だよな? おいおい、普通にしてたら移んねーんじゃあねーのかよ!」
「こわい」
「おっと、悪い悪い。怖くねーよ。俺は全っ然怖くねーから」
 大きな足が1歩また1歩とこちらへ近付いてくる。何故か大き過ぎる見覚えの無い服をまとった体が、寒さに負けたようにガタガタと震え始めた。
「……にーちゃん、どこ」
「お前の兄貴は……あれだ、今ちょっと留守だ。3つ違いだっけ。学校だよ学校」
「じゃあとーちゃん……とーちゃんはこわくない、いたくしないよ、本当に」
「ん? 親父さん未だ肉の芽の暴走だかをしてないのか? って聞いてもわかんねーか。参ったな、親父さんが居れば何とかなるかと思ったんだが、逆にビビらせちまいそうだ」
「にーちゃんきて……こわい…」
「怖くねーって。仗助君はオメーのダチだから。俺もさっきまで5歳だったけど随分違うな……」
「……にーちゃんどこ……にーちゃんっ」
「どうどう、落ち着けって。しっかし粘膜が何だとか言ってたから康一に話したら嫌な誤解されちまいそうだな……そうだ、取り敢えず直した康一の服着せるか」
「……こわい……っく、にーちゃん……うゥッ……」
「お、おいっ、泣くなよ? いいな? 泣くんじゃあねーぞ? 俺この前拾った赤ん坊の世話だって全然――」
「うっ、うわああぁぁぁぁぁんっ!」
「わぁ止めろ! 泣くなってば!」
「びゃああぁーっ! こわいよおぉーっ! にーちゃあーんっ!」
 怖くて、怖くて怖くて大声を張り上げた。手を伸ばすに伸ばせない『じょうすけくん』とやらが巨大な溜め息を吐く。
「コイツはグレートにヘビーだぜ……」


2017,09,10


関連作品:Lightly Star(利鳴作)

関連作品:Little Superiority (R18)(利鳴作)


サイト開設記念に1・2部のジョジョ達縮め、3部も縮めろよと利鳴ちゃんを脅し続けたら縮めてもらえたので、雪架は4部を縮めておきました。
オチが付けられずに悩んでいた所を救済してくれた彼女に「パンツはいてない」の称号を付与したいと思います。称号ではない。
そしてアホと子供で始まりアホの子供で終わってるので台詞率が高い。こういうのも書くんですよあたくし。
<雪架>

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