承花 全年齢 幼児化

関連作品:Little Star 2(雪架作)


  Little Star 3


「Oh! No! Oh My Gosh!!」
 その声は、おそらくホテルのワンフロア全てに響き渡っただろう。ちょうど荷物を纏め終えたところだった花京院は、空気が振動するのを感じたようにさえ思って顔を上げた。
「今のは、ジョースターさん……?」
 状況が違えば、年齢を感じさせぬ元気な声だとでも思えたかも知れない。だが今は、いつ敵が現れてもおかしくない旅の途中だ。騒ぎを起こせば、「私達はここにいますよ」と刺客達に居場所を知らせるも同然……。そんなことが分からぬほど、ジョセフ・ジョースターは迂闊な男ではないはずだ。
「なんか、トラブルか……?」
 バスルームから顔を出した声に、花京院は「分からない」とかぶりを振った。同時に、一抹の不安が彼の背筋を撫でる。
(まさか、承太郎の身に何かあったんじゃあ……)
 聞こえてきたのはジョセフの声だけだった。ということは、少なくとも彼は声を出せないような状況ではないわけだ。一方、承太郎の声は聞こえない。2人は前の晩、同じ部屋で眠ったはずなのだが……。
 とは言っても、元々承太郎が悲鳴を上げるような性格をしていないと言ってしまえばそれまでかも知れない。それに、「あの承太郎が?」とも思う。彼がスタンド能力を身に付けたのはつい最近のことだと聞くが、それ――不慣れな様子――を全く感じさせないのは、彼自身の頼もしさゆえか。いつも堂々としていて、力強く、頼りがいがある。そう感じるのは、体格の良さだけが理由ではないだろう。彼の纏っている空気そのものが、触れる者に安心感を与えてくれる。予期せぬ危機に見舞われて窮地に陥るだなんて、そんな事態は想像し難くすらある。
 いや、それは「そうであってほしい」という願望でしかないのかも知れない。自覚せずにはいられない胸騒ぎを、花京院はなんとか否定しようとしている。だが実際には、日本を出発してまだ2週間をわずかに過ぎたばかりだというのに、『トラブル』はいくつも発生している。ポルナレフが一行に加わったことも、一種の『トラブル』と呼べるかも知れないし、アヴドゥルが敵の凶弾に倒れたことは、彼等にとって一番の痛手だろう。これからもそうだ。何が起こるかは、――予知の能力でも持たぬ限り――誰にも分からない。
「行こう、ポルナレフ」
 花京院は返事を待たずに駆け出していた。「待てよ」と言う声が背中に掛けられたようにも思ったが、足を止めている暇はない。まだ“あの男”がいるエジプトに到達することすら出来ていないのだ。ここで何かを失ってしまうわけにはいかない。
 承太郎達が泊まった部屋は、花京院達のそれと同じフロアの階段近くに位置していた。荒々しいノックをしてから「入りますよ!」と一方的に宣言してドアを開け放った――鍵が掛かってはいたが、ドアの内側に出現させたスタンドで難なく解錠出来た――。
 前の晩も、打ち合わせのためにその部屋には入っていた。花京院達の部屋と同じ作りのツインだが、ジョセフと承太郎には少し窮屈かも知れないなと思ったことを覚えている――そこへ花京院とポルナレフが入っていったのだから、狭くないわけがなかった――。だが今は、その印象が薄れている。その理由は明確だ。承太郎の姿がない。顔でも洗っているのか、それともトイレか。しかし彼も祖父の叫び声を聞いているはずだ。「何があった」と確認するのは、もう済んだ後なのか……。
「なんだよジョースターさん、さっきの声はよぉ」
 花京院の後ろから、ポルナレフも顔を見せた。彼は髪をセットしている途中で飛び出してきたので、その手には櫛を持ったままだった。彼の声に、部屋のほぼ中央で立ち尽くしていたジョセフがゆっくりと振り向く。その腕の中には、小さな子供がいた。
「……その子、は……?」
 少々クセのある髪は黒。やや眠そうな目は緑。ワンピースのような服を着ているが、女児ではなさそうだ。よく見るとそれは、大人物のタンクトップであることが分かった。ズボンや靴、それに靴下は履いていないようだ。
「なんだぁ、その子供はぁ? まさかジョースターさん、こんなところに隠し子がいた、なんて言うんじゃあないでしょうねぇ?」
 ポルナレフはおどけたように言ったが、花京院はその子供から目が離せなかった。見覚えが……いや、面影がある。そう、ジョセフ・ジョースターの子供だと言われれば信じてしまえそうなくらいには、彼と似ている。しかし、
「何を馬鹿なことを言っておる! これは承太郎じゃ! 子供に戻ってしまった承太郎本人なんじゃ!!」
「なっ……」
「なんだってぇッ!?」

 戸惑うような――それともやはり“眠そうな”だろうか――表情を浮かべるその子供は、まだ小学校へ上がる前の年頃といったところだろうか――身近に小さな子供がいたことのない花京院には、自信を持って断定することは出来ないが――。それでも、子供の頃の承太郎はこんな感じだったのだろうと思える姿をしている。彼はジョセフの顔を見上げて、首を傾げた。
「おじいちゃん?」
「おじいちゃんンンッ!?」
「ポルナレフ! 煩い、少し黙ってろ!」
 慌てふためく大人達――といっても花京院はまだ十代だが――の顔を、緑色の瞳が順番に見詰めていった。間違いない。そこに宿る星のような輝きは、承太郎が持つそれと同じだ。
「どういうことなんですか。まさか、スタンド攻撃……!?」
 しかしジョセフは首を横へ振った。承太郎を2つ並んだベッドの片方に座らせると、彼もその隣へ腰を降ろした。花京院とポルナレフは顔を見合わせてから、その傍に立った。
「これは、スタンド攻撃ではない。ジョースター家の者が発症する、一種の病のようなものじゃ。詳しい説明は省くが、成人の頃を目処に、一日だけ子供に戻ってしまう病だ」
「成人……? でも承太郎は……」
 自分と同じ、17歳だ。花京院がそう言うと、ジョセフは頷きを返した。
「ある程度の個体差はあるようじゃ。それに、病も生き物のようなもの……。時を経て、その性質が変化しているのかも知れん。発症の時期が早まっているのか……。しかし、よりによってこんな“タイミング”でとは……」
 あるいは、単に承太郎ならもう成人と変らない程度の成長を果たしている――肉体的にも、精神的にも――ということなのかも知れない。どちらにせよ、今気にすべきことは他にある。
「戻る方法はあるんですか。まさか、このまま“もう一度”成長するまで待てなんてことは……」
「いや、それはない。さっきも言ったじゃろう。症状が出ているのは、一日だけじゃ。早ければ半日ほどで元に戻る。後遺症もないはずじゃ」
「一日……」
 『不幸中の幸い』……とでも言うべきか。しかし彼等が不幸の中にいることは、それで相殺されはしない。
(もし今、敵が現れたら……)
 今の承太郎には、戦う術すらない。
 花京院の胸中を読み取ったように、ジョセフが頷く。
「分かっておる。だが今は、この症状が消えるのを待つしか出来ん。ひとまず、よりセキュリティがしっかりしているホテルへ移ろう。何者も接触出来ないように、承太郎を守るんじゃ」
 早速行動を開始しようと立ち上がったジョセフを、止めたのはポルナレフだった。彼は髪を梳いた櫛の先端と、視線を真っ直ぐジョセフへと向けた。
「その前に、確認しておきたいことがあるぜ」
「なんじゃ」
「今、“病”だと言ったな。それはおれ達に感染しないと、断言出来るものなのか?」
「ポルナレフっ?」
 承太郎が己の身を守ることも出来ない状態になってしまっているというのに、この男は自分の心配をしているのかと、花京院は憤りを覚えた。それが表情にも表れていたのか、ジョセフが視線だけで「落ち着け」と諭してくる。花京院は納得出来ないまま、両の拳を強く握った。それをポルナレフに向かって振り下ろすことを半ば覚悟しながら。
「日常生活程度の接触では感染しないはずじゃ」
「“はず”かよ」
「なんせその話を聞いたのは随分前のことじゃったからのう……。当時はわしも子供じゃったし、ホリィの時は、ちょうどわしが留守の時でのう……。確か、粘膜の接触や母体からが感染のルートだとか……。ただ、普通に触れる程度では問題ないはずじゃ。考えてもみろ。そんなに簡単に感染するものなら、もっと広域に広まっていてもおかしくないはずじゃ」
「ま、一応筋は通ってるか」
 ポルナレフはふうと息を吐くように言った。“一応”納得はしたようだ。その視線が、ふっと動いた。
「こえー顔すんなよ」
 彼は花京院の肩を軽く叩きながらそう言った。花京院は、もう少しで「気安く触れるな」とその手を振り払うところだった――続くポルナレフの言葉があと1秒でも遅かったら、実際にそうしていただろう――。
「おれ達まで感染しちまったら、誰が今の状態の承太郎を守れるんだよ」
 その言葉と、自信に満ちたような微笑みに、花京院は短い時間だけとはいえ彼に疑いの目を向けたことを恥じた。
「すまない、ポルナレフ……」
「んー? なんのことだぁ?」
 惚けるポルナレフにふっと笑うと、ジョセフは今度こそというようにドアに向かって歩き出した。
「新しいホテルを手配してくる。お前達はここで待っているんじゃ。単独行動は控えるべきじゃが、やむを得ん。ポルナレフ、外の見張りを頼む。花京院、お前は承太郎についていてくれ」
「え、ぼく……ですか?」
 幼い承太郎にとっては初対面である自分より、多少の違和感を覚えてはいそうだがそれでも祖父だと認識しているジョセフが傍についていてやる方が良いのではないか。花京院がそう言うと、しかしジョセフは首を振った。
「この部屋の天井、床、壁の全てに、ハイエロファントの触手を這わせるんじゃ。それなら外からの攻撃や敵の侵入にすぐ気付ける。わしのハーミットパープルでも同じことは出来るが、いざ戦闘になった時のことを考えると、お前の方が適任じゃ」
 これは責任重大だ。そのことを抜きにしても、花京院は自信が持てなかった。小さな子供なんて、どう扱って良いのか分からない。自分が子供だった時のことを思い出そうにも、ずっと友達と呼べるような相手はいなかった。妹がいたというポルナレフの方がとも思ったが、彼のシルバーチャリオッツでは先程言った防御網は張れない。
「では2人とも、頼んだぞ!」
 無力化してしまった孫を託すことになんの不安も感じていない――信頼している――ような口調でそう言うと、ジョセフは部屋を出て行った。ポルナレフは花京院とは対称的に、勢い良く「分かったぜ、任せときな!」と応えた。
 ジョセフの姿が見えなくなると、承太郎は落ち着かない様子で花京院とポルナレフの顔を見上げた。ポルナレフはそれに気付いていないようだ――どうやら髪の仕上がりを気にしている――。花京院もそれに倣い、視線を逸らしたままでいた。
(これからどうしよう……)
「何しょぼくれた顔してんだよ」
 ポルナレフが尋ねる。その言葉は、どうやら自分へ向けられたものだったようだ。そのことに気付くのに、花京院は数秒の時を要した。
「子供の扱いなんて、ぼくには分からない」
 正直にそう打ち明ければ、それなら代わってやるよと言ってくれるかと――あるいは見張りは中でやれば充分だと言ってついていてくれるかと――期待したが、ポルナレフは首を傾げるような仕草をしただけだった。
「アンとは普通に喋ってたじゃあねーか」
「あの子よりも、今の承太郎の方が小さいだろ」
「お前って年上好み?」
「はぁ!?」
「ジョーダンだよ。怒るなって。まあ、一日あれば戻るって話なんだし、そうガッカリすんなって。これはこれでカワイイじゃねーか。なー、承太郎?」
「ガッカリ?」
 確かポルナレフはフランス人だと言っていたが、言葉が正しく伝わっているのか今になって疑いそうになった。この男は、さっきから何を言っているんだ……?
「承太郎が小さくなっちまって、これじゃあ頼りねーって顔だぜ」
「ぼくはそんなにいつも誰かに頼っているように見えるか」
「そういう意味じゃあねーよ。それは深読みし過ぎってもんだぜ」
 ポルナレフはけらけらと笑うと、再び花京院の肩を叩いた。
「ま、あんまり難しく考えんな。フツーにしてりゃあいいんだよ。深刻そうな顔してると、承太郎まで不安になるぜ。今はお前の方が年上なんだから、堂々としててやれよ。おれは窓の外にいるから、なんかあったら大声出せ」
 ひらひらと手を振って、ポルナレフも出て行った。部屋の中が急に静かになってしまった。

(とにかく、やるべきことをしないと……)
 ジョセフに言われた通り、部屋中にハイエロファントグリーンの触手を這わせた。現時点ではなんの異常もないようだ。緑色に光るそれ――光るメロンのようだと言われたことがある――は、今の承太郎の目には見えていないようだ。ハイエロファントグリーンがその顔を間近から覗き込んでも、なんの反応もない。
(そうか……)
 花京院には、幼い頃からこの能力があった。周りの人間には、誰もなかった。その所為で、誰とも真に分かり合うことは出来ないのだという意識を常に――幼少の頃から――持っていた。この旅で初めて仲間に出会えた。そう思った。が、承太郎には、あのどうしようもない孤独感は分からないのだということを、今更のように思い知らされた気分だ。
「あの」
 高い声が掛けられた。視線を向けると、困惑したような顔がそこにあった。
「ごめんなさい……」
「え?」
 胸中を読まれたような言葉に、思わずどきっとする。
「ぼくのせいで、めいわくかけてるから……」
 大人達の会話を全て理解しているということはないだろう。それでも、その話題の中心が自分であることは分かっているようだ。それも、決して楽しい話題ではないということも。頭の良い子だ。凡そ子供らしくない発言に、花京院は焦りを隠し切れなかった。まさか「そう思うならさっさと元に戻れ」と言えるわけもない。
(いけないいけない)
 花京院はぶんぶんと頭を振った。承太郎には何も非はない。子供に戻ってしまったことも、花京院の過去のことも。こんなことで今の友情がどうにかなってしまうこと等、ありえない。今のことと、これからのことに集中しなければ。『承太郎まで不安になるぜ』。ポルナレフの言う通りだ。
「そうだ、自己紹介もしていなかったね。ぼくは花京院典明」
 まだ子供への接し方は分からないままだ。それでもなんとかコミュニケーションを取ろうと、花京院は承太郎に視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「かきょーいん、さん?」
「花京院でいいよ」
 承太郎は少し戸惑ったような表情を見せた。
「君は、空条承太郎だね」
「うん」
「何が起こっているのか分からないと思うけど、ぼく達を信じてくれるかい? 君を危険な目に遭わせたりは、決してしない。だから、少しの間我慢してて欲しい」
 子供を相手にするには、口調が硬過ぎるだろうか。もっと簡単な言葉を選んだ方が良いのかも知れない。だが、これ以上簡単になんて、どうすればいいんだろう。丸を丸以上に簡略化した形で描けと言われても困る。
 しかし承太郎は頷きを返した。本当に賢い。それに、聞き分けもいい。
(少しイメージと違うなぁ……)
 “これ”が“あの”承太郎なのだと思うと、なんだか不思議だ。まさか幼少の頃から“あの”性格だったとも思わないが。
(承太郎が子供の頃のことなんて、ぼくは全く知らないんだもんな……)
 時々忘れそうになるが、花京院が承太郎と知り合ってからの日数は、まだ数えられるほどしか経っていない。知ってみたいと思った。承太郎のことを。彼の過去を。それは、ただの好奇心だろうか。
「承太郎は」
 沈黙が続くと意味もなく緊張してしまう。意味のない会話でも、ないよりはマシだ。不慣れな子供への対応と、承太郎のイメージのギャップに戸惑いながらも、花京院は質問をしてみることにした。
「ええっと、小学校……へはまだ行ってないか。じゃあ、家ではどんなことをして遊んでいるんだい?」
 今の――17歳の――承太郎ならまず答えてくれないことだろう――「どんな子供だったのか」なんて――。が、幼い彼はあっさりとそれに答えた。
「シャボン玉とか、ボールなげとか……」
「へぇ」
 シャボン液はたぶん普通の石鹸だけでは作れないだろう。ボールもない。何か代用品になる物はと部屋の中を見廻すと、ベッドの上の枕が目に入った。花京院の部屋にあったのと同じ物なら、中身は少し硬めのストローを短くカットしたようなパルプであるはずだ。枕がボールの代わりでは、キャッチボールモドキがドッヂボールモドキになってしまうだろうか。『枕投げ』も――花京院はやったことがない……やる相手がいなかった、が――ぶつけ合うことが暗黙の内に了承されているはず。だがこの程度の重さと硬さなら、怪我をすることはないだろう。壁にはハイエロファントグリーンの触手が這わせてあるから、室内に申し訳程度に置かれた家具や装飾品の類に当ててしまいそうになってもブロック出来る。
「承太郎」
 声を掛けながら枕を高く放ってみた。承太郎は両手を伸ばし、胸に抱くようにそれをキャッチした。両目は最後まで目標から逸らされることなく開いていた。
「へぇ、上手じゃあないか」
 その言葉は極自然に口から出た。褒められたことで嬉しくなったのか、それともようやく緊張感が薄れてきたのか、承太郎は花京院に向かって微笑みを見せた。子供らしい、愛らしい表情だ。花京院も、自然と笑い返すことが出来た。
 それからしばらく、2人は枕を投げ合った。何度か続けた頃、ふと悪戯心が生じて、それまでよりずっと強い力で投げてみた。全身を使ってそれを受け止めた承太郎は、衝撃でそのままころりと後ろへ転んで尻餅を着いた。大丈夫かと尋ねるのより早く、「やったな」というような笑顔がこちらを向く。承太郎が大きく振りかぶって投げた次の一投は、大暴投になった。手を伸ばしても届かない。花京院は咄嗟にスタンドを動かしていた。空中で弾かれたように動きを止め、そのまま落下した枕を、承太郎は不思議そうな顔で見詰めた。
(しまった……)
 今の今まで忘れていた。が、子供の頃にも似たようなことがあった。クラスメイトだろうか、いや、もっと幼い頃なら、近所に住む同年代の誰か? その“誰か”は、投げたボールが木の枝に引っかかって落ちてこなくなってしまったと困っていた。近くに大人の姿はなく、その場にいた子供達は小石をぶつけてなんとか落とそうとしていたが、それは幼い花京院の目からでも明らかなほどに望み薄で、同時に危険にも見えた。そこで彼は、自分のスタンドに命じたのだ。あのボールを取ってこい、と。彼にとってそれは、造作もないことだった。“普通の子”にはそんなことは出来ないと、まだ知らなかった。
 承太郎はぽかんと目と口を開けている。その表情が怯えの色に急変する。あの時――昔――のように。現実に先駆けての予知のように、花京院の脳裏にその映像が浮かび上がる。が、実際に承太郎の口から出てきた言葉は、「すごい」だった。
「いまの、かきょーいんがやったの? どうやって? すごい! てじな?」
 その目はきらきらと輝いていた。満天の星のように。恐れないどころか、駆け寄ってきて学ランの裾にしがみ付いて見上げてきた。
「えっと、うん、まあ、手品……みたいなものかな?」
 おそらく説明したところで理解は出来ないだろう。嘘を吐くのは子供相手とはいえわずかに心が痛んだが、代わりのように「承太郎も大きくなったら出来るようになるよ」と言ってやった。こちらは嘘ではない。
「てじな、おじいちゃんもできる」
 それはスタンド――もしくは波紋――のことを指しているのか、それとも本当に――切断したはずのロープが繋がっているとかそういった類の――マジックのことを言っているのかは分からない。どちらであっても、ジョセフならそうやって孫と遊んでやっていたのだろうことが、比較的容易に想像出来た。微笑ましい限りだ。
(それが今では『じじい』だもんなぁ……)
 時の流れとは不思議なものだ。
「ねえ」
 承太郎は花京院の顔をじっと見上げていた。上を向いた姿勢は、首が痛くなりそうだ。「なんだい」と返しながら、視線を合わせるようにしゃがんだ。いつの間にかその瞳に直視されることによる戸惑いは感じなくなっていた。
「かきょーいんは、おじいちゃんのお友だちなの?」
 『友達』と呼ぶにはずいぶんと年齢が離れている。が、子供から見れば『大人』という同じ括りでしかないのかも知れない。花京院としては『仲間』と呼ぶ方がしっくりくるように思うが、その微妙な違いを子供に理解しろと言うのは酷だろう。
「うん、まあ、そんなような……」
 そう答えると、不意に承太郎の顔から笑みが薄れた。一度ならず二度までも回答をはぐらかしたことに、腹を立てたのだろうか。子供だと思って適当にあしらわれることの面白くなさは、花京院にも覚えがあったのに……。
 だが再び、承太郎は予想外の言葉を口にした。
「ぼくのお友だちだったら良かったのに……」
 花京院は胸の奥が熱くなるのを感じた。なんだ、この感覚は。なんだ今の言葉は。精々5歳前後の子供が、そんなことを言うか? いや、言ったのだ。聞き間違いではない。本当に言った。今の――17歳の――承太郎でも――むしろそっちの方こそ――言わないであろう言葉を。
 心臓が鼓動を早めている。体温も少し上昇しているようだ。ややしょんぼりとしている承太郎の顔がなんだか眩しい。首筋にある星型の痣がついに本物の星になって輝き出したのではあるまいな。
「じゃあ、あの……」
 花京院は上擦った自分の声を、自分のものではないような気持ちで聞いていた。承太郎はじっと視線を向けたまま、花京院の次の言葉を待っている。
「……なる? と、友達に……」
(何を言っているんだぼくは)
 そう思った一瞬後には、目の前で笑顔がはじけるように咲いていた。
「うん! かきょーいんと友だちになる!」
 もし、子供の頃に出会っていたら、彼は同じことを言ってくれていたのだろうか。花京院は無自覚の内に両手を強く握り締めていた。その姿は何かを堪えているのにも似ていた。
(承太郎、君ちょっと可愛過ぎるぞ)
 なのに成長後は“ああ”だと考えると、ずるい気さえしてくる。

 しばらくすると、ジョセフが新しいホテルを見付けて帰ってきた。彼が声を掛けてきたらしく、外にいたポルナレフも一緒に戻ってきた。今のところ敵の襲撃はない。このまま何事もなく済んでくれと願うばかりだ。
 朝食を取っていないことに、そろそろ全員気付いていた。承太郎は両手で腹部を押えてさえいる。それでも泣いたり文句を言ったりしないのは、もしかして花京院が「我慢しろ」と言った所為だろうか。そういう意味で言ったつもりはなかったのだが。
 ホテルのレストランは、この時間は閉まっているようだった。承太郎を連れて店を探しに行くわけにもいかない。どうするべきかと思っていると、ジョセフが外へ出たついでに買ってきたと、パンとミルクを渡してくれた。大人達の分もちゃんとある。花京院とポルナレフは粗方荷造りを終えていたが、ジョセフにはその時間はまだなかったようだ。彼はパンを口に咥えたまま、鞄を開けて必要な物を詰め込み始めた。承太郎が本当に子供だったら、教育に悪いですよと咎めていたところだ。
「あれ、承太郎、食べないの?」
 ふと気付くと、承太郎は彼にはやや大き過ぎるパン――ひと口だけ齧った跡がある――を持ったまま、不満そうな顔をしている。腹を減らしているはずなのにとその顔を覗き込むと、小さな声で「お母さんのごはんの方がいい」と言うのが聞こえた。
(承太郎、君ちょっと可愛過ぎるぞ!)
 花京院のその心の声は、本日2度目である。
「承太郎、ワガママを言ってはいかんぞ。今ホリィは忙しいんじゃ」
「そうだぜ。何でも食べないと、でっかくなれないぜ。まあ、承太郎はちょっとでっかくなり過ぎかも知れないけどよ」
 ポルナレフが笑いながら承太郎の頭を撫でた――というよりは、軽く叩いた――。今しか出来ない貴重な体験だ。承太郎はしぶしぶといった様子でパンに齧り付いた。視線がふとこちらを向いたので、花京院は微笑み掛けてやった。
「えらいね、承太郎」
 承太郎も笑い返してくるだろうかと思ったが、彼は視線を下げて大きなパンばかりを見ている。頬が少し赤いようだ。照れているのかも知れない。
「将来承太郎に子供が生まれたらこんな感じかねぇ?」
「男の子とは限らんがのう。祖母似の可愛い女の子かも知れん」
「そこは母親でいいでしょうに。親バカでジジバカなんだなぁジョースターさんは」
 ジョセフとポルナレフの口調は明るい。この旅の最中に、こんな和やかな気持ちになれるとは思ってもみなかった。
(小さくなってしまっても、承太郎は皆を安心させてくれるんだな……)
 この小さな体のどこにそんな力を宿しているのか、花京院は不思議で仕方がなかった。

 移動先のホテルは、真新しい建物で全ての部屋がオートロックの近代的な物だった。昨晩休んだホテルと同じくツインを2部屋確保し、一先ずその片方に集まった。小さい承太郎はポルナレフが小脇に抱えてきた。ジョセフは朝食を買うついでに子供用の服や靴も手に入れようとしたらしいが、残念ながらそういった物がすぐに見付けられる所はなかったようだ。裸足で外を歩かせるわけにはいかないというのは分かるが、荷物のように扱われて、後から――17歳の――承太郎が知ったら怒りそうだ。
「ここなら大丈夫じゃろう」
 全員で異常はないかをチェックして、ここなら今日一日承太郎を守ることが出来ると判断した。ドアも窓も丈夫そうだ。ただ、防音もしっかりしているようで、有事の際に大声を出してももうひとつの部屋にいる仲間に聞こえなさそうなことだけが少し心配だとは言えるかも知れない。
「部屋で休むのは良いとして、定期的に安否を確認することにした方が良いかも知れんな」
 ジョセフの言葉に、花京院とポルナレフも頷いた。
「ともかく、じゃ。こんな状況ではあるが、ここはポジティブに考えよう。逆に考えるんじゃ。先へ“進めない”のではなく、“休憩の口実にはもってこい”とな。これからの戦いに備えて、今日一日はしっかりと体を休める日にしよう。フラフラ遊びに出るなよ、ポルナレフ」
「えー? おれ、そんなやつに見えますかぁ?」
「見える」
「見えますね」
 きっと承太郎も、子供に戻っていなければ「見えるな」と頷いていたのだろう。それを想像すると、自然と笑みが零れた。
「外に出る時は必ず知らせるんじゃぞ。では解散じゃ。承太郎は、じいちゃんと一緒におるんじゃぞー」
 ポルナレフがジジバカと言ったのも間違いではなさそうだ。ジョセフの表情は完全に初孫を可愛がる祖父のそれになっている――実際そうなのだろうが――。
「じゃあね、承太郎。また食事の時にね」
 花京院がそう言うと、承太郎ははっとしたように顔を上げた。かと思うと、背伸びをしながらジョセフの服を引っ張った。
「おじいちゃん、ぼく、かきょーいんといっしょがいい」
「えっ?」
「こら承太郎。花京院だって旅の疲れがたまっとるんじゃぞ。子供の相手なんて――」
「あのっ」
 花京院はジョセフの言葉を遮った。そんなことをしたのは、この旅が始まって以来初めてのことだったかも知れない。
「ぼくなら構いません。さっきだって、ずっと建物の中にいたんだし、そんなに疲れてないですよ。それより、ジョースターさんとポルナレフこそ休んでください。何かあったら、ちゃんと知らせますから」
 自分は果たしておかしなことを言ってしまっているのだろうかと不安になった。数時間前までは、承太郎と2人で残されることに露骨な戸惑いを見せていたというのに……。しかし今は、幼いその声に吸い寄せられているかのように、その場を離れることが出来ない気持ちでいる。ここにいたい。承太郎の傍にいたい。出会う前の彼を、もっと見ていたい。
「……駄目、……でしょうか……」
 消え入りそうな声でそう言うと、ポルナレフが口を開いた。
「いいんじゃあねーの? それで承太郎が大人しくしてるっつーならよ。ジョースターさんは、花京院の言う通り少し休んでろよ。おれはまだ元気だから、買い出しにでも行ってくるわ。承太郎が着られそうなもんがあったらついでに……ああでも、いつ戻るかも分かんねーのか。まあ、無駄になるかも知んねーけど、たかが子供用品、そんなに値段はしないだろ」
 その言葉に、どうやらジョセフも納得してくれたようだ。
「そうじゃのう。花京院がそう言うなら、そうするか。だが、疲れる前に言うんじゃぞ。すぐに代わるからな」
「はい。分かりました」
「子供は子供同士ってな」
「怒るぞ、ポルナレフ」
「承太郎、花京院に迷惑掛けるんじゃあないぞ」
「うん!」
 2人が自分の荷物を持って出て行くと、承太郎が飛び付いてきた。危うく転びそうになるのを、花京院はなんとか堪えた。
「またかきょーいんとあそべる?」
「うん、そうだね」
「やったぁ!」
「……承太郎、君誘拐されかけたこととかないかい?」
「ゆーかい?」
 2、3度攫われていても可笑しくないんじゃあないだろうか。そう思ってしまうくらいに、彼は可愛い。花京院はわりと本気でそう思った。

 昼過ぎにはポルナレフが食べる物と一緒に子供用の服や靴を手に入れてきてくれた。承太郎は履き慣れない靴に少々苦戦しているようではあったが、それでもこれでなんとか尖った物を踏む等してケガをする心配はなくなった。お陰で、夕食は4人揃って外へ食べに出ることが出来た。自分達の姿は傍目からはどう見えているんだろう――親子? 兄弟? 同級生? もちろんどれもハズレだ――と思うと、なんだか面白い。
 ホテルに戻って休む段になると、ジョセフは今一度交代しなくて良いのかと尋ねてきた。
「ぼくは大丈夫です。手の掛からないいい子ですよ、承太郎は」
 その“いい子”が今は「逃がすものか」と言わんばかりに花京院の学ランの裾をがっちりと握り締めているが。ご覧の通り、離してくれないようですしと言うと、ジョセフは――いつも承太郎がそうするように――やれやれと溜め息を吐いた。
「すまんのう」
「本当に大丈夫ですから」
 「おやすみなさい」と挨拶をして、承太郎の手を引いて部屋へ戻った。承太郎は少し眠そうな顔をしていた。明日の朝には、きっと彼は元の姿に戻っているのだろう。
(この承太郎も可愛いけど……)
 元の承太郎にも会いたい。花京院はそう思った。
 旅は一日の中断を余儀なくされたが、今回の一件で、自分がいかに他人に対して壁を――ほぼ一方的に――作っていたかを思い知った。スタンドが使えるかどうかなんて関係なく、承太郎は花京院を「友」と呼んでくれた。もっと早く彼と出会っていたら、おそらく花京院の幼少期は劇的に違っていただろう。そのことを残念だとは思わない。自分には“今”がある。それで充分だ。ただ幼い頃の承太郎を知ることによって、ますます“今”の彼のことを好きになれた。そんなような気がした。
「ありがとう、承太郎」
 微笑み掛けると、不思議そうな視線が返ってきた。
「ぼく、なにかした?」
「なんでもないよ」

 眠っている間に元に戻った時のことを考え、まだ新しい子供用の服は脱がせて今朝と同じくタンクトップ1枚をワンピースのように着させることにした。肩からずり落ちそうになっているが、眠るだけなら問題ないだろう。
「寒くないかい?」
「うん。へーき」
 それじゃあもうおやすみと言うと、承太郎は聞き分け良くベッドに入った。数分もしない内に、彼の目蓋は重みを増してきたようだ。
「かきょーいん」
 名前を呼びながら手を伸ばしてくるので、どうしたの? と尋ねながら近付いた。すでに半分眠ってしまっているのか、口はもごもごと動いているのに声が小さくて聞こえない。その口元に耳を近付けると、「おやすみなさい」とようやく聞こえた。そして、頬に押し当てられた柔らかい感触。それが唇だったと認識した時には、承太郎はもう眠ってしまっていた。
(ホリィさんだな、きっと)
 承太郎に「おやすみなさい」のキスを教えたのは。
 かすかに温もりの残る頬に手を当てながら、花京院は自分の顔が赤くなっていることを自覚した。

 承太郎が寝ましたと報告に行くと、花京院ももう休むようにとジョセフに言われた。不寝番は不要だとも――そもそもこれまでだってそんなものを立てたことはない――。部屋に戻り、早速蹴飛ばしたらしい承太郎の毛布を直してやってから、シャワーを浴びることにした。部屋の中の物音が聞こえなくなるのは少々不安だが、短時間で済ませれば何も起こらないさと自身に言い聞かせる――そうでもしないと、いよいよ眠ることも出来なくなってしまう――。が、10分程度でバスルームを出た花京院の目に映った光景は、明らかに変化していた。
「承太郎……」
 ベッドの上に、承太郎が起き上がっていた。子供の姿ではない。花京院と同じ、17歳の姿の承太郎だ。
「戻ったんだねっ? 良かった……」
 花京院は思わず駆け寄っていた。トレードマークの帽子がない所為で「いつも通りの」と言うには少し違和感があるが、それは間違いなく“現在の”空条承太郎本人だった。彼はわずかに眉間に皺を寄せ、自分の手の指先を見詰めていた。
「大丈夫……? どこか、おかしなところは……」
「下半身がスースーしやがる」
 それはタンクトップ以外何も身に着けていないからだ。つまり、毛布の下は裸である。
「ああ、ごめん。今着る物を取ってくるよ。君の荷物はジョースターさんが預かってて――」
 今にして思えば、この部屋に置いていたって何の問題もなかった。ジョセフもポルナレフももう寝ていたらどうしよう。花京院の服を貸してやっても、サイズが合わずに着られないだろう。腕時計を見ようとして、シャワーの前に外したことを思い出す。時計のないその腕を、承太郎が手を伸ばして掴んだ。
「承太郎……?」
「随分と世話になっちまったみてーだな、花京院」
 いつもなら不思議と落ち着く低い声だが、この時は何故かどきりとした。セリフと口調が妙に一致していないように思ったのは、気の所為だろうか。
「承太郎、もしかして記憶が……」
「ああ、覚えてるぜ。まあ、何一つ余すことなくなんて言われたら困るだろうが」
 その可能性は考えていなかった。子供に戻っていた間の記憶は、元に戻ってからもなくなりはしないのか。そういえば、この病についての説明をしてもらった時に、ジョセフは「その当時は自分も子供だった」と言っていた。あれは、彼がその病についての話を聞いたのが、正に症状が出ているタイミングだったという意味だったのか。余り覚えていない様子だったのは流れた歳月のための自然な風化で、子供になっていた間の記憶がそもそも残らないということではなかったのだとしたら……。
(ポルナレフ、ちょっとまずいんじゃあないか……?)
 頭をぽんぽんと叩いたり、軽口を叩いたり……。自分は? 自分は何をしたっけ……?
「あの、承太郎?」
 承太郎が掴んだ手を離してくれる様子がない。もしかして寝惚けているのだろうか。その顔を覗き込もうとすると、ふいっと視線を逸らされた。
(……あ)
 もしかしたら、
(照れてる?)
 子供の頃の話をされるのは、なんとなく気恥ずかしいものだ。それを直接見られたとあっては、流石の承太郎でも“こう”なるのかも知れない。たぶん、「大丈夫。可愛かったよ」なんて言ったら、逆効果だろう。
「とりあえず、承太郎、荷物を取ってくるよ。ジョースターさん達にも戻ったと報告しておかないといけないし」
 「だから手を離してほしい」。そう伝えたつもりだった。が、その腕は逆に強く引き寄せられた。
「えっ」
 花京院がそのままバランスを崩して倒れ込んだのは承太郎の胸の中だった。顔を上げると、彼は笑っていた。子供の頃のキラキラした笑顔と比べると、その表情はどちらかといえば、“ギラギラ”。
(嫌な予感が……)
「自分だけ人がガキの頃のこと根掘り葉掘り聞き出しておいて、それで終わりってのはフェアじゃあないよなぁ? 花京院?」
「根掘り葉掘りだなんて、別にぼくはそんなつもりじゃあ……」
「それじゃあ、純粋な親切心からか? それならそれで、“礼”をしないといけないな。“ガキのおれには出来ない方法”で」
 ぞわっとした感覚が背中を走り抜けた。困ったことに、その原因は危機感によるものだけではない。そこに混ざったのは、その対極に当たる“期待”……。そういえば、2人きりになるのなんていつ振りだ? そして次はいつになる? いや、だが、ここで流されてしまうわけには。
「待って待って待って待って!」
 花京院は慌てて飛び退こうとした。が、腕は依然掴まれたままだ。
「さっきまでとのギャップがあり過ぎる!」
「それで1つだな」
「ひとつ?」
「『待て』と4回言っただろ。残り3つも言ってみろ」
 そんなつもりはもちろんなかったのに。
「『照れ』はどうしたっ」
「開き直った」
「認めるなッ!」
「あと2つな」
「記憶があるなら覚えているはずだろう!? 君のその病気は感染するんだ!」
「ああ、そんなようなことをじじいが言ってたな」
 承太郎は「それで?」と言うように首を傾けた。
「君、今から何をしようとしてる」
「セッ――」
「ストレート過ぎるッ!!」
 ついうっかりハイエロファントグリーンでパンチをかましてしまった。が、それはスタープラチナによってしっかり防がれていた。
「その病気は粘膜感染するんだ! “そんなこと”したら、一発でアウトだろう! 母体から感染するってことは、その症状が出ていなくてもうつる可能性があるってことだ!」
「まあ、そうなるだろうな。母体が発症してたら、胎児が無事とは思えねぇ」
「つまり、君の症状が治まったからといって、それで感染の可能性がなくなったというわけじゃあないんだぞ!」
「一日縮むだけだろ。それともお前は妊娠中か?」
「君は馬鹿か! すでに一日中断してるんだぞこの旅は!」
「ゴムしろって話か」
「違う!」
「生憎だが持ってねー」
「常備されてたらそれはそれで嫌だ!」
「分かった、お前が縮んだら、おれが負ぶってってやる。それに、お前はおれのガキの姿を見てるんだ。不公平だろ。お前も見せろ。それでチャラにしてやる」
「うつす気満々!?」
「今のでいくつ目だ? 3つか?」
「子供の君は素直に言うことを聞いてくれるいい子だったのにっ」
「大人の都合のいいように出来るのが『いい子』か?」
 承太郎の顔はいつの間にか焦点を合わせるのが難しいほどに接近している。普段は帽子で押えられている前髪が花京院の顔を撫でそうなほどだ。緑色の目に、自分の姿が映っているのが見える。
「それとも」
 不意に、自信に満ちていた瞳がわずかに翳った。
「チビのオレの方がいいか?」
「そんなこと……っ」
 大きい方が好きだと言い掛けるも、このセリフはすごく誤解を招きそうだ。花京院が狼狽えたのを、承太郎は見逃さなかった。彼はにやりと笑った。
(しまった)
 罠だったと思ってももう遅い。
 ハイエロファントグリーンはスタープラチナに手を抑えられたまま脱力している。抵抗の意思がないことは一目瞭然だ。
「スタンドは正直みてーだな」
「その言い方はなんか嫌だッ」
「“ともだち”だろ」
「絶対しないぞ、友達同士でこんなこと」
 自分が知らないだけで案外それが普通だったらどうしよう……。
「ジョースターさんかポルナレフが様子を見に来たらどうする気なんだ」
 流石に夜中には来ないだろうと思ったが、承太郎にも少しくらいは「困る」と思ってもらわないと、釣り合わない。それこそ不公平だ。今一番“困る”のは、承太郎のこんなところも含めて、彼を嫌いになれない――むしろ好きだ――ということだ。
 承太郎は考え込むような仕草をした。そして、
「その時は」
「その時は?」
「その時、だな」
「嘘だろ承太郎!?」


2017,09,10


関連作品:Little Star 4(雪架作)


1部を書いた時にふわっとしたまま終わっていた部分が、2部で思いがけずしっかりした設定にしてもらえていたのが嬉しくて、3部も書いちゃいました。
ショタっ子きゃわいいきゃわいいするなら幼児化するのは受けキャラである方が好みなのですが、1部からの流れで承太郎に縮んでもらいました。
それでも承太郎はがっつり攻めなんだぜー! という思いが籠った結果、このような終わり方になったのかも知れません。
かっこいい承太郎がいなくてごめんね! と思いつつ、1〜2部とは違う雰囲気に出来て良かったです。
<利鳴>

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