ディオジョナ ミスジョル 全年齢 混部

関連作品:The Room


  The Room 〜4名様用ファミリールーム〜


 次第次第に強くなるどん、どんと重たい物を何度も落とすような音を微睡みの中で聞いていた。
 正しくは夢の中かもしれない。眠っていた自覚ももう1度寝直そうとしている自覚も有る。
 脚が少し高い椅子に座り正面のテーブルに突っ伏して、ジョルノ・ジョバァーナは両腕で顔を隠すように寝ていた。
 その眠りを妨げるように後ろに編んだ髪をぐいと強く引っ張られる。
「痛っ!」
 物理的に顔が上がって起きてしまった。
 ベージュの壁にジプトーンの天井の清潔そうな部屋。中央に有るらしい突っ伏していたテーブルに敷かれたクロスと、円形の照明器具――一般的な電灯――は白。靴越しの感触だが床は恐らく大理石。ギャング組織のボスとなった今も「住んで」いる、在籍している学校の寮の自室以上の広さは有る。
 どこだ、ここは。
 快適な目覚めとは言い難かったが、起きてすぐに命乞いをしなくてはならない状況とも違う。今がいつかも眠る前に何をしていたかもわからない。ただ泊まり掛けで遊びに来たわけでも、ギャングと知ってか知らずか拉致されたわけでもなさそうだ。
 左側に髪を引いた男が立っている。ジョルノが座っている事を差し引いても見上げる程に背が高い。
 非の打ち所の無い美丈夫だった。華やかな金の髪も通る鼻梁も冷たい眼差しも、不服そうに一文字に結ばれた唇の形さえも。
 だがこの男を、どこかで見た事が有る。
「おい」
 呼び掛ける声もまた美声だったが、初めて聞く物だった。
 名前を出さない辺り初対面なのだろう。もしかすると男がなりたい姿を思い浮かべると出てくる理想的な容貌、というだけかもしれない。
「仲良くしろ」
「……は?」
 吐き捨てる物言いとその内容の不一致具合にジョルノは顔を顰める。
「ディオ、それじゃあ困らせるだけだよ」
 朗らかと爽やかを合わせたような声がした。金髪の男の後ろから黒髪の男が姿を見せた。
 黒髪の男こそ目を見張る程の大男だった。姿勢が良く身長は2m近く有りそうだし、筋肉がしっかり付いているので体重は3桁近く有りそうな、それでいて金髪の男と同様にテレビドラマで見る英国貴族のような服装をしている。
「眠っていた所をごめんね」
「いえ……」
「でも仲良くならないと、この部屋を出られないようだから」
 一体何を言っているのだろう。
 黒髪の男がテーブルの上を、先程まで頭を置いていたであろう箇所を指した。
 1枚の丸い皿、1つの銀のフォーク、1つのグラス、そして1枚の小さな紙切れ。
 手に取った名刺サイズの白い厚紙には文字が印刷されている。

 
仲良くさせないと出られない
 

「これは……」
「よくわからないけれど紙の通りにしないと出られないみたいなんだ。2つ有るドアは鍵が掛かっているし壊せもしない程頑丈で。それに窓や通気孔も無い」
 穏やかな表情を乗せてはいるが厳つく思えそうな程の大男が、例え有ったとしても窓や通気孔からは出られないだろう。
「貴方達と仲良くすれば解錠される仕組みなんですか? それとも貴方達だけ? どちらかと僕だけ?」
 文面からすると目の前の2人を仲良くさせるようにと受け取れた。
「もしくはそっちの男もか」
 金髪の男が顎でジョルノの右側を指した。顔を向けると1人の男がテーブルに突っ伏している。
 左頬を付けて寝顔がこちらからは見えないように。しかし寝顔だろうか死に顔だろうか、両腕がだらりと垂れているからわからない。
 細長い手足や腰付きや特徴的な帽子は見覚えが有るのではなく、嫌と言う程見慣れきった物。
「ミスタっ!」
 名前を声にした時には顔から血の気が引いた。
 まさかそんな、こんな所でこんな呆気無くグイード・ミスタが死ぬ筈が無い。仲間が目を離した隙に死んでいるのはもう2度と体験したくないのに。
 椅子から転げ落ちるように立ち上がって駆け寄り、ミスタの肩を掴んで揺さぶる。
「ミスタ! ミスタっ!」
 もしも彼が死んでいたら――心臓は煩く打っているのに頭に血が回らない。考えたくない、考えられない。
「……ん」
 微かな声に手を止めた。
「ん……ん? 朝……今何時だ……」
 顔を上げてキョロキョロと動かし、垂らしていた両手もテーブルへと乗せる。
「良かった……」
 全身の力が抜ける。心底安堵するとその先に呆れが生まれるのか溜め息が漏れた。
「腕が痺れた」
「垂らしていたから当然です」
「俺何で椅子で寝てたんだ? いやその前にここどこだ?」
 眠気はすっかり飛んだらしいミスタだが、先のジョルノ同様顔を顰めた。彼にとっても見覚えの無い空間らしい。
「……その人、ジョルノの兄貴か?」
「え?」
 後ろを振り向くが、そこには先程と変わらず中世イギリス染みた服装の若い大男2人しか居ない。
「違いますよ、2人共知らない人達です」
「なんだ、違うのか。2人共何と無く顔似て見えるけどな。特にブルネットの方」
 何を言っているんだ――と思ったが、言われてみれば未だ髪が黒かった頃に毎日鏡の中で見ていた顔に似ているかもしれない。
 寧ろ母親に似ているかもしれない。母を男にして大きく筋肉質にして、髪を短くし若返らせればこの黒髪の男のようになりそうだ。いやこれではかなりの違いが有るか。
「そっちなんて髪も同じ色だし、あと雰囲気とか」
「ブロンドなんてどこにでも居るでしょう」
 とは言うが、これだけの明るい色は余り見掛けないかもしれない。
「君達2人は知り合いみたいだね」
「なら手っ取り早い。貴様ら2人で仲良くしろ」
「……は?」
 再び同じ反応をしたミスタに、ジョルノは彼の前にも同様に置かれていた食器類と紙を指す。
「その条件を満たさないと出られないみたいです。まあ満たした所で出られる保証も有りませんが」
「普通にドアなら有るだろ」ミスタの位置からは真正面に見えるドアを今一度見てから「外から鍵でも掛かっているのか?」
 遠目に見る限りでは取っ手は有り鍵穴は無く、無論南京錠が掛けられていたりはしない。
「仕組みはわからないけれど取っ手が動かせないんだ。僕達2人で体当たりしてみたんだけど、びくともしなくて」
 これだけの体躯の男が2人で激しい音が立つ程ぶつかっても何の変化も見せないドア。
 そして気付けば座って眠らされていた。
「……スタンドか?」
「恐らく」
 揃って声を潜める。大男2人組はスタンド能力を持たないかもしれない。
「この紙に書いて有る事を実行しろって?」
 打って変わってわざと2人に聞こえるように大きな声を出しながら紙切れを手に取る。
 もしこれが何らかの理由でギャング2人にスタンド攻撃が仕掛けられているのだとしたら、残りの2人は完全にただ巻き込まれただけという事になる。一般人は何も知らぬままこの部屋から出してやらねばならない。
「へー、砂ってこの砂時計みたいなやつの事か?」
「砂?」
 小さな紙を覗き込んだ。

 
砂が落ち切るまで出られない
 

「僕の紙には『仲良くさせないと』と書いて有ったのに……」
「何? 俺の紙は『仲良くしないと』だったぞ」
「僕のは『仲良くならないと』だったから、皆条件が違うみたいだね」
 4つ共満たす必要が有るのだろうか。それにしても他の3人の意味合いはほぼ同じなのに、ミスタだけ随分と違っている。
 四角いテーブルの中央には確かに砂時計のような物が置かれていた。
 透明で分厚いガラスに包まれて、上下の膨らみを中央の細い隙間だけが繋ぐ、市販の砂時計を高級そうに巨大にした物。
 横は細いが縦には非常に長く、今にも天井の照明器具にぶつかりそうで――これは持ち上げれば本当に上部がぶつかってしまう。ここに置くには慎重に、テーブルを滑らせるようにして設置するしかない。
 そしてその上部には細かな砂がたっぷりと入っている。
「まるで落ちる気配無し、って感じだぜ」
 応えるように中央の細い隙間を2〜3粒の砂が落ちた。
 詰まっているわけでもないのに重力を完全に無視している。
 第一細いとは言え作りからすれば女子供では到底持ち上がらない重さをしているだろう。逆さにしてから暫く経っている筈なのに――否、これを逆さにするのは不可能ではないか。
 大男2人には不気味に見えるだろう。しかしジョルノとミスタには「やはりスタンドだ」と確信させるだけだった。
「ジョルノ」また声を潜めて顔を近付け「砂が落ちるように穴開けてみるか? 1発撃って」
「貴方なら綺麗に中央を狙えるとは思いますが、この物体が銃弾で割れるとは限らない」
「弾き返されたら掴み取る。その為のピストルズだからな――」
 ミスタは言い終える前に息を飲む。
「どうしました?」
「……ピストルズが居ない」
「居ない?」
「どこにも感じられない。組織に入る前に、あいつらに会う前に戻っちまったみたいに、近くにも遠くにも1人も感じられない」
 まるで存在そのものを否定されたかのように。
「……言われてみれば僕もスタンドの『存在』を感じられません」
 スタンドの持ち込めない部屋、という事か。
「何をこそこそ話している」
「いいえ何も。ただ仲良くすれば砂が落ちてドアが開くんじゃあないのかと」
「どれか1つじゃあなく、全ての条件を満たさなくては出られない。同時に全ての条件は繋がっている。お前はそう思うわけか」
 静かに頷いた。口から出任せではあったがその可能性は高い。
 仲良くして、仲良くなって、仲良くさせて、砂が落ちるのを待つ。言葉にすると余りの馬鹿馬鹿しさに、スタンドによる攻撃は攻撃でも精神攻撃に思えた。

 目覚めた席にジョルノは戻った。右にはミスタが座ったまま。黒髪の男は左へ座り、金髪の男が対面の椅子に回り座った。
 テーブルの中央に置かれた砂時計らしき物は横には細いので向かい合って座る男の表情もよく見えた。最初から面識の有る黒髪の男を気にして視線をそちらにばかり向けている。
 この状況ならば仕方無い。ジョルノもジョルノで右に座るミスタへとばかり視線を送っている。但し何も返ってこない。
「仲良く、と言うからには自己紹介位しないとね」
 同じように視線に応える事無く黒髪の男が切り出した。
「自己紹介、ですか?」
「僕はジョナサン・ジョースター。皆ジョジョって呼ぶよ」
 確かに頭文字を取ればジョジョになって面白い。
 この響きはイギリス系だろうか。それにしては言語が通じている。流石スタンド能力の『中』だ。脱出条件と思しき文章も本来はそれぞれ違う言語で書かれているかもしれない。
「大学では考古学を専攻しているんだ」
 同時に「え」と声を上げたミスタの方を見る。
 決して言葉にはしないが「その恵まれ過ぎた体格で何故に考古学」と顔を見合わせた。
「ジョジョ、子供2人ですら儲かりもしない考古学は可笑しいとわかっているみたいだぞ」小馬鹿にしたようにくすくすと笑い「本当にその道へ進むつもりなのか?」
「例え生活が貧しても僕は考古学を学び続けたいんだ」
 それだけ偉大な志が有るとも取れるが『貧した生活』を知らないかのようにも思える。
 身形や物腰、雰囲気そのものに高潔な印象が有るからだろうか。可笑しな部屋に知人――決して仲は良くないように見える――と見知らぬ人間2人とで閉じ込められてこの落ち着きよう。自分は危害を加えられる事が無いと思い込んでいるのでは、と疑いたくなった。
 もしくは。ここで危害を加えられようものならば、3人を守るべく戦う覚悟が有るのか。甘い生き様を送っていそうなのに『強さ』を持ち合わせていそうな不思議な人間。
 そんなジョナサンを何故母に似ている等と思ってしまったのだろう。母の優れている所は容姿だけだ。
「家督を継がなくちゃあならないから進める道はある程度決まっているんだけどね」
「それは、家業ではなく?」
「家業のような物だよ」
 一体どこから連れてこられたのだろう。案外巻き込まれているのは自分達の側かもしれない。
「ディオとは兄弟だけど、家督は長男が継がなくてはならない。幸いにも考古学の道となら両立出来る。両立してみせる」
 柔らかく笑んだが、その中の芯は強く固そうだ。
 だがそれよりも。
「ディオ……」
 先程も聞いた名前。真向かいに座る男をそう呼んでいた。
 もしかするとどこにでもある名前かもしれない。しかしジョルノにとっては別の意味を持つ。
「『ディオ』って、そっちの? 兄弟ってマジで? 全然似てねーけど」
「ディオ・ブランドー」
 応えて金髪の男が名乗った。嗚呼まさか、名字まで同じとは。
 ジョルノの身に鳥肌が立つ程の寒気と、肌を赤くし汗をかく程の動悸が起こる。何故ならそれは、写真でしか存在を知らない実父の名と同じ。
 見覚えが有って当然だ。毎日――とは今は流石に言わないが――写真で見ていた。
 細長い砂時計の先に見える彼が? いやまさか。どう見ても二十歳前後、15を過ぎた子供が居る筈が無い。
「今から6年程前にジョースター家の、ジョジョの父親の養子になった。血縁は無い。別に、ジョジョが兄で俺が弟というわけじゃあない。同い年だが偶々ジョジョの方が誕生日が早かったというだけだ」
 世間ではそれを兄弟と言う。
「同じ学年で同じラグビー部」
「ラグビー!? 2人でやんのかラグビー! すっげー見たい!」
 だから揃って体格が良いのか。2人がコンビを組んでラグビーをすればさぞ迫力が有るだろう。
 力で押し切れそうなジョナサンに文字通り花形であろうディオ。その光景がありありと目に浮かぶ。但し、勝利を手にした2人は喜びの表情の裏に何かを隠していそうだ。
 兄弟で同学年の同じ部員。なのに何故だが『親しさ』を感じない。
 だから「仲良くしろ」「仲良くなれ」とスタンドに閉じ込められたのか?
「大学での専攻は? 同じ考古学じゃあないんだろ?」
「法学部だ」
 これはまた正反対に、ピンポイントに金になりそうな学問だ。
「ディオは学年首席、入学以来我が校きっての天才とも言われているんだ」
 まるで自分の事のように、寧ろそれ以上に誇らしげにジョナサンは言った。彼らなりの友情なのか。それとも仲良くなれという条件に今だけ従っているのか。
 ジョナサンの言葉と同時に砂時計の上部からさらさらと一定量の砂が落ちた。
「あの……」
 声を掛けるとディオの目に捉えられる。
「何だ」
「……親族は居ますか? 例えば名前が同じで顔の似ている、35歳位の伯父とか」
「おいジョルノ、何聞いてんだよ。養子に入ったってんだから居るわけねーだろ。それに息子に兄貴と同じ名前を付ける奴も居ねーって」
「それはそうでしょうけど……」余りにも反論の余地が無いので唇を尖らせて「……すみません、顔の似た同じ名前の知人が居たので、もしかすると親戚かもと」
「名前が同じで親戚? ふざけた発想だ」
 ふん、と鼻を鳴らした。
 確かにその通りだ。何と無駄な事を聞いてしまったのだろう。ジョルノは左手の指先で自らの額を押さえる。
「ディオ、遠い親戚で似ている人が居たりしないのかい?」
 問い掛けにディオはくどい、と吐き捨てながらジョナサンの方を見た。
「母の遠縁で似た顔に同じ名前を持つ奴が絶対居ないとは言い切れない」
「でもそれだとファミリーネームは違ってくる」
「そういう事だ」
 再び鼻を鳴らし真正面(こちら)を向いた。
 改めて砂時計を見た。きちんと砂を落としている。
 だが上部には未だ未だ大量に砂が残っている。落ち切るまでの時間は24時間では済まないだろう。もっと2人に話を、もしくはそれ以上の事を――させられるのか?

「君は?」
 ジョナサンは向かい合うミスタに言った。どうやら時計回りに自己紹介させていくらしい。
 ちらとミスタがこちらを見たので「ご自由に」と頷いた。
「……ミスタ。グイード・ミスタ」
「Mr.グイード(グイードさん)?」
「いやファミリーネーム」
「ならばミスタ」先程より硬質な声音で「貴様も学生か?」
 何とも気まずい質問だ。ミスタも唸るばかりで答えられずにいる。
「人には言えん仕事でもしているのか」
「まあ、そんなとこ……か?」
 4人全員の中央に有る砂時計の中で落下していく砂の量が先程より僅かに減って見える。仲の良い雰囲気では落ちて、仲の悪い雰囲気では落ちなくなるという、スタンドでもなければ有り得ない仕組みのようだ。
「ミスタ、もう少し話した方が良いのかもしれません」
「……ギャング」
 ディオとジョナサンは揃って顔を見合わせた。
 言語は通じているがその単語はどうやら彼らの知る物ではないらしい。
「それは、仕事の名前? えっと……どんな事をするんだい?」
「賭場の管理とか? 賭場以外にも宿とか飲み屋とかも……その辺りで警察じゃあ解決出来ない事を」
 暴力で解決、時には殺害。
 堅気に手出しはしないし麻薬の流通はご法度。しかしそれ以外は何でも有りの無法者の集い。
「ゴロツキか」
「それちっと違わねーか。俺達はもっとこう……いや似たような物かァ」
「ようはろくでもない事を生業(なりわい)にしている、ろくでもない奴だ」
 ディオがゴロツキという単語すらも知らない育ちの良さそうなジョナサンに説明すると再び砂がぱらぱらとだが落ち始めた。
「小僧、名乗れ。お前は随分と子供に見えるぞ」
 正面から見据えられる。
 やはり写真の男に、父親に似て見える。見比べる為に横を向いてほしい位だ。写真と照らし合わせたい。今は持ってきていないし、そもそも最近は持ち歩く事も少なくなったが。
 それは決して『父親』への『興味』を失ったのではなく。
「……汐華初流乃」
 どれ位振りだろう、本名を口にしたのは。自分の持ち物だというのに酷く他人事のような響きだった。
 自分という子を成した母の名字に、果たしてディオは何らかの素振りを見せるだろうか。可笑しな緊張で込み上げてきた生唾をごくりと飲み込む。
「へぇショバンナか。女の子みたいな名前をしているんだね。似合っているよ」
 にこにこと言い終えてから慌てて「悪い意味じゃあないんだ」と訂正するのはジョナサンのみで、ディオの方はまるで聞き流すかのように何も言わない。
「『シオバナ』です」
 言い直してこそみたが。
「ミスタは違う名で呼んでいたようだがそれは偽名か?」
 それでもやはり名前への言及は無い。ディオよりも手前に有る砂時計が妙に怨めしく見えた。
「まさかショバンナ、俺達には本名を名乗れないとでも言うつもりか?」
「……今のは国籍の有る国に出した届け出の名前です。僕はジョルノ・ジョバァーナ。ミスタもジョルノと呼んでいます」
「僕達もジョルノと呼んで良いのかい?」
 そちらは正しく発音出来るらしい。
「どうぞ。あと年はこの前16になりました」
「じゃあ未だハイスクール? ジョルノはとても落ち着いているね。昔のディオを見ているみたいだ。君達は少し似ている」
「そうでしょうか」
 嗚呼そうだろうとも、目の前の男と父親が似て見えるのだから自分もまた似ている筈だ。
 ここがスタンドの中だと仮定して、スタンド使いの目的は紙切れの指示に有る通り仲良くさせる事。ディオにもジョナサンにも似ているからという理由で、更には似ていて仲良くさせられそうに見えて閉じ込められたのか。
 ならば何故ミスタも共に?
 この予想が正しければ完全にとばっちりを受けただけのミスタの顔を見る。
「ジョルノって聞いてたしずっとジョルノって呼んできたけど、お前アルノって名前だったのか」
「いえ、『ハルノ』です」
「ん? もしかしてファーストネームがジョバァーナ?」
「……ジョルノがファーストネーム、ジョバァーナがファミリーネーム。今まで通りジョルノで構いません」
 今更という気もするし、何より正しく発音出来ていない。
「君達はどういう関係なんだい?」
 やや気まずそうな声音でジョナサンが尋ねる。年は違うし見るからに兄弟ではない。かといって遠縁といった雰囲気も無い。そんなギャングと一介の学生の組み合わせはさぞ奇異に見えているだろう。
 ここでジョルノ自身もギャング・スターで同じ組織に属しコンビを組んできた、正しくいえば今はその組織のボスの座に居るのだと明かしたら――更に面倒な説明が必要になりそうだ。極力無駄な事は避けたかった。
「秘密です」
「何だと? それは俺達に言えないという事か?」
「そうです、言えない関係です」
 断言しきるとディオは少し上げていた顎を下げてからじぃとジョルノとミスタを交互に見比べる。
「言えない関係って? 一体どういう事?」
「おいおい、聞いてやるなよジョジョ」端正な顔に下卑た笑いを乗せ「彼達(かれら)は人前ではとても言えないような仲なんだ、察してやれよ」
「察するって、ディオは2人の事を知っているのかい?」
「俺だって初対面だがジョルノが何を言いたい位はわかるさ。2人が俺達カトリックの教徒は聞かない方が良いような関係だって事をな」
 鼻歌でも混ざりそうな口振りで言い終えてから再びこちらを見る目には明らかに『差別意識』が滲み出ていた。
「ジョルノ、これ何か勘違いされてんじゃあねーか?」
「それは困りました」
「もうちょっと困ったっぽく言えよ」
 難しい頼みだ。事実全く困っていないのだから。
 他人にどう見られようと気にする必要は無い。それが父や母を連想させる相手であろうと、実の父や母であろうと。
 もしやディオの機嫌に左右されるのではないかと思わせる程、砂時計も順調に時を刻んでいる。

 ディオの小馬鹿にするような含み笑いが落ち着き、ジョナサンの疑問が「まあいいか」に変わる頃、砂の落ちる速度が低下した。
 どうしたものか。とディオも思ったのか、ほぼ同時に腕を組んだ。少し気不味く思ったジョルノはその腕をすぐに戻す。
「……喉、渇かない?」
 沈黙しきっていた3人にジョナサンが問い掛けた。
「渇いたって程じゃあないが、折角グラスが有るのに何も入ってないってのもなぁ」
 ミスタが人差し指であたかも彼用にと言わんばかりの位置に置かれたグラスを突く。
「冷蔵庫の中にアップルジュースが入っていたんだ。皆で飲もうか」
「おいおい、こんな部屋に有る物を飲むつもりかッ!?」
「味の保証は無いが毒の類が入っているという事も無いだろう」
 もしも誰か1人を、もしくは全員を殺そうと思うのなら、飲むか否かの前に開けるか否かもわらない冷蔵庫に入れた飲み物に仕込まず、眠っている隙にその口に流し込めば良い。
「つーかそんなもんが入ってたのか、あの冷蔵庫」
「どの?」
 尋ねるとミスタは左手人差し指をジョルノの後方へと伸ばして示す。
 丁度背後なので気付かなかったが小さめ――一人暮らし用程度――の冷蔵庫が有った。
「開けたんですか?」
 2人に尋ねると頷いた。脱出の為に真っ先にドアの破壊を試みたというわけではないらしい。
「あと……ディオ」
 名前を呼ぶのに少し勇気が必要だった。しかし相手はどうとも捉えていないらしく何かとも言わず続きを促してくる。
「貴方の後ろに有るソファも調べたんですか?」
 ジョルノの位置からはよく見えている、ディオの真後ろに有るソファ。存在に気付いていないかもしれないと思ったが。
「動かしても何も無かったから元の位置に戻した」
「貴方の力で動かせるんですか」
 一般的な2人掛けのソファよりも大きい黒く革張りのそれはなかなかに重さが有りそうだ。
「……ジョジョと2人掛かりで動かした」
 視線を外される。代わりに砂の落ちる勢いが増した。
 このスタンドは害を成そうと思えばどうにでも出来そうだ。ゴールド・エクスペリエンスも相当応用力が有ると自負しているが、ここはそれ以上の事が可能だろう。
 だと言うに仲良くしろと4人を座らせておくのだから、冷やしてある飲み物も話題の1つにどうぞという心遣いかもしれない。
 これは本当にスタンドか? とも思ったが、もしも違うとしたら何だというのだろう。不可思議な現象は全部スタンドという事にしておいた方が無駄に頭を使わなくて済む。
「ジョジョ、俺は飲む」
「じゃあ俺も飲もうかな」
 ディオには絶対に大丈夫だという自信が、ミスタには何とかなるだろうという自信――と呼ぶのか――が有るようだ。
「わかった」ジョナサンが椅子から立ち上がり「ジョルノは?」
「僕も飲みたいです」
 1番近くに居るのはジョルノだが、ジョナサンはそのまま冷蔵庫を開けて大きな、しかし大柄な彼が持つと小さく見えてしまう瓶を手にした。
「開けた形跡が無いから変な物が入っている、という事は無さそうだよ」
 力任せに蓋を開けて先ずはジョルノのグラスに注いだ。ラベルがどこの物かも見当の付かない外国語で全く読めなかったが、濁りの無い琥珀色はとても綺麗で美味しそうに見える。
 次いでミスタのグラス、ディオのグラスへと注いで回った。
「入っていたアップルパイも食ってしまわないか?」
「そうだね」
 ディオの言葉には「お前が持ってこい」という意味が含まれていた筈だが、ジョナサンは気を悪くする様子も無く瓶の残りを自分のグラスへと注ぐ。
 瓶は大きかったが丁度4人分しか入っていなかったらしい。空になった瓶をそのままテーブルの上へ置いた。
「2人もアップルパイは食べられる?」
 再び冷蔵庫を開けながら確認をする様は気の利く最年長を地で行っている。
 どちらかというと林檎がメインらしいアップルパイは大雑把に切られた林檎をパイ生地に乗せた、上生地の無いタイプで既に4等分に切り分けられているし、下にケーキサーバーまで有った。
 林檎のジュースに林檎のパイ。林檎が嫌いな人間には発狂しそうなメニュー。厚みの有るアップルパイがジョルノの皿に置かれる。
「結構シナモン掛かってるんですね」
 手元に寄せるより先に独特の香りが漂ってきた。
「苦手だった?」
「得意ではありませんけど食べられます」
「無理はしないでね」
 ケーキサーバーをパイの下に入れて、空いた右手がジョルノの頭を撫でる。
 誉められたり慰められたり、動物相手ならスキンシップの1つでしかない仕草なのに妙な気分になった。
 ジョナサンの手が大き過ぎるからだろうか。呆然と見上げる事しか出来ない。
「もしかして髪の毛触られるの苦手だった?」
「いえ……」
「ふわふわしているね。ディオの髪もこんな感じなのかな。君を見ていると何だか、昔のディオを見ている気分になるんだ。昔の事を思い出すんじゃあなくて、今の僕が昔のディオと会っていたらどうなっていたかな、と言った感じの気分に」
 出会いが6年前だとしたら恐らく思春期の只中。血の繋がりも無い初対面の少年がいきなり兄弟になるのだから悶着も有っただろう。
 5つ近く離れていればより『弟』として見る事が出来たかもしれないという悔いのような感情が有っても可笑しくない。ジョナサンはそれだけ、誠実で純粋で『紳士』な人間のように思える。
「仲良くなりたいんですね」
「ならなくちゃあ出られないみたいだからね」
 だから今だけ。
 悶着と呼ぶのはおこがましい程の出来事が有り、それを乗り越えたからこそ今のジョナサンになったのかもしれないが。
「羨ましいです、ディオが」
「何故?」
「僕にも貴方のような兄が居たら」
 母の居ない孤独な夜も、突如父となった男からの暴力も、異国の子供達からの疎外も、きっと何も怖くなかったのに。
「僕はそんなに優れた人間じゃあないよ」再び頭を撫で「でもそんな風に思ってもらえる人間になりたい」
 ディオの方が成績が品性がと兄弟らしく比べられてきただろう彼は卑屈さを全く見せない。
 菓子と飲み物を振舞われて頭を撫でられるなんて、まるで幸福な家庭の母親が子供にするような。
 砂時計の砂は落ち始めから比べれば倍近い速度で落ちている。この調子なら1日は掛からずに出られるかもしれない。
 20時間近く出られないと考えると途方も無く長いが、それだけの時間が有れば再び頭を撫でてもらえる機会が有るかもしれない。等と、下らない事を考えてしまった。

 部屋に閉じ込めたスタンド使いが作ったのだとしたら料理が上手いと誉めたくなる味のアップルパイを全員がほぼ中程まで食べた、砂時計が砂を3分の1程落とした頃。
 ジョルノからすれば漸くとも言えるタイミングで、遂にミスタが発狂した。
「おい! いい加減にしろよッ!!」
 テーブルをガタンと音がする勢いで殴り立ち上がる。
「何だって4人で! 4つの椅子で! 4等分にしたパイ食ってんだよ! 俺を殺す気か!」
 よくここまで耐えたとすら思っているジョルノを除く2人は至極当たり前だが呆然としていた。
「一体どれだけ4で埋め尽くす気だよ! ここまで来たら縁起が悪いなんて話じゃあねーぞ!」
「煩いぞ」
 眉間に深い皺を作ってディオが吐き捨てた。しかしミスタは喰って掛かるように取り出したリボルバーをディオのこめかみに押し付ける。
「俺はお前を殺して3人にしたって構わねーんだぜ!?」
 ごりとした冷たい金属の感触は拳銃が本物の証だが。
「何なんだ貴様は。何が言いたい、何をしたい」
 ダブルアクションなのでトリガーを引くだけで撃ち抜かれるというのに、わかっていないのかディオは素手で払い除けた。
 言葉通り撃ち殺したりはしないだろう、と思われているのだろう。こう見えてもミスタはギャングなのだが、こう見えているのだから無理も無い。
 人の事は言えないが部屋内で大きな音がしてもぐっすりと眠っていたり、初対面の大柄な男2人にも物怖じせずに思った事をそのまま言ってみたり。
 本気を出せば、そして4の数字が絡まなければ、両手を放して「格好良い」と誉められる面も持っているのだが。
「ジョルノ、ミスタは13以上に4を不吉とする宗教にでも所属しているのかい?」
 ディオだけでなくジョナサンもまたミスタが本気で発砲すると思っていないのだろう。
「そんな感じです」
 今までの付き合いからジョルノ自身も思っていない。本当に撃つ時は脅し文句を言うより先に撃つ男だ。
 だがディオとジョナサンからの信用――有ったとすれば――を欠いたのか砂の落ちる速さが急激に低下した。これでは目が覚めてすぐと変わりない速度だ。
「何なんだ、何なんだよ! 俺に死ねって言うのか! じゃあ今すぐ死んでやるよ!」
 そう言って拳銃を自ら咥え込む。
 本気の証かこめかみではなく口の中へ。これでは暴発した時に危険過ぎる。暴発をさせる事等無い筈だが、今ミスタは彼の不運の象徴である4に囲まれている。万が一を考えた方が良いかもしれない。
 万が一億が一、彼が自らの命を絶ってしまったりしたら。
「ミスタ!」
 決して狭くはない部屋中にジョルノの声が響いた。
「止めて下さい。貴方の気持ちは……正直そんなにわかりませんけど、少し落ち着いて下さい」
 落ち着くのは自分の方だ。1度深呼吸をし、口から銃を抜いたミスタの顔をじっと見る。
「貴方が死んだら僕は生きていけない。ここまで生き延びる事が出来たのも、この先を生きていけるのも、貴方が居るからだ」
「いや俺だってお前が居ないと死んでたかもなーってのは何度か有るし、これからもきっと――」
「僕は貴方が居なくては呼吸の1つも出来なくなる」
 ミスタは続く筈だった言葉を飲み込む。数度瞬きし、じっくりと考え別の言葉を選んでから口を開いた。
「俺は、俺達はギャングだ。いつ死ぬかなんてわからない」
「わからないけれど、今は未だその時じゃあない。それに僕を置いて逝くなんて許さない」
 これはボス直々の命令。生涯掛けて共に在れという他の誰にも出来ない任務。
「お前が先に死ぬなんて止めてくれ。もうそういうのは見たくないんだ」
「じゃあ死ぬ時は一緒ですね」
「どうせならド派手に、ボニーとクライドみたいに踊りながら蜂の巣にされようぜ」
「それは良い」
 4に囲まれた所為で起きた悲劇はそんな物騒な約束をさせられた事にすれば良い。
「しかし俺のボニーはこんな部屋でよく冷静で居られるよなァ。肝が据わってるっつーか」
「僕のクライドは先ず銃をしまって、それから座って下さい」
 自分がボニー側というのは納得がいかない――確か彼女が一方的にクライドを慕った所から映画は始まっていた。何より女性ではないか――が。
 ミスタは素直に従い椅子へ座り直す。
 先程と打って変わって小気味が良い程砂を落としている砂時計を挟んで見えるディオの顔が見事な侮蔑に染まっていた。
「秘密の関係だなんて言っていたけれど、2人は凄く仲が良かったんだね」
「まあ、それなりに」
「僕達も君達位仲良くなればすぐにドアが開くかもしれない」
 敢えてディオに向かって告げたようだが返事は無い。恐らくディオの勘違いは砂時計以上に加速している。

 食べ終えた後の食器は片付けようが無いので各々の前に置いておく事になった。
 ディオもジョナサンも揃って背後を振り返った。恐らく食器を下げるように誰かに指示したかったのだろう。2人の家は使用人が居る程に裕福なのかもしれない。フォークを使う手付きも品格が感じられた。服装や髪型等少し古臭くも思えるが――もしや実際に『古い』のか。違う国の人間というだけでなく違う時代の人間の可能性も有る。
「食ってる最中も脱がなかったな」
 不意のディオの言葉に顔を上げると彼は左横を、ミスタを見ていた。
「脱ぐ?」
「帽子の話だ」
「ああ、これか」
 指先で被っている帽子を軽く摘む。
「ミスタの国には男であっても帽子を脱ぐ習慣が無いのかもしれないよ」
「どんな途上国だ」
 砂時計は4人全員の関係を見ているのか、それともディオの心の動きのみを見ているのか。どちらにしろミスタへの不信が再び高まったからか砂の零れが低速した。
 ディオとジョナサンは兄弟で部活動も同じという関係性のわりには不仲に見え、仲良くさせるのは大変そうだと思っていた。しかしそれ以上にディオとミスタを仲良くせる方が難易度が高いかもしれない。
 どう贔屓目に見てもディオはミスタを好いていないし、ミスタもディオのような高慢な振る舞いをするタイプを好まない。
 かと言って帽子を脱がせるわけにもいかない。ミスタはあの帽子の中に予備の弾丸をたっぷりと隠している。折角モデルガンか何かだと思われ流されていたのに、やはり実弾が仕込まれているとわかれば砂が止まりかねない。それにやはり今更過ぎる。
「ミスタの髪の色、何色だと思いますか?」
「髪の色?」
「うーん、眉が黒いからブルネット?」
「顔立ちも南方寄りに見えるな」
 2人共ミスタの帽子の隙間から髪が1本でも見えないかと真剣に眺めている。上手い具合に話を逸らせた。
 一方ミスタは帽子の話を避けたいのにそれ以外の話題が無く手をこまねかせている。
「ジョルノの髪は」2人の視線から逃げるように顔をこちらに向け「父親似だっけ」
「そうです。顔もわりと」
 髪が黒かった頃は母親に似ていると思っていたが髪の色の印象だったようだ。
「へぇ、そうなんだ、ジョルノはお父さんに似ているのか。僕も父親似だってよく言われるんだ。父が小さい頃からの従者なんかは特に、昔の父によく似ているといつも言っている」
 幼い時分も、青年となった今も。
 穏やかでありながら聡そうに話す彼が似ているのなら、ジョナサンの父もまた聡明なのだろう。
「じゃあ逆に母親とディオが似ているとか? あーでも……」
 ミスタといえど血の繋がりが無い事を指摘する程軽率ではない。言いかけたが。
「僕の母親は居ないよ、ミスタ」
「居ない?」
「僕が生まれてすぐに馬車が事故に遭って母が亡くなった。その事故から僕と父を助けてくれたのがディオのお父さんなんだ」
 命の恩人が亡くなったのでその息子を引き取った、という美談が有ったわけだ。
「すげーな。ディオは父親似?」
「あの男と俺は似ていない!」
 激昂に近い勢いで言い放つディオが、ジョナサンに対し自分――の父――が助けたのだからと強く当たっている姿が容易に想像が付いた。
 しかし何が地雷かはわからないが今の一言で余計にミスタへの印象が悪化したようだ。砂時計が落とす砂の量をぐっと減らしてしまっている。
「そうか……ディオはお母さんに似ているのか。長い事一緒に暮らしているけれど、ディオから『母親』の話を聞いた事が無い気がする。お父さんも君のお母さんの事は知らないみたいだし、良ければ話してもらえないかな」
 ディオが珍しく言葉を選ぶように黙り込んでジョナサンを見据える。ミスタもジョルノも遮れないので黙っていると時間が止まったような錯覚に陥った。
 何十分にも思える何秒かを置いてからディオは口を開く。
「……母親は『良い人』だった」
 おおよそ彼らしくない言葉だったが、何故か砂時計は思い出したようにその仕事を再開した。
「同じ金の髪だった。貧相なドレスでも決してみすぼらしくならない美しい人だった。容姿も精神も。金が無く苦労をさせられた所為で死んだ」
 尋ねてきたのがジョナサンだからか彼の方を向いている。ジョルノから見えるのは横顔に近く、益々写真の中の父を思わせる。
 父のような男に近付かせないと言わんばかりに置かれた砂時計は中身の砂をどんどん落としている。気付けばもう半分も残っていない。
「母親は偉大だ。人間を産む事が出来るのだから」
 産むだけ産んで育てない女を偉大な母親と思いたくないのでジョルノは視線をテーブルの上で組んだ自分の手へと落とした。
「ジョジョ、お前は可哀想な奴だ。何せ母親を知らないのだから」
 まるで純粋に同情しているかのような口振りに1番驚いているのは言われたジョナサンで。
「……そうだね、僕は肖像画でしか知らないから」
「肖像画の女性とお前とは少し似ているが、やはりお前はジョースター卿に似ていると思う」
 父親ではなく母親に似た方が地位も名誉も得られるのだと証明してやる、という宣戦布告のようにも聞こえたが。
「あの女性も母親だ。今は俺の母親と同じ所に居ると思う」
 恐らく空の上にでもある綺麗な所に。
 余りの穏やかさに人が変わってしまったのかと尋ねたくなった。恐らくそれはジョルノ以上にジョナサンが思っているだろう。
 自分がこうも変貌してしまうから母親の事を話さないできたのか、それとも話す機会が無かったから常に威圧的な態度を取り続けてきたのか。
「それだけ美形の母親がブロンドなんて絶対美人じゃあねーか! 写真とか無いのか?」
「貴様、頭が悪いのか。あんな高価な物を金が無くて死んだ人間が撮れるわけが……せめて絵の1つでも残っていればな。貴様が腰を抜かして驚く様が見られたかもしれん」
 漸く彼らしく揶揄の1つを飛ばせるように戻った。ディオの口元が心無しか笑って見える。
「ブロンドはそれだけで綺麗だって思われるから得だよな。ジョルノも」
「さっきディオに引っ張られましたが」
「男の癖にちんたら伸ばしているお前が悪い」
 どんな理由だ。ふんと鼻息を荒くされたが、そうしたいのはこちらの方だ。
 母親は好きではないし、今の父親に至っては嫌いな程だ。だからといって実父が好きなわけではないが、それでも父との共通点は少しでも残しておきたい。
 折角ディオも根は悪い人間ではないと、彼の言う『良い人』だったりするのではないかと思い掛けたのに。
 だが今はディオの世界の全てを憎んでいたような険悪な目が、世界の1部位は許してやろうと言いそうな色に変わっているように思えた。

「ジョルノ、ちょっと並んで座ってみるか」
「隣に来るんですか?」唐突なミスタの申し出に数度瞬きをして「構いませんけど」
 ミスタは立ち上がって座っていた椅子をジョルノの横へ運んだ。
 そこへ改めて座り、砂時計を眺める。
「あんまり変わんねーな」
「物理的に距離を縮めてみた?」
「そうだけど効果無しだなこりゃあ」
 砂の落ちる速度は一定を保ったまま。しかし残りからすると後数時間で出られるかもしれない。
 勿論速度が低下しなければ、という大前提での見立てだ。それにこれから更に数時間は決して短い時間ではない。
「僕達よりもディオとジョナサンの距離を近付けた方が効果が有るんじゃあないでしょうか」
「俺にジョジョとくっ付けと言うのか? 下らん! 誰が動くか。ジョジョ、お前もわざわざ近付いてくるんじゃあないぞ」
 元より動く様子は無かったジョナサンだが、笑いながらも気まずそうに肩を落とした。
「仲良くするならお前達が抱き合いでもすれば良いだろう。砂なんかすぐに落ちる」
「抱き合う? あんた僕達に抱き合えと言うんですか」
「そうだ。何も裸になって抱き合えと言っているんじゃあない。簡単な事だろう」
「お断りします」ガタンと音を鳴らして立ち上がり「抱き合う位なら裸になった方がマシだ」
 乱暴に、言葉通りに上着を脱ぎ捨てる。
 大理石らしき床に放った服の金具がぶつかり甲高い音がした。
 気が立って暑くなりかけた体に外気が涼しい。ジョナサンとディオのような体格の良い男の前では貧相に見られるかもしれないが彼達が規格外なだけだ。
「そんなに嫌かよ」
 ぽつりとした呟きに、真横に座るミスタの顔を見下ろす。
「何俺臭い? そんなに汚く見えてんのか?」
「別にそういうわけじゃあ……」
 ないのだが。
 確かにこれでは誤解されても仕方無い。そう、誤解に過ぎない。見知った顔と挨拶代わりにハグをする事に抵抗なんて有る筈も無い。
 ただ相手が相手で、状況からしてしっかりと腕に収めるように抱き締めてくれそうで、そうなると顎を肩に乗せて甘えてみたりしたくなりそうで、そんな自分が。
「……ちょっと……恥ずかしいだけです……」
 脱いで涼んだ筈の体がどんどん暑くなる。顔もらしくなく赤くなっているだろう。
 それを座ったまま見上げるミスタは目を丸くしてから「そうか」やら「それなら」やらをぶつぶつと言いながら左下に視線を落とした。
「ジョルノ! その顔で照れるんじゃあないっ!」
「照れっ……照れてなんかいない! 第一僕の顔に何の関係が有るんだ!?」
「俺とジョジョの合の子のような面(ツラ)をして裸で顔を赤らめるのは――」
 言葉を途切れさせたディオの不健康そうな白い顔が段々と赤く染まる。
「……ミスタ、僕はディオとジョナサンの子供みたいな顔をしていますか?」
「そうだな、お前まるでディオとジョナサンの子供みたいな顔だな」
 わざと繰り返してディオの言葉を遮り続けた。
 テーブルを挟んだ向こう側でディオがわなわなと震えている。
 ジョルノは自分の性格がもう少し悪ければ両手を叩いて笑ってやったのに、と思った。口の端が上がってしまう辺り性格が良くはない。
 ギィと椅子の音がした。ジョナサンが立ち上がり、床の服を拾い上げでジョルノの肩に掛けた。
「風邪を引いてしまうよ」
「あ……すみません……」
 父親に反抗心から嫌がらせをしたものの、母親に窘め(たしなめ)られたような気分だ。そんな経験は全く無いが。
 袖を通して前を留めて、服を着直すとジョナサンがまた頭を撫でてきた。大きな手が温かい。
「閉じ込められちゃって不安だよね」
「僕は大丈夫です」
 年下でジョナサンから見れば背も低い。子供が癇癪を起こした程度に思い、同時に子供という点が心配になったのだろう。
「僕と抱き合うのも恥ずかしい?」
「えっ? あ……大丈夫です、多分」
 言い終えるのを待たずにジョナサンが抱き締めてくる。
 このまま力を込められれば骨を砕かれそうだが決してそんな事はしてこない。長らく離れていた家族との再会を喜ぶような優しい抱擁に、ジョルノもそろりと両手をジョナサンの背へ回した。
 当然手は回りきらないし、背というよりは腰の辺りの感触だった。それでも物心付いたばかりの頃に最も欲しかった温度が、今ここにある。
「ディオ、羨ましいんじゃあねーの?」
「貴様ァッ!」
「別に俺はジョルノが、なんて言ってねーけど」
 火に油を注いで酸素を送り込むミスタは別の意味でこの部屋を生きて出られないのではと不安になる。彼なりの『仕返し』なのはわかるのだが。
「ああでも、こうしてジョルノと仲良くなっても砂が一気に落ちたりはしないんだね」
 言われて顔を上げ砂時計を見ると、先程より砂は落ちる勢いを増してはいるが、それでも残りの量を考えれば未だ時間が掛かりそうだ。
 何故か一向に尿意は無いし喉も小腹も満たされているのだから、このまま呑気に待ち続けても良いのだが『外』の状況が全くわからないのは落ち着かない。
「ジョルノは『仲良くさせないと』で、ジョナサンは『仲良くならないと』だっけ?」
「そうです」
「で、ディオが『仲良くしないと』だったな」
「そうだ」
 2人の仲を取り持て、と言いたいのはわかる。わかるがどうしようもない。この2人の間に一般的な兄弟や友達の絆といった物は無い。
 深い所で決裂している。しかし更に深い所では複雑に絡み合い繋がっている。2人を結ぶのは世にも珍しい奇妙な友情だ。
 それを仲良く、なんて形にさせるのは――
「ジョルノを真ん中に左右から抱き合えば丁度良さそうだな」
 ミスタの提案にジョルノとディオは「は?」と声を合わせた。
「ジョナサンとくっ付くのが嫌でもジョルノとなら構わねーだろ?」
「何で僕なら大丈夫なんですか」
「それともジョルノと抱き合うのは恥ずかしかったりするのか?」
 4の数字に囲まれ過ぎて能力値の全てが煽りに移ってしまったのだろうか。
「ほらジョルノ、ディオの方行けって」
 ニヤニヤと含み笑いを浮かべながら顎で指されて、はいそうしますと応えるように見えているのだろうか。
 自分もまとめてからかわれている気がしてならないがジョナサンも抱擁を止めてしまったので、ジョルノはテーブルの横をぐるりと回りディオの方へと向かった。但し隣に並ぶ、なんて事はせず。ずっと砂時計とディオとの背景になっていたソファまで足を運ぶ。
 振り返ったディオの視線を気にせずソファの中央に腰掛けた。
 中央で2つではなく3分割出来る大きなソファは継ぎ目が見当たらない上等な物。新品というより手入れの行き届いた物といった革特有の風合いが感じられる。足が付かない程ではないにしろ、ジョルノにはやや座面が高い。
 こんなに立派なソファを2人掛かりで動かしたと考えると2人の腕力には恐れ入る。
「ジョナサン、隣に座んねーの?」
「そうだね」
 何がそうだねだ、と問う前にジョナサンは大股で歩み寄り右隣に腰掛ける。筋肉量からしてそれなりに体重が有る筈だが軋み音は立たなかった。
「随分立派なソファだ。この部屋の持ち主はどんな人なんだろう」
 やや開いた膝の上に手を置いてぽつりと呟く。落ち着きが有るというよりは超常現象過ぎて夢の中か何かのように思っているのかもしれない。
 今1番恐ろしいのは最終条件であろう砂時計が砂を落としきっても尚ドアが開かない事。遠いが終わりが一応見えて、逆に不安を掻き立てられる。
 順調に零れ落ちる砂を眺めていると、音も無くソファがずしりと沈む。左隣にディオが座った。
「……何ですか」
「何だ」
 腕を組んで顔を顰めて、すこぶる不愉快そうに。まるで「理由無く座ってはいけないのか」とでも言うかのように。
 それが可笑しかった。少し、ほんの少しだけ。
「ジョルノ」
 名を呼ばれてディオの顔を改めて見る。見下ろしてくる無表情のこの顔に名前を呼ばれる日が来るとは――勝手に父を重ねて申し訳無い気持ちが胸の奥底に有ったが「はい」とだけ答えて続きを促す。
「ミスタはお前より年上のようだが、もしも年下だったらどう思う?」
「どう思う、ですか」
 随分と抽象的で難しい質問だ。有り得なさ過ぎて考えもしなかった。
 見上げたまま静かに思案し、漸く1つ捻り出せたので口を開く。
「背が高くて羨ましいと思うでしょうね」
「そうか。いや……面白い発想だ」
 言ってくつくつと笑うが、そんなに面白いだろうか。他に何も思い付かなかったに過ぎないのに。
 ふと妙に年齢差に拘っていた人物を思い出した。彼の背が平均より低かった事と共に。羨ましいと思っていたのだろうか。
「俺はジョジョが年下だったら、等という有りもしない事は考えられない。そんな無駄な事に使う思考回路は持ち合わせてはいないのだからな」
 ならば何故訊いた、と眉に力を入れたが。
「だから面白いと思った。ジョジョはお前を見て、俺がお前位の年だったらと考えるらしい。どうなっていたのかと」
 一目見ただけでは兄弟のような幼馴染ならぬ幼馴染のような兄弟に見えたが、実際に話をしていれば互いに愛憎渦巻いている関係の2人。もしもディオがうんと年下ならジョナサンはどう接していただろう。
 もしくはジョナサンの方が年下なら。養子であれ年上で優秀なディオが家督を継ぐ事になるので嫌でも関係性が大きく変わるだろう。
「ジョジョのそんな考えを聞く事が出来て……こんな下らない部屋に閉じ込められたのも、まあ悪い事ばかりではないと思う」
 本当は続けたいであろう「もう2度と入るつもりは無い」「仕組んだ奴は許さない」「この砂時計はどういう仕組みだ」といった事は全て飲み込んで。
「どこの誰だかわからんお前に会えたのも、悪くない」
 嗚呼、胸が熱くなる。きっと自分もディオに会いたかった。
「僕もそう思うよ」
 反対隣のジョナサンが言葉を見失ったジョルノを助けるように切り出す。
「ここを出る時に言うべき事なんだろうけど、君に会えて良かった。勿論ミスタにも。君達はとても良い人だ」
「そんな事は――」
「ディオの話も聞けたし」ジョルノの方を見たまま、しかし言葉はディオに向けて「お母さんの話を聞けて良かった。ううん、話してくれて良かった」
 過去に有った出来事を知れたのも嬉しいが、それより何より会話が持てて良かった。誰より近くに居るのに、今まで胸中を吐露し合う事が一切無かった。
 この部屋(スタンド)の本体はディオかジョナサンの事が『好き』なのかもしれない。本人も気付かぬ願いを叶えたいとか、仲を取り持ってやりたいとか、そんな事を思い閉じ込めたのかもしれない。鎹(かすがい)となれそうなジョルノやミスタを巻き添えにして――ならば随分と無駄な事を踏まされてしまった。だが、不思議と気分は悪くない。
 恐らくミスタも。顔を前へ向けるとミスタはテーブルに肘を付いて手の平に顎を置いて、相変わらずニヤニヤと童話の中の猫のように笑っている。
「そこに挟まってるとジョルノ凄ぇ小さく見えるな」
「僕が小さいんじゃあなくて、2人が大きいだけです」
「大人と子供、いや両親と子供って感じだぜ」
 唇を尖らせて何か言ってやろうとした瞬間、右側からジョナサンががばと抱き付いてきた。
「僕の可愛い子供と仲良くしてくれて有難う」
 可愛いだろうと自慢するように。
「そうだ」
 左からはディオが、抱き付くと言うより捕らえるとでも表現しそうな力で。ジョナサンのように大きく筋肉で硬く、それから香水らしい良い匂いまでした。
「どこの馬の骨とも知れん貴様にはくれてやらん」
「正反対の事言ってねーか?」
「まるで嫁に出したくない父親の気持ちだね」
「婿に来れば良い。貴様の国の決まりは知らんが、地位や爵位の有る家へ入る事は誉(ほまれ)だろう」
「別の国から婿養子を、となると複雑な手続きが有りそうだからディオが手腕をふるわないと」
 何故か盛り上がっているようだがそもそも2人の子供ではないし、男なので嫁にも行かないし、男を婿に貰うつもりだって勿論無い。
 なのにそれを言わせんとばかりに砂が一気に落ちていく。
 父のようなディオも母のようなジョナサンも砂時計の奥に座るミスタも、ついでにその砂時計すらも、いやに楽しそうで怨めしい。

 市販の砂時計の何倍もの大きさをしているのに、その何倍もの速さで砂が流れ最後の1粒まで落ち切った。
――ガシャン
 同時に金属音が2つ、部屋の端と端から重なって響く。
「鍵の音だ」
 呟くとディオとジョナサンの体が揃って一瞬強張り、ゆっくりと離れた。
「ジョルノ、俺が行く」
 だからそこに居ろ。ボスへの忠誠を胸にミスタは立ち上がり、先程まで彼の真後ろ側だった方のドアへと近付く。
 念の為にと右手に銃を構え、左手を取っ手へと伸ばした。
 落ちるべき砂が無くなり部屋の中は静寂。快適な温度と湿度の筈だが額が汗ばむ。
 ミスタが左手に力を入れるとジョナサンの話では「動かなかった」取っ手が下がった。
 軽く押したようだがドアは動かず部屋側に引くタイプらしい。1つの深呼吸で息の乱れを整えてからミスタはドアを一気に引き開く。
 ドアの向こう側から何かが入ってくる様子は無い。音も無ければ人の気配すら感じない。
 それでもミスタは左手を銃に添え直してからドアの外を顔を覗かせた。
「……あれ、俺の部屋だ」
「え?」
 ジョルノは慌てて立ち上がりドアへと近付く。手で制されたのでミスタの背後に回りはしたが、ドアの外を覗き見ると本当にミスタの部屋が広がっている。
 玄関から入りドアを開いた時に見える光景と全くの同一。買ったか貰ったかした紙袋を床に置いたままにしている辺りまで綺麗に再現されている。窓から差し込む光は夕暮れ時の色をしていた。
「似せた部屋ではなく、完全にミスタの部屋ですね」
「誰かが入った跡すら無いぜ」
 そうして油断させて足を踏み入れると同時に、という事も考えられるが。
「仲良くなって砂が落ちたから出られる、という事?」
 ソファに座ったままのジョナサンの言葉に頷いて良い物か否か。
「ジョナサン、ちょっとそっちのドアを開けてくれ」
「僕が?」
「ドアの前に座ってた奴の部屋に繋がっているってんなら良いけど、万が一開けた奴の部屋に繋がる仕組みだったら俺やジョルノが開けるわけにはいかない」
 そんな事が有り得るのかと訊かれては「スタンドだから有り得る」が通じないのでどうしようと思ったが、ジョナサンは立ち上がりもう1つのドアへと向かう。
 取っ手を握る。少しの力で簡単に下がる。鍵が外れている事は確かだ。
「僕の部屋かディオの部屋か、そうでなくても家の近くに繋がっていると良いのだけれど」
 危険は無いと踏んでドアを引いて開く。こちらもまた何が飛び出してくるわけでもなく、ただ別の部屋に繋がっているだけだった。
 毛の長い絨毯の敷き詰められただだっ広い部屋。大きな屋敷の1人用の部屋といった家具しか置かれていない。ベッドもタンスも流行りとは全く違うデザインだが質は良く見える。
「ジョジョの部屋だな」
 その言葉に何故か無性に安堵してジョルノはミスタと共に大きく息を吐いた。
「漸くこの部屋から出られるわけか」
 ディオもソファから立ち上がる。
 今にも去ろうとする姿はやはり写真で見てきた父に似ていて引き留めたくなった。
 そんなディオと言葉を交わすジョナサンとも離れ難い。しかし2人の方は思い残す事等無いのか、そのまま部屋を出ようとした――が、同時にこちらを振り向く。
「ミスタ、ジョルノ、またね」
「お前はまた会うつもりなのか」
「何かの機会でまた会うかもしれないよ」
 恐らくそれは無いだろう、再び部屋に閉じ込められるような事にでもならなければ。もしかすると1歩踏み出すと同時に忘れてしまうかもしれない。
 だから何も言う事が出来ないのに、急かすようにミスタが軽くとんと背中を押してきた。
「……お元気で」
 振り絞った言葉にジョナサンは笑顔で手を振りディオは一瞥した。そして今度こそ2人は部屋を出る。
 巨躯2つが通り過ぎると独りでにドアが閉まった。
「……何か、長かったのか短かったのかって感じがするぜ」
「僕にはとても長く感じました。何としてでも本体を見付け出して、2度と僕達を部屋に閉じ込めないと誓わせないと」
「そんなに?」
 存外楽しかったとでも続けられそうなので、先回りして大きく溜め息を吐く。
「あんな筋肉の塊2人に左右から押し潰されたら、世界中のボニーとクライドに笑われる」


2017,11,10


我が最愛の利鳴ちゃんが七夕(北海道は8月7日)に「ディオジョナとミスジョルの親子+婿小説欲しいな〜」と言ってたので「何だ其れ私も欲しいぞ!」とうっかり書いてしまいました。
本当は甥叔父を部屋に閉じ込めて不倫エロスな事をさせるつもりだったのですが…七夕は彦星×織姫の夫婦の日だから仕方無いね。
これ書いたらジョジョ(但し3部)のルーム型リアル脱出ゲーム開催決定したんですけど私のスタンド能力なんでしょうか。
<雪架>

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