フーナラ 全年齢 幼児化

関連作品:Lightly Star(利鳴作)


  Lose Star


 自分は暗殺に向いていると思う。能力的にも、この性格的にも。
 だからと言ってほぼ2日間寝ずに張り込んででも殺してこい、とはこれが一般企業ならとんでもない上司だ。グイード・ミスタはボスであるジョルノ・ジョバァーナに若干の怨み節を抱いたまま自室のベッドで眠っていた。
 疲れを言い訳に服を脱ぎ散らかして風呂にも入らずそのまま倒れ込んだ。実に50時間振りのまともな睡眠だ。カーテンを締め切っても尚差し込む陽射しも気にならない程の熟睡。
 それを無慈悲な携帯電話の着信音が妨げる。
 任務遂行の報告の為に電源を入れた事が、そもそも一刻も早く知らせるべきだと早朝に電話をしたのが間違いだったのか。せめてマナーモードにしておけば良かった。そう後悔する中も未だ鳴り止まない。
 ましてこの曲(メロディ)は気紛れにジョルノからの着信専用にした1曲だ。
 服と一緒に床に投げ出した携帯電話を手に取ると、画面の表示はジョルノに電話をしてから小1時間も経っていない。帰宅してからだと30分位か。
「勘弁してくれ……」
 携帯電話の画面特有の光で目も覚めてしまった。
「おはようございます、ボス。何か御用ですか」
 どんな用件でも、例え改めてお褒めの言葉を頂戴出来るのだとしても、文句の1つは言ってやろうと決意し苛立ちを含めて言ったが。
[助けて下さい]
 切羽詰った声にミスタは息を呑む。
「どうした?」
[すぐに、今すぐに来て下さい]
 ジョルノが妙に早口で言うので余計に気が焦る。取り敢えず体を起こし、受話器を耳に当てたまま脱ぎ捨てたばかりの服に袖を通した。
「だからどうした。今どこに居る?」
[フーゴの部屋です。彼の寝室]
「はぁ? 何でそんな所に居るんだ? いやその前にフーゴはどうした」
[ミスタ、助けて]
「わかった今から行く。あいつ引っ越したりしてねぇよな?」
 電話を切った後は過去に訪れた道順を思い出しながら靴を履き、帽子を被り、財布と拳銃及び銃弾を確認し、こんな事ならシャワーを浴びておけば良かったと後悔しながら部屋を出た。眠たくて頭は回らないが早朝のわりにはタクシーはすぐに掴まる。
 後部座席で「何とかなるさ」と声に出しながら、最悪の事態だけは無いように祈った。

 何度か訪れた事が有るパンナコッタ・フーゴの住むアパートメントの1室のインターフォンを押そうとした指が止まる。
 先程のジョルノの声はやや聞き取りにくかった。焦って早口になっているからというのも有るが、小声だったからにも思えた。
 音を立ててはいけない状況だとしたら――先にドアノブを捻ると鍵が掛かっておらず簡単に開いた。この辺りの治安は決して悪くないが、フーゴにしては些か不用心だ。そもそも治安を向上させたのは自分達ギャングの行動の甲斐でもある。
 ドアを開く際には結局ギィと音が鳴った。
 ミスタはドアの奥に広がる光景に違和感を覚えた。玄関に置かれたコートハンガーにフーゴの上着が幾つか掛けられている。これは良い。ジョルノが最近着ている上着も1着有る。これも良い。しかし、他にも見覚えは有るがフーゴは先ず着ないであろう上着が有る。
 侵入した強盗が掛けていったという雰囲気ではない。
「ミスタ?」
 リビングまで足を運ぶと寝室と思しき部屋からひょことジョルノが顔を出した。
「無事だったのか……良かった」
「良くないです、ちっとも無事じゃあありません」
 ムッと膨れっ面を見せるが電話で助けを乞う余裕の無さからは程遠い。
「それにしてもお前随分可愛い格好してるな」
「可愛い? ただのパジャマですよ」
 確かにどこにでも売られているシンプルな寝間着だが見慣れないし、今起きたと言わんばかりに髪も下ろしているので印象が普段とは異なる。
「でも何でそんな格好してんだよ」
「泊まりに来たからです」
「フーゴの部屋に?」
「はい。昨日件の議員からワインを1本貰ったんです。丁度僕達の生まれ年の物だったので一緒に飲もうと」
 人が不眠不休で任務を遂行している間に何て事だ。
 それでダイニングテーブルの上にワインボトルやらグラスやらつまみを乗せたであろう皿やらが置かれているのか。フーゴが片付けないのはらしくないと思ったが、飲み明かして明日片付けようと寝てしまったのだろう。
 しかし揃いのグラスや皿が並ぶテーブルにも違和感が有る。一人暮らしをしているのにわざわざセットで買う必要は無い。第一にテーブルに向かい合う椅子が1組、2脚有るのも可笑しいと言える。
 他にも違和感を覚えるのは部屋の壁を覆うように置かれたカラーボックスの存在。中身は全て本でしっかりと整頓されており、大きさ順に綺麗に並べられているので遠目には完全に背の低い本棚だった。しかしその中に1つ――否、幾つかフーゴ「らしくない」本が有った。
 10年以上も前に学校で読まされた、ジュニアスクール向けの教科書達。
 まさか復習の為に引っ張り出して読みはしまい。児童向けのそれらの使い道は間違い無く――
「ミスタ、こっちです」
 腕を掴まれ寝室までぐいと引き摺られる。
 寝室はベッドの他に床に直接布団が敷かれており、ジョルノが昨晩そこで寝たのがわかった。
 問題はその隣、ベッドの上。
「おい……」
 ぽつねんと1人、小さな子供が座りこちらをじっと見ている。
 サイズの合わない大き過ぎる寝間着に包まれた5歳前後の子供の顔に、ミスタは盛大に溜め息を吐く程見覚えが有った。
「……フーゴ、子供になんの何度目だよ!」
 大きな声を出されても唇を噛み締めるばかりで何も言ってこない子供を余所に、ジョルノが掴んでいた腕を揺さぶる。
「やはり彼はフーゴですよね?」
 こんな小さな子供に『彼』という表現をするのは妙だったが。
「俺は見るの3度目だから断言出来る。あれはフーゴだ」
 ここまで来ると知らぬ間にも子供になっていたりしそうだ。
「フーゴじゃあなかったら誰だとか、フーゴはどこ行ったとか、勝手にフーゴの服着てるとか、考える事が増える。大方寝ている内に子供になっちまったんだろ。何でなったかは……わかるか?」
「全然。貴方からの電話で目が覚めて、寝付けないから水でも飲もうと起きてベッドを見たらその子供が丁度起きた所なのか、きょろきょろと辺りを見ていました」
 昨晩床に就くまでは至って普通だった、という事らしい。
「お前今度は何が原因なんだ?」
 尋ねながらベッドに乗り上げるが、フーゴは口をつぐんだまま。
「……何だ? 喋れないのか?」
「多分僕が喋らないように言ったのを守っているんだと思います」
 ベッドに近付かないようドアの側に佇んだままのジョルノが、視線すら合わせぬようにとやや俯いた。
「怖かったので『僕はギャングで君を誘拐した、動いたり喋ったりしたら容赦はしない』と言ったからそれに従っているんでしょう」
「とんでもない事言ったんだな、お前」
 第一に何故子供が『怖い』のか。
 子供故にパープルヘイズの制御が出来ず暴走されては怖い、という事であればわかる。しかしフーゴはこの年では未だスタンドを身に付けていない。
 素直に従い黙りこくっているフーゴの方こそ本心では怯えているだろう。どう見ても10代の寝起きの少年でしかないジョルノだが、フーゴから見れば10歳は年上の相手になる。
「あー……喋っても良いぞ。容赦とかそういうの無いから」
「もしかして」第一声は幼児らしい甲高い声で「れんらく先が分からないんですか?」
「連絡先?」
「あなたたちは『みのしろきん』を要求したいのに、ぼくのうちのでんわばんごうが分からないんじゃあありませんか?」
「いや誘拐じゃあねぇから」
「でもあなたは、あっちの人とちがって前にぼくたちをさらった人だ。それも2回」
「攫ってねぇよ! 人聞き悪いな!」
 背中にこの状況を作り上げた張本人のジョルノからの「攫ったんですか」と言わんばかりの視線が刺さっているのがわかった。
「しかしお前覚えてんのな……今度はどういう仕組みだよ。スタンド? 病気か? まあ何が理由でも」
 フーゴの頭へと手を伸ばす。腰を抜かしているわけではないがフーゴは微動だにせず、ミスタの手を頭で受け止める。
「ちゃんと元に戻してやるからな」
 今のフーゴの髪よりも更に色素の薄いそれを撫でた。
 言われている事の意味はわからずとも敵意が無い事はわかったのか、フーゴは今にも震え出しそうだった全身の緊張を解く。
「……あの」
「何だ?」
「いっしょにゆうかいした子はどこですか?」
「誘拐してねぇから。一緒にって?」
「黒いかみの子」
 手を放して後ろを振り向く。昔は黒い髪をしていた、今は人目を引く程派手な金髪のジョルノは未だにドアの側から動いていない。ジョルノの遺伝性のウィルス――それもどうやら原種に近い強力な物らしい――により、フーゴとジョルノが同時に幼くなった事が有った。
 その時に共に過ごさせたジョルノの事を言っているのかと思った。しかし改めてフーゴの顔を見るとその唇は違う形に動く。
「『ナランチャ』と言うなまえの子」
 ぞわと鳥肌が立った。今まで言うまいとしていた言葉達が澱(おり)のように胃袋に溜まりきって、遂に口から逆流した。
「なぁお前……可笑しくねぇか?」
 頭から離れた手を見ていたフーゴが、子供特有の丸い目をミスタの顔へと向ける。
「そりゃあ死んじまった奴の物を全部捨てろなんて薄情な事は言わねぇよ」
「ミスタ」
「俺だって惚れた奴に死なれたらそいつの写真飾ってその前に花置いて、思い出しては寂しくなったりするだろうよ。だけどお前の場合違うじゃあねぇか」
 使っていた物を片付けないどころか、いつでもまた使えるように手入れさえして。
「未だ戻ってくるって思い込んでいたって、余計虚しくなるだけだ!」
「ミスタ、止めて下さい!」
 がしと強く肩を掴まれる。振り向くとジョルノは怒っているとも悲しんでいるとも言える形相をしていた。
「子供の前でそんな話をするのは止めて下さい」
 確かに子供になってしまったフーゴに向かってする話ではないだろう。今の彼は良くも悪くも、何もわからない。
「お前は……ジョルノ、お前は何とも思わないのか?」
 こちらは死者に向ける想いの強さが不気味だとすら感じている。
「……シャワーを借りた時には流石に思い知らされました。でもここはフーゴの部屋ですから。彼の生活は僕達が口を出す事じゃあない」
「それもそうだが……そうだな、俺もシャワー借りるわ」
 ぐっと伸びをしてからベッドを降りる。任務前にとシャワーを浴びてから丸2日以上顔も洗えていない。家主に無断で浴室を借りるのは、と思ったが家主は今や5歳の子供。
「フーゴ、シャワー借りるからな。あとバスタオルも貸してくれ」
「……どうぞ?」
 疑問系のように語尾が上がっていたが、一応自分の物という自覚の無い子供から了承を得られた。
「待って下さい!」
 ジョルノが左腕をがしりと掴む。
「どこに行くんですか」
「シャワー借りにバスルーム行くんだよ」
「もしかして1人で行くつもりですか!?」
 1人でなければ誰と行けと言うのか。
 しかしジョルノは両腕で捉えた左腕を折らんばかりの勢いで離さない。
「一緒に行きます!」
「何でついて来るんだよ! 覗き見か恥ずかしい!」
「置いて行かないで下さい」
 らしくなく腕にぴたりとしがみ付いたまま上目遣いに見上げてくる。
「僕も行きます、お願いします……何でもしますから」
 これが女に言われたのであればぐらりと心が揺さぶられていたかもしれない。
「僕を子供と2人きりにしないで下さい」
「……何でそんなに子供が苦手なんだよ」
 電話口では切羽詰まった声を出していたし、彼と形容した挙げ句怖いからを理由に逆に脅してみたり。イタリア随一のギャング組織のボスが何故このような場面で必死になるのか。
「子供とどう接して良いかわからないんです……」
 腕に額を押し付けてきた。
 いきなり可愛い子ぶってんじゃあねーよ!
 大声を出したい衝動を飲み込み、代わりに溜め息を吐く。
「小さな子供の世話をしようって思わないで、自分があの位の年の頃はどうしていたかって考えれば良いんじゃあないか?」
 父親や保育士になるのならいざ知らず、知人の子を一時預かるのよりも更に責任が無い。
「あの位の年の子供と接した事が無いんです。今も、昔も」
 腕にジョルノを付けたまま振り向いてフーゴの様子を見た。
 動く事を許可されて真っ先にするのは縮んだ際に脱げた寝間着の下を片付ける事だった。小さな手で几帳面に折り畳んでいる。
 子供の中でも特に扱いやすい――この表現は適さないか――であろうフーゴにすら怯えるとは。
「多分あのフーゴは4、5歳ですよね」
「前は5歳だったな」
 4歳なんて縁起の悪い年まで戻られて堪るものか。
「その頃の僕はイタリア語がスラングもわかるように、義父の罵りも細かくわかるようになった頃だ」
 口調だけでも不快な事を言っているだろうという予測は、早口でも聞き取れるようになればひたすら心を痛め付ける現実だった。
 言葉がわからず卑屈な子供は、罵声を知れば余計に殻に閉じ籠もる。
 そんな風に傷付けないようにするには、関わらないのが1番良い。傷付いた子供を救えるような、強きを挫き弱きを助けるあのギャングスターのようになりたかった筈なのに――
「5歳位の友達が5歳の頃には居なかった。だからどうして良いかわからない……でもミスタなら子供の相手をするのは得意でしょう?」
「いや全然」
「僕よりはずっと上手い筈です。ピストルズは6人も居るじゃあないですか。彼らは貴方の子供みたいなものでしょう」
「6人の子持ちってどれだけ大家族にする気だよ」
 全員揃って「時間外労働はお断り」と寝ている己のスタンドの顔が思い浮かぶ。羨ましい限りだ。
「5歳の頃の自分だと思って話をしてりゃあ良いって」
 あの時どうしようもない孤独に陥っていた自分を助けてやるような心持ちで。
「兎に角俺はシャワー浴びる。ずっと浴びてないんだ。そんなにくっ付いて臭くねーのかよ」
 その一言でジョルノは体を離した。
「おい臭いのかよ、失礼な奴だな。取り敢えず仲良くなっておけとは言わねーが、誤解はといておけよ」
 何も言わない、恐らく正しくは何も言えないジョルノと、畳み終えた服を膝に乗せてじっとしている幼いフーゴを残して部屋を出る。
 後ろ手にドアを閉めて、少し意地の悪い事をしたかもしれないと思った。
 だが2人仲良くワインを楽しんでいる間もこちらは働いていたのだからこれ位は許されるだろう。

 成る程確かに、シャワーを借りる時が1番「どうか」と思った。
 洗面所の歯ブラシやらタオルやらは常に2つ1組で置かれていて、バスルーム内にもボディタオルが2枚。まさかジョルノの為にわざわざ用意した物ではないだろう。ジョルノも1晩泊まるだけなのにここまで持ち込みはしない筈だ。
 シャンプーの類も勝手に借りた。流石にこれは2種類置いてあったりはしなかった。だがそれが意味するのは同じ物を使っていた、という事実のみ。
 体をすっきりさせる為にシャワーを浴びている筈なのに気持ちはどんどん沈んでゆく。
 もしも生きていたらとか、もしかしたら帰ってくるかもとか、毎日そんな事を考えながら暮らしていれば、体も心もシャワーでは洗い流せない程黒く汚れてしまうのではないか。
 全身を洗い終えてバスルームを出て、掛けられているバスタオル――昨晩どちらかが使った物だろうか――を勝手に使い、しかし服は自分の着てきた物に袖を通した。
 フーゴの服を借りようにもサイズが少し小さい。そして恐らく有るだろう家主『以外』の服は更に小さく着られない。
 大切な友人や愛した恋人がある日突然もう2度と会えなくなったとしたら、自分ならどう思うだろう。別れの言葉さえ持てなかった現実を受け止めきれずに、同じような事をしてしまうのだろうか。
 リビングに出ると意外な事にジョルノと幼いフーゴはテーブルを挟んで座りクロワッサンを食べていた。
「何だ、仲良くなったのか」
 ジョルノは手を置きこちらを向いたが否定も肯定もしない。
 一方でフーゴは小さな手でクロワッサンを持ち、小さな口に黙々と運んでいる。
「朝飯?」
 今は空の中央の皿にクロワッサンを置いていたのだろう。2人の手元の皿に移して、空の皿の隣の容器のまま出したクリームを付けて。
 それ以外にはサラダもコーヒーも会話も無い。
「目玉焼き位付けてやれよ」
 言いながらジョルノの皿から食べ掛けのクロワッサンを勝手に取り口に運んだ。
「ちょっと」
「俺も腹減ってんだよ」飲まず食わずで仕事をした、わけではないが「あれ? これチーズじゃあないのか?」
「ヨーグルトクリームです」
 クロワッサンとヨーグルトの組み合わせは余り好みではなかったので皿へと戻す。
「卵を焼こうにも、小さな子供の近くで火を使うなんて危なくて出来ません」
「5歳にもなれば火が危ない事位わかるだろ」
「火の側に来なくても、目を離している隙に何か有ったらどうするんですか」
「お前5歳の時そんなに危なっかしかったか?」
 不機嫌そうな顔をするのみで言い返してこない。
 勝ち誇ってやろうとしたミスタの目の前に差し出されたのはクロワッサン。フーゴが自身のそれをミスタの視界に入れようと腕を目一杯伸ばしていた。
「……何だ?」
「食べてしまいましたが、はらがへっているならどうぞ」
「いや子供からは……」
「ぼくは半分よりもっと食べましたから」
 至って真顔だが、友達と菓子を分け合うような雰囲気。
 この子供が8年もすればギャングに堕ちてしまうのだから勿体無いがそれも運命だ。しかし更に3年で死者しか見えなくなるのは仕方無いでは片付けられない。
 彼岸を見るなとは言わないが、生きる者は背を向けてでも歩き出すべきではないのか。
「……そんなに腹減ってねーから要らねーよ。それより眠い」
「あ、任務お疲れ様です。流石ミスタ、僕達の信頼を裏切りませんね」
「それ何時間か前に寝惚け声で言われた。あれから帰って寝てすぐにお前に起こされているんだぜ? 眠たくて当然だろ。な? フーゴ」
 フーゴは自分に話題を振ってくると思っていなかったのか、受け取られなかったクロワッサンを口に含み驚いた表情の顔を上げる。
 口の中の物を飲み込んでからも数秒、何と言おうかと考えて間が出来た。
「ぼくも、眠たいです」
 ジョルノから来いと電話が来る前に起きていたのだからいつもより相当早起きだっただろう。
 それに食事を終えれば健康な子供でも多少は眠たくなる。事実眠たいのかフーゴは「くわ」と欠伸をした。
「じゃあ一緒に昼寝するか」
「おひるね……」
 朝食後すぐに寝直す習慣は流石に無いだろうが、構わずに持ち上げて椅子から下ろした。無抵抗なのを良い事にそのまま小脇に抱える。
「言う事やる事滅茶苦茶ですよ」
「良いんだよ、これが俺の子育て法だから」
 5歳の体は意外に重たい。シャワーを浴びて重たい物を持って空腹という状況なのに、それでも眠たいのだから体は限界だ。

 子供となったフーゴをベッドに放り投げ、自分もその隣に飛び込んで寝た。
 驚いただの誘拐は止めたのかだのと言われたが全部無視をして目を閉じて寝たフリをした。やがてフーゴの方が先に寝息を立て始めた。すうすうと言う心地好い音を耳に、そのまま本当に寝入った。嗅ぎ慣れない匂いのベッドシーツだという事も気にならない。
 だというのに再びフーゴの声が聞こえてきた。眠ってからどれだけ時間が経ったのか。夢から覚めてしまったが、未だ疲れが取れきっていないので目蓋を開けられない。
「あんなのは誰にでも取れる賞ですよ」
 謙遜というより真実そう思っていそうな口調。
「僕からすればピアノが弾けるだけでも充分凄い事だ」
 ジョルノの声もした。滑舌は良いのに未だ余り低くない所為で幼く聞こえる。
「でも弾けるだけだ。感情を込めて人に聴かせたり、新たな楽曲を作ったりは出来なかった」
 対するフーゴの声は極端に低くはないが誰もが声変わりを済ませたとわかるそれをしていた。
 声変わり? 5歳の子供が? そうか、戻ったのか。良かった、めでたしめでたしだ。
「ジョルノ、僕は音楽を始めとした芸術は向き不向きが有ると思う」
「ご両親は向いていると、才能が有ると思って習わせたのか」
「単に金銭的な余裕が有っただけに過ぎない」
「イギリスの貴族が子女にはピアノと刺繍を学ばせるように? 僕あれは家に有るピアノを無駄にしないように、という意味が有ると思っていました」
 2人のくすくすと笑い合う声に漠然と「混ぜてやりたい」と思った。想像に過ぎないが彼が2人の間に挟まって話をしていれば更に盛り上がるだろう。
「ピアノのコンクールもスポーツなんかと同じく優勝するとトロフィーが貰えるんですが、それがまた成金趣味で。芸術はパトロンによって磨かれてきたと言わんばかりの」
「賞状と違って立体物だから飾る場所に苦労しそうですね」
「でも僕は結局全部飾っていた。賞状もトロフィーも」
「親に言われるまま?」
「それも有りますが自ら片付けようと考えた事が無かった。自分が努力して良い成績を修めた『証』だと誇らしく思っていたんです。恥ずかしい奴でしょう」
「まさか。トロフィーを指して長々と自慢話をされるのは嫌ですが、自分の勝ち取った成果を自分の目に見える所に置く事の何が悪いんですが」
「僕はそれが今も続いているんです。部屋に居る時に鍵を掛けないのも、また来てくれるかもしれないと思っているからじゃあない。合鍵なんて失くしそうだからと断られて溜め息を吐いた日が確かに有った証拠というだけなんです」
 この上着を着ていたとか、揃いの皿を一緒に買ってきたとか、同じグラスを用意して乾杯したとか、その為に椅子だって家具屋に買いに行ったとか。
 朝から隣り合って歯を磨いたとか、夜共に寝る前にシャワーを浴びたとか、もしかしたら一緒に風呂に入った事も有るかもしれない。
 そして学の無さを嘆く彼に喧嘩をしながらも勉強を教えて。沢山の事を学ばせ、彼から沢山の事を学んだ。
 悲しみ嘆くのではない。見て思い出して良い日々だったと笑う為に、彼の物をそこに残したままにしている。
「悪かったな」
 勝手に口が動いた。
 ごろりと寝返りを打つように体を動かして仰向けになる。何とか目蓋を押し上げるとよくあるジプトーンの、しかし清潔な天井が目に映る。
「思い込んでいたのは俺の方か」
 ギシとベッドが鳴った。何事かと顔を向けると2人揃ってベッドに腕を乗せていた。
 一体どこで話しているのかと思えば、ジョルノが泊まった布団の上に並び座っていたようだ。
「おはようございます、ミスタ」
「僕(ひと)のベッドで随分とよく眠れますね。まるで子供みたいだ」
 子供になっていたのはお前だろう、とは言わないでおく。フーゴが子供になっていた『証』を作りそびれてしまった。だからといって更にもう1度なられても困る。
「俺さぁ、人を殺すのが『お仕事』だから、子育てにはちっと向いてなかったわ」


2017,10,23


関連作品:Little Seduction (R18)


利鳴ちゃんの書いたショタフーゴが可愛過ぎたので三次創作してしまった…!
フーゴとジョルノって同い年だし、1番の古株と新人だから仲良くやってって欲しいなぁと思って。
同時にフーゴとミスタって結構価値観等違いそうで、だからこそ仲良くやってって欲しいなぁと思って。
葬式 墓参り 遺品整理←NEW!!
<雪架>

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